『Fate/Desire of Thunderbolt』 作:山嵐のハイオーク
ゴオオッ──
と、アパートの古ぼけた床板を底から激しく揺さぶる地鳴りのような感覚。刹那(せつな)は自ら目を覚ましたというよりは、隣で寝ていた宗茂(むねしげ)によって強引に叩き起こされる形で上半身を跳ね上げた。
「主殿、起きよ! 霊脈の底から尋常ならざる魔力の奔流が吹き上がっておるぞ!」
ジュリアが隣の部屋に越してきてから、およそ一週間。テレビのワイドショーでは、この街でいまだに続く不可解な行方不明事件が、ついに全国レベルのトップニュースとして連日報道されるようになっていた。しかし、それ以外には表立った戦闘も起こっておらず、この一週間の刹那はといえば、毎夜のように代わる代わる誰かに夜這いをかけられ、その最凶の杭をグズグズに搾り取られる甘く淫らな日常に塗れていた。最近では、あれほど火花を散らしていたジュリアと宗茂も、なんだかんだと妙に仲良さげな距離感になってきていたのだが──そんな束の間の停滞は、今夜の不穏な震動によって一瞬で瓦解した。断続的に続く不気味な揺れに急かされ、刹那が窓を開けて夜の街へと目を向けると、遠く暗闇にそびえ立つ電波塔のあたりで、激しい爆発の炎が夜空を赤々と焦がしているのがはっきりと見て取れた。直後、バタバタと廊下を走る激しい足音が響き、刹那たちの部屋の玄関のドアが乱暴に叩かれた。
「ダーリン! 入れてー☆ マジでヤバいことになってるし★」
焦燥に駆られたジュリアの声に応じ、アイアス(シールダー)が即座に鍵を開けて玄関のドアを引き絞ると、いつもの黒のシアーブルゾンを乱暴に羽織ったジュリアが、霊体化したヴラド三世(ランサー)を伴って六畳一間へと飛び込んできた。
「オズワルドたちが本腰を入れてウチらをおびき出そうとしてるっぽい! 潜伏させてた使い魔の目から、正気を完全に失ったバーサーカーが地面ぶっ壊して現れるのを見たの! なんかでっかいミートボールみたいな筋肉の化け物と戦ってるみたいだったし!」
「ジュリアさん、そんなにいっぺんに言われてもわからないよ……っ! 落ち着いて、まずは深呼吸して」
刹那はパニックを起こしかけている超乳ギャルの肩を優しく抱き、深呼吸を促して、まずはゆっくりと状況を整理させた。ジュリアは
「はぁ……ふぅ……っ」
と何度も大きく深呼吸を繰り返し、高ぶるKカップの胸元の鼓動を両手で必死に抑えつけると、ようやく本物の魔術師の冷徹な顔に戻って詳細を語り始めた。まず、深夜の激しい地震で目が覚めたジュリアは、震源の近く──あの電波塔の周辺霊脈に予め配置していた蜘蛛の使い魔を媒介にして、周囲の状況をハッキングした。すると、地響きとともに近くの主要道路がアスファルトごと派手に爆割れし、その奈落の底から、一般乗用車ほどもある巨大な「肉塊の怪物の死骸」が次々と地上へと打ち上げられたのだという。そしてその瓦礫の真ん中で、白目を剥いて完全に理性を失い、獣のような咆哮を上げるアルベリヒのサーヴァント──ドゥリーヨダナ(バーサーカー)が姿を現したのだ。
「ウチの『解析魔術』で、その打ち上げられた死体の構造を拡大してみたんだけど……。怪物の肉の隙間に、テレビで行方不明になってた若い男の顔がそのまま一致するものを見つけちゃったわけ☆」
ジュリアのその言葉に、刹那の脳裏にあの晃の冷たい死体の記憶が強烈にフラッシュバックした。やはりあの神隠しは、キャスターが仕掛けた、人間を原形を留めぬ異形へと変貌させる最凶の魔改造の試練だったのだ。おそらくこれは、地下霊脈で侵食を広げていたキャスターの使い魔と、それを迎撃するバーサーカーとの凄惨な全面衝突。だが、奇妙な点がひとつだけあった。なぜアルベリヒの計算回路がありながら、あえて正気を完全に失った状態のドゥリーヨダナが、地下の本拠地から天井をぶち破ってまで地上へと飛び出してきたのか。
「……嫌な予感がするな。敵の狙いは、おそらく──」
宗茂がその深緑の瞳を鋭く細め、言葉を口にした、まさにその瞬間だった。
キィィィィンッッッ──!!!
突如として、刹那たちの脳髄を直接掴んで力任せに揺さぶるような、不快極まる高周波の精神汚染が炸裂した。魔術師、あるいはサーヴァントの契約回路を持つ者のみに聞こえる形で、電波塔の方向から全方位へと凄まじい密度の魔力波が放たれたのである。直後、頭の芯に、あのスキンヘッドに血管を浮き上がらせた狂人の声が、直接響き渡った。
『──セイバー、ランサーのマスターに告ぐ……ッッ!!』
アルベリヒの声だった。発狂寸前の焦燥と、獰猛な殺意が混ざり合った男の呪詛が、一同の脳内に生々しく響く。
『これより、汝らが俺の前にその姿を現すまで……この街の人間を、一分ごとに一人ずつ、順番に皆殺しにしていく……ッ! クク、正義の味方ごっこがお望みの良心のある人間なら、これを聞いて来ないはずがないよなあぁぁーーーーッッッ!?』
「な……ッ!? なんて外道な真似を……ッ!」
アイアスが怒りに唇を噛み締める。最近は、キャスターの仕業と思しきものも含めて、街の行方不明事件の頻度はめっきり減ってきており、ジュリアの地道な解析調査も完全に行き詰まりを見せていた。だが、今回は完全に話が違う。罠だと分かっていても、今すぐあの爆炎の電波塔へ出向かなければ、アルベリヒの凶行によって、無辜の人間たちが文字通り片っ端から肉の贄として虐殺されることになる。世界の裏側のあまりにも理不尽な残酷さを前にして、だが、轟刹那の瞳から、少年の無防備な弱さは完全に消え去っていた。内に眠る肉の杭のごとき激しい男の野生をその日食の瞳に滾らせ、雷雲のショートボブを力強く揺らして、彼は全員を見据えた。
「──みんな! 行くよ! これ以上、あいつらの好きにはさせない!」
「御意ッ! わが雷切の錆にしてくれるわ!」
「はい、マスター……っ。この絶対の盾で、今度こそすべてを護り抜きます!」
その可憐な少年の毅然たる主人の号令に、宗茂も、昨日処女を散らされたばかりのアイアスも、そしてお隣さんとしての独占欲を滾らせるジュリアも迷いなく武器を手に取った。アルベリヒがオズワルドから借り受けたアサシンの最凶の毒牙が待ち受けていることなどまだ知らぬまま、彼らは日常の境界線を飛び越え、爆炎が上がる夜の街へと向かって猛然とアパートを後にするのだった。
◆電波塔の周辺へと到着した刹那(せつな)たちの視界に飛び込んできたのは、言葉を失うほどの凄惨な地獄絵図であった。アスファルトは抉れ、あたり一面は内臓をブチ撒けられた人間と怪物の生々しい血の海と化している。夜の生温かい空気に混ざり合って鼻腔を突き刺す、筆舌に尽くしがたい濃厚な死臭──。
「うっ……、オエェッ……!」
理不尽な世界の裏側の残酷さを突きつけられ、華奢な身体を激しく震わせた刹那は、その場に膝をついて激しく胃液をぶちまけた。隣に立つジュリアも、普段の不敵なギャルの仮面を完全に剥ぎ取られ、しっかりと黒のシアーブルゾンを着込んだ胸元を苦しげに抑えながら、顔を真っ白にして嘔吐を繰り返す。二人が激しい動揺のなかに取り残されていた、まさにその時だった。瓦礫の影から、スキンヘッドの頭皮に太い血管を浮き上がらせた男が、狂わんばかりの足取りで姿を現した。
「……本当に来やがった! フフフ、ヒャハははははッ!!」
アルベリヒである。怒りと、計算を狂わされ続けた果ての狂気に満ちた歪な表情で、彼は嘔吐する刹那たちを獰猛に見据えて高笑いを上げた。
「──貴様、まだ捕らえた人間に手は出していないんだろうな……ッ!」
「主殿に近づくな、外道めッ!」
刹那の危機に、宗茂(むねしげ)が電光の如き速度で重厚なゴシック鎧を全身に現臨させた。白のノースリーブの上の布地を限界まで突っ張らせていた豊かな胸元の魔力を一気に爆発させ、神速の踏み込みとともに『雷切』を全開で振り抜く。神代の凄まじい雷撃を纏った閃光の斬撃が、アルベリヒの肉体を消し飛ばさんと一直線に放たれた。だが、その雷光が男の喉元へと届く一瞬の間際、爆音とともに大気が割れた。地下の天井をブチ破って現れたあの覇王──完全に理性を奪われ、白目を剥いて完全狂化させられたドゥリーヨダナ(バーサーカー)が狂暴な咆哮とともに飛び出し、その巨大な棍棒の一振りで、宗茂の雷撃の斬撃を力任せに荒々しく薙ぎ払ったのだ。
『──さあ、始めようか! 聖杯を巡る不条理の戦いを……ッ!!』
アルベリヒが発狂したように叫び終えるよりも早く、重厚な鎧の底上げギミックのブーツを軋ませた大アイアス(シールダー)が、巨盾を構えて真っ向からドゥリーヨダナへと激突した。金属同士が超重量で軋み合う凄まじい衝撃波が、夜の電波塔を震わせる。そこからは、一瞬の隙も許さぬ絶対の連携が駆動した。アイアスが巨盾のテンションで肉の壁となって敵の進撃を押し留め、絶妙な呼吸で一歩退くタイミングを見計らい、入れ替わるようにして最長身(175cm)の宗茂が神速で切りかかる。昨日、刹那の最凶の杭によって完全にメスとして所有調教された二人の美少女の連携は、回路の繋がりすらも以前より格段に強固に、滑らかになっていた。隙を狙った宗茂の圧倒的な電光の斬撃が、バーサーカーの肉体を次々と切り裂いていく。しかし、さすがは2度の大戦闘を力任せに生き抜いてきた強欲の覇王。令呪によって完全に狂化させられたドゥリーヨダナの勢いは、血を流してもなお、一切衰えることを知らない。
「ランサーッ! 今だし、あの筋肉ダルマの動きを止めなよッ!」
ジュリアの鋭い号令が響いた。刹那の可憐な姿に頬を染めたあの生真面目な槍兵──ヴラド三世(ランサー)が闇夜に現臨し、その強靭な両腕で宝具の引き金を引く。敵の死角である遠方の大気から、大地を埋め尽くさんばかりの凄まし(凄まじい)『槍の雨』が、容赦なくドゥリーヨダナの巨体を串刺しにしてその機動力を完全に射止めた。
「──これで、終わりですッ!!」
動きを完全に縫い止められたバーサーカーへ向かって、アイアスの放った強烈なシールドの投擲撃が炸裂し、その体勢を完全に崩す。そこへ、正妻としての烈しい独占欲と圧倒的な魔力を刃へと込めた宗茂の、全開の『袈裟切り』が挟撃の形で脳頂から叩き込まれた。電光と槍衾の火花が爆発するような、完璧な三位一体の連携。その結果、ついに、あの最凶の強敵であったドゥリーヨダナの撃破に成功したのだった。
「……ガ、ハっ……。……おのれ、童(わっぱ)どもが……」
肉体が無数の黄金の光の粒子となって崩壊していく散り際。ドゥリーヨダナはその傲岸不遜な顔を猛烈な悔しそうな表情に歪め、血反吐を吐きながら、不穏極まる最期の言葉を夜闇へと残して消え去っていった。
「……こんな形であったとしてもわし様を倒したのだ。早々に死ぬなよ……?」
ドゥリーヨダナの霊基が完全に消滅した、まさにその瞬間だった。
「──あ、あれ?」
刹那が日食の瞳を見開いて周囲を見渡したときには、先程まで確かにそこにいて高笑いを上げていたはずのアルベリヒの姿が、影も形もなく忽然と掻き消えていたのだった。バーサーカーを撃破した歓喜など、そこには微塵もない。姿を消したアルベリヒ。そしてバーサーカーが遺した「いずれまた会う」という呪詛。それらは、この真夏の電波塔での戦いが未だに終わっておらず、むしろ彼らがオズワルド陣営の構築した、さらなる最凶の「罠の深淵」へと完全に引きずり込まれたことを、静かに暗示していたのだった。
◆ドゥリーヨダナの霊基が光の粒子となって消滅し、アルベリヒが忽然と姿を消した直後。サーヴァントを撃破した勝利の歓喜など、そこにはほんの一瞬すら残されてはいなかった。
「……ダーリン、ここに長居するのはマジで命取り。ウチらの痕跡を消しながら、速攻で撤退するし★」
ジュリアがすぐさま『解析魔術』の回路をフル稼働させ、電波塔に残留した魔力粒子の痕跡を冷徹にクリーンアップしていく。血の海の死臭にまだ顔を青ざめさせている刹那(せつな)の手を引いて、一行は息を切らしながら、早足でアパートへの帰路に就いた。その道中、宗茂(むねしげ)は鋭い“直観”のスキルが微かな不協和音を捉えているのか、落ち着かない様子でキョロキョロと周囲の闇を警戒していた。だが、オズワルドの陣営から解き放たれたしたたかな暗殺者──『耽惑のハサン』は、その最長の踏み込みをも予測の範疇に収め、一ミリの気配すら表に出さぬまま、夜陰に紛れて執拗に彼らの背後を追跡し続けるのだった。ついにアパートの我が家へと辿り着いた一行は、張り詰めた緊張の糸が切れたことによる凄まじい倦怠感に全員が唸り声を上げた。夜通しの激戦で浴びた怪異の返り血を風呂場で念入りに洗い流し、ぐったりとしたまま、全員が泥のような深い眠りへと就いていく。──まさにその寝所に、妖艶極まる絶対の暗殺者が忍び込んでいることなど、夢にも知らずに。
「クク……、お邪魔いたしますわ、可愛らしいマスターさん」
美しい褐色の顔に、黒曜石のごとき大きな黒い瞳を怪しく光らせ、耽惑のハサンが鍵の閉まったアパートの窓から音もなく静かに刹那の寝室へと侵入した。もし彼女が僅かでも殺気を出していれば、隣の部屋で眠る歴戦の武将たる宗茂や、歴史に名を馳せる戦士たるアイアスが今にも目覚めて即座に惨殺されていただろう。だが、この暗殺者はそれほど迂闊ではなかった。生前の経験から魔術的な知識に非常に聡かったハサンは、ジュリアがこのアパートに越してきて以降、建物全体に「毒物の一切を自動で探知して焼却する」という強力な防衛魔術が張り巡らされていることを瞬時に見抜いていた。事実、彼女が懐に忍ばせていた即効性の暗殺毒は、アパートの敷地に入った一瞬で跡形もなく燃え尽きて消滅してしまっている。
「──ですが、これならいかがかしら?」
ハサンが妖艶に微笑みながら取り出したのは、毒物としてはカウントされない、ただの安眠効果のある『アロマ』であった。防衛魔術を無傷ですり抜けた微かな香煙が室内に満ち、宗茂たちの眠りをさらに深い底へと引きずり込んでいく。即効性の毒を失った。しかし、この女にとってそれはさしたる問題ではなかった。なぜなら、彼女の最大の暗殺兵器──それは、他ならぬ彼女自身の身体そのものだったからだ。月の光が差し込む六畳一間で、無防備に寝息を立てているターゲット──160cmの可憐なショートボブショタのルックスをした刹那を見据えて、ハサンはぷっくりとした肉厚な唇をペロリと濡らし、思わず妖艶に舌なめずりをした。
「ふふ、こんなに割の良い仕事、生前の一生を探してもありませんでしたわ。これこそが、現世の言葉で言う『据え膳食わぬは男の恥』というやつかしら……? 女ながらに、男たちの浅はかな気持ちが少しだけ分かった気がいたしますわね」
ハサンは音もなく刹那の布団へと滑り込むと、そのしなやかな褐色の指先で、刹那のショートパンツをそっとずらし、パンツを優しく引き剥がした。衣服の下から、月光のなかに顕現した最凶のオスの杭。男の理性をドロドロに溶かし傀儡にするために育て上げられたはずの暗殺者は、その瞬間、今から己の肉体と理性を完膚なきまでにぶち壊すことになる、本物の「最凶の凶器」と出会うことになるのだった。
アサシン登場です。オリジナルのハサン。