ドMで引きこもりな私でも露出調教してくれますか? 作:わずみかん
その後、俺達は駅前から高架に沿って歩いていく事になった。この先を進むと砂浜に出るらしく、そこの海浜公園に行こうと言う事になった。
「…………」
あれからスズはずっと無言だ。メガネは相変わらず気さくに話しかけてはいるけれど、スズはどこか浮かない顔をしている。
高架下には少し古びた古本屋やカフェや居酒屋が有って、休日や夜にはそこそこ騒がしいのだそうだ。しかし今は平日の昼間で、人もほとんど歩いてない。
「…………っ」
すると、ふいにスズの肩がピクリと動く。
「どうしたの、スズちゃん?」
それから足を止めたスズは、何と言うか、酷く怯えていた。
「……あれ」
するとメガネが小さくそう口にする。それから俺も道の前を見ると、何人かの男の集団がこちらに向かって歩いていた。
その集団と言うのもかなり柄の悪そうな連中だ。いかついジャケットと赤いぼてっとしたデニムパンツ、それから頭には切り込みが入っていて、耳にはピアス、首からはドクロだのといったアクセサリーを付けている。
先頭を歩いているのは恰幅の良い男だ。できれば関わり合いになりたくない人種ではあるけれど、一番の問題は、そいつらが俺達を睨んだまま、真っすぐにこちらに向かってきていると言う事だ。
「だ、誰だ……?」
「分からない。けど……」
その男達は明らかに俺達と、そしてスズの方を見ている。
スズはその男達を見ると、進むでも逃げるでもなく、その場に立ち止まったまま、ただ肩を震わせて顔を俯かせた。
「よぉ。こんなとこでなにやってんだ?」
先頭の男がスズに話しかける。するとスズはまたびくりと体をこわばらせた。
「人の呼び出しすっぽかしやがって、自分は呑気に連れとお遊びってか?」
その男の声にしても、やはり敵意がこれでもかと滲み出ている。
……なんだこいつら。スズとはいったいどういう関係なんだ。
「そ、それは……」
「お前、自分の立場って分かってる?」
その男の言葉に、周りに居る数人の取り巻き立ちはにやにやと口を綻ばせる。実に嫌な雰囲気だ。
「確か昨日も呼び出したよな? 海浜公園の何時もの場所によぉ」
「…………」
「あ? なにシカトこいてんだよ」
「……たくない」
「あ、なんだって?」
「もう、行きたくない……」
それはか細くて、恐怖に震えていて、それでも懸命に絞り出したスズの言葉だった。
「私はもう……行きたくない……です」
「おいおい、何言ってんだよ」
そのスズの言葉に、男はさらにピリピリとした殺気を放つ。
「あ、あのぉ……。あなた達、スズちゃんとはどういう関係なんですか? その、あまりお互い関わり合いになりそうな人達じゃないなって思うんですけど」
「……なんだと。お前、殺すぞ?」
男はさらに口調を強める。
殺す。その言葉にはやっぱり強烈な威圧が込められていて、メガネもそう言われた途端、怯んだように身を小さくした。
「こりゃ、ちょいとお仕置きが必要だな」
「ま、待てよ!」
男がスズの腕を掴む。それから嫌がるスズを強引に引っ張った。
「黙れクソガキッ!!」
俺は思わず男の腕にしがみつく。しかし、男はなんの躊躇いもなく、腕を振り上げるとこちらの顔にこぶしを叩きつけた。
「ぐっ!」
「コン、コンっ!!」
頭がぐらっとする。痛い。クソ、血が……。
「あーあ。こいつ容赦ないからな」
「自業自得だろ? なぁ、クソガキ」
グシャ! っと体がアスファルトの道路に転がる。顔が痛くて、手で鼻を押さえると掌に血が付いた。
「う、うぐっ……」
「コン君!?」
メガネが駆け寄ってくる。違う。今は俺じゃない。
スズは、スズはどうなるんだ。
「……うっ!」
何とか顔を上げる。するとスズは男たちに囲まれて、手と体を掴まれたまま、強引に連れていかれる。
「コン、コンっ!!」
俺の名前を呼んでいる。こちらを泣きながら見ている。
だけど、俺は痛さのあまり起き上がれないまま、結局そうやって男達に連れられて、高架の向こう側へと消えていくスズを眺めるしかなかった。
「ス、ズ……」
「まだ動いちゃダメ! 手当てするから。じっとしてて」
「でも、スズが……」
「…………」
メガネは黙ったまま、取り出したハンカチで俺の鼻をあてがう。
「どうして、なに黙ってんだよ……? スズが……!?」
「……私達には、もうこれ以上なにもできないよ」
「な、なんで……」
「あの人達、絶対まともじゃないよ。だからこれ以上私達には何もできない。ここから先は警察の人に任せないと」
「で、でもスズが……!」
俺は虚ろな視界のままメガネの方を見つめる。視界は滲んでいてよくは見えないが、それでもメガネは首を横に振ったのが分かった。
「コン君。あの人達が誰で、スズちゃんとどういう関係なのか、私達は何も知らないの。だからこそ、私達よりも警察の人に任せるべきだと思う」
「……っ」
俺は小学生ながら、メガネの言っている事の正しさを理解した。
いや、理解してしまったんだ。
それが正しくて、そうすることが正しくて、だから俺達には何もできない。
そんな理由付けの為の正しさだと分かっていても、俺は起き上がることができなかった。
「あ、あいつら、スズを……クソ……」
目から涙がこぼれる。痛くて、怖くて、それでも一番の理由は、やっぱりスズだった。
「手当したらすぐに交番に行こう。それからスズちゃんを待とう。ね?」
「…………」
そうだ。そうすることが正しい。
だけど、なんなんだ。この心の中に溜まったもやもやは。
「……そうだ」
思い出した。
スズはさっき言っていた。今日の夜、大切な事があるって。
あれって、もしかしてあいつらに関係の有る事だったんじゃないか? だからこそスズは、俺に助けを求めてあんな事を言ったんじゃないのか。
「……なあ。メガネ」
それは思い違いかもしれないし、余計なお世話とか、お節介かもしれない。俺の勝手な妄想かもしれない。だけど、これだけは間違いのない事だと、俺は思った。
「……それでも、俺はスズと約束したんだよ」
「約束……?」
「思えばあいつは時々怖そうな顔をしてた。何かに怯えてるような、そんな感じをさせる時が有ったんだ」
最初にスズと出会ったときも、スズは俺達をじっと見ていた。だけどあの目は、バスに乗り込んできた俺達に怯えているようにも見えた。
スズは時々何かに怯えていて、何かに脅かされていて、だけど俺にはその正体がずっと分からなかった。
「あいつはさ。助けを求めてたんだ。この数日間、ずっと。そんな気がするんだよ」
思えばあのバスに乗っていた時も、きっと今と同じなんだ。
逃げたくて、でも逃げれなくて、誰でもいいし何でもいいから、スズは助けを求めていたのかもしれない。
そしてスズは俺達と一緒に居ることを選んだ。それは、スズなりの救いを求めての事だったんだ。
「スズは、助けを求めてた。だから俺は、行かなくちゃ……!」
「だ、ダメ!! ダメだよ! 警察の人に任せよ? ね?」
「…………」
「これ以上は危険だもの。私、コン君を行かせられない」
メガネはメガネ越しに俺を見つめる。その目にも、ほのかに涙が流れていた。
メガネの言ってることも分かるし、俺はメガネの言う通りにすべきなのかもしれない。だけど、それでも体が動くんだ。いや、体以上に心が動くんだよ。
俺はスズを、助けたいんだ。
「……ダメ。行かせないよ」
メガネがぐっと体を掴む。その手は震えていて、力も無くて、とても俺の身体を押さえておくには足りないけれど、だけどメガネの意志が強く伝わってくる。
「……大丈夫。俺一人で行くよ」
「っ!! それの何が大丈夫なの!? 一人だなんて余計に危ないよ!」
「スズはさ、ずっと一人で戦ってたと思うんだ。あいつらとどういう関係なのかは知らないけどさ。ずっと一人で、怯えながら戦ってたと思うんだ」
だから。
だから、たった一週間と数日の事だとしても、俺はそれを理解してしまった以上は、あいつを助けたいと思ってしまった以上は、そいつを行動に移さなきゃダメなんだ。
「俺、約束したんだよ。そりゃ、あいつとちゃんと取り交わしたわけじゃないけどさ。だけど、あいつが助けてって言うから、俺は心の中で助けたいって思ったんだ。それが俺の中であいつとした、約束なんだよ」
「…………で、でも」
「だから俺は、その約束をきちんと守ってやりたいんだ。あいつを、守ってやりたいんだ」
そこで俺は立ち上がる。
「コ、コン君! 血がまだ止まってないよ!?」
「大丈夫だって。このくらいそのうち止まるからさ」
俺はメガネがどういう顔をしているのか想像して、だからこそメガネの方を見ないまま、その場から真っすぐに走り出した。
出来る事ならスズを救うのが俺であって欲しいと、そう願いながら。