※この作品はR-18です。

三宮三葉の反省ノート   作:三百柊

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第1話

優と出会って2日目。

三葉は自室の机に向かい、一冊のノートを広げていた。

かつて自分のせいで仲間を死なせてしまったあの日から、自分を戒めるために書き続けている反省ノート。

だが、そこに書き込まれているこの二日間の記録は、いつもとは明らかに様子が違っていた。

 

ペンを握ったまま、三葉はノートに書き殴った文字をじっと見つめ、ぽつりと言葉を漏らす。

 

三葉:優と出会って、まだ二日……。あたし、一体何を書いてるんだ……?

 

ペンを置き、三葉は頭を抱えた。

ノートに整然と並ぶ出来事の数々。それをなぞるうちに、彼女の脳裏には百夜優一郎という男の顔が嫌というほど浮かんでくる。

 

三葉:初日……。あのバカ、いきなり独断行動しようとしやがって。あたしは腕を掴んで止めた。「全滅の可能性があるからダメだ」って。でもアイツは「一人でやるから全員撤退しろ」って腕を振り払った。あの時は本当に、どうすればこの頑固者を止められるんだって必死だった……

 

腕をさすりながら、当時の焦燥感を思い出す。

 

三葉:……結局止められなかった。出会って初日の、あたしのトラウマをこれでもかってくらい刺激してくる、本当にムカつく男。絆なんてこれっぽっちもない。なのに、なんであたしは「勝手にしろ」って見捨てなかったんだ……?

 

三葉:冷静に考えたら、三宮の立場なら「みんな見てたよな? あたしは止めたよな?」って言ってアイツを見捨てて撤退したって、評価は下がりようがない。あたしは初対面のムカつく男に無償の慈愛を注ぐような、お人好しの聖人じゃない。なのに、放っておけなかった……

 

**********************

 

三葉は深くため息をつき、ノートのページをめくった。

 

三葉:アイツにビンタして、きつく叱った後だ。助けられた女の子がお礼を言いに来たら、優のやつ……「俺がしたいと思っただけだから気にするな」って、あんな顔で笑いやがって。

 

三葉:///……。

 

三葉:さっきまで怒り狂ってたはずなのに、胸の奥が熱くなって……。あたし、三年間も軍にいるんだ。男気のある軍人なんていくらでも見てきたし、いちいちときめくようなヤワな女じゃないはずなのに…///。

 

**********************

 

さらに今日、二日目の作戦会議の記述に目を落とす。

 

三葉:人質は無視だ、って決定に不服そうにしてた優に、あたしは「帰ってもいいぞ」って言った。昨日からずっと「嫌いだ」「お前なんかとは合わない」って口では言ってるのに。でも……あたしはアイツをチームから追い出すようなことは、ただの一度もしなかった。

 

**********************

 

三葉:それどころか……。

 

三葉の顔が、一気に耳まで真っ赤に染まっていく。

ペンを持つ手が小刻みに震え、机に突っ伏した。

 

三葉:あの、二回目の独断行動だとあたしが誤解して、言い合いになったとき……!

 

三葉:急にアイツ、喋るのをやめて、あたしの体をぐいって引き寄せて……!

 

三葉:直前まで喧嘩してたのに、急に顔が、信じられないくらい近くなって……!

 

三葉:///っ! あ、あの時……なんであたし、心臓が破裂しそうくらい鳴って、体が動かなくなって……されるがままになってたのよ……!

 

両手で顔を覆い、あわあわと足をバタつかせる。

 

三葉:結局、抱き留めてなんかくれなくて、あたしの後ろにいた吸血鬼を斬りに行っただけ。……あん時は、もう頭の中がぐちゃぐちゃで、声も出なかった。

 

三葉:自分の無力さとか、死の恐怖とか、先輩としての恥ずかしさもあったけど……。

 

三葉:何より……嫌いなはずの男に引き寄せられて、顔が近づいて、抵抗もしないで……。

 

三葉:あたし……何かを、期待しちゃってた……?

 

三葉:///! 恥ずかしすぎる……! なのにアイツは、あたしなら自分で体勢を立て直せるって信頼してくれたから抱き留めなかったんだろうけど……。わかってるけど、なんか、ものすごくショックで……!

 

のたうち回った後、はたと動きを止め、天井を見上げる。

 

三葉:なんで、出会って二日目の、トラウマ刺激男相手に、あたしは期待なんかしたんだ……?

 

**********************

 

そして、今日の戦闘の終盤。吸血鬼に囚われた時のことを思い出す。

 

三葉:死を覚悟して、「あたしは見捨てて逃げろ」って叫んだ。なのに優は、絶対に諦めないって、必ず助けるって叫んで向かってきた。

 

三葉:あたしを助けようとするせいで、アイツが死んじゃう。過去の光景が重なって、涙が出て、やめてくれって祈るような気持ちだった。

 

三葉:もし優が、本当にただのムカつく奴で、興味もない男だったら……あたしは絶対に恨んでた。「あれだけ言ったのに独断行動して、チームを危険に晒して、お前のせいで誰かが死んだんだ」って。

 

**********************

 

三葉:でも、あたしは恨むどころか、アイツの心配ばかりしてた。死なないでくれって。

 

ふっと、三葉の表情が柔らかくなる。

 

三葉:それなのにアイツは、有言実行で、あたしを颯爽と助け出して……。

 

三葉:……あの時のアイツの横顔、めちゃくちゃ整ってて、まるで王子様みたいだったなんて、絶対に本人には言えない……///。

 

三葉:口では「見捨てろ」なんて言いながら、心のどこかで、優に助けてほしいって思ってた。終わった後、ちゃんとありがとうって言いたかったのに……。今までのキツい態度が邪魔して、結局「嫌いだ!」なんて言って逃げちゃったし……。あたしのバカ。

 

**********************

 

三葉はノートを閉じ、机に突っ伏して深く息を吐き出した。

点と点がつながり、導き出される答えは、もう一つしかなかった。

 

三葉:……嘘でしょ。

 

三葉:あたし、優のことが、好きなんだ……。

 

認めてしまった。

認めた瞬間、心臓がさらにうるさく脈打ち始める。

 

三葉:いやいや、おかしいって! 出会ってまだ二日だよ!? 戦場で色んな男を見てきたあたしが、たった二日で恋に落ちるなんて、そんなスピード感あるわけ……。

 

三葉:……あるわけ、ないけど。

 

三葉:でも……「一目惚れ」だったって言われたら、全部説明がついちゃうじゃない。

 

三葉:確かに、顔はムカつくくらい整ってる。バカだけど。だから、ちょっとした男気のある行動に、あたしは一々ときめいてたんだ。最初から惚れてたから、見慣れたはずの男気に、特別なときめきを感じてたんだわ……。

 

自分の気持ちの正体に気づき、三葉はシーツを頭から被るようにしてベッドに転がった。

 

三葉:今までこんな気持ちになったことない……。

 

三葉:トラウマのせいで過剰反応してたのもあるけど、何より、顔が好みな男が初対面から気になってて……。無意識にアイツを失うのが怖くて、でもそれを素直に認められなくて、「不快だ」って脳内で変換してただけなんだ……。

 

**********************

 

もだえながら枕に顔を押し付ける。その時、ふと親友の顔が浮かんだ。

 

三葉:ま、待てよ……?

 

三葉:昨日、シノアは風呂の時にからかってきたわよね、”激しくぶつかった二人、そんな二人は恋に…”なんて…!

 

三葉:あいつ、あたしが無自覚に一目惚れして、バタバタしてたの、最初から全部気づいてたんじゃ……!?

 

三葉:ああもう! 恥ずかしすぎる! シノアのやつ、絶対に許さないんだから……!

 

ベッドの上でひとしきり暴れた後、三葉は疲れたように天井を見つめた。

怒りはすぐに消え、胸の奥からじわじわと温かいものが広がっていく。

 

三葉:……はぁ。でも、自覚しちゃったら、もう明日からアイツの顔、まともに見られないよ…///。

 

三葉:どうしよう。優のバカ…//////。

 

まだ芽生えたばかりの、自覚したての恋心。

三葉は顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうに布団を深く被り、淡い期待を胸にそっと瞳を閉じた。

 

************************

 

翌日。新宿戦後の夜。

三葉はベッドの上で寝返りを打ち、天井をじっと見つめた。

静かな夜の闇の中で、今日一日の出来事が走馬灯のように頭を巡る。

 

”そんなことより優はどうなんだ!!”

 

三葉:……優の意識は、いつ戻るんだろう。

 

心配で仕方がない。吸血されていたせいで詳しいことは分からないけれど、優が異形の姿になって、しかもシノアを殺そうとしたなんて、一体どういうことだ。何者なんだあいつは、誰かに何かされているのか。だとしたらあたしはそいつを許せない。あいつにそんなことをさせるなんて。

 

三葉:でも……大丈夫だ。優が根っからの素敵なやつなのは変わらないんだから。きっと大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせるように、ギュッと布団を握りしめる。

 

三葉:シノアも、一見あんなに冷静に見えたけど……すごく心配してたよな。あいつ、なんだかんだで仲間思いだからな……。

 

それにしても、と三葉は今日の衝撃的な光景を思い出した。

 

三葉:優の家族が吸血鬼になっていたなんて、生きているにしても可哀想すぎる……。ミカって言ってたかな。会話は全部は聞こえなかったけど、あいつが泣くところ、初めて見た。胸に来たな。すごく想い合ってる感じで、本当に大事なんだろうな……。あたしも、優のそんな存在になれたらな……///。

 

自分の口から漏れた言葉にハッとして、三葉は慌さめて両手で口を抑えた。

暗闇の中でも、自分の顔がみるみる熱くなっていくのが分かる。

 

三葉:なに考えてんだか……! でも、あたしも昨日思ってたよりは、普通に接することができた! さすがあたし、軍人として誇らしいな……。

 

色々と思い返しているうちに、自分の無力さが胸をかすめる。

 

三葉:あたしはみんなに比べたら弱い。今日の戦闘でも、あまり役に立たなかったけど……。

 

それでも、と三葉はふっと表情を引き締め、ベッドのなかで体を起こすように姿勢を正した。

 

三葉:相変わらず優はバカなやつだからさ。先輩軍人として、これからはしっかり背中を守ってやらないとな。どっしり構えていよう。

 

窓の外の夜空に目を向け、三葉は優しく微笑んだ。

 

三葉:明日には目を覚ますだろ、優……?

 

************************

 

昼下がりの新宿。破壊された瓦礫の間を哨戒任務で歩きながら、三葉はため息を堪えきれずにいた。隣を歩くシノアはいつも通り淡々とした様子だが、時折見せる横顔には、やはりどこか翳りがある。

 

三葉:おい、シノア。もうすぐ昼になるっていうのに……優のやつ、まだ目を覚まさないのか?

 

シノア:ええ、そうですね。医療班からの連絡では、容態は安定しているものの、意識が戻る兆候はまだないとのことです。

 

三葉:……そうか。あのバカ、いつまで寝てやがるんだ。

 

シノア:おや? みっちゃん、なんだか昨日からずっとそわそわしていませんか? 哨戒中も、心ここにあらずといった風に見えますが。

 

三葉:なっ……! ///。

 

三葉:バ、バカ言うな! あたしはただ、先輩として体調を心配しているだけだ! それ以上の他意なんて、あるわけないだろ!

 

シノア:ふふ、誰もそれ以上のことなんて言っていませんよ? 自意識過剰ですねぇ、みっちゃんは。

 

三葉:うぐっ……お、お前なぁ!

 

シノア:でも……そうですね。優さんのあの姿を目の当たりにしたあとですから、心配になるのも無理はありません。

 

三葉:……シノア。

 

シノア:はい?

 

三葉:お前、あの時……本当に大丈夫だったのか? 優が、お前を殺そうとするなんて……あたし、吸血されてて何も出来なかったから……。

 

シノア:……。ええ、私は見ての通りピンピンしていますよ。…グレン中佐が止めてくださいましたから。

 

三葉:……そっか。でも、あいつがそんなこと……。あたし、あいつは絶対に仲間を傷つけるようなやつじゃないって信じてる。だから、あいつ自身が何か悪いものに利用されてるんじゃないかって、そう思えて仕方ないんだ。

 

シノア:……。優しいですね、みっちゃんは。でも、私も同意見です。優さんの内側に、私たちの知らない「何か」があるのは間違いありません。

 

三葉:だろ? だからこそ、あいつの側にいるあたしたちが、しっかりしなきゃいけないんだ。

 

シノア:あら、頼もしいですね。

 

三葉:ふん、先輩なんだから当然だろ! だから……。

 

三葉:///。

 

三葉:だから……その、あいつが目を覚ましたら、一番にあたしが「この大バカ野郎!」って、叱ってやるんだからな……。

 

シノア:ふふ、お説教の列には私も並ばせていただきますね。……さあ、みっちゃん。優さんがいつ起きてもいいように、まずは今日の任務をさっさと終わらせてしまいましょう。

 

三葉:ああ、そうだな! あいつが戻ってくる場所は、あたしたちが守ってやらないと。行くぞ、シノア!

 

************************

 

夜。

三葉は自分のベッドに潜り込み、ゴロゴロと頭を抱えて悶絶していた。

 

三葉:結局今日も優は起きなかったか……。

 

寂しさと心配が入り混じりつつも、どこかホッとしている自分がいる。今日から優の看病は、夜間にシノア隊のメンツが当番制で見ることになったのだ。

 

三葉:今日の当番はシノア、明日があたし、その次は与一で、最後が君月だったな。

 

ローテの順番を頭の中で反芻しながら、三葉はふと顔を赤くさせる。

 

三葉:つまりあたしは、明日、誰の邪魔も入らずに優と二人っきりで夜を過ごせるってことか……?

 

三葉:///っ! なに考えてんだろ、あたし! 病室で寝てるだけのバカを看病するだけなのに、なんでこんなに緊張してんだよ!

 

頭の中でツッコミを入れながら、枕に顔を埋めてバタバタと足をジタバタさせる。

 

三葉:いや別に、暇さえあれば昼だっていつでも面会に行けるけどさ……。でも、ほかの誰かがいる時に行ったら、絶対に変に勘ぐられるし、だいいち……。

 

三葉:……///。

 

三葉:こんな真っ赤な顔で優の顔なんか見たら、好きなのバレバレじゃん……!

 

恥ずかしさのあまりシーツを頭からすっぽり被り、三葉は大きなため息を吐き出した。

 

三葉:はぁ……。早くあのバカの顔が見たいような、見られたら一発でボロ出しそうで怖いような……。ぐぬぬ、本当にどうしてくれんだ、優のやつ……。

 

モヤモヤとした甘酸っぱい焦燥感を抱えたまま、三葉は明日の当番に備えて、大きく深呼吸をして目を閉じた。

 

************************

 

朝。三葉の自室。

鳥のさえずりが聞こえる中、ベッドから起き上がった三葉は、髪をボサボサにしたまま固まっている。

 

三葉:……あ。

 

三葉はカレンダーの花丸を見つめ、ハッと目を見開いた。

 

三葉:も、もし……もし今日、夜になる前に優が目を覚ましたら……。

 

ベッドの上に正座し、深刻な表情で考え込む。

 

三葉:意識が戻ったら、当然、夜間の見守り当番なんて必要なくなる。……ってことは、あたしの『合法的に誰にも邪魔されず優と二人きりになれるチャンス』が、消滅するってことじゃないか……!?

 

がばっと立ち上がり、頭を抱えて部屋の中を往復し始める。

 

三葉:いやいやいや! 何を考えてるんだあたしは! あいつが目覚めてくれるのが一番に決まってるだろ! 心配で眠れない夜を過ごしたくせに、自分の都合で『夜まで寝ててくれ』なんて、そんなの、乙女心が歪みすぎてるぞ!

 

自分の両頬をパチンと叩いて気合を入れる。

 

三葉:そうだ、あいつの健康が第一だ! 今日のお昼あたりにケロッと目を覚まして、シノアたちと『よぉ!』なんて笑い合ってるのが一番いいに決まってる!

 

しかし、ウキウキした気持ちがしぼんでいくのを止められない。

 

三葉:……でも。でもさぁ……。

 

ベッドの端に腰掛け、膝を抱えて小さくなる。

 

三葉:せっかく、二人きりになれるって、昨日の夜からずっと楽しみにしてたのに…。

 

三葉:誰もいない静かな病室で、お前の寝顔を眺めながら、ゆっくり看病して……お前が起きたら『心配したんだからな、バカ』って、優しく言うシミュレーションまでしたのに……。

 

顔が急激に熱くなり、枕に顔を押し当てる。

 

三葉:うぅ……あたし、なんて強欲なんだ……!/// 優の体が心配なのは本当だけど、二人きりになりたいのも本当なんだよぉ……!

 

枕をギュッと抱きしめたまま、ゴロゴロとベッドの上を転がる。

 

三葉:お昼に目を覚ます優と、夜まで眠ってる優……あたしはどっちを応援すればいいんだ!? どっちにしても、あたしの心臓がもたない気がする……!

 

時計を見ると、もうすぐ集合時間だ。

 

三葉:あぁもう、時間だ! と、とにかく、任務に行かなきゃ! 優のバカ、今日起きるなら、あたしが一人で病室にいる時にしなさいよ!///

 

三葉は真っ赤な顔のまま、慌てて軍服に着替え始めた。

 

************************

 

シノア隊の任務中。新宿の廃ビルの屋上。

瓦礫の隙間から周囲を警戒する三葉だが、その手元はどこかおぼつかない。

何度も時計を見ては、小さくため息をついている。

 

三葉:……はぁ。今、何時だ? まだ昼を回ったばかりか。

 

三葉は武器のハルバードに寄りかかり、優が眠る建物の方角をじっと見つめる。

 

三葉:あいつ、もう起きたのかな……。いや、まだ寝てるのか? どっちなんだ? 起きてほしいけど、起きたら今日の夜は……あぁもう、集中できないっ!///

 

頭を振って雑念を払おうとした、その時。

背後から、足音もなくすうっとシノアが近づいてくる。

 

シノア:ふふふん……。みっちゃん、そんなにため息ばかりついていると、幸せが逃げていってしまいますよ?

 

三葉:わっ!? し、シノア! びっくりさせるな!

 

シノア:あら、びっくりしたのはみっちゃんが任務に集中していないからでは? さっきから時計とあの建物の方向を交互に見て、すっかり心ここにあらずですねぇ。

 

三葉:そ、そんなことない! あたしは三宮家として、完璧に周囲を警戒している!

 

シノア:おや、そうですか? ……あ、そういえば。

 

シノアは人差し指を顎に当てて、わざとらしくニヤニヤと笑う。

 

シノア:あれ〜? 今日って、夜の見守り担当、みっちゃんの日でしたよね?

 

三葉:ぐっ……!/// な、何だよ、それがどうしたって言うんだ!

 

シノア:いえいえぇ? もし優さんが夜までに目を覚ましちゃったら、せっかくの『二人きり看病フェスティバル』が中止になっちゃうなぁ、なんて考えてたんじゃないですか?

 

三葉:だ、誰がそんな破廉恥なフェスティバルを考えてるかーーーっ!!///

 

シノア:おやおや、否定の仕方がやけに具体的ですね。やっぱり、夜まで優さんに眠っていてほしい、なーんて不届きなことを考えていたんですね?

 

三葉:ち、違うっ! あたしはただ、あいつの体が心配なだけで……! っていうか、起きてくれた方がいいに決まってるだろ!

 

シノア:ふふん、目が泳いでますよ。でも安心してください、さっき入った連絡だと、優さんはまだすやすやと夢の中だそうです。

 

三葉:えっ……。

 

シノア:あら、一瞬ホッとした顔をしましたね?

 

三葉:し、してない!/// あたしはあいつが早く起きないのを、純粋に心配してるんだ! お前、これ以上あたしをからかったら、そのふざけた頭を叩き割るからな!

 

シノア:おー、怖い怖い。でも、夜の看病、楽しんできてくださいね。私の分まで、優さんに愛を囁いてあげてください。

 

三葉:囁くか馬鹿者ーーー!! 当番だから、仕方なく添い寝……じゃなくて、付き添ってやるだけだ!///

 

シノア:あら、今『添い寝』って言いかけました?

 

三葉:言ってない! 聞き間違いだ! ほら、さっさと持ち場に戻れ、シノア!

 

三葉は真っ赤になった顔を隠すように、あわてて双眼鏡を目元に押し当てた。

 

************************

 

夕方。任務を終えた三葉は、宿舎のシャワールームにこもっていた。

シャワーの湯気が立ち込める中、三葉はいつもよりも念入りに、腕や首筋、髪の毛までをゴシゴシと洗い上げている。

 

三葉:……ふぅ。

 

湯船に浸かると、ふと今日の夜、薄暗い静かな病室で優と二人っきりになる場面が脳裏に浮かぶ。

 

三葉:///っ! な、なんであたし、こんなに気合入れて体を洗ってるんだ……!?

 

顔を真っ赤に染めながら、湯船のお湯をバシャバシャと手ですすって頭からかぶる。

 

三葉:い、いや! 汗をかいたから当然だろ! 決して、夜中に優の近くに寄るからとか、そういう変な理由じゃない! ……たぶん!

 

湯船の縁に両腕を乗せ、自分の熱を持った頬をペタペタと両手で叩く。

 

三葉:……でも、もし万が一、近くで起きられたりしたら……汗臭いとか思われたら死んでも死にきれないし……。

 

三葉:うん、身だしなみは軍人としての基本だ! ……よし、完璧だな!///

 

************************

 

優の病室に入る三葉。

 

ドアを静かに閉め、呼吸を整えてからベッドの脇へと歩み寄る。

 

三葉:……優。

 

規則的な寝息を立てて眠る優の顔を覗き込み、三葉はパイプ椅子にそっと腰掛けた。

 

三葉:いつ起きるんだ〜、心配してるぞー///。

 

三葉:……ほんと、いつまで寝てんだよ、大バカ野郎。

 

静まり返った病室で、優の整った寝顔をじっと見つめているうちに、三葉の顔が徐々に赤くなっていく。

 

三葉:……なぁ、優。

 

身を乗り出して、そっと顔を近づける。

 

三葉:なんの夢見てるのー?あたしだったりする?///

 

三葉:……なんて。

 

すぐに弾かれたように体を起こし、真っ赤な顔で両手で口を覆った。

 

三葉:…しないか。

 

三葉:あるわけないだろ、バカ! あたしは何を期待してんだ……!///

 

三葉は頭を抱え、小さく足をバタバタさせながらベッドの脇で悶絶した。

 

************************

 

月明かりが差し込む静かな部屋。

 

優の規則正しい寝息だけが響く空間で、三葉はごくりと唾を飲み込んだ。

 

三葉:誰もいない……。誰にも、バレない……。

 

ゆっくりと手を伸ばし、優の頬の真上に指先を近づける。

 

あと数センチのところでピタリと手を止め、三葉の顔が一気に爆発したように真っ赤になった。

 

三葉:///っ!!

 

三葉:ほ、ほっぺぐらい……触っていいでしょ……///!

 

心臓が壊れそうなほど警報を鳴らす中、三葉は意を決して、そっと指先を優の頬に触れさせた。

 

三葉:……あ。

 

三葉:……柔らかい……。

 

三葉:///……。

 

三葉:……いつも生意気なことばっかり言ってるくせに……寝顔は、ホントにバカみたいに無防備なんだから……。

 

指先から伝わる温もりに、三葉は胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じながら、愛おしそうにそっと微笑んだ。

 

************************

 

三葉はハッと我に返り、優の頬に置いたままだった自分の手を慌てて引っ込めた。

 

三葉:///っ……! な、何やってんだろ、あたし……!

 

心臓が飛び跳ねるような動悸を感じながら、自分の右手を見つめて真っ赤になる。

そのまま自分の膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。

 

薄暗い病室の窓の外を見やると、いつの間にか夜が明けかけており、青白く澄んだ朝の光がカーテンの隙間から差し込んではっきりと部屋を照らし出していた。

一晩中ずっと優のそばにいたせいで、いつの間にか椅子に座ったまま浅い眠りに落ちていたらしい。

 

三葉はガタッと椅子を少しだけ引いて、そっとベッドの上の優を覗き込む。

――相変わらず、彼は静かに眠ったままで、目を覚ます気配はない。

 

三葉:……ふぅ。

 

小さく息を吐き出した胸の奥で、張り詰めていた緊張がほどけていくのと同時に、言いようのない安堵感が広がっていく。

 

三葉:起きなくて……よかった、のかな……。

 

もしあのまま起きていたら、触っていたところを見られていただなんて、羞恥心で今すぐこの場で気絶していただろう。

誰にも見られずに済んだというホッとした気持ちと、でもやっぱり少しだけ寂しいような、複雑な感情が胸を渦巻く。

 

三葉:まったく……いつまで寝てやがるんだか。

 

気まずさと愛おしさが入り混じった顔のまま、三葉はふっと優しく息を吐き、自分の熱を持った頬を両手でそっと包み込んだ。

 

************************

 

昼間。シノア隊の面々と共に、新宿の復旧した区画で再び哨戒任務に就いていた。

 

瓦礫の片付けや周辺の警戒に当たっているはずなのに、今日の三葉の頭は完全に別のことで占められていた。

 

三葉:(……優の、肌の感触……っ)

 

ふとした拍子に思い出し、三葉の足がピタリと止まる。

 

昨日の夜、誰もいない薄暗い病室で眠る優の頬に触れた時の、あの生々しい体温。硬すぎず、でもしっかりとした男の人の肌の温もりが、今でも指先に焼き付いているかのように生々しく蘇ってくる。

 

三葉:///っ……!

 

思い出しただけで顔が一気に沸騰し、持っていたハルバードの柄を強く握りしめた。

 

シノア:あら、みっちゃん? そんな真夏の太陽が出ているわけでもないのに、耳たぶまで真っ赤にしてどうしたんですか?

 

すぐ隣を歩いていたシノアが、すっと顔を覗き込みながら面白そうに微笑む。

 

三葉:なっ……! べ、別に何でもない! 暑いんだよ、今日の新宿は一段と蒸す気がしてな!

 

三葉:ほら、サボってないで早く歩きなさいよ、シノア!

 

大きな声を出しながら早足で前を進むが、心臓はバクバクと五月蠅く鳴り続けている。

 

三葉:(あんなの反則だって……! 思い出すだけで、また触りたくなっちゃうじゃない……!)

 

真っ赤になった顔を隠すように前を向き直りながらも、三葉の頭の中は優のことでいっぱいのままだった。

 

************************

 

夜。軍施設の静まり返った廊下を歩きながら、三葉は複雑な感情で頭を悩ませていた。

 

今日の夜の見守り当番は与一の番だ。

 

三葉:……はぁ。

 

病室の前を通り過ぎるわけでもないのに、自然と足がその方向に向いてしまいそうになり、三葉は慌てて首を振った。

 

三葉:いや、待て待て待て! 今日は与一の当番なんだから、あたしがうろちょろしてちゃいけないだろ!

 

三葉:……というか。何か、こう……急な任務とか、めんどくさいトラブルが起きたりして、当番を代わってくれって言われたりしないかな……?

 

三葉は廊下の壁に背中を預け、ふっと天井を見上げて小さな溜め息を零した。

 

三葉:いや、そんな不謹慎なこと考えちゃダメだろ! 優がまた危ない目に遭うかもしれないのに……! だけど……あぁもう!

 

自分の頭をガシガシとかきむしりながら、三葉は赤くなった顔を両手で覆う。

 

三葉:もし代わってくれって言われたら、絶対に出し抜いて速攻で引き受けるくせに……! あたしのバカ……!///

 

************************

 

ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、三葉は頭を抱えていた。

 

三葉:……優って、彼女とかいるのかな?

 

口に出した瞬間、三葉は自分で自分の言葉にびっくりして跳ね起きた。

 

三葉:い、いやいやいや! あんな野生児にいるわけないだろ! 頭の中、吸血鬼を倒すことと家族のことばっかり考えてるみたいだし……!

 

再びベッドに倒れ込み、枕をギュッと抱きしめる。

 

三葉:……でも。

 

三葉:あの顔だしな……バカだけど無駄に顔は整ってるし、あの謎の男気……。学校に通ってた時とかに、あたしの知らない女子にモテてたりしたんじゃ……?

 

三葉:///っ!

 

想像しただけで胸の奥がモヤモヤとして、三葉は枕に顔を埋めてバタバタと足を暴れさせた。

 

三葉:あーーーもうヤダ!考えたくないよあいつの女関係なんて...!!

 

三葉:いない! 絶対にいない! あいつの彼女は『吸血鬼退治』だ! ……よし!

 

無理やり自分を納得させようと勢いよく起き上がったものの、熱を持った頬は一向に冷めそうになかった。

 

三葉:……ほんと、どこまでもあたしを狂わせやがって...///。

 

************************

 

翌朝。

三葉は自分のベッドからガバッと勢いよく起き上がると、乱れた髪をそのままに荒い息を吐いた。

 

三葉:今日は君月の番か……。って、そんなことより! いい加減、本格的に心配だぞ……!

 

カレンダーに目をやり、三葉は青ざめた表情で両手をぎゅっと握りしめる。

 

三葉:今日で……もう四日目になる。いくら何でも、長すぎないか……? いつ起きるんだよ、あいつ……。

 

胸の奥を冷たいものがスルスルと這い上がってくるような、嫌な予感が広がる。

昨日までの甘酸っぱい妄想や恥ずかしさはどこへやら、圧倒的な不安が三葉の心を急激に締め付けた。

 

三葉:……どうしよう。もしこのまま、優が二度と目を覚まさなくなっちゃったら……。あいつが、あたしの前からいなくなっちゃったら……。

 

想像しただけで、心臓が握り潰されそうなくらい痛む。

頭をブンブンと激しく振り、三葉は自分の両頬をパチンと強く叩いた。

 

三葉:……っ! だ、大丈夫、落ち着けあたし、大丈夫……!

 

震える声を必死に抑え込み、自分に言い聞かせるように大きく息を吸い込む。

 

三葉:優は強い奴だ。あんなところでくたばるようなタマじゃない。きっと戻ってくる、だって、あたしの……。

 

喉まで出かかった言葉を、三葉はぐっと飲み込んだ。

真っ赤に染まった瞳に涙を滲ませながら、彼女はギュッと胸元を掴み、消え入りそうな声で呟く。

 

三葉:あたしの大事な……パートナー、なんだから……///っ。

 

************************

 

昼。新宿の瓦礫が続く通りを、シノア隊の面々は無言で哨戒任務にあたっていた。

 

張り詰めた空気の中、先頭を歩いていたシノアがふと足を止め、振り返らずに静かな声で告げる。

 

シノア:そういえば、皆さん。優さんが暴走したことについては、軍の上層部に聞かれても、何も知らないで通してください。...優さんにも、です。目を覚ましても、とりあえず暴走のことは黙っててください。

 

その言葉に、三葉はハッと動きを止めた。

 

三葉:……なっ、どういうことだ、シノア? あいつ自身にまで隠すなんて……何かあったのか?

 

シノア:……詳しくは言えませんが、今の優さんにあの時の記憶を戻すのは、あまりにもリスクが大きすぎます。それに、上層部に知られれば、優さんがどんな処分を受けるか分かったものではありませんから。

 

三葉:っ……!

 

シノアの真剣な瞳を見て、三葉はグッと歯を食いしばる。

 

自分の知らないところで、優の抱えている闇や危険がどんどん大きくなっているような気がして、胸の奥が冷たく締め付けられる。

 

三葉:……わかったよ。あたしからも、余計なことは言わない。……だから、あいつには早く目を覚ましてもらわないと困るんだからな。

 

シノア:ええ、そうですね。

 

不安を打ち消すように、三葉はぐっと拳を握りしめ、再び前を向いて歩き出した。

 

************************

 

夜。宿舎の自室のベッドの上で、三葉は天井を見つめたままじっと固まっていた。

 

今日の見守り当番は君月だ。つまり、今の時間は君月があの病室にいるはずで、あたしが勝手に顔を出すわけにはいかない。

 

三葉:わかってる……わかってるけどさ……。

 

胸の奥からフツフツと湧き上がる焦燥感と衝動を、抑え込むことができない。

 

ただ無性に、優に会いたかった。

 

あの日、あの病室で触れた頬の感触を確かめたくて、あの眠っているだけの無防備な顔を、今すぐこの目で見たかった。

 

三葉:……馬鹿だな、あたし。こんな時間に何考えてんだよ……///。

 

自分の両手で真っ赤になった顔を覆い、ベッドの上でゴロゴロと身もだえする。

 

三葉:暴走の件だって隠さなきゃいけないし、これからあいつが目を覚ましたら、色々面倒なことだって絶対起きる。なのに、あたしは……。

 

あいつが目を覚ました時、不安な顔をしていたら、先輩として「バカだな、あたしがついてるだろ」って笑ってやりたい。

 

三葉:……本当に、心配でたまらないんだよ……。ばか優……。

 

誰にも聞こえない声で呟きながら、三葉はギュッと枕を抱きしめた。

 

三葉:……早く目を覚ましてよね、優。待ってるからさ……。

 

淡い切なさを胸に抱きながら、三葉はそっと目を閉じ、眠れない夜の闇に沈んでいった。

 

************************

 

翌朝。

三葉は自分のベッドの上でガバッと上体を起こし、ぼさぼさの髪をそのままに荒い息を吐いた。

 

三葉:今日はシノアの番だな……。って、そんなことより!

 

ベッドサイドの小さなカレンダーに目をやり、三葉は絶句した。

そこには、四日目に丸をつけたすぐ隣に、さらに新しい日付の印が刻まれている。

 

三葉:優が眠り続けて……もう五日目になるのか……?

 

たった五日。けれど、ここ最近の時の流れは、三葉にとって何年も続くように長かった。

胸の奥からじわじわとこみ上げてくる熱いものが、喉のあたりをギュッと締め付ける。

 

三葉:……やばい、ちょっと泣きそう……。

 

あふれそうになる涙を堪えようと、三葉は慌てて両手で顔を覆った。

軍人として戦場を生き抜き、数々の修羅場を越えてきたはずの自分が、こんなことで泣きそうになるなんて思ってもみなかった。

 

三葉:だって、五日だよ……? あんなに元気だったバカが、ずっと目を覚まさないままだなんて……。もし、このまま二度と……なんて考えたら……。

 

指の隙間からこぼれ落ちそうになる弱音を、三葉は必死に飲み込む。

ベッドのシーツをぎゅっと掴む手が、わずかに震えていた。

 

三葉:……泣くな、あたし。シノア隊の先輩だろ。みんなの前で弱音吐いてどうするんだよ……。

 

大きく息を吸い込み、三葉は気合を入れるように両手で自分の頬をパチンと強く叩いた。

 

三葉:今日こそ……今日こそ絶対、目を覚ましてよね、優……。頼むからさ……。

 

************************

 

昼。新宿の宿舎の一室。

シノア隊の面々が揃う中、シノアが淡々とした調子でサラッと言い放った。

 

シノア:グレン中佐によれば、もう五日経ちますし、そろそろ目を覚ますらしいですが……。

 

三葉:えっ……!?

 

驚きのあまり、三葉は手に持っていた荷物を落としそうになりながら聞き返した。

 

三葉:なっ、なんだって……!? もうすぐ起きるって、本当か、シノア!?

 

シノア:ええ、なんでもあの人の強い生命力なら、そのうち自然と意識が戻る頃合いだとか。……あら、みっちゃん、そんなに顔を真っ赤にして、よっぽど嬉しいんですね?

 

三葉:///っ! だ、誰が嬉しいなんて言ったんだよ! あたしはただ、あのバカがいつまで寝てやがるんだって呆れてるだけで……!

 

口では必死に否定しながらも、心臓の鼓動は激しく跳ね上がり、胸の奥からじわじわと嬉しさが溢れ出して止まらない。

 

三葉:……ほんとに、もうすぐ起きてくれるんだな……。

 

ホッとした安堵感と、いよいよ優と顔を合わせることになるという焦りが入り混じり、三葉は思わず自分の胸元をぎゅっと掴みしめるのだった。

 

************************

 

夕方。三葉は自室の窓辺に立ち、夕暮れに染まる新宿の空をぼんやりと見つめていた。

 

本来なら、明日は自分の当番の番だ。

 

けれど、グレンの言葉通りにいけば、優は今日――今夜にも目を覚ますかもしれない。

 

三葉:……。

 

胸の内で、激しい葛藤が渦巻いていた。

 

仲間として、一人の隊員として、そして心から心配していた人間として、すぐにでも目を覚ましてほしい。それは間違いのない本音だ。これ以上みんなを不安にさせないためにも、早く起きてくれなきゃ困る。

 

だけど――。

 

三葉:……うぅっ……!///

 

頭を抱え、自分の両頬をパシパシと軽く叩く。

 

理性は「早く目を覚まして安心させてあげて」と叫んでいるのに、もう一つの本能は、あの夜の続きを求めてしまっていた。

 

誰もいない病室、無防備な寝顔、そして触れた時のあの柔らかな体温。

もし、あのままもう一日優が眠り続けてくれていたら、明日の夜はまた自分の当番で……。

 

三葉:……ばか、なに考えてんだよあたし……!///

 

顔が一気に真っ赤に染まり、思わずその場で身悶えする。

 

もうすぐ起きるということは、それだけ優の体が回復した証拠で、もう危険な状態を脱したということだ。それは喜ばしいことなのに。

 

三葉:……安心したくせに、どこかで少しだけ……「明日まで寝ててくれたら」なんて思っちゃった自分が、最低だ……。

 

窓ガラスに映る自分の情けない顔を見て、三葉はふっと小さく息を吐いた。

 

優が目を覚ますのはいいことだ。絶対に、それが一番正しい。

 

三葉:……でも、さ。

 

もし今夜、本当に目を覚ましたら。

素直に「よかった」って笑ってやれるだろうか。それとも、この顔の赤さを見透かされて、またシノアにからかわれたりするんだろうか。

 

三葉:……とにかく、心の準備くらいさせてよね、バカ優……///。

 

ぐっと拳を握り締めながら、三葉は複雑に揺れる胸の鼓動を必死に落ち着かせるのだった。

 

************************

 

 

三葉:……というか、シノアって……まさかさ。

 

ぽつりと漏れたその呟きには、言い知れない動揺と、妙な胸騒ぎが混じっている。

 

優を見つめる時のシノアの態度や、やけに意味深な笑み、そして自分をからかって楽しんでいるようなあの様子。

もし、シノアも……自分と同じように、優のことを……。

 

三葉:もしそうなら……あたしは、どうしよ。わかんないや……。

 

胸の奥がキュッと締め付けられ、冷たい水に浸されたかのように重く沈んでいく。

ライバルだとか、そういう勝ち負けの問題じゃない。

 

三葉:シノアは、初めての女友達だから……。

 

軍という殺伐とした世界で、初めて心から信頼できて、冗談を言い合えるかけがえのない友達。

そんな相手と、もし同じ人を好きになってしまったら。どちらかが身を引くのか、それとも正面からぶつかり合うのか。そんなの、考えただけでも頭がおかしくなりそうだ。

 

三葉:あぁもう! 考えても答えなんて出るわけないだろ……っ!///

 

頭を抱えてベッドの上に転がり、足をジタバタとバタつかせる。

 

三葉:なんでだよ……優のことで頭がいっぱいだったのに、今度はシノアのことまで……! あたしの脳内、どうなってんだよ……!

 

 

************************

 

夜。

自分のベッドに潜り込んだ三葉は、天井を見つめたまま、大きく寝返りを打った。

 

明日は自分の番。もしかしたら、またあの温かい頬に触れられるかもしれない。……いや、それどころか、もし優が目を覚まして、この戦争がいつか終わったら――。

 

三葉:///。

 

三葉:あいつと、その……普通の、恋人同士みたいに街を歩いたりして。

 

三葉:『三葉、お前今日も可愛いな』なんてあのバカに言われたりして……。

 

そこまで想像して、三葉は掛け布団に顔を埋めて悶絶した。

 

幸せすぎる。もしそんな未来が来たら、三宮の家名なんてどうでもよくなるくらい、世界で一番幸せな女になれる自信がある。

 

だが、その甘い妄想のすぐ後ろから、ぬうっと「あの顔」が乱入してきた。

 

『あらあら、みっちゃん。優さんとそんな破廉恥なデートですか? 隊長である私への報告書が提出されていませんが?』

 

三葉:って、なんでシノアが出てくるんだよーーーっ!!///

 

三葉はガバッと跳ね起き、自分の髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。

 

せっかくの甘い妄想なのに、どうしてもシノアのニヤニヤ顔がセットでついてきてしまう。

しかも、からかわれる妄想だけならまだいい。

 

脳裏をよぎるのは、昼間に不安になった「もしシノアも……」という可能性だ。

 

もし、この戦争が終わった平和な世界で。

優の隣に笑って並んでいるのが、あたしではなくシノアだったら?

あるいは、あたしが優と手を繋いでいる横で、シノアが寂しそうに一歩後ろを歩いていたら――?

 

三葉:……そんなの、どっちにしても最悪じゃないか。

 

ベッドの上に体育座りになり、膝に顎を乗せる。

 

優との幸せな未来を願えば願うほど、初めてできた大切な女友達の存在が、どうしても頭から離れなくなる。

 

三葉:優のバカ……。あんたが一人でみんなを惹きつけるから、あたしがこんなにややこしいことで悩むハメになるんだぞ……。

 

今夜、シノアはあの病室で、どんな顔をして優の側にいるんだろう。

 

それを考えると、胸がぎゅっと苦しくなる。親友への複雑な想いと、大好きな男への愛しさを胸に抱えたまま、長い夜の闇に深くため息を吐き出した。

 

************************

 

翌朝。

 

三葉は自分のベッドの上でガバッと上体を起こし、乱れた髪をそのままにしてカレンダーに視線を落とした。

 

三葉:優が起きなくなって……今日で、もう六日目になるのか……。

 

そして、その日付の場所に書き込まれた当番の文字を見て、三葉の心臓が大きく跳ね上がった。

 

三葉:ついに……二回目の、あたしの当番だ……。

 

心配だから起きてほしい。でも、もし、今日もまだ目を覚ましていなくて、あの静かな空間がそのままだったら――。

 

三葉:……っ///。

 

またあの温かい頬に触れてしまいたくなるかもしれない。誰にも見られないあの場所で、今度こそもっと近くで……。

 

三葉:起きろって願うべきなのに、心のどこかで「まだ寝ててくれ」って思ってる自分がいる……! あたし、頭おかしくなったのかな……!?

 

起きろと思ったり、寝てろと思ったり。

 

朝から情緒がぐちゃぐちゃにかき乱され、三葉はベッドの上で枕を抱きしめたまま、うめき声を漏らすのだった。

 

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昼。

 

新宿の基地内にある訓練場の一角で、三葉は手すりに両手をかけ、落ち着かない様子で何度も足元をコツコツと鳴らしていた。

 

三葉:(ソワソワ……って、落ち着けあたし! なんでこんなに気が気じゃないんだよ……!)

 

今日の夜は、自分の当番。

 

もし、本当に今日――今度こそ優が目を覚ますとしたら。そんなことばかり考えてしまい、訓練に全く身が入らない。

 

シノア:あら、みっちゃん?

 

ふと、背後からひょっこりと顔を出したシノアが、面白そうに目を細めて三葉を覗き込んだ。

 

シノア:さっきからずっと右足でリズム刻んでますけど、そんなに今日の夜の当番が楽しみなんですか? 「今夜こそ私の王子様が目を覚ましてしまうかも……!」なんて、胸をときめかせていたりして?

 

三葉:なっ……! 誰がときめいてるんだよ、シノア! 勝手に人の心を読むな!

 

三葉はガッと振り返り、真っ赤になった顔を隠すように大きな声を張り上げた。

 

三葉:それにしてもさ……!グレン中佐は「五日だからそろそろ起きる」って言ってたんだよな? 昨日でちょうど五日目だったのに、結局あいつ昨日のシノアの当番の時も起きなかったじゃないか!

 

シノア:あぁ、あれですか? まあ、グレン中佐の言うことですからね。人間の身体の回復力なんて個人差がありますし、あくまで「その辺りを目安に」っていうアバウトな見積もりだったんじゃないですか?

 

三葉:アバウトって……こっちはこっちで「今日起きるのか!? いや待て明日にしてくれ!?」って情緒をめちゃくちゃにかき乱されてたっていうのに……!

 

シノア:ふーん? 「明日にしてくれ」なんて、一体どうしてそんなことを思ったんですかぁ?

 

意味ありげにクスッと笑うシノアの視線に、三葉はビクッと肩を跳ねさせた。

 

三葉:っ……! な、なんでもない! 別に何の意味もない! 早く目を覚ましてくれなきゃ困るに決まってるだろ、常識的に考えて!

 

シノア:そうですかぁ? まあ、今日かもしれないし、明日かもしれないし、それは優さん次第ってことですね。

 

シノアはヒラヒラと手を振りながら、楽しそうに別の場所へと歩いていってしまう。

 

三葉:くっ……!

 

残された三葉は、頭をガシガシとかきむしりながら、その場で思い切り天を仰いだ。

 

三葉:結局、目安なんてあてにならないってことじゃないか……!……あぁもう、心をかき乱されるぅぅ〜……っ!///

 

************************

 

夕方。

哨戒任務が終わり、宿舎のシャワールームへと向かった三葉は、湯気が立ち込める中でゴシゴシと念入りに自分の体を洗い続けていた。

 

三葉:……なにやってんだろ、あたし……。

 

ふと鏡に映った自分の真っ赤な顔を見て、三葉は思わず乾いた笑いを漏らした。

 

三葉:ま、まぁ、身だしなみは軍人としての、基本だからな...///

 

風呂から上がり、鏡を見ながらドライヤーを浴びる。

 

三葉:...スタイルの良さなら、結構自信あるぞ。Gカップもあるしな。シノアにはよくからかわれるけど...

 

そのせいか、普段から下卑た視線で見てくる男も多い。

 

三葉:あーやだやだ、気持ち悪い...あいつら一人ずつビンタしてやりたい...!

 

三葉:けど...なんでだろ...好きだからかな...優に、なら...///

 

三葉:...っ...!!///ダメだダメだっ、まだ早いって!手すらつないでないんだぞ!!

 

三葉:...いやまず付き合ってすらなかったわ...

 

三葉:そもそもあいつ、どんな子が好きなんだろう...

 

三葉:...金髪の、スタイル良い子とか好きだったり、しないかな...///

 

************************

 

夜。

 

静まり返った病室の扉を、三葉はこれまでにないほど緊張した手つきでそっと開けた。

 

部屋の中は、あの夜と変わらず、ただ優の寝息だけが静かに響いている。

 

眠る優の顔を覗き込むと、相変わらず無防備で、少しあどけなさを残した整った寝顔がそこにある。

 

(……今日も、起きないのかな)

 

安心したような、少しだけ切ないような複雑な感情を抱きながら、三葉はそっとベッドの縁に腰掛けた。

 

探すように、そしてあの夜と同じように、吸い寄せられるようにして優の頬へと手を伸ばす。

 

指先が、スベスベとした温かい皮膚に触れた。

 

三葉:……っ。

 

生々しい体温が、触れた瞬間に全身へ伝わっていく。

 

硬すぎず、心地よい温もり。あまりの懐かしさと愛おしさに、三葉の瞳が潤んでいく。

 

(……何しても、誰にも、バレない...)

 

こんなに近くに顔があって、誰もいなくて、隙だらけで。

 

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、唇を寄せたら――。

 

ふと、頭の中に甘い誘惑がよぎり、三葉の顔がゆっくりと優の顔へと近づいていく。

 

呼吸が重なりそうなほどの至近距離。

 

その瞬間。

 

『あらあら、みっちゃん? 隊長である私への報告書が提出されていませんが?』

 

脳裏に響いたシノアのニヤニヤ顔の幻影に、三葉はビクッと盛大に肩を跳ねさせた。

 

三葉:――っ!? な、なにやってるんだあたしはーーっ!!///

 

直前で理性のタガが奇跡的にガチッと繋がり、三葉は慌てて自分の体を後ろへ引いた。

 

危なかった。もう少しで、一線を越えてしまうところだった。

 

三葉:はぁっ、はぁっ……危な……! 何考えてるんだ、あたしは変質者か……っ!///

 

激しく波打つ心臓を押さえながら、三葉はブルブルと頭を振る。

 

総動員した理性がどうにか暴走を食い止め、今夜はこれ以上危ない真似はしないと心に誓った。

 

そうして、代わりにできる精一杯の抵抗として、三葉はそっと震える手を伸ばし、優の柔らかい髪を優しく、愛おしそうに撫でた。

 

三葉:……もー、ほんとに……。

 

頭を撫でながら、三葉は自分の胸の内で必死に言い訳をする。

 

三葉:……べ、別にいかがわしい意味じゃないからね? これは、その……お姉ちゃんとして、可愛い弟を労ってあげてるだけなんだから……!

 

……弟扱いですけど??

 

自分でも無理があると言いたい心の声を無視して、三葉は目の前で眠る無防備な顔を見つめる。

 

三葉:生意気な……可愛い弟ですけど……?

 

気づけば、唇から零れていたのは、呆れと照れくささが入り混じった、どうしようもなく甘い声音だった。

 

三葉:……いや、ほんと可愛い。……可愛いなぁ、もう。

 

すぅすぅと規則正しい寝息を立てる横顔を見ていると、胸の奥がキュッと締め付けられるように愛おしさが爆発しそうになる。

 

三葉:……可愛すぎて、食べちゃいたいぞ…?///

 

誰にも聞こえない呟きを夜の闇に溶かしながら、三葉は真っ赤に染まった顔を両手で覆い、優のベッドのそばで身悶えするのであった。

 

************************

 

翌朝。

窓から差し込む朝陽が病室を薄っすらと明るく照らし始める頃、無事(?)に夜の当番を終えた三葉は、ベッドのそばに立ち尽くしていた。

 

あと少しでこの部屋を出なければならない。

そう思うと名残惜しくて、三葉はそっと手を伸ばし、眠り続ける優の髪をまた少しだけ優しく撫でた。

 

三葉:……んふふ。

 

指先に触れる柔らかい感触に、自然と頬が緩む。

愛しい。あぁ、ヤバい。本当に可愛い。

 

三葉:……顔の造り自体は、結構かっこいいはずなのにな。なんでこんなに可愛いんだろ。不思議……。

 

すぅすぅと規則正しい寝息を立てる横顔をじっと見つめながら、三葉はふうっと息をつく。

 

三葉:しっかし、こうして黙って寝てると……ほんと、ただの美少年だな。起きてる時は、あんなに生意気で手のかかるバカのくせに。

 

もし、この無防備すぎる美少年を平和な街中にポツンと放置したらどうなるか。

少し想像しただけで、三葉の頭の中に『キャーキャー言いながら群がる見知らぬ女たちの群れ』がありありと浮かび上がってきた。

 

三葉:っ! ダメだダメだ! あんな無防備な顔晒してたら、絶対に女がうじゃうじゃ集まってくるに決まってる……!

 

三葉:そうだよ、だからあたしが側で守ってあげないといけないんだ。うん、これは立派な『保護活動』。シノア隊の先輩としての、神聖な義務だからな!

 

誰に言い訳しているのかもわからない理屈を脳内でこねくり回しながら、三葉は自分の行動を正当化する。

 

そうしてしばらくの間、満足するまで『保護活動』という名目でさらさらの髪を堪能したあと、三葉は少しだけ名残惜しそうに手を離した。

 

三葉:……じゃあな、優。あたしの当番はここまでだ。今日こそ……ちゃんと目を覚ませよ。

 

小さく、けれど祈るように挨拶を落とし、三葉は静かに病室の扉を開けて外に出た。

 

カチャリ、と背後で扉が閉まる。

 

ひんやりとした廊下の空気に触れた瞬間、病室の中で張り詰めていた謎のテンションが一気に解け、代わりにどっと後悔が押し寄せてきた。

 

三葉:…………あーぁ。

 

廊下の壁にズルズルと背中を預けながら、三葉は天井を見上げてぽつりと呟いた。

 

三葉:……やっぱり、キスしとけばよかったかな。

 

自分の口から出たあまりにもストレートな欲望に、カッと顔が熱くなる。

あんなに無防備で、あんなに可愛くて、手の届く距離にいたのに。理性が勝ってしまった自分が少しだけ恨めしい。

 

三葉:全く……寝てるだけでここまであたしを狂わせやがって。……手のかかる、可愛い弟め……。

 

そこまで言ってから、三葉はハッとして自分の顔を両手で覆った。

 

三葉:……いや、弟にキスはしないか! あはは……。

 

乾いた笑いが、無人の廊下に虚しく響く。

 

自分で設定した『可愛い弟』という謎の建前すら、すでに破綻しかかっている。

 

三葉:……ヤバいな。あたし、本格的にキテるわ……。///

 

両手で真っ赤になった顔を隠したまま、三葉は自分の重症っぷりに、朝から盛大に頭を抱え込むのだった。

 

************************

 

昼間。

基地内の食堂で、三葉は目の前にあるサンドイッチをフォークで突つきながら、ぼんやりと窓の外の青空を見上げていた。

 

三葉:(……なんかもう、最近ずっと情緒不安定だけどさ。これ、ぶっちゃけ仕方ないよね……)

 

心の中で自分に言い訳をするように、三葉はため息を吐く。

 

思い出せば、すべてはあの出会いから狂い始めたのだ。

 

三葉:グレン中佐があたしを『新しい仲間だ』って紹介した時、優のやつ、すまし顔で黙って聞いてたからな……。

 

三葉:(――あの端正な顔に、一目惚れしたってのにさ……!)

 

自分で心の中で認めた瞬間、カッと頬が熱を帯びるのが分かる。

せっかく「いいな」と思える相手に出会えたというのに...。

 

三葉:出会ってからまだ三日しか話せてないのに……そこから七日寝てんだぞ? どんなスパンだよ……。

 

もし、あの七日間が普通に流れていたなら。

ほんとうだったら、あいつのあの生意気な顔を見ながら一緒に任務をこなしたり、くだらない言い合いをしたりして過ごせたはずなのに。

 

三葉:……あいつの顔見ながら任務できたのにさ。そういう、当たり前の日常がほしかったわけよ。

 

苦笑いを浮かべながらも、胸の奥がキュッと切なく締め付けられる。

 

こんな風に誰かを想って、一喜一憂して、勝手に嫉妬したり悶絶したりするなんて、自分の人生で初めてのことだった。

 

三葉:……まあ、軍人である以上、命が危ういのも、こうして突然眠りこけるようなイレギュラーが起きるのも、仕方ない部分でもあるか……。

 

そう自分を納得させようと頭を振るが、やっぱりすぐに「でもさ!」と心が逆らう。

 

理屈では分かっていても、心が追いつかない。

 

三葉:……ほんと、面倒な奴を好きになっちゃったな...///

 

************************

 

夜。

自室のベッドの上で、三葉は膝を抱え込み、真っ暗な天井をじっと見上げていた。

 

優が眠りについてから、今日で七日目。

昨日自分の当番を終えたばかりだというのに、時間が経つにつれて、胸の不安は薄れるどころかますます膨らんでいくばかりだった。

 

三葉:……まだ、目覚めないのかよ……。

 

さすがに、ここまで長引くと心の底から怖くなってくる。

 

三葉:あたしの番はもうこなくていいからさ……。頼むから、早く目を覚ましてよ、優……。

 

ポツリと零した声は、誰に届くこともなく、静まり返った部屋の闇に吸い込まれていく。

 

胸の奥を締め付けるこの苦しさに耐えかねて、三葉はギュッと目を閉じた。

 

三葉:……恋って、辛いな……。

 

戦場で命のやり取りをしてきた自分なのに。自分が危険な目にあうことよりも、目の前で優が二度と目を覚まさなくなるかもしれないことの方のほうが、何倍も、何十倍も恐ろしい。

 

三葉:自分が死ぬより……優が死んじゃう方が、ずっと怖いよ……。

 

ぽろり、と熱いものが視界を滲ませ、頬を伝って枕に落ちた。

 

こみ上げてくる恐怖を抑えきれず、三葉は両手で顔を覆い、小さく震える。

 

三葉:怖くて……ちょっと、泣いちゃう……。

 

こんなに弱気になっている自分が情けない。

この間まであんなに、勘違いとは言え、あいつのこと「大嫌いだ」って本気で思っていたのに。

 

三葉:なのに、今は……あいつがいなくなるって考えただけで、こんなに簡単に泣いちゃうなんてさ……。

 

自嘲気味に息を吐き出すが、すぐに脳裏に別の記憶が蘇ってくる。

 

三葉:……ああでも。吸血鬼から助けてくれた時も、あたし泣いてたっけ……。あいつが死んじゃうかもしれないって思って、必死で……。

 

あの時から、もうずっと始まっていたのだ。

自分でも気づかないうちに、あいつの真っ直ぐな瞳や無茶をする無鉄砲さに、心を奪われていた。

 

三葉:……あたし、どんだけ惚れてんのさ……。

 

呆れを通り越して、自分でも笑うしかない。

これだけ深く、圧倒的に好きになってしまっていたなら――。

 

三葉:……そっか。出会った時、自分の気持ちがよく分かんなくてバタバタしてたのも、これで納得だな……。

 

言い訳のしようもないほど、完璧に恋に落ちている。

頭で考えるよりも早く、心が先にあの馬鹿な少年のほうへ持って行かれていた。

 

三葉:……ねえ。

 

涙を拭うこともせず、三葉は濡れた瞳のまま、かすれた声で呟く。

 

三葉:また、あのバカみたいな笑顔見せてよ、優……。

 

頼むから、もう一度あたしの前で笑って。

切なさと募る想いを胸に、三葉は消え入りそうな声で彼の名前を呼び続けた。

 

************************

 

真夜中。

 

静まり返った部屋に、トントン、と急かすような激しいノックの音が響いた。

 

与一:三葉さんっ!!

 

扉越しに聞こえた与一の切羽詰まった声に、三葉はガバッとベッドから跳ね起きる。

寝ぼけ眼だった脳が一瞬で覚醒し、心臓が跳ね上がった。

 

三葉:――っ!? 与一……?

 

与一:優くんが、目を覚ましました……っ!

 

三葉:…………え……?

 

その言葉を聞いた瞬間、脳内で止まっていた時間が猛烈な勢い動き出す。

起きた。優が、ついに目を覚ました――!

 

三葉:う、嘘……っ!?

 

飛び起きるやいなや、三葉はパニック状態で部屋の中を駆け回った。

今夜はもう寝るつもりだったから、格好なんて気にしていない。

 

三葉:ラフな格好でいいから支度しなきゃ……! とりあえず、適当な服でいいや!

 

三葉:髪は、いつも通り……いっつも通り結んで、と! は、歯磨きもしなきゃ……っ!

 

焦りすぎて歯ブラシを口に入れたまま洗面所を駆けずり回り、あろうことかコップの水を手から盛大にこぼしてしまう。

 

三葉:っぷ――!? わっ、あぶなっ、もう、なんで水こぼしてんだよあたし……っ!

 

タオルで慌てて拭き取りながら、結局パニックのあまり、さっきまで着ていた部屋着から、慌ててパーカーとショートパンツにサッと着替える。

 

三葉:あたし、何やってんだろ……!

 

三葉:いや、しょうがないじゃん! だって寝起きだし、それに……久しぶりの再会なんだから……っ!

 

鏡に映った自分の慌てふためいた姿に突っ込みを入れつつ、三葉は深呼吸を一つした。

 

三葉:はぁっ、はぁっ……。……落ち着いて、いこう。

 

三葉:ここで慌てた感じ出したら、なんか必死みたいでちょっと恥ずかしいからな……!

 

そう自分に言い聞かせ、フゥーっと息を整えて扉に手をかけようとしたその時。

 

鏡に映った自分の顔を見て、三葉はピタリと動きを止めた。

 

三葉:――っ! 嘘、うそ……!

 

三葉:まだ目、真っ赤じゃん……っ!!

 

さっきまでベッドで泣いていたせいで、腫れぼったく充血した瞳がハッキリと映っている。

 

三葉:こんなの……さっきまで泣いてたの、絶対バレちゃうじゃん……っ!!

 

嬉しさと焦りと気恥ずかしさが一気に押し寄せ、三葉はパニックのまま、再び頭を抱えてその場でジタバタと悶絶するのであった。

 

************************

 

廊下を全力で走り抜け、優の病室の前へたどり着いた。

 

「慌てた感じを出したら恥ずかしい」なんてさっきの誓いは、この一歩手前で完全に頭から吹き飛んでいた。

 

バンッ!と勢いよく優のいる部屋のドアを蹴り開けた。

 

三葉:おい馬鹿優!!!やっと目を覚ましたか!! ...あ

 

怒鳴り込みながら踏み込んだ三葉の視界に、月明かりと常夜灯の淡い光に照らされた、信じられない光景が飛び込んできた。

 

ベッドの上に上体を起こした優。そして、そのすぐ傍らに立つシノア。

 

優の綺麗な手が、シノアの頬のあたりに優しく伸びて、その肌に直接触れている。

 

心臓がドクンと嫌な音を立てた。胸の奥が、ガラスで引っ掻かれたようにズキンと激しく痛む。

 

夜中に一人で悶々と悩んでいた最悪の妄想が、目覚めた瞬間の現実にそのまま繋がってしまったかのような衝撃だった。

 

三葉:お・・・おまえら!!いったい何をやってる!!?

 

三葉の怒声に、いつもなら涼しい顔で受け流すはずのシノアが、珍しく少し慌てた様子でパッと優から手を引き離した。

 

シノア:いえいえ、いえいえ、えー・・・

いま吸血鬼に噛まれた首の傷を見せてたところで・・・

 

三葉:え

 

シノアの滅多に見せない動揺した弁明に、三葉が呆気に取られた瞬間、ベッドの上の張本人がいつも通りの能天気な声を上げた。

 

優:あっ、おまえも傷あんじゃねえか!!

大丈夫だったのかよ!?

 

三葉:あ・・・あー、そういうことか・・・

ええと・・・

 

優のあまりにも真っ直ぐで無邪気な視線と、自分のパーカーの襟元から覗く傷跡を指差す仕草に、三葉の毒気が一気に抜ける。本当にこいつは、ただ仲間を心配して傷を確認していただけなのか、と。

 

だけど、そんな三葉の困惑を置き去りにするように、後ろから大きな影が迫った。

 

君月:おまえら病院の中でうるせえよ

 

ぐいっと、容赦ない力で肩を掴まれ、強引に横へとどかされる。

 

三葉:おまえ何するんだ!!

 

乱暴に割り込んできた君月に怒鳴り返しながらも、三葉の視線は無意識に、まだ少し頬を朱に染めているシノアの横顔へと向いていた。

 

優のバカはともかく、あのシノアの慌て方は絶対に怪しい。ただの傷の確認なら、あいつが私を前にしてあんなに口ごもるわけがない。

 

(シノアのやつ、もしかして、ほんとに...?!)

 

7日ぶりに目を覚ました優への安堵と、君月への怒り、そして初めての女友達への疑惑と焦燥感がごちゃ混ぜになり、三葉の胸は再び激しくざわつき始めていた。

 

************************

 

あの後、優は珍しくみんなにお礼を言った。

心配してくれてありがとう、みんな無事で良かっただって。

 

珍しいこともあるもんだ。

 

素直だと可愛いな、あいつ。

 

胸が温かくなって、つい「絶対頭打ってる」なんていじっちゃったけど、みんなもきっと同じ気持ちだったな。

 

しばらくの間は、優が無事に目を覚ました安心感で、怒りなんてすっかり吹き飛んでいた。

 

――なのに。

 

自室のベッドに戻った途端、あの時の光景がフラッシュバックするように蘇り、また激しくぶり返してきた。

 

三葉:……眠れるわけないだろ、こんなの……っ!

 

ベッドの中で枕に顔をうずめ、手足をバタバタとジタバタさせる。

 

シノア、絶対優のこと好きじゃん――!!

 

昼間の嫌な予感も、昨夜の不安も、あの瞬間のシノアの慌てぶりを見たら確信に変わるしかなかった。

 

いくら仲間だからって、いくら「傷跡の確認」だからって、普通の女子が男に首や頬を触らせるか!?

 

しかもあのシノアが、あんなに動揺してしどろもどろになるなんて、これ以上ない決定的な証拠じゃないか。

 

三葉:あぁもう最悪だ……! 優のバカ……! シノアのバカ……!

 

大好きな男と、初めてできた大切な女友達。

 

その二人がもし、お互いに――なんて想像しただけで、胸の奥が引き裂かれそうに痛む。

 

安堵の涙から一転、今度は嫉妬と焦りで再び涙が出そうになりながら、三葉は眠れない夜の闇の中で一人、悶々と頭を抱え続けるのだった。

 

************************

 

翌朝。

 

三葉は普段よりも少し早めに目を覚まし、顔を洗って制服の身なりをきっちりと整えた。

 

昨日の今日だというのに、睡眠不足の頭は妙に冴え渡っている。

 

三葉:(……今日は、柊家の面談だ)

 

三宮家の人間として、そしてシノア隊の副隊長として、避けて通れない重要な時間。

 

けれど、今朝の三葉の頭の中を占めているのは、三宮家としての立場や面倒な手続きのことなどではなかった。

 

優のこと、守るぞ。

 

ベッドの縁に腰掛け、三葉はきゅっと両手を握り締める。

 

あの馬鹿が目を覚ましたばかりだというのに、柊家がどんな詮索をしてくるか分かったもんじゃない。もしあいつらに優の特殊な体質や、吸血鬼を巡る秘密のことで余計な探りを入れられたら――。

 

三葉:何か探りを入れられても、上手く誤魔化してやる……。

 

シノアやグレン、そして柊家の上層部が何を考えていようとも、自分は自分なりのやり方で、あの手のかかる可愛い弟――いや、大切な奴を守り抜く。

 

昨夜の激しい嫉妬やモヤモヤは、不思議と今は奥底へと引っ込み、代わりに強い決意が胸の内に満ちていた。

 

三葉:よし……。

 

深く息を吐き出し、三葉は凛とした表情を作って部屋の扉を開ける。

 

恋心も、友達への複雑な想いも、今は一度軍服のポケットにしまい込んで、彼女は面談の待ち合わせ場所へと歩き出すのだった。

 

************************

 

面談を終えた三葉が部屋を出ると、すぐ後ろから歩いてくる気配に気付いた。

 

三葉:ん?

 

三葉:(あっ、優だ……)

 

優:あれ、おまえも呼ばれたの?

 

三葉:いや、呼ばれた後だ。

 

優:どうだった?

 

三葉:ただの面接だった。今回の吸血鬼撃退に一役買った功績で、階級が上がるかもしれないらしい。

 

優:へ~、出世か?

 

三葉:ああ、まぁ当然だな。あたしにはその価値があるしな。

 

優:あっそ。

 

興味なさそうに、そのままスタスタと去ろうとする優。

 

三葉:(え……)

 

三葉:……っ!! ……ちょっと!! 少しは突っ込みなさいよ!!

 

優:んあ?

 

三葉:あんたもわかってるでしょう!! あたしはあの戦場で全く役に立たなかった!! あんなに偉そうなことばかり言ってたのにまた……!! ……また、誰も助けることができなくて……!

 

優:……。

 

三葉:あたしは……あたしは……あたしは……弱い……。なのに、たぶんあたしだけ出世する。名門・三宮家というだけで……。

 

三葉:それを卑怯だと笑うなら……笑うなら……っ、グスッ……。

 

優:……。

 

ぽん、と優の手が三葉の肩に置かれた。

 

三葉:(あ……)

 

優:なーんかおまえが何に泣きそうになってのかはわかんねぇけど、あんま気負うなよ。ゆっくりやろうぜ。

 

三葉:お、おまえに何がわかる……!! ――パシッ!

 

払いのけた手を引っ込めながら、三葉は自己嫌悪に押しつぶされそうになる。

 

三葉:(あたし最低だ、ごめん優……)

 

頭ではわかっていて、これ以上心配をかけたくないのに、もう感情が止まらない。

 

三葉:ミスで仲間が死んでもお咎めなし! 役に立たないのに出世!! 優秀な姉様と違って二流だって、皆があたしを笑ってることぐらいは……!!

 

優:三葉。

 

優:俺は笑ってない。

 

三葉:(優……)

 

三葉:……でも。

 

優:てか知らなかった。ま〜さか自分のチームに二人もお嬢様がいるなんてさぁ。シノアが柊家ってのもさっき初めて気付いたトコだし。

 

三葉:……おまえ、馬鹿なのか?

 

あまりのマイペースさに、さっきまでの尖った毒気が一気に抜けてしまう。

 

優:はは、でも庶民なんてそんなもんじゃねぇの? お偉いさんのこととか興味ねぇし。名門だ三宮だ柊だーなんて言われても覚えらんねーっての。俺が興味あんのは吸血鬼殺すことだけだったしな。

 

優:それにさ、いいじゃん出世。チームの仲間が出世して悪いことってなんかあんの?

 

三葉:……。

 

三葉:(そういや、こいつはこういう奴だったわ……。なんだか、すごく安心した)

 

三葉:まったく……馬鹿と話してると、小さなことで悩んでる自分が愚かに見えるな。

 

優:なんだって?

 

三葉:なんでもない。

 

優:そう? ま……いっぱい偉くなって俺を助けてくれよ三葉。見てたと思うけど俺、家族を吸血鬼に囚われてんだ。あいつを……家族を、俺は取り返したい。

 

三葉:(そうよね、あのミカっていう吸血鬼……)

 

三葉:……たぶん、それを面接で聞かれるぞ。

 

三葉:あたしは「吸血鬼に仲間がいる疑いのある危険人物を見張れ」と、上から命じられた。

 

優:へぇ、つまり俺を見張れって?

 

三葉:ああ。裏切り者の可能性がある、とのことだ。

 

優:で……おまえはどう思ってんの?

 

三葉:(……ずるいな、分かってるくせに)

 

三葉:「ありえない」と言っておいた。「誰かをだませるような脳みそがあるようにはとても見えない」とな。

 

優:あはは、お前らしいな。

 

優:でも、三葉。

 

三葉:ん?

 

優:信じてくれてありがと。俺もお前を信じてるよ。

 

三葉:……っ///(あ、やばい……)

 

三葉:……優……(すっ、好き……)

 

優:んー?

 

三葉:……っ///(ダメダメ! 優はこれから尋問なんだから……!切り替えろ、あたし!)

 

三葉:柊家は……怖いところだ、気をつけろ。

 

************************

 

夜。

自室のベッドに腰掛けた三葉は、今日一日の出来事を順に思い返し、小さく息を吐き出した。

 

三葉:あたしったら、面談前は”優のこと守る!”なんて息巻いてた癖に、迷惑かけちゃったな...。慰めてくれてるのに手を払いのけるなんて...。実力に見合わない昇進で心が荒れてたとは言え、あーあ。

 

あの時、情けなくなって優の手を払いのけてしまったことを思い出し、三葉は自己嫌悪にじっとりと肩を落とす。

 

三葉:でも、そっか、優はそういうの気にしないんだ。むしろ「俺を助けてくれ」だって。ふふっ、あたしで助けになるならいくらでも。

 

零れた笑みには、どうしようもないほどの愛しさが滲んでいた。

 

三葉:というか、さっき勢いで”好き”って言いかけたぞ、あっぶな...。でも、”俺もお前を信じてるよ”なんて、あんなこと言われたら仕方ないじゃない。思い出してきて顔熱くなるわ。まだシノアのことが片付いてないんだから、絶対だめだよ。落ち着けあたし。

 

パタパタと自分の両頬を軽く叩き、危うく暴走しかけた熱を必死に冷まそうとする。

 

三葉:しっかしシノアもシノアだよなぁ。”昇進と引き換えに優のことをどこまで話したか”なんて。あたしが優のこと軍に売るわけないじゃん。まぁ、あいつも不安でそういう聞き方したんだろうけど。でも、なんかシノアは優の暴走について何か知ってそうな気がするんだよな...折を見て聞いてみるか。

 

ふと、日中にシノアから向けられた探るような視線と言葉を思い出し、三葉は険しい顔つきで腕を組んだ。

 

探すような目つきの後、その直後に脳裏をよぎったのは、さらに別の意地悪な笑みだ。

 

シノアにからかわれた言葉を思い出す。

 

『みっちゃん、優さんにホの字とか?』

 

三葉:そうですけど?あなたも怪しいですけど?明日聞いてやるからな・・・優のことどう思ってるか。

 

小さく鼻息を荒くした後、三葉の表情はすっと真剣なものへと変わった。

 

三葉:そしてびっくりしたのは、尋問から帰ってきた優たちよ。優は無傷だったけど、与一と君月、あんなにボロボロで...。柊家のやり方にはほんと反対。回復するからってそういう問題じゃないでしょ。ムカつく。仲間を傷つけられたこともそうだし、それを優に見せつけたあいつらが、憎い。あいつはめちゃくちゃ仲間思いなんだから、どんだけ傷ついただろうか。...決めたわ、シノアのことはさて置き、この先、優とどんな関係になろうが、あたしはあいつを守る。あいつの方がよっぽど強いけど、先輩としてあたしがそばにいてやるからな。

 

胸の奥で固く結んだ決意は、もう揺らぐことはない。

 

複雑な想いも、拭えない不安もすべて飲み込んで、三葉はふうっと大きく息を吐いた。

 

三葉:明日は早いし、もう寝るか。おやすみ、優。

 

電気を消した暗い部屋の中で、三葉は優しく微笑みながら、静かに目を閉じるのだった。

 

************************

 

翌日、真夜中。

 

優は鬼との対峙訓練中。

優はまだまだ起きなさそうだ。

 

目安は20時間だからな、朝気絶したので、後4、5時間はかかるか。

 

君月と与一は先に仮眠している。

 

焚火を囲んで起きているのは、シノアと三葉だけ。

 

シノアは鼻歌を歌いながら飲み物を飲んでいる。

 

シノア:ふーん♪

 

三葉:(...今絶好のチャンスじゃないか?優のことについて聞くか...)

 

シノア:ふーん♪ふふーん♪ふーん♪

 

三葉:...なあシノア。

 

シノア:ふーん♪?

 

三葉:おまえ、優が好きなのか?

 

シノア:...。

 

シノア:...みっちゃんもでしょう?

 

三葉:...///。

 

シノア:困りましたねぇ。これは私たち青春しちゃうなぁ。

 

優:ぐぅ~。zzzz。

 

三葉:...。

 

三葉:(あたしなんかより、シノアの方が...)

 

三葉:あたしは...おまえが恋してるなら身をひくよ。

 

シノア:...え。なんでですか。

 

三葉:あたしは...

 

シノア:はい。

 

三葉:...いや、なんでもない。

 

シノア:えーそこまで言っといていわないとかなしですよ。

 

三葉:いや、なんだ。おまえはあたしにとっての初めての女友達だから...。

 

シノア:へ?

 

三葉:...な、なんでもない!!もう寝るぞ!!

 

シノア:ちょっと待ってよみっちゃーん 。

 

************************

 

シノア:私も、どうしたらいいかわからないんです。

 

三葉:...なに?

 

シノアはいつもの軽薄な笑みを完全に消し去り、少し寂しげに火を見つめていた。その横顔は、普段の彼女からは想像もつかないほど儚く見える。

 

シノア:欲望に飲まれるとまずい。心の壁が下がるから、やっかいな鬼に食われる可能性があります。

 

三葉:...もちろんそれはあたしもそうだが、お前のそいつは、相当危険なのか?

 

軍人として鬼呪装備を扱う以上、心の隙が危険なのは百も承知だ。けれど、シノアの口調に含まれる緊張感は、通常のそれとは明らかに一線を画していた。

 

シノア:えぇ。柊家の実験で、小さいころから私の中にいます。

 

三葉:体の中に・・・??

 

シノア:ですから、優さんが好きなのは間違いないです。けど、今以上を望むと、私も、鬼になってしまう可能性が高い。

 

三葉:なるほど・・・

 

三葉は言葉を失った。シノアが抱える柊家の闇、そして彼女が背負う想像を絶するリスク。優を好きだと思うその純粋な気持ちさえ、シノアにとっては命綱を脅かす刃になり得るのだ。

 

シノア:私が優さんを独り占めしたって、結局この身体のせいで手に入れられないかもしれない。今はまだコントロールが難しいので。

 

三葉:・・・。

 

シノア:そして、そんな私に気遣ってみっちゃんが身を引いたって、結局将来別の女にとられちゃうかもしれませんねぇ?なんだかんだ優さんかっこいいですから。

 

三葉:ぐっ...。

 

シノア:なのでとりあえず身は引かなくていいですよ。私たち以外の女が優さんをかっさらって行くぐらいなら、それこそ私もみっちゃんにお願いします。

 

三葉:シノア...

 

胸の奥が、じわっと熱くなる。あたしが彼女を思っているとしたら、彼女もそうだったのだ。自分の過酷な運命を呪うわけでもなく、それでも初めての女友達である自分を信頼し、背中を押してくれている。

 

シノア:これで恨みっこなしですね?

 

シノアはそう言うと、いつもの悪戯っぽい、だけどどこか愛おしそうな笑みを浮かべて三葉を見上げた。

 

三葉:...望むところだ。

 

三葉もフッと口元を緩め、今度はしっかりとシノアの目を見つめ返した。

 

過酷な現実の中で、大切な友達と手を取り合いながら、あの鈍感で、バカで、生意気で、どうしようもなく格好いい男に向き合っていく。

 

三葉はもう一度、未だ眠り続ける優の顔を見た。確かな覚悟を胸に秘めながら。

 

************************

 

シノア:……みっちゃんも、あまり過激な妄想してると危ないですよ~?

 

三葉:――っ!? な、なにを……っ!!///

 

シノアの不意打ちの言葉に、三葉は心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受け、反射的に真っ赤な顔で飛び上がった。

 

三葉:な、なに言ってるんだ急に……っ! だ、誰もそんな変なこと考えてないし! 妄想なんてしてないしっ!

 

シノア:あら? そうですかぁ? 昨日の夜も、一昨日の夜も、病室で優さんを前にして「可愛い、食べちゃいたい」とか「キスしとけばよかった」とか悶絶していたのは、一体どこのどなただったかしら……。

 

三葉:なっ……!? は、はぁ……!? なんでそれを……っ!?

 

血の気が一気に引いたかと思えば、次の瞬間には耳の先までカッと沸騰するように赤く染まる。

 

知られているはずがない。誰もいない真夜中の病室で、一人で勝手に悶えていただけのはずなのに。

 

三葉:お、おま……っ! 人の心を読むなっていったろ、この意地悪チビが……っ!!

 

慌ててシノアの口を両手で塞ごうとする三葉だが、シノアはケラケラと楽しそうにヒラリと身をかわす。

 

シノア:ふふっ、読まなくても分かりますよ。みっちゃんの顔に『今とても恥ずかしいことで頭がいっぱいです』って書いてありますもん。

 

三葉:うぐっ……! この……っ!!

 

恥ずかしさと動揺で頭から湯気が出そうになりながら、三葉はバタバタと両手をジタバタさせる。

 

せっかくのいい雰囲気だったというのに、一瞬でペースを握り潰された。

 

三葉:もーーっ! シノア、お前ってやつは……!!///

 

************************

 

三葉は一瞬にして真っ赤になりながらも、負けじとニヤリと不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。ここぞとばかりに反撃開始だ。

 

三葉:...そっちこそ、昨日はお前と優がキスでもしてるのかと思ったぞ?

 

シノア:え///

 

予想外の反撃だったのか、シノアの口元からふっと余裕の笑みが消え、その頬が朱に染まる。

 

それを見逃さず、三葉はぐいっと顔を近づけた。

 

三葉:優が目覚めたって聞いて部屋に飛び込んだら、お前の顔に手を触れてたじゃんか。

 

三葉:吸血の傷を見てもらったとか言ってたけど、お前にしては慌ててたし、あわよくばって期待してたんじゃないのかえぇ??

 

シノア:ぐぬぬ///。

 

完璧に図星を突かれたのか、シノアは珍しくぐうの音も出ない様子で可愛らしく呻いた。

 

だが、そのまま黙ってやられるようなシノアではない。一呼吸置くと、いつもの意地悪な笑みを不気味に復活させ、ニヤニヤと三葉を見返した。

 

シノア:...まぁでも、普通だったら”あっ”って察して部屋出てくところを、”おまえら一体なにをやってる?!”なんて怒鳴られたわけですから、私の中でみっちゃんの並々ならぬ思いは確定していましたけどね。

 

三葉:うっ…!!

 

今度は三葉の言葉が詰まる。あの時の自分の余裕のなさと叫び声を思い出し、完全に墓穴を掘ったことに気づいた。

 

シノア:いやぁ可愛い。みっちゃん可愛いです。まだ付き合ってすらないどころかついこないだまできつく当たってた彼に対してまるで自分のものかのような言い草。可愛いすぎます愛してます。

 

シノアは完全に「からかいモード」のスイッチが再点灯したようだ。

 

手をパチパチと叩きながら、容赦なく三葉の乙女心をいじり倒してくる。

 

三葉:もうやめてぇ恥ずかしい…!! バレバレじゃんあんなの…!!!

 

あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなった三葉は、両手で顔をすっぽりと覆い、焚火の横でジタバタと悶絶した。

 

そんな三葉の様子を楽しそうに見つめていたシノアだったが、ふっと視線を和らげ、少し離れた場所ですやすやと寝息を立てている無防備な少年へと目を向けた。

 

シノア:…まあ当の本人は気付く気配が微塵もないですがね。

 

************************

 

シノア:比べて、君月さんと与一さんは、私たちの気持ちに何となく気づいてるみたいですけどねぇ。

 

三葉:え

 

思いがけない爆弾発言に、三葉は顔を覆っていた両手をパッと外し、目を見開いてシノアを凝視した。

 

三葉:き、君月と与一が……!? うそ、マジで……!?

 

シノア:ただそういう雰囲気を感じるってだけですけどね。言葉にしてるとかではなく。

 

さらりと恐ろしいことを付け加えるシノアに、三葉はガクガクと激しく頭を揺らす。

 

三葉:いやいやいやいや、やめてよそれ……! めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん……! あいつらにまでバレてるとか、もう生きていけないんだけど……っ!///

 

シノア:ふふっ、大丈夫ですよ。あのお二人も自分のことで手一杯ですし、何より鈍感な優さんに比べれば、周囲の空気くらいは読めるということです。

 

ケラケラと楽しそうに笑うシノアとは裏腹に、三葉の頭の中は冷や汗でいっぱだった。

 

あのツッコミ気質の君月や、人懐っこい笑顔の裏で鋭い与一に、自分の必死な恋心がダダ漏れていたかもしれないと思うと、穴があったら今すぐ飛び込みたい気分だ。

 

三葉:くっそ……。あいつら、今度変な顔してきたら絶対シメる……。

 

シノア:あら、八つ当たりは良くないですよぉ。

 

呆れたように肩をすくめるシノアを尻目に、三葉はふうっと深呼吸をして、再び焚火の温もりへと視線を落とした。

 

************************

 

早朝、無事に優が目覚めた。優の訓練が終わり、君月の訓練のための再集合は夜となったので、とりあえずそのままシャワーに行く二人。

 

大浴場のタイルに響く心地よい水音と、立ち込める温かな湯気の中、泡立てたタオルで腕を洗いながら、三葉はふと、ずっと胸につかえていた疑問を口にした。

 

三葉:…なあ、シノア

 

シノア:はい?

 

湯船の縁に腰掛け、シャンプーの香りを漂わせながらシノアが振り返る。

 

三葉:優と初めて出会った時、自分では気づいて無かったんだが、あたし、変な顔してたか?

 

シノア:…えっと、どのタイミングですか? 初っ端の私たちの喧嘩終わった後?

 

三葉:そうだ、グレン中佐に怒られて、改めて紹介してもらった時、初めて優の顔を見たんだ。

 

シノアは「あぁ、あの時ですねぇ」とでも言いたげに、人差し指をあごに当てて少しだけ天井を見上げた。

 

シノア:…変と言いますか、優さんをじっと見た後、なんか優さんと君月さんの間を見てたような。…まるで慌てて目を逸らしたみたいですねぇ?

 

シノアの口元が、じわじわと意地の悪い、最高に面白がる笑みに歪んでいく。

 

三葉:ちっちがうんだ、今まであんな感覚になったことなくて、自分でもよくわからなかったんだ。けど、何となく見ちゃいけないような気がしてだな…

 

必死に言い訳を重ねる三葉の頬は、湯気の熱さのせいだけではなく、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 

シノア:見ちゃいけないもの……ですかぁ? はぁ、一目惚れした相手の顔が眩しすぎて直視できなかった、と?

 

三葉:っ……! 違うし! そういうのとはまたちょっと違ってだな……! なんかこう、胸のあたりがざわついて、落ち着かなくて……!

 

湯船にバシャリと水音が跳ねる。

 

慌てて弁解すればするほどシノアのニヤニヤが加速していくのが分かり、三葉は頭を抱えたくなって、自分の濡れた髪をガシガシと雑に掻き回すのだった。

 

************************

 

シノア:ヘイ彼女~認めちゃいなよ~、実は顔が好きなんだろ??

 

三葉:――っ! な、なに言ってんだよ急に……っ!!///

 

湯気の立ち込める大浴場に、三葉の裏返った声が盛大に響き渡る。

 

図星を突かれた上に、それを面白おかしく囃し立てられたものだから、三葉は顔だけでなく首筋まで一気に真っ赤に沸騰した。

 

三葉:ち、違うし……っ! 顔だけとかそんなんじゃないし! そもそもあたしがそんな面食いみたいに言うなっ!!

 

シノア:あら、否定しないんですねぇ。「顔だけじゃない、中身も素敵だけど、結果として顔もめちゃくちゃタイプです」って脳内では聞こえましたけど?

 

三葉:ちっちがうしっ! お前のその脳内変換フィルターを今すぐどうにかしろっ!!

 

湯船からバシャリと勢いよく水飛沫を上げ、三葉は泡だらけのタオルを盾にするようにしてシノアをキッと睨みつけた。

 

だが、その潤んだ瞳や赤らんだ頬のせいで、威圧感どころか可愛らしさが何倍にも増していることなど、本人は微塵も気づいていない。

 

シノア:ふふっ、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。あんな端正な顔立ちの男の子に一目惚れしたって、乙女としてはごく自然なことですし。むしろ素直で可愛いですよ、みっちゃんは。

 

三葉:うぐっ……!

 

「可愛い」と余裕の笑みでからかわれ、三葉は悔しさに唇を噛み締める。

 

言い返したいのに、シノアの言う通り「あの顔」に最初に心を奪われたのは事実だからこそ、これ以上強い言葉が出せない。

 

三葉:……もう、お前と話してると調子狂う……っ。

 

観念したように大きく息を吐き出し、三葉はふてくされたように湯船の縁にペタッと頬杖をついた。

 

濡れた金髪の毛先から、一筋のしずくがスーッと白い頬を伝って落ちていく。

 

三葉:……まあ、確かに……。

 

湯気の向こう、ぽつりと零した小さな呟きは、わずかに水音にかき消されそうになるほど小さかった。

 

三葉:……あいつの顔が、嫌いなわけ……ないだろ……。

 

照れくさそうに視線を泳がせながらも、そう本音を零した三葉の表情は、どこか愛おしさに満ちていて――。

 

その素直すぎる言葉を逃さず聞き取ったシノアは、ふっと柔らかく、どこか優しい笑みを浮かべるのだった。

 

************************

 

三葉:ってかやっぱり、シノアは気づいてたのか……。

 

三葉は湯船の縁に突っ伏したまま、じとっとした目をシノアに向ける。

最初から自分の恋心なんてお見通しだったと言わんばかりの態度に、今さらながら気恥ずかしさがぶり返してきた。

 

シノア:まあ長い付き合いですからねぇ。

 

シノアはゆるりと湯に肩まで浸かりながら、まるで他愛のない世間話でもするかのように涼しい顔で微笑んだ。

 

シノア:それに、みっちゃんは隠し事が絶望的に下手くそです。顔に出るし、声も裏返るし、分かりやすすぎてこちらがハラハラしちゃいますよ。

 

三葉:うるさい……! 放っといてよ! 自分だって優の前では怪しいくせに……!

 

図星を突かれて言い返せなくなった三葉は、悔し紛れにバシャリと湯を軽く跳ね返した。

 

だが、シノアはそれをひょいとかわすと、クスクスと楽しげな笑い声をあげる。

 

シノア:ふふっ。でも、こうして面と向かってお互いの気持ちを分かち合えたんですから、これからは二人で協力体制ですよ。

 

三葉:……協力体制、ねぇ。

 

湯気の向こうで、三葉はふっと小さく息を吐き出す。

ライバルでありながら、一番の理解者でもある不思議な関係。

 

あんなに不器用で、プライドばかりが高かった自分が、今こうして他の女と笑い合いながら同じ男を想っているなんて、少し前なら絶対に信じられなかっただろう。

 

三葉:……まあ、いいか。

 

濡れた髪を軽く掻き上げ、三葉は少しだけ表情を和らげた。

 

三葉:一人でモヤモヤ悩んでるよりはずっとマシだな。……ありがと、シノア。

 

気恥ずかしさを隠すように少しそっぽを向きながら呟いたその言葉に、シノアは驚いたように目をパチクリとさせた後、ひときわ柔らかく、愛おしそうな笑みを浮かべた。

 

シノア:どういたしまして、みっちゃん。

 

************************

 

風呂上がり、シノアの部屋で駄弁る。

 

シノア:そう言えば、やっぱりみっちゃんも初恋ですか?

 

湯上がりの心地よい冷気と、ほんのり香るシャンプーの匂いに包まれながら、シノアはベッドの上で足を組んでクッションを抱えた。

 

三葉:そりゃな。今まで散々色んな男を見てきたし、顔の良い男はそりゃいたが、興味はなかった。なのに顔面だけで見事に撃ち抜かれた。おまけに中身も男気あって、もうダメだった。バカだけど。

 

自分の手のひらを眺めながら、三葉はどこか照れくさそうに、でも隠しきれない熱を帯びた声でぽつりぽつりと零す。

 

シノア:ふふっ。私も似たような感じですかね。

 

三葉:やっぱり、そうなのか。お前は飄々としているから隠せていただろうが。

 

三葉は少しだけ頬を膨らませ、シノアをジトッとした目で見つめた。

 

あんなに涼しい顔をして周りを翻弄しておきながら、自分と同じようにあの鈍感な少年を胸に秘めていたなんて。悔しいような、妙に納得してしまうような、複雑な心地がする。

 

************************

 

シノア:しかし彼は生粋の吸血鬼殺すマンですからね、恋愛に割くキャパは無さそうです

 

三葉:まぁそんな感じするよな...

 

シノア:実際、吸血鬼から助けた女子に告白された時も、”俺にはそんな時間ない”ってこぼしてましたし

 

三葉:…は?!告白??!!聞いてないぞそんな話!!

 

ベッドの上でくつろいでいた三葉は、その爆弾発言を聞いた瞬間、バッと勢いよく上半身を起こした。

 

あまりの衝撃に、ついさっきまで湯上がりで火照っていたはずの顔から血の気がスーッと引いていく。

 

シノア:そりゃぁ、言ってませんからねぇ...みっちゃんはついこの間まで優さんにプンプンでしたし...嫌いな男の異性関係なんて、言う必要もないでしょう?♪

 

三葉:言う必要って…!大ありだよ!!あたしの気持ちに気づいてたんだろ?!意地悪しやがって...!!

 

三葉:いつだそんなの! 相手は誰だ!? どこで! どうやって! 詳しく説明しなさいよ!!

 

焦りと嫉妬でパニックを起こしかけた三葉は、シノアの肩をガシッと掴んで激しく揺さぶった。

 

************************

 

シノア:…さっき優さんが目を覚ました時も思いましたけど、どんだけ好きなんですかあなた…

 

三葉:なっなにをっ///

 

シノア:”ゆ…優!!目が覚めたか?!”…ですって。2週間前に出会って数分で顔面キックかました女はどこへ??

 

三葉:ひっ、ひぃぃ〜

 

シノアにまねされた自分の必死すぎる声色とセリフに、三葉は頭を抱えてベッドに崩れ落ちた。

 

両手で顔を覆い、そのままジタバタと悶絶する。

 

三葉:もうやめて……! お願いだからその黒歴史をこれ以上掘り起こさないで……っ!///

 

自分でも信じられないほどのスピード違反だ。

 

あんなに突っ張っていたはずなのに、気づけば頭の中はあのバカのことでいっぱいで、行動も言葉もすべてがチョロすぎる。

 

どんだけあいつのことがタイプなんだよ、と自分ツッコミを入れながら、三葉の耳の先まで一気に沸騰していく。

 

シノア:そりゃこんな反応ばっかしてたら、他二人も気付きますって…

 

ケラケラと楽しそうに笑うシノアのトドメの一言に、三葉はもはや声すらうごめかすことができず、ただ枕に顔を埋めて静かに絶望するのだった。

 

************************

 

三葉:あーあ、あたしの軍人としてのプライドが...上手く隠せてると思ってたのになぁ...。

 

シノア:まぁまぁ、少なくとも優さんは気づいてませんから...

 

シノア:...ただ、確かに昔から比べるとすごい変わり様ですね、グレン中佐も驚くんじゃないですか?”えっ、あいつが恋?!"って。

 

三葉:ぐぬぬ...。あ、あいつが悪いんだ、あんな、あんな端正な顔して、男らしい行動するもんだから。見慣れてたはずなんだ、そんな行動...

 

シノア:...あぁ、いわゆる”好きな人だからこそ簡単にときめく状態”なんですねぇ。知識として知ってはいましたけど、実際に人が狂っていく様を見るのはなかなか味わい深いですねぇ。

 

三葉:狂うとか言うなっ!! あたしはいたって正常だ! ……正常、なはずなんだ……。

 

顔を真っ赤にしたまま反論するものの、語尾が小さく萎んでいく。

 

シノア:あらあら。ですが、中佐にバレたら格好のからかいのネタにされますから、それだけは死守した方がよろしいかと。

 

三葉:うっ……! それだけは絶対に阻止する……! あのおっさんに知られたら一生擦られる……っ!

 

シノア:ふふっ、でしたらもう少し顔に出すのを抑える努力をしてくださいね、みっちゃん?

 

三葉:わ、分かってるわよ……! 次から気をつける……!

 

************************

 

三葉:...というか告白!!告白の話だ!!早くしろ!!

 

シノア:ええと...私たちが通っていた高校に、ある日吸血鬼が侵入したんです。始末自体はグレン中佐がつけましたが、彼が到着する前に、優さんがその女の子を吸血鬼から守ったみたいですね。...鬼呪のないただの刀だったので、優さん自身死亡寸前でしたが。

 

思い出すように少し目を細め、シノアは淡々と当時を語る。

 

三葉:……死亡寸前……? あいつ、そんなとこでも無茶を……。

 

胸がキュッと締め付けられるような焦燥感に駆られながら、三葉は眉間を抑えた。あいつのそういう、自分の命を顧みずに誰かを守ろうとするところが、眩しくて、仲間として誇らしくて、そして心配でたまらない。

 

シノア:そしてこれはさっき伝えるのを忘れましたが、その子から告白されて、”俺にはそんな時間ない”って言ってましたけど、それが伝わる前に彼女は手紙だけ残して去っていましたので、後でちゃんと断ったのか、スルーしたのかは不明です。

 

三葉:...実質断ったんだよな?断ったのは間違いないんだな??

 

シノア:顔が怖いですよ、みっちゃん。状況的には断っているでしょうが、私も明確にはわかりませんので....

 

三葉:時間ないからって...時間あったら、付き合ってたのか...?

 

シノア:...まぁ、誰でもいいわけではないでしょうが、結構可愛い子でしたからね...。

 

三葉:...。くそ...。

 

シノア:...まぁそれこそ、顔だけならかなりイケメンなので、うかうかしてられないかもですねぇ

 

三葉:う……うかうかしてられないって、どうすればいいんだよ……っ! あんな鈍感男にアピールしたところで届く気がしないぞ!?

 

シノア:ふふっ、そこはまあ、二人でじっくり作戦を練るとしましょう。まずはその顔に出すぎる癖を治すところからですけどね?

 

三葉:うぐっ……! お前、絶対楽しんでるだろ……っ!!

 

************************

 

シノア:まあ優さんも、すぐに吸血鬼が~って言ってますけど、全く恋愛に興味が無いわけでも無さそうですからね~。

 

三葉:...やっぱり、少しはあるのか?? ホッ

 

シノア:えぇ、私やグレン中佐が童貞煽りをすると結構怒りますし。

 

三葉:まず童貞煽りするなや…

 

三葉は思わず盛大にツッコミを入れつつ、ジト目でシノアを睨んだ。というか、中佐も一緒になって何を煽っているのか。あの部隊の倫理観はどうなっている。

 

シノア:それに、初日の風呂上がり、優さんってば、私たちのこと見て少し照れてましたよ。

 

三葉:っ……!!?

 

その一言に、三葉の脳内は一瞬でパニック状態に陥った。

 

三葉:ちょ、ちょっと待って……! 初日の風呂上がりって、あの……あたしたちが私服の時のことか!? あいつ、あたしたちを見て……その、照れてたのか!?

 

シノア:ええ。普段は人の目なんてこれっぽっちも気にしない野生児のくせに、あの時はほんの少しだけ頬っぺたを赤くしてたんですよ。

 

三葉:な、な、な……っ!!! ///

 

三葉は自分の顔が、お風呂上がり以上に急速に熱くなっていくのを感じた。 あの時、優と目が合ったのは感じていたが、自分の姿に照れていたとは。

 

(待って、あの時のあたしの服装って……! いや、普通の私服だけど...うわあああ、あいつ、あたしのどこ見て照れてたのよ!?)

 

シノア:まぁ、つまり何が言いたいかと言いますと。優さんは『バカ』ではありますが、決して『不能』でも『無関心』でもないということです。男の子としての本能は、ちゃんと健康に育っているご様子で。

 

三葉:う、うわああぁぁぁぁ……っ!!///

 

三葉は耐えきれなくなり、シノアの部屋の枕を引っ掴むと、そのまま顔を押し付けて絶叫した。

 

三葉:〜〜〜〜っ! あいつ……あいつなぁぁぁ! 無駄に顔が良いだけでも危険なのに、そんなところで普通に男の子出してくるとか反則だろ……っ!

 

シノア:ふふっ、本当に分かりやすくて可愛いですねぇ、みっちゃんは。でもまあ、これで希望が見えたじゃないですか。攻め方次第では、あの鈍感男もコロッと落ちるかもしれないですよ?

 

三葉:〜〜〜っ! む、無理無理無理! 今のあたしの心臓じゃ、これ以上攻めるなんて持たない……っ!!

 

枕から真っ赤な顔をのぞかせ、涙目になりながら悶絶する三葉を見て、シノアは満足そうに楽しげな笑みを深めるのだった。

 

************************

 

シノア:ちなみに、与一さんも少し見てましたね。

 

三葉:ああ、そうなのか。あの感じじゃ女性経験は無さそうだしな、仕方ない。

 

優の時とは違ってケロっとしている三葉。

 

シノア:そうですねぇ。君月さんも与一さんも、私たちが美少女なのは分かりつつも、失礼だと思って見ないようにしてくれてるんでしょうねぇ。

 

三葉:まあ確かに、そういう男たちだからこそ、優は一緒にいるんだろうな。

 

シノア:それに、仮に彼らが不用意に近づいてきても、私は優さん以外1ミリも興味ないですからね。

 

三葉:もちろんあたしもだ///。

 

シノア:そもそも、彼らはやっぱり優さんが好きでこの部隊にいるわけですから、そういうことは絶対にしないでしょうが。

 

三葉:してきたら叩きのめしてやるわ。

 

シノア:あは。...そう考えると、このシノア隊は不思議ですね、私たちは優さんに酷く恋していて、彼らは優さんに命を預ける程に友情を感じている。優さんが中心の部隊になっちゃってますねぇ。

 

シノアはベッドの上で膝を抱え、どこか感慨深げに窓の外の夜空を見上げた。吸血鬼という強大な敵に対抗するため、柊家が集めた異能の部隊。それが、いつの間にか「百夜優一郎」という一人の少年の情熱に導かれ、彼を守り、彼と共に生きるための家族のような場所へと変貌していた。

 

三葉:まあアイツはそれだけ人たらしってことだな。トゲトゲしてるしバカだけど、面が良けりゃ中身も真っ直ぐで歪んでない。そりゃ男女共に集まるわ。

 

三葉もまた、クッションを抱きしめたまま小さく頷く。口では「バカ」だの「殴ってやる」だの言っているが、三葉の言葉には紛れもない敬意と、深い愛情が混ざっていた。

 

シノア:……本当に。私たちは、とんでもない男を好きになってしまったものですね。

 

三葉:全くだ。……でも、悪くないな。

 

窓から差し込む月明かりが、二人の美少女の横顔を白く照らす。 優を取り巻く仲間たちの絆は、彼が持つ真っ直ぐな眩しさが引き寄せた宝物だ。

 

************************

 

シノア:そう言えば、私は見た目を褒められたことありますねぇ。

 

三葉:なっ、優にか?

 

シノア:えぇ、正確には褒められかけた、ですが。彼が軍服で現れた時、とても様になっていたので”似合ってますね”と声をかけたのですが、”でもお前も・・・”と何か言いかけてました。

 

三葉:それは素直に、羨ましいな。

 

シノア:えぇ、とても嬉しかったです。勢い余って童貞煽りしちゃいました。

 

三葉:するなよ童貞煽り。可哀そうだろ?

 

シノア:...じゃぁみっちゃんがもらってあげればいいんじゃないですか?

 

三葉:...もっ、もちろんそのつもりだ!///

 

シノア:...あは。

 

シノア:ちなみに、みっちゃんが優さんと出会った日です。私たちは先に渋谷で落ち合ってから新宿に電車で来たので。電車は二人しかいませんでしたねぇ。

 

三葉:...デートみたいなことしやがって。

 

三葉:...え。ってことは、あいつの頭にまだ女の子褒めるぐらいのキャパがあったのか。...あたし何も言われてないぞ?

 

シノア:...ふふ。

 

三葉:おぉ?馬鹿にしてんのか?

 

三葉は布団の上で身を起こし、ジト目でシノアを追及する。シノアは楽しそうに肩を揺らした。

 

シノア:みっちゃんについては、グレン中佐に文句言ってるところで、”なんだあれ”って言ってましたよ。

 

三葉:それ見た目のことじゃないじゃないか...

 

シノア:"お前あいつと仲悪いのか"って聞かれたので”仲はいいですよ”って言ったら、”向こうはそう思ってなさそうだけど”って言ってました。

 

三葉:あぁ~初っ端から喧嘩してたもんな、あたしとシノア・・・

 

三葉は深く頭を抱えた。あの時、軍人としてのプライドと、シノアに対する対抗心でガチガチになっていた自分を、優は冷静に観察していたのかと思うと、穴があったら入りたい。

 

シノア:みっちゃんは独断行動する嫌な男だと思ったかもですが、その前段階で、あっちは既にみっちゃんへの第一印象が悪かったかもですね?

 

三葉:うぐっ……! それは……否定できないけど……っ!

 

またしても痛いところを突かれ、三葉は掛け布団を頭からかぶってジタバタと悶絶する。

 

三葉:〜〜〜っ! あたしだって、もっとちゃんとした形で出会いたかったわよ……! 最初からツンツンしまくって、印象最悪からのスタートとか……挽回するのにどれだけ苦労すると思ってんだ……!

 

シノア:ふふっ、ですが『印象最悪』からのギャップ萌えというのも恋愛の王道ですよ? 今のデレデレなみっちゃんを見たら、優さんもギャップにやられちゃうかもしれません。

 

三葉:デ、デレデレって言うなっ!/// あたしはただ……あのバカにちゃんと認められたいだけだっ……!

 

布団の中から真っ赤な顔をのぞかせ、必死に抗議する三葉。その姿があまりにも素直で愛らしく、シノアは「はいはい」と優しく微笑みながら、そっとお茶を一口すするのだった。

 

************************

 

シノアの部屋を出た後、軽く仮眠を取った三葉。

 

三葉:今日はシノアの気持ちが分かって良かったわ、あいつの抱えてる問題も知れてたし...また一歩、仲良くなれたかしらね...

 

三葉:これからはお互い、正々堂々か...うん、遠慮せずに、行っちゃうんだから...!!

 

三葉:...ところで優ってば、あたしに悪い印象持ってたのかぁ...やっちゃったなぁ...

 

三葉:あの日に戻って、何とかやり直せたらなぁ...無理かぁ...

 

三葉:...妄想でくらい、いいよね?...そうよ、自分を見つめなおす良い機会かもだし?

 

誰に言い訳をするでもなく、反省ノートを開く。

 

三葉:あいつと最初から、スムーズに出会えていたら...どうなってたかなぁ...

 

つらつらと書き綴られるのは、当然反省などでは無かった。

 

三葉:...ついでにあたし、副隊長から隊長に変更しちゃおうっと...

 

シノアへのささやかな対抗心も忘れずに。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

[ボーイミーツガール ~優と三葉~]

 

三葉:グレン中佐、納得できません、なぜこのエリートの私が、

新人ばかりの部隊に?

 

あの日、あたしは自分の配属にひどく怒っていた。

 

13歳から戦場で活躍しているあたしにはひどい仕打ちだと思った。

 

でも・・・

 

優:百夜優一郎です、よろしくお願いいたします。

 

三葉:(なっ...なにっ...この気持ちは...)

 

何故か初対面の彼を見て、いてもたってもいられない気持ちになる。

 

シノア:あ~れ~ど~しちゃいましたみっちゃん???

 

シノアがからかってくるが無視だ。今はこの違和感の方がひっかかる。

 

優:三葉、次はどうすればいい??

 

彼はとても素直だ、作戦中も隊列を乱さない。

 

端正な顔であたしに声をかけて来るたび、心臓が跳ねるのがわかる。

 

三葉:優、これ差し入れだ

 

優:おっ、ありがとう

 

三葉:優、寝癖ついてるぞ(嘘) サワサワ

 

優:あ、ありがとう ドキッ

 

三葉:優、この道具はこうやって使うんだ(背後から) ギュッ

 

優:あっ、ありがとう(むっ胸が当たってる) ドキマギ

 

あたしは気づいた。これは人生初めての恋だと。

 

出会ったあの日、彼に一目惚れをしていたんだと。

 

あたしは次第に、彼と行動を共にすることが多くなった。

 

三葉:リーダー命令よ、倉庫の掃除を一緒にしなさい

 

優:こんな雑用が?まあ、やるけどさ...

 

三葉:リーダー命令よ、2人で森の探索にいくわよ

 

優:何か呑気だな。まあ、行くけどさ...

 

三葉:リーダー命令よ、手が疲れたからアーンしなさい

 

優:シノアとかじゃなくていいのか?

まあ、やるけどさ... ドキドキ

 

三葉:リーダー命令よ、作戦会議するから部屋にきなさい

 

優:えっ三葉の部屋で?

まあ、行くけどさ... ドキマギ

 

シノア:あっ、あれ??

 

焦るシノアが面白い。だがもう遅い。あたしは彼を独り占めしたいのだ。

 

君月:分かりやすすぎだろ...

 

与一:だねぇ...

 

他のメンツにはバレてるみたいだけど。

 

もう止まらないわ。

 

三葉:リーダー命令よ、マッサージしなさい

 

リーダー権限で彼と思いっきり距離を詰めちゃう。

 

できたらあっちから告白してくれないかなあ、あたしだって乙女だもん❤️

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

三葉:なーんてね。きゃ〜❤️

 

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