※この作品はR-18です。

『Fate/Desire of Thunderbolt』   作:山嵐のハイオーク

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第9話:『陽だまりの迷路、あるいは境界線上の預言』

「ねえダーリンダーリン! 次はあっちのお店行ってみよ☆」

 

「う、うわっ……! ちょっと、ジュリアさん、引っ張らないでよ……っ」

 

真夏の凶暴な陽光がアスファルトを灼くなか、腕を強引に引っ張られて街中を連れ回されること、すでに4時間。刹那(せつな)は、雷雲のように漆黒な黒髪のショートボブを寝不足の汗で微かに湿らせながら、ついに3軒目となる甘味処の暖簾を前にして、情けない呼吸を漏らしていた。当初の目的であった『連続消失事件の調査』は一体どこへやら、今日のジュリアはなぜかやたらと薄暗い裏路地を経由したり、一時的に電車のホームまで顔を出してみたりなど、意味不明なほどに街を複雑に練り歩いていた。160cmの小柄で可憐な刹那の足は、すでに棒になりかけている。

 

「はあ、ハ、ア……。ジュリアさん、いったん止まって……っ」

 

と掠れた声で問いかけるも、今日のジュリアは真夏の熱気と暑さに負けることなく、上着である黒のシアーブルゾンを隙なくしっかりと着込んでいた。衣服の上からでも視線を爆撃する、あの暴力的なKカップの重厚な胸囲の質量を揺らしながら、超乳ギャルは刹那の懇願などまるで耳に届いていない様子で、楽しげに歩を進めていた。少し時間を遡る。今朝、ジュリアから実質的にデートのような誘いを受けつつも、鈍感な刹那は、それまで行方不明になった親友の晃と遊びに出かける際によく選んでいた、至って普通の真夏の普段着(半袖シャツにショートパンツ)を選び、街へと繰り出すことになった。とはいえ、ここは地方の片田舎である。アパートの古ぼけたドアを開けると、そこには、真夏の青空に似合わぬ長身で荘厳な黒い装いの男が、一台の高級車のボディを背にして静かに佇んでいた。見れば、それは先日の町外れの空き家での激闘において、数多の槍衾を以て百兄弟を一瞬で串刺しにしたジュリア陣営のサーヴァント――ランサーであった。

 

「ふ……余が御者(ドライバー)になる日が来ようとはな。この現世の因果も、随分と数奇なものだ」

 

男がどこか自嘲気味にジュリアへと鋭い視線を向けると、彼女はマイクロミニスカートの裾を揺らしながら、悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「まあまあ★ いいじゃん、ランサー。今は21世紀だよ? 力のある人間は、施しでもってその偉大さを下界に知らしめるものよ♡」

 

「やれやれ。主にそう言われては、従わぬわけにもいくまいな」

 

男は小さくため息をつくと、実に慣れた手つきで運転席へと乗り込んだ。滑らかに走り出した車内では、当然、この謎めいた槍兵の素性が話題に上がる。先刻の戦いにおいて解放されたあの圧倒的な串刺しの宝具から、正妻である宗茂(むねしげ)がその真名をすでに看破しており、車内の張り詰めた空気のなか、ランサーはいかにも我こそが串刺し公――ヴラド三世であるという事実を、傲然と認めたのだった。そうしている間に、車は駅近くの駐車場へと滑り込む。

 

「そんじゃ、探索開始☆」

 

というジュリアの緩い号令とともに、一行は真夏の商店街や、駅に隣接する賑やかなショッピング施設などで色々な場所を見て回り――そして、現在の足が棒になる状況へと至る。その道中、ジュリアは霊体化して付いてきていた宗茂とアイアスに唐突に声をかけ、ブティックでの服選びなども敢行していた。175cmの圧倒的な最長身を誇る宗茂のスタイルが映えるシックな私服や、底上げブーツの上でスタイルを引き締め、長めの襟足を揺らしながらも、隠しきれない健康的な肉体美を覗かせるアイアスの真夏の装い。そのあまりにも高額な費用の大半を、ジュリアは

 

「ウチってば、お、か、ね、も、ち、なのさッ!」

 

と眩しい金髪を誇らしげにかき上げ、大人の財力で請け負ってみせた。だが、その代償とばかりに、世界一可愛いルックスをした刹那は、美女たちの玩具(おもちゃ)として過激な女装を着せられる羽目になった。女装をすれば晃すら嫉妬するあの可憐さが本物の女の子の衣装によって完全に完成してしまい、赤面する刹那はそのまま大量の荷物持ちまで命じられてふらついていた。

 

「……すまないな、刹那殿。余がこれほどの手荷物を持たせるような買い物を許してしまったばかりに、そなたに苦労をかける」

 

両手に溢れんばかりの紙袋を抱えてふらつく刹那を見かねて、ヴラド三世がその強靭な両腕をすっと差し出し、荷物の大半を引き受けてくれた。

 

「あ……ありがとう、ランサー。本当に助かったよ……っ。君がいてくれて、すごく心強いな……っ」

 

フリルのついた女装のまま、ショートボブの黒髪の隙間から日食のような瞳を潤ませ、少し高めになったほぼ女性のような声で刹那が心からの純粋な謝辞を述べると、かつて戦場を恐怖で支配した孤高の王は一瞬だけ大きく目を見開いた。

 

「……っ。……ふん、大袈裟な。余はただ、主の同盟者をこれ以上歩行困難にされては、今後の戦術に支障が出るゆえ手を貸したに過ぎん」

 

ヴラド三世は不器用な言い訳を口にしながら、そっぽを向くようにふいっと顔を背けたが、その厳格な横顔の耳元から頬にかけてが、目の前の可憐すぎる姿と声に当てられて隠しきれずにほんのりと赤く染まっていた。そんな生真面目なサーヴァントの人間味溢れるはにかみに、刹那は思わず小さく笑みをこぼす。これこそが、刹那にとってこの過酷な街巡りの中での唯一の救いであった。やがて一行は一度荷物を車のトランクに乗せ、刹那も元の服へと着替えを済ませると、再び事件の足取りを求めて街を歩き始める。その最中――刹那は、賑やかな商店街の片隅に、いかにも怪しげで独特な雰囲気を醸し出している、一軒の古い『占い屋』を見つけた。引き寄せられるように、刹那の足は自然とその暖簾へと向かっていた。薄暗い店内に足を踏み入れ、ちゃぶ台の前の座布団へと腰を下ろす。中に座っていた占い師もまた、いかにも本物っぽい、おどろおどろしい神秘のオーラを纏った一人の老婆であった。

 

「……すわりな」

 

しゃがれた声で占い師に促され、老婆は

 

「お代は結構だよ」

 

と告げると、徐に刹那の姿を正面から凝視し、それから一度手元の水晶玉へと目を戻した。――だが、その直後、老婆は手元の水晶を叩き落とさんばかりに激しく狼狽した。

 

「ムムム……! おぬし、そのめんこい人形のような見た目で、男だったのかい!! しかも……成人済みで、すでに童貞も卒業しとるとは……ッ! なかなかどうしておぬしのような奇妙な奴には、わしの長い人生(現界)でも初めて出会ったぞ……ッ!」

 

あまりの取り乱し様に刹那が引いていると、老婆はふぅと長い息を吐き、手元の水晶玉を見つめながら、

 

「……ひひ、わしの好みとは、かけ離れとるがの……」

 

と、小さな声で不気味に呟いた。

 

「……取り乱したが、おぬしの今後の行く末でも占ってやろうかね」

 

老婆が手元の水晶に怪しい魔力を込め、じっとその深淵を見つめる。すると次の瞬間、彼女は一瞬だけ大きく目を見開いた後、それまでの歪んだ態度を消し去り、底知れぬ真剣な眼差しで刹那を見つめて言葉を紡いだ。

 

「おぬしがこの先、自らの望む未来を手に入れたいというのなら……立ちはだかる壁は、この極東の国においては富士山よりも高く、その厚みは現代の大船にも勝るであろう。――じゃが、ぬしが諦めなければ、ぬしの内に秘めた特別な『縁』によって、その強固な壁(試練)をも乗り越え、未来をその手でつかみ取れよう」

 

水晶の光が、刹那の雷雲のショートボブを怪しく照らし出す。老婆は口元の黒子を歪めるようにして、最期の預言を告げるように、烈しく囁いた。「しからば、愛多きものよ。――励めよ。わしも、ぬしの未来を応援しておるぞ。さあ往け、主の敵を、悉く打ち倒すのじゃ。……さて、占いはおしまいじゃ!」せかされ気味に背中を押され、店から乱暴に追い出されると、すぐ外の真夏の眩い現実のなかに、ジュリアたちの姿があった。

 

「ちょっと刹那クン、まったくどこ行ってたのよぉ(ぷんすこ)」

 

ジュリアが頬を膨らませてシアーブルゾンを揺らし、その横では

 

「そうです、 一体どこに行っていたのですか……っ」

 

とアイアスが大きな目を切れ長に潤わせて心配顔を向けてくる。さらにその隣では、

 

「わしの直感が外れていたら、どうなっていたことか……」

 

と、白金髪を揺らした宗茂が、笑顔だが目が一切笑っていない正妻の威圧感を放っていた。

 

「ごめん……そこの、占いのお店に行ってたんだ」

 

刹那が頭を掻きながら、今出てきたばかりの背後の暖簾へと振り返った、まさにその瞬間だった。

 

「――え?」

 

驚いたことに、つい一秒前までそこに存在していたはずの占い屋の看板も暖簾も、忽然と消え失せていた。そこにはただ、錆びついたシャッターを固く締め切った、真夏の陽光に寂れて佇む、一軒の不気味な『廃屋』があるのみだった。

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