ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
人との約束を破れなくなった。
その言葉の意味するものは、まったくそのままに俺の体質そのものだった。
「じゃあ、俺がこの体質になったのって……!」
「うん。多分あの日からだと思う……」
ベッドから立ち上がり、妹の顔を思わず凝視する。しかしその顔は俯いたままで、そこで俺は気づいた。
綾子の声が、さっきから震えている。
俺は綾子の話にどう反応して良いか分からなくなる。
憤るべきなのか、それとも悲しむべきなのか。あるいは、喜ぶべきなのか。
しかし俺の率直な意見を言うのなら、それはどうしてそこまで大切な事を実の兄であり、当事者に隠していたのかだ。
「どうしてそんな大事なこと、今まで黙ってた!?」
混乱した頭のまま、気づけば俺は妹に対して愚かにも八つ当たりしていた。
自分が記憶喪失で、しかも時宮先輩とはその時にもう出会っていて、おまけに俺の体質がおかしくなったのはその頃から……?
なんだこれ。頭がパンクしそうだ。
「に、兄ちゃん……?」
「お前、ずっと知ってたのか?」
「う、うん……。でも」
「俺がこの体質に今までどれだけ悩まされてきたと思ってやがる!? 俺がどれだけ大変な想いをしてきたのか、お前に分かるってのかよ!?」
俺はそう綾子に怒鳴ってしまった。
綾子が悪いわけでも、はたまた両親が悪いわけでもない。そんな事くらい分かっているはずなのに、頭がそう理解することを拒んだ。
俺の愚かしさと、器の小ささがそうさせたのだ。そうする事でしか、自分の感情を抑えられなかった。
「わ、私、どうしても心配で、だって記憶が無くなっちゃうなんて大変な事だし、もしも無理して兄ちゃんに何かあったらって、それで……!」
妹の顔から涙が流れる。
俺、兄貴として最低だ。
「……すまん。悪かった」
妹の涙で頭が冷え、俺はそう綾子に謝った。
大怪我して帰ってきた兄貴が、その日の事を何も覚えて居なかったら、そりゃ心配もするし話し辛いよな。それにもし忘れていたことを変に思い出したりして、それで余計に辛い思いをさせたらどうしようって、俺ならそう考えてしまうだろう。
綾子は俺の妹だ。俺が考えると言う事は、そりゃ綾子も考えたはずだ。だから綾子も、両親も、俺が余計に辛い思いをしないように、今まで黙ってたんだ。
「ってことは、俺の記憶喪失と時宮先輩は何か関係が有るんだな」
「そ、そうだと思う。けど、時宮さんは兄ちゃんが転んで怪我したって、それしか言ってくれなくて。でもそんな訳ないもん!」
すると綾子の顔からはボロボロ流れる涙を手で拭いながら、しかしその奥では力強い瞳で俺を見つめる。
「それから時宮さん家にも何回か来るようになって、でも兄ちゃんの事はそれくらいしか言ってくれなかったし、私からも何度も聞いたんだよ? でも時宮さん、その度に何も言ってくれなくて……。でも、絶対に時宮さんが兄ちゃんの事を何か知ってるって思って、それで私、つい時宮さんにも掴みかかっちゃったことが有って……」
そうか。そうだったんだな。
綾子と時宮先輩の間に、何かぎこちない空気が有ったのはそういう理由があったからだったのか。
「……そうか。すまん。心配かけたな」
俺はそれからポンと綾子の頭を撫でた。
「知らない間に家族にも迷惑かけてたんだな。俺は」
「ごめん、ごめんね兄ちゃん……」
「お前が謝るな。それにもう心配無いぜ?」
俺は自分の事を大切に思ってくれる家族と、それから自分を勇気づける為に言う。
「兄ちゃんはな。これでもやる時はやるんだよ。だから俺の記憶って言うのもきっと思い出してみせるさ。それから体質も元に戻して、また心配かけないように元気にやるよ。これは約束だ」
「……約束? でも、兄ちゃん!」
「分かってる。でも、綾子にも迷惑かけちまったみたいだしな。だからこれは俺と綾子の約束だ」
そう言って俺は小指を向ける。
「大丈夫。必ず取り戻すから。兄ちゃんに何があったのかも、どうして時宮先輩がそこに居たのかも。絶対に突き止める」
「…………うん。ありがとね、兄ちゃん」
すると綾子は向日葵のように笑う。
「うしっ! そんじゃあ指切りげんまん、嘘ついたら……。そうだな、じゃあ一週間晩飯当番だ」
「任せといて。カレーとシチューなら得意だから」
「なんだよ。別に俺が作ったって良いんだぜ?」
「大丈夫だよ。もう兄ちゃんには……何も嘘つかないから」
「……そうか」
その強がりにいったいどれだけの意味が有るのかは分からない。
だけど俺は、そうすべきだと思った。思ったからこそ、綾子とそう約束したのだ。
これでもう、後戻りはできなくなった。
「じゃあ俺はいったん部屋に戻るよ。今日はその、悪かったな」
「ううん。それよりも今日のシチュー、美味しく作るからちゃんと食べてね」
「分かってるよ」
それからしばらく綾子をあやして、俺は妹の部屋を後にする。
「過去の記憶喪失と、時宮先輩と体質に繋がりが有る……。つうことは、やっぱ時宮先輩とは、正面切ってやんなきゃだめって事か」
時宮先輩がどういうつもりで、何をしようとしてるのか分からないが、やっぱりこれはどうやら、俺の問題らしい。
「……俺ってやっぱ、普通の青春は送れない星に生まれちまったのかな」
面倒事が大の苦手だった俺が、今じゃ面倒事の中心に立っている。
「正直参るよな、なんだって俺ばっかこんな目にあってんだろう」
でもそれは、どうやら俺が越えなければいけないハードルらしい。
この世にもしも神が存在するのなら、人には平等に試練を与えるらしい。笹原や鈴谷にも試練があるように、今度は俺にもそれが用意されてたってわけだ。
「そしてこの世に越えられないハードルはない、か……」
なんて、今時っぽくないスポコンなセリフを吐きながら、俺は自分の部屋へと入っていった。
次の日になって、俺は目を覚ますとベッドから起き上がる。
「うしっ」
階段を降りると鏡の前で自分の顔を確認して、軽く気合いを入れる。
それから制服に着替えて、玄関で靴に履き替える。
そこで俺は、踵を入れようとした自分の手は震えている事に気づいた。
「って、何やってんだよ俺。今からが山場じゃないか」
昨日の話を思い出して、それからやっぱり怖くなる。
時宮先輩の豹変ぶりと、俺と時宮先輩の間で起こった事を思い出して、それでも俺は逃げるわけにはいかなくなった。
俺の消えた過去と、俺の体質に深くかかわっている時宮先輩と、俺は今度こそ対峙しなければならないのだ。
「それっぽく気合いも入れてみたけど、やっぱ似合わねえな」
頬を鈍く吊り上げる。強引に作った苦笑いでも、笑顔は笑顔だ。少しくらいは困難に立ち向かう勇者っぽい顔になってると嬉しいのだけれど、精々見えるとすれば、告白前に男子が見せるような、そんな臆病で情けなくて、けれど決意だけはしっかり持っている。そういう顔だろう。
外靴に履き替えて後ろを振り返ってみる。そこには電気が消えた廊下とリビングと階段が見えた。
「それじゃあ、行ってくっか」
俺は一人玄関のドアを開ける。その刹那、入り込んできた朝日がやけに眩しかった。
格好良く家を出てみたが、なんてことない。これから行くのは学校で、何をするかと言われれば誰かの思いつきで作られた部活動の、その部室だ。
それからは普段と同じように、一人コンクリートの生活道路を歩いていく。
まるであの日と同じだ。俺は何時だって変わらない。ぼっちで、斜に構えてて、群れが憎いとか言っちゃうような奴だ。だがそれでも、今の俺には行く場所が有る。
「…………ごほん」
足が止まったのは『笹原』と名前の書かれた標識の前だ。
押し慣れてるはずのインターホンを、いつもより少し重い指先で押し込んだ。
「前田君っ!」
ガチャリと扉が明いて、笹原が出てくる。
「迎えありがとうねっ、さぁ行こう! 愛しの部室に!」
「相変わらずハイテンションだな。そんなんで大丈夫かホント」
「大丈夫大丈夫っ! 私はいつもこうやって元気にやっていくのだよ。さたでーないとふぃーばーなんだよっ!」
「さてはまた変なアニメに影響されたな? 次は何見てんだよ」
「えへへ。今はね、男の子が異世界に行って何度も死んじゃうお話で――」
なんじゃそら。と突っ込んだところで、俺達は並んで学校へと向かっていく。
あと何日続くのか、数えるのも億劫な夏休みは、まだまだ終わってはくれないようだった。