沼確バイン!!~エグいかわいいボーイッシュJKをメッチャやさしく攻略してみる~ 作:XI_01
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ちょい前までさんざ暑かったのに、急に朝晩、冷えるようになってくるんやから天気ってのは相手にしづらい。
「アキラっちぃ、そろそろ帰宅の時間やぞぅ。パパとママが心配すんぞぅ?」
「いいんだよ。どうせ何時になろうがおまえに送らせてやるんだから」
まあ、そのとおりなんやけどさ。
仰向けでスマホ操作しながら、ときどき「あはは」とかわろてくれるアキラっち、愉快な動画でも見つけたんかね。
けっこう思いつきのところがあるからや。
急にアキラっちは「帰るぞ」っちゅうのも簡単に言うてくれた。
姫君をお送りするしかないわけや。
ま、それが嫌なわけがないんやけどな。
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三百とは言わへんけど二百メートル以上はあるやろう。
アキラっちんちへと続く路地を行く。
直線で見通しは良くて、せやけどじゃっかん薄暗いもんやから女のコを一人で歩かせるわけにはいかへん。
なんてったって、オレはジェントルさかいな、遺伝子にそう刻まれてるんや、おおきにです、おやじにおふくろ。
なんかが行く手を横切った。
小さい影やったんやけど警戒モードやさかいオレは前をゆくアキラっちの左肩を右手で掴んだ、引っ張り込んだ。
アキラっちは「ひゃっ」って短い悲鳴を上げやった。
オレは一歩を力強く踏み出して、前を睨む。
見た感じだけでわかったんやけど、ちっこい影の正体は猫で、しかも闇に紛れてまうような黒猫さんやった。
暗がりの中でも細身で顔がちっちゃいのがようわかって――。
当該黒猫は心底ビックリしたみたいで、背中の毛ぇ逆立たせてメッチャ警戒してくれた。
いや、おまえからエンカウントしてくれたんやろうが。
せやのにずいぶんな態度やないか。
ホンマただのネッコやのに、って、んん? んんんんん?
オレがしげしげと観察したら、黒猫さんはぎくっとしたみたいな顔して――。
そったらすぐに向こう向いて駆けだそうとしやって――。
オレはいよいよ逃げを打たれる前に、後ろから黒猫さんのことをゲットしたった。
後ろから抱き締めたって――完全に捕獲されたのに黒猫さんは「にゃーにゃーっ」喚いて逃げようとして――。
「待て、コラ、黒ネッコっ」オレは言うたる。「オレや、オレ。忘れたんか?」
「ししっ、知らん。私はおまえなんて知らんっっ!」
しーっ、しーっ。
ボリューム絞るように促した。
「えっ? いっ、イクミ、か?」
「そうやぞ。いきなり口利きやったっちゅうことは著しく取り乱してやるな? まずは落ち着けや」
「なにをっ、偉そうに、ニンゲンごときがっ」
「とにかく任せとけ言うてんねん」
抱き締めてる黒いネッコさんの身体がみるみるうちに力を失った。
安心したんかホッとしたんか――って、おんなじやな。
原則、とろくてのろいニンゲンなんやけど、さすがにおかしいなぁおもたらしい。
近づいてきてたらしいアキラっちは、「お、おい、イクミ、今その猫、しゃべんなかったか?」って訊いてきた。
「しゃべるネッコがおったってええし、当該黒猫さんがしゃべったって、ぜんぜん、ええんやけどさ」
オレは黒猫さんをこっちに向けて、黒猫さんの両脇をきちっと掴んで、その細い身体を観察した。
左目がくぼんでしもてて、その黒い身体は白い埃だらけやった。
オレ自身、表情が歪むんが自覚できた。
猫同士の喧嘩なんかでできる怪我やない。
これは絶対に猫より強い存在が見下ろし見下し無茶してくれた結果や。
「心配すなや」
オレは黒猫を強く抱くと立ち上がって、一目散に駆けだした。
目的地に向かう最中、ネッコは「だいじょうぶだ! だいじょうぶだから!!」って叫ぶように言いやったんやけど、その声はなんや情けないような色を含んでたさかい余計に申し訳なくなってしもて、せやさかい、オレは人生の中でいちばん、一生懸命に走ったんや。
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さすがにもう閉まってたんやけど、表のドアをがんがん叩いて文字どおり、叩き起こしたった。
ホンマにごめんなネッコさん。
せやけど界隈で一番の獣医さんって知ってるからさ――。
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優しい細面のまだぜんぜん若いに違いない男の獣医さんが待合室に出てきたんや。
「だいじょうぶ。きみは賢いし、なにより偉い。僕を叩き起こしてくれたのは最も正しい判断だった」
「せやけど、アイツの左目……」
「眼球破裂だ。あいだは端折って、ただただ止むを得ないよ」
「そう、ですか……」
「きみは動物が好きなんだね。そういうニンゲンは、極端にまで利他的なんだ」
「目、見えるようにはしたれませんか?」
「言ったつもりだよ。どうにもならないことというのは、どうしたってあるよ」
「そうですか……」
しゃがんで自分の頭ぁ両手で抱えたら、情けないくらいの量の涙が流れてきた。
頬を伝う熱くてなみなみとした川のせいもあって、とにかく悲しくなってくる。
ふわぁっと、やわらかい、女のコの匂いが舞い下りた。
アキラっちが左手でオレの左肩を抱きながら、「泣くなよ。だいじょうぶだって話じゃんか」っちゅうんはメッチャ優しい声色で――。
「ホント、泣くなよ。あたしまで泣きたくなっちゃうだろ?」
「知り合いの猫なんや。いや、猫自体が知り合いなんや。」
「わかってるつもりだぞ」
「片目潰されたんやぞ、アイツ。なぁんも悪いことなんてしてへんのに」
「アイツが不幸を被った分は、あたしたちが幸せにしてやればいいんだ。違うか? 違わないだろ?」
泣きっ面をいったんやめて、オレはアキラっちと目ぇ見合わせた。
だいじょうぶだから。
アキラっちは全能の女神みたいに微笑んでた。
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間違いなく命は繋がったさかい、な。
実際オレは安堵したし、当該黒猫さんにそない伝えもした。
面倒な奴だな。
ネッコはめんどくさそうにそない言うたけど、置かれている状況自体については受け容れてるみたいやった。
「油断していたんだ、私自身、殊の外」ネッコは悟ったみたいに言うた。「ニンゲン相手に気を許したことなんて初めてだったがな、イクミ、それはおまえのせいかもしれないがな、ふはははは」
冗談やってわかってても、そない言われてまうと凹むわぁ……って、オレはまた頭抱えた。
なお、いよいよ猫がくっちゃべったなんて事象を前にしてもアキラっちはべつにびくともせーへんらしい。
おまえと知り合ってからこっち、へんなことばっかだらな――っちゅうことらしい。
「左目、痛いか?」
「だから、もうその限りじゃあないさ。もはや無い物に痛みを感じたりするものか」
オレは下唇噛んで、なにせ申し訳ないもんやから「ごめん」って謝るしかないわけで……。
「どうしようもないことだったんだよ」愛想のない黒猫が愛想笑いを浮かべたように見えた。「私を見つけた若い女が私にかつおぶしを与えようとした。どういうつもりか私のことを面白がったらしい。ツレの若い男が私の頭を力任せにひっぱたいた。何かが気に食わなかったんだろう。ヒトは強く、それ以外の生き物は弱い。片目で済んで良かったことにしようと考える」
あまりに客観的に、ドライに言うてくれるもんやから、オレはそのうち、むしろ落ち着くしかなくなった。
「感謝やぞ、ネッコさん。おまえの死体に巡り合いでもしてたら、オレは……」
「一生をかけてでも犯人を罰していたと? はっはっは。だからおまえは馬鹿なんだよ」
「……決めた。ウチの飼い猫にするっ」
「断る。野良猫の矜持ゆえ、だ」
「せやったら、せめて――」
「ホープという」
「えっ」
オレが目ぇ丸くしてみせると、優しげな顔で「私の名はホープだよ」って打ち明けてくれて、それから、「いつかどこかで誰かからか賜った名だ。私は案外、気に入っている」っていう一文を寄越された。
ホープ、希望か……
ホンマ、ええ名前やな……。
「これからホープさんって呼んでもええ?」
「さん付けしなくていい。気持ちが悪くなってしまう」
「ホープ、さん……」
「だからイクミ、もう泣くな。優しすぎるのは美点とは言えんぞ」
わかってる、わかってるわ、そんなん。
それでもそのへんきちんと理解できへんのがオレなんやろう。
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榊原〇子さんの声でしゃべるメッチャ男前なホープねえさんは、アキラっちの家の付近に出没するようになったらしい。
ひょんなことから家人に見つかってしもて、そのおり、えっらい優しくされてしもて、その好意を、受け取らへんわけにはいかへんくなったらしい。
最初にお会いした折、彼女からは「エビフライ」と「タルタルソース」を希望――あるいは強要されたように記憶してるんやけど、「アキラの家のおかずはじつにヤバい。マズいものが見当たらない」っちゅうことらしかった。なんでもおいしくいただいているっちゅう話やった。
「ホープさんってば、じつはこのへんでは有名なネコちゃんやったらしいな。ええ女やさかいな。まあ目立つわな」
「ええ女かどうかは知らないが、かまってくるニンゲンは少なくなかったように感じている」
「とりあえず、ホンマ、良かったんや」オレはにこってわろたんや。
良くしてもらっておいて言うのはなんなんだが――。
そないなふうに前置きしたホープさん。
「命という概念について敏感なのは悪いことだとは言わないが――しつこいようだが、そのへん過敏すぎるがゆえに、おまえはこの先、きっと苦労をすることになる」
そうなんやろうな。
ああ、そうなんやろう。
「オレの範疇で済むことなんやったら、どんなつらいことでも受け容れられる。ニンゲンっちゅうか、オトコってのはそうあるべきやろ?」
「そんなふうに言えるおまえだから、人が良すぎると言っているんだ」
静かなタイヤ公園。
京浜東北線と東海道本線とが行き交う音だけがしばしばノイズみたいに響き渡る。
隣のブランコの上で静かに小さく揺られてるホープさんに、オレは「かんにん」ってあらためて言うた。
冷えるようになった。
だから空気が澄んでて、夜空がそれなりに映えて見える。
暗がりに覆われた黒い夜を見上げ、ホープさんは満足そうに「なおーん」って鳴きやった。
「なあ、ホープさん」
「なんだ? たかがDK?」
「何があっても守ったるさかい、せやさかいそばにおれや。オレから離れんな」
「私にはおまえなんて必要がない。なんと言われようとまるで必要がない」
「嫌やぞ、そんなん、オレは」
「警戒はするさ。だから、心配するな。そして泣くな、犀川イクミ」
そぉ?
まぁた泣いてんのか、オレは?
熱い左の頬を右の人差し指で拭うと、たしかに、涙の感触、気配。
「今回は私のミスだ、それだけだ。だからこそ、私の自由を邪魔してくれるな」
「……オレはな、ホープさん」
「オレは……なんだ?」
「ホープさんに、ニンゲンを嫌ってほしくないんや」
「その心は?」
「……わからへん」
私にはわかるさ。
ホープさんはそない言うて。
優しい口調やさかい、オレはあらためて、ホープさんの顔を見つめて。
「私はニンゲンに絶望したりしない。それはおまえがいるからだよ、イクミ」
これまた泣きたくなった。
せやけど、今度は泣かへんかった。
我慢してこその、男のコやろう?
ブランコからおりたホープさん。
彼女は近づいてくるとぴょんって跳ねて、オレの膝の上に乗ったんや。
「ぎゅってしてくれていいぞ? 綺麗な星の空だから、特別、今夜だけは許してやる」
オレはホープさんのことを抱きしめた。
苦しい苦しい、窒息死してしまうぞ。
そない言うと、ホープさんは「あっはっは」って愉快そうにわろたんや。