ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
俺はとぼとぼと壁際に歩くと、すっと身を屈めて体育座りになる。
「はぁ、ついてねぇ」
そう深くため息をつくと、鈴谷も隣にちょこんと座った。
「先輩は私を探しに来てくれたんですね」
「まあな。お前一人だけ行方知れずだったし」
「やっぱり先輩は優しいです」
「別に。俺はこれっぽっちも優しい人間なんかじゃねえっての。そこんとこは本人が一番自覚してる」
「では私は先輩以上に先輩の事を知ってる、というわけですね」
「……なんつうか、お前が言うとシャレにならないよな」
見ると鈴谷は嬉しそうに頬を緩ませる。笹原の事をまだ知らないからか、その顔に不安そうな面影は一切ない。
俺はそんな能天気な鈴谷を見て、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、本来言うべき話題から別の話題へと話を変えた。
「それで、お前の方はプール楽しめてるのか?」
「はい、勿論です。だって先輩が一緒なんですから」
「お前はそればっかだな」
異性にここまで好かれるっていうのも、男子として悪い気はしないもんだ。その相手が美少女であれば尚更である。
隣で同じように体育座りをするこの後輩が、それも見るからに美少女で、相手が俺でさえなければ別格のヒロインであってもおかしくないような鈴谷が、どうして俺になんて好意を向けているのか。自分自身でもそこまで人に良く思われる性質ではないと分かってるし、俺は俺に対して鈴谷が抱いている感情が、未だに現実の物として理解できずにいる。
相手がどうして自分の事を好きになってくれたのか。そんな無粋な理由付けを必要としている辺り、やっぱり俺は自分に自信が無いんだろうな。自信が無いから、鈴谷に対して俺もどう振る舞えば良いのか分からずに、こうして相手を宙ぶらりんにしたまま手ごろな距離感で接している。そんな自分を、俺はどこかでズルいとさえ思っている。
「なぁ、鈴谷」
「はい、なんですか?」
鈴谷が横からちらりと俺の顔を見る。その顔立ちは完璧なまでに整っていて、やはり俺の後輩にはもったいないくらいだ。
「前々から聞こうと思ってたんだが、お前はどうして俺なんかを気に入ってるんだ」
「ふふ、そんな事ですか」
「笑うなよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなる」
どうして好きなのかではく、どうして気に入ってるのか。なんて言葉面を変えてしまうのも、やっぱり俺が臆病だからだろうな。
「一目惚れしたんです。私は、先輩に」
「それはその……前に聞いたけどさ」
しかしこう面と向かって一目惚れしたなんて言われると、こっちの顔が熱くなってきそうだ。こういう時に冷静で居られなくなるのも俺の恋愛経験の少なさから来ているのだろうか。
「あれぇ? 先輩もしかして照れてますぅ?」
「違うわい!」
いや、そもそもが高校二年の夏までに恋愛経験を済ませておけだなんていう方が間違っている。だいたいそんなもの普通の高校生ではほとんど達成できないじゃないか。少なくとも俺には『月までマラソンして帰ってこい』と言われているのと同じくらい無理難題だ。だがもしそれでもやってのける奴が居るとすれば、そいつは俺達と違って特殊な訓練を積んでいる奴に決まっている。そして世間ではそういう奴の事を往々にして『リア充』と名付けたりするのだ。俺は自分がそういった特殊な人間と違って、いたって凡庸な人間であると知っている。つまりはこういう反応になるのも当然と言えば当然なのだ。それでもやっぱり、恥ずかしいけど。
「一目惚れってのも、なんつうか色々あるだろ。例えば鼻の高さが気に入ったとか、目元がピンときたとかさ」
「ふふ、あはは。なんですかそれ」
「だから笑うなっての! こっちは真剣に聞いてるんだから」
「先輩はどうしてそんな事を真剣に聞くんですか?」
「そ、それは」
自分に自信が無くなって不安になったから……。なんて本心を後輩の女の子に言えるはずもなく。
「な、なんとなくだよ。お前とはあんまし二人っきりってのもなかったしな。前々から気になってたことだ」
「そうですか……。では、分かりました」
すると鈴谷はどこか嬉しそうに微笑んで、それから視線を床に落とした。
それからほんの数秒だったが、二人の間はしんとした静けさで満たされる。扉も壁もしっかり作られているのか、外からの音もこちらには届かない。
俺が横目に鈴谷の顔を見ると、どこか遠くを見るような、そして寂しそうな目を鈴谷はしていた。
「先輩に一目惚れしたのは、先輩が似ていたからです。私をかつて救ってくれた、英雄さんに」
「似ていた……? 俺が?」
「はい。理由は……たったそれだけです」
鈴谷はそう言うと、またほんの少し微笑む。だがその笑みは嬉しさではなく、どこか自分を貶すような自嘲の笑みだ。
「……あはは。流石に幻滅されてしまいますよね。これだけ先輩に付き纏ってるのに、その理由が昔の恩人と似ていたからだなんて」
「別に、俺はそんなふうに思わねえよ。それだって十分な理由だ」
俺は初めて鈴谷の口から俺を好きな理由が聞けて、その内容はどうであれ、ほんの少しだけ心の中で安心する。
どうやら鈴谷が俺に抱いている感情が、幻想や空想の類ではなくそれなりの理由に基づけられたものだと知れて、それだけでも幾分か肩の荷が下りた気がした。
「だってさ、良くあるだろ? 前に好きになった人と似てたからとかさ。だから別に幻滅なんてしねえよ。むしろ俺がお前だったら、とっくに俺に幻滅してる立場だ」
「先輩は私なんかを慰めてくれるんですね」
鈴谷の方も俺の言葉を聞いて、どこか安心したようにそう言葉を返す。
「別に慰めてなんかいねえって。それもちゃんとした理由だってだけだ」
「先輩はやっぱり優しいですね」
「う、うるさいな」
鈴谷は腕に顔を乗せながら、顎を倒してこちらを眺める。やっぱり茶化しているようにもからかっているようにも見えるけど、ほっとしたような眼を見ると、これでも鈴谷は言い出す事にそれなりの不安を感じていたらしい。
「実は私は昔、飛び切りのピンチを救われた事があるんです。その英雄さんは名前も聞けないままどこかへ行ってしまって、けれど私にとっては一生忘れられない恩人なんですよ」
「つまりその恩人が俺と似てたって事だよな。つうことはきっとそいつも、目つきなんかが悪かったんだろうな」
「ふふ、そんな事ないですよ。私、先輩のその目も凄く好きですし。人相とか性格が悪そうなところが特に」
「それ絶対褒めてないよね?」
「いえいえ。だってその方が私の事をうんといじめてくれそうですから」
「お前の価値基準は相変わらず社会とかけ離れてんな」
鈴谷のみょうちくりんな話に付き合いながら、俺はじっと扉が開かないかそちらの方を注視する。だがそれで開けば苦労はしないわけで、出口の方はガッシリと閉じられたままだ。
「何分昔の話なので、写真も無いですし本当に何となくなんですけど……。多分、顔が似てたからとかじゃなくて、その何と言いますか、空気、ですかね?」
「空気? 雰囲気ってやつか?」
「その人の持ってるオーラと言った方が分かりやすいかもしれません。それが先輩はその人と、凄くよく似てたんです。だから最初に先輩を見たときは、運命の出会いーみたいな、そういう感じで乙女心が揺れちゃったんですよね」
「オーラなぁ。俺はいまいち自分ってのは分からんが、まあきっとそいつも根暗気質だったんだろ」
「あはは。うーんと、そうですねぇ。ではそれについては敢えて否定しないでおきます」
「いやそこは否定してくれても良いだろ」
そこはあれだろ。「そんなことないですよぉ! 先輩は明るくて素敵な人です!」とか言ってフォローするのがセオリーだろ。むしろそこまで言われることを見越しての自虐とさえ言える。って、それじゃあタダの面倒なやつじゃん。根暗以前にメンヘラとか言われちゃうやつ。
「先輩は気難しいというか、あれですね。きっとワガママです。でもそういう所が私好みなんですけどね」
「お前の好みも難し過ぎると思うぞ」
なんて突っ込むと、鈴谷はぷふっと吹き出すように笑った。
「私も先輩も複雑そうですもんね。あ、だったら私達ってお似合いの二人なんじゃないですか?」
「お似合いっつうか、お前が規格外過ぎて俺なんて釣り合わねえよ」
「またまたご冗談を」
「お前は俺を買いかぶり過ぎだ。本当ならいくらお前が特殊性癖持ちのド変態でも、俺なんて釣りすら出せないレベルだぜ」
「お釣りは要らないのでもっと先輩の鬼畜な愛を下さい……ポッ」
「鬼畜な愛ってなんだ。鬼がかってる的な意味か?」
「もぅ、先輩ったら分かってる癖にぃ」
鈴谷に指先で小突かれて、俺は短い息を吐きながら天井を見上げる。
鈴谷の過去の恩人ねぇ。そいつはどんな思いで、はたまたどんな危機から鈴谷を救ったのか知らないが、おかげで俺はすっかり鈴谷にちょっかいをかけられるハメになってしまった。できればその物好きそうな奴の顔は一度拝んでみたいもんだ。そんでもって俺の気苦労の少しでもそいつには肩代わりしてもらいたいもんだぜ。
「それはそうと、先輩はどうして笹原先輩を好きになったんですか?」
「ブフッ!!」
話がひと段落して油断していると、鈴谷はなんの悪びれもなくそう飛ばしてきた。
「ど、どうしてそんな事聞くんだよ!?」
「ふふん、これでしっかりおあいこです」
「そ、そんな、なんつうか、べ、別にあいつの事は……」
「好き、なんですよね?」
「好きって言うか、乗りかけた船だから一緒に居ると言うかだな」
「先輩が笹原先輩のどこが気になったんですか」
人の言葉も聞かないで、鈴谷はそう話を進めてくる。まったく急に何を言い出すんだこいつは。
「気に入ったっつうよりも、単に興味を持っただけだ。それだって偶然俺があいつの家に行かなけりゃ起こらなかったことだしな」
「先輩、そう言うのを人は運命っていうんですよ? 因みに英語で言うとフェイトです」
「それ、英語で言い直す必要があったか?」
「だってカッコいいじゃないですか」
「お前はあれか。キュートでウェットに富んだキャラクターをフェイバリットするタイプか」
「ちっちっち。なんでも英語で言えば良いというものじゃないんです。英語の中にもカッコいい英語とそうじゃないものがありますから」
「なんだそりゃ。英単語差別化かよ。そのうち英単語の人権団体から抗議が来るぞ」
「じゃあ先輩にテストです。次のうちカッコ良いのはどちらでしょう。一番、デステニー。二番、シード。さぁどっち!」
「それ本当に英単語のテスト? 某ロボットアニメの話とかじゃないよね?」
なんだか別の人達から抗議が来そうな質問だな。
「正直どっちでも良いと思うが、そうだな……」
やけにニコニコとする鈴谷に苦い顔を向けながら、俺は何となくで答える。
「じゃあ、デステニー」
「ふむ。どうやら先輩とは英単語の感性が同じみたいですね。ほら、やっぱりお似合いの二人でした!」
「なあこれ本当に英単語の質問だよな?」
「そうですよ? そしてこれで二人の愛はさらに深い運命へといざ……」
「誘われたりはしないからな。しかもデステニーとかフェイトとか、やたらと運命って意味の単語ばかり使いやがって。そう言うのは中学二年の頃に卒業しとくもんだ」
「素敵じゃないですか運命って。私はそう言うのに少し憧れちゃいますぅ!」
なんつうか言ってることは女子っぽいのだが、その源になってる部分が『凌辱』だとか『鬼畜』だとか『破滅』だとか、そういう言葉のような気がしてならない。
「私は先輩に全てを捧げて、そして全てを壊されていく……。あぁ、やっぱり考えただけでゾクゾクしちゃいますぅ」
「分かった分かったよお前の特殊性癖は。だからそろそろここから出る方法でも考えようぜ」
「私は何と言いますか、別に出る必要はないと言いますかぁ~……?」
「お前には無くてもこっちには有るんだよ。だからお前も考えろ」
「ふふ、その横暴な感じ凄くたまらないですっ! やっぱり先輩には女の子をいじめる才能が有るんですね」
どうやら俺にはラブコメの才能ではなく女子をいたぶる才能が眠っているらしい。いやマジかよ笑えねえんだけど。どうせ才能があるならもう少しマシなのが良かったな。例えばクレーンゲームで絶対に景品が取れる才能とか。ああいうのサラッと取れちゃうやつカッコいいよね。
そんなこんなで、俺達はそれから何時間かして職員さんに発見されるまで、ダラダラと下らない話を繰り返すのだった。