沼確バイン!!~エグいかわいいボーイッシュJKをメッチャやさしく攻略してみる~ 作:XI_01
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シャル兄に伴われ、いつもお世話になってるバー「ストレイシープ」からそない離れてへん店に入った、なんちゅうか、「夜のお店」や。
ちゅうてもいかがわしいとこやのうて、静かに入店してみると、一瞬でそれとわかるジャズが耳に届いた。
ピアニストは左手で弾きながらフレンドリーな感じで右手でシャル兄に「おっす」みたいな挨拶をした。
ほえぇって思わされた。
兄貴はホンマに顔が広い。
感心せざるを得ぇへんっちゅうわけや。
兄貴に促されて、ステージからいっちゃん遠い位置にあるテーブル席に腰を落ち着けた。
これまた静かにウェイターの青年がやってきて、兄貴は「ビールだ、二つだ」って頼みやった。
薄暗くて、とても広いとは言い難い店内に、ジャジーな音がキザに響く。
誰かが言うてたな、つくづくジャズはトリオがサイコーなんやって。
「いつものビールとは違うぞ」
「そうなん?」
「修道院で醸造されたものなんだよ。今の世にあってはそれなりに珍しい」
「そうなん?」
「それしか言えないのか、おまえは」
「オレは無知やさかい。兄貴が教えてくれることはなんやかて目新しいさかい」
ま、いいさ。
って、兄貴はいつやかて優しい。
ビールが運ばれてきて、えっらい口が広いデカいグラスを音もなくぶつけ合った。
「あのピアニストのおねえさん、知り合いなん?」
「おねえさん、か。まあ、そう見えるだろうな」
「あん? どういうことなん?」
「中性的なのは事実で、じつは男性だよ」
「えっ」びっくりした。「ホンマに?」
「冗談を言う理由がないだろう?」
そりゃそうやけど。
例えば、寛容で幅広い価値観を受け止める兄貴は、奴さんとも寝たりしたんやろうか――っちゅうのは下衆の勘ぐりやろか。
大いにプロシュートがあしらわれたピザがやってきた、アキラっちに言わせれば「コルニチョーネもスッゲー」や――。
一口食べて、そったら目を見開くしかあらへんかった。
「うまいやんか、これ。たかがバーのクォリティやないぞ」
「ただのバーではないということだ。おまけにジャズが聞ける」
「兄貴はジャズファンやったっけ?」
「ブルースハープのほうが好きなんだがな」
「せやったら、なんで?」
「彼のことが好きなんだよ」
やっぱり、そういうことか。
「彼の場合、左手と右手が不規則に動くんだよ。アドリブの際に、それは引き立って見えることになる」
「オレはド素人やさかい、ようわからへんけど」ピザがうまい、ばくばく食べる。
「次もまたヒトに生まれるようであれば、オレもピアニストになりたい」
オレは首ぃかしげた。
「ヘンテコな言い分にしか聞こえへんな。兄貴なら今からでもなれるやろぉ?」
「俺の今の人生においてはそうもいかんという話だ」
「やっぱりようわからへんな」
「オトナの世界の話だよ」
そのうち、演奏が止んで。
拍手を受けて仰々しく頭を垂れたくだんのピアニストがゆったりと歩んでこっちに来て。
女性にも見えかねへん彼は、兄貴を押しのけるようにして、席についた。
奴さんは兄貴には挨拶もせーへん、きっと常連で顔見知りで、お互いがお互いを大事に思っているからこその気さくさなんやろう。
「やあ、はじめまして。シャルがしきりに自慢するんだ。きみがその弟さんなんだね?」
へぇ、そっかぁ。
兄貴はオレんこと、自慢してくれてるんかぁ。
「南野タマキといいます。仲良くしてくれるとうれしいな」
そのタマキさんは右手を差し出してきた、ただの社交辞令やあらへん、丁寧さはもちろんのこと、優しさみたいなもんまでが窺える。
せやさかいオレも、気持ち良く右手を差し出した、「よろしくお願いします」言うて、笑顔を向けた。
ラムコークがやってきた、タマキさんが注文したもんらしい。
「それ、オレも好きなんですよ」
「そうなの? グラス渡そうか? 間接キス、しようか?」
「なかなかに魅力的な条件やけど」
「あげなーい。僕は博愛主義者だけねぇ」
自分の考えをすらすら語れるあたりに、オレは彼に確かな魅力を見た。
「ここのピザ、おいしいでしょ?」
「ええ。素人のシゴトとは思えへん」
「ミラノで修業したらしいよ。感心な息子さんだなぁ」
「ピザ屋専業でやったほうがええのにって思いますけど?」
「いずれこのバーを継ぐつもりなんだよ。ピザがうまいジャズバーがあっても、誰も困らないでしょ?」
まったくもって、そのとおり。
「ピアノって、難しいんですか?」
「なんだい、いきなり」
「いや、兄貴が『なりたい』言うてるさかい、そのへん、どうなんかなぁ、って」
「シャルくんならなれるだろうね、特に努力も必要なく」
そないな気はする、なにせ兄貴のことやから。
「にしても、感動しました。ジャズピアノって、ええもんなんですね」
「そう言ってもらえると」穏やかな笑みを見せたタマキさん。「ジャズファンを増やす草の根作戦、それが僕の使命だから」
まったくおおげさなこと言いますね。
そないなふうに指摘すると、タマキさんはおかしそうに笑いやった。
着信音が鳴った。
どのスマホにでもデフォルトで入ってるような無愛想な着信音――。
兄貴は電話に出て、「ああ、ええ、わかりました」って応えると、「残念だが、俺が出張る必要があるようだ」言うて、コート持って席を立った。
「兄貴ぃ、また仕事なーん?」
「ああ、そうだ。タマキ氏の相手はおまえに任せる」
「前からおもてんねんけどさ、でもって若造が抜かすのもなんなんやけどさ、もっと楽できて高給な仕事に就いたら? 兄貴やったらなんやかてできるやろ?」
「清廉潔白なデータセンターの中で這いつくばるのが、俺はひどく好きでね」
「生涯エンジニア?」
「それも悪くないだろう?」
速やかに場を後にする兄貴――その背に、オレは「いってらっしゃい!」って幾分おっきな声をぶつけた。
「弟くん、ホント、きみの言うとおりだよ」タマキさんはラムコークをぐびぐび。「それだけではないのかもしれないけれど、現場作業とかデスクワークとか、彼には到底、似合わないよね。彼はもっとクリエイティブな仕事に就くべきなんだ」
「それはそのとおりなんやろうし、オレもそない思うんですけどね」苦笑を浮かべたオレ。
「きみたち兄弟は北海道――日高の牧場のご子息だって聞いた」
牧場のご子息、か。
そうである以上、そない高級なもんでもないんやけど。
そのへん、兄貴はこのヒト――タマキさんに話したんやな。
せやからこそ、そこには信頼関係みたいなもんが構築されてるって知ることができた。
「ナマで見たことはないんだけど、馬ってカッコいいし、かわいいなって思うんだ」
「ほなら、今度、案内しますよ」
「えっ、ほんとう?」
「兄貴んことも誘っときます」
「嬉しいなあ……でも、たぶん無理だなぁ」
たぶん無理?
いったい、それはどういう……?
「きっと日本全国、その土地その土地を仕切ってるニンゲン、あるいは組織みたいなものがあって、僕はその飼い犬なんだ」
その土地その土地を仕切ってるニンゲン?
あるいは組織?
「それって、えっと――」
「きみは賢いね。さすがシャルの弟君だ」
「ヤクザ、なんですね?」
「女好きな人物なんだけど、僕のことは別腹だってね」
なんや、急にそいつんことが許せへんって思えてきた。
ヤクザが嫌いなんやない。
そいつんことが嫌いに思えたんや。
「この街から、蒲田からも出られへんのですか?」
「出られないねぇ。常に監視下にあるからねぇ」
「異常やそんなん。あなたが望めば、オレが力尽くで連れ出してやります」
目ぇ丸くして、それからくすくすわろたタマキさん。
「きみに何ができるっていうの、たかが高校生のくせに……なんて言わないよ。きみの目は強い。約束は決して違えないっていう強さを持った目だ」
「せやったら――」
「何かをしてもらったところで、僕はきみになんのお礼もできないんだ」
「そんなん要らんって、オレは言ってるつもりなんですけど?」
またクスクス、笑いやって。
「なにを本気になっているの。かわいいけど、これは笑い話なんだから」
オレは前に首ぃもたげた。
初対面のニンゲンやのに、ここまで尽くしてやりたおもたんは初めてのことやった。
「馬って、サラブレッドってかわいい? どんな匂いがするの?」
「草の匂いです、牧草の」
「その匂いを嗅ぎたいがために帰郷する?」
「ええ」俺はまたまた苦笑い。「馬は、メッチャかわいいです」
見た目だけだと思うヒトもいるかもしれないけれど、きみのほんとうに素敵なところは「心」なんだね。
「そうかなぁ」オレは上に目ぇやりながら、右手で前髪を掻き上げた。
「アルビノだから、これまで苦労したこともあったんだろうね」
「あらへんよ、言い切れる。オレはめっちゃ気ぃ強いさかい」
「ヒトには優しくあろうって思わない?」
「それはまた別の話です、相手による」
「つくづくきみは正直だね」
「光栄至極なお言葉です」
苦笑じみた表情ばっか浮かべるばっかで、もうあおるつもりはないらしい。
せやさかい席を立つと、オレはグラスをひったくってラムコークをぐびぐび、飲み干した。
「ほったら、そのヤクザさんでしたっけ? 早速、話つけにいきましょうかぁ」
「えっ」びっくりしたんやろう、無理もない。
せやけど――。
「オレはたった今、あなたのことが好きになりました、タマキさん。せやからあなたんことを鳥籠ん中から解放せなあきません」
「えっと」タマキさんは難しい顔しやって。「馬鹿なのかな、きみは。地味かもしれないけどここいらではいっとうのヤクザなんだよ?」
「兄貴は、シャル兄はなんて言うてましたか? 今の状況にあるタマキさんのこと、『ほうってはおけない』って、言うたはずや」
「僕はそれを余計なお世話だと言った」
「それでも見過ごしませんよ、兄貴は、タマキさんこと」
オレはじっと見下ろして、タマキさんはじっと見上げてきやった――。
――その日、その夜は別れて、兄貴から連絡があったんは次の日の昼間のことやった。
曇り空のもと、LINEでいかにも大仰に、『死地を踏むことになった』――。
ガッコの屋上でのんきに焼きそばパン食べてたオレはいよいよ立ち上がった。
後ろからアキラっちの声、「なんだよ! 待てよ! 何があったんだ?!」っちゅう言葉を無視して、オレは一生懸命に駆けだした。
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くだんのジャズバー。
訪れ、ベルが付いてる表玄関から入ると、タマキさん、それに兄貴がおった。
タマキさんは四人席の椅子に腰掛けてて、兄貴は執事みたいにして、すぐそのそばで立ってやった。
べつに体力的に消耗したとか、そないなことはない。
ただただ心配で、せやからこそ息を切らせてたわけで――。
ろくに灯りもない、ホンマ辛気臭い空間にあって、口ぃ切ったんは兄貴やった。
「黙っているほうが申し訳がないと考えた。知らせなかったら、おまえは一生、俺のことを恨み、罵ったことだろうからな」
そのとおりやよ、兄貴。
で、いったい、何があったんや――?
「タマキの命が危険にさらされている。これ以上に、言う言葉があるか?」
あらへんな。
ああ、あらへんな。
「兄貴、どないすんねんな? ここ、明らかに囲まれてんぞ?」
「俺が現状を切り開く。やってやれないことはないはずだ。心配するな」
「心配するわいさぁ」オレの口からは、思いの外、デカい声が出た。「兄貴さぁ、あんたはオレのたった一人の兄貴なんやぞぉぉぉ?」
言い争いになりそうやった。
そないな最中に、タマキさんは「待ってよ」って割って入ってきて――。
「僕が捕まれば万事オーケーなんだ。そうなんだったら、きみたち兄弟に迷惑をかける必要も――」
抜かせや、あっほんだらぁぁぁっ!!
オレの口はそない下品な言葉を吐いた。
「オレも兄貴もあんたのために出来ることをしたろうっていうんやぞ! 黙ってろや! オレも兄貴もおまえんこと好きなんや、大好きなんやぞ!!」
タマキさんは泣きそうな顔で、オレんこと、見上げてきやった。
「わからない、わからないよ。どうしてきみたち兄弟は、よく知りもしないニンゲンのために命を削れるんだい……?」
その点については簡単だよ、タマキ。
そない述べた兄貴は、「おまえが死んだら困るんだ。オレも弟も、おまえのピアノを聴けなくなると、ひどく困るんだ」――。
オレは胸張って、大きく一つ、息を吐いた。
「オレから出たる、任せろや。オレに鉄砲向けてくるニンゲンは全部ぶっ壊したる。兄貴はくれぐれも『アンナさん』との連携、忘れへんようにな」
「ま、待ってよ、イクミ。これは僕が背負うべき業で――」
「どこにも業なんてありゃせーへんわ。任せとけって」
兄貴が、「おまえはまだまだだが、橋頭保くらいは築けるだろうと踏んでいる。せいぜい、励んでみせろ」とか言うた。
あいよっ!
オレはそない応じて、当該ジャズバーから勢いよく表に出た。
途端、右の頬を何かが掠めた。
次の瞬間には、それって弾丸やって気がついた。
オレは素人や。
でも、オレは犀川家のニンゲンで、なにより犀川シャルの弟や。
最強の兄弟やって自負してる。
せやさかい、おまえらは負けるんやぞ。
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今日もくだんの、薄暗い中にあるジャズバー。
セッションを終えたタマキさんが――客の談笑に溢れる中――オレと兄貴の席に来やった。
オレの顔面はけっこう傷だらけで、せやさかい心配してくれたらしい――っていうか、顔歪めて泣きそうな顔しやる。
そうしたい気持ちはわかるんやけど、オレはオレがやりたいこと成し遂げた。
兄貴かてそうや、そんなん含めて、オレらはやりたいように立ち回ることができて、その結果として、あんたにより良い報告をもたらすことができたんや。
「彼らに人生を踏みにじられるようになってから初めてのことだ。一日に、なぁんの連絡も来なくなったんだ」って、タマキさん。
「それって安心できる要素なんかな。翻って、そうでもないってことはない?」って、オレ。
「一日とは言ったけれど、ほんとうにもう、まるで連絡がないんだ」
「せやったら少なくとも、悪い結果やないってことやね」
なんや心細くなったんか、あるいは心苦しく感じたんか、タマキさんは自分のことを両腕で抱き締めて、それから呟くようにして「ごめん」言うた。
オレは兄貴と視線合わせて二人してやれやれとばかりに肩ぁすくめた。
「これでホンマに解決なんかな?」
「そう思うの? イクミくんは」
「そない信じたいな、って」
「ヤクザはみんな、きみたち兄弟に対して、怯えているようだったんだ」
ま、そりゃそうやろ。
オレら兄弟は火の玉みたいなもんやさかいな。
――って言うて、オレは勢い良く朗らかにわろた。
「たぶん、後先を考えないニンゲンほど怖い存在はいないってことなんだろうね……。でもさ、だったら、きみたちのことは誰が想ってくれるのかな、って……」
兄貴が相変わらずの上から目線で、「それはだタマキ、おまえが気にするところじゃあない」って言いやった。
「俺は幸せだ思ってる。おまえを助けることができて幸運だったって考えてる」
言うてぽんぽんってタマキさんの頭に手ぇやったシャル兄。
もう店じまいの時間やけど、ラムコークにありつけた。
口ん中をけっこう切ってしもてるからあちこち染みたんやけど、けっしてマズいなんてことはなかった。
危ない目には遭ったんやけど、それ以上の報酬が得られた。
タマキさん。
あんたみたいなんがおるから、オレはまだまだ、ニンゲンのことが好きになれそうなんやわ。
ホンマに、ありがとう。