ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
「今日は楽しかったわね」
時宮先輩が笑顔を振りまきながらみんなに振り向く。
その笑顔にしても、きっと笹原や他の皆に気を使ってのものだろう。あの柔らかなスマイルは時宮先輩の優しさの表れに違いない。
「俺も焼きそば食えたし、別に不満はないけどな。鈴谷と軟禁された事以外は」
「そこは私との密室デートを楽しんだのではないんですかぁ?」
「密室デートってなんだよ。なんかサスペンスっぽくて怖いんですけど」
帰り支度を終え、それぞれの荷物を持ってプールから出てると、辺りは夕焼けに染まっていた。
同じく帰り途中の家族やカップルに並んで、俺達も最寄りのモノレール駅へと歩く。
「それよりも御影先生と時宮先輩には迷惑かけてしまって、今日はすいませんでした」
「別に良いのよ。それよりも二人がちゃんと見つかって良かったわ」
貸し出し用の水着倉庫に閉じ込められた俺達がどうなったかと言うと、あれからしばらくして俺達を探しに来てくれた時宮先輩が倉庫の扉を見つけ、従業員さんにお願いして開けてくれたのだ。
何のヒントも無く、すぐに俺達の居場所を見つけてしまう時宮先輩にはもはや感服しかない。むしろ「それどうやったんですか?」と聞きたくなるような素早さで問題を解決してしまう、ある意味で何時もの時宮先輩の優秀さが今回も際立っただけの話なのだ。
「今日は私もうんと楽しめたから、笹原さんには感謝ね」
そう時宮先輩がにこやかに笑みを向けるのは、俺達の最後方でちょぼちょぼと歩く笹原だった。
「おい、いつまでそうしてる気だよ。別に誰も怒ってないぞ」
「で、でもね……。折角みんなと来たのに、私のせいでほとんど遊べなかったし……」
「笹原先輩。本当に誰も悪く思ってなんていませんよ。それに、今日は笹原先輩のおかげでこうしてお出かけできたんですから。ほら、もっと胸を張って下さい」
「張るほどの胸は無いけどな」
「もぅ、先輩もどうしてそこで余計な事言うんですかぁ!」
「私も今日はほどほどに楽しめた。こう言うのもたまには良いもんだな」
御影先生はイルカの浮き輪をぎゅっと抱きしめて、少しずつ空気を抜きながら、照れ臭そうにそう言った。
「お前、この部の部長なんだろ? だったら何時までもしょげてんじゃねえっての。お前は次の行先でも考えてろ」
「そうね。次はどこへ行きましょうか」
時宮先輩が指を絡ませて楽しそうに微笑む。時宮先輩や御影先生も笹原を励まそうとしているのかもしれないが、その楽し気な言葉に偽りはないだろう。
「ほ、ホント……? こんなに迷惑かけちゃったのに、また皆でお出かけしても良いのかな?」
「良いも何も、今日に関しては俺達だって十分迷惑かけちまったしな。そこはまあ、お互いに反省するって事でさ」
「……ありがとう。ありがとうね、皆」
するとようやく笹原もぱっと顔を上げる。
笹原の事に関しては、今後もこういう事が続くだろう。何せ外へ出るだけでも危険な笹原にとって、遊びに出かけるというのはかなり高いハードルだ。だが、それだって一つずつ乗り越えていかなくてはいけないハードルでもある。
「……なんつうか、心配すんなって」
俺は笹原の隣に歩くと、周りには聞こえないように小声で囁く。
「お前との約束は、俺だってちゃんと守る気でいるんだ。だからまあ、なんつうかな。お前は何も心配すんなよ」
「……うん。分かったよ。ありがとうね。前田君」
そう言うと笹原も頬を赤くして、普段通りの明るい笑顔を見せる。
「よし。じゃあ今日は帰るか」
それから五人でモノレール駅へと向かう。今日はこうしてひと段落して帰れる。
と思っていたが。
「まぁ。そりゃそうだよな」
モノレール駅はプールからの帰り客や、通勤客でそれなりに混雑していた。
今は夕方で一番人の多い時間帯だ。この中を笹原を連れて帰るなんてとてもじゃないが出来そうにない。
「どうした? 帰らないのか?」
「あ、いえ、何と言うか今日は歩いて帰りたい気分なので」
「奇特な奴だな君も。では私は一足先に帰らせてもらおう。千葉駅の方に用事もあるしな」
それから御影先生が先に改札をくぐると、手を振って別れを告げる。そうしてイルカの浮き輪は人ごみの中に紛れていった。
「千葉駅に用事って、またあの人ゲーセンに寄って帰るつもりなのかな」
先生曰く、あそこは心のオアシスらしい。もしかしたら今日の帰りも格闘ゲームに勤しむのかもしれない。
「って、あれ。時宮先輩は帰らないんですか?」
先生を見送った後、てっきり先生と一緒に帰るものだと思っていた先輩がまだ残っていた。
「うん。あの、ね。その、良かったらなんだけど」
「なんですか?」
「その、ね。できれば前田くんに付き合ってもらいたい場所があるんだけど……」
時宮先輩はどこか恥ずかしそうに、指を絡ませてちらちらと俺の顔を伺う。
「ダメ、かな……?」
「えっと」
付き合って欲しい場所? いったいなんだろう。
俺は笹原の方を見ると、鈴谷がその肩にきゅっと抱き着いた。
「わわっ!」
「大丈夫です。笹原先輩は私がしっかり連れて帰りますから」
「そうか、分かった。じゃあ悪いけど、頼んでも良いか?」
「もちろんです」
鈴谷にそう言われ、俺自身もこの後の予定は特に無かったので、時宮先輩の申し出に乗っかることにした。
「分かりました。どこだかは知りませんけど、お付き合いしますよ」
「ホント? 嬉しいなあ」
時宮先輩はぱぁっと顔を明るくする。そんなに嬉しいって事は、何か大切な用事だったりするのだろうか。買い物の荷物持ちとか?
「じゃあ俺達はここで分かれるから」
「はい。また会いましょうね、先輩」
そこで二手に分かれて、笹原と鈴谷は家の方へ、俺達はモノレール沿いに進んで歩いていく。
「それで、用事って言うのは何なんですか?」
「えっと、別にそこまで重要と言うか、重たいお願いじゃないのよ?」
重たくない? って事は荷物持ちじゃないって事か。
「ほんの少しの間だけ、私とお散歩しましょ」
「散歩ですか?」
「うん! この先に公園があるでしょ。そこを一周するだけ」
「それが頼み、ですか?」
「変、かな?」
時宮先輩の頼みを聞いて、俺は頭をかしげながらも、特に断ることもぜず二人で公園へと向かう。
確かにこの先には千葉駅の周辺じゃ有名な大きな公園がある。一周するとなると20分ほどはかかるだろうけど、けどどうして今なんだろ?
俺はそこでふと空を見上げる。髪を靡かせる夏の風と夕焼けは、どこか心を落ち着かせた。そうか、言われてみればここ最近はバタバタとしてて、ゆっくり散歩なんてできる時間は無かったな。
もしかしたら時宮先輩はそんな俺を案じて、今回の提案をしてくれたのかもしれない。少なくとも俺の知ってる時宮先輩なら、そう言う事は平気でやってのける人だ。
「分かりました。散歩、是非お付き合いしますよ」
「良かった。てっきり変な事を言ってるんじゃないかって、心配だったの」
「変じゃないですよ。今日は天気も良いですし、こういう時間もたまには良いと思います」
「ありがとう」
時宮先輩のおさげが揺れる。メガネ越しに見える瞳は、夕焼けを反射して赤くなっている。
考えてみれば、時宮先輩みたいな人とこうして二人で歩けるなんて、男子としては光栄なんだろうな。でもまあ、それにしたって少し前の俺だったら、こういう頼みすら面倒臭がって断っていたかもしれない。
それから俺達は公園の入り口から中へ入ると、植木の生えた園内を歩道に沿って進む。すぐ右には池が有って、そこにはボートなんかが浮いていた。
「本当にこう言うのもたまには良いですね」
「そうでしょ。実は私、この公園にはたまに散歩しに来るの」
「そうなんですか?」
「ええ。ほら私ってつい色々考えにふけっちゃうでしょ? だから時々こうして、何も考えずに頭を空っぽにしながら歩くの。そうすると少しずつだけど頭が整理されて、自分の考えとかがまとまったりするのよ」
「あ、でもそう言うの分かるかもです。俺も時々ですけど、夜になったら家の周りを一周したりとかしますし」
「ふふ。じゃあ案外、私達って似た者同士なのかもしれないわね」
「似た者同士、ですか?」
「うん。だって前田くんも、普段から色々と考えてそうだから」
「そんな事ないですよ。俺なんてただの面倒臭がり屋ですし。何事からも逃げてるだけです。その為なら全力疾走もいとわない男ですから」
「ふふ、やっぱり前田くんって不思議ね。こうしてると本当にそう見えるのに、でもいざとなったら誰かの為に行動できたりするんだもん」
「それは買いかぶりってもんですよ」
似た者同士に買いかぶり。あれ。この会話、少し前にも誰かとしたような。
「でも前田くんって凄く頼もしく見える時があるし、本当に羨ましいわ」
「羨ましい……?」
「だって、私とはずっと距離を空けてたのに、あの二人とは随分仲が良さそうなんだもん」
すると、そこで時宮先輩がぐっと俺の手を握る。
「せ、先輩?」
「ね。こっちの方に行きましょ」
すると時宮先輩はそのまま走って、俺を公園の奥へと連れていく。
「時宮先輩っ!? ちょっと、どこに行くんですか」
「いいからいいから」
俺は時宮先輩に手をぎゅっと握られ、なすがままに連れ去られる。
「はぁ、はぁ……こ、ここは?」
そうしてやってきたのは、人気の無い公衆トイレの前だった。
「ど、どうしてこんなところに……?」
公園には何か所かトイレが設置されているが、ここは中でも一番使いにくい場所にある。なので人が来ることは滅多に無さそうだ。
だけど、どうして公衆トイレの前なんかに。もしかしてお手洗いとか? でもそれだったら何も俺を連れてなんて来なくても。
「私ね。ずっと考えてたことが有ったの」
「考えてたこと、ですか?」
「うん。私、やっぱり前田くんの事、ちょっと気になってるみたい」
すると時宮先輩はこちらに振り向いて、その顔を見せる。
「時宮、先輩……?」
「ねぇ。前田くん。私ってどうすればいいと思う?」
「それは、何に対しての問ですか……?」
「これから私がしようとしてる事に対して、かな?」
どうしてだろう。時宮先輩の様子がおかしい。
その言動もそうだけど、何よりその表情が違う。
これまでの頼れる先輩としての笑みから、そこにある物は何か人を見下すような、そんな悪意のようなものに変わっている。
「前田くん。ねえ、前田君に一つお願いしてもいいかしら」
「お願いなら、今だって聞いてるじゃないですか……?」
「ううん。そうじゃなくてね。ね? 前田くん。前田くんも薄々気づいてるでしょ。私の気持ち」
「時宮先輩……?」
なんだ、これ。
おかしい。何かがおかしい。
「ねえ、前田くん」
すると時宮先輩は、独り言のように一方的にその言葉を俺に向けた。
「前田くん。もうそろそろ、私の物になってくれないかしら?」
「な、何を言ってるんですか」
違う。こんなの、俺の知ってる時宮先輩じゃない。
いったいどうなってる? 何がどうなってんだよ!
「な、何を言ってるんですか。悪い冗談ならやめてください!」
「冗談なんかじゃないわ。だって私、ずっとずっと、あなたの事が好きだったから」
ドクン、と心臓が跳ねる。
時宮先輩から好きだと言われたからか。それもあるかもしれない。だがそれ以上に俺の心臓を刺激したのは、そのメガネの向こうにある瞳だった。
「私はずっとあなたの事が好きだった。でも、前田くんってばちっとも私の事見てくれないし、それどころか他の女の子の事ばかり考えてるんだもん。ううん、良いんだよ? 前田くんがどれだけ他の子の事を考えていても、私は気にしない。だって、最後に私だったら良いんだもん」
時宮先輩の瞳は、真っ赤に染まっていた。
それは夕焼けの色を吸い込んで、それから得体の知れない何かが宿ったように、紅に染まっていた。