『Fate/Desire of Thunderbolt』 作:山嵐のハイオーク
そこは、街の公式な地図には決して存在しない場所──。表向きにはある新興宗教団体の巨大な地下駐車場として記されたその最深部には、オズワルド・アネハルツを筆頭とした魔術師一団の、巨大かつ不気味な魔術工房が構築されていた。入口には何重もの魔術的な施錠が施され、固有の鍵を持たぬ者が足を踏み入れることは困難である。その厳重極まる拠点の円卓において、目下の深刻な課題についての話し合いがなされていた。
「──ライダーの完全覚醒には、今しばらくの時間を要する。それまでは何としてでも、これ以上の霊脈奪取だけは防がねばならぬ」
豊かな白髭を蓄え、白髪で下っ腹の出た肥満体型でありながら、圧倒的な威圧感と老獪な気配を周囲に漂わせている男──オズワルドが、低く濁った声で円卓に言葉を落とした。その円卓の反対側に鎮座しているのは、計画の一翼を担うアトラス院の魔術師、アルベリヒであった。かつて超高速演算を誇った彼の顔は、今や酷く血色が悪く、だらだらと嫌な脂汗を流している。剃り上げられたスキンヘッドの頭皮には太い血管が青々と浮き上がり、自らの予測を遥かに超えた不条理の連続によって、その精神はすでに発狂寸前の臨界点へと達していた。そんな重苦しい男たちの空気などどこ吹く風と、オズワルドのすぐ傍らで自らの艶やかな髪を優雅に撫でつけているのは、エレーナ・ラジオノワ。オズワルドの愛人であり、一見すればオズワルドに従順な淑女でありながら、その腹の底にはアネハルツ一族の乗っ取りを企む冷酷な牙を隠し持った悪女である。彼女は彫りの深い美しい顔立ちにすました笑みを浮かべ、完全に空気を無視して、褐色のメイドに上質な茶と菓子を用意させていた。エレーナは優雅に茶杯を傾けると、脂汗を流すアルベリヒへと、蔑むような冷たい視線を向けた。
「──ふふ、二度も戦いの機会がありながら、たった1騎のサーヴァントすら片付けられないだなんて、当初のお話と随分と違いますこと。あなたごとき格下の魔術師が、オズワルド様と対等に肩を並べるなど、本当におこがましいですわね」
「まあ、そう言うなエレーナよ。こ奴がいなければ、そもそも初めからこの極東での聖杯戦争という舞台すら始められなかったのだからな」
オズワルドは手をこまねいてエレーナの細い腰を引き寄せ、その豊かな肉体を自らの横腹へと傲然と抱き寄せた。エレーナは従順な愛人の仮面を貼り付けたまま、その腕の中に収まる。アルベリヒは二人の冷笑にギリと奥歯を噛み締め、自らの爪をガジガジと狂ったように噛み続けながら、血を吐き出すように弁明の言葉を口にした。
「……計算通りなら! 俺の構築した絶対の演算通りなら、今頃はあのシールダー(大アイアス)の霊基を完全に噛み砕き、ランサーやセイバーの首すらも返り討ちにできていたはずなのだ……ッ!」
アルベリヒは目を血走らせ、自らの爪を引きちぎらんばかりに指先を震わせた。
「あの地下から湧き上がる、バーバ・ヤーガの『肉の軍勢』とてそうだ……ッ! 並の魔術師ではただ負けて向こうの手駒にされてしまうからこそ、俺はあえて、いまだ目覚めぬ得得(得体)の知れないライダーの宝具でバーサーカー(ドゥリーヨダナ)から完全に理性を奪い、ひたすらあの筋肉の怪物を処理させることで、被害の軽減に努めていたのだぞ……ッ! 一体何なんだ、何が俺の計算を狂わせているというのだ……ッ!!」
円卓に頭を叩きつけるようにして、一人でぶつぶつと呪詛のように呻き、虚空の数式を掻きむしるアルベリヒ。だが、混濁する思考の奥底で、彼は何かに気づいたように唐突に顔を跳ね上げた。その血走った両眼が、オズワルドの隣で茶を啜る悪女へと向けられる。
「オズワルドよ……ッ! そこの女のサーヴァントを貸せ……ッ! 奴らの潜伏先(住処)こそ未だ掴めてはいないが、あの『アサシン』を使えば、次こそは敵を一網打尽にして結界の塵に変えてくれるわ……ッッ!!」
「はあ? なにを寝言を仰っていますの」
エレーナは手元のお菓子を置き、彫りの深い顔立ちに露骨な嫌悪感と不快感を剥き出しにしてアルベリヒを睨み据えた。
「あれは私(わたくし)のサーヴァントですのよ? なぜ、あなたごときの尻拭いのために、私の大事な手駒を貸さねばならぬのです。オズワルド様、こんな男の不躾な要求など──」
「──黙れ、エレーナ」
「……っ、オズワルド、様……?」
冷徹な一喝。オズワルドの濁った老魔術師の眼光に射すくめられ、一族乗っ取りを企む悪女は、それ以上の言葉を完全に喉の奥へと詰まらせて引き下がった。オズワルドは抱き寄せたエレーナの腰から手を離すと、狂気と焦燥に塗れたアルベリヒを見据え、その冷酷な唇を歪めて要求を快諾した。
「よかろう、アルベリヒ。アサシンを、次の一戦に限り貴様に預ける。──ただし、次はないぞ。アトラスの異端よ、三度目の不条理は、この俺が許さん」
「クク……、クハハハハッ! それでいい、それでいいのだオズワルド……ッ! 我が絶対の計略を以て、今度こそあやつらにを聖杯の贄にしてくれるわぁぁぁーーーーッッッ!!」