ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
ネットカフェを出た俺達はそこで別れて、それぞれ家に帰ることになった。
帰り道は笹原と他愛のない話をしながら、人通りの少ない道を選んで歩いていく。そして笹原を家まで送り届けると俺も自分の家へと帰った。
「ただいまー」
玄関から入ってリビングへと行くと、電気も消えたままで誰も居ない。この静けさから察するに両親共にはまだ仕事中らしい。あの喧しい親が居てここまで場が静かなんてことはまずないだろう。
「夕方なのに誰も帰ってないのか」
そう思ってきょろきょろしていると、台所では夕食の支度がしてあった。材料が切り分けられていたり、必要な調味料や具材が並べられている。どうやら献立はビーフシチューらしい。
「そういや今日は綾子が調理当番か。支度がしてあるってことはもう帰ってるのか?」
リビングを出てからちらりと玄関を見てみると、やっぱり誰の靴も無い。と思ったら、よく見ると綾子のトレーニングシューズがキチンと靴棚に仕舞われていた。脱ぎ捨てられてないなんて珍しい。
「んじゃ、ちょっくら俺の用事も終わらせますかね」
俺はリビングを出て階段を上がり、自分の部屋の前を通り過ぎると、綾子の部屋をノックする。
「おーい、帰ったぞ~」
どこぞの亭主かのようにそう言うと、すぐに部屋の中から返事が返ってきた。
「兄ちゃん? お帰り~」
「入っても良いか?」
「どうぞ~」
ぼふりと布団が凹む音がする。どうやら部屋の中でベッドにうずくまってるらしい。
随分と気楽な返事が返ってきたので、俺はドアノブを回して部屋の中へと入った。
「って、またそんな恰好で……」
すると中では綾子が上半身裸のまま、ベッドで気ままに寝転がっている。幸いうつ伏せなので裸体を拝むことはなかったが、それでも無防備過ぎる。
「どったの兄ちゃん」
「お前なぁ……。前にも言ったが、家の中でも服くらいは着ろっつの」
因みに下は黒のぴっちりとした競技用パンツだ。足の付け根から下がバッサリカットされたやつで、100m走の選手なんかが穿いてると言えばイメージしやすいかもしれない。女の子が穿いてると男心的にはちょっとエッチに見えたりしてしまうが、あくまでも健全な目的で作られたパンツである。しかしいくら健全だとしてもその上半身が裸なのだから、妹でさえなければ目のやり場に困る格好だ。
「良いじゃん。だって兄ちゃんだし」
「兄ちゃんだしって、そういう信頼関係は兄妹の絆の証にはならないんだぜ?」
「私は別に、兄ちゃんになら裸くらい見られても平気だけど」
「安心しろ。全国どこ探しても妹の裸を見たがる兄なんか居ないから」
「兄ちゃんを除いて?」
「なぜ全国基準から俺だけ外される。そもそも兄が自分の裸を見たがってる前提で話してたのかよお前」
この妹にはやはり貞操観念が少し抜けているらしい。自分が見られても平気だからって、それを許すのはどうなんだ。だいたい年頃の女子なら気にするところじゃないのか? 普通なら。
「あ、うちの妹って普通じゃなかったわ」
「兄ちゃん。脳内での一人語りに突っ込むのはいいけど、口に出しちゃうと変な人にしか見えないよ? 妹としては見てて痛々しい限りだよ」
妹はころんと体を転がし、残念そうに俺を見る。
「悪かったな。けど兄ちゃんはもう割り切ってるから。変な人に振り切ってる事実からもう目を逸らさないから。それがマイプライド」
「どうしてそこで韻を踏もうとするのかが私には理解できないんだけど。それに私としては、その妙なプライドが早く切り替わってくれることを願うのみだよ」
俺は寝そべった妹の、その育ち切った裸体を目に焼き付けながら扉を閉める。
しかし背丈も高いがやっぱ発育の良い胸してやがる。健康的と言うか、ほんのり日焼けした肌に生まれたユートピアとでも形容すれば良いだろうか。さながら砂漠にできたオアシスである。
ほどほどに大きく、しかし大き過ぎない。手にフィットしそうなサイズと言えば男性諸君には分かってもらえるだろうか。つうか体が仰向けになると胸ってああいう風になるのな。つぶれたパイみたいになってやがる。
「にしてもこの状況で飛び掛かってこないなんて、今日の兄ちゃんどうしたの?」
「人をそうしょっちゅう妹の裸に飛びついてる変態兄貴みたいに言うな。少なくとも俺の場合はキチンと許可を取るからな」
「許可を取ったらまともみたいな言い方もどうかと思うけどね」
「それを言うなら実の兄貴に対して裸を見せてるお前だって同じだろ」
「私は兄ちゃんに胸を揉まれた回数が歳の数を超えたあたりから、もう色々と諦めちゃってるから」
「じゃあ次からは年に一度にしとくか」
「そういう問題じゃないんだけど。でも、まあそうしてくれると助かるかなぁ。胸が大きくなった理由が兄ちゃんに揉まれたせいとか嫌だもん」
妹は肩をすくませると、持ち前の腹筋でよっと体を起こす。その際にかなり立体的に胸が揺れたが、俺は目を逸らすこと無くしっかりと観察した。
「それで、何か用事が有って来たんじゃないの?」
「そう言えばそうだ。お前に一つ聞きたいことが有ったんだ」
俺は立ちっぱなしも何なので、妹のベッドに腰を落とす。あまりマジマジと妹の部屋を見たことは無かったが、意外とピンク色が多かったり所々がもふもふしてたりと、結構女の子っぽい感じになっている。しかしそれも色だけで、可愛いぬいぐるみやファンシーな置物も無く、有るのは床で無骨に転がってる鉄アレイくらいである。
「あれってアレーか?」
「兄ちゃんのギャグって幼稚園児並みだね」
「アレイってフランスの隠語で姦淫って意味なんだぜ」
「セクハラの方はおやじっぽいのにね」
「何言ってる。これは日常知識だろ? フランス書院とか読まない?」
「実の妹にフランス書院の話をするのはきっと全国でも兄ちゃんだけよ。……はぁ。それで話ってなに?」
妹に深々とため息をつかれてしまった。
いかん。つい思い付いてしまったからと口に出してしまう己の欲望が憎い。
「いい加減本題に入らないと、ご飯までに間に合わないよ?」
「ま、それもそうだな」
日頃からこんな話を繰り返している俺達にとって、今のような会話を永遠と繰り返すのはさほど難しい事じゃない。だがそうは言っても、今は確かに本題の方が大切だ。
「お前さ、前に時宮先輩について言ってたのは覚えてるか?」
「時宮さん?」
「ああ。俺になんつうか、気を付けろってさ」
「……うん。覚えてるよ」
すると『時宮先輩』の名前が出た途端、綾子は顔を俯かせた。
「どうして綾子はさ、あんなこと言ったんだよ?」
「それは、兄ちゃんが心配で」
「でも、お前と時宮先輩ってあんまり話したりしないよな? それともお前と時宮先輩の間に何かあったのか?」
「兄ちゃんはそんなこと知ってどうするの?」
「……なんつうか、もし俺が知らない事なら、知っておきたいと思ってさ」
俺は少し悩んで、結局時宮先輩との間で起こった事は綾子に言わないことにした。
話が拗れて聞きたい内容が聞き出せなくなる。なんてふうにも思ったが、それ以上に心配をかけたくないと言う気持ちの方が大きかった。
「兄ちゃんは本当に知りたいの?」
深刻そうな顔をする綾子を見るに、やっぱり何か思い当たる節があるようだ。
「なあ。もしかしてお前の知ってる事って、俺にも関係があるんじゃないのか?」
「そ、それは……」
そう言うと綾子は口を閉じて黙り込む。このタイミングで黙り込むと言う事は、何か言い出せない事情が有って、そしてその事情は俺と何らかの関係があるようだ。
しばらく妹の様子を見ていると、綾子は少ししてからもう一度俺に顔を上げた。
「兄ちゃんはさ。時宮先輩と同じ部活に入ってるんだよね」
「入ってるつっても、俺から誘って入ってもらったんだけどな」
「そこで時宮さんから変な事されなかった? 例えば、人気の無いところに連れていかれたりとか」
「人気の無いところ……?」
「ねぇ、ない? 兄ちゃん」
妹に思いっきり顔を覗き込まれる。
有るか無いかで言われれば、それは有ると答えるべき問いだった。
しかし実の妹に、それこそセクハラを通り越して卒倒させてしまいそうな内容を、俺の口から話すなんてとてもじゃないができない。もしそんなことをすれば、きっと俺はこれから一生妹に余計な心配をかけさせてしまう。ついでに変態兄貴としての異名をこれからずっと背負って生きていかなければならないような気がする。
「……別にそう言うのはなかったけど」
ほんの少し迷って、それから動揺を気取られない様にできる限り声音を抑えながら、俺はそう言う。
妹に嘘の供述をすることに若干の罪悪感は有ったが、それ以上に有りのままの事実を話すなんて身投げにも等しい行為を、俺にはする勇気が無かった。
綾子は最初こそ俺の顔を見つめたが、しばらくして堪らないといった感じに視線を逸らす。
「ううん。良いんだよ。時宮さんが何をしようとしてるのかは分からないけど、結局はお兄ちゃん次第なんだもん」
「俺次第……? それってどういうことだよ?」
「…………兄ちゃんは」
綾子はそう言って、また口を閉じる。すると今度は「だぁあああ!」と頭を抱えてジタバタと手足を暴れさせた。
「私にはもうどうして良いか分からないっていうか、私って馬鹿だし、頭は良くないしさ。だから本当は時宮さんに任せるべきなのかもしれないけど、それでも兄ちゃんのこと心配だし……。だって兄ちゃんは私の家族なんだもん」
妹はそう言うと、最後に手で俺の肩をがっしりと掴む。それから今度は逃げないとばかりに、俺の顔をしっかりと見据えた。
「あ、綾子?」
「兄ちゃん。兄ちゃんは、本当に知りたいんだよね?」
「そ、そうだな。俺は知らないよりも、知っていた方が良いような気がする」
「本当に本当?」
「本当に本当だ。もしそれを聞いても、絶対に後悔なんてしない」
「……分かった。じゃあよく聞いてね」
すると綾子はそこで一呼吸つけて、ふぅーと長く息を吐きだしてから言った。
「兄ちゃんは、実は記憶喪失です」
…………
……………………
「はい?」
「だから、兄ちゃんは記憶喪失なんだってば!」
力強く肩を握る綾子の眼差しは真剣だ。
「いや、だから」
「だから兄ちゃんは記憶喪失なのぉおお!」
上手く理解できない俺を、綾子はぐわんぐわんと揺さぶる。
「だぁああ、頭が揺れる!」
どこか気迫すら感じる妹に、俺はただ瞬きを返すことしかできない。
「俺が、記憶喪失……?」
「うん、そう」
ようやく落ち着きを戻した妹は、言い聞かせるように繰り返した。
「兄ちゃんは昔、記憶を亡くしたことがあるの」
記憶喪失。そんなドラマや漫画みたいな言葉が来るとは、まさかの俺も思わなかった。
「兄ちゃん。昔まだ私達が小学生だった頃に、おばあちゃんの家に遊びに行ったのは覚えてる?」
「ばあちゃんって、松戸に住んでるばあちゃんか?」
「そっちじゃない方だってば!」
妹の慌てふためく姿に俺は呆気にとられるが、しかし曲がり違ってもばあちゃんなのだから、そっちじゃない方ってのはちょっと酷くね?
「じゃあ、鹿児島の方の麻江ばあちゃんか」
「うん」
すると綾子は力強く頷く。
「麻江ばあちゃんなら最近だって遊びに行ったじゃないか。去年のお盆くらいだっけか」
「じゃあ兄ちゃん、小学六年生の時にも遊びに行ったのは覚えてる?」
「小六の頃……?」
そう言われ、俺はうつらうつらと思い出してみる。
だが――。
「兄ちゃん?」
思い出そうとする。何度も記憶を辿る。
だが肝心のお盆の時の記憶が、まるで放送してないテレビをつけた時のように、ザザァと砂嵐になってかき消えてしまう。
「ど、どうなってんだ……?」
「兄ちゃんはね。前に一度、記憶を失ってるんだよ」
「俺が、記憶を……?」
「うん。それでその時に会ってた人が……時宮さんなの」
冷房が効いているはずの部屋で、俺の額からは汗が滲む。
冷汗は気づけば掌からも出ていた。そして俺が自分の持つ事実に気づいた時、飛び切りの不安が胸を襲ってくる。
確かに思い出せない。五年前の夏の事が、何も思い出せない。
「兄ちゃんはさ、本当はもう時宮さんと会ってるんだよ」
「そ、それって本当なのか? 本当に俺は五年前の夏にばあちゃんの家に遊びに行って、その時に時宮先輩にも会ってる……?」
「うん。お父さんとお母さんに聞いても、きっと同じこと言うと思うよ」
あり得ない。何故だ。五年前?
それは単に、自分が忘れてしまっているだけだとも思った。しかし、その時に俺は時宮先輩とも会っていて、俺が中学に上がるよりも前に時宮先輩と出会っているのだとしたら、それは俺の知っている記憶とは矛盾が生じてしまう。
少なくとも俺には、中学以前に時宮先輩と会った記憶なんてないのだ。
「お兄ちゃんはさ、実はその時……なんていうか、大怪我してるんだよ。それで怪我した兄ちゃんを家までは運んで来たのが、時宮さんなの」
「時宮先輩が俺を? しかも大怪我って、それ……」
「私も兄ちゃんに何があったのかは知らないけど……。けど兄ちゃんはその時の事、何も覚えてないんだよ」
妹の言う大怪我を負った記憶というのも、俺の頭には存在しない。
ただそれでも妹の話が事実なら、俺は本当にその記憶を忘れてしまったということになる。なにせ大怪我をした事実なんて、俺の頭にはこれっぽちも無いのだから。
それがもし普通の人間なら、そんな大袈裟な思い出はそうそう忘れないだろう。俺にしても普通の人間の域を出ないと言うか、忘れっぽいだの一週間ごとに記憶が消去されるだの、そんな特殊な設定は持ち合わせていない。
すなわちそれは、忘れたのではなく、はなから覚えていなかったと言うことだ。
記憶を失った。つまりは記憶喪失。
その妹の説明が、現実として当てはまってしまうのだ。
でもそんな事ってあるか? 第一、怪我を負ったところを時宮先輩に助けられただなんて、両親はおろか時宮先輩からでさえ聞いたことがない。そんな事、本当にあったのか……?
「それで、兄ちゃんは……」
綾子は一度口ごもると、それから俺からゆっくり手を離す。
俺はただその唇の動きを目で追った。頭がいっぱいになり情報の整理がつかない俺は、その口から出される言葉をただ聞くことしか出来なかった。
「兄ちゃんはそれから、人との約束を破れなくなったんだよ」