魔法少女がZ指定なんて、聞いてないんですけど?! 〜死にぞこないの燃費戦争〜 作:nelldrip
病室の天井を数えて生きてきたわたしは、あっさり死んで、あっさり魔法少女になった。
右耳のピアス——「コア」が、今のわたしの心臓だ。
外せば死ぬ。
だが中学校の校則は、ピアスを許さない。
廊下側の一番後ろの席で、わたしは早くも生徒指導教師の噂に怯えていた。
そして帰宅後。
あのマスコットから効いた単語は、「燃費」。
10日後の突然死を防ぐため、わたしの最初の戦いが始まる。
その日の帰宅後、わたしはベッドの上で腕を組み、深刻な顔で唸っていた。
(岩崎……生徒指導の岩崎……)
まだ会ってもいない教師の名前が、すでにわたしの中では最大の脅威として登録されている。
魔王でもなく、怪物でもなく、生徒指導の先生。
情けない。あまりにも情けない。
だが、わたしの命を最も直接的に脅かしている存在が現時点でその人であることは、動かしがたい事実だった。
クラスの女子たちの話を総合すると、岩崎という教師は、要するに「規則は規則」の人らしい。
髪を染めた生徒を職員室に呼び出し、その場で黒染めスプレーを渡す。
スカートの丈をメジャーで測る。
ピアスは即刻外させる。
去年、三組の女子が泣かされたという話も聞いた。
(うん、これはもう、こっちから先に話をつけに行くしかない)
隠し通すのは不可能だ。
今日は運良く見つからなかったが、明日か、明後日か、遅くとも今週中には必ず捕捉される。
そのとき「外しなさい」と言われて、わたしは何と答えればいいのか。
「外すと死にます」
……いや、それ、字面としては正しいんだけど。
「病気の関係で外せません」
(……これだ)
いや、これでいけるか?
心臓病とピアスに、どういう医学的な因果関係があるというのか。
「心筋症の治療のために右耳にピアスを入れています」なんて医者がいたら、そいつは免許を剥奪されるべきだ。
じゃあ、どう説明する。
(うーん……お守り、とか? 命拾いした記念、とか?)
弱い。あまりにも弱い。
「そういう個人的な事情が認められるか、規則だ、はずせ」その一言で粉砕される。
腕を組んだまま、ベッドの上で二十分ほど唸り続けた。
そして。
「うーん、たまにいるんだよね、キミみたいなパターン」
「うわぁ!?」
いつの間にか、ベッドの足元に、あいつが座っていた。
---
深夜アニメのマスコットみたいな、愛くるしい造形。
その愛らしい顔と、感情の乗らない声のギャップは、何度見ても慣れない。
「出てくるならノックしてよ! っていうか気配消して現れるのやめて! 心臓に悪い!」
「キミの心臓、ボクが動かしてるんだから、悪くなりようがないでしょ」
「うるさいわ」
正論なのが腹立たしい。
「で? たまにいるって、何が?」
「学校の規則でコアを外せって言われるパターン。何回か見たことあるよ」
(何回かあるのかよ)
魔法少女制度、思ったより運用が雑では?
「ただ、確かにピアスは中学生だと目立つかもね」
あいつは、わたしの右耳をじっと見ながら、ふむ、と小さく唸った。
「バレッタにする?」
「……え?」
「コアの形状は、ある程度なら変えられるんだよ。ピアスじゃなくて、髪留めのバレッタにすることもできる。それなら、まあ、髪飾りだからね。学校でも通るかもしれない」
あ、そうなんだ。
これは、思わぬ救いの手だった。
髪留めなら、確かにピアスよりは遥かに交渉の余地がある。
シンプルなデザインのものを選べば、地味な髪留めとして押し通せる可能性は高い。
「なんだ、それを先に言ってよ! じゃあバレッタに——」
「ああ、でも」
あいつが、続けた。
「実体化はそれはそれで燃費が悪くってね。その分、発する力も大きくなるんだけど」
(……ん?)
わたしの思考が、一瞬止まった。
今、こいつ。
なんて言った。
---
「ちょ、ちょっとまって」
わたしはベッドの上で身を乗り出した。
「燃費が悪いって、どういうこと?」
「そのままの意味だけど」
「そのままの意味って何!? 燃費ってことは、燃料があるってことだよね!? その燃料が尽きたら、わたしどうなるの!?」
嫌な予感がした。
いや、予感どころではない。
このマスコットは今まで、こういう不吉な単語を、一度たりとも冗談で使ったことがない。
「エネルギー尽きたら……わたし、死ぬってこと?」
あいつは、きょとん、とした顔でわたしを見上げた。
そして、こともなげに言った。
「いや、キミもう死んでるからw」
「やかましいわ」
枕を投げつけた。当然のように、すり抜けた。
---
「それで、エネルギーが切れたら、だったね」
あいつは、投げつけられた枕のことなど微塵も気にせず、淡々と続けた。
「うん。そのコアが壊されたり、体から一定以上離されたり、もしくはエネルギーが完全に尽きれば——当然、キミの体は死体に戻るよ。厳密には、死亡宣告受ける直前の肉体、だね」
(……あ、やっぱりそうなんだ)
膝の上で握っていた拳が、じわりと冷たくなる。
「肉体が生存している状態で魔法少女になった子とは、違うんだ。キミは生命活動自体を、魔力を使って代替している。医学的には完全に普通の肉体と同じ、だけどその根源が普通と違うのさ」
つまり。
他の魔法少女にとって、魔力は「戦うための力」だ。
使い果たしても、変身が解けて、疲れて、動けなくなるだけ。
魔力が切れても、自分の心臓が自分で動いている。
けれど、わたしは違う。
わたしにとっての魔力は、「戦うための力」であると同時に、「生きるための電源」だ。
そして、その二つは同じ財布から出ている。
(……なんだそれ)
戦えば、命が減る。
そういうシステムなのか。
---
わたしは、必死に頭を働かせた。
エネルギーは有限で、コアの形状によって消費が変わる。
バレッタは燃費が悪い。
ということは。
「バレッタで燃費が悪い、っていうのは……最大限、避けなきゃいけないってこと?」
「そうだね」
「こ、このエネルギーって、回復しないの?」
「回復できるよ」
あいつは、あっさり言った。
「魔法少女になって、魔を払えばね」
「魔?」
「そう」
「魔って何」
「まぁ、それはその時が来れば教えてあげるよ」
(出た。この、絶妙にはぐらかす感じ)
こいつのこういうところ、本当に嫌いだ。
必要な情報を必要なタイミングでしか出さない。まるで、こちらが選択肢を失った瞬間を狙っているみたいに。
「それに、自然回復だってするよ」
「え、するの?」
「するよ。何もしなくても、ゆっくりだけどエネルギーは戻る」
(なんだ、よかった)
思わず、ほっと息を吐いた。
自然回復するなら、話は簡単だ。
バレッタで多少燃費が悪くなったところで、寝て起きれば回復するのなら——
「ピアスのサイズにしたのはね」
あいつが、静かに言った。
「ちょうど、自然回復量がギリギリ上回るからだよ」
(……は?)
わたしの思考が、また止まった。
「ギリ……ギリ?」
「うん。ピアスサイズなら、一日の消費量を、一日の自然回復量がわずかに上回る。だから、キミは何もしなくても生きていける。ぎりぎりね」
「ぎ、ぎりぎり……」
つまり。
わたしの生命は、今この瞬間も、収支トントンの綱渡りをしている。
わずかな黒字。
それだけを頼りに、この心臓は動いている。
(何だその燃費の悪さ!? 燃料タンクほぼ空じゃん!)
そして、ということは。
コアを大きくして消費が増えれば。
(……赤字になる)
---
背筋が、すうっと冷えた。
一応、聞いておかなければならない。
聞きたくない。
聞きたくないけれど、聞かなければ死ぬ。
「……ねえ」
「なに?」
「バレッタにしたら、わたし……どうなるの?」
あいつは、ちょっとだけ首をかしげた。
その仕草は、本当に、腹が立つほど可愛らしかった。
そして。
「うーん」
指を、というか手のようなものを、ちょんと顎に当てて、
まるで明日の天気でも占うような、実に軽い調子で。
「バレッタサイズだと、多分、学校内だけをそうしたとしても——」
(……)
「十日目くらいで、授業中に心停止、かな?」
---
沈黙。
部屋の中を、夏の夕方の風が通り抜けていった。
窓の外では、どこかの家の犬が呑気に吠えている。
「おい」
わたしは、ゆっくりと顔を上げた。
「とんでもないことを、あっさり言うんじゃねぇ」
「事実だし」
「事実だからって言い方があるでしょ! 十日目とかピンポイントで! しかも授業中! わたし、教室で死ぬの!? みんなの前で!?」
「まあ、席は廊下側の一番後ろらしいから、救急隊の動線は確保されてるよ。良かったね」
「良くねぇわ!」
こいつ。
本当に、こいつは。
わたしが今日、教室で「完全に授業中に心停止する前提かよ」と内心でツッコんだあの席順が、まさか十日後の現実として提示される日が来るとは思わなかった。
伏線回収が早すぎる。おい、編集仕事しろ。
---
冷静になろう。
深呼吸をする。
と言っても、この呼吸すら魔力に制御されているので、たぶん精神安定の効果はゼロだ。それでも一応、二回ほど吸って吐いた。
状況を整理する。
一、わたしのコアは右耳のピアスである。
二、ピアスサイズは、自然回復が消費をギリギリ上回る唯一の形状である。
三、バレッタにすれば燃費が悪化し、十日で心停止する。
四、しかし、中学校の校則はピアスを許さない。
五、生徒指導の岩崎は容赦がない。
つまり。
(バレッタという逃げ道は、存在しない)
一瞬でも「これで解決だ」と思った自分が馬鹿だった。
このマスコットが差し出してくる選択肢に、無償のものなど一つもない。
(……ということは)
わたしは、ベッドの上で、ゆっくりと拳を握りしめた。
何としても、ピアスのまま、岩崎を納得させるしかない。指輪にしたって同じことである。
正面突破。
それ以外の選択肢が、消えた。
十五歳の少女が、生徒指導の教師を相手に、自分の命を懸けた交渉に臨む。
魔法少女の初仕事が、これである。
(……怪物と戦った方が、まだ楽なんじゃないか?)
「あ、そうそう」
思考の底に沈みかけていたわたしに、あいつが思い出したように付け足した。
「言い忘れてたけど、戦闘用の姿になったときはコアが最大化するからね。あのときの燃費は、非戦闘時のバレッタの比じゃないよ」
「……は?」
「まあ、そのぶん魔を払えば回収できるから、収支は合うはずだけど。ちゃんと払えればね」
(ちゃんと、払えれば)
含みのある言い方だった。
戦えば減る。
勝てば戻る。
負ければ——
「じゃ、ボクはこの辺で」
「待て! 待て待て待て! 今の話の続きを——」
言い終わる前に、あいつの姿は夕暮れの空気に溶けて消えていた。
---
一人残された部屋で、わたしはベッドに仰向けに倒れ込んだ。
天井を見上げる。
十五年間ずっとわたしを待っていてくれた、この部屋の天井。
病室の天井とは違う、木目の走ったクロス。
右耳の、小さなピアスに触れる。
冷たくて、硬い。
これが、わたしの燃料タンクだ。
残量ほぼゼロ。日々の自然回復で、辛うじて赤字を免れている、綱渡りの生命。
そして、この小さな石ころを守るために、わたしが明日やらなければならないことは——
「……先生に、話をしに行く」
魔法も、変身も、必殺技も、まだ何ひとつ使っていない。
わたしの魔法少女としての最初の戦いは、職員室で始まるらしかった。
第四話です。
本作の根幹設定である「燃費」を、ここで開示しました。
子音にとっての魔力は、戦うための武器であると同時に、生命維持の電源でもあります。
一般的な魔法少女が「魔力切れ=変身解除・疲労」で済むところを、子音は「魔力切れ=死」に直結する。
戦えば減り、勝てば戻る。
負ければ、その場で電源が落ちる。
残量計を睨みながら戦う魔法少女、まぁウルトラマンですな。
そして現状の残量計は、収支トントンのわずかな黒字。
ピアスサイズであることに、ちゃんと理由があります。
なお、第三話で本人がツッコんでいた「廊下側一番後ろの席」は、こういう形で回収されたわけです。
編集?ついてないのでやりたい放題です。