ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
俺の記憶とは何だ。俺の体質とは〝何〟だ。
言わばこの問いを今までずっと封印して、目を背け続けてきたのがこれまでの俺だ。それが何かと問う前に、それが存在成しえた経緯さえも考えたことはなかった。
思えば俺は、今までずっとこの体質と自分自身から目を逸らし続けてきたのだ。
笹原の事も、鈴谷の事も、俺はどこか傍観者で、だからこそ協力することができたのかもしれない。どこか他人事で、自分事じゃないからこそ、俺は他人本位にあいつらに手を貸すことができたのだ。
だがしかし、今回ばかりはそうはいかない。今回ばかりは、俺が当事者だ。
妹から失った記憶のことを聞いた瞬間から、俺は覚悟しなければならなかった。自分自身について、ちゃんと知るという機会を。
時宮先輩のことは俺の問題で、だからこそ俺が何とかしなければならない。そして自分の体質についてようやく知る瞬間が来たのだと、そう覚悟せざるを得なかった。
「どうしたの? 前田君」
視線を下ろすと、そこにはポカンとこちらを見る笹原の顔があった。
「いや、なんでもない」
「そぉ?」
「あぁ。単に昔の事を少し思い出してただけだ。例えばお前に会った時の事とかな」
「もぉ~! なに思い出してるのっ!」
笹原は顔を赤くしたと思ったら困り顔でこちらを睨む。いやその行為は今さらだろうと思って然るべきなのだろうけれど、そもそも俺達はもう他人には見せられない物を見せ合った仲なわけで。でもまあ、そんな間柄でも思い出されたくないことくらいはあるか。俺だって小学校の帰りに犬の糞を踏んずけて泣きべそをかいた事なんて今更思い出されたくはない。まあ妹には時折笑い話の種として提供されるわけだけど。
「それよりも私の話、ちゃんと聞いてくれた?」
「あぁ、はいはい。アニメの話ね」
「そうそう! これがもうすんごく面白くてね。中でも姉妹の妹の方がもう激萌えなんだよぉ!」
俺は笹原と合流した後、そのまま学校へと向かっていた。
道すがら、笹原とはこうしてくだらない話をしながら歩く。この時間にしても、これからはきっと馴染み深い時間になるだろうなと思うと、不思議と悪い気はしなかった。
何せ俺に与えられた使命とは、他でもないこの元引きこもりを外に連れ出す事なわけで、その為にこうして頻繁に家の前まで迎えに行かなければならない。俺達にとって、この時間はルーティンワークのようにほぼ毎日続いていくのだろうと想像すると気だるさはやっぱりあるのだが、だけどやっぱり、不思議と口元が綻んだ。
それはきっと俺が笹原と親しくなったからで、あちらも俺と親しくなったからだ。その証拠に、笹原は相変わらず惜しげもなくアニメや漫画の話をひっきりなしに口にする。最近でこそ健全なアニメの話も増えたが、やっぱりそのほとんどは18禁に属する作品の話題で、そちらに関してはむしろ慣れ親しみ過ぎて笹原から放送禁止ワードが出ない事の方が不自然に感じるくらいだ。
「でね! その子の『ピー』が『ピー』して『ピー』『ピー』なの!」
「あー、はいはい」
笹原の方も最初こそ首をきょろきょろと回しては、近くに大人の男が居ないかと緊張していたが、こうした時間が続いたおかげか、ある程度外を出歩く事にも慣れてきたようだ。
「朝っぱらからホント深夜テンションだよなお前は」
「朝でも夜なんだよ! なにせおーるないとふぃーばーなんだから!」
「いやそれ、意味間違ってるからな?」
「え、そうなの!? だってオールだよ!? おーるでないとなんだよ!?」
「そのオールナイトは夜通しとか、一夜中って意味だから。別に一日全部が夜って意味じゃないからな」
「そ、そうなの!? うぐぅ、すっかり騙されたよ……。どうしよう、私ってもしかしてバカなのかな?」
「もしかしなくともお前は馬鹿だ。それからアンポンタンだ」
ぐぬぬと謎に悔しがる笹原に、俺は渋い顔をしながら適当に突っ込む。もはやこいつが何時ものスタンスだ。
「笹原、お前また徹夜したのか?」
「だ、だって、2クールだと26話もあるんだもん。でもね、続きが気になってついつい一気に見ちゃうの」
「徹夜はいい仕事と美容の天敵だぞ。若さにかまけてると直ぐに老けるからな」
「前田君がどこかで聞いたような赤い飛行機乗りみたいな事言ってる!」
「家を出ねえ引きこもりはただの引きこもりだ」
「しかも名言にかこつけて何気にバカにされた!?」
もぅ、このこの~! と、届きもしない手を振り回すので、俺はその頭を押さえつけてどうどうと制す。というかこいつの場合は元気が無駄に多すぎるんだ。俺なんて昨日もぐっすり眠ったのに死んだ魚みたいな目してるぞ。
「悔しかったらまずは生活リズムだ。生活を正すにはそこから全てが始まるからな」
「前田君がお母さんみたいなこと言ってるんだけど」
「なんだその目は。あのな、俺は睡眠時間に関してだけはプロフェッショナルなんだぜ? 何せこの地域で一番寝てる自信が有る」
「前田君は自信たっぷりに言ってるけど、それってむしろダメ人間って事じゃないのかな……?」
「案ずるな。一番寝てる俺が一番健康的な生活をしてるに決まってるだろ?」
「そ、そう……?」
どこか納得しかけてる笹原。やっぱりバカだこいつは。
何はともあれ、そんな会話を弾ませながら俺達は学校へと歩き、そして何事もなく校門へとたどり着いた。
「んっ? 前田君なに見てるの?」
「いや、ちょっとな」
と、そこで俺は目を向けていたスマートフォンの画面を閉じる。
見ていたのは昨日の夜に送ったメールの文面と、その返信メールだ。
あて先は鈴谷真昼。そして俺が送ったメールには、昨日に俺が葛藤して、それから捻り出した結論が書かれていた。
それに対して帰ってきたのは、饒舌なあいつらしからぬたった一行のメール文だ。
『私は先輩の事、信じてます』
「よし、んじゃ行くか」
「うんっ!」
そうして夏休みの通学路を終えて、俺達は部室へ歩いた。
校舎の階段を汗だくになりながら登って部室へと入ると、そこで待っていた鈴谷の姿が見えた。
「おはようございます先輩方」
「おぅ。先に来てたのか」
「はい。それにしても今日もご機嫌麗しい限りですね」
「なんだそれ。お前は何時から中世時代の貴婦人になったんだ」
キャラを間違えた挨拶が飛んできたのでそう言葉を返すと、鈴谷は嬉しそうににやけた笑みを見せる。
「間違えました。先輩は今日も鬼畜厭らしいですね」
「いやだから、何をどう間違えたらそうなるんだっての」
「だって先輩ですし? ほら、どうやっても先輩を例えようとするとこういう言葉になっちゃうんですよ」
どうもこの後輩は俺を邪悪の権化とか悪の魔王の類と勘違いしてるらしい。
「さて、ともかく今日も始めるとしますか」
俺は扇風機のスイッチを入れ、部室内に仄かながら涼しい風が回り始める。そしてそれぞれ所定の椅子へと座ると、それから一息ついて汗まみれなそれぞれの顔を見合った。
「いやん。先輩ったら今日も私の下着覗き見ちゃってますぅ」
「この場合は覗き見っつうより、お前の一方的な露出だけどな」
学校指定のYシャツが薄手の物とは言え、汗がしみ込んで雑巾みたいに絞れそうになっている。そのせいか今日も鈴谷の恰好はほぼ下着姿と言っても良いほどに透け透けになっていた。なにせ半透明になったYシャツの向こうで薄緑の水玉模様まで見えてしまっているのだ。露出魔かなにか?
「それじゃあ今日も始めるよっ!」
場が落ち着いたところで、笹原がそう発起する。しかし何時もなら会議を発議する人物が居ないせいで、今日については場が静まり返ったままだった。
「あれ? そう言えば時宮先輩居ないね」
どうやら沈黙のまま始まらないムードから察したらしく、そこでようやく姿の見えない時宮先輩に顔を捻る。いやその前に見れば分かるだろとも思うが、笹原とはこの通りマイペースな人間の為そういった点にはいちいち目を瞑る必要がある。
「二人とも何か聞いてる?」
笹原が俺達の方へ目配せする。だが俺は普段と同じ調子で返した。
「何か用事でもあったんじゃないか。別に毎日来るとは時宮先輩も言ってなかったしな」
「そ、それもそうだよね。……今日は他に予定でもあったのかな」
笹原は少しだけ声のトーンを落としながら顔を下げる。どうやら時宮先輩の不在、と言うよりもメンバーが揃わなかった事がそれなりに寂しいらしい。
「真昼ちゃんは?」
そう聞かれた鈴谷も、ふるふると首を横に振った。
「生憎ですが、私も存じ上げておりませんの」
「お前、まさか今日一日ずっとそのキャラで行くつもりかよ」
「似合ってません?」
「違和感が富士山よりデカイ」
「分かったデやんす」
「それもやめろ」
「……そっか。じゃあ、やっぱり今日は三人だけかな」
なんて会話で誤魔化してみるが、笹原は変わらず寂しそうなままだ。
「先輩。本当に良いんですか?」
すると鈴谷がそう俺にぼそっと囁く。
「なになに? どうしたの?」
「別に」
「あっ、もしかして私に何か内緒にしてる?」
「なんでもないって」
「もぅ! 部長は私なんだから、何でも私に相談してよぉ!」
笹原は部長席に座りながらぷんすかと頬を膨らませる。いやいや今時高校生がそういう仕草ってしないから。アニメでしか見ないわ。
「分かった、分かったって。でも今回は本当に大したことじゃないから」
「本当に? うぅー、なら良いけど」
笹原は不貞腐れて机にびたーんと手を広げる。面倒くさいなこいつ。
俺はそんな笹原の様子に小さく息を吐きながら、鈴谷に目を向けた。
「大丈夫だよ。俺で何とかする」
それは昨日に送った鈴谷へのメールとほぼ同じ言葉だった。
結局、俺は昨日の事は笹原には内緒にしておくように鈴谷に頼んだ。昨日に綾子から聞いた話は俺の抱える体質そのものに深く関係する事だ。つまり、時宮先輩との事はやっぱり俺の問題だったのだ。
俺の持ちうる選択肢としては部員の皆、すなわち鈴谷と笹原に協力を願い出ることもできた。しかし俺は今回、最終的にはその選択肢は択ばなかった。
自分の事は自分で何とかしたいと言う想いもあったが、それ以上にこいつらにはもう変に心配をかけたくないという気持ちが強かったからだ。……その感情に気づいた時は、我ながら少し驚いた。
そう言う訳で、結局昨日に妹から聞いた話もこの二人には明かせないままだ。だから鈴谷からすれば、俺はいきなり一人で解決する道を選んだように見えるだろうし、それにしたって俺の身を心配するには十分な材料足り得るわけなのだが、そうして俺の下した答えに対して、鈴谷は淀みなく答える。
「先輩。私は先輩なら大丈夫だって信じてますから」
鈴谷の顔には不安なんてひと欠片も無くて、そいつは憎々しいまでに満面の笑みだった。
ホント、俺の周りの女子ってどうしてこう、人間として強い奴ばっかりなんだろうな。それとも相対的に俺が弱い人間なだけだったりするのか、なんて卑屈にも考えてみるが、やっぱりこいつらが強いだけなんだろうな。
「じゃあ今日は適当にお話でもして過ごしましょうか」
「さんせーい!」
そうして俺達はまた変わらない日常へとその身を浸していく。
夕方になり、ひとしきり話題を終えた俺達はそれぞれ家に帰る頃合いになった。
「じゃあ、私は先輩を送っていきますね」
「あぁ、頼む」
笹原の事は鈴谷に任せて、俺は一人校門を出た。
時宮先輩が部活に姿を見せなかったのは想定済みだ。そしてもしもまた時宮先輩が俺の前に現れるとするならば、それはおそらく俺が一人きりになった時だろう。
時宮先輩は一度鈴谷に妨害を受けている。だったら賢い時宮先輩の場合は次こそ完璧なタイミングを狙うだろう。例えばそう、俺が一人で帰宅している今のようなタイミングだ。まあもっとも、時宮先輩なら鈴谷ごと事態を丸め込めてしまう方法なんかも思いついていそうではあるのだけど、ともかく今の俺としてはこうする事が最良であるのに違いは無い。
俺は校門を出ると、わざとらしく一人住宅街の路地をふらふらと彷徨う。まるで自分を餌に釣りでもするように、時宮先輩が姿を現すタイミングを待った。
「……ふーん。ちょっと意外だったわ」
「っ……!!」
その声に条件反射で肩が上がる。びくりと顔を強張らせながら振り返ると、電柱の後ろからメガネをかけたお下げの女の子が姿を現した。
「前田くんの事だから、あの子をボディガードにでもつけると思っていたのだけれど。その様子じゃ、まるで襲って欲しいって言ってるみたいね」
「お、お生憎様。俺はか弱い女子をわざわざボディガードにするほどひ弱じゃないんでね。もっとも肉壁にすると言や喜びそうな奴では有るんだけど」
「ふふ。それはそれで嬉しい見当違いね。私の知らないうちに、前田くんも女の子を
時宮穂乃花先輩。
この人が俺の過去と因縁がある人物だなんて、つい昨日までは思いもしなかった。
「……っ!?」
そしてふとした瞬間。否、視界に時宮先輩が映った瞬間に、俺の足から力が抜ける。
「ふ、ぐ、はぁ……うっ……!!」
「やっぱり、思った通りね。私の前だとまだあの『約束』は有効みたい」
時宮先輩を見た途端、また同じ発作が起こり始める。
俺は冷や汗をいっぱいに流しながら、力が抜けていく体をどうにか踏ん張らせて、時宮先輩を睨みつけた。
「う、はぁ……!」
「そんな顔されたらいくら私でも怖いのよ? 折角女の子が会いに来たのに、喜んでくれないのね」
時宮先輩の目を昨日と同じだ。冷ややかで、暴力的で、欲望的な目。その目でを俺を見下しながら、時宮先輩は口角を吊り上げさせて、俺の方へと歩み寄ってきた。
「俺は……! 先輩、俺は、あんたに聞かなきゃならないことがある……!」
「そう。でもお生憎様。私は前田くんに約束を守ってもらうために来ただけだから」
予想はしてたけど、やっぱり辛い。本当に辛い。
恐怖症。それによる発作が徐々に俺の意識と体の自由を奪っていく。
頭が強烈な頭痛で痛み、眩暈で意識は朦朧としてくる。思考回路は焼け付いたみたいに鈍くて、はっきりしているのは『先輩をレイプする』と言う約束だけだ。
「どう? その様子だと今にも私の事、犯したくてしかたないみたいだけど」
「はぁ、はぁ……!」
呼吸が深く、そして早くなる。
胸の心拍数が上がり、その鼓動がポンプのように興奮と恐怖と緊張の感情をどろどろに入り混ぜていく。
「だけど、それでも俺は……! 先輩に、聞かなきゃならないんだよ……!」
「あら? そこまで必死になるなんて珍しい事もあるのね。何? お姉さんが折角だから聞いてあげても良いよ?」
相変わらず人を酷く見下した態度だ。それは時宮先輩の纏う雰囲気や表情と合わせても、見事に敵意を向ける相手としては適役に作り上げられている。
まるで自分が悪役だとでも言わんばかりに、時宮先輩は相手役として完璧な立ち回りだ。そしてやっぱり俺の感じた違和感は気のせいではなかった。
その雰囲気や顔つきにしても、まるで作られたみたいに完璧過ぎる。
「先輩、あなた、やっぱり俺に嘘、ついてますよね」
「嘘?」
「先輩は過去に俺に会ったことがある。それも俺が大怪我をして、記憶を無くしたその時に……!」
薄れゆく意識の中でなんとか言葉を絞り出す。
皮肉の一つでも言い返されると思っていたが、その言葉を聞いた時宮先輩は一瞬顔を固くすると、また薄ら笑いを見せた。
「ふーん。あの子、結局話したんだ」
「これってどういう事、なんだ……! あの日に俺に、何があったんだよ……!」
「前田くんはその事について知りたいんだ?」
「ぐっ、うっ……!」
だめだ。もうこれ以上は……!
こうしてる最中も、頭痛と眩暈が酷くなる。俺は途絶えていく意識と同時に込み上げる欲求に抗えなくなる。
「分かったわ」
しかしその時、ほんの少しだけ体が軽くなった。
「それじゃあ前田くんに少しだけ猶予をあげる。本当に前田くんの覚悟が整ったのなら、今日の0時に昨日と同じ公園の公衆トイレまで来て。待ってるから」
先輩はそれだけ言うと、背を向けて何事もなかったかのようにその場を去っていった。
「う、げはぁっ……!」
吐き気をギリギリ堪えていたせいか、地面には口からこぼれた唾液の跡が付く。
「はぁ……、はぁ……。行った、のか?」
事態を把握するのにしばらくかかったが、どういう事か時宮先輩の方から離れていったらしい。
そのおかげで発作の方は収まってきたが、しかしどういう風の吹き回しだ?
「0時に、同じ公園の公衆トイレ……か」
時宮先輩の言い残した言葉を復唱して、改めて確認する。
昨日の公園の公衆トイレ、つまり時宮先輩が昨日に俺を襲った場所とまったく同じだ。
「呼び出しってやつか……。これならまだ校舎裏の方が幾分かマシだな」
行くのか行かないのか。勿論、そんな選択肢なんて俺にはない。
どうやら俺も、そろそろ本気の覚悟を決める必要があるようだった。