ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
「ねぇ、もしかして迷子?」
「良かったら連れの人が見つかるまで一緒に探そうか」
「あ、あの……」
その声、そして身を縮ませておどおどと後退りする後ろ姿。
「どうしよう。親御さんって一緒じゃないのかな」
「迷子センターまで連れてく?」
「あの、えっと……」
そいつは出来れば鵜呑みにしたくない光景ではあったが、どうやら飲み込まざるをえない事実らしい。
「なっ……!」
ピアスをしてたり茶髪だったりと、一見チャラそうな男達に囲まれてるその華奢な女の子は、よりにもよって笹原だった。
「彼氏さんとかは一緒じゃないんでしょ?」
あいつ、どうしてあんなところに居るんだ? 途中で道にでも迷ったのか。
笹原は男連中に言い寄られ、目を白黒させながら顔を強張らせている。
額から出る汗が顎を伝う。顔が恐怖で震えている。
「ちょ、ちょっと!」
俺はそんな笹原を見て、気が付くと男達の前に立っていた。
「君は?」
「悪いけど、こいつは俺のツレなんだ。離れてくれないですか」
「えっと、何か悪い事しちゃったかな」
「君が彼氏? それって本当?」
俺と笹原の顔を交互に見て、相手の男達は怪訝そうな顔をする。いやどうしてそこで困った顔するんだよ!
「あぁ。そういやこの子さっきんとこで見たかも。確かそこの子も一緒だったわ」
するとしばらくして、男の一人がそう言いだした。
「あぁ、そうだったんだ。いやごめんごめん。てっきり本当に彼氏なのかなと思ってさ」
「あ、あはは……」
なんつうか、すこぶる失礼である。
そりゃ俺は見るからに友達の居なさそうな雰囲気してるよ? 実際友達なんて呼べる相手ができたのもつい最近だし、なんならお察しの通り彼女も居ない。でも改めてそういう反応をされると悲しくなっちゃうぜ。もう泣いていい?
「でも良かったよ。いやぁてっきり迷子かと思ってさ」
迷子って、確かに笹原の外見なら中学生くらいには見えるんだろうけど……。でもまあ、どうせ笹原が道にでも迷って一人でフラフラしてたから声をかけてくれたんだろうな。うん、やっぱり悪い人達では無さそうだ。
「ごめんね、邪魔しちゃったかな?」
「い、いえ、お構いなく」
すると男達は合図したかのように、笹原から離れていく。
チャラ男達は安心した面持ちで階段を上がっていき、すぐに仲間同士でまた別の話題を始めた。
「おい、大丈夫か?」
「ま、前田君……私」
そして振り返ってみるとやっぱり笹原は完全に怯え切っていて、足をガクガクと震わせながら茫然とした顔で突っ立っている。でもまあ、男性恐怖症の笹原にしてみれば当然の反応だ。
「ご、ごめんね……また、変な事、うっ……巻き込んじゃって」
「い、いや、俺の方こそすまん。やっぱり目を離すべきじゃなかった」
「ううん。私の方こそ、少しなら大丈夫かなって思って、それで……!」
笹原は肩まで震わせながら、目に涙を浮かべ始める。
こいつの男性恐怖症はかなり深刻なものだ。トラウマがトラウマだけに、そう簡単に克服できるものじゃない。それは俺だって分かってたつもりだった。
ここ最近は上手くコントロールしてると言うか、危なっかしい事はそれなりにキチンと回避してきたつもりだ。だからこそ逆に、どこかで軽く見ていたのかもしれない。
男に近づかれるだけで強烈な恐怖心が沸き上がり、触れられると忽ち気絶する。それが今の笹原に付き纏う足枷だ。一人の女子が着けるにはあまりに重過ぎる足枷を、今も笹原は強引に引きずって歩いているに過ぎない。それが笹原の背負っている現実だ。
「う、うっ……!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「えっとね、その、あの人たちに声をかけられたときにね……」
そう言うと、笹原はすっと右手を持ち上げる。
「右手、触られちゃった……」
すると笹原の顔がみるみる青くなっていく。
「う、うぶっ!?」
「お、おい笹原!?」
「ごめん、ごめんね。本当に頑張ったんだけど、でもやっぱりもう……む、り……」
すると笹原は手で口を覆う。
まずい。これはまずい。
どうする、どうするんだこれ。かなり危機的じゃないか!?
「……っ! かくなる上は……っ!」
俺はすぐさまゴミ箱に駆け寄ると、さっき捨てたばかりのかき氷のカップを拾い上げる。
「笹原っ!!」
「うっぷ、おえ……!」
それを笹原の口の前に差し出すと、笹原はぐっと喉を詰まらせ、口をぐぱっと開ける。それから喉の奥から濁流のように胃液が逆流し、そしていよいよ――。
「うえ、うげぇえ……」
吐いた。
「う、うげぇええええ!! うげ、げっ、かはっ……」
ビチャビチャ、と紙コップに吐しゃ物が溜まっていく。
見るな、下を見るな俺……!
「う、が、かぅ……」
バタン。
「笹原、おいしっかりしろ笹原!!」
ひとしきり吐き終えると、笹原は意識を失ってその場で倒れ込む。
「笹原ぁあああああああああ!!」
こうして本日二度目の俺の叫び声が、プールサイドでこだましていった。
「うむ、これでもう大丈夫だ」
あれから医務室へと運ばれた笹原は、気を失ったままベッドで横にさせられていた。
「ありがとうございます。やっぱり先生に付いてきてもらって良かったです」
「……なあ前田。前の時にも思ったが、この子に何があったんだ?」
「な、何がとは……?」
「はっきり言ってしまえば、普通じゃない。突然嘔吐に失神など、健康な若者が起こす症状とは思えん」
御影先生はベッドで苦しそうにする笹原の様子を眺めた後、その目をこちらへと向ける。
「お前なら何か知ってるんじゃないか?」
その瞳には威圧するような鋭さがあった。激情や憎悪とは違う、冷たいが真剣な眼差しを向けられ、俺は生唾を飲み込む。
先生にしてもやはり生徒が心配なのだ。それは御影先生としては当たり前の判断だとも思う。けれど……。
「すいません。たまにこういう事が起こるとしか、俺には分かりません」
「……そうか」
でもいくら相手が御影先生でも、笹原の過去について話す訳にはいかない。それを俺や鈴谷以外の人間に知られるなんて、笹原だって決して良く思わないだろう。
「笹原はしばらく私が見ておく。君はもう少しプールを楽しんでくると良い」
「で、でも」
「自分のせいで他の者が楽しめなかったと知れば、笹原にとっても精神的なダメージになるだろう。だから行ってこい。それに君がここに居ても、なんらできることはない」
御影先生にそうきっぱり言われてしまい、俺はしばらく笹原の眠った顔を見た後、医務室を後にした。
やっぱり、これが笹原の現状なのだ。少し外に出れば常に危険と隣り合わせ。そりゃ笹原が家に引きこもるのも無理ない話だ。
「俺は、どうすべきなんだろうな」
その笹原のトラウマを克服させ、露出プレイができるように〝調教〟する事。それが俺と笹原との間に結ばれた約束である。そして俺には、その約束をどうしたって破れない理由がある。
笹原と同じ特殊体質――。そいつを破ろうとすれば、俺の方が吐き気と頭痛に襲われて、終いには正気すら失いそうになる。言うなれば約束を反故にするという事に、過敏なまでに心と体が反応してしまうのだ。
でも、そんなことはもはや関係が無いのかもしれない。やっぱりどこかで、そんな自分の特殊体質とは無関係に、俺は自分の出会ったたった一人の女の子をなんとかしてやりたいと思っている。
「どうすりゃいいってんだ、チクショウ」
壁に拳をトンとぶつける。だがそんな事で晴れるほど簡単な鬱憤ではないことくらい、重々承知していた。
「笹原さん、大丈夫?」
すると医務室のすぐ傍で待っていた時宮先輩が、心配そうにこちらへと駆け寄る。
「笹原さんは……?」
「しばらくすれば目を覚ますだろうって、御影先生は言ってました」
「……そう。でも、心配ね」
御影先輩は視線を落とすと、ぎゅっと胸で手を握る。
「前にも同じように笹原さんが山で倒れたことがあったけれど……。あれは無理して運動したからだと思ってたわ。だけど、今回はそうじゃないみたいね」
「すいません。俺がついてたのに」
「う、ううん! 前田くんのせいじゃないわよ」
「違うんです。俺がもっとちゃんと見ていれば、こうはならなかったんです」
「それは、抱え込み過ぎじゃないかしら」
「……俺、鈴谷探してきます」
「あ、前田くん!」
後ろから時宮先輩の声が聞こえる。呼び止めるような、それでいて不安そうな声だ。でも俺はその声に振り向かずに時宮先輩をお置き去りにする。
ホント、何やってんだろうな。俺は。
そりゃ、気分的にも普段のままって訳にはいかない。でもせめて時宮先輩の前でくらい心配させないように振る舞うべきじゃないのか。しかしそれが分かっていても出来ないのは、やっぱり俺がどうしようもなく脆い人間だからだ。
笹原を外に連れ出せば、何時かはこうなる事くらい分かってたじゃないか。なのにここまで落ち込んでしまう自分が情けない。
「だけど、あんまりじゃないか。さっきまであんなに楽しそうにしていたのに、ほんの少しの事で、こんな……」
僅かな拍子でここまで事態を悪化させてしまう。それはやっぱり、笹原に付き纏う現実なのだ。
「プールだなんて流石に無茶し過ぎたんだ。あいつの苦しそうな顔なんて、もう見たくもないってのに」
分かってる。全てを自分のせいにするなんておこがましいってのは。だけど、俺と笹原の関係は普通ではない。今回の事は、やっぱり俺に責任の有る事だ。
「……鈴谷の奴、どこ行ったんだか」
俺は暗く落ちていく気分を紛らわすように、鈴谷を探してふらふらと館内をさまよう。時宮先輩から聞いた限りでは、どうやら食事の後にどこかへふらっと行ってしまったらしい。あいつの事だ、きっとまたおかしな場所にでも潜り込んでいるのだろう。
「先に男子更衣室の方から見て回るか」
発見場所の第一候補が男子更衣室ってのも笑えない話である。
そこから俺は鈴谷が居そうな場所を順番に見て回るが、やはりどこにも見当たらない。あいつ、本当にどこほっつき歩いてるんだか。
「……ん? あそこ」
すると、ふと歩いていた通路の横に従業員用の扉を見つける。しかも扉は中途半端に開いていた。
なんつうか、あいつならこういう所も平気で入っていきそうだ。まさかとは思うが、一応確認の為に。
「これは、貸し出し用の水着か」
中に入ってみると、そこには壁一面に様々な水着がかけられていた。種類はとんでもなく多くて、100種類は平気で超えそうだ。
「若者に人気ってのも、こう言うところが充実してたりするのが理由なんだろうな」
俺はちらちらと水着を見て回る。サイズも大人から子供まで、様々だ。
「って、なんだあれ」
しかし見ていくと、その中で一区画だけ妙な空気を放つ場所がある。
「あれ? 先輩じゃないですか。どうしたんですこんなところで」
しかもそこに立っていたのは鈴谷だ。鈴谷は頬を赤くしながらそこに並べられた水着を眺めていた。だが視線の先にある水着、他と比べて明らかに異様である。
「それはこっちのセリフだ。つうか、これって……」
「スク水にメイド風水着にバニーガール。いわゆるコスプレ水着ってやつですね」
コスプレ水着。言われてみればどこかで聞いた覚えがある気がする。どこだっけな。
しかしなんつうか、これってかなりいかがわしいって言うか……。いや水着自体はコスプレ風なだけで特に危なっかしいわけじゃないのだが、それでもなんか卑猥だ。
「貸し出しの種類は多いって聞いてましたけど、まさかここまでとは。侮り難しですっ!」
鈴谷はうんうんと頷きながら何に納得しているのかも不明のままテンション高めに親指を立てる。
ホント、どこをほっつき歩いてるのかと思ったらこんな場所で水着の物色って。まあこいつらしいと言えばらしいのかもしれないけど。
「あ、先輩! あそこの水着なんて良くないですか!」
「良いから行くぞ」
「あぁん。良いじゃないですか、もう少しだけ~」
「見てるだけなんだから、これ以上居たって仕方ないだろ?」
「違うんですよぉ! ああいう水着を見ながら、頭の中で先輩にあんなことやこんなことをしていただく妄想を膨らませると凄く楽しいんです」
頬に手を添えて陶酔したように目元を緩ませる鈴谷。こいつってやっぱりとんでもなく馬鹿だな……。
「お前な、こんな場所に入り浸ってたら怒られるぞ」
俺はそんな鈴谷を引き連れて、さっさと扉のノブを回す。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんつうか。ドアが」
ガチャ、ガチャ。
おかしい。何度やっても開かない。
「まさか……」
「あ、これ閉められちゃってますね」
押しても引いてもびくともしない扉を見て、鈴谷はそう軽々しく口にする。
「ってことは」
「はい。どうやら私達、閉じ込められちゃったみたいですね!」
え、嘘。そんな事ってある? ここ体育倉庫じゃないよ?
「いやいや、なんかの冗談だろこれ?」
「れっきとした現実ですよ先輩っ!」
え、マジで? 俺こんなとこで閉じ込められちゃうの?
「い、嫌だ」
「先輩?」
「い、嫌だ! だ、だしてくれぇえええ!!」
まったくこんなもん冗談じゃないぞ!?
んな場所に隔離されるなんてそこの変態一人で充分だろ!? 俺に一体なんの罪が有るってんだ? あれか、前世か、前世の行いが悪かったのか!?
「私は先輩と一緒ならどんな場所でもへっちゃらです」
「だぁああ! こら引っ付くな! お前も声出せ!! 腹から出せ!!」
「無駄だと思いますよぉ? この扉って変に厳重でしたし、誰かが開けてくれるのを待つしかないかと」
「そ、そんな」
絶望に打ちひしがれる様に俺は膝をつく。だがその背中から意気揚々に鈴谷が抱き着いてくる。
「ふふっ、これでしばらく先輩と二人っきり……ですね」
身の危険を感じつつも、俺に逃げ場はなく、疲れ切った顔ではぁとため息をつく。
こういう時にドキドキできない辺り、やっぱり俺にはラブコメの才能が無い。