TS獣人の吟遊詩人お姉さんが主人公っぽい少年を襲ってしまった話。 作:ソイレント・グリーン
戦闘描写長め。
一応ストーリーが進んでいる。
ストーリーとかいらない? へへ…スンマセンね……。
今回は前半みたいなもので、えっち描写はかなり少なめです。
「本当にいいのかい?」
「おう」
夕暮れ時、閉じられる直前の街の正門で、僕はカルヴァを見送っていた。
こんなギリギリに出て行かなくてもいいのに……。
それに、先日あれだけ僕とクライを取り合ったばかりなのだ。こんなにもあっさりと去っていくのは、正直かなり意外だった。
「何も、ついて行くだけがつがいの役目じゃねぇからな」
「……含みのある言い方はやめてくれたまえ」
ただついて行くだけの荷物じゃないよ、僕は。ちゃんとバフ要員だし、あの天球儀頭をぶっ飛ばすという目的もあるんだから。
「冗談だよ。まァなんつーか…もちっと真っ当に生きてみようかなって…今更だけどさ」
カルヴァは照れ隠しのように僕に背を向け、乱暴に頭を掻いた。
「じゃねぇと…アイツの隣に胸張って立てねぇしな」
振り返った彼女の青紫の双眸には、迷いのない確かな意志が宿っていた。
「ヤッてるときあーだこーだ言っちまったけど……今度会う時まで、お前にアイツを預けとく」
「預けとくって…元々君のものじゃないだろう?」
「うっせ」
なんだかんだで、彼女は僕のことを認めてくれたのだろうか。
同じ男とえっちした仲だしね。
いわば…そう、竿姉妹……いや…この表現はやめとこ…なんかいきなり下品な感じになっちゃった…。
「じゃーな、クライと他の奴らにも、よろしく言っといてくれや」
「了解。君の旅路にも風の祝福があらんことを願っておくよ」
「あ、クライには『お前以外と関係持ったら殺す』って伝えといて」
「物騒」
彼女はニヒルな笑みを浮かべ、振り返ることもなくひらひらと手を振りながら、夕闇の街道へと消えていった。
すごくいいキャラだった。
なんか元男だった僕よりも男っぽくて、まさに男勝りだったというか…。その分えっちの時のあの乱れようは凄くこう……くるものがあるよね、うん。
一抹の寂しさと、清々しい後味を残す別れだった。
すっかり夜も更けていたため、帰り道に大衆浴場へ寄り、すでに就寝しているマリアちゃんとシュエンちゃんの邪魔をしないよう忍び足で部屋に入ってベッドに潜り込んだ。
「……………」
それにしても、預かっておけ、かぁ……。
まあ、彼に悪い虫がつかないよう見張るくらいは、してあげてもいいかな。
うんうん………………ん??
ふと、胸の中に違和感を感じた。
あれ、僕ってそもそも、彼のこと好きなんだっけ………???
「あ、あれ〜…?」
天井を見つめながら、自分自身がクライに対して抱いている感情を、冷静に整理してみる。
好きだよ? そりゃあ大好きさ。
あくまでも、物語の主人公としてね?
それこそ、王道を行くファンタジーの主人公っぽくて、僕の好みにドンピシャだからであって…。
あとはまぁ…獣人としての本能的な、子を成すためのオスとして惹かれている………かな……?
でもこれって、えっちしたりつよつよ遺伝子を貰うことが好きなわけであって、恋愛感情として一人の男性を愛しているのとは違うんじゃないか??
カルヴァは終始、僕のことを「恋敵」として扱っていた。
僕も売り言葉に買い言葉で煽り返していたけれど……僕は彼女を恋愛のライバルとして見ていたわけじゃなく、ただ獣人として、優れたオスを奪われるのが嫌だっただけなんじゃないのか…?
あれ? もしかして、僕なんかよりカルヴァの方がよっぽど純粋で健全な関係だったのでは……???
そう考えたら、何かとてつもなく申し訳ない気持ちになってきた。
信頼して認めてくれて、彼を預けるとまで言われたのに、その預けられた当人はクライのことを上質な種馬としか見ていない、とんでもない繁殖ガチ勢のメスだった…!!? ホントごめんカルヴァ…!!
「……いや!」
違うだろう! 初心を思い出すんだ、僕!
なんかここ最近…っていうか初めてヤった夜からあまりにも頻繁にクライとヤりまくってたけど、それをガマンするんだよ!
獣人の本能に流されて、彼のことを繁殖相手として見るのは今日限りでやめよう!
彼とえっちする前の、純粋に物語の観客として旅を楽しんでいた頃の僕に戻るんだ!
えっちしまくっていたら、あの天球儀頭をぶっ飛ばすっていう目的も曖昧になってしまうかもしれないし…。
えっちは、しない!!
でも預かってしまった以上、クライのことは後方…まあ保護者面くらいで見守っておこう。うん、保護者となら普通えっちしないし!!
それで、最終的にカルヴァのもとへ引き合わせて、ハッピーエンドってわけだ! 彼女に彼のメインヒロインになってもらおう!
と、言うわけでえっちなことは誓ってしない! この誓いは固いぞぅ!
「…っ……ん…?」
あれ…なんか今…変な感じが……………いや、疲れてるだけかな。
よし!! 寝よう!!
数日後
「あ゙っ♡ ぉ゙ほっ♡ おくっもっと突いれっ!♡♡」
「はぁっ…!はぁっ…! っ…!!」
みんな寝てるから♡ テントからちょっと離れればバレないから♡
お゙っ…!♡♡ カリが弱点にピンポイントで当たっちゃってるっ…♡♡
これむりっ♡ まけるまけるまけちゃうっ♡♡
ん゙ぉ゙っ…!♡♡♡
かくれてしゅるのすきっ…!♡♡
「お、おい…! マジでこんなとこでするのかよ…!」
「君だって全然鎮められてないじゃないか…♡ 心配しなくても大丈夫だって…♡ この路地裏、死角になってるから…♡」
だからはやくっ♡ はやくつよつよおちんぽちょうだい…?♡
ぅ゙お゙っ!♡ おちんぽきたぁっ!♡♡ 立ちながら後ろから突かれまくるのやっばぁ…♡♡
「おい、クライ見てないカ?」
「ん゙んっ…♡ あ、あ~…見てない、かな…?♡ ぼぉっ…♡ ぼくのっ♡ へやにもぉ…はぁ…はぁ…♡ きてない、よぉ…?♡♡」
「……? ま、いっカ……どこいったんだアイツ……」
ぐりっ!♡♡
「ほぉぉ゙っ…!♡♡♡」
「ウォ……!? ど、どうした…オマエ…」
「ら、らいひょぶ…♡♡ らいじょふだから…♡♡」
「た、体調悪いなら、寝てろヨ……!?」
「あ、ありがとう…♡ ま、また後でね…♡♡」
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡
「ぉ゙ほぉっ…!♡ はげししゅぎっ…!♡♡ もっろ、やさしくっ♡♡ ほんとにバレちゃうっ♡♡」
「すまん…! 止まれそうにない…!!」
「お゙っ♡ お゙っ♡ お゙っ♡ しきゅうっ♡ ちゅぶされるのキくぅ♡♡」
◇
おい……。
おい、駄目じゃん!!
ぜんっ…ぜん!我慢できてないじゃん!!
結局、隙間時間あったら毎度ヤッちゃってるじゃん僕ぅ…!
僕ってばシコ猿!?いや交尾猿!?万年発情兎!? 違うね、猫だね、うん。
くそ〜……獣人の本能、改めて厄介すぎる……。
頭ではやらないやらないと強く決意していても、二人きりになると身体がもんもんとして、どうしても子種を欲しがってしまう。
っていうか!! 僕もアレだけど、クライだって少しは断ってほしいよ、もう!
「もうむり…」とか「勘弁してくれ…」とか情けない声を出すくせに、いざ誘うと毎度あっさり乗っかってくるじゃないか! まったくまったく! ※一度に十回は搾り取る猫。
いや……確かに彼は十五か十六歳…思春期真っ盛りだ。
僕だって、自分みたいな容姿の年上の女の人にでろっでろに誘われたら、そりゃもう大勃起大性欲祭り間違いなしだろう……。
そう考えたら、断れっていうのも酷かぁ……ごめん。
「そういうことだから、僕の方が何とか我慢するよ!」
「すまんけど、マジで何の話…?」
酒場で串肉を頬張るクライへ、唐突に決意表明した。前置きを全部すっ飛ばしすぎたね。
「ああいや、最近ちょっと…えっちするの我慢できてなさ過ぎると思ったというかね」
「うぐ………それ俺にも刺さる……」
彼自身、流されるまま相手をしてしまっていることには後ろめたさがあったらしい。
「別にクライが気に病む必要はないさ! 君はまだ若いんだから、血気盛んなのは当然だ」
「若いて…エラだって十分若いじゃん」
肉を齧りながら、頬を少し赤く染めて小さく呟いた。
「でも、マジで控えた方がいいのは確かだな……だってもう……」
「奴らの本拠地に近づいている、だろ?」
今いる街の外は、見渡す限りの広大な砂漠だ。
ずいぶんと遠くまで歩いてきた。
クライが僕たちに語った、邪教の本拠地が存在するとされる大地。
正確な場所までは掴めていないが、どこに潜んでいるか分からない以上、これまでよりも警戒を強める必要がある。
もしかしたら、この街の地下深くに張り巡らされている可能性だってあるのだから。
確かに性行為にうつつを抜かしている場合ではない。
自分の頬を思い切り引っぱたいてでも、誘うのやめなきゃ……。
「シュエンの武器整備が終わり次第、街の人たちに聞き込みしてみよう。何か手掛かりが掴めるかもしれねぇし」
「そうだね…流石に何の情報もなく砂漠を探索とか自殺行為だよ」
「すまねえ! 相席いいか?」
「「!」」
思わず、僕とクライの視線が重なった。
……えっ? 普通、この並びの席に相席を頼んでくる?
顔を見上げると、そこにはボロボロにほつれたフード付きの外套を羽織った、筋骨隆々の髭面の男が仁王立ちしていた。
か、かなりデカい……。
身長190センチはあるライオネルさんよりも、さらに頭三つぶんほど大きく、分厚い胸板と丸太のような両腕は、もはや人間というよりは巨大な野獣だ。
「お、お客様…! 困ります…!!」
小柄で気弱そうな町娘の給仕が、どうにかその巨躯を引き留めようと、男の周りをパタパタと忙しなく動き回っている。
確かに酒場は商隊や荒くれ者たちで溢れ返り、空席など見当たらない。ちょうど僕たちのテーブルに一つだけ空きがあるのは事実だ。
けれど僕たち、年頃の若い男女のペアだよ? カップルだとは考えないのかな…? 実際カップルではないけれど…。冷やかしだとしても、ここへ平然と入ろうとするなんて度胸がある。
「で、でしたら……! すぐに別のお席をご用意いたしますので、こちらのお客様から椅子をお一つお借りするというのは──」
「おお! 気が利くじゃねえか嬢ちゃん。だが儂ぁもうここに座るって決めちまったからなあ?」
「え、えぇ…!?」
とんでもない事を言う男だな。店員さんめちゃくちゃ困っちゃってんじゃん。
僕らとしては椅子を一つ融通するくらい何の問題もないのだけれど……。
戸惑う僕の横で、クライが苦笑まじりに口を開いた。
「俺は全然構わないぜ。エラは?」
「え?あ、ああ…まあ、僕も良いよ?」
シュエンたちの武器整備を待ってる間、待ち合わせ場所にたまたま選んだというだけだしね。
「恩に着るぜ! ほれみろ嬢ちゃん! 話のわかるイイ奴らだったろ?」
給仕さんは虚空を両手でわちゃわちゃとして百面相を浮かべた後、すがるように僕の顔を見た。うん、小動物系で可愛いね。
片手を軽く上げ、大丈夫と微笑んでハンドサインを送ってあげると、彼女は頬をほんのり赤らめ、深々とお辞儀をして小走りで厨房へと去っていった。こう言うとき見た目が良いと役得だね。
「おっさん…店員さん困ってたぜ? 俺らは良いけど、ちょっとくらい遠慮とかした方が良かったんじゃねぇか?」
「かかかっ!! 知らねえなあ! 儂は儂がしてえと思ったことは絶対押し通すのよ!」
男は豪快に喉を鳴らして笑う。
体躯があまりに巨大なせいで、ただ笑っているだけだというのに、店全体の床や梁がビリビリと微振動をしている。
「お前らあれだろう? 冒険者? 探索者? 何かそんなようなやつ」
「うーん…まあ概ねそうだね(実際は微妙なとこだけど)」
「おっさんは違うのか? 見たところ、相当な手練れに見えるけど」
首筋を太い指でボリボリと掻きむしりながら、男は気のない調子で答えた。
「儂ぁ冒険だの探索だのはー…今ぁやってねえなあ」
「今はって事は、前はやってたのか?」
「おうよ! 昔はダチと一緒に色んなとこ行きまくっててよお!」
最初は威圧感の塊のような風貌を警戒していたけれど、案外、ただ豪胆で人懐っこいだけの大男なのかもしれない。
クライもすぐに打ち解けたようで、年の離れた彼相手に気さくな笑みを浮かべていた。
「おっさん、なんか頼まねぇの? 金ないならちょっとくらいは奢るぜ?」
「かかかっ…飯はいいのよ…! それが目的でここに来たわけじゃねえしな」
酒場に来て、飲食が目的じゃないんだ。まあ僕らもそうだしね。人探しや待ち合わせの類だろうか。
すると、男の太い人差し指が、僕の鼻先を真っ直ぐに指した。
「儂ぁ、そこの
あまりにも平然と、世間話の続きのような気安さで落とされた言葉に、一瞬だけ思考が停止した。
は…? 連れて行く…?
「儂の知り合いがよ、お前に用があるんだと」
「……用って、何かな? 聞いてもいい感じかい?」
「かかかかっ! 儂に聞かれてもしらんよ! 恩人の家族が頼み込んできたから来たまで! ………んで、仲間はついでに殺していいって言われてんだ。邪教どもの拠点、潰して回ってんだろ?」
男の言葉と同時に、凄まじいプレッシャーが店内に拡がる。
まるで重力が数倍になったかのような圧迫感。
冷や汗が一気に噴き出し、喉が張り付いて息が詰まる。
「エラ! 逃げろ!!」
頭では分かっているのに、足が動かない。
眼前に迫る男の分厚い掌──だが、その腕はクライの剣によって逸らされた。
「おっと」
「おい…嘘だろ…? 今、しっかり斬ったはずだぜ…?」
クライの口角が引きつり、額から玉の汗が滴り落ちる。
まともに斬撃を受けたはずの手首には、かすり傷ひとつついていなかった。
「お客様!? こ、困ります…! 店内で荒事は……!!」
「おっさん……何者だよ」
血相を変えた給仕ちゃんが駆け寄ってきている。
周りの客たちも何事かとざわめき立ち、視線が一斉にこちらへ集まる。
だが、店内の空気など気にしている余裕は毛頭なかった。
クライは大男から視線を逸らさないまま、背後の僕へ向けて「逃げろ」と合図を出した。
必死に呼吸を整え、僕は脱出経路を探す。
「何者って……ううむ、名乗れる名前は今持っちゃいねえんだよ。けどまあ、不便だよなあ? じゃ〜〜……とりゃーず『ルルー』って呼んでくれや」
呑気な奴で良かった。奴が考えているわずかな隙を突き、僕は窓枠を蹴り破って通りへと飛び出した。
乾いた土の道へ着地し、即座にリュートを構え、クライへバフを────
「!??!?」
耳を劈く破壊音とともに、背後の酒場が一撃で吹き飛んだ。
吹き荒れる瓦礫と衝撃波に煽られ、まともに立っていることすら叶わない。
「クライ!!!」
煙の中から客の悲鳴が聞こえる。まさしく阿鼻叫喚。
くそ……こうなったのは僕らのせいだ。これ以上の被害は出すわけには……でも中の様子が全く見えない! 一体どうなったんだ…!
「無事なら返事うぉっ!?」
大声で呼ぼうとしたらなんか飛んできた!? 一応自分にもバフかけといて良かった…当たったら死ぬ速度だったよ…って!!
「もしかして今のクライ!?」
物体は、向かいの民家の壁を粉々に粉砕して瓦礫の山を築き上げた。
そしてその中に倒れ伏していたのはクライだった。
「いっ……てぇ…!!」
「だだだ大丈夫かい!?」
「良いから…お前は逃げろ!!」
「何処に逃げても追いつくぜ、儂ぁよ」
背筋が凍りつく。
僕のすぐ背後に、いつの間にかあの巨躯が音もなく立っていたのだ。
改めて、息が詰まるほどの圧倒的な威圧感。
けれど、僕だってこの旅でただ守られてきたわけじゃない。
振り返りざまに宙へ身を翻し、奴との間合いをわずかに開ける。同時に、奴の顔面の真ん前で、両手をぱちんと打ち鳴らした。
「
「んお? おおっ!?!?」
殺傷力は皆無。だがこれを喰らえば、いかなる強力な魔獣でさえ一瞬怯む。効果あるか少し不安だったけど、効いて良かったー!
距離を取り直した僕は、倒れたままのクライへ一瞬視線を向けた。
彼は顎をくいっとしゃくって、逃げるように促していた。
………わかった、幸運を祈ろう…。 僕は屋根から屋根に飛び移りながら最高速度で離脱した。
◇◇(side:クライ)
「あーあー行っちまったよ…」
「おっさん…アンタの相手は俺だぜ」
男は纏っていた外套を無造作に放り投げる。
ボロ布は風にさらわれ、宙を舞う。
露わになったのは、腰元まで波打つ乱れた赤銅色の長髪に、もさもさの髭面。そして、丸太を束ねたかのような見事な筋肉。
だが、明らかに通常のヒトでは無かった。
頭部から水牛のように大きく湾曲した、二本の漆黒の角。それだけではなく、見たこともない形状の太い尾が生えている。
(牛系の獣人…? いや、違うなアレは……)
獣人特有の耳もなければ、獣じみた瞳孔の変化もない。
まさか、この大陸の生物ではないというのか。
「あいつ、いい女だなあ。坊主、お前の指示を目配せだけで察して逃げやがった」
「自慢の仲間なんで、ねッ…!」
束ねた双剣で横一文字に首を落としに向かう……が、当たったところでまるで手応え無し。
つーかこっちは全力で踏み込んだってのに、避ける動作どころか一切動かねぇ…。
明らかな格の違いを感じて、武者震いがする。
カルヴァも今の俺より強かったけど、彼女の時よりも、あの男と俺との間には比べ物にならないほどの力の差があるだろう。
けれどやるしかない。せめてエラが逃げる時間稼ぎだけはしよう。邪教関連なんて、捕まったら碌なことにならないと目に見えている。
「おっ! なんだそれ面白いじゃあねえか!!」
俺だって新しい技を考えたのだ。と言ってもシンプルな分身だけど。
高速移動しながら魔力を撒き散らしてるだけという雑なものだ。カルヴァとの戦いではまだものにしていなかったが、今ならばできる。
四方八方から大男へと飛びかかる。
つっても、こんなものは賑やかしでしかない。
「すげえなあ! 次はどうすんだ!?」
先ほど、本気で斬ったのに傷一つつかなかった。俺含め仲間の中で奴にまともにダメージを与えられるのは、硬さを無視できるマリアベルだけだろう。
けどな……。
「ここは鍛らんねぇだろッ!!!」
仁王立ちする奴の背後に回り、股間を思いっきり蹴り上げた。
かなりのダーティプレイだが、そんな事も言ってられないくらい強い相手だ。
「なにィッ!?!?」
突然の金的には流石に動揺している。これで少しでもダメージが………は?
振り返った奴の横顔は、にやりと笑みを浮かべていた。
効いてねぇ!?!? 金玉も強いのかよ…! いや…そうじゃない…! こいつそもそもタマが───
「そおら!! 行ってこい!!」
視界が暗転するほどの衝撃。横から大岩が衝突してきたんじゃないかと錯覚するほどの威力。
振り向きざまに放たれた裏拳は俺の身体を吹き飛ばし、砂岩で造られた民家を五軒ぶち抜き、瓦礫へと埋もれさせた。
意識が飛びそうだ。脳が揺れてる……。
「かっ…! はあっ…! はあっ…! あのやろ…!」
「いーい蹴りだったぜえ」
マジか…もう来てんのかよ……この様子じゃ、スピードも負けてるな。
「で、終わりか? ならもう良いかね」
ここで殺されて終わりか…? こんなところで……。
「お?」
間抜けな声を出す大男。奴の手首に、赤い帯のようなものが巻きついていた。あれは──!
「
声とともに、凄まじい速度で赤い帯が大男の身体中をぐるぐる巻きに拘束する。
「むごご…!」
「今だヨ……ライオネル」
「了解です」
シュエンにライオネル!! いつの間にかに来ていたらしい。
ライオネルは拘束された奴の身体に猛烈な連打を叩き込むと、すぐに大きく距離を取った。
奴が暴れたせいで帯が緩み、塞がれていた口が解放される。
「うおおっなんだお前ら!」
「爆ぜてください」
奴の身体の内側から連続で爆発が起きる。打撃を叩き込んだ箇所を炸裂させるライオネルの技だ。
男はまるで踊り狂うみたいに多段の衝撃を受け続けている。
「かっはっはっはっ!! なんじゃあこりゃあ!!!」
「ダメージ……無さそうですね……なんなんですかこの方は」
「邪教の刺客だ。エラに用があるらしいぜ」
「エラに? 妙ですね…」
「それはそうと、あいつ意味わかんねぇくらい強えぞ」
連続爆発をしばらく楽しんでいた大男は、飽きたのか全身の筋肉に血管が浮き出るほど力を込め、筋肉の圧力だけで爆発を抑え込んでしまった。
横のライオネルと、建物の上にいるシュエンに目配せして、俺は地を蹴る。
「ん? あぶねっ! ははっ!目ぇ狙いやがったなこいつめ!」
左右の眼球めがけて双剣の切っ先を突きつけるも、背を反らしてあっさりとかわされる。
避けられるのも効かないのも百も承知。だが、本気で殺しにいかなければ隙なんて生まれない。小細工を弄せば本命の奇襲に感づかれる。
他の二人も理解している。アレに勝つ手段はマリアベルの攻撃しかない。
だが、真正面から攻撃してもおそらく避けられるだけだ。だから完全に油断して隙ができるまで、俺たちで攻め続けるしかない。
姿は見えないが、マリアベルなら必ず最適な間合いで潜んでいる。
「
シュエンは自らの得物である
ぎゃりぎゃりと金属を激しく削り取るような金属音が鳴り続ける。
「んぎぎぎぎギ…!!!」
「かっはっはっはっ!!! おらおらもっと気合い入れろオジョーちゃん!」
「んんんん〜! こんのオリハルコンマッチョがヨ〜!!」
削られながら両腕の力こぶを誇示し、完全に遊んでやがる…!
「こっちのマッチョも働ケ〜!!」
「煩いですね! バレるでしょ!」
背後から近づいたライオネルが再び打撃を放とうとするが、その手首に奴の太い尻尾が巻きついて止めた。
「かっはっはっ! 踊るのはもう飽きたぜ!あんちゃんよ!!」
ライオネルはそのまま地面に思いっきり叩きつけられた。
その衝撃で地鳴りが起き、街の崩壊がさらに加速する。
「がっ…! ぐ…!! あああ゙ッ!!」
ライオネルは口の端から血を溢しながらも、逆に尻尾を引っ張り、男の背中に一撃を叩き込んだ。
「爆ぜろ!!」
炸裂する轟音と水蒸気。
「うほほほほぉぉ!!! すっげえぇぇ!!!」
男の巨体が前のめりに押し出され、シュエンが腹部で回転させ続けていた螺旋槍の切っ先へと深々と押し込まれる。
激突の反動でシュエンごと吹き飛ばされそうになるのを、俺は背後から双剣を地面へ突き立て、身体を張って受け止めた。
「耐えろッ…シュエンッ…!!!!」
「うっさいヨッ……!! ムッツリクライ……!!」
「あばばばびばびびばば!!!」
ついに男の身体が横回転し始めた。ライオネルの手首から尾が離れ、その拍子で吹っ飛ばされたライオネルは、遠方の鐘塔を破壊し、倒壊させてしまった。
「ぐぐぐ…こんちくしょうメ〜〜!!!」
シュエンは血を吐くような叫びとともに螺旋槍を振り上げ、回転の勢いそのままに男を地面へ突き立てる。
大地が渦巻き状に陥没し、巨大なすり鉢状のクレーターが広がる。砕けた瓦礫が粉塵となって空を覆った。
「はあっ…はあっ…」
息を乱し、限界を迎えて帯状の剣をだらりと垂らすシュエンを抱きかかえ、俺は後方へと飛び退いた。
沈黙。
さらさらと、砂がクレーターの底へ流れる乾いた音だけが響く。
「かっはっはっはっはっ!!!!!」
土煙を裂いて、腹の底からの大笑いが轟いた。
何事もなかったかのように男が這い出てくる。
服は泥に汚れ、長髪は乱れていたが──その頑強な肉体には、かすり傷ひとつついていなかった。悔しいけど、想定内だ。
「良いじゃねえか良いじゃねえかッ!!! 気合十分ッ!! 気に入った!!!」
心底楽しそうな男の背後の空間が、僅かに歪んだ。
ずず……
空間の裂け目から伸びた白い手が、男の側頭部へそっと触れる。
一瞬の出来事だった。
男の笑い声が、ピタリと止まった。
ぞぶっ!!
手の先の空間そのものが、まるで齧られたかのように消失した。
マリアベルの持つ混沌の魔法。その真髄たる空間支配。
いかなる防御をも貫通し、触れられた状態からの回避など間に合うはずもない不可避の攻撃…のはずだった。
彼女の手は、頭部を完全に捉えたはずだった。だが───
削り取られたのは、右耳と、赤銅色の髪の束だけだった。
先ほどの攻防では一切見せることはなかった速度で身を翻し、空中へと跳ね、回避したのだ。
背後からの、それも音も気配もない攻撃だったんだぞ。なんであれが避けられるんだ。
ぼたぼたと削ぎ落とされた耳から赤い血が滴り落ちる。
男の顔から笑みが消え、掌に落ちた鮮血を丸くした目で見つめていた。
空間の裂け目からマリアベルが現れた。魔力が限界量に達したのか、息を荒くし脂汗をじっとりとかいている。かなりの長時間、空間の歪へ潜伏し続けたのだ、当然疲労は大きいだろう。
静寂を破ったのは、雷鳴のような歓喜の声だった。
「かっ…!はっはっはっはっ!! ふっはっはっはっはっ!! うっひょぉ〜〜〜!!!」
大男は鼻息を荒くし、喜びに全身を震わせていた。
「すんげえよ!! すんげえなあ! お前ら!! ただ突っ込んでくる命知らずどもと思ってたらこれを狙ってたのかよ!! っかぁぁ〜〜〜! たまげた! たまげたなあ!!」
「何を……そんなに……」
「儂ぁここ数千年傷なんてついたこと無かったんだぜ!!? それがどうよ! 耳落としやがった!! ひ〜〜!たまんねえたまんねえ!!」
首をゴキリと鳴らし、男は晴れやかに伸びをした。
「いいもん見れたわ、まだまだ人間、捨てたもんじゃあねえってこったな。ようし、これぁ俺からの礼だよ、サア! 受けとんなア!!」
両手を広げて……何をする気───まさか、エラのやっていたねこだましか…!?!? っ……まずい…!!
「お前ら逃げ
世界の時が止まった。
鳥も、虫も、もちろん人も指先すら動けない。
エラのそれとはスケールが違う。
耳鳴りすら聞こえない。息ができない。思考がばらついて、まとまらない。
その間、わずか数秒程度の空白だったろう。
だがそれだけで、小さな生命は活動を停止し、人は意識を消し飛ばされた。
強靭な心身を持つライオネルも、暗殺の術を究めたシュエンも、人類最高峰の肉体であるマリアベルでさえ、そのたった一度の衝撃に耐えることはできなかった。
けれど──だからこそ、俺の足は地面に縫い付けられたまま動かなかった。倒れたくなかった。
「っ…………! っぁぁぁああッ!!!」
俺は他の皆みたいに特別な力なんざ持ってない。先の戦闘だって、俺は何もできなかった…! だからせめて立ってなきゃ…!
目から、鼻から、口の端から、許容量を超えた血が噴き出す。破裂しそうな脳を気合だけで無理やり繋ぎ止め、砕けそうな膝を力づくで踏ん張る。
男が丸く見開いていた目を、今までにないほど静かで、厳かな色へと変えた。
砂を踏みしめ、ゆっくりと俺の前へ歩み寄ってくる。
「───よくぞ耐えた…人の子よ…! お前のような者の為にこそ、この世界はある……!」
「はああっ…!はああっ…!! っんだよ…!! さっき、までと…キャラ、ぜんっ…ぜん…違うじゃねぇか…!!」
「かかかっ! 久方ぶりにビビッときたもんでよ。坊主、生かしとくぜ、お前。絶対追っかけてこいよ、そん間はあの獣人の娘は殺されねえようにしてやる」
正直もう何も考えられなくて、ただ挑戦的に口角を上げ、男を見上げることしかできなかった。
「またな」
それでも身体が勝手に動き、力なく双剣を振り上げようとした俺の額へ、男の太い指先がトンと触れた。
俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
◇◇(side:エラ)
「ん……あれ…ここ、は……」
「オ、目が覚めたみたいだね」
聞き覚えのない、気の抜けたような声が鼓膜を揺らした。
……あれ、僕は何をしてたっけ? 確か街の外へ向かって走っていて……。
そうだ…! 突然あの大男が現れたかと思ったら、気を失ったんだ! 僕、攫われたのか…! 皆は無事なのか…!?
手元に違和感を感じ目を向けると、手首に禍々しい紋様が刻まれていた。なんだろう、拘束の呪印か何かだろうか。さっきから動けないし。
切り出された砂岩の床には、幾何学的な魔法陣が彫られている。
床から視線を上げ、声の主を見た。
「えっ……」
「ウン、いいリアクション」
石造りの椅子に腰掛け、優雅に足を組んでいるその……男?
そいつの頭は、サソリだった。
身体は人だ。だが、首から上だけが異形。顔がサソリの頭部にすげ替わっているわけではない。頭から尾の先まである巨大なサソリが、首の上にぽんと乗っているような状態なのだ。
「頭が…異形……って…!」
「ソウソウ、僕が君を連れてくるよう彼に頼んだ依頼人だよ」
こいつ、あの天球儀頭と同じ……!
頭上のサソリが、キシキシと甲殻を擦り合わせる嫌な音を立てて蠢いている。
「…………」
「どしたの」
「ここ…君らの本拠地なのかい?」
「ン〜…ま、そんなとこだね」
もしかしたら別の拠点に連れて行かれたのかも…とも思ったけど、そんなことはなかった。情報通り砂漠に本拠地があったということだろう。
「思ったより埃を被ったところなんだね。それに…あまり人の気配も感じられない」
「ソウだね。今はココにいるの僕だけなんだ。マァ、今は、とか言っても、他のやつなんて何時もいないけどネ」
なるほど…こいつがここの実質的な支配者…あるいは管理者というわけか。
「でさ、なんの用? 僕が知ってることなんて限られてるよ…」
「ア~そうだね、ズバリ!聞きたいことと言うと───」
「───キミ、異世界出身だよね?」
「……………は?」
「アレ、違った?
やけに心臓の音が煩く聞こえた。
なんて言った…? 僕が…異世界出身…? 何でそれを……?
「だったら、なんなのさ…」
「フ〜〜〜〜〜ム…………どうしようかな。教えちゃおうかな。うん、やっぱりちょっと自慢したいし、教えよう」
サソリ野郎が椅子から立ち上がり、指を鳴らす。
暗闇の中に、ぼんやりとした光が次々と灯っていく。
淡い光に照らされ、広場の最奥に鎮座していたその威容が露わとなった。
「な… なにあれ……」
「あれは魔神だよ。スゴイだろ?」
玉座に腰掛けていたのは、くすんだ銀色の巨像だった。
10m程だろうか、静かに、微動だにせず、ただそこにいる。
よく見ると、身体には苦悶の顔を浮かべた人の貌が幾つか彫られている。だが、頭だけ無い。
「我らイオラの
先程よりも少し上擦った声で、サソリ野郎は語り始めた。
「アー…本来はね…“魔神”なんてデタラメだったのさ。いなかったの。でも信徒達があんまりにも望むもんで…僕らで相談して、仕方なく創り始めたんだよ。今から千年くらい前の話なんだけどね」
「はじめの500年は徒労に終わっちゃって、そこから何百年か経ってやっと設計図ができてさ、そこからも苦労の連続だったなあ…」
「蚩尤帝ヨウフェイ、法王バルタザール、棄責王ラザロ、そして貧金王アンドヴァリ……四人の愚王の魂を器として、あの巨像を創ったは良いものの、中に入れる魂がどうしようもなくて…」
「コチラで何個も調達して入れてみたんだけど、器に負けて吸われちゃうんだよね。すごく弱いんだよ」
まるで新しく得た知識を披露する子どものように饒舌だ。少し引くわ……。
「デ、そこでキミに目をつけたんだ」
「え?」
「ハナシ聞いてた…? まいいや。要はさ、異世界の魂ならどうなんだろうと思って」
一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐに理解して背筋に悪寒が走った。
「僕の魂を、あのデカいのの中に入れようってわけ…」
「チョット違う」
「あれ?」
男は僕に近づくと、手のひらをそっと向け、空間を掴んで引き寄せるような仕草を見せた。
瞬間、身体が割れるような痛みに襲われた。
「が、ああああっ…!?」
「キミ一人の魂ではアレは満ちない。ならばどうするか、満たせるだけの量を異世界から召喚するんだよ…!」
天球儀頭に魂をいじられたとき以上の、地獄の痛み。
魂を強引に引っ張られているのだろう。
身悶えしようにも、全身が引き伸ばされるように空間に固定され、指一本動かすことさえままならない。
「キミの魂は何処から来た…!? 世界の壁を越え、冥府を貫き、アストラル界を降ってこの世界に墜ちてきたのだろう…!?」
「世界の壁を越えるだけでも、そこいらの魂ならば砕け散るだけ…! こちらの世界で形を保っていられるのは、より強い魂のみ…!!」
「さらにあろうことかキミは、この世界での器を得ている…! 奇跡にも等しいことだ…! 本来霊体としてこの世界に彷徨うことになっていた筈が、無垢なる肉体に宿り、定着したなど…!」
ふっ……と痛みと空間固定が消えた。糸の切れた人形のように、僕は冷たい床へ倒れ伏した。
「フー…………キミを解析して、異世界からの魂の喚び寄せ方を調べる。そしてその魂が、どのようにして器に定着するのかも…ネ」
痛みの余韻で、サソリ野郎が何を言っているのかよく聞き取れない。
「取り敢えず今日はもういいかな、キミもツラそーだし、ウン、じゃ、また明日よろしくね」
コツ、コツと規則正しい足音が暗闇の奥へ消えていった。
くそ……まだ立ち上がれない。
息を乱しながら這いずろうとした頭上から、不意に野太い声が降ってきた。
「おう! 大丈夫か?」
「!」
この声は…って、うわっ!
息を呑む間もなく身体が軽々と持ち上げられ、サソリ野郎が座っていた椅子の上へ降ろされた。
「君、たしか…ルルー、とか言う…」
「おうよ、なんだか散々だったみたいだなあ」
僕をここへ連れてきた、ボロボロの外套を纏った大男──ルルーだった。
太い指で顎髭を掻いている。
「笑いに、きたのかい…?」
「俺がそんなことする様に見えるかよ?」
そう言って彼は上着から何かを取り出し、僕の太ももの上へ放り投げてきた。
「これ、は…食べ物?」
「くそまじぃけどな、固ぇし」
震える指先で、太ももの上の固形物を掴み上げる。これ、本当に食べ物……?
恐る恐る口元へ運び、歯を立ててみたけれど。
「かった……」
「かかかっ!! まだ噛める様な状態じゃあねぇか!」
「やっぱり笑ってるじゃないか……」
ルルーは豪快に笑いながら僕の手からそれをひったくると、巨大な掌の中でメリメリと握り潰し、一口大のこまかな破片にした。
「これなら食えんじゃねぇか?」
「………あ、ありが、とう」
欠片を口に含む。確かに硬いけれど、噛めないわけじゃない。不味いと言っていたけど、素朴な味で僕は嫌いじゃない。
というかそれ以上に、このルルーという男の振る舞いが意外すぎて呆気に取られてしまった。
少し前…どれくらい前か分からないけど、殺し合っていたのに……酒場で最初に出会った頃の雰囲気に戻っている。こちらが彼の本来の姿なのだろうか。
「……君が…」
「お?」
「なぜ君が、奴に味方してるのか分からないよ…今の君を見てると、とてもそんな奴には見えない」
「前にも言ったけどよ、恩人の家族みたいな奴なんで、少しくれえは頼みを聞いてやりてえのよ」
「それでも外道だろう? 沢山の魂を犠牲にしていると言っていたし…」
「ま、正直言うと気に入ってはねえな」
あっけらかんと、裏表なく言い放ったルルー。
嫌っているのは別として、義理は立てている、ということか。
「ま、いいや……クライたちは、どうなったんだい……」
「おう、生きてるよ! 殺すのは次だ次!」
「どういうこと……?」
「これ見ろよ!」
ルルーは外套のフードを払い、顔の側面を突き出してきた。
耳が…無い…? 無いっていうか、切り落とされてる感じか?
「あいつら斬りやがったんだよ! すげぇよな! かっはっはっはっ!!」
自分の肉体を削られたというのに、腹を抱えて心底嬉しそうに笑っている。戦闘狂だな。
「見込みがあるから見逃したー……ってとこかな…?」
「わかってんじゃねえか! そうよ! だからお前には生きててもらわにゃいかんとなあ? あいつらお前を助けに絶対ここに来るぜ!」
「いやいや…僕が生きてるか死んでるかなんて、彼らにはわかんないでしょ……僕のためじゃなくても、絶対来るよ」
「かかかっ!」
かかかっ、じゃないが。
「ま、とりぁず頑張ってくれ。差し入れは持ってきてやっからよ」
「ふ、ふふ…今度はもっと良いもの持ってきてね……」
それから、何日くらい経ったろうか。
毎日毎日、魂を引き裂かれるような解析の日々。
全身の皮を針で引っ張られてるような…血管に熱湯を流し込まれているような…そんな痛みが延々と続く。
間違いなく、世界に来て一番きつい時間だ。
隙を見てサソリ野郎から情報を引き出そうにも、痛みに耐えるだけで精一杯でそんな余裕すら湧いてこない。もうあの天球儀頭より数倍嫌いだよ、コイツ。
「ぅ……はぁ…くく……耐えられるかな…これ……」
冷たい壁に背を預け、乱れた呼吸を整える。そんなすり減るような日々。
「おう! 元気か!」
このやかましい声は……。
「見ての通りだよ…元気なわけないだろ…」
「かっかっかっ! ぼろぼろじゃあねえか! だが……」
「あ…?」
ルルーは何か言いたげに、顎髭を撫でながら僕を見下ろした。
「魂にここまで触れられて正気を保ってる奴あ、見たことねえなあ…根性あるじゃねえか、お前も」
「はっ……当然、だろう? こ、こで僕が終わっちゃったら……彼らの物語は…ハッピーエンドには、ならないから、ね……」
ぐあっ!と、まるで爆発でもしたのかと思うほどの轟音で笑うルルー。高い天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。
「そんなお前に良い差し入れ持ってきてやったんだよ! ほれ!」
「………なんだい、これ……」
「これぁな! 儂の故郷の菓子で───」
それからというもの、ルルーは頻繁に差し入れを持って牢へ現れるようになった。大体が食べ物だったけど…。
解析という名の拷問の合間に、差し入れを食い、ルルーの昔話に耳を傾ける。
ルルーの語る過去の話は、実に面白かった。
天地を揺らす喧嘩をして親友になった王の話や、森を守る災いの神を打倒した話、天の女神と戦争した話など……中々聞き応えがあって、新しい詩のネタが増える増える。
ここを出たら、この詩を彼らのために紡ぐ。そうすれば、もっと彼らは先に進める。
そう思うだけで、幾分か痛みに耐えることができた。
「いろんな話を聴いてきたけど…君は何者なんだい…?」
「んん? んー…いちばん最初に生まれた魔獣…みてえなもんよ。まー…一回おっ
「………よくわかんないね」
「おう、それでいいさ。おもんねえ話よ」
乱暴だが、こいつは思いのほか話の通じる男だ。
サソリ野郎のかわりに、情報をこいつから聞き出せないだろうか……なんて思ったけど、流石にリスクだよね…バレたとき何されるか…。
そんなある日のことだった。
何度目かも分からない解析が終わり、いつものようにルルーがやってきた。
だが彼は差し入れを手渡した後、昔語りを始める代わりに、じっと僕の顔を見つめて腕を組んだ。
「ふ~~~む……」
「いつものように話さないんだ?」
「お前、儂の女にならねえか?」
………………何言ってんのコイツ。
「………一応、どういう理屈でその提案をしたのか、聞いていいかい?」
「んん? いんやあ…儂ぁお前の事を案外気に入っててな? だが〜…
「ふーん? 助けたいのかい? 僕を」
「おうよ。そこでよ、お前が儂の女になるなら、お前は儂のものになるだろ? だから、あいつも儂の私物にゃあ無闇に手を出すことはできねえからよ」
「結局君の匙加減じゃないか? やっぱり逃がしちゃおう、と理屈としては同じに聞こえるけれど」
「気持ちの問題よ。儂ぁ『やってもいいけどやらんでもいい』ぐらいの気持ちでな。お前が断わんなら、それまでの話よ」
なるほど、身内びいきか。
天秤にかけた時、恩人の家族への義理立てよりも、「己の女」への執着を優先するタイプってわけだ。
「まアお前が俺のものになったんなら…坊主どもとの再戦をここで待つ必要はねえ……こっちから出向くかな」
「………君の女になれば、本当にここから逃げさせてくれるのかい?」
「迷ってんのか?」
「…………………………」
ここを出たいのは山々だ。痛いし、辛いし、限界は近い。
新しい情報はなくとも、あのサソリ野郎しか今は不在なこと、未完成の魔神の巨像、異世界の魂を集めようとしている企み──それらの重要情報はすでに掴んだ。早くクライたちに伝えたい。
僕さえ消えれば奴らの計画は頓挫するし、皆が焦って無謀な救出作戦を仕掛ける必要もなくなって、準備の時間を稼げる。
正直メリットだらけではある。
それに、僕がコイツの女になったら、クライたちを見逃すよう頼み込むことだってできるかもしれない。
「あ~…坊主のことか? 確かにお前、坊主と二人で飯食ってたもんなあ…」
「…………いや、別に……」
「なら、今は儂を選べ。獣人ならば、坊主より儂の肉体のほうが優れていると理解できているはずだろう?」
それは…否定はできなかった…。
今のクライとルルーの肉体には、比べることすらおこがましいほどの絶望的な差がある。と言うか、コイツは多分、この世界における天井に位置していると思う。
獣人のメスであるなら、その雄としての圧倒的な魅力は本能の芯に焼き付いて離れないはずだ。僕の目にも、この男の放つ生命の圧は、最上位の存在として眩いほどに映っていた。陳腐な言い回しをするならば、Tier1とでもいうべきか。
でも……なんだ…この…言いようのない…。
「坊主も確かに良い。ありゃあ英雄になる器だ。だからあの坊主がデカくなって英雄になったとき、改めて儂か坊主か選びゃ良い」
選ぶって…何を馬鹿なことを。
そもそも僕は彼が好きなんて言ってないし? 彼が僕の恋人だとか、恋人になってほしいだとか、イチャイチャしたいだとか、そんなことも思ってないし?
だがすでに答えは決まっている。
「ありえないね。断るよ。僕は彼らをここで待つ」
「───かかかっ! ま、そりゃそうだわな! そう答えると思ってたぜ」
ルルーはあっさりと笑い飛ばし、いつもの豪快な態度で髭を撫でた。
「なら…まだまだ耐えるしかねえぞ?」
「勿論」
彼は必ず来るよ。
物語の主人公だから、なんてメタな理由じゃない。彼はそういう男だからだ。えっちのときは流されがちでも、仲間を見捨てるようなやつじゃないから。
ルルーは立ち上がり、背を向けて牢を出ていった。
その夜だ。
僕はルルーの提案について考えていた。
あ、今更やっぱり受け入れる、とかそんなんじゃないよ。
あいつの提案を聞いたとき僕は………言いようのない不快感を感じた。
そりゃあ、普通の女性なら不快に思うものだろう…思うよね…?
しかし獣人のメスならば、ルルーの肉体はどんなオスよりも優先されるべきものになる。あの提案だって、むしろウェルカムなんだろう。
獣人のメスは、たとえ特定の番がいたとしても、より強大なオスの子種を宿すことを厭わない、むしろ望むほど……らしい。 何という脳破壊種族。
そして僕も獣人のメスだ。
前世がどうあれ天球儀頭に魂を弄くられた時点で、完全に獣人の本能に突き動かされている。
だけどあの瞬間、僕の獣人としての本能は、塗りつぶすような理由不明の不快感によって消え去っていた。
獣人としての僕は、完全にあいつの肉体を極上だと結論づけていたのに。
あいつの女になる、なんて想像したくないと、考えることすら脳は拒否してる。
何で……。
この、小骨がつっかえているような感じは…………。
………。
……………。
…………………。
「あれこれもしかして僕、クライのこと大好きか?????」
種族の性質を凌駕するくらい好き……ってコト!?
マジ? マジか…?
いや…だってこの前、カルヴァと違って獣人として彼のことを見てるんじゃないかって結論づけたばっかりじゃん…種馬としてしか見てないのかもって……。
でも……ああ…目を閉じるとクライのことをめちゃくちゃ考えてしまってる。
クライのことを考えるだけであの不快感が、最初から無かったことかのように消えていく。
獣人としての本能を超越しちゃうほど好きなの? 僕。
そんなのもう魂レベルで存在が刻み込まれてるじゃん。
うっそ〜…知らなかった…。
改めて冷静に考えてみよう。
いつだ…? どの、タイミングだったんだろ…。
「………………………あ……」
そっか。
そうだ、思い出した。
僕は彼に一目惚れしたんだ。
二度目の生が終わる瞬間を助けられて。
そのキラキラした瞳に、鮮血を被りながらも真っ直ぐにこちらを見る眼差しに心奪われたんだ。
まさしく物語の主人公だって…そう思って。
彼はいつも誰かを助けていて、清々しい光で照らしていて…。
だから憧れて、ワクワクして、魅力的だと思って……どんどん好きになって…。
それで彼につきまとったんだ。この目に彼を焼き付けたかったから。
「……はは………吟遊詩人が物語の主人公に恋するって? バカみたいな話だな………そもそも、まともな女ですら無かったはずなのにさ」
ずっと、線を引いていた。
彼は物語の主人公で、僕は物語の登場人物ではないって。それが蓋だった。だったんだけど……。
その蓋をあの天球儀頭に無理やり開けられて、あれよあれよという間に、愛の告白どころかワンナイト。
ままならないまま、肉体関係を結んで……本能のせいで、大きく勘違いすることになってしまった。
だが、気がついてしまった。
彼への本当の気持ちを。
「……ほ、ほ〜ん……」
そ、そっか、僕、彼のことそんなふうに思ってたんだ、ふ〜ん、へ〜………。
…………………。
ああくそっ! なんか…なんか変な気持ちだ…! 口が勝手にニヤけちゃうし…!
捕まって毎日拷問されてる状況なのに、何恋愛脳みたいな気持ちになってるんだよ僕!! 呑気か!!
………………しかし、好きな人…か……。
すごくソワソワする。
だってそんな人、今世では存在しなかったし、それどころか前世でもいなかったんじゃないかな? そんなのいたら覚えてる筈だし。 どうせ寂しい奴だったんだろうからね。
何はともあれ、初めて好きな人ができたんだ。どうすればいいかなんて分かったもんじゃない。 どうするとか無いのかもしれないけど……。
何か考えてないと、こう…胸の辺りがむず痒い感じがするっていうか………。
「…………っ…」
無意識に股に触れていた。
は?
バカなの? 死ぬの?
どうするか考えてそれってマジでシコ猿じゃん!!
牢屋の中でそんな事していいわけないだろ!!
「お゙っ…♡ ゔっ……ふっ…ふっ…♡」
しました。
うん。我慢できなかったよ。
「ク…クライ……♡ ふぅ゙うぅ〜……♡♡」
あ…♡ でもこれ、めちゃくちゃ気持ちいいっ…♡
好意を自覚してから、好きな人を想いながらの自慰行為…ゾクゾクして、心の中にじんわり幸せが広がっていって…♡ 指、止まんないっ…♡♡
にちゅ…♡ くちゅ…♡
「ほっ…♡ ほっ…♡ ぅ゙うぅ…♡♡ くらいっ…くらいくらいっ…♡♡」
くちゅっくちゅっ♡♡ にゅぷにゅぷにゅぷっ…!♡♡♡
中からどんどん愛液が溢れてきて、おまんこもひくひくしている。
本来ならこうやってほぐして、彼にどうぞっ…て…♡ 差し出して…♡ おちんぽ気持ちよくなって貰うはずなのに…♡♡ っ…想像しただけでやっばい…♡♡
「はっ♡はっ♡ ふっ…♡ ……す、すき、だよっ……くらいっ…!♡♡」
思い切って、言葉にしてみた。
鼓動が高鳴り始めて、快楽物質が分泌されている気がする。
口にするだけで、こんなに違うんだ…♡♡
「すっ…き…♡ はあっはあっ…!♡ すきっ…!♡すきすきすきっ…!♡♡♡」
腰がビクビクと動く。
膣がきゅうっ…♡ と締まり、指に吸い付く。
「あっ…♡ はっ…ん♡ ぉっ…しゅきっ! くらいっ…♡ ぃくっ…いくいっ…くっ…!♡♡」
奥をぐにっと押したのと同時に、身体が大きく跳ねた。
「いっ〜〜……っ…ぐっ…♡♡♡♡」
ぶしっ…!♡ ぶしゅっぷしっ……♡♡
身体全体が痙攣している。膝をきゅっと閉じて、あふれる快感に悶えていた。
「───っはあっ…!! はあっ…はあっ……♡♡」
まだ頭、ぼーっとしちゃってる…。
指を見ると、ねとっとした愛液が糸を引いていた。
め、めちゃくちゃ本気って感じの液なのが、なんだか恥ずかしい…。
しかしまあ……うん…良かった……かなり、ね。
……とはいえ…指だけじゃあ、満たされないのも事実…。
少しだけ切なくなってしまって、どんどんクライの事が頭に浮かぶ。
……………………ま、まあ…もうちょっとくらいヤッても良い…よね…?
このあと四回くらい発散した。
すっごい気持ちよかったけれど、その後の部屋の状態を見て後悔した。
憎きサソリ野郎にも普通にバレたよ、クソ。
だがね…!
愛の力ってやつは凄いねぇ!
今まで絶叫を上げていたような痛みにも、声を出さずに我慢できる。
正直、こんな程度なら何年でも耐えられそうだ。拷問中でも、皆に聞かせる詩を考えてるくらいだよ! 早く新作を聞かせたいねぇ……。
………だからさ、待ってるよ。主人公くん。
ルルー→イオラと同格の一人。こいつの一回目の死が原因で、神々の時代が終わる事になった。イオラに産み直して貰ってその罪を贖罪する機会を貰えたので、イオラを恩人と慕っている。