※この作品はR-18です。

沼確バイン!!~エグいかわいいボーイッシュJKをメッチャやさしく攻略してみる~   作:XI_01

47 / 80
47.偶然、局アナらしい女性と

*****

 

 十月なかばの週末――土曜日やさかい、ガッコは休み。

 

 いつも一緒のくせして今日に限ってアキラっちとはおらへん。

 なんでもさっちんとみゆきちと一緒に、川崎やのうて足を延ばして横浜に買い物に行ったらしい。

 

 オレもついていきたいぞ。

 けっこう強めにそない訴えたんやけど、あるいはにべもなく、「たまには女ばっかがいいんだぞ」とか断られてしもた。

 

 寂しいなぁとはおもた。

 でも、事実、そういうんがあってもええやろうって諦めた。

 

 束縛し合いまくるんはそれでそれで楽しいんかもやけど、付き合いには気楽さみたいなもんがあってもええ。

 そないおもて、オレは余裕で二度寝、かましたったんや。

 

 

*****

 

 ぷらぷら、あるってた――歩いてた。

 

 JR蒲田駅直結のグランデュオに足運んだ。

 特になぁんもない最中にあってのなんとなぁくの散歩やった。

 

 カジュアルな時計屋に行くんや。

 こないだ、10万ほどはたいて腕時計こうたんや、けっこうゴツいやつ。

 以来、なんやハマってしもて、ショーケースの中ぁ眺めるだけなんやけど、それが楽しい。

 

 店員さんとも仲良くなった。

 オレはひやかしなんやぞー言うても、かまってくれはる、ええヒトばっかなんや。

 

「イクミくんが買ってくれた時計は、ウチで並べてる中では最上級モデルだよ」とは、のっぽなイケメン店員さん。

「そうなんですか? って、嘘です。知ってました」オレはわろて。

「だよね?」ははっとイケメン店員さんもわろて。「イクミくんってば商品、穴が空くくらい見てくれてるもんね」

 

 イケメン店員さんは、「ほんとうはピゲとか欲しいの?」って訊いてきた。

 

「正直、高い安いは気にしたことないです。要はデザインの問題で」

 

 両手の人差し指を向けてきて、「いぇーぃ」とか言うておどけてみせたイケメン店員さん。

 

「良く見ろって思うよ。職人の息吹が感じられるのと値段とは比例しないんだ」

 

 まったくなんてええことを言うてくれる御仁やろう。

 

「ああ、あかん。なんや買いたくなってきた」

 

 オレがそないに正直に謳ったところ、イケメン店員さんは「またにしなよ。時計は逃げないからね」――。

 

 

*****

 

 駅構内の「権兵衛」で、おにぎりこうて帰ることにした、たかがおにぎり、されどおにぎり。

 

 てか、ちょくちょく買ってるし、なにせアルビノなオレの外見は目立つさかい、「こんちわ」言うたら権兵衛の女性店員さんは「あっ」みたいな感じで頭下げてくれはった、気持ちのええヒトなんやろうな、きっと。

 

「いくつ買っていかれますか?」ホンマ、優しいに違いない店員さん。

「五つ」って、オレはきっぱり言い切った。

 

 五つっ!!

 驚いたふうに言うと、店員さんはころころわろてくれたんや。

 

 梅は好きやけど、まさか全部梅やいうことはあらへん。

 せや言うたかて、全部が全部、鮭やとも。

 

 オレは――けっこう真剣な目でショーケースの向こう――品物を値踏みするわけや。

 

 そないな折の、ひょんなことや。

 オレの隣に、ヒトがヌッて顔だしやった。

 

 オレとしたことが、「ひっ」とか声上げたくなった、それくらいの気色悪さがそこにはあった。

 ホンマに幽霊みたいに気持ちの悪い、うっすい存在感やったんや。

 

 せやけどオレはオレで。

 それ以上、簡単に取り乱したりはせーへんわけで。

 くだんの――まだ若いに違いない、黒髪の――それは長くなくって、ただただなんとなあくの悲しさを醸し出してる幽霊じみた女性は――。

 

「おにぎり、食べたいです」

「オ、オーダーしてください」

「何をオーダーしたらいいんでしょうか」

「えっ、えっ? それは選んでいただけると……」

 

 コミュ障同士の会話みたいになってしもてる。

 あるいはそうでもないんかもしれへんけど。

 

 オレは場を後にしようとする。

 

 そったらや。

 女性――客が、しくしく泣きだしてしもたんや。

 

 えぇーっ、思う。

 なんやしょーもないことに巻き込まれそうな気がして、せやさかい、冗談やないなって思わされた、メンヘラは苦手。

 なんについても巻き込まれんのはイヤやから、オレはとっとと去ろうとした。

 おにぎりを受け取って、急いで帰路につこういうわけや。

 

 せやのに、くだんの女性はオレに絡んできた。

 

 待って?

 ねぇ、待って?

 そないなふうに、ねだるみたいにして、オレに訴えかけてきた。

 

 切願するみたいな物言いやさかい、面倒やなぁって思いながらも、話くらいは聞いたらなあかんって思わされた。

 

 

*****

 

 たぶんこの事実が知れたら関係各位(←主にアキラっち)にめっちゃキレられるんやろうけど、まずオレはくだんの女性を自宅に迎えたった。

 もうずいぶんと大人やろうにゆきずりの男の部屋に安易に足踏み入れるとか。

 まあ、そないなこと、もうどないやかてええんやけどさ。

 

 芋くさい感は拭えへんねんけど、せやからこそ「いろいろと悲しいんだけれど、それはそうとして、ねぇ、イクミくん……?」とかいじらしい調子で言われてまうと、そこに愛着を覚えずにはいられへんかった。

 

 甘ったるい声やってこともあり、ちょいドキッとしたんも事実なんや。

 

「抱きたい? エッチしたい? いいよ? されたって文句は言わない」

 

 うーん、「されたって」とか。

 オレはまぁるいちゃぶ台前にして、実際「うーん」って左に首かしげてる。

 

「ホンマ、ヤるヤらんはどうでもええさかい、ねえさん、きちっと思うところ、聞かせたってぇや」

 

 聞いてくれる?

 

 せやさかい、聞いたるっちゅうてるんやわ。

 オレはアンタんこと知りたいし、アンタかてオレについてそうなんやろ?

 

 もろもろあってそのうち、ねえさんは打ち明けてくれた。

 

「売れたいの、とにかく。せっかく目につくニンゲンになりたいの」

 

 ふぅん、「目につくニンゲン」か。

 まあ本人見栄えはするし、まあ、せやったらなんやいうのが現状における判断やけど。

 

 カーテン閉めたまんまのひときわ暗い我が部屋、リビングにおいて、「あなたの名前を知りたいです」――。

 やっぱり大阪弁もあらわに、オレは彼女にそう訊ねたわけや。

 

 北海道で局アナです。

 ――っちゅうことらしかった。

 

 名前は? って訊ねた。

 ショウジ・ミサさんいうらしい。

 口にされただけやと漢字まではわかるはずもないな。

 

「で、ショウジさん?」

「ミサでいいのよ?」

「せやったら、ミサさん――」

「まるでうだつがあがらないっていうか、まるで日の目を見ないっていうか――」

「どうあれ闇落ちはようない思う」

「闇落ちはしてないつもりよ?」

 

 オレは「わかりました」言うて、うんうん頷いた。

 そったらそったでミサさん、彼女の暗黒方面への落下速度に拍車がかかったように見え――。

 

「ホンマ、地方とはいえ局アナやったら大したもんや思いますけど、思うけど?」

「中途半端なのは良くないの。だって枕みたいなことも平気で要求されるし」

 

 枕?

 ああ、枕営業な。

 あんのかホンマに、そないなことが。

 ふぅん、たしかにそれはしんどいなぁ。

 

「要するに、北海道から逃げてきたん?」

「うん、そう。きっとそう。場所はどこでも良かったの……」

 

 逃げてきたんやったら「帰れ」言いたい。

 人生、いつ何時も戦いの連続なんやさかい。

 

 とはいえ――。

 

「百歩譲って今日くらいはええですよ。どうぞ泊まってってくださいな」

「いいの?」

「せやさかい、今日だけでお願いします」

「……シャワー、浴びたい」

「どうぞぉ」

 

 ミサさんはシャワールームでわんわん泣いた。

 強い雨が地面を叩くみたいにシャワーがしたたる中にあって、その旨、確実に耳に届いてた。

 

 

*****

 

 器用貧乏って言われてるの。

 風呂上がり、それがミサさんの最初のセリフやった。

 力無くぺちゃんと座ったまま、そう打ち明けてくれたんや。

 

「器用貧乏って、ある意味、褒め言葉や思うけど?」

「個性がないって言われてるのと同義じゃない?」

「ああ、まあ、たしかにそうかもしれへんなぁ」

「でしょ?」

「アナウンサーは? 続けたい?」

「かじりつきはする。メシの種でもあるんだから」

 

 確かにそういうことなんやろう。

 にしたって、高校生ごときのオレが言うのもなんやけど、ミサさんはまだまだ若いわけや。

 

 せやったら――。

 

「ほなさ、たとえばさ、ミサさん、気象予報士の資格でも取って、お天気おねえさんになるとか」

「二番煎じは価値がないわ。そもそも気象予報士の資格ゲットって難しいらしいし」

「泣き言やろぉ、それわぁ」

「女のコは泣き言を言っても許されるんです」

 

 いや、アンタはもう女のコやないやろぉ?

 なんやかんや言うても、立派なオトナの女性やろぉ?

 

「私に足りないのは恋人の存在だと思うの」

 

 ?

 なんや、いきなり?

 

「オトコがいれば、なんでもがんばれると思わない?」

 

 そうとは思わへんな。

 せやさかい、オレはつくづくの年長者に対しても、「今ある四肢で勝負するしかないやろ?」ってのたまった。

 

 そったら今度はミサさんはしくしく泣きだしてしもて。

 

「何もうまくいかない。うまくいかないんだよぅ……」

 

 いや、せやからそのへん、打ち明けられたところでやな――。

 

「今はほんとうにただの器用貧乏。でもほんとうに、リアルに、近い将来、朝一の番組でMCをやりたいの」

 

 それはわかったけど。

 

「枕、したほうがいいと思う……?」

 

 いや、そこはホンマ、好きにせぇや。

 

「どうしたらいいんだろう……」とか言うて、ミサさんはやっぱしくしく泣く。

 

 あいにく、オレには彼女の気持ちがようわからへん。

 基本的に、人非人(にんぴにん)やからかな?

 たぶんちゃうな、理解できへんのは、根っこのところで容赦なくオレが男やからやろう。

 

「朝になったら空港まで送ったるよ。まずは帰ったほうがええ。みんな心配してるやろうから」

「そうなんだけど……」気まずそうに応えると、上目遣いで見てきて。「たとえばさ、イクミくん」

「んにゃ?」

「ついてきてほしいって言ったら、力、貸してくれる?」

 

 ついてきてほしい?

 力を貸せ?

 

「それって北海道まで来いいうこと?」

「うん、そう。……ダメかな?」

 

 オレは刹那いろいろ勘案したのち、しゃあないなって結論に至った。

 答えを伝えたったら、ミサさんはえらい喜びはった。

 

「明日は日曜日だから仕事はお休みなんだけどね」

 

 って、ミサさんは眉尻下げやった。

 

 いったいオレに何ができるんか。

 

 ベッドはミサさんに貸したって、オレは地べたで寝た。

 日帰りで済むとええなっておもた。

 

 

*****

 

 翌日、まだ午前中。

 札幌市内のミサさんち、厚別区のアパートの一室。

 市内やけど厚別――そこまで家賃が高価やない地域や。

 

 どうあれアナウンサーって花形やろうに、せやのに給料はあんま高くないんやろうか。

 そのへんオレはガキやし知識がないさかい、よう知らへんな。

 

 えっらい毛足の長いふかふかの真白の絨毯。

 まあるいちゃぶ台を前にしてるとミサさんがお茶、持ってきてくれた、詳しいことはわからへんけどきっとなんらかハーブティー――。

 

 ごめんね?

 ごめんね、ごめんね、ごめんね?

 ちゃぶ台の向こうに腰を下ろすなり、ミサさんは泣きそうな顔しながらぺこぺこ頭下げてくれた。

 

「いや、もうべつにいいですよ、ってか、ええよ。ついてきたんはオレの意志なんやし」

「でも週末なんだよ? 恋人は? 予定くらいあったんでしょ?」

 

 その可能性はひていせーへんけど、どうあれ、ご一緒したってるんやぞ、って――。

 

 ミサさんはずずっと音を立ててハーブティー、すすった。

 目線を逸らして横にやって――そったらぽろぽろ泣き出してしもた。

 

「ミサさん、もう泣きなや。わかったからさ」

「でも、でも……」カップをちゃぶ台に置いたミサさん。「私、枕したほうがいいのかなぁ、したほうがいいのかなぁ……」って泣きやる。

 

「そんなん自分で判断せーや、って言いたいとこやけど」

「やけど?」

「ガキが抜かす戯言やぞ? それでもええ?」

「うん、いいよ?」

「男を矛にしたり女を盾にする仕事なんて、あったらあかんってオレは思う」

 

 ミサさんが目、見開いたんがわかった。

 ミサさんは声ぇ上げてひととおり泣くと、ちゃぶ台回り込んでこっちに近づいてきやった。

 

 ありがとう、ありがとう。

 そない言うて、すぐそこでやっぱ深々と頭下げやるんや。

 

 ぽんぽんって、ミサさんの頭を優しさを心掛けて叩いたりながら――。

 

「おとうさんとおかあさん、それにおじいちゃんとおばあちゃんも加わるんかもしれへんけど、何を間違っても彼らだけは裏切ったらあかんやろうって思う。逆にそれだけ心得てたら、道なんて踏み外さへんで済むんやないかな、って」

 

 三つ指ついて頭下げてたミサさんが、顔、上げやった。

 泣き笑いの顔で、「仕事、やめようかな」とか言いやった。

 

 オレは難しい顔になる。

 せやから、そういうことやないんやってば。

 

「簡単に夢、諦めんなや。それとも簡単に諦められる夢やったんか? ちゃうやろ? ミサさんはイケてるアナウンサーになりたいんやろ?」

「でもね? でも……」

「泣いてる暇があるんやったら勇気持てや。手にしたそいつで敵を駆逐しろ。オレはミサさんのこと、応援する」

 

 ミサさんは俯いて。

 それから――。

 

「もうわかってると思うけど、本題を言うね? プロデューサーに会ってほしいの」

「枕要求してくるプロデューサーな」

「うん、そう。……いい?」

「予想してたってば。せやいうたかて、どないなっても知らへんさかいな」

「それでもいい。イクミくんに任せる……ううん、託してみようって思うんだ」

 

 オレはにっこりわろてから、「すぐにアポとってくれや」って偉そうに言うた。

 ホンマ、オレは横柄やな、たかが一人の高校生のくせして――。

 

 

*****

 

 どこのチャンネルやとは言わへんけど、ちゃんとしたテレビ局で、その建物は札幌の市街地にあった。

 

 社屋にあるオシャレな創作フレンチの店――ミサさんいわく気の利いたもんを出してくれるらしいレストランに入った。

 

 待ち合わせの場所や言う。

 

 白い壁が眩しくて――明るいな、明るいとこや。

 ガラス張りの壁からさんさんとおひさんが降り注いできやる。

 

 そのうち、左隣のミサさんが椅子から腰上げて、ぺこぺこ頭下げやった。

 

 その先をたどった。

 

 おぉ、ロマンスグレーのナイスミドルやんけ。

 チノパン、カジュアルな恰好で、薄いグレーのカーディガンは――あれがたぶん、一番値が張るな――そないな装い。

 

 うん、ええ男なんやけど、第一声が「やあショウジさん、考えてもらえた?」とか、ある種、気色の悪いもんやったから、容赦なくオレは萎えた。

 

「で?」ナイスミドルはオレのことを見下すように見てきた。「そっちの彼は? 誰?」

 

 ああ、そうか、こういうわっかりやすい手合いか。

 お勉強ができる馬鹿なんやろう。

 確信、入ったわ。

 

 ナイスミドルはオレの向かいの席に腰下ろした。

 メシがうまい店らしいのに、コーヒーだけオーダーしやった。

 

「長居はしないよ? 休日だって忙しいんだ。オレは『できる男』だからね」

 

 っちゅうことらしい。

 

「あ、あのっ」たどたどしく、ミサさんは切り出しやった、きっちり顔上げて。

「なに、ショウジさん、ってかミサちゃん、ここで俺に楯突こうってわけ?」嘲笑するように、ナイスミドル。

「そっ、そうではないんですけれど……」

「だったらなに? どうでもいいから言うこと聞きなよ。有体にいっちゃうけど、男に抱かれるなんて女からしたら簡単なことだろ? だってそのあいだ、我慢してたらいいだけなんだから」

 

 おぉぅ、きっついセリフをメッチャかるーく言い放ちやったぞ。

 ちょい尊敬できる人物や。

 オレでもそこまで上から物言えへんぞ。

 

 ――で、どないすんねんな、ミサさんは。

 そのへん、きちんと聞かせてくれや。

 

「……ません」

「えっ? なに? ミサちゃん、なあに?」

「だから、私はあなたに抱かれません……っ」

 

 つまらなそうな顔して、ナイスミドルは立ち上がった、伝票を手に取ることもなく。

 

「だったらいいさ。実家に帰る準備をしておきなさい。荷物をまとめておくように」

 

 ミサさんは肩揺らして――泣きやる。

 

 ここで手を差し伸べへんで、何が助っ人やろう。

 

 そうやなくても、軽薄なオレでも、めっちゃ腹、立ってるしな。

 

「おぅ、オッサン」オレは立ち上がった。「あんたの物言いにはいろいろ問題あんぞ。オレは聞いてた。録音もしてる。おまえのは明らかにセクハラでパワハラや」

「録音か」ナイスミドルはそんなん想定済みらしかった。「いいよ、きみがミサちゃんの何かは知らないがね。出るところに出てもいい。俺は負けてあげないよ?」

 

 なんでも尻拭いしてくれて解決してくれる「兄貴」の顔が脳裏をよぎる。

 せやけどこれは、オレがなんとかしたらなあかんことや、オレが請け合ったことや。

 

「スケベがすぎるらしいあんたんことや。ほかにも女のコんこと、イジメたってるんやろう?」

「だから、それがなにか?」

「一生かけて、戦ったってもええぞ? その折には、オレは全身全霊でアンタんこと潰したるぞ」

「だから、それくらい、やってみればって言ってるんだよ」

「やるんやな? このオレと」

 

 そない強い言葉をつこたつもりはない。

 びびってくれるともおもてなかった。

 ナイスミドルはめんどくさそうな顔、しやったんや。

 

「金か? 金が欲しいのか? ミサからそうするように頼まれたのか?」

 

 オレはミサさんのほうを見た。

 ミサさんはただ口をつぐんで、目もぎゅっとつむったまま、しゃくりあげてやる。

 

 ――いよいよ決めた。

 何を失ったところで、オレはもう、それでかまへん。

 

 テーブル越しに、オレはおもくそ、ナイスミドルの顔面を殴り飛ばしたった。

 ナイスミドルはそれはもう気持ちがいいくらいに向こうにぶっ飛んだ。

 

 許せへん。

 到底、許せへんなぁ。

 

 ソッコーで駆け寄って、馬乗りになって、左手で胸倉掴んで、右手の拳を振るいまくる。

 ケッコーやるんちゃうかなぁおもてたんやけど、ナイスミドルは殴られることについては臆病らしかった。

 

 やめろ、やめろぉぉっ!

 

 そない訴えられても、やめたらへん。

 ガンガンガンガン殴りつけたる。

 

 死ねや、ホンマ、死んでまえ。

 おまえみたい気色悪いニンゲンには未来なんてあらへんほうがええ。

 

 その最中に――。

 

「やめて! イクミくん、やめて! きみが犯罪者になっちゃうよ!!」

 

 後ろから誰が抱きついてきたんかって、そりゃミサさんしかおらへんわな。

 

「ねえさん、黙ってろや。二度とこいつに舐めた口利かせへんさかい」

「もういいの! やめて! わたしっ、わたし、もうじゅうぶんだから!!」

 

 ふと殴る右手を止めて、ミサさんのほうを振り返った。

 

 ――彼女ははらはら、泣いてた。

 

「ほんとうに、ほんとうにありがとう。ちょっと打ち明けただけなのに、ここまでしてもらえるなんて思ってなかった。ほんとうにありがとう、ありがとう!!」

 

 ――まもなくして訪れた警察に、オレは拘束された。

 そないなふうになるくらいなら、やっぱいっそ、ナイスミドルについてはぶっ殺してやればよかったとおもたんやけど。

 

 オレはミサさんに「面会、来なや」って伝えた。

 ミサさんのためにやったことかもしれへんけど、途中からは明らかにオレ自身の私怨ゆえに――や。

 

 ぜんぶオレのせいにして、ミサさんには前に進んでほしかった。

 

 

*****

 

 もう何度目やろう。

 しばらく拘留されることは覚悟してたのに、今――とっ捕まった日の夜の札幌、駅前通のアイリッシュパブに、オレは兄貴と一緒におる。

 

「ここはビールがいろいろある。その昔、ヨーロッパの修道院で出される物なんかもあるそうだ」

 

 言うと、兄貴は黒ビールを口にした、ルーツなんて知らんけど「うまいな」っちゅうことらしい。

 

 気まずい思いに駆られながら、オレは水だけ口にしてる。

 どれだけ謝っても謝りきれへん。

 そないな思いやった。

 

「そもそも、オレは兄貴に助け求めた覚えなんてないんやけどな」――苦笑が漏れた。

「何かあれば言え。俺はいつもそう説いているだろう?」――微笑んでくれた。

「どっかにGPSでも埋め込んでくれたん?」

「じつはそのとおりだ」

「せやいうたかて、今回の件は嗅ぎつけるんが早すぎる思うけど?」

「こちらからポーリングをかけた。そしたらおまえはしかるべき反応をした。それだけでじゅうぶんなんだよ」

「……かんにん」

 

 オレが素直に謝ると、兄貴はまたビール傾けて、ゆったりと「いいさ」ってわろてみせた。

 

「聞くに、おまえが悪いわけじゃあない。殴りつけたことは抜きにして、な」

「兄貴やったら、殴らへんで済ませられた?」

「そんなの当然だろうが」

「……そっか」

 

 ああ。

 そんなんあたりまえや。

 

「……ごめん」オレは心底詫びた。

「だから、いいんだよ。俺だって好きで、ここに来たんだ」兄貴は優しい口調で言う。「たまに来ると楽しい。それが札幌なんだよ」

 

「それで、ミサさんは?」

「賢明な判断をしたほうがいいと諭しておいた。どう考えるかは彼女自身の選択だ。――で、だ」

「で?」

「彼女はおまえにすぐにでも会いたいと言っていた。明日会えると伝えておいた。だから、会ってさしあげろ」

 

 オレは首を前にもたげて――。

 

「ホンマ、何やるにしても未熟やなって。だって腕力でなんとかしようとしたんやもん」

「それを肯定する俺がいることを忘れるな。つまるところ、かまわないさ。どう考えても、悪いのはあちらさんだよ」

 

 おおきにな。

 うん、おおきに。

 

 オレがそないなふうに感謝、あるいは謝罪すると、「アキラ嬢から連絡が来ていたぞ。そっちはそっちで対応しろ」――。

 

 そりゃ、オレのほうにもさんざんLINEは来てたんやけど、どう答えてええか、それはわからへんかったさかいなぁ……。

 

「兄貴は? 今日は泊まっていけんのん?」

「いや、最終でとんぼ返りだ」

「オレも帰りたいなぁ」

「やり残したことを放り出すなと言ったつもりだ」

「わこた。後始末つけてくる」

「そうしろ、我が弟よ」

 

 優しいセリフが身に染みすぎて、久々にオレは泣きたかった。

 

 

*****

 

 明けての月曜日、その夕方。

 いろいろ考えた結果、そのくらいには帰ってるやろうおもて訪ねた。

 

 ミサさんはおった、目論見どおりや。

 

 玄関口。

 ミサさんはオレの顔を見ると、あたりまえみたいにぽろぽろ泣きだしやった。

 

「もう東京に帰ったんだって思ってた」

「渡世の仁義みたいなもんやよ。最後にミサさんに会わなあかんってな」

 

 オレは「むしろ心配してる」って伝えた。

 オレがしでかしたことで、ミサさんの立場は悪くなってしもたんやないか、って。

 

 ミサさんが見せてくれた笑顔は、今まで見た中で、一番清々しいもんやった。

 

「イクミくんは何も悪くない。悪いわけがない。っていうかね?」ミサさんは薄い胸を張ってみせた。「っていうか、明日、MCやってくれって」

 

 えっ。

 オレは思わず目を丸くした。

 

「たまたまなんだけどね。主役の女のコが風邪ひいちゃって、明日は無理そうなんだって。それで、準主役の私にお鉢が回ってきたの」

 

 ああ、そうか、それは、まあ、なんちゅうか――。

 

「良かったな」

 

 言うてオレがわろてみせると、ミサさんは「うんっ!」ってはずむような返事を寄越した。

 

「今の時代、東京からでもだいじょうぶでしょ。観てね、イクミくん、私の晴れ舞台」

 

 差し出された右手を両手で包む。

 

 ミサさんは「ほんとうに、ありがとうございました」って言うてくれた。

 そのセリフが聞きたくて、オレはオレなりにがんばったんかもしれへん。

 

 とにかく良かった。

 一人だけでもヒトを救えたことに、オレは心底、満足した。

 

 

*****

 

 翌日、ホテルで早起きして、朝飯も食べへんまま飛行機で東京に帰った。

 羽田の到着ロビーに出たところでアキラっちの出迎えを受けた。

 ちょい気まずかったからなんも教えへんかったんやけど、新千歳空港発の便を朝一から待ってくれてたらしい。

 まあそのへんは予測してたんやけど。

 

 にしたって、悪いことしたなぁ。

 

 オレのそないな気持ちくらい、向こうからしても想定内やったんやろう。

 アキラっちは「はぁ」って深いため息つきやると、「おかえり、イクミ」って仕方なさそうにわろてくれたんや。

 

「シャル(にい)から詳しく聞かされた。乗り掛かった舟だったんだろ? たいへんだったな」

 

 うまく説明してくれたらしい兄貴と物分かりのええアキラっちには感謝、感謝。

 

「今日はガッコは? どないする?」

「行くつもりだから、この恰好なんだぞ」

 

 たしかにアキラっちは制服姿、凛々しいパンツスタイル。

 

「おまえの、持ってきてやったぞ」

 

 アキラっちは「ほら」っちゅうて、『アローズ』の茶色い紙袋を手渡してきた。

 

「あっ、合鍵が役に立ったんだぞ」

 

 そっぽを向いてそないなふうに言うたアキラっちは、さすがに恥ずかしそうやった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。