目を覚ましたとき、最初に感じたのは——違和感だった。
身体が、軽い。
いや、違う。軽いだけではなく、“小さい”。
「……あれ?」
自分の声が、ひどく幼く、か細いことに気づく。
ゆっくりと手を持ち上げる。褐色肌、細く、そして——見覚えのある、長い指。
心臓が跳ねた。
「……マーレ?」
思わず口にしたその名前は、否定のしようもなく“正解”だった。
鏡を探すまでもない。記憶が、知識が、この身体が、それを証明している。
ナザリック地下大墳墓、第六階層守護者——マーレ・ベロ・フィオーレ。
そして僕は、その身体に憑依したようだ。
「……なんで、こんなことに……ここは?」
ふかふかのベットに豪華ではないが高価であるとすぐに分かる木製の家具がある。
マーレの部屋のようだ。
混乱のまま立ち上がろうとして、すぐに気づいた。
この身体は、ただの子供ではない。
とてつもない“力”が、内側に渦巻いている。
——だが。
「……モモンガ様は?」
その名を口にした瞬間、胸の奥に広がりかけた不安は、次の瞬間、別の記憶によって塗り替えられた。
——玉座の間。
静まり返った空間の中、モモンガ様がこちらを見下ろしていた。
『マーレ』
低く、しかし確かな信頼を込めた声。
その前に跪く自分の姿が、鮮明に蘇る。
『これより、お前にギルドマスターの権限を委ねる』
差し出されたのは、ナザリックの象徴とも言えるギルド武器。
『この世界はまもなく終焉を迎える。私は終焉と同時に消滅する。しかしお前達NPCは違う終焉後も電子の海を漂うことになるだろう。長い冒険になる、ナザリックの力が必要になる時が必ず来るはずだ。ナザリック地下大墳墓の支配者として皆を守るのだ。』
震える手でそれらを受け取ったときの感触まで、はっきりと思い出せる。
『それとこれも渡しておこう。』
モモンガ様が腹にある赤い玉に手を伸ばすと、淡く怪しく光る。
『ワールドアイテムのひとつモモンガ玉だ、受け取れ。』
モモンガ様がモモンガ玉をこちらに向けると、空間を滑るように僕の腹部に向かって進む、赤い玉は迷うことなく腹部に触れ、抵抗なく静かに内部へと沈みこんでいった。
『ナザリックを、頼んだぞ』
その言葉に込められた意味。
その重さ。
そして——信頼。
「……そう、だ」
胸の奥にあったはずの不安は、いつの間にか消えていた。
代わりに残っているのは、確かな使命感。
——ナザリックは、今。
主の意思を託されている。
指先に触れる冷たい感触。
——リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
ナザリック内を自在に移動するための、至高の御方の証。
あの儀式の後、様々なマジックアイテム等も譲渡された。
小さく息を吸い込む。
「……だ、大丈夫……ぼ、僕は……マーレ、なんだから……」
震えそうになる声を、無理やり押し殺す。
そして、強く念じた。
——玉座の間の前。
視界が歪む。
一瞬の浮遊感のあと、次の瞬間には——
そこに、立っていた。
巨大な扉の前。
重厚な装飾が施されたそれは、圧倒的な威圧感を放っている。
その前に立つのは——
無言で佇む、巨大なゴーレム。
侵入者を拒むかのように、微動だにせず守護している。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「……や、やっぱり……ここ、だよね……」
分かっていたはずなのに、実際に目の前にすると現実味が増す。
この先に——玉座の間がある。
そして。
原作通りであればアルベドは、玉座の間に待機しているはずだ。
その事実は、あまりにも重かった。
だが。
「……で、でも……」
ぎゅっと杖を握る。
逃げるわけにはいかない。
これは、僕が“任されたこと”だ。
すぐに行動しなければならない。
ゆっくりと、見上げるほどに巨大な扉へと歩み寄る。
ゴーレムは動かない。
ただ、マーレを見下ろすように立っているだけだ。
その圧に耐えながら、扉に手をかける。
重い。
だが、押し開ける。
ゆっくりと、扉が開いていく。
その先に広がるのは——
黒曜石のように漆黒に輝く広間。
圧倒的な静寂。
そして。
玉座の隣に、すでに立っている一人の存在。
漆黒の翼を持つ美女。
アルベドだ。
その視線が、扉を開けたマーレへと向けられる。
すぐに、優雅に跪く。
「ようこそいらっしゃいました、マーレ様」
その声は完璧だった。
忠誠と、敬意と——そして、わずかな高揚。
そのすべてを受け止めながら。
俺は、喉の奥に詰まる恐怖を押し殺し、口を開いた。
「……ア、アルベドさん……」
一瞬、言葉が止まる。
その呼び方に、アルベドの眉がわずかに動いた。
「マーレ様。私に“さん”付けは不要でございます。」
柔らかな声音だが、はっきりとした訂正。
『そして、私は至高の御方々の為にそして後継であられるマーレ様にお仕えするために産み出された存在。如何様にもこの身をお使い下さい。』
原作でモモンガ様に向けていたような顔で話しかけてくる。
だが。
ここで逃げれば、何も始まらない。
だから——
「……ア、アルベド……じ、実は……その……」
小さく息を吸って。
そして、はっきりと告げた。
「……い、異常事態が起こってる、みたいなの……」
その言葉が、静寂の中に落ちた瞬間。
アルベドの表情が——ほんの僅かに、変わった。