沼確バイン!!~エグいかわいいボーイッシュJKをメッチャやさしく攻略してみる~ 作:XI_01
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兄貴は地面に這いつくばることを良しとする土方のエンジニアらしいわ。
つくづく、そうらしいんやわ。
話はやや変わって――。
「どこで兄貴は葛葉アンナ女史と知り合ったんか、興味が湧くわけやぞ」
「俺はイイ男だからな。ただ生きているだけでも誰かの目に留まるというものだ」
「それはまあ、否定せーへんねんけど」
「冗談を言ったつもりだが?」
「わこてるわ」
「何が腑に落ちない? ――いや、何が解せないんだ?」
オレはぽんと手の内を明かすようにして、「兄貴、もうそろそろ結婚したら?」って言うた。
さすがの兄貴も面食らったみたいで――。
「イクミ、おまえ、本気で言っているのか?」
「そらそうや。兄貴の人生は静かやさかい、人並みの平和、その上の幸せがあったってええって、思うんやぞ」
「あるいは、葛葉アンナと一緒になれと?」
「おぉ、具体名出すあたり、わかってるやん」
今夜も蒲田はバーボンロードの薩摩料理屋。
カウンター席、右隣の兄貴はネームバリューに優れた焼酎をくいと傾けたんや――角ばった氷が甘ったるい感じでころんって鳴った。
「良くないんだよ、ああ、良くないんだよ、イクミ、俺というニンゲンは」
「どういうこっちゃ?」
「あるいは命を狙われるくらい、俺は仕事をがんばっているということだ」
意味不明すぎるし、加えてそりゃいくらなんでも大げさやないか――。
せやけど、兄貴がわざわざしょうもないジョーク飛ばすとも思えへんし嘘つくとも考えられへん。
「つまるところ、兄貴は殉職するつもりなん?」
「ああ、いいな、その解釈、その判断、そのスピード。おまえはやはり優秀だよ」
「酔っぱらったん? 兄貴らしくないんやけど。っちゅうか――」
「どうあったってかまわんし、それくらいでちょうどいいと考えている」
「終末的な世界観やなぁ」
「刹那的な結論とも言うな」
兄貴には死んでもらいたくないし、むしろどこぞの誰かとデレデレ暮らしていただきたい。
そないなこと訴えたところで聞き入れてくれるニンゲンやないんやけど。
いきなり兄貴に肩ぁ抱かれて、促されるようにして外に出た。
オレが「どないしたんさ?」って訊いたら、「中で紙巻は吸えん」――。
礼儀正しく、また義理堅いこっちゃな。
兄貴はふかぁく煙吸って、吐いて吸ってを繰り返した。
緑の箱のアメスピや。
時折兄貴は「昔のエメラルドグリーンのソフトパックが良かったんだよ」とか言いやる、オッサンかいな――まるでオッサンやわな。
二本目に取り掛かろうとしやったから、ジッポー借りて、オレが慎重に丁寧にその切っ先に火ぃつけたった。
「俺が望む幸せというものは、いったいどんなものなんだろうな。なぁ、イクミ、見当がつくか?」
兄貴らしないな。
自らが出すべき答えのヒントを他者ごときに委ねるなんてな。
それでもオレは偉大すぎる兄貴の弟やから。
そうである以上、せめて会話の役には立ってやらなって思うわけで。
「兄貴ぃ、オレは言うぞ。言えることがあるさかいな」
「いいさ。言ってみろ」
「ほら、オレって、めっちゃ嫌な奴やったやろ? ひねくれてるっちゅうか、なんでも達観したような物言いして」
「そうだったな。だからだよ、そのへん、最近になってどうして改められたのか、俺は不思議に思っている」
「ヒトを異性を、本気で好きになったからやと思う」
「多様性にネガティブなくさびを打ち込むような言い方だな」
「せやけどそうなんやから、ホンマ、しょうがない」
オレが苦笑してみせると、兄貴はオレんこと見ていくつかゆっくり瞬きしてから、また夜空に視線を寄越した。
「ちょい弱いとこ見せるくらいのほうが、それでちょうどええんやって思う」オレも真っ暗な空を見上げた。「一人で生きていけるニンゲンなんておるわけないんやさかいな、せやったら、誰かと手ぇ繋いで進撃する人生のほうが、幸せってもんやろ?」
そんなの俺には心当たりがない。
この期に及んで兄貴はそないなこと言うて。
「ヒトの生き死になんて一瞬なんやからこそ、もったいない気がする」
「俺の人生の過ごし方の話か?」
「そうや。モンブランみたいに折り重なった甘ったるい時間があっても悪くない」
兄貴はなおもすぅって細く煙を吐き出す。
「オレにも一本くれや」
「うるさいぞ、何度も言わせるなよ、未成年め」
とにかくオレはとこしえに続く兄貴の幸せを願う――。
*****
ケータイのアラームで目が覚めた、がんがんぎゃんぎゃん鳴りやるもんやから、起きるしかなかったんや。
枕元を手探りしてうっさい奴を掴んだ、確保したった。
操作して、眠いながらも律義なことに、「はいはいはーい、イクミさんですよ」って応えた。
そったらや、知った声が聞こえた。
やぁ、イクミくん。
間違いなく、葛葉アンナ女史の声やった、にしても深く沈んだように聞こえんのはどうしてなんか?
寝起きや。
めっちゃ喉が渇いてる。
ちょい待ってな。
そない断りを入れてからキッチンに向かって、冷蔵庫からしょっぱい味わいが有能な赤いヴィッテルを取り出したって、ぐびぐび喉鳴らした、生き返った思いがした。
「落ち着いたか? っていうか、目は覚めたか?」
「うん、バッチリ。話、聞いたるよ」
「偉そうだなぁ、弟野郎は」
「そのへんは任せろ」
しばらく待ったのに、アンナ女史はなあんも言うてこぉへんかった。
どないしたん?
それなりの真剣みを込めてそない訊ねたんやけど、答えが返ってこぉへん。
オレはケータイをハンズフリーにしたまま、目玉焼き作ってるハムエッグや、ごちそうや。
左手にはハムエッグの皿持って右手には炭酸水、それらを持って、オレはリビングのちゃぶ台に至った。
遠慮なく「いただきます」言うてから、朝食を開始する。
この期に及んでも、電話の相手はなあんも言うてこぉへん。
せやけど通話だけは繋がったまま。
ナイフとフォークを使ってハムエッグを上品に口にしながら、「アンナさん、ホンマにそろそろしゃべったってぇや」って促した。
「いいのか? 話しても……」
らしくないな。
ホンマ、暗く沈んだ声やったからや。
「話せ言うてんねん。ホンマ、どないしたんや?」
「おまえの口の利き方はつくづくかわいくないな」
「かわいく生きたいとかおもてへんさかいな」
おまえの兄上……犀川シャル氏は重体らしい。
……は?
アンナさん、いきなりなんの話や?
「シャルの野郎が瀕死の状態だと言ったんだ」
「そりゃわかったけど、なんでそないなことになってんな」
「驚いた。まるで驚かないんだな」
「そういう生き方、してやるさかいな。その身にそれくらい突飛なことが起きてもおかしないさかいな」
「信用、しているんだな」
「そうやとしたら、兄貴の強さを、やな」
で、どういうこっちゃねんな?
問い質すようにして、オレは訊ねた。
「私をかばって、銃撃に遭った」
「銃撃?」
どうやら私はあちこちから恨みを買っているらしい。
らしくもなく、アンナさんの声は微動した。
細かく震える吐息をついたくらいや。
「そんなんわかってたやろ? それくらい、オレにかて見当つくくらいなんやから」
だとしても、甘かったよ。
アンナさんの声はなおもビブラート。
髪掻き上げるくらいの余裕はあるんかもしれへんけど、それだけなんやろうな。
「で、どこのどいつやねんな、おたくらをに鉄砲撃ったんは」
「待て、イクミ。おまえが息巻いたところで、きっとどうにもならない相手であり、事象なんだ」
「やり返したいとか、オレはなあんも言うてへんぞぉ」
「だからってな――」
知ったこっちゃない、リベンジ食らわしたる。
一転、オレはそう言い切った。
「抜かせ、馬鹿。おまえにはおまえの人生がある。恋人だっているだろうが」
「兄貴の命と名誉には代えられへん。なんやかてそうや」
「おまえは……」いよいよ泣きだしそうな声、アンナさんは出しやって。「ただの暴力団でしかないはずなんだ。だから私だけでもやれるはず――」
「そうやとしても、いいや、許せへんな。オレがぶち殺したるわ」
「銃を貸せとでも?」
「要らへん。それでも血の海にしたる――レヴィふうに言うと――血風呂や、ブラッド・バスや」
……わかった。
何やらホンマに納得したようにアンナさんはそないに言うて。
「ありがとう、弟。おまえの声、言葉を聞いて、私自身、決心がついた」
「一人で特攻したろうっていうんやろ? せやったら待ってや。せやからオレがやるさかい」
ほんとうにありがとう。
アンナさんはそない言うて、電話、切りやった。
繰り返し繰り返しこっちからかけ直したんやけど、二度と声は聞けへんかった。
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翌日、日曜日の夜のことや。
公のメディアでは流れへんかったんやけど、剣呑な掲示板に顔出してるうちに、「その事件」に行き当たった。
なんでも一人の女刑事が横浜最大の暴力団の事務所で発砲を繰り返して、数名の組員に涅槃を見せたんやっていう話やった。
そんなんをどこの誰が嗅ぎつけて、どこの誰がアップしたんかわからへんけど、センセーショナルな話題を信頼性をもって提供してくれる割には過疎ってるとこや。せやさかい、多くのニンゲンが当該情報なんて知らんまま過ごすことやろう。
それでもそれがホンマに事実やとした場合、アンナさんの処分、扱いが気になる。
あんまりええ状況にはならへんやろう。
警察――まあ同僚か? ――に、拘束されてる可能性が高いって考えた。
それでも真っ先に電話してみたのは、やっぱオレはアンナさんのことが好きやからや。
意外や意外、すんなりつながった。
おう、弟殿。
清々しく、さっぱりした声やった。
『なあイクミ、おまえは私が何をして、私の身に何が起きているのか、もはや知っているんだな?』
そのとおりやよ。
実際そうやから、そう答えたわけやけど。
「アンナさん、だいじょうぶなん?」
『乗り込んだわけじゃなくて、正当防衛だと謳っている』
「なんらかのタイミングでどっかで連れ込まれて、せやさかい――」
『ああ、そうだ。身の危険を感じた私はやむなく発砲、抵抗した』
「それで通せそう?」
『なんとでもするさ。あいにく私は賢いのでな。上司もそれくらいは知っているんだよ』
なるほどな、それこそオッサンどもが身を挺して庇ってくれるっちゅうわけや。
それもこれもアンナさんが有能で業務に対して厳格で一生懸命やからなんやろう。
要するに、仲間の誰もがアンナさんを愛おしくと感じてるってことや。
なら、良かった。
オレは心の底から安堵した。
「今から会える?」
『会えるさ。私は賢人だと言ったろう?』
「兄貴の病院で落ち合おうさ」
すると、「いいさ、会おう、ああ、会おう……」っちゅうアンナさんの声は震えてて。
優しい気持ちにさせられた。
兄貴、無愛想やしつっけんどんなあなたやけど、そんなあなたのこと、めちゃくちゃ好いてくれてる女がおんぞ。
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アンナさんと合流して、二人してタクシーに乗ってた際に、ケータイに連絡が入った、病院からやった、看護婦さんかな? 女性の声、少し慌てたような声。
なんでも兄貴がICUから移されたらしい。
起きたばっかやっちゅうのに、兄貴の強い意向で移すことになったらしい。
オレはビックリしたりもせーへんかった。
目ぇ覚ましたら兄貴はそれくらい言うやろう。
いろんな事象の上にある状況を一瞬で理解して、最も適切な振る舞いを一瞬で導き出すことやろう。
通話を切ったら――少なからず――アンナさんは心許なさそうに、心配そうに「誰だ? なんて……?」って訊ねてきた。
オレは事情を話した。
そったら「そうか……」とだけ呟いて俯くと、アンナさんは大粒のダイヤモンドみたいな涙を大きな瞳から落下させた。
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腹が減っているんだよ。
一人用の病室で――アンナさんとオレが顔出すと――兄貴はそないなふうに言うた。
憤ってるとまでは言わへんまでも、少々不満そうやった。
「鉄砲で撃たれたって訊いたけど?」って、オレ。
「撃たれたが、それがどうした?」って、シャル兄は答えた。
「まあ兄貴のことなんやさかい、心配はせーへんかったけどな」
「だったら黙っていろ。ところでだ弟、つくづく俺のために食事の調整をしてもらえないか?」
「それはもうわかったけど、今食うたらようないさかい、止められてんねやろ?」
「腹が減ってるというのは健康な証拠だ」
それはそうかもしれへんけど兄貴らしくもない、脳筋みたいなセリフやぞ。
まあ、それより――。
そんなことより――。
「兄貴ぃ、まずはアンナさんと向き合ったらどうや?」
「無礼だな。俺はいつだって彼女とは向き合っている」
「その彼女が泣いてるんや。一言、慰めの言葉でも言えへんかぁ?」
そないに振ったら兄貴は、「すまなかったな、葛葉アンナ」とか堅苦しい言葉を堅苦しい口調で、しかもさっさと述べやった。
あまりに気が利いてへんもんやさかい――冗談半分かもしれへんけど――オレは兄貴に殴りかかろうとした。
いいんだよ、いいんだ、弟殿よ。
そっち見たら、アンナさんは「くはは」とわろて、長い前髪を右手で掻き上げた。
「兄上殿の健在を見ることができたんだ。これ以上何かを求めるのは高望みだ。神様に嫌われてしまう」
オトナにはオトナの付き合い方っちゅうもんがあるんやろう。
せやけど高校生のオレには馬鹿馬鹿しい話にしか聞こえへんかったから、「アホか、二人とも」って率直に言うた。
ほったら兄貴は鼻で笑うような余裕を見せたんやけど、アンナさんは表情歪めて、ホンマに泣きそうな顔しやった。
そのうち、兄貴も観念したようで――。
「何もかも俺が選択した結果だ。俺は何も後悔しない。だが、俺の判断の結果として誰かを不幸に陥れたのであれば、それは、詫びたい」
ありがとう、葛葉刑事。
阿呆やなぁ、兄貴は。
こういうときは、「アンナ」って呼び捨てでええやろ?
せやけどアンナさんはいたく感動したらしく、やっぱりぽろぽろ、涙こぼしやった。
「おまえたち兄弟はよくないぞ。まるでオンナの敵でしかない」
オレは確信的な物言いとして、「偏屈な兄貴が結婚する相手がおるとするなら、それはアンナさんだけやよ」って念押しするみたいに言うた。
「知ってるよ」アンナさんは穏やかな笑みを浮かべ――。「今回は私のミスだ。どうしてシャルが銃弾を浴びなければならないのかという話だ」
「兄貴はそんなん気にするツマラン男やないよ」
「わかってはいると言ったんだ。……って、おい、シャル、私と弟が良い話をしている最中に、何をしているんだ?」
兄貴はスマホを操作しつつ、画面を熱心に見つめている。
「デリバリーは病院的にはアリなのだろうか」
デリバリー?
アンナさんとオレは顔を見合わせた。
「ピザが食べたいんだよ。ケチなクリスピーじゃない。分厚いアメリカンピザだ」
兄貴はよう食べるんや。
それでもスリムすぎるくらいスリムな体型を維持してる。
――ま、そんなくそしょうもないことはどうやかてよくて、アンナさんとオレは兄貴の健康さを知って大笑いした。
ムッとしたんか、オレんことを睨みつけてきた兄貴――。