『Fate/Desire of Thunderbolt』 作:山嵐のハイオーク
早朝、まだ東の空に日の出が訪れる前の薄明のなか、アイアス(シールダー)は静かに目を覚ました。いや、正しくはその夜の彼女は一睡も寝付けず、ただひたすらに鏡の前で、現世の化粧の技術に丹念な時間を割いていたと言った方が正しい。昨夜のうちに、ジュリアの部屋からこっそりと借り受けてきた高級なファンデーションやグロスを使い、自らの白い肌のトーンを極限まで整え、口元の艶やかな黒子のまわりの肌が最も美しく映える角度を何度も計算し尽くしていたのだ。
「ふああ……、おはよう、アイアス。……って、ええっ!? 誰、ですか……っ!?」
午前6時、ようやく起きてきた刹那(せつな)は、起き抜けに視界に飛び込んできた「見知らぬ絶世の美人」の出現に、思わず自分の日食の瞳を力任せにゴシゴシと擦り、まだ夢の中にいるのではないかと現実を激しく疑った。そこに佇んでいたのは、いつものびっちりとした黒のボディスーツ姿とは180度違う、完璧な『純情清楚系勝ちヒロイン』の威容を纏ったアイアスだった。ジュリアが選んでくれたネイビーのベレー帽を頭にちょこんと被り、首元にカットアウトの入った清楚な白のサマーニットは、彼女の極限のハリを誇るコニカル美乳の美しい曲線をこれでもかと上品に引き立てている。さらに、黒のハイウエスト・プリーツミニスカートからスラリと伸びる健康的な爆太ももが、レースアップの厚底ショートブーツへと繋がっていた。彼女はすでに、ジュリアや宗茂(むねしげ)の分も含めた3人分の朝食の手際良い用意さえ完璧に済ませ、端正な顔立ちですましてお茶を淹れていた。刹那も慌てて朝食を済ませると、アイアスのあまりの気合の入り様に完全に感化され、テキパキと男の子としての着替えの準備を完了させた。お隣のジュリアがいつものギャル服姿で
「おはよー☆ ダーリン、今日の防衛結界の同期はウチに任せなさいって……って、うわっ! アイアスちゃんマジで気合入りすぎだし★」
と家を訪ねてくる頃には、二人は待ちに待った二人きりのデートへと元気よく出発した。駅の電車のホームで他愛もない話で時間をつぶし、やがて滑り込んできた電車の車内へと乗り込む。ガタゴトと揺れる電車の吊り革に掴まりながら、アイアスはネットの少女漫画で徹夜で叩き込んだ戦術をさっそく実行に移した。
(──ここです! 電車の揺れに紛れて、自然に不意を突く!)
「──っと、きゃっ……!?」
電車の絶妙なカーブの揺れに乗じ、アイアスはうっかりを装って、その3人の中で最大の質量を誇る超巨尻と柔らかな側胸部を、刹那の華奢な身体へと隙間なくピタリと密着させてみせた。
「う、うわっ、大丈夫……っ!?」
と赤面して支えてくれる刹那の男の子らしいぬくもりと、白のサマーニット越しに伝わるコニカル美乳の確かな弾力。アイアスの心臓は、早くも爆発せんばかりにドクドクと跳ね踊っていた。目的地の隣町は、少し離れた片田舎ではあったが、近年開発されたばかりの大きめな複合ショッピングモールが存在していた。館内には巨大な映画館をはじめ、きらびやかなアクセサリーショップ、最新のブティックが立ち並び、ブランド品(ディスカウントショップ)も何件か入っているため、週末の今日もそれなりに多くの現世の客を招くことに成功し、かなりの賑わいを見せていた。
「アイアス、映画の上映時間まで、まだ少し時間があるから……あそこに入って時間をつぶそうか」「はい、マスター……っ♡」
刹那が指を差したのは、店の外にまでお洒落な現世のカップルたちのリア充オーラを漂わせている、インスタ映えに特化した今風のファンシーな喫茶店だった。案内された大理石調のテーブル席で、アイアスはメニューの写真を凝視し、口元の黒子のまわりの白い肌を一瞬で真っ赤に上気させた。
「ま、まま、マスター……っ。私、これが、これが食べたいです!」
アイアスが震える指先で指し示したのは、一つの大きなガラスの器に盛られた特大のメロンクリームソーダに、ピンク色のハート型に枝分かれした2本のストローが突き刺さった、カップル専用の限定メニューの写真だった。これまで夜な夜なの夜這いを含めて散々濃厚に身体を重ねてきた深い仲ではあったものの、現世の恋人たちが演じるこういった露骨な恋愛イベントには全く慣れていなかった刹那は、雷雲のような黒髪のショートボブの耳元まで一瞬でチェリーのように真っ赤に染め上げた。だが、隣で期待に大きな瞳を潤ませている彼女の純情を無下にはできず、
「……うん、いいよ」
と照れくさそうに快諾した。運ばれてきたクリームソーダに、2人で同時に顔を近づけてストローを咥える。
ちゅ──、ちゅぅ……。
飲むとき、互いの顔の距離はわずか数センチという絶妙な近さとなり、混ざり合う互いの甘い吐息と、ストローを通じて伝わるジュースの微震が、二人の頬をこれでもかと赤く染め上げた。その後にシアターへと移動して鑑賞した映画は、今期最大の話題作である大人のラブストーリーだった。照明が落とされ、完全な暗闇となった劇場のなか、周囲の席に座る現世のカップルたちがいちゃつき、密かに唇を重ね合っている淫らな気配が、サーヴァントとしての鋭い五感を通じて生々しく伝わってくる。あまりの照れくささに耐えかね、刹那がふと横の座席を盗み見た、その瞬間だった。スクリーンの一瞬の閃光に照らされた暗闇のなか、隣に座るアイアスが、じっと熱い視線で、どこか物欲しそうに狂おしいほどの恋情を込めて刹那の顔を見つめていた。その純粋で、切なげな彼女の瞳と、刹那の視線が真っ向から合致してしまったのだ。
ドクンッ!!
「ん、んん……っ!?」
次の瞬間、刹那は自身でも信じられないほどの激しい衝動に突き動かされ、勢いのまま、アイアス(アイアス)のぷっくりとした唇へと自ら激しく吸い付くようにキスを交わしていた。上映中の映画の爆音のなかで、アイアスの清楚な白肌のうなじを細い両手で強引に引き寄せ、互いの唾液を濃厚に絡め合う深い口付け。
(──あれ? 僕……どうして、急にこんな強引なことを……っ!? 僕は、今までこんなに大胆なはずではなかったのに……っ)
暗闇のなかで、アイアスの甘い舌のぬくもりを貪りながら、刹那は自身の内に走った「かつて経験したことのない、狂おしいほど激しい情熱」の違和感に気づき、まるで自分の中に、自分じゃない誰かの激しい感情が混ざり合って、内側から肉体を突き動かしているかのような生々しい感覚に、密かに脳髄の裏側でいぶかしむのだった。
◆シアターの暗闇を抜けても、互いの火照った頬は容易に元には戻らなかった。互いに目を合わせられないまま、けれど繋いだ手だけは離さぬよう、指先を強く絡め合って劇場を後にした二人。
「じゃ、じゃあ……っ。お、お昼ご飯にしよっか!」
気恥ずかしさを誤魔化すように刹那(せつな)が声を上げると、二人は並んで駆け足のまま、賑わうフードコートへと滑り込んだ。注文した料理がテーブルへと運ばれると、アイアス(シールダー)はそそくさとスプーンを手にしてオムライスを一匙分掬い上げた。
「マスター……あ、あーんでありますっ!」
再び口元の黒子のまわりを林檎のように赤らめながらも、現世の恋愛術に少し慣れてきた様子で、彼女は健気な笑みを浮かべて刹那の口元へ運ぶ。
「んぐ……っ。美味しいよ、アイアス。……じゃあ、僕もお返しするよ」
刹那もおねだりに応じるように、自分のスプーンでオムライスを掬ってアイアスのぷっくりとした唇へと運んでみせた。ちゅ、と小さくスプーンを咥える彼女の可憐な姿。二人の周囲だけ店内の気温が3度上がったと、近くにいた店員が後に同僚へ語ることになるのだが、今の二人には周囲の視線など全く目に入っていなかった。その後はアクセサリーショップでお揃いのイヤリングを買い求めたり、お互いの服を選び合ったりと、たっぷりと二人だけの甘酸っぱい時間を過ごした。帰り道の電車の中、夕暮れの車内は幸いにも空いており、二人は並んで座席に腰を下ろした。夜通しの激戦や不慣れなデートで心身ともに疲れが出たのだろう、刹那はいつしか深い眠りに就き、アイアスの隣で無防備な寝顔を晒していた。アイアスは少年の規則正しい寝息を確かめると、そっと息を潜め、彼の華奢な肩へと己の頭を預けた。
「……今日をもって、身を以て思い知りました。私は、あなたがたまらなく愛おしい。──好きです、刹那さん」
誰に届くでもない、けれど魂の底から溢れ出た本物の恋情をポツリと零す。がたんごとんと、電車の規則正しい振動の音が二人を静かに家路へと運んでいく。されど──忘れてはならない。今が血を血で洗う、過酷な聖杯戦争のただなかであることを。
「マスターっ! 起きてください、マスターっ!!」
「……っ!? アイ、アス……?」
自分の肩を必死に揺さぶるアイアスの緊迫した声で、刹那は弾かれるように目を覚ました。つい先ほどまで電車の座席に揺られていたはずだった。だが、目を開けた刹那の視界に飛び込んできたのは、見慣れた車内の風景では断じてなかった。そこは、いつの間にか太陽の光が血のように凝固した『真っ赤な空』が広がり、足元の土壌には、そこら中に夥しい数の髑髏と、原形を留めぬ異形の『謎の肉片』が不気味に散乱する、おぞましい魔術の異界(結界内部)と化していたのだ。
「ひっ、ひっ、ひっ……。おや、可愛い坊や。わざわざここへ来たってことは、大魔女の口の中へ自ら飛び込む覚悟が決まったということかねぇえ?」
不気味な地鳴りのような笑い声とともに、いつか商店街の片隅で刹那を「めんこい人形のような見た目で男だったのかい!」と狼狽しながら占った、あのしゃがれた声の老婆が、闇のなかから忽然と目の前に現れた。
「貴様……、キャスターだなッ!? よくもノコノコと我がマスターの前に姿を晒したものだ! ──私の盾で、粉々にすり潰してやるッ!」
瞬時にいつもの漆黒のボディスーツ姿へと現臨し、刹那を背後へと庇いながら、アイアスは戦士としての凛とした啖呵を切った。
「はははッ! 威勢がいいねぇ、お嬢ちゃん! ──だが、それはこちらのセリフだよッ!!」
不敵な咆哮とともに、占い師は身に纏っていたボロ布のローブをバッと烈しく引き剥がし、その魔術的な真の威容を現世へと露わにする。ガリガリに痩せ細った骨の脚を軋ませ、狂気の筋肉フェチたる大魔女が不気味に高笑いを上げる。かつて「励めよ、主の敵を悉く打ち倒すのじゃ」と予言を囁いたその不気味な口元を歪め、牙を剥いた怪異の老婆。平和なデートの境界線は最悪の形で破られ、二人の目の前で、キャスター陣営の凄惨な死線の幕が今、残酷に切って落とされたのだった。