ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
「ん、ふぁ……」
聞こえてくるのは笹原の嗚咽のような息と、サラリーマンの乾いた足音だ。
サラリーマンの方はまだ笹原の様子には気が付いていないが、もう少し距離が縮まればいずれすれ違う。そうなれば嫌でも笹原に気が付く。
「あっついぁ……」
サラリーマンは独り言をつぶやきながら笹原とは逆の方に目を向けている。おそらく俺と同じで、やけにリッチな住宅の風景でも眺めているのだろう。
笹原とサラリーマンは互いにもう数歩のところまで近づいている。笹原の背中へ目をやると、その肩はやけにか細く見えた。笹原は両手をぎゅっと組み、恐る恐るといった調子で足を進める。
「水でも飲むか……」
その時だ。
サラリーマンがハンカチをズボンに仕舞い、その手をもう片方で持っていたビジネスバッグへと向ける。視線は自然とバッグの方、つまり笹原の側へと向けられた。
これは、間違いなく見られる……!
「……なっ!?」
「ん……ふぁ……はぁ……」
その格好が目に入った時、サラリーマンの口から驚嘆の声が漏れる。その目はぐっと見開き、開いた口が塞がらないといった感じだろうか。
サラリーマンの視線の先では、笹原の胸の先がカプセル状に盛り上がっていて、ローターが小刻みに笹原の乳首を刺激し続けている。そしてその振動は服の上からまで伝わっており、ローターの動きまではっきりと見て取れた。
さらにはニーソックスに挟み込まれたローターのピンクのリモコンに、そこから伸びる線が笹原の短パンの股関節へと伸びている。そして股の間では、ジーンズ生地から染み出した水分が今もぽたぽたと垂れ落ちているのだ。
サラリーマンは足を止め、笹原を凝視する。
「ん……ぁっ……」
深く呼吸をしながら、笹原はサラリーマンの横を通り過ぎようと足を進める。
「き、君は何を……っ!」
「……えっと、こんにちは」
すると笹原はサラリーマンへと顔を向け、にこりと笑みを作った後、軽く頭を下げた。
その動作で胸がたぷっと揺れる。Tシャツのサイズが少し小さいのか、胸の丸みを帯びた輪郭まではっきりと感じられる。もはやブラすら付けていない事は明白だ。
「あ、あ……」
サラリーマンの方はまるで日常からかけ離れた光景に、どう言葉を出していいのか分からず喉を小さく鳴らす。
『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ』
バイブレーションの音が、やはり奇妙に鳴り響く。いくら静かな地域とは言え、5メートル以上離れた俺の耳にまで届くのだ。あのサラリーマンにすれば、きっとその音の正体がなんなのか感付ける。
「ちょ、君っ!!」
そのまま通り過ぎようとしていく笹原にサラリーマンが手を伸ばす。そして笹原の方へと駆け寄っていった。
「っ、いきなりか……!」
俺もサラリーマンに合わせて笹原へと足を速める。あの男、多分だが笹原に何をしてるんだとか、そうじゃなければ体調は大丈夫かとか、何かしら声をかけるつもりだ。そして声をかけると言う事は、その後にすんなりと笹原を見過ごす気は無い、と言うことでもある。
笹原の様子を見て一般人が取る行動なんておおよそ二パターンしかない。一つはスルーする事。それが常識からあまりにかけ離れた存在であれば、人が警戒して無闇に近づいたり、関わり合おうとしない。今の笹原はまさにその存在だ。一瞬ちらっと視界に入るかもしれないが、それが理解不能なものだと感じると目線すら合わせなくなる。
そして二つ目は、逆にその存在に近づこうとする人間だ。
正義感が強いのか、好奇心が強いのか、はたまた特殊な性癖に理解でもあるのか、自分から近づいていこうとする人間、ことこの状況においてはこちらの方が何十倍も厄介なのだ。
もしもあの男が変に笹原に近づこうとするなら、それは自分も笹原の行動に干渉する気だと言う事になる。もしそうなれば、最悪の場合、笹原の露出プレイはここで終わる。
「おい、君!」
笹原がサラリーマンへと振り向く。そして自分へと向かってくる男の姿に驚いたのか、笹原もはっと目と口を大きく開けた。
「待っ――」
そして俺が男へと声を出そうとした時。
「うぼぇええええええっ!!」
「……はっ?」
「げほ、がふっ、うぉえええ……、うぐ……」
バタン、と、コンクリートの上に人が倒れる音が響く。
「なっ……」
笹原……?
「笹原ぁああああああああ!?」
おいおいおい、どうなってんだ!?
〝吐きやがった!〟 笹原が吐いて倒れやがった!!
「ちょ、大丈夫―」
「おい、しっかりしろ!! おい!!」
俺は慌てて笹原の体へ手を触れる。酷い高熱だ。さっきまであんなにひんやりしていた肌が、今では信じられないくらい熱を持ってる。
辺りには笹原が胃の中から吐き出した黄色の吐しゃ物が一面に広がっていた。そしてその中へ倒れこむようにして、笹原は体を横たわらせている。
「笹原っ!! しっかりしろ笹原!!」
くそ、マジで何がどうなってんだよ!!
もしかして何かの病気か? こいつ持病があったのか? いや……、そうじゃない。
「お前、もしかして」
こいつは引きこもりだ。他でもない、引きこもりなんだ。
それが今日、外へ出て歩いて、そして他人と言葉を交わして―。
「っ……!!」
俺は笹原の体を強引に腕で持ち上げると、そのまま肩と両足を抱きかかえる。
「だ、大丈夫なのか、その子は」
背中からはあのサラリーマンの声がかけられる。だが俺はその言葉を無視して、その場から走り出した。
「お、おい!」
男はまた言葉を飛ばすが、俺は直ぐに姿を隠すように、一番近くの曲がり角へと体を捻らせる。
「はぁ、くそっ……!!」
俺はそのまましばらく走った後、住宅の陰に身を潜めるようにして腰を降ろす。同時にゆっくりと笹原の体を降ろし、しかし地面にはなるべく触れさせないように、太股と腕の力でなんとか体勢を作った。
「お前、どうしたんだよ……?」
俺が言葉をかけても、笹原はぐったりとしたまま目を開かせない。
「はぁ、ったく……。今年の夏休みは呪われてんのか、俺」
そう疲れた息で愚痴を零しながら、俺は笹原の様子をしばらく眺める。
その体はずっしりと重い。笹原の体型を考えるとむしろそこらの女子よりは軽いはずだが、それでも意識の無い人間の体が重いってのは、どうやら噂通りらしい。
「くそ、これからどうするよ……」
俺の耳元では、まだ笹原の体に取り付けられた七つのローターの音が聞こえ続けている。これで目を覚まさないのだから、おそらく当分は意識が戻らないと思っておいた方がいい。
「とは言え、笹原の家には帰れないんだよな……。ホント、どうなってんだよこいつは」
ここからならすぐに笹原の家に引き返せるが、こいつの家はオートロックされてしまっている。それでも何かしらの手段では入れるのかもしれないが、どちらにしたって部外者の俺には荷が重いだろう。
「……そう言えば」
俺がここで、笹原が言っていた言葉を思い出す。
「もしも自分が倒れたら先に帰ってろって、そう言ってたか。こいつは」
つうか、本当に倒れんなよな。
あの時に俺が想像していたのとはかなり違ってしまっているが、今にして思うと、あの言葉を言った時から笹原はどこかでこうなると予期していたのかもしれない。だが、それが分かってるならせめて俺にくらいは教えておいて欲しかったもんだ。
「迷惑、かけたくなかったってところか」
ここまで人につき合わせておいて迷惑もクソもないんだがな。
「しゃーない。こいつの言ったことだ。今回は俺の好きにさせてもらおう」
俺は再び足を立たせると、曲がり角をそのまま真っ直ぐに進んでいく。
先に帰ってろって言うなら俺もそうしてやる。これ以上の面倒ごとは、お断りだからな。