※この作品はR-18です。

隣に住む獣人はだらしない   作:こその

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長くなりました


上の部屋に住む獣人がダメ女すぎる

 

 琴音と肉体関係になってから、俺の生活は一変した。

 いや、正確に言えば、「一変させられた」というべきだろう。

 

 琴音の部屋が散らかる。俺が片付ける。お礼にセックス。

 琴音がバイトで疲れて飯も作れない。俺が作る。材料費と洗い物の代わりにセックス。

 琴音が大学のレポートでストレスを溜める。愚痴を聞いてやる。口を塞ぐ代わりにセックス。

 

 なんだか、いいように使われていた。

 

 いや、使われているのだろうか。対価としてセックスをもらっているのだから、これは等価交換と呼ぶべきなのか。だが、冷静に考えてみると、俺は掃除をし、洗濯をし、料理を作り、愚痴を聞き、その上で夜通し彼女の相手をして体力を根こそぎ奪われている。等価交換どころか、完全にこちらが赤字である。

 しかし、琴音のとろけた顔を見ながら腰を振っている最中には、そんな損益計算は頭から完全に消え去ってしまうのだから、男というのは本当に救いようのない生き物だった。

 なにより風俗代が減ったので、ちょっと貯金できた。それはまあ良かった。

 

 まぁ、それでも。

 最初の頃に比べれば、隣人としての琴音は格段にマシになっていた。

 

 日中は相変わらず清楚な女子大生の仮面をかぶって大学に通い、バイトも真面目にこなしている。部屋が壊滅的に散らかったり、バイトで疲弊してコンビニ飯すら温める気力がないときに俺を呼びつける程度で、あの最初の一週間のように深夜に泥酔して壁をぶん殴ったり、オナニーの振動で空き缶をガラガラ転がしたりはしなくなっていた。

 琴音なりに、隣人のおっさんとの奇妙な共生関係に適応しつつあったのだろう。

 

 おかげで俺の睡眠の質は劇的に改善され、コンビニのバイト中に意識が飛ぶこともなくなった。

 ことぶき荘での暮らしは、奇妙で自堕落で、だけど、まあまあ穏やかなものに落ち着きつつあった。

 

 

 そんな小さな平穏が崩れたのは、琴音と関係を持ってから、ちょうど一ヶ月が経った頃のことだった。

 

 

 

§

 

 

 

 午前三時。

 

 深夜のコンビニバイトから帰宅し、シャワーを浴びて、ようやく布団に潜り込んだところだった。

 疲れた体が薄い煎餅布団に沈み、意識がゆっくりと闇に溶けていこうとした、まさにその瞬間。

 

 

 ピンポーン。

 

 

 ……は?

 俺は一瞬、幻聴かと思った。

 だが、間髪入れずに二度目のチャイムが鳴る。

 

 

 ピンポーン。ピンポピンポーン。

 

 

 しかも連打。

 深夜三時にチャイム連打。正気か?

 

 琴音か、と一瞬思った。だが、彼女なら壁を叩くかラインを送ってくる。それどころかチャイムなんて上品な手段は使わずに、ベランダから無断で侵入してくる。

 

 俺は重い体を引きずって眠い目をこすりながらスウェット姿で玄関へ向かい、ドアスコープを覗き込んだ。

 レンズの向こうに映っていたのは、見たことのない女の顔だった。

 

 丸みを帯びた頬。ぱっちりとした目。頭の上には、小さくて丸い、茶色い毛で覆われた獣耳が乗っている。

 たぬきの獣人だ。

 歳は二十前半くらいだろうか。ケバケバしいつけまつげと盛りすぎのアイシャドウ、赤めに塗りたくった唇。そして、首元からのぞく安っぽいキャバ嬢風のドレスの切れ目。胸は琴音に比べると小さい。

 片手にはコンビニのビニール袋をぶら下げ、もう片方の手に持った菓子折りの箱がやけに場違いだった。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 だが、居留守を使うには二度目のチャイム連打が響きすぎた。壁の薄いことぶき荘では、無視し続ければ琴音まで起きてしまう。

 俺は深く溜息をつき、チェーンをかけたまま、ドアを薄く開けた。

 

「はい……どちらさまで」

 

 ドアの隙間から覗いた女は、ニッと歯を見せて笑った。

 歯並びは意外と白くて整っていたが、目の奥にギラギラした光が宿っていた。

 

「あーっ!すんませーん、夜遅くに!上の階に引っ越してきました、狸穴瑠衣(まみあなるい)って言いまーす!よろしくでーす!」

 

 声がでかい。とにかく声がでかい。

 午前三時のボリュームではない。

 

 女はそのまま菓子折りの箱をドアの隙間からグイグイと押し込んできた。

 

「はい、これ、つまんないものですけど!引っ越しのご挨拶ってやつで!」

 

「あ、ああ……どうも。上の階ってことは、三〇二号室?」

 

「そうでーす!今日から住むことになりましたんで!なんかあったら気軽に声かけてくださーい!」

 

「深夜の三時だぞ。引っ越しの挨拶にしても、常識ってものがあるだろ」

 

「まぁ、まぁ、そこはほら、よろしくお願いしますな?」

 

 俺は菓子折りを受け取りながら、内心のいやな気持ちを押し殺すように、とりあえず穏便に済ませようと「よろしくお願いします」と返した。

 普通なら、ここで会話は終わる。終わるはずだった。

 

 だが、女は帰る気配を一切見せず、むしろドアの隙間に顔を突っ込むようにして、声のトーンを一段落とした。

 

「あのな、お兄さん。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、いい話聞いてくれへん?」

 

「……は?」

 

「実はな、うち、今すっごいお得な情報商材を扱ってんねんけど。月収百万も夢やない、誰でもスマホ一台で始められるビジネスやねん。初期費用たったの三十万で、三ヶ月後には――」

 

「いりません。おやすみなさい」

 

 俺はドアを閉めようとした。

 だが、女はドアの隙間に足をねじ込んできた。ヒールの踵が古い板張りの床をガリッと削る。

 

「ちょ、待ってや!話聞くだけでもええやん!お兄さん、見るからにお金に困ってそうやし、このままフリーターやって歳取ったらどないすんの?うちのこの商材、マジで人生変わるって!セミナーも今なら無料で――」

 

「い・り・ま・せ・ん。深夜三時に引っ越しの挨拶からシームレスに情報商材売りつけるの、どういう神経してんですか。おやすみなさい」

 

 俺は全力でドアを閉めた。

 チェーンの隙間から抜いた女の足が引っかかり、「いてっ」という悲鳴が聞こえたが、知ったことではない。

 

 バタンとドアが閉まった瞬間、廊下の向こう側から、信じられない罵声が飛んできた。

 

「はぁ~?なんやねんその態度!人がせっかくええ話持ってきたってんのに!このドケチ貧乏フリーターおっさんが!どうせ一生安アパートで野垂れ死にするんやったら、三十万くらいポンと出せや!器の小さい男やなぁ!」

 

 ……うるせえ。

 俺は菓子折りの箱をそのままゴミ箱に突っ込み、再び布団にもぐりこんだ。

 上の階から、ドスドスと荒っぽい足音が天井越しに響いてきた。

 

 狸穴瑠衣は、最悪の第一印象だった。

 

 

 

§

 

 

 

 翌日、コンビニバイトに入る前に郵便受けを見てみると、上の階の三〇二号室には確かに新しい入居者が入ったのは確からしい。

 大家のじいさんに電話してそれとなく聞いてみたが、「ああ、たぬきの女の子やろ?ちゃんと礼金も前金も払ろうてくれたし、しっかりしとる子やったで」とのんきな返事だった。

 あのじいさんの人を見る目は完全に節穴だ。

 

 それから数日で、俺の懸念は的中した。

 

 大家のじいさんはボケているのかすぐに情報を話してくれた。

 入居者の名前は狸穴瑠衣。年齢二十六歳。種族はたぬきの獣人。

 

 この女は、控えめに言って、最悪だった。

 

 まず、家にいるときの夜は、ほぼ徹夜で電話をしている。

 声は天井を突き抜けてダイレクトに降ってくる。ことぶき荘の床板は壁と同様に薄く、上の階の生活音はほぼ筒抜けなのだ。

 

 通話の相手は、内容から察するに、おそらくホストだ。

 

「――ねえ、涼太くん、今日お店行きたいなぁって思ってぇ……え、うち?太客捕まえたから、涼太くんにたくさん使えると思うんよなぁ……うん、うん……え、指名料?ええよええよ、そんなんいくらでも払うからさぁ……」

 

 琴音の時のように『酔っ払って一人で騒いでいる』のとはわけが違う。

 こういった通話が、延々と、深夜一時から明け方の五時まで続く。

 声のトーンは甘ったるいねこ撫で声から、急にヒステリックな怒号に切り替わり、興奮すると床をドンダンと地団駄を踏んで蹴り飛ばす。

 

「はぁ!?涼太くん、うちのこと好きやないん!?あんだけ通ったのに!?うち、毎月いくら使ってると思ってんの!?ふざけんなよ!死ね!しばくぞ!」

 

 からの。

 

「……ごめん、嘘。ごめんね涼太くん、うち怒ってへんから……ほんまごめんね……明日行くからね……」

 

 この落差を、深夜帯に天井越しにノンストップで聞かされる俺の身にもなってほしい。

 この涼太くんも疲弊しているのか、たまに電話に出ないことがある。そんな日はメンヘラが振り切ってとんでもないことになる。

 

 さらに厄介なことに、この女は夜職だった。

 キャバクラか風俗か、詳しいことは知らないが、夕方に出かけて深夜に帰ってくる。つまり、生活リズムが完全に逆なのだ。

 

 俺が夜勤明けならいい。だがそれ以外の日が多いのも事実だ。

 例えば、夜に寝ようとすると、上の階から帰宅した狸穴のドタバタが始まる。ヒールを脱ぎ散らかす音、冷蔵庫を開け閉めする音、シャワーの水音、そしてまた始まるホストへの電話。

 俺が休みの日で昼間に寝ようとすると、今度は起き出した狸穴が掃除機をかけたり洗濯機を回したりする。いや、掃除や洗濯をするのは偉いのだが、こっちの時間も考えてくれ。

 

 一週間、俺は耐えた。

 隣の琴音と出会った時に学んだ忍耐力を総動員して、耳栓をし、枕を頭に被せ、歯を食いしばって耐えた。

 たまらず天井を棒で小突き回して警告しても、一時的に静かになるのは五分だけ。すぐまた『なんやねん下のハゲ! うるさいわ!』という罵声と共に通話が再開されるが、なんとか耐えた。

 

 

 だが、二週間目。

 限界は、俺よりも先に琴音の方に来た。

 

「おっさん……」

 

 深夜二時。

 部屋の壁が、こんこんと控えめに叩かれた。琴音の合図だ。

 俺がドアを開けると、そこにはパジャマ姿の琴音が、目の下にくっきりとクマを作って、泣きそうな顔で立っていた。

 金色の狐耳はぺたんと力なく倒れ、ふさふさの尻尾も元気なく垂れ下がっている。

 

「上の部屋の女がうるさすぎて、もう一週間まともに寝てないのぉ……。毎晩毎晩電話の声が天井から降ってきて、おっさんの部屋よりあたしの部屋の方が真上だからダイレクトに……もう限界だよぉ……」

 

 目元に涙を溜めて、俺のスウェットの裾をぎゅっと握ってくる。

 こういう時の琴音は計算なのか本音なのか判別がつかないが、少なくとも睡眠不足は本物だろう。あの清楚メイクの下に隠しきれないクマが浮いている。

 普段はあざとくマウントを取ってくる優等生(偽)のメスきつねが、本気で衰弱しきって半泣きになっている。

 

「……分かった。俺も正直限界だ。今から上に行って、直接言ってくる」

 

「あたしも行く」

 

「お前が行くと喧嘩になるだろ」

 

「大丈夫、あたし怒ると氷みたいに冷たくなるタイプだから」

 

 そういう問題ではない気がしたが、二人で行った方が圧にはなるだろう。

 俺たちは階段を上り、三〇二号室の前に立った。

 

 案の定、ドアの向こうから声が漏れている。

 だが、さっきまで天井越しに聞こえていたホスト電話の声とは、少し様子が違った。

 

「……あっ……んんっ♡……ぁ、はぁっ♡……」

 

 琴音と顔を見合わせた。

 俺たちは同時に固まった。

 なぜなら、この声のパターンには、嫌というほど聞き覚えがあったからだ。

 

 琴音の隣で最初に聞いた、あの夜と同じ種類の声。

 つまり。

 

「……まさか」

 

「……あー」

 

 琴音が遠い目をした。

 

「獣人の発情期、だねぇ……」

 

 この世界の獣人には、人間にはない生理現象がある。発情期だ。

 種族によって周期は異なるが、たぬきの獣人は年に三回から四回、強烈な発情期に見舞われる。その間、性欲が爆発的に高まり、自分ではコントロールがほとんどきかなくなるという。

 一応、獣人用のピルみたいなものがあるらしいが、狸穴は最近ヘラっていて買わなかったのだろうか?

 琴音のようなきつねの獣人は比較的マイルドだと聞いたことがあるが、たぬきはかなり激しい部類に入るらしい。

 

「あたしの場合はお金なくてケチってたから、準発情期みたいなもんだったんだけど……これガチっぽいね」

 

「初日のあの乱れ様でそうなのか……」

 

「……まぁ、うん。なんか恥ずいんだけど」

 

 ドアの向こうの声は、どんどんボルテージが上がっていった。

 

「あぁっ、やばっ……あかん、あかんて……あ゛〜〜っ! あっ、あ゛っ、イ゛イ゛ッ♡♡ 涼太くんのちんぽでっ、突き突いてぇっ♡♡ ぁ゛っ、お゛ぉ゛ぉ〜〜〜っっ♡♡♡」

 

 ドンッ、ガタガタガタッ、と家具が揺れる音。

 そして、ぐちゅ、ぐちゅ、という生々しい水音が、薄い扉を通り抜けて廊下にまで漏れ出てくる。

 

 既視感。

 圧倒的な既視感だった。

 約一ヶ月前、琴音の部屋のドアを開けた時と、まったく同じ展開である。

 そしてドアの向こうから漂ってくる臭いは、ただの汗や香水の匂いではない。甘ったるく濃厚なフェロモンの含んだ獣臭だ。

 

 デジャヴがすぎるんだが、帰ってもいいか?

 

「……どうする?帰るか?」

 

「帰ったら問題解決しないよ、おっさん」

 

「正論だけど、発情期の獣人の部屋に突撃って、それはそれで問題だろ」

 

「騒音問題の方が先。行こう」

 

 琴音がドアをノックした。反応がない。

 もう一度、今度は強めにドンドンと叩く。

 

「三〇二号室の狸穴さーん!下の階の者ですけどー!毎日うるさくて眠れないんですけどー!」

 

 数秒の沈黙のあと、二人でうなずいてドアノブをひねってみるとガチャリとドアが開いた。

 鍵がかかっていなかったのだ。ことぶき荘の住人は全員セキュリティ意識がゼロなのか。

 

 開いたドアの向こうに広がっていた光景に、俺は二度目のデジャヴを味わった。

 散らかった部屋。ただし琴音の時のようなゴミ屋敷というほどではなく、脱ぎ散らかした服やコスメの容器、コンビニの袋、ホストクラブのチラシや名刺が床に散乱している程度だ。壁にはホストとのチェキっぽい写真が何枚も貼られていた。

 

 そして、部屋の中央。

 

 狸穴瑠衣は、薄手のキャミソール一枚をはだけさせた半裸の状態で、ベッドの上にうずくまっていた。

 丸い茶色の獣耳は真っ赤に紅潮して後ろに倒れ、大きな茶色の尻尾はブワッと膨らんで痙攣するように震えている。

 顔は発情の火照りで真っ赤に染まり、瞳の焦点が定まっていない。

 

 片手にスマホを握りしめたまま、もう片方の手でディルドを自分の股間に突き刺し、尋常ではない高速ピストンを繰り返していた。

 泡立って白く濁る愛液は遠目で見てもはっきり見えている。

 

「ぁ……あっ……だ、だれ……あかん、今あかん、来んといて……体が、言うこと聞かへんねん……っ」

 

 瑠衣の声は、いつものガサツな関西弁のトーンではなく、切羽詰まった懇願の響きを帯びていた。汗と体液で湿った前髪が額に張りつき、目尻には涙の跡が光っている。

 だが、彼女の瞳が俺を捉えた瞬間、何かのスイッチが入った。

 

 たぬきの獣人の発情期。その本能は、目の前に「オス」を認識した瞬間に、抑制を完全に吹き飛ばす。

 狸穴の瞳が、ぐるんと見開かれた。

 

「――男……っ!」

 

「な、なんだよ」

 

「ああぁぁぁっ!おとこやっ!おとこの、生のにおいするぅぅっ♡♡♡」

 

 次の瞬間、狸穴は信じられない速度でベッドから飛びかかってきた。

 たぬきの獣人の身体能力を存分に発揮した、野生そのままの跳躍。

 俺は反応する間もなく、背中から廊下に押し倒された。後頭部を床に打ち付ける衝撃。

 

「ぐっ……おい、何すんだ!」

 

「ちょ、おっさんっ!なにすんのたぬき女!」

 

 琴音が叫ぶが、瑠衣はすでに俺の上に馬乗りになっていた。

 発情期特有の甘ったるい体臭が鼻腔を直撃し、汗ばんだ柔らかい太ももが俺の腰を挟み込む。

 瑠衣の瞳には理性の光がほとんど残っておらず、本能に支配された獣の色が滲んでいた。

 

「あかん……あかんのに、体が勝手に……っ。男のにおいがする……あったかい……ちょうだい……ちょうだいっ……♡」

 

 瑠衣は俺のスウェットのズボンに手をかけ、一気に引き下ろそうとした。

 俺は抵抗しようとしたが、発情期の獣人の握力は尋常ではない。丸っこい見た目に反して、たぬきの獣人の筋力は人間を軽く凌駕するのだ。これは琴音にも勝てないので、獣人に対して人間は非力なのだ。

 

 ベリッ、という布が裂ける音と共に、俺の下半身が露出した。

 

「はぁーーっ♡、はぁーーっ♡おとこのちんぽやっ!本物の、あったかいオスちんぽがうちの部屋に湧いてきたでぇぇっ♡♡♡」

 

「落ち着けバカ! 発情して発狂してんじゃねえ!どけっ!」

 

 瑠衣の唇がだらしなく弛み、発情した目がじっと俺の股間に釘付けになる。

 瑠衣はそれを血走った目でフェロモンに当てられて充血した半勃起のちんこを凝視すると、自分の愛液でドロドロに濡れたおまんこを、なんの前触れもなく一気にあてがって腰を落とそうとした。

 そこに琴音が横から割って入ろうとした。

 

「ちょ、ちょっと!あたしのおっさんに何すんの!」

 

「うるさいっ!あんた関係ないやろ!うち、もう限界やねんっ……!」

 

 瑠衣は琴音を片手で押しのけ、ドアを勢いよく施錠する。

 ガチャン。

 その音の後に、ドア越しに琴音の怒鳴り声が響いた。

 

「おっさん!このたぬき女あぁぁあっ!こら、早く開けろぉぉぉお!」

 

 もうキャミソールの下には何も穿いていなかった。

 発情で過剰に分泌された蜜でテカテカに光った穴が、俺の硬くなりかけた肉棒に直接押し当てられる。

 ぬちゅ♡、という粘膜同士が触れ合う生々しい音。

 

 そして、瑠衣は一切の前戯もなく、自分の体重を落とした。

 

 ずぶぅっ♡

 

「っ、あ゛あ゛ぁぁぁ〜〜っ♡♡♡なか、なかに入ってき、たぁ……♡♡あかんっ、あかんけどっ、気持ちええ……♡♡♡」

 

 瑠衣の膣内は、琴音とはまた全く違っていた。

 琴音が絹のようにきめ細かい粘膜で吸い付いてくるのに対し、瑠衣の中は驚くほど熱く、そして分厚い肉壁がうねるように全方位から締め上げてくる。まるで全体が搾り取る器官と化したかのような、圧倒的な圧迫感。

 発情期の獣人の膣は、種を受け取るために最適化された状態に変化するのだと、どこかで読んだ気がする。

 

「ちょ……待て、発情期にいきなり生はやばいって……!」

 

「待てへんっ♡♡もう無理やっ♡♡うち、もう一週間ずっと一人でやってて、全然足りひんかってんっ♡♡ごめんっ、ごめんなおっさんっ♡♡でも止まらんねんっ♡♡」

 

 瑠衣は腰を動かし始めた。

 自分の体重を支点に、グラインドするように腰を前後に揺する。

 

 ぐちゅっ♡、ぬちゅっ♡、ぱちゅんっ♡

 

「はっ♡はぁっ♡♡あっ♡あっ♡すごっ♡♡おっさんのちんぽ、でっか……♡お腹の奥までっ♡ぐりぐりされてっ♡頭おかしなるぅっ♡♡♡」

 

 瑠衣は自分の快楽のためだけに腰を振りながら、まるで堰を切ったかのように喋り始めた。

 

「うちなぁっ♡新卒で入った会社がクソブラックでなぁっ♡♡毎日終電まで残業でっ♡上司にはパワハラされてっ♡♡獣人やからって余計にキツく当たられてっ♡♡♡」

 

 愚痴。

 セックスしながら愚痴を叫んでいる。

 

 瑠衣の腰は止まるどころか加速していく。ぱんっ♡、ぱんっ♡、と尻肉が俺の腰に打ちつけられる音が部屋中に響く。

 

「んあぁっ♡それでっ♡辞めてバイトしてたらっ♡ホストにハマってっ♡♡お金足りひんくなってっ♡♡風俗で働いたらっ♡♡獣人やからってぇっ♡♡♡指名も全然つかへんくてっ♡♡♡」

 

「シャンパン入れるためって、風俗嬢になっておまんこ売って働くことになったのにっ♡♡ 『どうせ獣人は発情したら誰とでもヤるんだろ』とか言われるし、ふざけるなぁっあんっ♡あ゛あ゛っ、おく、奥ゴリゴリ削られて気持ちええええっ♡♡♡」

 

 俺は完全に受け身だった。

 瑠衣の丸っこい体が俺の上で激しく跳ね、たぬき耳がぴくぴくと痙攣し、大きな尻尾がぶわぶわと膨らんでは収縮を繰り返す。

 キャミソールがずり上がり、隠れていた胸がぼろんと零れ出た。琴音ほどの大きさはないが、丸みを帯びた柔らかそうな乳房が、激しい腰の動きに合わせてぷるんぷるんと上下に揺れている。

 

 そして彼女は止まらない。愚痴も、腰も。

 

「情報商材もなぁっ♡♡♡先輩に騙されて始めたやつでなぁっ♡♡初期費用で借金増えただけでなぁっ♡♡♡あはっ♡♡もう人生めちゃくちゃやねんっ♡♡♡♡」

 

 涙と汗と涎が入り混じった顔で、瑠衣は笑いながら泣きながら腰を振り続ける。

 その姿は、欲望と絶望がないまぜになった、生々しい人間の――いや、獣人のむき出しの感情だった。

 理不尽な社会への怒りと、ホスト狂いの借金地獄、そして風俗嬢としての屈辱。

 そういうのがないまぜになった心の中のいろんなものをセックスに乗せて、俺を完全に『都合のいいストレス発散用の肉ディルド』として扱って吐き出し続けていた。

 

 こういうタイプの女は、放っておくと延々と自分のペースで搾り取るだけ搾り取って、こっちを干からびさせる。

 正直に言えば、瑠衣のペースに飲まれている間は、テクニックも何もない力任せの動きで、俺の体もかなりきつかった。下から突き上げる体勢では腰への負担が大きいし、彼女の体重と筋力に押さえつけられて、こっちの動きが制限されている。

 

 だが。

 俺は三十八歳のフリーターだが、風俗に通い詰めた年季だけは伊達ではない。

 それに、この一ヶ月、琴音という最高の練習相手と毎晩のように鍛錬を積んできたのだ。

 

 瑠衣が愚痴の絶叫に気を取られ、腰の動きが一瞬だけ鈍った隙を、俺は見逃さなかった。

 

 瑠衣の腰を両手で掴み、力任せに横に転がした。

 

「きゃっ!?ちょ、なに――」

 

 瑠衣の背中が床に叩きつけられ、攻守が逆転する。

 ちなみに琴音はまだドアの向こうでこっちに対して呼びかけている。

 なお、「おっさん、ご愁傷様。発情期だから満足するまで終わんないから。おっさんが大丈夫そうならあたし帰るわ、眠いし」とそろそろ帰りそうな感じだ。

 

 俺は彼女の両膝を押し開き、結合したまま上からのしかかった。

 形勢逆転だ。

 

「お前のペースに付き合ってたら、こっちの腰が先にイカれちまう。ここからは俺がやるぞ」

 

「え、ちょ……っ」

 

 反論を許さず、俺は全力で腰を叩きつけた。

 

 ドチュッ♡♡

 

「〜〜〜〜〜ッッッ!?♡♡♡お゛、ぎぃ゛ッ♡♡♡」

 

 瑠衣の目が見開かれ、声にならない悲鳴が喉から漏れた。

 それまでの彼女主導の自分勝手なピストンとは、角度も深さも速度も段違いの、腰の据わった男のストロークが膣の最奥を直撃したのだ。

 

 ぱんっ♡ぱんっ♡ぱんっ♡ぱんっ♡

 

 俺は手加減を一切しなかった。

 琴音で覚えた、獣人の膣内の弱点。尻尾の付け根を空いた手でしごきながら腰を動かす。

 腹側の奥にあるざらついた隆起を、亀頭の先端で的確に抉りながら、子宮口の入り口をコンコンと叩くように突き上げる。

 

「っ♡あ♡あ♡あっ♡あ゛っ♡♡うっそ♡♡なにこれ♡♡全然ちがっ♡♡風俗の客と全然ちが♡♡おっさんの腰づかいえぐっ♡♡♡」

 

 瑠衣の目から涙がぼろぼろと溢れ、たぬき耳が完全にぺたんと寝た。

 さっきまで威勢よく愚痴を叫んでいた口は、もう言葉を紡ぐ余裕を失っている。

 

「ほら、さっきまでの威勢はどうした。愚痴はもう終わりか?」

 

「む゛りっ♡♡もう無理ぃっ♡♡頭真っ白なるっ♡♡おっさんすごっ♡♡すごすぎるって♡♡♡」

 

 俺は腰の振り方を大きく長いストロークに変え、さらに深い角度で突き込んだ。

 ぐちゅっ♡ぐちゅっ♡、と過剰に溢れた蜜が結合部で泡立ち、シーツにまでじわじわと染みを広げていく。

 

「あっ♡あぁっ♡♡ちょっ、待って、そこっ♡♡奥のそこ突かれたらっ♡♡うちイッてまうっ♡♡イッてまうってぇぇっ♡♡♡」

 

「イきたきゃイけ。散々人の安眠妨害しやがって、これくらいの罰は受けろ!!」

 

「ば、罰ぅっ♡♡♡ちんぽが罰てっ♡♡あはっ♡♡あっ♡あぁぁぁっ♡♡♡」

 

 なお、勢いに任せて適当に罰とか言っているだけでよく考えなくても俺は今獣人の発情期で襲われている側であるはずだ。

 なぜこうなっているんだろう?

 

「お゛っ♡お゛っ♡お゛っ♡お゛っ♡ あかんっ、あかんってぇっ♡♡そんな根元までやらぁっ、うちのおまんこ壊れてまうぅぅっ♡♡♡」

 

「壊れるもんなら壊れてみろ!風俗嬢やってんだろ?プロなら客のピストンぐらい黙って受け止めろ!」

 

 親指と人差し指で、揺れ暴れる瑠衣の大きな乳房の先端――硬く尖った茶色い乳首を強い力でつまみ上げ、ぐりぐりと捻り上げる。

 同時に、腹側の膣内にあるざらついた感度のツボを、亀頭の返しで容赦なく削り取るように突き上げた。

 

「ひィィッ♡♡♡ちくびっ♡ちくび捻りながらおまんこのツボ抉るのダメぇっ♡♡♡それ、風俗でも指名客にしかやらせへん一番弱いとこなのにぃぃっ♡♡♡」

 

 瑠衣の膣内が、急激にキュウッと収縮した。

 全身をガクガクと痙攣させ、背中を弓なりに反らせて、たぬきの尻尾がバタバタと暴れまわる。

 

「イっ……♡♡イグっ♡♡イグイグイグっ♡♡♡♡あっ♡あ゛あ゛ぁ゛〜〜♡♡♡♡♡♡」

 

 絶頂の波が彼女の全身を貫いた。

 瑠衣の身体が雷に撃たれたように硬直し、全身の筋肉が激しくガタガタと痙攣してうずくまるように体を縮めて快楽に耐えようとしている。

 膣壁がうねるように脈打ち、俺の肉棒を万力のような力で締め上げる。その圧力に促されるように、俺も限界を迎えた。

 

 さらに、絶頂のショックに耐えきれなくなった彼女の秘裂の隙間から、勢いよく透明なイキ潮が噴き出した。

 

 プシィィィーーッッ♡♡

 

 飛沫が散り、散らかった畳と俺の太ももをびしょ濡れにする。

 瑠衣の丸い瞳は完全に上を向き、口から「へはぁあ~~~♡」と腑抜けの声を漏らしながら、手足の力を完全に抜いて気絶寸前の脱力状態へと堕ちていった。

 

「出るぞ……っ!」

 

 ドピュッ♡♡ドピュピュッ♡♡♡

 

「あ゛〜〜〜〜っ♡♡♡♡♡♡あっつ……♡♡中にっ♡♡中に出てるぅ♡♡いっぱいっ♡♡いっぱい出てるっ♡♡♡」

 

 瑠衣の膣の奥に、熱い精液がどくどくと注ぎ込まれていく。

 発情期の子宮はそれを貪欲に受け入れ、膣内がぎゅうぎゅうと蠕動して一滴も逃すまいと搾り取ってくる。

 

 俺は射精の余韻に全身の力が抜け、瑠衣の上に崩れ落ちた。

 二人の荒い息遣いだけが、散らかった部屋に響いていた。

 

 なお、琴音はまだ帰っておらず、いつの間にかドア際に座り込み、ジト目で俺たちを見ていた。

 

「……おっさん、ドア越しとはいえあたしの目の前で別の女とヤるの、さすがにちょっと引くわ」

 

「……すまん」

 

「まあいいけど。発情期の獣人に襲われたら人間は逃げらんないし。あたしも獣人だから分かるし……ていうか、おっさんちんぽデカすぎるからあんな激しくやったら壊れるからね、ふつうの女」

 

「余計なお世話だ……」

 

 

 

§

 

 

 

 翌朝。

 

 窓からの日差しが眩しく目を刺し、俺は全身を包むけだるい疲労感と筋肉痛の中で意識を取り戻した。

 俺は瑠衣のベッドの上にいた。

 横を見ると、瑠衣が正座して、額を床につけていた。

 

 全裸土下座。

 完璧なフォームの全裸土下座だった。エロ同人でもなかなか見ない、丁寧に横に服をたたんでするタイプのあれだ。

 

「……昨日は、本当に、申し訳ありませんでした」

 

 昨夜のけたたましい関西弁とは打って変わった、低く真剣な声だった。

 たぬきの耳はしゅんと萎れ、大きな尻尾も力なくぺたんと床に伏せている。

 

「発情期とはいえ、初対面の男の人を襲ってしまって……あの、警察に突き出されても文句言えへんのは分かってます……」

 

「……で?」

 

「うち、酒と発情しすぎて記憶が飛び飛びなんですけど、めちゃくちゃ失礼な態度と暴言を吐いたこと、深く反省しております」

 

 俺は起き上がり、頭をかいた。

 状況を整理すると、確かにこれは襲われたのだ。セクハラどころか、法的に言えば準強制性交に該当する可能性すらある。

 だが、正直に言えば、途中から俺もノリノリだった。それを棚に上げて被害者面するのも、人としてどうかと思う。

 

 それに。

 土下座している瑠衣の顔は、昨夜の発情に支配された狂気とは全く違う、素朴で申し訳なさそうな表情をしていた。ケバいメイクが落ちた素顔は、年相応のたぬき顔の丸っこい、どこか幼い印象の女だった。

 

「……まぁ、こっちも途中から自分の意志でやった部分もあるし、今さら警察どうこうって話じゃないだろ」

 

「ほんまに……?」

 

「次から夜中の通話と騒音さえ気を付けてくれれば、警察や大家には通報しないぞ」

 

「ほんまのほんまに!?」

 

 瑠衣が恐る恐る顔を上げる。

 俺が頷くと、彼女はほっと胸を撫で下ろした。

 

 と思った次の瞬間、瑠衣の表情がキリッと切り替わった。

 

「あの、それはそれとして」

 

「……なんだ」

 

「やらせたんやから、料金発生しますよね?うち一応プロなんで。生でバコバコにハメて、しかもたっぷり生中出しまで何回もして結構な時間やったし……三万円、お願いしてもええですか?」

 

 は?

 

 俺は、自分の耳を疑った。

 襲っておいて金を取るのか。この女。

 

「うち、これでも普段は高級風俗嬢やってるんよ。しかも、いつもはスキンあり。今回は本番と生中出しで本来ならもっと貰うんやけど、今回は特別に三万円でどうやってお話やね」

 

 ……あ?

 

 顔に出たのだろう、俺が無言で睨みつけると、瑠衣は一瞬で顔を青くし、再び土下座した。速かった。土下座のフォームが完璧すぎて、もはや芸術の域に達している。

 

「すみません嘘です!お金いりません!ほんまに冗談です!調子乗りました!ワンチャンお小遣いもらえるかなって血迷っただけなんですっ!ごめんなさい!」

 

「……お前、本気で殴られたいのか」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 瑠衣は畳に額をこすりつけながら、声を震わせた。

 

 沈黙が数秒流れた後、瑠衣はおずおずと顔を上げた。

 その目は、さっきのふざけた態度とは違い、どこか真剣な光を帯びていた。

 

「あの……お金の代わりに、って言ったらおかしいんやけど……」

 

「……なんだ」

 

「うち、風俗から足洗いたいんです」

 

 声が少し震えていた。

 

「もともと新卒で入った会社がブラックで、辞めて、バイト転々として、そん時にホストにハマって……お金なくなって、手っ取り早く稼げるって言われて風俗始めて。あ、さっきの高級風俗ってのは嘘で、普通に格安のところしか入れてもらえへんし。しかも獣人やからって客に安く見られるし、指名もつかへんし。情報商材も先輩に騙されて始めたけど、借金増えただけやし……」

 

 昨夜、セックスの最中に叫んでいた愚痴と同じ内容だった。

 だが、昨夜の涙混じりの絶叫とは違い、今の彼女の声には、絞り出すような切実さがあった。

 

「風俗続けてたら、うち、ほんまにあかんくなる思うんです。体も心も。せやから……もし、おっさんの知り合いの伝手とかで、なんかバイト紹介してもらえへんかなって……」

 

 俺はため息をついた。

 深い、長い、溜息だった。

 なんで俺のところに助けを求めに来るんだ。俺はただの冴えないフリーターだぞ。人生相談所でも、ハローワークでもない。

 しかも、ただの近所の人で、長い付き合いでもなんでもない今日ちゃんと話した程度の知人でしかない。

 だが、目の前で小さくなって俺の返事を待っているたぬき顔の女を見ていると、「知らん」と突き放す気にもなれなかった。

 

 隣の部屋の酒クズきつね女に続いて、今度は上の階のダメたぬき女か。

 ことぶき荘は俺に厄介な獣人女を寄越す呪いでもかかっているのか。

 

 ……甘い。自分が甘い人間だとは分かっている。

 だが、この泣きじゃくるダメ女のたぬきを、このまま見捨てておくことはどうにもできなかった。

 

「……コンビニなら、うちのバイト先が人手不足だ。俺から店長に話してやることくらいはできるが」

 

「ほんまに!?」

 

 瑠衣の目がぱあっと輝いた。たぬき耳がピンと立ち上がり、尻尾がぶわっと膨らんで左右にぶんぶん振れる。犬か。

 

「ただし、条件がある」

 

「なんでも言うて!」

 

「夜中の電話と騒音、今日からやめろ。壁も床も薄いんだ。下の階は地獄だった」

 

「……は、はい。気ぃつけます……」

 

 瑠衣は少し気まずそうに目を逸らしたが、それでも素直に頷いた。

 

 それから俺は服を整え、瑠衣の部屋を出た。

 階段を降りて自分の部屋のドアを開けると、隣の琴音が自室のドアから半身を出して、じっとこちらを見ていた。

 

「……おっさん、あのたぬき女にも優しくするの?」

 

「優しいんじゃない。面倒ごとに巻き込まれてるだけだ」

 

「ふーん……おっさんのその、お人好しなとこ、嫌いじゃないけど。どうせちんこでハメただけでしょ?」

 

「うぐっ」

 

「で、情が湧いちゃったと……まあ、しょーがないか。おっさんのそのクサレきった性根、あたしは嫌いじゃないし」

 

 琴音は尻尾をゆらりと揺らし、自室に戻っていった。

 

 嫌いじゃない、と言いながら、狐耳がちょっとだけ怒ったようにピクピクしていたのは、見なかったことにした。

 多分来週の隣の部屋はとんでもなく汚くなるのだろう。

 ゴキブリとか出たらこっちの部屋にもやってくるから、なんとかして機嫌を取ってやめさせなければ。

 

 

 

§

 

 

 

 ――そして、それから二週間が経った現在。

 

 

 結局のところ、俺は狸穴瑠衣とも肉体関係になってしまった。

 いや、「なってしまった」と書くと受動的すぎるか。

 発情期の一夜が終わった後も、瑠衣は事あるごとに俺の部屋を訪ねてくるようになったのだ。

 

 バイトの紹介は約束通りに果たした。コンビニの店長は慢性的な人手不足で藁にもすがる思いだったから、瑠衣が面接に行った翌日には採用が決まっていた。

 

 もちろん、一度染みついたホスト狂いの癖がそう簡単に完治するわけではない。

 俺がいくら言っても、「涼太くんだけは特別やねん」の一点張りで、月に何度かはホストクラブに足を運ぼうとしている。だが、風俗を辞めて収入が普通のバイト代になったため使える金は確実に減っていた。コンビニのバイト代でホストに注ぎ込める額なんてたかが知れている。以前のように借金してまで通い詰めることはなくなるはずだ。

 

 だが、その代わりに――彼女の中で行き場を失った仕事のストレスと、ホストクラブで豪遊できない鬱憤は、どこへ向かったのか。

 

 答えは、明確だった。

 そう。瑠衣のホストで発散できなくなったストレスの受け皿は、完全に俺とのセックスへとスライドしたのである。とんだとばっちりである。

 

「おっさーん、今日バイトめっちゃ疲れたぁ……癒やしてぇ……」

 

 夜、ドアをノックする音。開けると、コンビニの制服のまま、ぐったりした顔の瑠衣が立っている。

 だるそうに俺の部屋に上がり込み、「ビールある?」と冷蔵庫を漁り、発泡酒をプシュッと開けて半分くらい一気に飲む。

 ちなみにビール代は一度も払ってもらえていない。

 

 そして、その足で布団に倒れ込み、「おいで~」と俺を手招きする。

 

「金は?」

 

「金は……えぇやん、おっさん、うちのこと発情期の苦しみから助けてくれたんやから、タダでええよ。タダまんのたぬきまんこや」

 

 どこかで聞いたようなフレーズだった。

 隣の部屋の狐女と同じことを言っている。ことぶき荘の獣人女は、全員セックスを通貨にしているのか。

 

「……それ、お前は損してないか」

 

「損?なんで?おっさんのちんぽ気持ちええもん。ホスト行くより安上がりやし……あ、安上がりって言うたら感じ悪いか。えっと……おっさんとヤると、なんか、スッキリするねん。ホストの涼太くんに会えへん日のモヤモヤとか、バイトの愚痴とか、全部、おっさんにぶつけたら消えるねん」

 

「俺はサンドバッグか」

 

「サンドバッグ兼セフレ♡」

 

「……それ、よりひどくないか?」

 

「えー?まぁ、酷いわな。まあ、おっさんとヤるとスッキリするし、ええねんけどなー」

 

 瑠衣はケラケラ笑いながら、俺のスウェットに手を突っ込んできた。ちんこはすでに半勃起状態だった。

 この部屋にこの女が入ってきた時点で体が勝手に反応していた。

 

 ……もう、諦めた。

 男は下半身の欲望には勝てないのだ。一ヶ月前にも同じ結論を出した気がするが、学習能力のなさは自分でも呆れるしかない。とりあえず、仕返しに胸は揉んでおいた。

 

 

 こうして、俺の日常には新たなルーティンが追加された。

 

 隣の部屋の琴音が散らかした部屋を片付け、疲れた夜に飯を作り、お礼のセックスをする。

 上の部屋の瑠衣がホストに振り回されてストレスを溜め、発散のために俺の部屋に転がり込んできて、愚痴をぶちまけながらセックスをする。

 

 瑠衣の方は、夜中のホスト電話は一応控えるようになった。完全にゼロにはなっていないが、以前のように明け方まで甘ったるい声を聴いたり、いきなりヘラって怒号を響かせることはなくなった。

 そして、こうなる。

 

「おっさん聞いてやぁ、今日涼太くんがライン既読無視してきてん。ひどない?うちあんなに通ってるのに」

 

「お前がそいつに言われたりしてもらったことは全部他の女の客にも同じことしてるし、お前が貢いだ金は営業トークの裏で店の収益として消えてるぞ」

 

「分かっとるわそんなん!分かっとるけど好きなもんは好きやねん!おっさんは一晩で100万円貢いだうちのこの気持ち分からんやろ!」

 

「分からんし分かりたくもない。ほら、飯できたぞ。食え」

 

「……はぁ、なんでこんなおっさんが作るご飯がこんな美味しいん……」

 

「で、材料費は?」

 

 瑠衣は涙目で味噌汁を啜りながら、「涼太くんはこんなん作ってくれへん」と呟いた。

 こっちの材料費の質問は無視された。

 ただまぁ、そりゃそうだ。ホストは金を引っ張る仕事であって、飯を作る仕事ではない。

 比較対象がおかしいのだが、瑠衣はそういう基本的なところのネジが何本か外れている女だった。

 

 それでも。

 情報商材を売りつけようとする目のギラつきは消え、深夜の騒音は減り、コンビニバイトにはそれなりに真面目に通っている。

 ホストの涼太くんとやらへの執着は相変わらずだったが、使う金額は以前の三分の一くらいに抑えられる計算らしい。いずれはその金もゼロになるのだろうか?

 ホストの代わりの依存先が俺のちんぽというのは複雑な気分だが、借金が増えるよりはマシだろう。

 

 

 ある夜、セックスの後、汗だくのまま瑠衣が俺の胸に頭を乗せてきた。

 たぬきの丸い耳が俺の顎に触れて、くすぐったい。

 

「なぁ、おっさん」

 

「なんだ」

 

「おっさんって、なんでうちに優しいん?」

 

「優しくない。お前がうるさいから黙らせてるだけだ」

 

「嘘つき。バイト紹介してくれたし、ご飯作ってくれるし、うちが泣いても怒鳴っても、追い出さへんやん」

 

 俺は天井を見上げた。

 ことぶき荘の古い天井板には、染みがいくつもある。誰かがコーヒーでもこぼしたのかのように、茶色い輪っかが重なり合っている。よく見たらカビだな。

 

「……別に理由なんてないだろ。お前が困ってたから、できることをしただけだ。たいしたことはしてない」

 

「たいしたことやん……うち、新卒の時も、風俗の時も、誰もそんなこと言ってくれへんかった。みんな、うちのこと利用するだけして、ダメになったらポイやったもん」

 

 瑠衣の声が少し震えた。

 俺はなんと返していいか分からず、黙って彼女の頭をぽんぽんと叩いた。

 たぬきの耳がぴくりと動いて、瑠衣は小さく鼻を鳴らした。

 

「……おっさんのこと、好きにはならへんからな。うちの好きは涼太くんやから」

 

「知ってる。別になってくれとも言ってない」

 

「でも、おっさんのちんぽは好き」

 

「……どうも、今んとこそう言われたのはお前で二人目だよ」

 

 なんとも締まらない会話だったが、瑠衣はそれで満足したらしく、俺の胸に顔を埋めてすぐに寝息を立て始めた。

 しばらくして、壁の向こうからこんこんと音がした。琴音の合図。

 俺がスマホを見ると、LINEが来ていた。

 

『おっさん、今日うちの部屋来ないの?』

 

『今日はちょっと無理。上の階のが寝ちゃった』

 

『ふーん、あのたぬき女か。じゃあ明日、二倍ね♡』

 

 ……勘弁してくれ。

 

 俺の体は一つしかないし、三十八歳の体力には明確な限界がある。

 隣の狐と上の階のたぬきに挟まれて、このアパートで俺はいつまで持つのだろうか。

 

 天井の染みを数えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。

 瑠衣の寝息と、壁の向こうの琴音がスマホをいじるかすかな気配。

 ことぶき荘の夜は、相変わらず騒がしくて、面倒くさくて、でも、少しだけあたたかかった。

 

 

 にしてもクーラーの一つもない部屋で二人で触れ合って寝るのは暑苦しすぎたが。

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