ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
道は真っ直ぐに山へ向かっている。道幅も多少は広く、それなりに整備されている国道だ。だが国道から一歩外れた場所に見えるのは田畑や草木など緑一杯の自然である。しかしそれがむしろ都会の喧騒を忘れさせてくれそうで、山と海からの風もあり、夏の炎天下のもとでも歩き心地は悪くない。
四人で駄弁りながら歩いていると、20分程で平地から山の麓へと差し掛かった。左右では国道を囲むような自然一杯な山岳が見えており、ここからは道幅こそ狭まるが、綺麗に塗装されていて歩き難さは感じない。
最初は直ぐに疲れが来ると思っていたが、意外にも自然や野鳥のさえずりを堪能する程度には余裕を保てている。そんな感じに俺達は自然を満喫しながらまた1時間ほど歩き、今度は本格的な山道へと当たる。
「ここからが登山コースみたいですね~」
鈴谷が山の上へ続く階段を見上げながら「ほぉ」と声を漏らす。階段と言っても学校や駅ビルのようなしっかりした物ではなく、木の杭を打って強引に作ったような代物だ。段差もまばらで見るからに登りにくそうである。
「引き返すなら今のうちじゃないか」
俺がそう警告するが、隣では笹原が余裕綽々とばかりに人を小馬鹿にした笑みを向けてくる。
「なぁーに? 前田君もしかしてもうダウンなの? そんなのじゃ厳しい現代は生き抜けないよ?」
「あのな……俺はお前の為にも言ってるんだぞ」
「私なら大丈夫だよ。ほら、この通り! それよりも前田君の方が心配かも。見るからにもやしっ子だし」
「あぁはいはい、そうかよ」
こいつ、人が気をかければ直ぐに調子に乗りよって……。
にしてもワンピースだから人よりも動き難いはずなのに、どうしてそこまで余裕でいられるんだ。もしかするとこいつも鈴谷みたいに意外と運動とか得意だったりするのだろうか。引きこもり生活で体力はかなり落ちてると思うんだけどな。
「ほらほら早く行くよぉー!」
「こんちくしょ!」
笹原は元気にぴょこぴょこと階段を登り始める。ここで負けた気になるのも癪なので、俺も続いて階段を上り始める。
そんなこんなで、俺達は山の中を縫うようにして作られた山道を進んでいく。今度は国道沿いのようにキチンと整備されているわけではなく、本当に獣道同然のような道を木の枝をかわしながら歩いたり、苔の生した岩山を登らされたりとかなりハードだ。
まさに地獄の釜の淵を歩いてるかのような気分だ。ただでさえ普段運動なんてしないのに。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
前を歩く鈴谷と時宮先輩は平然な顔で軽々と進んでいく。鈴谷はかなり身体能力も高そうだし、時宮先輩もイベントが好きだったりとかなり活発な方だから、人一倍にスタミナもありそうだ。
対する俺は息を荒げながら這い蹲るように野を進む。日頃から運動する機会なんてほとんど無いのだから当然の末路とも言える。
「ほら、だから、言っただろ……! 地獄って、んぐっ、書いてあったじゃん……っ!」
なんだこれ。やけに喉が渇く。汗が凄い。視界が朦朧とする。
やっぱダメだ。俺は超の付くインドア派なんだ。ここまで来たのが間違いだった。
しかしかれこれもう3時間は歩いている。ちょうど折り返し地点だ。今から戻ったところでどうにもらない。もはや行き倒れようがなんだろうが前に進むしかない。
文字通り地獄のような辛さに歯を噛みしめながら、まるで彷徨う亡者のように足腰をガタガタと震わせ一歩一歩踏みしめる。
「あ、ほら見て下さい先輩! あそこで頂上みたいですよ」
顔を上げると、鈴谷が意気揚々に前を指差した。見るとそこには確かに「この先頂上」と書かれている。
「ちょう……じょう……」
まるで老衰した人間が最後の言葉を吐くように、俺は弱々しくこぼす。
「ほらほら、先輩こっちですよ!」
鈴谷から手が伸びる。それを掴むと、ぐっと上へ引っ張られた。その瞬間だけ、俺には鈴谷が天国へ誘う天使のように見える。
「あぁ、やっと……」
気が付けば俺は涙を零す。辛かった。本当に辛かった。
そして同時に誓う。今後はもう二度と登山なんてしないと。
「ほら、もうちょっとだから頑張って前田くん」
見ると頂上は小さな広場のようになっており、奥には木組みの展望台が建てられている。
時宮先輩と鈴谷の背中を追うように、俺は山頂に作られた展望台の手すりへと手をかけて20段ほどの階段を上ると――。
「なんだこれ……。すげぇな」
そこからは見える景色――。山頂からのパノラマはずっと遠くまで広がっていた。
俺達が降りた駅やその周りの民家、そしてさらに向こうには真っ青な海が見える。
辺りを囲うようにそびえる山々は雄大で、そして上空を吹き抜ける風が俺の頭を冷やすように過ぎていく。
世界を一望するとはこの事を言うのだなと感動すら覚えた。
「俺……。やったんだな……」
謎の達成感。今なら勝った! 第三部完ッ! でも納得できるとすら思う。
どうしてクソしんどい思いまでここまできてこんなことしてるのか分からないけど、でもまぁ、いっか。
「俺、なんだかんだこの登山部に入ってよかった……」
「先輩、ここ登山部じゃなくて屋外活動研究部です」
鈴谷から冷静な突っ込みをもらいそれでも涙する俺。いや本当に我ながら良く頑張ったと思う。
言うなればこの景色は俺へのご褒美だ。この景色はここまで登ってきた者のみが見ることのできる宝なのだ。あれ、どうしよう変なテンションになってるせいですっごく青春っぽい。それからくさい。
「まぁ、なんだ。これはこれで良い思い出になりそうだよな。なぁ、笹原」
俺はそう笹原に語りかける。
だが――。
「……笹原?」
後ろを振り返っても笹原の姿は無い。
「ん、笹原は?」
「おかしいですね。さっきまでは見えてたんですけど」
「ええ、確か前田くんの直ぐ後ろに居たわよね」
「後ろ?」
あれ、何時の間に笹原を追い抜いてたんだ。
展望台の上から俺達は来た道の方を見下ろす。しかし笹原の姿は無い。
するとその道の奥から何やら白っぽい物体がのそのそとこちらに近づいてくる。
あまりに不自然な動きだったので始めは祟り神か何かかと思ったが、どうやらその物体の正体は笹原らしかった。
「笹原……?」
ふらふらと漂うように身体を揺らしながらこちらに近づいてくる笹原。しかしその目に意識はほぼ残っておらず、おそらく条件反射と本能だけで歩いている。
「うぇ……」
笹原は頂上にたどり着くと、展望台の階段の前まで来たところで膝から崩れ落ち、両手を地に着け倒れた。
「笹原先輩っ!?」
「おいおい大丈夫かよ!?」
俺達は笹原の様子を見て慌てて階段を下り笹原のもとへ駆け寄る。
「げほっ、うっ、はぁ、うごぅ……」
獣の唸り声みたいな嗚咽を漏らす笹原は見るからに青い顔をしている。
「大丈夫ですか笹原先輩?」
その背中を鈴谷がさすると、少し落ち着いたのかようやくまともに呼吸を始めた。
「う、ふぅ……、はぁ……」
「お、おい笹原! しっかりしろっての!! ここで死んでも助けは来ないぞ!?」
「まえだ……くん……うっぷ、うぐっ……!!」
すると急に頬を膨らませたかと思ったら、次の瞬間――。
「うげぇええええええっ!! ぼぇえええっ!!」
「さ、笹原ぁああああああ!?」
こみ上げてきた胃液を押さえきれず、その場で吐瀉物を撒き散らす。
「おま、ゲロの吐き方にまでバリエーション増やしてどうするんだ……」
「ご、ごめん……でも、気持ち悪い……」
「ひとまず横にさせましょ。あそこの木陰にベンチがあるから、鈴谷さんと前田くんで笹原さんをあそこに寝かせて。こっちの処理は私がしておくから」
緊急事態に素早く指示を出す辺りは流石は元生徒会長の時宮先輩だとも思うが、今は感心してる場合じゃない。
「ったく、こんな所でまでなにやってんだ」
「……う、うぅ」
「気分とか大丈夫ですか? お茶なら有りますけど飲めます?」
「吐いたばかりの人に急に水分を取らせたら悪化する場合もあるから、まずは落ち着かせて、それからゆっくり少しずつね」
とまぁこの具合に、屋外活動研究部のその初の屋外活動は波乱万丈な幕開けとなった。