『Fate/Desire of Thunderbolt』 作:山嵐のハイオーク
「ということでえ、ダーリンの隣に越してきちゃいましたー♡ これ、引っ越しそばね★」
真夏の強い陽光がアパートの廊下に差し込む昼下がり。玄関のドアが開いた瞬間、そこに広がっていたのは、いつもの黒のシアーブルゾンを軽快に揺らし、蕎麦の折詰を両手に抱えて満面の笑みを浮かべるジュリアの姿だった。物理的にも、そして身体的にも、二人の距離はあの花火大会の夜を境に一気に縮まっていた。このあまりにも突飛な状況を説明するためには、時計の針をあの最高に淫らで、最高に美しかった熱帯夜のホテルの高層階へと、少々遡る必要がある。
◇それは、刹那(せつな)が極限の交尾の末に心地よい泥のような眠りについた、深夜のことだった。静まり返った客室のなか、シルクのガウンを身に纏ったジュリアは、そっとベッドを抜け出して夜景の見える窓辺へと佇んでいた。彼女の指先が触れていたのは、首元できらめく、刹那が少ない手持ちを切り崩して贈ってくれたあの紺碧のネックレスだった。窓を透過する白磁の月光に青いガラスを照らしながら、ジュリアはかつてペンデルトン家が没落する前、両親が自分に同じ輝きの首飾りを買い与えてくれた、遠い日の温かい思い出を静かに回想していた。オズワルドやクズどもに無茶苦茶にされた古い思い出なんか、今夜、僕のこの種で全部綺麗に塗りつぶしてやる──。耳の奥に残る少年の真っ直ぐな咆哮が、彼女の凍りついていた心をドロドロに融かしていく。
「……わたし、守りたいものができちゃったよ」
誰に告げるでもなく、ジュリアは月夜の窓にふっと愛おしそうな吐息を漏らして独り言ちた。そんな彼女の背中を、そしてベッドで無防備な寝顔を晒して眠る刹那の姿を、霊体化したヴラド三世(ランサー)は、現世の王として、そして二人の守護者として、暗がりのなかからひっそりと静かに見守り続けていたのだった。だが──そんなエモーショナルな夜の余韻は、翌朝のアパートへの帰還とともに、この上なく淫らな修羅場へと反転することになる。後日、あのホテルでの情事の一部始終を、ジュリアはアパートで待っていた留守番組に向かって、これでもかと勝ち誇るように自慢げに暴露してみせたのだ。隣に控えるヴラド三世は、すべてを特等席の裏で見ていたにもかかわらず、王としての完璧なポーカーフェイスを維持し、
「ほう、そのようなことがあったのか」
と白々しく初めて知った風を装ってジュリアの背中を押す。当然、宗茂(むねしげ)と、前夜にようやく処女を散らされたばかりのアイアスはブチ切れた。
「おのれ泥棒猫め……っ! わしらのいない間に主殿の最奥をそこまで貪り尽くすなど、断じて許さぬッ!」
「そうですマスター……っ! 私を置いて、そんな、そんな破廉恥な……っ!」
「う、うわあぁぁーーーッッッ! ほっぺた引っ張らないで、腰をガシガシ突かないでよぉ……っ!」
そこから先は、もはや言葉にするまでもない。ただでさえ花火大会の夜にジュリアのKカップ超乳を相手に計7発もの凄まじい中出し搾精を敢行させられていた刹那は,怒り狂った二人の美少女によって、アパートの六畳一間で再びグズグズに絞り尽くされ、文字通り身体の芯までカラカラに干からびる羽目になったのは言うまでもなかった。かくして、刹那がアパートの室内で二人の美少女に四つん這いにされ、情けなく魔力を搾り取られていた、まさにその日の裏側でのこと。行動方針を「自然に日常を送る」と決めたジュリアのギャルとしての、および魔術師としての行動力は、あまりにも規格外だった。彼女は即座に地元の不動産屋へと札束の暴力を叩きつけて話をつけ、もとより空き部屋の多かった刹那の住むボロアパートを、その潤沢な財力を以て丸ごと買収したのだ。そのまま手際よく引っ越しを完了させ、刹那の部屋の真横──『お隣さん』という絶対的な地位を獲得したのである。
「何が『ということでえ』だ! この牛女ッ!!」
ジュリアのあまりにも不敵な引っ越し蕎麦襲来に対し、応対した宗茂は顔を耳まで真っ赤に染めて激昂した。彼女はジュリアから蕎麦の折詰を乱暴にひったくるように受け取ると、怒りの膂力で危うくその器を床へと叩き割るところだった。
「何よ、セイバーちゃんこそ、ウチらの引っ越しを邪魔する気? お隣さんの特権、これからがっつり使させてもらうからさー★」
「おのれ……主殿、早くこの泥棒猫を追い出すのだッ!」
干からびて腰の抜けた華奢な身体をドア枠に預け、刹那は雷雲のショートボブを激しく揺らしながら、ただ顔を真っ赤にして二人の間に挟まれるしかなかった。
◇しかし、奇しくもジュリアが仕掛けたこの「アパートに戦力を集結させて自然を装う」という防衛戦略は、彼らの知らぬ間に、極めて良い結果を生むことになっていた。彼らがアパートでドタバタとした日常の微熱に塗れていた、まさにその瞬間。地下霊脈の深淵では、不気味な地殻変動が起こっていた。最凶の老婆──キャスター、バーバ・ヤーガは、自らが現界し続けるための膨大な生命力を貪欲に獲得しようと地下を這い回り、ついに他陣営が違法に構築していた領域(中継基地)へと真っ向から攻め込んでいたのだった。
「ひひっ、ひははは! 素晴らしい肉の山(バルク)が向こうから飛び込んできたねぇ!」
廃屋の地下中継基地に、突如として鳴り響いたおぞましい肉体の破砕音。バーバ・ヤーガが使役する、理性を失ったアーノルド・リッチマンら「筋肉の怪物」たちの圧倒的な暴力の前に,中継基地を守衛していた敵陣営の一般魔術師たちは、戦う術もなく次々と圧殺され、その場へ引きずり倒されていった。敵に攻め込みつつ、自らの生命力と、手駒となる使い魔の数を無限に増やすことができる。その圧倒的な効率の良さに、老婆は狂おしい悦びの声を上げる。
「ひひっ、お前たちも、もっと素晴らしい筋肉(バルク)になりなよ! ほれ、特製の怪しい汁をお上がり! わしの可愛い子供たちを、もっともっと増やしておくれぇ!」
呪いの肉汁を強制的に啜らされた魔術師たちは、人間の原形を留めぬ筋肉の化け物(新たな使い魔)へとその場で次々と魔改造され,主従を逆転させられて老婆の忠実な手下へと作り替えられていった。バーバ・ヤーガの狂気は、オズワルドたちの勢力圏を、地下霊脈の底からじわじわと、確実に自らの怪異の泥(鶏脚魔屋)へと塗り替えていたのだった。地上のアパートで繰り広げられる、カラカラに干からびた刹那を巡る甘く淫らな包囲網。および地下で加速する、魔女による他陣営への冷徹な蹂躙。聖杯戦争の因果は、彼らの与り知らぬ場所で、確実に破滅の秒読みを刻み始めていた。