TS獣人の吟遊詩人お姉さんが主人公っぽい少年を襲ってしまった話。 作:ソイレント・グリーン
はじめの方シリアスかも。
俺、クライス・ライン・リンゲルスが生まれ育った国は、常に隣国からの脅威に晒されていた。
小国ながらも豊かな資源に恵まれていたことが、わかりやすく標的にされた理由だ。
相手は巨大帝国。国土も人材も、俺たちの国とは桁が違った。それでも抗い続けられたのは、国の資源を活用して作り上げた魔導兵器のおかげだった。
だが、それも時間の問題に過ぎなかった。少しずつ、確実に追い詰められ、俺の親父──アンドヴァリ王の代になる頃には、戦線はとうに限界ギリギリのところまで押し込まれていた。
いつだって命懸けの、痛み分け前提の泥沼の戦い。
けれど、帝国の指導者が変わったことで、そんなジリ貧の戦争すらもあっけなく終わりを迎えることとなる。
新たな女帝──『槍の乙女』ゲルトルート。彼女の手によって創生された『冬を喚ぶ兵器』は、俺たちが保っていた前線をあっさりと粉砕した。
今でも、あの時の親父の苦しそうな笑みが忘れられない。
もう、打つ手は無い──誰もがそう絶望していた。
そんな惨状の最中、奴らは現れた。
自らを『使徒』と名乗る謎の集団。中でも異様な頭部を持つ魔導師は、帝国軍の兵士たちを、まるで羽虫でも払うかのように容易く蹴散らしてみせた。
親父はその力に魅了され、すがるように奴らと契約を交わした。
それが、国を丸ごと呑み込む魔の策略であることにも気づかずに。
人外の力を手に入れた親父は、たった一人で帝国軍を相手取り、連戦連勝を重ねていった。
国内では『王国の守護神』だの『最後の希望』だのと崇め奉られていたが、一番近くにいた俺だけは分かっていた。親父から、着実に人間性が失われていっていたことを。
いつか必ず破滅する。
そんな漠然とした、けれど確実な予感に苛まれ、俺は何度も力を手放すよう親父を説得した。
だがその度に、「この力が無ければ国はおしまいなのだ」と、狂気を孕んだ瞳で突っぱねられるだけだった。
そして、嫌な予感は最悪の形で的中することになる。
静かな冬の夜のことだった。
いつものように、親父は一人で前線へと向かっていた。
薄暗い玉座の間には、俺が書類にペンを走らせる音だけが虚しく響いている。
刹那、空気を引き裂くような大轟音が響き渡り、国を頑強に囲んでいた城壁の一部が木っ端微塵に崩れ去った。
この時期には起こり得ない猛烈な吹雪が雪崩のように城下へと流れ込み、一瞬にして都市を死の世界へと変えていく。
逃げ惑い、悲鳴を上げる国民たち。
王国が始まって以来の、未曾有の大混乱だった。
しかし、民は逃げることすら許されなかった。
彼らの行く手を阻んだのは、吹雪による急激な凍結だけではない。
黒い、無数の触手。それが逃げ惑う人々を容赦なく捕らえ、貪るように呑み込んでいく。
雪煙の向こうから現れたのは、黒くドロリとした粘体を全身に纏い、醜悪に肥大化した──アンドヴァリ王の姿だった。
城の窓からその凄惨な光景を見下ろす俺の心は、ただ静かな絶望に満たされていた。
──ああ、やはりこうなってしまったのか、と。
崩れ去った城塞の隙間から、白く小さな影が飛び出すのが見えた。
あれは……ゲルトルート…!?
帝国の若き指導者は、己の力でしかこの魔性を打倒できないと直感したのだろう。彼女は稀代の指導者であると同時に、世界屈指の魔導師でもあった。
だが、かつて美しい吹雪を纏っていた彼女の白い身体は、今や痛々しい真っ赤な鮮血に染まりきっている。
俺は己の愛剣を二本引っ掴むと、地獄の渦中へ向かって無我夢中で駆け出した。
自分一人では、何もできないと分かっているのに。
辿り着いた城下都市には、生存者の気配など微塵も残っていなかった。
静まり返った街に立ち並ぶのは、歪な氷像と、あたり一面に飛散した赤黒い肉片のみ。
俺は惨劇の中を駆け抜け、親父の元へと行き着いた。
「──親父ッ……!!」
枯れ果てた喉を振り絞り、大声を上げる。
息が整わない。
異形となった親父は、白く濁り泡立った眼球をゆっくりとこちらへ滑らせ、俺を見た。
ゲルトルートも俺の存在に気づき、親父の意識がこちらへ逸れた一瞬の隙を突いて脱出していく。
……そこからの記憶は、殆ど残っていない。
うねる黒い触手に一瞬にして叩き伏せられ、俺の意識は呆気なく途切れた。
急速に薄れゆく朦朧とした視界の中で、俺を取り込もうと伸びる触手を、血を吐きながら必死に抑え込もうとする、親父の苦しげな姿が見えた気がした。
……よかった。まだ……あの中には、親父が生きている……。
俺はなぜか底知れぬ安堵を覚えながら、そのまま深い闇の底へと意識を落とした。
──目が覚めた時、王国はすでに滅び去っていた。
見渡す限りの倒壊した廃墟。全てを覆い隠す、静寂の銀世界。
その死に絶えた世界で動いているのは、俺ひとりだけだった。
親父の姿も、もうどこにも無かった。
でも──きっと、まだどこかで生きている。
「殺してやらないと……」
それは、紛れもない俺の本心だった。
当てもないが、探さなければならない。
俺はおぼつかない足取りで倒壊した壁を伝い、旅の物資を集めるために動いた。何か使えるものが残っているはずだ。
──その日の夜。
俺は都市の残骸から掘り出したわずかな食料を、鍋で適当に煮込んでいた。
明日、この国を立つ。
「今晩は、良い夜ですね」
ふいに、聞いたことのない穏やかな声が響いた。俯いていた頭を上げ、声のした方を見る。
「………誰だよ、お前」
そこにいたのは、人間ではなかった。
身体は神父のような衣装を纏った男のものだったが、首から上が、六枚の翼と無数の眼球が蠢く異形だった。
異形はにっこりと笑うと、当然のように俺の目の前に腰を下ろし、勝手に鍋を突き始めた。……おい、勝手に食ってんじゃねぇよ。
「私、イオラ、と申す者です」
「そうかよ、で?何の用?」
不機嫌さを隠そうともせず、わざとわかりやすく声を低くして、俺も鍋を突き直す。
「あんまり面白い反応ではないですね。私、貴方のお父様があのようなお姿になった原因なのですが」
少し驚きはしたものの、どこか妙に納得もしていた。
こいつが、あの使徒達の崇めている『主』だ。
目の前の存在から放たれる、あまりにも淀みない魔力。まったく底が見えない。おそらく人外の中でも、極めて異次元で強力な存在なのだろう。
「あっそ」
「………う〜ん、私、大魔族なんですがねえ…?」
大魔族だか大家族だか知らんが、俺の目的はあくまで親父に引導を渡すことだ。復讐はついでに過ぎない。
「貴方の父は、東の砂漠、我々の本拠地にいますよ」
「!」
……嘘は、ついていない気がした。
「私は人の悪感情が好物なんです」
この鍋もなかなか美味しいですが、とイオラは言葉を続ける。
「貴方がたからは、非常に上質な悪感情をたくさん頂けた。お父上の居場所を教えるのは、そのささやかなお礼です」
勝手に搾取されたもんのお礼を言われてもなあ…。
イオラはあり合わせの材料で作った鍋を堪能すると、満足したように立ち上がった。
「帰んのか?」
「ええ、貴方の旅、良いものになると願っていますよ」
奴はまるで空気に溶け込むように、すうっと姿を消した。
お前に言われなくたって、惨めで辛いだけの旅だったなんて思ってやるもんかよ。
満足して、楽しんで、笑って、それから親父を介錯して、ついでにお前らはぶっ潰して、そんで親父のでかい墓を建ててやる。
俺は明日の旅立ちに備え、静かに目を閉じた。
世界は、俺の知らないもので溢れかえっていた。
街全体が巨大な魔法工房になっている都市。巨大竜を信仰し、共存して暮らす国。成人の儀式に命を賭す部族。
俺が今まで見ていた世界なんて、ほんの一部でしかなかったんだな……。
道中、獰猛な魔獣たちとも何度も刃を交えた。
はじめは対人戦しか経験がなかったから、正直かなりビビっていた。だが場数を踏んだ今となっては、どんな奴が来ようがどんと来いだ。
また、旅を続ける中で、俺たちの国を狂わせた使徒たちについてもいくつかの有力な情報を得ることができた。
世間では奴らのことを『邪教』と呼んでいるらしい。
世界の裏側で暗躍し、各地に戦火を撒き散らしている根の深い存在のようだ。
奴らに関わった者は、誰一人としてまともな末路を辿らない。……俺の親父がそうだったように。
あいつら……本当にたちが悪いな。
道中で奴らの拠点を見つけるたび、片っ端からぶっ潰してやった。
そうして旅を始めてから一年半ほどが経った頃のことだ。
その日は突然の雨に見舞われ、仕方なく街道を外れて森の中を突っ切っていた。
街まではまだ距離がある。雨は上がったものの足元はぬかるみ、ブーツが泥だらけになってしまっていた。確かこの近くに川があったはずだ。せっかくだし、汚れを落としてから街へ向かうとしよう。
俺はドゥアト川と呼ばれる小川へと足を向けた。
雲の切れ間から月が顔を出し、あたりを煌々と照らし出す。
川に着くとバシャバシャと泥を洗い流し、ブーツを適当な枝に引っ掛けた。
うーむ、ここで野宿するかな。
そう思い立ちかけた矢先、少し離れた場所から大きな音が響いた。どこかの木が倒れたような音だ。
魔獣だろうか。
わざわざ襲われるのを待つ義理もない。こちらから出向いて、サクッと片付けてしまうとしよう。
俺は得物を抜刀し、音がした方角へと駆け出した。
黒い霧を纏う魔獣の背中が見えた。かなりの巨躯だが、今の俺の敵じゃない。……ん?
誰か襲われている…?
俺は一瞬で最高速まで加速し、魔獣の脳天から一刀両断に切り伏せた。
左右に割れて倒れる魔獣の隙間から、襲われていた奴の姿が露わになる。
正直、目を奪われてしまった。
白金のように輝く美しい髪から、ひょこんと飛び出た獣の耳。獣人だ。
なにより……めちゃくちゃ顔がいい。クールな雰囲気の中にどこか可愛らしさが同居している。そして身体の方はというと、直視するのが躊躇われるほどのプロポーションだった。お、お、おっぱ……胸が、でかい……!
俺は動揺を悟られないよう、必死に平静を装って声をかけた。
「ぉ、おぅ!大丈夫か?」
……ちょっと声が裏返ってしまったが、バレていないはずだ。
だが、彼女から返ってきたのは、まったく意味の分からない言葉だった。
「しゅ…主人公……だ……」
………はい?
「何言ってんだ…?」
思わずそう返してしまった俺を、きっと誰も責められないと思う。
獣人の女性……エラと名乗った吟遊詩人は、いわゆる「残念美人」というやつだった。
足はガクガク震えているのに、妙にテンションが高いし……。
……なんだか勝手に期待して、勝手に裏切られたような気分だ。呆れてその場を離れようとすると、エラは自分をおんぶして運んでくれと堂々と頼み込んできた。まあ、断る理由もないか……。
一応は怪我人?だし、早めに街へ連れて行ってやった方が良いだろう。
俺は生乾きのブーツを履き直し、彼女を背負って街道を目指した。
エラは俺よりも背が高く、背負うとちょうど彼女の胸が俺の後頭部に押し当たってしまう。
俺は心の中で心頭滅却と何度も唱えて、とにかく意識を逸らすのに必死だった。
俺って、こんなに女性に耐性がなかったっけか……。
そんな俺の葛藤も知らず、エラは背中でペラペラと質問を投げかけてくる。
その問いの中には邪教に関わりかねないものもあったが、俺は適当にはぐらかしておいた。
こんなにも明るい彼女を、あんな胸糞悪い連中の復讐劇に巻き込みたくはなかったからだ。
街へ辿り着く頃には彼女の足も動くようになっていたため、その場で解散した。……まあ、直後に宿屋で再会することになるのだが。
それから街に滞在している間、俺たちは結局コンビを組んで路銀稼ぎをすることになった。
それにしても、彼女の奏でる詩の力、バフの効果は凄まじかった。
どれほど頑丈な魔獣が相手だろうと、熟れた果実を切り分けるみたいにサクサクと叩き斬れるようになるのだから驚きだ。
満足に生活できるくらいの路銀が貯まった後、俺はエラに別れを告げて街を出た。
正直に言えば、俺だって名残惜しかった。彼女と一緒に過ごすのは純粋に楽しかったし、あのバフさえあればどんな敵にだって勝てる気がするし。
しかし、俺の目指す場所が邪教の本拠地である以上、ここで別れておくべきなのだ。
──そう、思っていたのだが……。
エラの奴、勝手について来やがった。
もはやストーカーと言っても差し支えない勢いで、気づけばどこにでも現れる。
こっちが心配して遠ざけようとしているってのに、当の本人はどこ吹く風だ。
あまりにしつこく付きまとってくるものだから、しばらくすると俺の方も完全に毒気を抜かれ、慣れてしまった。なんだか無理やり納得させられたような気もするが……。
……まあ、危なくなったら真っ先に逃げているようだし、大丈夫だと信じたい。
そうして旅を続ける中で、少しずつ仲間も増えていった。
モンクのライオネル、暗殺者のシュエン、そして聖女のマリアベル。
出会った頃のあいつらは全員、今にも人を殺しそうな険しい目つきをしていたものだが、今では焚き火を囲んでくだらないことで笑い合える関係だ。
そんなある日のこと、エラが邪教に関する大きな情報を持ってきた。
古代都市を拠点に暗躍している集団がおり、近く国家主導での大規模な制圧作戦が決行されるという。正規軍だけでなく、腕利きの探索者にも広く依頼が出されているらしく、小規模な戦争並みの規模になりそうだった。
俺たち四人と、例によってちゃっかりついてきたエラは、揃ってその作戦に参加することを決めた。
これが、まさかあんな事態に発展するなんて、この時の俺は想像すらしていなかったのだ……。
作戦の途中までは、すべてが順調だった。
手際よく邪教徒どもを制圧していき、このままいけば夜が明ける前にケリがつくと誰もが確信していたのだが──。
場を一変させたのは、たった一人の魔導師の出現だった。
頭部が異形の構造体となったその姿……かつて俺の国に現れた使徒の中にも、似たような奴がいた。俺は一気に警戒を跳ね上げた。
奴は、即座に巨大な魔法を展開してみせた。
かろうじて動けたのは近くにいたライオネルだけ。しかし、彼の攻撃も奴に届くことは無かった。
発動の瞬間、奴の視線がエラに向けられたのを俺は見逃さなかった。戦力全体を底上げしている彼女の存在を、真っ先に危険視したのだろう。
エラを一人にするわけにはいかない──!
俺は咄嗟に飛び出したが、結果として、二人まとめて紫炎の結界の中に閉じ込められてしまったのだ。
しかも、エラには狂化のような異常状態が付与されているという、あまりに厄介なおまけ付きだ。
理性を失って襲いかかってくる彼女を抑え込むこと自体は難しくなかったが、無駄に体力を使わされてしまった。……肝心の魔導師本人は早々に消えちまうし。
狂乱したエラの意識をなんとか落とし、結界から抜け出す方法をあれこれ探してみたのだが、俺自身が魔法に詳しいわけでもない。結局、何も掴めないまま時間だけが虚しく過ぎていった。
目が覚めたエラとも協力して脱出策を探ったものの、目ぼしい収穫はゼロ。俺たちにできることと言えば、外の仲間たちがどうにか結界を破ってくれるのを祈るくらいだった。
──いや、閉じ込められただけなら、まだ良かったのだ。
転びそうになったエラの手を咄嗟に取った、ただそれだけのことで急に彼女の様子が一変し、気づけば俺は地面に押し倒されていた。
何が起きているのか瞬時には理解できず、困惑に頭を乱されているうちに……俺は、エラと身体を重ねてしまっていた。
彼女が明らかに正気ではないことくらい分かっていた。けれど……俺だって思春期真っ盛りの男だ。浮世離れした美貌を持つ年上の女性にあんな目で見つめられ、熱っぽい体で迫られたら、どんな状況であれ理性を保ち続けるなんて無理だった。
それに、あのエラだって俺と同じで「初めて」だったらしく……なんていうか、その事実にどこか男としての優越感を覚えてしまった自分もいたのだ。
くそ……普段からシュエンやマリアベルみたいな可愛い女子と行動を共にしていて、自分では多少なりとも女性慣れしているつもりだったのに、まったくそんなことはなかった、悔しい…。
始まってしまえばほぼ完全に主導権を握られっぱなしで、外で仲間たちが死闘を繰り広げているかもしれないって時に、俺は彼女に干からびるまで搾り取られていたのだ。
結界自体は、外に残っていた仲間たちが必死に戦ってくれたおかげで消滅した。特にライオネルが一番奮闘してくれたらしく、本当に感謝してもしきれない。
俺とエラはお互いに視線を交わし合い、中で起きたことについては口を閉ざした。多分ライオネルにはバレてる…。
エラは今回の件がよほど許せなかったらしい。あの異形頭の魔導師をぶっ潰すのだと、恐ろしいほどの執念と熱量を見せていた。
俺はその気迫に気圧されたことと……万が一、彼女の体に何かあった場合、男としてちゃんと責任を取れるようにという思いから、彼女を正式にパーティへ迎え入れることにしたのだ。
そうしてその日の夜、作戦の成功を祝して拠点では盛大な宴が開かれることとなった。
◇
広場の方では、今回の作戦の指揮官が音頭を取って盛大に乾杯を交わしていた。
誰一人として欠けることなく作戦を成功させたのだから、大盛り上がりなのも無理はない。
そんな中、俺は今回ほとんど活躍できなかったこともあり、会場の端の方で小さくなりお酒を呷っていた。
「はぁ…」
単に戦線から離脱させられただけならまだマシだったのだが……あんな事をしてしまった以上、さすがに落ち込まずにはいられない。
「隣…いいかい?」
「エラ…」
先ほど正式にパーティへ加わったエラが、自分のグラスを手に隣へ腰を下ろしてきた。
……無意識にソワソワしてしまう。
結界から脱出した直後は安堵の方が勝っていて実感が湧いていなかったが、俺は本当に、エラと身体を重ねてしまったんだよな……。
「今回は本当に災難だったね…改めて謝りたいんだ」
「謝るって……エラがそんなことする必要ないだろ? 俺たち二人とも、ただの被害者なんだからさ……」
咄嗟にフォローを入れたものの、エラの表情は晴れないままだ。勝手に体を操られ、知り合いに襲いかからされたのだから、生半可な慰めはかえって逆効果だったのかもしれない。
「俺は別に気にしてねぇんだけど……寧ろ、結局拒めず受け入れちまった俺の方が……」
「それじゃダメだ! 何か、僕に贖罪をさせてくれ! 僕にして欲しいこととかはないかい!?」
か、顔が……顔が近い……!
これまでならここまで過剰に意識することもなかっただろうに、一度あんな体験をしてしまった以上、正気でいるなんて無理だ。思わず顔を背けてしまったが、彼女は鼻息荒く、ふんす!と息巻いたまま、一歩も引こうとしなかった。
「じゃ、じゃあなんかつまみでも貰ってきてくれよ」
俺は苦笑いを浮かべながら頼んだ。あの調子じゃ何か頼まない限り絶対に納得してくれなさそうだったし、これくらいで手を打ってほしいところだ。
承知した!、と威勢よく返事をしたエラは、意気揚々とつまみを調達しに向かっていった。
やがて皿を手に戻ってきたエラは、先ほどの申し訳なさそうな顔と、どこか浮足立ったような雰囲気を混ぜこぜにした妙な表情のまま、俺の隣で再び酒を飲み始めた。
はじめはちびちびとぎこちなく飲みながら会話を交わしていたのだが、少しずつ酒が回ってくるとエラは愚痴をこぼし始め、どんどんペースを上げて酔っ払っていった。
「ちょっとペース早くねぇか…?」
「えー? そんなことないよぅ! というか、周りのみんなだって酔っ払ってるんだし、大丈夫大丈夫! それよりさぁ、あの魔導師は本当に──」
確かに兵士も探索者も、周囲の連中はすでにベロベロだ。だが……なんだろう、嫌な予感が拭えない。
エラのしっぽが、こちらの足元にすりすりと絡みついてきている。
宴は深夜まで続き、やがてほとんどの奴らが雑魚寝するように眠りへと落ちていった。
なのに、エラの愚痴は一向に止まる気配がない。
「クライぃ〜……! ちゃんと僕の話、聞いてるのかぁ〜い……?」
「聞いてるって…」
嘘だ。途中からほとんど頭に入っていない。だって酒のせいで何言ってるのかよくわかんねぇんだもん…。
だが、そんな俺のうわの空な態度にエラも勘づいたのだろう。不満気に顔を顰めると、にじり寄るように距離を詰めてきた。
「目が泳いでる…!」
「ち、近いって!」
んもー!やっぱり聞いてないじゃないかぁ!! なんて怒り始めたエラを見て、面倒くささを感じつつも、どこか可愛らしさすら覚えていた……はずだったのだ。
彼女の中で、シームレスに変化していた何かに気づけていなかった。
突然、身を乗り出すようにしなだれかかってきたエラが、俺の首筋をガブッと噛みついてきたのだ。
「痛ァ!? なにすんだよエラ…!」
思わず座ったまま後ずさりしたものの、すぐ背後の巨木に背中がぶつかり、それ以上逃げ場がなくなってしまう。
見上げるエラの瞳は──あの結界の中で見た時と、まったく同じだった。
瞳孔が縦に細まり、暗闇の中で野生の肉食獣みたいに怪しく光っている。
「君は僕のオスなんだから…僕のことちゃんと見てくれないと…ねぇ?」
「ま、待てって…!」
静まり返った夜の森に、衣擦れの音がやけに生々しく響く。
まずい。このままだと、結界内で起きたことと同じ過ちを繰り返してしまう……!
「ま、周りに人が寝てんだぞ……!? こんな場所でなんて、マジでやばいって……!」
「気にしなくていいよ」
気にするわ!!
エラは完全に、本能に呑み込まれて暴走していた。
必死に抵抗しようと身体を捻った瞬間、深く唇を塞がれ、俺の動きは完全に止まってしまった。
「んっ……♡ ほら…舌、絡めて…?♡」
呼吸がうまくできず、頭の中が急速に熱く蕩けていく。
……そういえば、昼間は余裕がなくてそれどころじゃなかった。俺、キスすらこれが初めてだったんだ……。
口内に潜り込んできたエラの舌は少しだけざらついていて、口腔を優しく擦り上げられるたび、痺れるような快感が背筋を駆け抜ける。
あまりの感触にたまらず腰を引いて逃げようとした俺を、エラは強引に抱き寄せて逃がしてくれない。
「…はぁ…♡ ……ダメだよ…♡ ちゅぅ……っ♡ ……逃げちゃだめ…♡」
ここは会場の端っことはいえ、目と鼻の先には寝静まった大勢の参加者たちがいる。
誰かに見つかったら一発で終わりだとか、そんなヤバすぎる状況に対する焦りが脳裏を巡るものの、彼女の甘い呼気と粘膜の熱に呑み込まれ、思考が次々と白く塗り潰されていった。
「っぱ……♡ ふふ……♡♡」
唇が離れると、月明かりの下で二人の間に銀の糸が微かに引いた。
「しよっか……♡♡」
全身の力がすっかり抜けきってしまった俺は、拒絶の言葉を返すことすらできず、結局またしても彼女の思うがままに弄ばれてしまうのだった。
たん♡たん♡たん♡と、軽快なリズムを刻むようにエラが腰を打ち付けてくる。その衝撃に彼女の豊満な胸がゆさゆさと揺れ、鋭い爪が俺の乳首を甘く優しく引っ掻いた。
「あは…♡ 何にも考えられないって顔…♡ 可愛いよ…♡♡」
彼女は傍らに置いてあったグラスを取り、酒を口に含むと、そのまま俺の口内へと流し込んできた。夜の静寂に、淫らな水音が響く。
ただでさえ痺れていた脳裏が、さらに激しく熱を帯びていく。アルコールと怒涛の快感が同時に押し寄せ、思考は完全に崩壊していた。
「あー…♡♡ なんか…ふわふわするね…♡♡」
「あ…あたまが……」
おかしくなりそうだ。
ぴたりと肌を密着させてきたエラは、腰の動きを速めながら耳元で甘く囁きかけてくる。
「出して…♡ ほら早く…♡♡ 出せ出せ…♡ 精液よこせ…♡♡」
甘い毒のように脳を侵食する囁きに、抗う術なんてあるはずもなかった。
ダムが決壊するかのように、俺は一気に射精してしまう。
「あ゙っ…♡♡ 来たっ…♡ きたきたきた…♡♡」
俺の種を受け止めながら、エラの身体がビクビクと歓喜に痙攣した。
絶頂の勢いで力が入ったのか、彼女の爪が俺の肌に赤い線を刻んでいく。だが今の俺にはその痛みすら遠く、激痛すらも心地よい刺激に変換されてしまっていた。
「ぉ゙っ……♡♡ ほ……♡♡ ふーっ…♡ ずっど…でて、るぅ…♡♡」
すべてを吐き出し終えた後、俺もエラも全身汗まみれだった。
結界内であれだけ搾り取られたのだ、さすがにこれで終わりだろう……そう高を括って彼女を見上げた。どこか不満げな表情を浮かべるエラ。
「ほんとは、君に上になって欲しいんだけどなあ……まぁいっか…♡」
うそだろ…? まだ続けるのかよ…!?
あんだけ搾り取られた後なんだぞ…!?
俺は必死に体を起こそうと足掻きながら、掠れたか細い声を絞り出した。
「も、もう無理……かんべんして……」
だが、エラはじとっとした粘つくような瞳で俺を見下ろすと
「だー、め ♡」
と、無慈悲に告げた。
勃たないチンコを、前立腺を刺激されて無理やり勃起させられる。
そのまま扱かれて射精し、くたくたになったところに再びの刺激が到来し、何度でも勃起してしまう。
「あ…♡ そうだ…♡」
何かを思いついた様子のエラは、唐突にリュートを構えると、甘い旋律とともに新たな詩を紡ぎ始めた。
「~~♪♡、~~♩♪……♬♡」
「な…んだ、こりゃ……!!」
全身の血が逆流したかのように跳ね上がり、身体の奥底から制御不能な灼熱が暴れ出し始めた。抑え込もうとすればするほど、理不尽なまでの衝動が脳裏を支配していく。
「精力増強のバフを作ってみたんだけど…効果抜群だね…♡♡」
「はァ…はァ…」
頭の中が熱気で満たされていく。抗おうとしても、身体を突き動かす強力な本能を抑えきれない。
「どこかの伝承でね…一晩に七人の女を抱かないと満足しない王がいたんだって…♡ 今紡いだのは、彼のお話さ……♡」
彼女が何かを語りかけていたが、もう言葉としては頭に届かなかった。
まるで操り糸で無理やり引き上げられたかのように身体を起こした俺は、そのまま彼女を押し倒していた。
「あ~…畜生っ…!!」
「きたっ!♡ つよつよおすちんぽっ!♡♡」
上になり、バフと勢いに任せて激しく腰を打ちつける。
お酒のせいか全身の感度が跳ね上がっているのに、身体の動きはまったく止まってくれない。
すぐ側で仲間たちが眠っていることすら意識から吹き飛び、夜の静寂の中に乾いた音が幾度となく響き渡る。
「ぅ゙おっ…♡ ん゙っ…!♡ ぉ゙ほっ…!♡♡」
いつもは彼女の綺麗な顔が、快楽のままに淫らに歪む。
そのギャップに、俺の興奮はさらに跳ね上がってしまった。
大きく揺れる彼女の胸を夢中で鷲掴みにし、淡い桃色の乳首に強く吸い付く。
「お゙ぉ…っぱ、!♡♡ い、いいよぉっ♡♡ しゅきにひてっ!♡♡」
好きにしていいという言葉に背中を押され、俺はそのまま彼女の乳首を甘く噛んだ。
その瞬間、エラの身体が跳ねるように大きくしなる。
「ほお゙ぉ゙っ…!!♡♡ それっ…!♡ しゅごいっ…!♡♡」
あふれ出る蜜で肌同士が滑り、もはやぬるぬるどころかびちゃびちゃに濡れそぼっていた。
「くっ…首っ…!!♡ おもいっきり…!!♡♡ 噛んれっ…!!♡♡」
「…!?」
激しい揺れの中で、唐突に彼女がそんな突飛な願いを口にする。こんな精神状態にもかかわらず、俺は思わず呆気にとられてしまった。
乳首を噛みついておいて何を今更……と思われるかもしれないが、さすがに首筋を全力で噛みつくなんて……。
「しるしっ…!!♡♡ ぼくがきみのものって…♡♡ しょうこっ♡ ほしいからっ…♡」
その言葉を聞かされた俺は、耐えきれなくなって彼女の首筋へと勢いよく噛みついた。さすがに怪我をさせるほどの力ではなかったものの、それでもくっきりと痕が残る強さだ。
そして噛みついたと同時に、溜め込まれていた熱が一気に弾けて限界を迎え、射精した。
「ぉ゙……♡ ぎっ…♡♡♡ こりぇっ…やばっ……♡♡♡♡」
射精している間も、俺は彼女の首筋にずっと噛みつき続けていた。
口元がびちゃびちゃに濡れてしまうのも構わず、ただ必死に彼女の肌を貪る。
ようやく口を離し、視線を落とすと、エラの白い首筋には俺の歯形がしっかりと刻み込まれていた。
「ふ、ふふ…♡ し…しちゃったね…♡♡ まーきんぐ…♡♡」
汗で前髪が数本おでこに張り付いたまま、エラはどこか誇らしげに恍惚とした笑みを浮かべた。
「まだ…するからな…!!」
「いいよ…♡♡ おいで…♡♡」
そうして行為が終わる頃、俺たちの身体はどちらも、数え切れないほどのキスマークや噛み痕で埋め尽くされていたのだった。
◇
「おはようございます、クライ、エラ」
「お、おう、おはようマリアベル」
「お…はよう、マリアちゃん…!」
早朝、いち早く目を覚ましたマリアベルが、俺たちの姿に気づいて声をかけてきた。
「?……二人とも…どうしたのですか?」
どきりと心臓が跳ね上がった。
マリアベルは俺たちの雰囲気がいつもと少し違うことに勘づいたらしい。二人して変な姿勢のまま中腰になっていたのだから、怪しまれても当然だ……。
「あ、あぁ…全然寝れなくてさ…酒のせいか頭が痛くて…」
「はぁ…飲酒などせずに、早く寝れば良いものを…私は顔を洗ってきますね」
彼女は呆れたように小さく溜息をつくと、近くの小川へ向かって歩き出した。
遠ざかっていく聖女の背中を見送りながら、俺たちは揃って全身の力が抜けた息を漏らした。
「ば、バレてないみたいだな……」
「良かったよ…」
昨夜の度重なる行為のせいで、俺たちの足腰はガクガクと震えていた。
戦闘ではなく、こんなことで全身筋肉痛になりそうなんて、笑えないにも程がある。全く……。
「僕たちも…顔洗いに行こうか…」
エラが俺の肩にそっと手を置き、気まずそうな、それでいて少し困ったような笑みを浮かべてきた。
だが、俺はそれどころではなかった。
触れられただけだ。肩に手が触れた、ただそれだけのことで……下腹部の熱が一気に再燃してしまう。
昨晩のバフが、まだ完全に切れていないんだ…!
「おや…?」
前かがみの姿勢のまま微動だにしない俺に気づいたエラは、ゆっくりと瞳を細め、妖しく静かに微笑んだ。
「ふふ…♡ どうする…?♡ 少しすっきりさせてあげようか?♡」
──どうやら俺は、まだまともな思考を取り戻せていないらしい。
ライオネル→35歳(保護者)
シュエン→14歳(無表情ダウナークソガキ)
マリアベル→17歳(マジレス系聖女)
イオラ→同格の奴が7体いる。上位存在感出してるけどそんなことはない。