全裸のダンジョンマスター〜わたし魔物のお母さんになります〜 作:やばい性癖
踵から後頭部まで感じる固い感触で目が覚めた。
低い雲がちらほらと見える青空と、それを囲うように緑の苔がまだらにこびりついた赤い煉瓦の壁、そして、暑い国で生えているような、大きな葉っぱの木々が見えた。
時折湿気を含んだ生暖かい風が、土や草花の匂いを運んでくる。
どうやらわたしは外で仰向けに寝っ転がっているみたいだった。
起きあがろうと手に力を入れると、ひんやりとした感触が手のひらから肘まで伝わってくる。身体を押し上げるように上半身を起こすと、背中が床から引き剥がされて、ぺたっと湿った音がした。
なんだろう、この感触……まるで、裸のような……
「えっ!!!?!」
視線を下に向けた瞬間、思わず大声が出てしまった。
胸も、腰も、お尻も、全部裸だったのだ。
急いで両腕で胸を隠す。それから足を大きく開いていることに気づき、慌てて両膝を揃えて縮こまった。
なんでわたし、こんなところで裸なの!?!!
辺りに人がいないか慌てて見回す。天井の無い廃墟の中にいるようで、見渡す限り人の気配は感じられなかった。
誰もいないならまだいいけれど、あまりにも恥ずかしい格好だった。頬がかあっと熱くなって、わたしはもう一度ぎゅっと膝を抱え込んだ。
体育座りになったまま、しばらくじっとしていると、ようやく周りを見る余裕が出てきた。
そこは、全てが赤い煉瓦で造られた、教会の内部を思わせるような空間だった。
正面には赤い煉瓦でできた大きなアーチがあり、そこを潜ると外に道が続いていて、ジャングルのような暗い森へと繋がっている。
左右には小さなアーチが連なっていて、外の様子を見ることができた。右側のアーチはそのまま森と繋がっており、草木の一部は建物の中にまで入り込んでいた。
左側のアーチの外には小さな泉が見えて、その対岸には真っ暗な森が広がっていた。
視線を下に落とすと、相変わらず裸の身体が見えた。
抱えた腕に触れている自分の胸は、小さな身体にしては大きすぎるわたしの胸だった。慌てて隠したせいか、腕の隙間から薄いピンク色の乳首がぷくりと盛り上がったのが覗いている。空気に触れた先端がつんと硬くなっているのが自分でもわかった。
胸を持ち上げてから、さらに視線を下に向ける。肋骨のかたちがうっすら浮いたお腹を通り過ぎ、おへその下の恥丘のなだらかな膨らみが目に入った。
ない??!?
昨日まで確かに生えていたはずの、最近やっと生えてきたお股の毛が一本も残っていなかった。
つるんとした滑らかな恥丘が陽光に照らされていた。陰毛に隠れていたはずの割れ目まではっきり見えていて、薄いピンクのひだが少しはみ出し、その上に少し大きめのクリトリスも膨らんだ状態で覗いていた。
見ただけでは信じられず、膝と胸を抱えていた手を無意識に伸ばしていた。触れた皮膚には、いつものお風呂場で体を洗った時の感触も、毛を剃ったような引っ掛かりもなく、元々こうだったような滑らかさになっていた。
下腹部に手を触れたまま、しばらく固まってしまった。今がいつだかわからないけど、少なくとも昨日お風呂に入った時にはちゃんと生えていたはずだ。
混乱した頭で必死に記憶を手繰り寄せる。
そうだよ!確か施設に帰る途中に……
期末テストが終わった翌日、わたしは施設への帰り道を歩いていた。
ふだんより早い下校時間で、太陽もいつもより高い。ただ歩いてるだけなのに汗が止まらない。
帰り道の住宅街には誰も歩いておらず、ただ聞こえるのは途切れることのない蝉の声と、わたしのローファーがアスファルトを叩く音だけだった。
白いコンクリートブロックの塀が並ぶ道のアスファルトは、強すぎる太陽に焼かれて粘ついていて、日差しだけでなく足元からも熱が伝わってきた。
まだ7月になったばかりなのに、なんでこんなに暑いのかな……
汗ばんだ水色のセーラー服に、胸のかたちが恥ずかしいくらいくっきりと浮き出ていた。華奢な肩幅にはどう考えたって不釣り合いな胸が服の前を押し広げて、歩くたびに布の中で重く揺れる。
また大きくなっちゃったみたい……
背は全然伸びないのに、胸ばかり大きくなる。友達にはよくからかわれるし、クラスの男の子たちからいつも視線を感じるような気がする。
歩きながら鞄を胸の前に持ち替えて、ちょっとだけ猫背になる。もっと暑くなったけど、気恥ずかしさがほんの少しだけましになった。
歩きながらこれから始まる夏休みのことをぼんやりと考える。部活にも入ってないから特にすることはないのだけれど、宿題も片付けないといけない。
なんで中学生になるといきなり勉強が難しくなるんだろうか。まだ中身も見ていない数学の宿題を思うと、憂鬱になる。
クラスの友達はお盆になると家族と海外旅行に行くらしい。施設でも花火大会とか、楽しいイベントはあるけど、少し羨ましい。
わたしにも何か楽しいことあればいいのに……
——そのとき、ふいに蝉の声が消えた。
全身が温かな光に包まれ、視界が白に染まった。手を動かそうとして、鞄を抱えていた手が何も掴んでいないことに気づいた。制服の生地が肌に触れていた感覚も、首筋を伝っていた汗の流れも、全て白い光に溶かされたように消えていた。
上下左右の区別がつかず、自分が今立っているのか、浮いているのかもわからず、何も感じ取ることができなくなっていた。
何もかもわからない状況だというのに、わたしは不思議と落ち着いていた。温かな光に抱かれて安心感すら覚えていた。
「ななみちゃん」
わたしを包み込んでいる白い光の全体から、優しげな女の人の声が伝わってきた。
わたしの名前が呼ばれている。もはや耳がどこにあるかもわからないのに、声だけが聞こえる。優しくて懐かしい、小さい頃に亡くなったお母さんのような声だった。
光の中に人のかたちが少しずつ浮かび上がってくる。栗色の髪が腰まで伸びていて、緑色の瞳がまっすぐわたしを見つめている。ぽってりした唇がやわらかく笑っていて、丸みのある頬に光が落ちていた。
「すみません、どなたでしょうか……?あと、ここはどこなんでしょうか……?——っていうか?!?!ななな!!何で裸なんですか!?」
その人は裸だった。しかもお腹が大きかった。臨月みたいに丸く張り出したお腹を堂々と晒していて、胸はわたし以上に大きくて重そうで、乳首の色が濃く沈んでいる。
太ももには緑の葉っぱを編んで作ったような輪っかが巻き付いていて、首元には小さな花で編まれた首飾りが揺れていた。その人は裸なのに全く恥ずかしがることなく、全てを見せたままそれが当然のように微笑んでいた。
見ていて清々しくなるような堂々とした裸体だった。
「私はナナリアと言います。これでもちょっと偉い神様をさせていただいております」
ナナリア様。全く聞いたことのない神様の名前だった。現状の把握が追いついていないので、その名について考えている余裕は全然なかった。
「か、神様???とりあえず、なんでもいいから服を着てください!!」
「それはできません。この姿は私の神性の象徴であり、アイデンティティ、そして趣味です。なので服を着ることはできないのです」
ナナリア様はニコリと微笑んだまま、淡々と答えた。なんだかよくわからないけど、理由があるならしょうがないの…かな……?
「わかりました。服は一旦置いておきます……!一体ここはどこなんですか??わたしの身体はどうなってるんですか!?さっきまで道を歩いていたはずなのに!?」
「順番に答えますね。まずここはこの世界でも、あの世界でもない領域。私の力に満たされた神域です。そして体についてですが、ここでは肉体は形を保てないので、今のななみちゃんは魂だけの存在になっています」
「ひょっとして、わたしは死んでしまったのですか……?」
魂だけの存在になっているってことは、そういうことなんだろうか?でも亡くなったお父さんやお母さんに会えるならそれでもいいかもしれない。不思議と落ち着いてそんなことを考えてしまった。
「いいえ、ななみちゃんはまだ生きていますよ。あくまでこの神域にいる間は肉体がなくなるだけです」
「…ならよかったです」
別に死にたいなんて全く思っていないのに、お父さんやお母さんのことを考えていたせいか、少し残念そうな声が出てしまった。
「じゃあなぜ、わたしはここにいるんでしょうか?さっきまで普通に歩いていたはずなんですが……」
「私がななみちゃんを呼び出したのですよ。これから、ななみちゃんにやってもらいたいことがあります」
ナナリア様がそっとわたしの方に近づいてきて、手を合わせた。
「ななみちゃんには、別の世界に行って、ダンジョンマスターになってもらいたいのです」
ダンジョンマスターって何でしょうか……?テレビゲームの話?施設にも古いゲームはありますが、キャラクターを操作して攻略するあのダンジョンでしょうか……?
「ダンジョンマスターってゲームとかで出てくるダンジョンの主……?みたいな感じでしょうか……?」
「詳しく言えば、ダンジョンを運営してもらうこと自体は目的ではないのですが、その方が都合が良いので、そういう形で説明させてくださいね」
「えっと……その、拒否することは……」
「大変心苦しいのですが、拒否はできません。拒否したとしても、あちらの世界に送られることには変わりません」
「そ、そんな……」
「そのかわり目的を達成すれば、こちらの世界に戻ることも出来ます。期末テストの翌日の帰り道にです」
「その、目的が達成出来なかったらどうなるんでしょうか……?」
「これも大変申し訳ないのですが、達成出来るまで何度もやり直していただきます。その都度、始点となる場所、時間まで戻していただくことになります」
なんて酷い話だろうか…わたしには何も良いことがない……。
「申し訳ないとは思っています。ですが、ななみちゃんには素質があります。そしてこれはななみちゃんにとっても悪くないことだも思います」
「その…結局目的ってなんなのでしょうか……?」
「ななみちゃんには、あちらの世界で魔物たちのお母さんになってもらいたいのです。そして、魔物たちの生息数回復のお手伝いをしてもらうことになります。どれくらい回復させればいいかというのは、状況にもよるのでここでハッキリとは教えられませんが、目標の達成状況は確認できるようにしておきますね」
魔物とは何だろうか?わたしに思い浮かぶのはゲームとかに出てくる敵キャラクター、怖い顔をしたモンスターたちだった。
お母さんになるって……ダンジョンで魔物をお世話して増やす係ってことだろうか……?わたしには小学校の生き物係のようなイメージしか思い浮かばなかった。
「お母さんって……その、魔物をお世話する係ってことでしょうか?」
「お世話ももちろんしてもらうことになりますが、まずななみちゃんには魔物たちの子供を生んでもらうことになります」
「……はい?」
「ななみちゃんには魔物たちとセックスをして、お腹に赤ちゃんを宿して生んでもらいます」
セックス。ナナリア様は明日の天気を教えるみたいに笑顔でその言葉を口にした。わたしがその意味を知ったのもまだ最近で、思い浮かべるだけでも顔が真っ赤になってしまう。
「む、無理です!!そんなの!ぜったいに!無理ですっ!!」
思わず声が裏返ってしまった。自分の顔がどうなっているのかよくわからないけど、肉体があるならきっと真っ赤になっているだろう。
「大丈夫ですよ。ななみちゃんになら絶対に上手くできますよ」
「できるできないの話じゃないです!!な、なんで、わたしなんですか?!?!」
「ななみちゃんは昔からずっと家族が欲しいと思っていたはずです。寂しく思っていたはずです。たくさん子供ができたら寂しくなくなりますよ」
確かにわたしは家族を欲していた。小さい頃に亡くなったお父さんとお母さんに何度会いたいと思って涙を流したことか。
もちろん、家族が欲しいというのは、子供が欲しいって意味じゃなくて、お父さんとお母さんに会いたいという意味だ。
「それに、魔物とのセックスはとっても気持ちいいのですよ。ななみちゃんはきっと気にいるはずです。ななみちゃんにはその素質があります」
「そ、そんなことないです!!絶対に違います!!!」
正直に言えばえっちなことにはちょっとだけ興味があるし、最近は毎日就寝の前に布団の中で乳首を触ったりおまたを触ったりはするけど、それだけ……それだけだ。その、魔物となんて……
「まあまあ、魔物とのセックスは実際にやってみたらわかると思いますので、話を進めますね」
「絶対にわかりません!!」
「ななみちゃんには特別な力をふたつ授けました。一つ目が万種の母胎という力です。どんな魔物とも子を成すことができるすごい力なんですよ。二つ目は時の箱庭という力です。周りの時間を止めてななみちゃんだけの空間を作れる力です」
ナナリア様はわたしの拒絶を全く気にしないで、話を進めていく。でもその前の話が衝撃的すぎて、全然内容が頭に入ってこない。
その……そもそも魔物とのセックスってどうやるんだろうか……?
「そして、ななみちゃんにはダンジョンマスターとしての権能が与えられます。最初は不老になることぐらいしか効果はありませんが、成長とともにできることは増えていくはずです」
いつだったか、施設で上級生のお姉さんが初めてのセックスの時はとっても痛くて、血もでると言っていた気がする……でもナナリア様は気持ちいいって……
「さて、力の説明はこれで終わりですが、何か聞きたいことはありますか?」
やばい!全然話を聞いていなかった!とにかく、わたしには二つの力が与えられたみたいだけど……
「その……二つ目の力、時の箱庭ってどう発動するんですか?」
「頭の中で思い浮かべれば、発動できるはずです。まあまずは実際にやってみることをお勧めします」
実際にやってみろって……ナナリア様だんだん面倒くさくなってきていないかな?
「他になければ、最後に私からアドバイスを送ります。ダンジョンマスターとなったななみちゃんは不老ですが、不死ではありません。怪我はそのうち治りますが、ダンジョンコアが破壊されたら死亡してやり直しなので、それだけは注意してくださいね」
「え!そんな大事なことサラッと言わないでください!!」
「では頑張ってくださいね、ななみちゃん。期待していますよ」
「ちょっと待ってください……まだ話が……」
ナナリア様は無責任にも応援を残して消えた。わたしを包み込んでいた白い光が色褪せ、温かさも失われていった。そのかわりに、踵やお尻、背中、頭に硬いものが押し当たって……
……そうだった。
わたしは学校帰りにいきなりナナリア様に拉致されて、異世界に連れてこられたのだ。
ナナリア様にはダンジョンマスターになって欲しいとお願いされていた。そして、あちらの世界で魔物たちのお母さんになって欲しいと。
魔物たちとセックスをして、赤ちゃんを生んで欲しいって。
思い出した瞬間、顔が耳まで一気に赤くなった。無理!絶対に無理!!!わたしは頭をブンブンと振って、その言葉をどうにか記憶の奥底に押し込めた。
ダンジョンマスターになること、魔物のお母さんになること、納得しているかは別として、これは百歩譲って飲み込もう。だけど……
「何で裸なんですかーーっ!!ナナリア様!!!」
思いっきり叫んだ声が煉瓦の床や壁に跳ね返って、青空へと抜けていった。
「あと、毛!!わたしの毛返してください!!!やっと生えてきたのにーーーっ!!!」
返事の代わりに、遠くの方で獣の鳴き声が聞こえた。
大声を出したら少しだけスッキリした。状況は何も変わらないし、これから何をすればいいのかもわからないけど。
わたしは膝を抱えていた腕を解いて立ち上がった。何はともあれ現状の把握をしないといけない。まずはここがどんな場所か知りたい。あとできれば服を見つけたい。
立ち上がると、背中で髪が重たく揺れて、足の裏に煉瓦の硬さとざらつきが直に伝わってきた。
素足で外を歩くなんていつぶりだろうか。床には煉瓦が敷かれているとはいえ、全然平らになっていないし、ところどころに小石や小枝が転がっていて決して歩きやすいとは言えない。
目覚めた時は気が動転していて、まったく気づかなかったけど、わたしが寝かされていた場所の奥には煉瓦でできた大きな塔があった。
その根元には明らかに周りの材質と異なる石の台が鎮座していて、その台の上にはわたしの拳と同じくらいの大きさの白い球が淡い光を放ちながら浮いていた。
わたしは両腕で胸を抱えながら、おそるおそる球に近づき、そっとそれに手を伸ばした。
「ひゃんっ!!!」
身体の内部を撫でられたような痺れが全身を走り、思わず大きな声をあげてしまった。
「これってナナリア様が言ってたダンジョンコアってやつかな……」
ちょっと触れただけでこんな衝撃を感じるなら、ナナリア様のいう通り、これを壊されたらきっとわたしは死んでしまうだろう。
ナナリア様はダンジョンマスターになって欲しいと言っていたけど、わたしの知るダンジョンのイメージと全然違う。
ダンジョンってもっと洞窟とかそういう暗くてジメジメした場所だと思ってたけど、ここは青空が見えて、鳥の声は聞こえてくるし、風通しも良い。湿度は高めな気はするけど。
わたしは勇気を出して、正面の大きなアーチの方に向かって歩き出した。近づくに連れて、切り取られた景色が大きく明るくなっていく。わたしはアーチの手前で一旦止まり深呼吸をし、そして外に足を踏み出した。
神殿の外は森だった。見渡す限りの緑が神殿をぐるりと囲んでいた。どう見ても周りに人がいる気配はない。
鳥の声や、聞いたことのない獣の声がいくつも重なり、風が吹けば葉ずれがざわめいた。空には相変わらず低い雲がちらほらと浮かんでいた。
神殿の内部の赤い煉瓦の床はそのまま外まで伸びていて、森の中に入ると途切れているようだった。
さすがに素足のまま裸で森を抜けるのは厳しそうに思えた。このまま行くときっと身体中傷だらけになってしまう。ナナリア様は怪我はすぐ治るって言ってた気がするけど。
後ろを振り返ると神殿の隣に泉が湧いているのが見えた。たぶん学校の教室二つ分くらいの、こぢんまりとした泉だった。岸辺の浅い部分は見たことないほど透き通っていて、水底の白い砂までくっきり見えていて、深くなるほどに青くなっていた。水面が光を反射して優しく煌めいていた。
「すごく綺麗なところ……ここが異世界じゃなかったら、とっても楽しかったんだろうけど……」
このまま泉に飛び込んでしまいたい気持ちを抑えながら、一旦神殿の中へ戻り、その真ん中に座り込んだ。硬い煉瓦に座っても不思議とお尻は痛くなかった。
膝を抱えてこれからのことを考える。神殿の周りは森に囲まれていて、人の気配は一切なかった。ここから抜け出すのは難しそうだ。それに無防備なダンジョンコアから離れてしまうのは恐ろしい。
ナナリア様は魔物とセックス…をして子供を産むように言ってたけど、そもそも魔物って何なんだろうか?ダンジョンマスターって結局何をすればいいんだろうか…?
そんなことをぶつぶつ呟いていると、目の前に急に四角い光が現れた。
「ひゃあっ!?」
飛び退いた拍子でお尻が床を滑り、膝を抱えていた腕が解けた。心臓はバクバクと音を立てている。
顔の高さに淡く光る半透明の板が浮かんでいる。学校で使っていたタブレット端末くらいの大きさで、板の左上に保有ポイント:100DPと書かれていた。
「D…P……?」
DPってなんだろうか?お金?体力?
恐る恐る画面に指を伸ばすと、柔らかい膜に触れるような感触があり、画面が切り替わった。
■購入メニュー■
下級魔物飼料1日分(水付き) : 1DP
切り替わった画面には購入メニューとは書いてあるが、購入できるものは1種類しかないようだった。
「魔物の餌……? DPで買えってことなのかな……?」
ゲームのメニュー画面みたいだけど、あまりにも説明がなく、どう使っていいのかよくわからなかった。
「ナナリア様……不親切です……」
そんなことをつぶやくと、メニュー画面は音も立てず消えてしまった。
「あ!ま、待って!!」
慌てて手を振り回してみたけれど、メニュー画面は消失したまま影も形もなかった。だけど落ち着いてダンジョンのことを考えると、また出現してきたので安心した。
気を逸らすと消えて、意識を向けると表示されるようだった。
「わたし、これからどうすればいいんだろう……」
さっきから一人になって独り言が増えている気がする。ナナリア様は目的を達成すれば、魔物の生息数を増やせば帰れるって言ってたけど……
「そういえば、時の箱庭って力も貰ったんだっけ?」
ナナリア様が言うには周りの時間を止められる力だったはずだけど……
力を試してみるために、メニュー画面のときと同じように念じてみようとした瞬間、騒々しいほどに響いていた鳥の声が突然聞こえなくなったことに気づいた。
風に揺れる木々の葉ずれの音だけ残っていて、急に神殿全体の気温が下がったように感じる。
恐る恐る顔を上げて正面のアーチを見ると、森の暗がりに赤い光が二つ浮かんでいるのが見えた。
小さな赤くて丸い光、一瞬何かの植物の実かと思ったけど、確かに瞬きをしている。動物の目だ。木陰の中からこちらをじっと見ている。
グルル……
低い音が聞こえた。まだそれなりに距離があるのにはっきりと聞こえる。身体を震わすような恐ろしい声だった。
うなじの産毛がぞわりと逆立った。ごそごそと音を立て、赤い光が軌跡を残しながら、黒い塊が姿を現した。
最初は犬かと思った。実際中型犬くらいあるように見える。でも違った。背中はなだらかで、頭は前に長くて、耳は丸くて小さい。前の世界の動物に当てはめるならネズミのように見える。それもかなり大きい。
暗がりからこちらに向かってくると、だんだんとその姿がはっきりしてきた。
口の両脇からは白っぽい長い髭が何本も突き出していて、小刻みに震えている。捲れ上がった口元には黄色みがかった前歯がのぞいていた。先が鋭く尖り、太く発達していた。
床を踏むたびに、指先の大きな黒い爪が煉瓦を引っ掻いて、カチカチと硬い音を立てている。体の後ろでは、毛のほとんど生えていない長いしっぽがずるずると床を擦りながらついてきていた。
ついに正面のアーチを越えたあたりで、ネズミが不意に足を止めた。後ろ足だけの二足で立ち上がり、鼻先をひくひくと動かしてあたりの匂いを嗅いでいるようだった。
そして、ネズミの赤い目は真っ直ぐにわたしをとらえた。
逃げなきゃ、頭ではそう考えつつも、身体は全く動かなかった。足も、指の一本も動かず、声も出せない。呼吸の仕方すら忘れてしまったようで、冷たくなった指先が煉瓦の床に張り付いたまま、目を見開いてわたしはその場に固まっていた。
そしてネズミはわたしに向かって駆け出した。