沼確バイン!!~エグいかわいいボーイッシュJKをメッチャやさしく攻略してみる~ 作:XI_01
*****
某ビルの屋上――暗闇の中にあって、キタガワ・ホマレって名乗った女のヒトは、ふふと妖艶に微笑んだ。
それからくるっと背ぇ向けてくれた。
真っ黒で、大きな翼みたいなんが背中から生えて、「もう会うことはないかしら?」とか、悪戯っぽい口調で言いやった。
「まあ待とうや。ホマレさんやっけ? キタガワ・ホマレさん」
「片言みたいな発音」その人物は、至極、可笑しそうに――。
「漢字、だいたい見当がつくんやけど?」
「だったらそれが正しいのよ」
北川誉。
そないなふうに、判断した。
「こっちに向き直ってぇや、誉さん。オレはもうちょい、あんたと話がしたいんや」
「私の黒い翼を見ても変にすら思わないのね。殊の外、秀でた逸材だわ」
「こちとら一般人でもええさかい、なあ、もうちょいしゃべろうや」
誉さんは身を翻すと、悪戯っ子みたいに笑ってみせた。
「背中から翼が生えるなんてヒトには初めておうた。ゆえにオレは愉快におもてる」
「人前では見せないの。だって驚かれるに決まっているから」
「オレが抱いてるんはリスペクトやな。生まれついてのものなんやって予測する。せやさかい、あるいはつらい思いもしてきたんちゃうかなぁ、って」
「鋭い指摘。愛おしいわ」
「せやろ?」オレは自慢げに胸を張った。
私のことを「死神」と表現するニンゲンがいるの。
唐突に、そないなふうに、誉さんは打ち明けてくれた。
そこにはべつに悲壮感はないように見えた。
「なんで死神なん? それっぽいことを生業にしてる、とか?」
「ほんとうに、勘がいいのね」
小さく肩をすくめたホマレさん、いんや、親しみをやっぱり改めて誉さん。
「私にはくそったれなこの世の中を根こそぎひっくり返してやろう、みたいな気概がある。若気の至りにすぎないかなと思っていたんだけれど、いまだにあるの」
「ふぅん。なるほどなぁ」
「おかしいことだとは思わないの?」
「あらへんよ。そないなニンゲンがいてもええやろ」
「変わったコね、きみって」
誉さんはくすくすわろた。
「どうあれ私は戦い続けるの。自分の正義に基づいて、悪いニンゲンを、ヒトを、化物の私が殺しつづけるの」
「それって、悪い話なん?」
「えっ」びっくりしたふうに、誉さん。「だって身勝手な行動でしょう?」
そうは思わへんなぁ。
オレはのんびりながらも念押しするようにそう告げて。
「つまらんことしやる輩なんて殺したってかまわへんやろ。これって真理ちゃう?」
「でも、そこには親しいニンゲンだっているのよ? それこそ両親だって」
「親御さんがいたってなぁ」言うて、オレはぎゃっはっはって開けっ広げにわろた。「そんなん言うてたら誰も裁けへんやろ?」
そっか。
きみは外見のとおり、さっぱりしてるんだね。
「日光浴びたら肌、真っ赤になるんやけどな。黒く焼ける高校球児のみなさまがメチャクチャ羨ましい」
「アルビノは貴重でしかないんだから、それを誇ればいいと思うけれど」
――って、誉さんは言いはったんやけど、外見がさっぱりしてるとか、そないなことを言われたんは初めてやなぁ。
「どうあっても、イクミくん、私は気に食わない犯罪者を殺して回ることにする」
「自らの正義とやらに嘘はつけへんねんね」
「死刑になるべきニンゲンなのに、裁判で救われたりするでしょう?」
「せやさかい、オレかて法の支配っちゅう存在については一言申し上げたい部分もあるんやってば」
人治を良しとするなんて。
呆れたように言うと、目を宙にぐるぐる泳がせた誉さん。
「死刑囚の人権を守れという。端的に言うよ? だったら被害者の人権はどうなるの?」
興味深い議論のタネやけど、それは答えがもう出てるように思う。
「たとえばだよ、イクミくん、たとえば、きみの恋人や家族がどうしようもない殺人鬼に殺されたらどう思う?」
「そんなん、訊かへんでもわかるやろ? 警察よりもはように見つけたって、考えうる最低かつ最悪な手法でもってメッチャ殺したるわ」
「それは当たり前の結論。だけどね、それでも殺されたニンゲンは帰ってはこないの」
「自分で言うんもなんやけど、オレは誰よりも身の回りに気ぃつこてる」
「だったらおばさんのそれこそ老婆心だったね、失礼しました」
ぺこりと頭を下げてみせた誉さん。
美しい女性でまだ若いに違いないんやさかい、決しておばさんやないと思う。
オレはおもむろに歩を前に進めた、「間違った仕組みを運用するんはようないな」なんてほざきつつ。
あるいは警戒されるかなっておもたんやけど、そないなことはまるでなかった。
オレは誉さんと目と鼻の先に立って、大きくて広くて、さらには豊かな黒い翼のことを指して、笑顔で、「触ってもええ?」って訊ねた。
誉さんはきょとんとなったのち、優しい微笑を顔にはりつけて、ためらう素振りは見せずに、「いいわ」って甘ったるい口調で快諾してくれた。
背中のほうに回り込んでも良かったんやけど――ただなんとなく――誉さんのことを抱き寄せるようにして、オレは翼を指先で撫でたった。
ふかふかやった。
カラスのそれみたいに硬いものなんかなっておもてたんやけど、ほんまに、ふかふかのふわふわやった。
「ヒトに、しかも男のヒトに、触らせてあげたのは初めてよ」
「おぉ、そうなん? せやったらオレは幸せ者やな」
「でしょう?」
「うん、まるっきり、そのとおり」
今夜も私には仕事があるのよ。
誉さんはそない言うて――。
「知っているかしら。最近、界隈に不審者がしきりに出没してるって話」
「知ってる。ただの不審者なら、まあよかったんやろうけど」
「そう。その男は強姦魔らしいのよ。知り合いの刑事から得た情報よ」
「ヤられたん気に病んで、女のコが京急に飛び込んだいう話もあったな」
そのとおり。
誉さんはこっくりって頷いた。
「そういう男こそ私が仕留めるべき相手なの」
「それってなんとも心苦しい話なんやけどな」
「ん? どういうことかしら?」
「的さえはっきりするればオレがぶち殺してやったってええって話やよ」
誉さんはおっきな目で瞬きしやった。
「きみが? たかが高校生にすぎないきみが? ほんとうに成し遂げられるっていうの?」
「オレと真剣に付き合ってくれてるニンゲンなら、『犀川イクミはやるぞ』って思ってくれるって思う」
「そっか。つくづく危なっかしいんだね」
「そない言うたつもりやよぉ」
どこで調べ、知ったんだが、「きみのお兄様のことは知ってるんだ」――。
誉さんはそう言って。
「あえて言うけど、たかが土方のエンジニアなんでしょう? だけど恋人が刑事っていうことも大して顧みず、いろんなことを片づけてる」
たかが土方のうんぬんについては怒らへんやろうけど、「『刑事が恋人』」っていくくだりについては「心外だ」って怒りそうな気もする。
シャル兄は事実としてアンナさんのことを抱きまくってんのに、せやさかい、それって誰にも通じへん理屈なんやけどな。
「にしてもさ、今までの話を聞いて判断するとと、相手殺してまうと誉さんがしょっぴかれてまうんちゃうん?」
「だからそのへん、うまくやってるのよ。足がつかないように」
今度はにっこりわろたホマレさん。
でもさ、イクミくん、一応というか、きみのお兄様に話を通してもらえないかな?
――ってのが、誉さんのお願いやった。
「それはべつにかまへんけど、やろうとしてることがやろうとしてることである以上、話し合う相手はアンナさんであるべきやろ」
「アンナ女史はダメって言うかもしれない。でも、ある種のトップダウンでシャルさんが捻じ込んだら、どう?」
理に適った発言やな。
兄貴が庇い立てしたニンゲンを、アンナさんは強く咎めたりはせーへんやろう。
「私は中村主水みたいなものよ」
「なんとも古臭い例えやなぁ」
「だけどなんだかイケてない?」
「めちゃくちゃイケてる」
オレはわろた。
くるりと、なんの未練もないように、「じゃあね」って挨拶して、黒い翼を羽ばたかせて、誉さんはやがて黒い翼と一緒に闇夜に紛れた。
短いながらもオレが過ごしてきた中で、もっとも美しいと言っていい光景、瞬間やった。
*****
一日後とか二日後とかはどうでもええんやけど、朝っぱらから「くだんの強姦魔らしい男」がまるで早贄みたいにして、近所ののっぽな木ぃのてっぺんから突き刺さってたって話を耳にした。
ああ、そうか。
ホンマに誉さんはミッションを完遂、しやったんやな。
「おめでとう」とか「ようやった」とか言いたかったわけでもないんやけど、なにせ連絡先を聞いてへんかったさかい、その点は悔やんだ。
なんとなく――いんや、ちゃんとした思いとして、「また会いたい」って伝えるべきやった。
だって、ヒーローには――ヒロインは総じて魅力的なもんやろう?
――で、なんでやろう。
事件後、アンナさんからなんでか呼びだしくろたんやけど、オレはそれを突っぱねた。
おう、弟君、おまえ、何か知っているだろう?
――とか、意味わからんくらい核心に迫られたんやけど、それでも知らんぷりを決め込んだんや。
せやけど――たぶんアンナさんから打ち明けられたんやろう――「顔を寄越せ」って電話口で、強い口調でそないな感じやさかい、兄貴にとってアンナさんは大事なパートナーなんやろうってあらためて思い知らされた。
*****
八重洲口近くの飲み屋に行ったる言うたんやけど、「いや、いい。俺が出向く」とか言われて、結局、夜、JR蒲田駅そばのバーで会った。
兄貴は左肘をテーブルにつくなり、右手で日本酒のおちょこをくいっと傾けた。
ホンマ、絵になる、オレは兄貴ほど綺麗な男を知らへん。
「じつはな、イクミ、俺は彼女と会ったんだよ」
「彼女って誰なん?」
「ホマレ氏だ。姓は北川などといったかな?」
早速、おうたんか。
それくらいにしか思わへんかった。
「この期に及んで嘘つこうとか冗談抜かそうとは思わへんわ」とか、オレ。「つまるところ、兄貴は何が言いたいんや?」
「フツウに思考したらわかると考えるが?」
「ああ、なるほ。いくら正義の味方やいうたかて、人殺しはやっぱあかんってことやな?」
「俺が何か間違っているようなら遠慮なくほざくがいい」
「まさか。兄貴は正しい。せやけどオレは、誉さんのことを売ろうとは思わへんねやわ」
それくらい親密だということか?
まあ、そない訊いてくるんも当然やわな。
「で、どこでオレと誉さんがおうたこと知ったん?」
「そのあたりの事情はどうだっていい」
兄貴は断言するような言い方をしやった。
「だがな、誉氏は言っていたよ。取調室で、それはもう、清々しく言い放ってくれた」
「なんて?」
「おまえを指してだ、イクミ、『私が好きになるなら彼みたいな男に違いない』ってな」
オレは目ぇぱちくりさせて。
「ホンマに? 誉さんはそないなふうに言いはったん?」
「俺がからかうわけがない」
そっかぁ。
誉さんは、少なからず、オレに興味、持ってくれたんかぁ、なんや、嬉しいなぁ。
「で、これからどないすんのん?」オレは問いかける。「誉さんの犯行やってことは知れたんやろ?
「そうでもない。被疑者であろうと、現状、打つ手はない。防犯カメラから逮捕に至ったわけだが、手を下した映像は一切ないんだよ」
「ちなみに、被害者はどないなふうにして殺されてたん?」
「全身はずたずたで、首については刎ねられていた。刃物でも、『あれ』はない」
オレはコークハイを一つ口にし――。
そうか、あの柔らかい翼でそないなことができるんか。
「まあ、じつのところ、疑いの旨が不十分で解放されたところで、俺はかまわないんだがな」
「アンナさんもそないな感じ?」
「ああ。殺されたのは女の敵であるわけだからな。喜んでいたとは言わないが、悪くは思っていないようだった」
「刑事がそんなんでええんかいな」
「たまにはそういうこともある」
兄貴は「さあ乾杯だ」っちゅうた。
「何に乾杯なん?」
「つまるところは、さあ、どうしてだろうな」
どことなく、兄貴は気分が良さそうやった。
いつかまた、どっかで会えることを祈って。
なあ? 誉さん。