魔法少女がZ指定なんて、聞いてないんですけど?! 〜死にぞこないの燃費戦争〜 作:nelldrip
「――無理です。外れたら、死にます」
十五年の入院を経て、教室に帰ってきた少女・桐生子音。
その右耳で光る小さな石は、おしゃれでも、お守りでもない。
彼女の心臓を動かし続けている、たった一つの命綱である。
立ちはだかるのは生活指導教師・岩崎。
規則の鬼。去年、容赦なく三組の子を泣かせた男。
魔法もない。変身もない。敵もいない。
少女が握りしめていた武器は、嘘を最小限まで削ぎ落とした——一枚の台本だけ。
放課後、生活指導室。
魔法少女の初陣。
四畳半の戦場で、それははじまる。
「で、キミはどうやって説得するつもりなの?」
翌朝、登校前の自室で、あいつはベッドの縁に座ってそんなことを聞いてきた。
「……お守りだって言う」
「却下」
「じゃあ、命拾いした記念だって——」
「却下」
即答である。二回とも。
「あのねぇ。生徒指導の教師っていうのは、規則を守らせることが仕事なんだ。感情論や個人的な事情には、原則として耳を貸さない。貸したら、他の生徒に示しがつかないからね」
(……ぐっ)
正論だった。悔しいくらいに。
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「規則の外側から攻めるんじゃない。規則の内側から攻めるんだ」
「……は?」
あいつは、ちょこんと首をかしげた。
「どんな校則にも、必ず例外規定がある。宗教上の理由、身体上の理由、医療上の理由。特にね、『生命に関わる医療機器・医薬品』は、学校が絶対に無視できないカテゴリなんだよ」
(…う、うん?まぁ確かに)
「エピペンを持ち歩いてるアレルギーの子から、教師が『規則だから』ってエピペンを取り上げられると思う?」
「……思わない」
「そういうことさ」
(こいつ…)
(頭、いいな)
いや、それどころではない。
良すぎて、怖い。
このマスコットは、人間社会の制度が、どこで折れて、どこで折れないのかを、正確に把握している。
おそらく、何十人も、何百人も、こういう少女を見てきたのだろう。
「じゃあ、具体的には——」
「ボクが台本を書いてあげるよ」
あいつは、そう言って、実にあっさりと、笑った。
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放課後。
わたしは、生活指導室のドアの前に立っていた。
(……行くぞ)
呼び出されるのを待つのではない。
こちらから、行く。
これは、あいつの指示だった。
「呼び出されて外せと言われてから抵抗するのと、自分から説明しに行くのとでは、教師側の心証がまるで違う」と。
前者は、規則違反者による言い訳。
後者は、事情のある生徒による、事前の相談。
同じ内容を喋っても、フレームが違えば、届き方が違う。
(ほんと、こいつのこういうところ、怖いんだよな)
ノックした。
「失礼します。三年C組の、桐生子音です」
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生活指導室は、思っていたより狭かった。
長机が一つ。パイプ椅子が二つ。壁には校則のポスターと、なぜか色褪せた書道の作品が貼ってある。
窓は磨りガラスで、外の景色は見えない。
そして、その部屋の主が、机の向こうに座っていた。
岩崎。
五十代半ばくらいの、大柄な男性教師だった。
角刈りに近い短髪。肩幅が異様に広い。ジャージ姿。
ぎょろりとした目が、入ってきたわたしを、上から下まで一瞬でスキャンした。
(うわ、こわ)
聞いていた通りの人だった。
いや、聞いていた以上だ。全身から「規律」という文字が滲み出ている。
そして、その視線が、わたしの右耳で、止まった。
「——おい」
低い声だった。
「何だ、そのピアスは」
来た。
「桐生。お前が長く入院していたことは聞いている。事情も、体のことも、職員会議で全部共有されている。だから今日まで何も言わなかったが」
岩崎は、椅子から立ち上がった。
でかい。
座っていたときの倍くらいに見える。
「もともと重病だったからとはいえ、流石にピアスは看過でき——」
「このピアス」
わたしは、遮った。
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
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「心臓発作のときに使う、蘇生薬が入ってるんです」
岩崎の言葉が、止まった。
「……なんだと?」
「アドレナリンと…ニトログリセリンです」
わたしは、右耳の小さな石に、そっと指先で触れた。
「わたしの心臓の血管が詰まったときの、救命用の拡張薬。……そして、心停止したときの、最期の救命措置薬です」
部屋の中の空気が、変わった。
岩崎の顔から、みるみる血の気が引いていくのが見えた。
「な……」
彼は、一歩、こちらに踏み出しかけて、止まった。
「だ、だったら、専用のケースとか、ポーチとか、そういうものに入れて——」
「そんなの、探してる余裕なんて、ないんです」
わたしは、もう一度、遮った。
「わたしの発作は、前触れがないんです。倒れてから、五分。健常者だって、それを超えたら…もう蘇生はできないんです」
(……嘘じゃない)
(一つも、嘘は言ってない)
「鞄を取りに行って…開けて、ポーチを探して、蓋を開けて、って……そんなことをしてる時間は、ないんです。倒れた瞬間に、誰かが、すぐに手を伸ばして、届く場所にないと」
(コアは体内にあってはならない。必ず体外に、壊される位置に、奪われる位置になければならない)
(あいつが、そう言った)
「外から、誰でもわかるところに、なければ——」
わたしは、そこで、言葉を切った。
そして、少しだけ、俯いた。
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「……でも」
小さな声で、続けた。
「そんなの、普段から見せてると」
「……みんな、嫌がるかなって、思って」
岩崎が、息を呑む音が聞こえた。
「わたし…二年間ずっと、教室にいなかったから。ようやく、みんなと同じ場所にいられるようになったのに」
「『あいつ、いつ死ぬかわからないんだ』って、そんな目で見られながら過ごすの……ちょっと、つらくて」
「だから、ピアスにしたんです。ただのおしゃれに見えるように」
顔を上げた。
「校則は、わかってます。ピアスがだめなことも、他の子に示しがつかないことも、わかってます」
「でも」
「これだけは——認めてくれませんか」
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沈黙が落ちた。
磨りガラスの窓の向こうで、部活の掛け声が、遠く響いている。
岩崎は、立ち尽くしたまま、何も言わなかった。
その大きな肩が、わずかに震えているように見えた。
(……あれ?)
(怒って、る?)
(いや、これは……)
「……桐生」
岩崎の声は、掠れていた。
「お前は」
彼は、そこで一度、言葉を詰まらせた。
「お前は、そんなことまで、気にしていたのか」
(……え)
「自分の命が懸かってる薬を、隠すために、わざわざ」
「他の生徒が嫌がるかもしれないから、って」
「そんな理由で」
岩崎は、机を回り込んで、わたしの正面に来た。
そして。
ごつい両手が、わたしの両肩を、どっしりと掴んだ。
「わかった」
その声は、驚くほど、真剣だった。
「先生に任せろ」
「え、あ、あの」
「他の先生方には、私から話をしておく。職員会議でも、私が説明する。誰にも文句は言わせん」
肩を掴む手に、力がこもった。
痛いくらいだった。
「生徒で何か言ってくる者がいたら、私に言いなさい」
「その耳のものは、装飾品じゃない。医療器具だ。学校が生徒から命綱を取り上げるなど、あってはならん」
「……先生」
「よく、話しに来た。えらいぞ」
---
(……)
(うわぁ)
(うわぁ、うわぁ、うわぁ)
わたしの内心は、盛大に頭を抱えていた。
(罪悪感が、すごい)
肩を掴む岩崎の手のひらは、分厚くて、あたたかくて、そして本気で震えていた。
この人は、規則の鬼だと聞いていた。
去年、三組の子を泣かせたと聞いていた。
でも、たぶん、この人は。
規則が好きなんじゃなくて、生徒が心配なだけの人なんだ。
だから、髪を染めた子を叱るし、スカートの丈を測るし——そして、生徒の命に関わると聞けば、その場で校則をねじ伏せる側に回る。
(先生、あの)
(そのピアス、実は蘇生薬じゃなくて、魔法少女のコアなんです)
(言えるかそんなもん)
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いや。
いや、待て。
冷静に、考えてみよう。
わたしは、何か、嘘をついただろうか。
「このピアスには蘇生薬が入っている」——これは、まあ、嘘だ。中身は薬ではない。魔力とかいうよくわからないエネルギーだ。
けれど。
「これが外れたら、わたしは死ぬ」——本当だ。
「発作は前触れなく起きる」——本当だ。むしろ、あいつの気分次第で今この瞬間にも起こりうる。
「五分を超えたら蘇生できない」——本当だ。というか、五分間、実際に死体だったし、事実、院外心停止5分の救命率なんてほぼゼロである。
「常に、外から手の届く位置になければならない」——本当だ。あいつのルールがそう定めている。
(……あれ?)
(わたし、ほぼ、本当のことしか言ってなくない?)
用途と原理の説明だけが、まるまる嘘だ。
それ以外の、すべての機能的な記述は、一言一句、正確である。
(……これ、あいつの台本だ)
そうか。
だから、あいつはこの筋書きを書いたのか。
嘘を最小限にして、事実だけで組み上げる。
そうすれば、わたしは目を逸らさずに喋れる。声も震えない。矛盾も生まれない。追及されても崩れない。
(うわ、ほんとに、怖いなあいつ)
(人間の嘘のつき方を、完全に理解してる)
---
「……先生」
わたしは、顔を上げた。
「ありがとうございます」
その言葉だけは、百パーセント、本心だった。
岩崎は、ぐしゃりと目元を歪めて、わたしの頭に大きな手を乗せた。
「無理はするなよ。何かあったら、すぐに大人を呼べ。いいな」
「……はい」
(先生、ごめんね)
(でも、先生が今、命綱だと思ってくれているそれは)
(先生が想像しているよりも、もっとずっと、重大なものなんです)
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生活指導室を出て、廊下を歩く。
夕方の校舎は、部活の音と、西日と、埃の匂いで満ちていた。
(勝った……のか、これ)
戦闘もしていない。
変身もしていない。
魔法の一つも使っていない。
けれど、たった今、わたしは自分の命を守り切った。
言葉だけで。
(……疲れた)
どっと疲労が来た。
と言っても、魔力回路のおかげで肉体は一ミリも疲れていない。
疲れているのは、心のほうだ。
いい人を騙した。
自分の命を守るために。
その事実の重さは、心臓が完璧なリズムを刻んでいることとは、何の関係もなく、ただそこにあった。
右耳のピアスに、指先で触れる。
冷たくて、硬い。
(……これ、いつか)
(本当に「ただの蘇生薬」だったら、どんなによかったか)
窓の外で、夕日が沈んでいく。
わたしは、また明日も、この学校に来る。
ピアスをつけたまま、みんなと同じ教室で、みんなと同じ授業を受ける。
そのために、一人の善良な大人を、騙した。
魔法少女としての、最初の戦果である。
戦闘シーンが一行もない回でした。
戦闘はないけど、初陣です。
なにげに、書いてて実はいちばん楽しかった回でもあります。
今回やりたかったのは「嘘のつき方」の設計でした。
「木を隠すなら森の中」と良くいいますが、
今回の台本が採ったのは、本物の木が並ぶ林の中に、偽物を一本だけ植える方式でした。
子音が喋った内容のうち、嘘は「用途と原理」だけ。
外れたら死ぬ、前触れがない、五分を超えたら終わり、体外の手の届く位置になければならない
——機能に関する記述は全部、一言一句、事実です。
だから目を逸らさずに喋れるし、追及されても崩れない。
ちなみに院外心停止の五分で絶望的、というのはマジです。
子音は実際に二度死亡宣告手前をやっているわけで、この台詞に関しては彼女のほうが岩崎より詳しいわけですね。
とはいえ、この台本には穴があります。
岩崎が「診断書は出せるか」と踏み込んでいたら、その場で瓦解します。
ピアスの石にニトログリセリンが充填できるかという時点で、薬学的にはかなり怪しい。
岩崎先生がAMIやってなくてよかった。
だから後半に「みんなに嫌がられるかと思って」を言うわけですね。
人は相手を気の毒だと思った瞬間、裏取りをやめる生き物です。
マスコットが本当に計算していたのは、薬理ではなくそこだったりします。
岩崎先生については、規則の鬼を悪役にしない、というのは最初から決めていました。
校則を振りかざす教師の多くは規則そのものが好きなわけではなく、生徒が心配なだけの人で、だからこそ命が懸かっていると聞いた瞬間、同じ勢いで規則を殴り返す側に回る。
あの分厚い手のひらが震えていたのは、演出ではなく、この人の一貫性です。
そして子音には罪悪感を残しました。
ここで綺麗に勝たせてしまうと、彼女はこの手口を二回目から躊躇なく使うようになる。
「いい人を騙して勝った」という感触を、ちゃんと重いまま持って帰ってもらいます。
魔法少女として支払う対価その一。ってやつです。
——初陣の戦果。教師一名完全論破、です。