ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
閑話休題。
と言う程でもないのだが、ここで昨日に起こったあの惨事の、賛辞すべくもない昨日の記憶の、その後について語ろうと思う。
俺達は汗と変な液体に塗れながら、辛うじて体裁を保った衣服に着替え、その後に千葉駅まで電車に乗って帰ってきた。
「それじゃあまた明日ね」
千葉駅に着くと、その駅前で二人と別れる。また明日もあるのかよ、と内心でボヤキながら、俺はブンブンと手を振る笹原と、笹原に付き添って一緒に帰っていく鈴谷の後姿を見送った。
まだ夜の9時過ぎとは言え、女子二人を先に帰らせるのも男子としていかがなものかと思ったが、どうやら笹原は今晩は鈴谷の家に泊まっていくらしく、鈴谷の下宿先はここからそれなりに近いらしい。
東京のような都心と違うとは言え、千葉駅の近くに下宿を借りて住んでるってのはそれなりに羨ましい話だ。俺みたいに遊びに行ったり買い物に行くにしても、自転車を漕がずに済むし。
そう言えばあいつの部屋ってかなり広いって笹原が言ってたが、家賃とかどうしてるんだろ。千葉だとそれなりに安いって話は聞いたことはあるが。
「さて、んじゃ俺も帰るとするか」
そういう話も今は置いておいて、俺は俺の自宅へと向かう事にした。
だが、そう思い立って足を踏み出したところで、ふとある用事が頭をよぎる。
「あぁ、そういやあのラノベの新刊まだ買ってなかったな。ついでだし、書店にでも寄ってくか」
と言うわけで、方向を変えて俺は駅近の繁華街の方へ歩いて行った。
意外に思われるかもしれないが、この辺りには実は漫画やラノベ、アニメやフィギュアと言ったものを扱ってる専門店がそれなりに揃っている。もちろん秋葉原や池袋程ではないので、手に入らないものがある時はそっちへ行くが、帰り道にふらっと立ち寄る程度には店が軒を連ねているのだ。
「つってももうこの時間だしな。それに夜のこの辺って怖いんだよなぁ」
あらぬ誤解を生まぬように言っておくが、俺のような高校生が怖いと思うのはごく一部の、具体的に言えば駅付近に広がる飲み屋街だけに限った話である。なにせこの辺りはやけに呼び込みのキャッチが多く、高校生である俺にも平気で声をかけてくる。前に書店から出て帰ろうとした時に、「お兄さんおっぱいあるよおっぱい!」とあからさまにそっち系の店の人に凄い勢いで詰め寄られ、さらに一人が声をかけてくると連鎖的に二人目三人目と声をかけてくるもんだから、気が付けば俺の周りでは「おっぱい」と言う単語が頻出する危険地帯が出来上がる。そんな中でおっぱいキャッチのお兄さんによるジェットストリームアタックを受ける羽目になるのだから、俺としてはもはやトラウマモノである。
もちろんそんなキャッチの文言をスルーするだとか、上手くあしらうだなんて技術は俺にはなく、「あ、あの、えっと、俺まだ高校生で……」なんて肩をビクビク震わせてた一年前の俺が不憫でならない。
「えっと確か、書店ならこっちの道だっけか」
とは言え、客引きが群雄割拠するエリアさえ頭に入れておけば、そこを回避しながら目的地へたどり着く道順もおのずと導き出される。俺は言葉で上手くあしらえない分、こうして面倒な危機は予め回避する技術を身に着けたのだ。これぞ人類の進歩である。
「……って、もう閉店してるのか」
と、戦地をやっとの思いでかいくぐって到着した書店だったが、どうやら20分ほど間に合わなかったらしい。
「しゃーない。また少し迂回して帰るか」
他にもいくつか候補を考えてみたが、この書店が閉まっているということは、他もおそらく閉店しているだろう。そう考え、俺はまた帰路につく。
「うっ、相変わらず凄い人数だな……。あんなの一度入っちまったら無傷で生還するなんて不可能だぞ」
俺は一本隣の通りにうじゃうじゃと立ち歩く客引きを見ながら、こそこそと道を迂回し、とは言え遠回りになり過ぎないよう効率よく道を選んでいく。
「ふぅ。やっぱこの辺は俺みたいな、なんつうか人と極力会話しない主義の人間には辛いぜ……」
会話しない主義と言うか、会話する相手が居ないと言うか。
「つっても、こういう時って妙に帰り辛くなるんだよな。こう、目的が達成できないとどうも心が落ち着かないと言うか」
よし行くぞー! ってなった後に、それが叶わないと人は余計に欲求不満になるようで、だから別の事で補おうとする心理がある。因みにこういうのを代償行動と言うらしい。
と、そこで横を見ると、ちょうど良い具合にゲーセンの自動扉が開き、人が出てくる。
「ここのゲーセン、そういやしばらく来てなかったな」
繁華街にあるにも関わらず、屋根にやたら目立つ飛行機の模型が目印の、地元ではわりと有名なゲーセンを見かけ、俺は誘われるように中へと入っていく。
「中学の時は結構入り浸ってたんだよなぁ。遊ぶ友達も居なかったし」
ゲーセンとは何もカップルがキャッキャウフフするだけの場所ではない。断じてない。
なにせ最近のゲーセンは一人プレイからオンライン対戦まで、とにかくおひとり様大歓迎にできている。だからカラオケやボウリングなどに誘われなくとも、ここに来れば機械か画面の向こうの誰かが相手をしてくれる。言わばボッチのオアシスだ。
「UFOキャッチャーにシューティングに音ゲーか。色々やったから結構懐かしいな」
と、そんな中学時代を思い出しながら、俺は二階へ上がり格闘ゲームコーナーを覗きに行く。
「……って、あれ」
しかし、そこでふと思わぬ人物が目に入った。
「もしかして、
「…………なんだ?」
それは白衣姿でゲーム画面を注視する、保険の先生こと御影先生の姿だった。
笹原がトラウマを克服(したと思われた)時に学校でゲロを吐いた際に、介抱してくれた先生でもある。
青がかった髪をヘアクリップで丸く括っており、黒いタイツを履いた足はまるでデスクチェアに座っている時のようにクロスさせている。
黒いハイヒールといい、紺のミニスカートといい、それは俺が普段から学校で見る御影先生そのままだった。
「……君は、この前のか」
「あ、はい。前は笹原がお世話に」
「…………」
一度ちらりとこちらを見ると、むすっとした仏頂面のまま、御影先生は画面へと目を戻す。
その手元を見てみると、カタカタと高速でボタンを押したりレバーをガチャガチャと倒している。しかもあのレバーの持ち方、手を逆さにしてワイングラスを持つように指で挟むあの持ち方は、間違いない。この人結構やり込んでるタイプだ。
「あの子はもう大丈夫か?」
「え、あ、はい。今は大丈夫です」
「そうか」
「それで、先生はこんなところで何を?」
「見てわからないか。格闘ゲーム『ブレイクスルー』の真っ最中だ」
「あ、そっすか……」
聞きたかったのは「どうして学校と同じ格好でゲーセンなんかに?」という所だったが、意図から若干外れた回答に、俺は小さく言葉を濁す。
御影先生は手足もスラっとしていて、あまり表情を顔に出さないクールフェイスが特徴だ。だから大人びた印象を受けるが、歳は確かまだ25歳くらいで、声もそのイメージとは別に若々しいと言うか、むしろ幼さすら残ってるような感じだ。
因みに一部の男子から人気があるのは時宮先輩と同様に、その大きく弾んだ胸が要因だろう。もっとも、身長も程よくある時宮先輩とは違い、こちらは背丈があまり高くない分、バランスで言えば少し特殊な界隈の人が喜びそうではある。
「……勝ってますか?」
「半々と言ったところだな。君もやるか?」
「いえ、俺はこのゲーム知りませんので。あ、でも先生が操作してるキャラ可愛いですね」
俺は画面に映った御影先生のキャラを見てそう話す。金髪のツインテールで、ちょっとロリっぽいけど元気な声が可愛い。
「だが男だ」
「……なに言ってんすか」
「知らんのか。このキャラは男の娘と言ってこう見えて男なのだ」
「そんな力説されましても」
「君はあれだな。つまらないと言うか何と言うか、どんなゲームでも一番最初に出てくる主人公キャラとか使いそうだな」
俺の反論を許さず、いつの間にか勝手に人格攻撃までされて、何と言うか泣きそうだ。
「だがまぁ使い勝手のいいキャラクターと言うのはそれなりに価値のあるものではある」
「は、はぁ……」
この人あれだ。勝手に話題を進める系の人だ。先生の言うところの使い勝手の悪そうな人だ。
それからしばらく画面を見ていると、どうやら先生のキャラが最後の一撃を入れたらしく、画面の中で女の子もとい男の娘がイェイとピースサインをこちらに向ける。
「さて、それで君はどうしたのだ」
「いえ、帰り道に偶然立ち寄ったら先生を見掛けたので」
「そうか」
御影先生はそう短く返事をして、すぐに手に一枚の百円玉を掴むと、チャリンと投入口に投げ込む。
「先生はここへはよく来るんですか?」
「まぁな。なにせここは私のオアシスだ」
どこかで聞いたことのあるようなセリフを吐くと、御影先生はまた画面に注視する。
「君はどうなんだ」
「俺は、本当に偶然で。強いて言うなら表の客引きが嫌で逃げるようにしてたらたどり着いたのがここと言いますか」
「そうか。まぁ表通りはキャッチの数が多いからな。私も必ずと言っていいほどガールズバーのキャッチに捕まる」
そこはホストとかじゃないんだ。と思わず言いそうになったが、今は下手に打つのはやめておこう。
「明日も学校へは来るのか?」
「一応そのつもりです」
「あの子もか?」
「笹原? えっと、そのはずですけど」
「……そうか」
何と言うか、ペースの掴みづらい人だな!
「本当に君はこの筐体を嗜まないのか。こういう時は相手をするのが大人の流儀だぞ」
「そんなサラリーマンの上司が部下を飲みに誘う時みたいに言われても困るんですが」
「なんなら君の得意な筐体でも良いが」
この人あれだ。結構寂しがるタイプだな……。
一人ゲームに興じるも、それも飽きてきて遊び相手が欲しいのか、御影先生は俺にそう提案してくる。
「すいません。俺も今日はそれなりに疲れてて、また後日にお付き合いしますよ」
「……そうか。なら仕方ないな」
そう言うと、またちらりとこちらを見て、そしてすぐに画面へと目を戻す。
「それじゃあまた明日だな。気を付けて帰れよ」
「はい、それでは」
今日二度目の「また明日」をもらい、俺は格闘コーナーを後にする。
「…………」
なんだか名残惜しそうな気配を背中に感じるが、それも今はそっと胸にしまっておこう。