ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
次の日。
つまり、俺がこの村に残る最後の日。俺達はまた何時も通り集まると、三人で集まれる最後の日と言う事で、思い出作りに海へ行こうと言う話になった。
実はこの辺りには少し行くと砂浜が有り、そこは夏休みと言う事もあってそれなりに繁盛しているらしい。その場所というのが、俺達のよく行く山向こうの街に有ると言うのだから因果なものである。
「本当に明日帰っちゃうんだね」
「まあな。俺としてもそろそろ千葉の空気が恋しくなってきた頃合いだ」
「なに、もしかしてホームシック? ふふ、似合わないの」
「うっせえ」
俺達はそれぞれ簡単な荷物だけを持って隣町を歩いていた。海に行くと言っても海水浴に行くわけではなく、砂浜を歩いたり、海の上で昼食を食べたり、そう言う至極質素な遊びだ。
中でも一番テンションを上げているのがメガネで、と言ってもこいつが提案した張本人なのだから当然と言えば当然なのだが、俺にしても友人と海に行くなんて初体験を楽しみにしていないと言うと嘘になる。
「……コン」
「ん、どうしたんだよ?」
「コン、私……」
ただ気になるのが、何時も物静かなスズが今日は輪をかけて大人しい。
そう言えばスズは俺達と居る間も、この街を歩いている時には少し不安そうな顔を見せる時が有った。結局スズがこの隣町に通っている理由も俺達には分からずじまいだけど、今日は特に顔を暗くしている。
「スズは海、あんまり得意じゃなかったのか?」
「ううん、そうじゃないけど……」
「ならどうしたんだよ」
「私は……もう少しだけ、三人で居たかった」
するとスズは地面を見つめながら、そう小さく唇を動かした。
さっきから浮かない顔をしているのには、どうやらそう言う理由があったらしい。
「……しょうがないじゃん。俺だって帰りたくて帰るわけじゃないんだしさ」
「そうだね。スズちゃんと離ればなれになっちゃうのは、私も寂しいな」
寂しい。
いや、そうじゃない。
俺はこの時間に終わりがやってくるのは分かっていて、それでもやっぱり、心のどこかで終わってほしくないと願っていた。それほどまでに、俺にとってこの数日間は特別なものだった。
隣を歩くスズを見る。その顔を見ると、勝手に心臓が大きく跳ねあがった。最初は照れ臭くて視線すら合わせれなかったのに、いつの間にか俺の目はずっとスズから離れなくなっていてる。
「あ、ごめんね。ちょっと私、買いたいものがあるんだ。直ぐに終わるから、ここで待っててくれる?」
「あ? ああ。分かった」
「……うん」
ちょうど電車の駅前に通りかかったところで、メガネはそう言って本屋の方へと入っていった。
「今から海に行くってのに、あいつってほんと本好きだよな。浜辺でパラソルでも立てて読むつもりかよ」
しかしこういうのもわりと良くあることで、俺達は店の前にある街路樹の木陰に入り、二人並んでメガネを待つ事にした。
「……ねえ、コン」
「なんだよ?」
「私、コンと遊べて楽しかったよ……」
「そ、そうか」
なんだこれ。妙にやきもきする。
そう言えば何時もはほとんどメガネが一緒で、スズと二人きりになるのは初めてだ。こういう時、いったいどう話したら良いんだろう。らしくなく頭を悩ませてみるが、それっぽい話の切り出しがなかなか思いつかない。
そう言えば何時もはほとんどメガネが話の輪の中心にいて、あいつが話を回すことが多いんだよな。こういう時に話の中心人物がいないとどうも会話が弾まないっつか、空気が重いっつうか……。
クソ、にしてもつくづく俺とは真反対と言うか、あいつは人と関わるのが上手いんだよな。どこか慣れてるっつうか、器用っつうか。俺なんかとは比べるべくもないんだろうけど、やっぱり未だにどうしてあいつが俺なんかに話しかけてきたのか分からなかったりするよ。
どこか中学生離れしたメガネと、口数は少ないけどやっぱり小学生離れした外見を持つスズが、どうして俺なんかと一緒に居のか。周りの連中も不思議がるんだろうけど、それでも一番不思議がっているのは、実は俺自身なんだよな。
「コン、あのね」
「お、おぅ」
なんて脳内をぐるぐると駆け回っていると、ふいにスズが話しかけてきた。
俺は隣のスズが気になるあまり口元をギクシャクとさせながら、しかしそれが悟られないよう目一杯取り繕うために、涼し気な顔を作る。
「私、コンの本当の名前が知りたい」
するとスズは開口一番にそんな事を言った。
「俺の……?」
「うん……」
なんだろう。その時ふと気づくと、辺りが急に静まり返った気がした。
そう言えば今日は平日で、隣町とは言っても人通りは少なかった。そのせいか、ひゅっと吹く風が木の葉をざわめかせる音もよく聞こえる。
どうしてだろう。どうしてスズはそんな事を俺に聞くんだ。
「……明日に分かれる奴の名前なんて聞いて、どうすんだよ」
「私の、思い出にする」
「思い出?」
「うん。コンと一緒に居た、一番の思い出」
するとスズはじっとこちらを見つめる。
「お、思い出って……」
俺の心臓がどくどくと波打つ。鼓動が早くなって、本当に胸から飛び出してくるんじゃないかと思った。
「……俺の名前は」
だが、どうしてだろう。
俺にはどうしても、そいつを言う気持ちが湧いてこなかった。
「……やっぱりいいだろ。もう明日からは会えないんだ」
そいつは諦めのつもりだったのか、それとも明日に帰らなければならない現実に拗ねていたのか、結局スズの願いを、俺はそう言葉に出して突っぱねる。
「そ、そうだけど」
「そう言うお前はどうなんだよ。お前の方こそ本当の名前、教えてくれるのか?」
俺は何時にもまして性格の悪そうな目つきをスズに向ける。そして嫌味っぽくそう返した。
「私の、名前……」
するとスズは一度目を細めると、それからやっぱり俺の方を向いてしばらくじっと見つめる。
スズの目は丸くて、透き通っていて、綺麗だった。そんな目に俺の心の弱さまで見透かされたような気がして、つい怯んでしまう。
「な、なんだよ……?」
「私の名前は……」
それからほんの一瞬の間が空く。
本当に一度呼吸をするとか、唾を飲み込むとか、そう言う些細な一瞬だった。だけど不思議と、この時に吹いた少しだけ強い風が、スズのスカートと髪を靡かせたその一瞬だけ、俺の目には写真を撮ったかのようにスズの姿が鮮烈に映った。
「私の名前は……、鈴谷……真昼。鈴谷真昼」
その言葉はやっぱり小さくて、スズらしいものだったけれど、だけどその言葉に含まれた名前は、妙なほど綺麗に聞き取れた。
「……鈴谷、真昼」
「そう、それが私の……名前」
言葉が止まる。思考が詰まる。
その名前が耳に入ってきてから、俺はただずっとスズを見ていた。
するとスズの顔がすっと変わって、さっきまでのどこか緊張した表情が、柔らかな笑みに変わる。
「ねえ、コン」
ツインテールが風で揺れる。服もスカートも風で揺れて、だけどその表情だけは、ぴったりと俺を見たまま、揺れることはなかった。
「私と、約束……して」
「約束?」
「うん」
するとスズがぎゅっと肩を寄せてくる。いや、厳密に言うなら一歩だけ、ただ一歩だけこちらに近づいただけなのだが、それでも俺からはスズが凄く近くに居るような感じがした。
「私ね、今日の夜、行かなきゃいけないところが有るの。本当は凄く怖くて、行きたくないけど……。でも、コンが一緒なら、頑張れる気がする。だからコン、……私と一緒に来て欲しいの」
スズは何かを決心したように、俺を見つめながらそう言葉にした。
それにしても……怖くていけないところ、か。でも俺はそんな言葉がスズの口から出た時、なんとなく腑に落ちた気がした。
スズは俺達に何かを隠している。この街に来なければならない理由もそこにあって、そしてスズはスズなりに、何か問題を抱えているのだろう。
そしてそいつを今、俺に持ちかけようとしているのだ。
「……俺さ、ずっと気になってたんだ。スズ、お前この街に居る間、ずっと何かに怯えてただろ」
「そ、それは……」
「お前、俺達に何か隠してるのか? いや……、今はそんな事どうだっていいよな」
出会ってまだ10日も経ってない女の子に悩みを打ち明けられたって、そんなものを俺にどうこうできる力は無い。それは俺が一番良くわかっている。
俺は結局ボッチの小学生で、非力な人間だ。面倒事なんて持ち込まれても何も力にはなってやれないし、そんな事をしても空回って俺が恥をかくだけかもしれない。そう言うのはむしろメガネの領分で、俺は精々遠くから口出しするのが関の山だ。
俺にスズと当事者になれる資格は無い。スズが抱えている何かを、一緒に抱えてやれる力はない。
だけど、どうしてだろう。
これまでの俺ならそう思っていたはずだし、そいつに一歩踏み込む自信なんてなかったはずだった。だけど俺は、気が付くとスズにこう聞いていたんだ。
「スズ。お前は俺に、どうして欲しいんだ」
「わ、私は……!」
するとスズは大きく唾を飲み込むと、まるで呪いの呪文を口にするかのように、畏れながら、怯えながら、それでも俺に向けて、その口を開く。
「……私ね、今まで黙ってたけど……」
そこでスズはまた口を閉じて、それから細く息を吐いた。そして何かを言い出そうとした。しかし。
「お待たせー!」
スズが何かを言おうとしたタイミングで、メガネが本屋から戻ってくる。
大きく手を振って、手にはビニール袋を下げながら、メガネは俺達と同じ木陰まで走ってきた。
「ごめんね。二人とも暑くなかった?」
「……ううん。全然平気」
俺はスズが言いかけたことを聞けないまま、歩き出した二人の後ろを、しばらくしてからつけるように歩き始める。
スズが俺達に何かを隠していて、そして何かから助けを求めている。それが分かっていながら、かといって聞き返すこともなく、俺はただ無言で二人の背中を追いかける。
そうやって、結局その続きがスズの口から出ることはその後もなかった。この時の俺は、そいつはいずれ聞く機会がやってくるだろうと思っていて、スズの言う今夜までにまたスズから話があるだろうなんて、悠長な事を思っていた。
だけど全ては、それが過ちだったんだ。