ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
顔を上げ、混濁した意識の中で、焼き付く様に鮮烈に眼に映る姿は他でもない鈴谷真昼のものだった。
「先輩、もしかしてピンチだったんじゃないですかぁ?」
「お、お前、どうしてここに……?」
「理由を敢えて言うのなら、ヒロインのピンチに駆けつけるのがヒーローだから、ですね!」
そいつは無駄にカッコいいセリフを言いながら、俺に向けてウィンクする。
「それで、時宮先輩。今、先輩に何されようとしてました?」
それから時宮先輩へ顔を向けると、その目を凝視する。
「何って、見てのとおり前田くんに凌辱されようとしてたところなんだけど?」
時宮先輩も始めこそ驚いたふうに目を見開いていたが、すぐに余裕ある笑みへと切り替える。
「それよりも無粋じゃないかしら? 男女の密かな営みを邪魔するだなんて」
「邪魔ではなく必然的介入ですよぉ」
そう言うと、鈴谷は小声で「やっぱり私の予感、当たってましたし」と呟いた。
「前々から、時宮先輩の事は気になってました」
「あら、それってもしかして告白かしら? でも生憎と私に百合の気質はないのだけど」
「それは残念ですっ。私は少しなら興味があったんですけどねぇ」
二人は絶妙な空気感で会話を続ける。さながらボクサーがジャブで牽制し合うように、二人も互いの合い間を計っているかのようだった。
「初めにおかしいなぁって思ったのは最初に時宮先輩が部室に来た時でした。あの時、時宮先輩はずっと私達の事を見てましたよね?」
「それのどこがおかしいのかな? だって、お話してる時は相手の顔を見るのが当たり前でしょ?」
「でもそれがそうでもないんですよ。人って意外と話してる時もふらふらと視線を外したり、色々とジェスチャーしたり、そう言う視線以外でもやり取りをしてるです。でも時宮先輩の場合は、常に誰かの目を見て話している。まるで顔色を窺うように」
「……ふーん。それで?」
「その時はちょっと違和感があるくらいだったんですけど、でも確信になったのは電車に乗って房総半島に行った時です。その時も、時宮先輩は同じように常に私達の目を見続けていた。それから常に笑顔でした」
鈴谷はまるで相手に付け入る隙を見せないかのように、口調と表情を変えないままに淡々と続ける。
「何と言うか、色々と芝居くさかったんですよね」
「ふふっ、私も三文役者の自覚は有るけれど、まさか演劇の価値すら分からない人に貶されるなんて、少し心外だわ」
「私にだって価値くらい分かりますよ。もっとも時宮先輩の場合は大根の価値になっちゃうみたいですけれど」
「人を大根役者って言いたいのかもしれないけれど、その言い回し、微妙に滑ってるわ。……でも、そんなに前からバレてたのね。私の事」
時宮先輩はゆっくりと手をついて、腰を持ち上げる。そして半身を引いて、じろりと鈴谷を睨んだ。
「鈴谷……、お、お前……っ!」
「大丈夫です。先輩は私が守りますから」
それを受けて、鈴谷も手を上げて構えを見せる。
「ふーん。ちゃんと構えるんだ」
「時宮先輩の方こそ、どうしちゃったんですかぁ?」
「別に何ともないわよ。ただちょっと……イラっとしただけ」
「なるほど、そこで力ずくですか。でも時宮先輩には似合わないと思いますよ?」
「それはこっちの台詞。綺麗な肌がもったいないわ」
「それこそ余計なお世話、です!!」
空気が変わる。
これまでの重苦しい空気から一転して、ピリピリとした緊張感が俺の肌にも伝わってくる。
「やぁああ!!」
鈴谷は走り出すと、その右手を握りしめて拳を突き出す。しかし時宮先輩はこれをさらりと躱すと、鈴谷の顎を目掛けて垂直に足を蹴り上げる。
「えいっ」
「なっ!?」
だが鈴谷もこれを寸前で躱し、そしてステップを踏んで一度時宮先輩との距離をあけた。
「あれぇ、時宮先輩って運動あまりしないんじゃなかったんですかぁ?」
「そっちこそ。朝のランニングだけじゃなかったの」
互いに笑みを交わすが、どこか余裕の無くなった鈴谷に対し、時宮先輩は汗一つかいていない。
「今更、何をしても無駄だと思うけれど? あ、そうだわ。あなたには折角だからギャラリーになってもらいましょうか。前田くんが私で楽しむ様子をじっくりと見てもらうなんてどうかな。あなたにとっても特等席だと思うわ」
「そんな事、絶対にさせません……! 先輩は私が、必ず連れて帰ります!!」
鈴谷が再び走り出す。そして飛び上がると、右足を上げて時宮先輩の体を刈り取るように払う。
「くっ!?」
が、しかしその蹴り技も時宮先輩はギリギリを掠めながら避ける。時宮先輩のあまりに無駄のない動きは、まるで鈴谷の足をすり抜けたようにすら見えた。
「えいっ」
「がはっ!」
そして至近距離に近づいた時宮先輩は、軽い掛け声の後に足を回すように持ち上げ、鈴谷の顔を横薙ぎにする。
「げほ、げほっ!」
「女の子が暴力だなんて、お姉さん感心しないなぁ?」
バランスが崩れた鈴谷は、それでも辛うじて上半身を起こし、体勢を整える。
「それに不可解ね。どうしてあなたみたいな女の子がここまで動けるの?」
「それ、時宮先輩にもまったく同じ疑問が当てはまっちゃいますよね」
「私? 私はほら、優秀だから」
鈴谷が対人に強いことは知っていた。なにせ俺達は鈴谷に一度助けられた事があるのだ。あの夜、笹原と公園に向かう途中の商店街で、俺達は鈴谷が男達を蹴り飛ばすところを見ている。
「それにあなた、もう息が上がってない?」
「そんなこと、ありませんよ!」
だが、これはどういう事だ?
どうして時宮先輩が、あの鈴谷の動きを躱せるんだ。
時宮先輩の外見や普段の様子を見ても、そんな素振りはまるで感じなかったのに。
しかしさっきの関節技の時といい、その身のこなしはまるで熟達した格闘家のようだ。
「そっか。ここまで走って来たのね。でもそういう健気なところ、私あまり好きじゃないな」
鈴谷が口を手で拭う。しかもその手には血が付着している。
「お、おい! 大丈夫かよ!?」
「問題ありません。少し口が切れただけですから」
俺は思わず立ち上がろうとするが、激しい眩暈に襲われてまともに足すらつく事ができない。
「鈴谷さん。あなたも本当は分かってるのよね? 正攻法じゃ、前田くんは決して私達には振り向いてくれないってこと」
「何を言ってるんですか。そんなの、先輩なんだから当たり前じゃないですか。それでも私は、先輩が幸せな想いをするのなら、それ以上は何も望みません」
「ふーん。なんだか私とあなた、あまりタイプが合わないみたいね」
「それも余計なお世話、です!!」
そして鈴谷がまた拳を握る。しかしそれが振るわれるよりも前に、時宮先輩が足を蹴り上げ、足の裏側で鈴谷の腹部を押し出す。
「がはっ!?」
「前蹴りって言ってね。こうやって正面に蹴り出すと、女の子でも意外とリーチがあるの。だから距離感が掴めていないと、こうやって反撃されちゃうのよね」
鈴谷の体が揺らぐ。相当強い衝撃が有ったにも関わらず、それでも鈴谷は手を構えて、時宮先輩を睨んだ。
「あらあら、もうあなたじゃ私には敵わないって分かったと思ったのだけれど。それともまだ何か私を驚かせる物でも持ってるのかしら」
「生憎ですけどそう言うの、私には持ち合わせがないです」
「だったら少しは大人しくしてくれない? 後は私と前田くんの二人で幸せになるから」
「そんなこと、できっこないですよ」
見ると鈴谷の足が震えている。恐れなのか、体に負ったダメージのせいか、それとも武者震いなのかはわからないが、そんな震えた足で、それでも鈴谷は笑って言った。
「私はもう、誰も悲しませたくないんです。だから先輩の事も、私が守るんです」
「そう。その身のこなしも、あなたのそういう願いの為に鍛えたって事でいいのかしら。でもね、世の中ってどうしても、自分の思い通りにいかない事があるものだと思わない?」
時宮先輩が一歩、また一歩と鈴谷へと近づいていく。
「っ……!」
鈴谷はもうこれ以上下がれない。だって、鈴谷の背中には俺が居るのだから。
クソ……! 立ち上がれない自分が不甲斐なくてしょうがない。どうして俺はこう、肝心な時に何もできないんだ。
「もう終わりね。鈴谷さん」
「そんな事、ないですよっ!」
鈴谷はじりじりとにじり寄られて、もう後がない。
しかし―。
「先輩っ!」
そこで鈴谷は体を翻すと、時宮先輩へと背を向けた。
「うぐぅうう!!」
そして俺の体を強引に持ち上げると、鈴谷はそのまま外へと走り始める。
「な、何やってんだよ!?」
「うっ、くぅう!」
鈴谷は俺をお姫様のように抱きかかえると、そのまま公園の中を走っていく。
「む、無茶だ……! お前と俺じゃあ、体重が……!」
「関係ありませんよっ! それに私、少しくらいなら鍛えてますからっ!」
そう言いながらも体は大きくよろけている。無理もない。鈴谷からすれば、自分よりも10キロ以上重い体を持ち上げているのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
だがそれでも鈴谷は走り続ける。そしてしばらくして、ようやく俺を公園の階段に座らせた。
「だはぁあああ!!」
蓄積された疲労を全て解き放つように、鈴谷は隣で体を大の字に広げて仰向けに倒れる。
「はぁ……はぁ……、先輩、もう大丈夫ですか……?」
「……あ、あぁ」
俺は力のない声ではあるものの、そう鈴谷に答える。
「時宮先輩もまだ追ってきてないみたいですね。ひとまず窮地は脱したと言ったところでしょうか」
すると鈴谷は大きく呼吸を吸って、胸を上下に起伏させる。それを何度か繰り返すと、「よしっ!」と上体を起こした。
「先輩、ひとまずは私の家に来ませんか」
「お前の家?」
「はい。きっとその方がここよりは安全ですから。細かい話はそちらでしましょう」
鈴谷はまだ口の周りに血の跡を付けたまま、そう柔らかく微笑んで俺に言った。