TS獣人の吟遊詩人お姉さんが主人公っぽい少年を襲ってしまった話。 作:ソイレント・グリーン
救出されたけどそれどころではない本人。
とてつもなくカオス。
後半のつもりだが、騙して悪いがえっち描写自体はそう多くないのだ。
事が起きたのは新月の夜だった。
「ん…?」
床に散らばる砂粒が、かすかに跳ねている。
だがそれだけでは何か異変が起きているとは考えられるはずもなく、気のせいかと再び目を閉じた。
けれど数分後、牢屋全体を揺さぶる地響きが届き、否応なく起こされることになった。
「んなっ…!? なんだこれっ…!?」
揺れは一度では終わらない。不規則な振動が断続的に続いている。
僕は壁際へ寄り、何が起きているのか確かめようと耳を澄ませた。
───数え切れないほどの足音がする。
金属鎧の音と、革靴の音。他にも混じっているが、大半はその二種類だ。
それと、何か騒ぎ声。パーティや祭りをしているわけではないな、これは……。
「大規模な戦闘が…始まっている…?」
「ソノ通り」
心臓が口から出るかと思った。
振り返ると、いつの間にかサソリ野郎が立っていた。
奴は人差し指で空中に何か紋章を描いた。
「わっ…!?」
な、なんじゃこりゃ…身体がT字のまま宙を浮いてる…。まるでバグったみたいだな…。
手足の自由を奪われたまま、歩き出した奴の後ろをふよふよと追従させられる。
「キミのオ仲間、結構ハチャメチャやってるよ」
「!!」
もう来たの!? この騒ぎは彼らが起こしたのか…!
声を出そうとしたけれど、喉の奥が詰まったみたいに音が出てこない。
天井から落ちてくる砂埃を払いながら、長い回廊を歩くサソリ野郎は、うんざりした様子で愚痴をこぼし始めた。
「馬鹿みたいな数の兵隊サン呼んでくれちゃってさ…アーもう、兎にも角にも、キミと魔神だけでも別の場所に移動させなきゃ…僕は空間転移使えないってのに…」
馬鹿みたいな数の兵隊…? まさか、何処かの勢力に助力を頼んだのか?
「原初の獣は何処にいるんだ…? 彼が出てくれたらすぐ終わるのに……」
原初の獣…? ああ…ルルーか。
どんな状況なのか正確には掴めないけれど、少なくともルルーはこの戦いに参加していないらしい。
ちょうど例の魔神像の前に差し掛かったところで、サソリ野郎は何かに気がついたのか、深く溜息をついた。
「………チョット〜? 獣くん?…キミこんなとこで何してんの…」
え? ルルーそこにいるの? 首も動かないから視界が制限されていて、確認できないな…。
「………んん…ふぁ〜〜ぁ………あ゙ーっ! よく寝たぜえ……あ?なんだあ?」
こんなとこで寝てたんかい。
「イヤイヤ…今襲撃受けてるんだよ?ここ…。用心棒ならちゃんと働いて貰わないとサ…」
「ヤだよ、なんで儂が雑魚どもと闘らにゃいけんのだ」
「ソレが雑魚ばっかじゃないんだよね……彼ら、聖火教の異端浄化騎士隊を呼んでてサ…上の信徒たちだけじゃあ相手にすらならないんだ」
「いた……わかんねえけど強えのか?」
「強いよ。ソレに加えて『骨砕き』も何でかいるし」
骨砕き…カルヴァもいるの!? ついこの前別れたばっかりなのに、とんぼ返りして助けに来てくれたってこと!?
「ほほー! 骨砕きってアレだよな、バカでかい武器持った強えって噂の傭兵! そりゃあ面白そうだ! 行ってこようかね!」
ルルーが勢いよく立ち上がったのと同時に、回廊の先の暗闇から、反響する硬質な足音が響いてきた。
二人が揃って音の方向へ視線を向ける。
「アリャ………」
「お……? かかっ…! かかかかっ…!!」
砂を強く踏みしめて走る勢いを殺し、立ち止まった彼は荒げた息を整える事もなく、僕に笑いかけてくれた。
「ごめん! 待たせたっ…!」
クライ……! そう応じようとしたけれど、やっぱり声が出ない。
彼はすぐに険しい顔つきへと表情を引き締め、ゆっくりと近づいてきた。
◇◇(side:クライ)
ルルーと名乗る大男に敗北した後、俺たちは一度落ち着いて議論した。
俺が冷静じゃ無かったからだ。
目覚めてすぐに街を駆け回り、エラの痕跡を探したが、当然見つからない。あの男相手じゃあ、どれだけ速度を出して逃げたとしても捕まっているだろう。
どこに奴らの拠点があるのかも分からないまま、単騎で突っ込もうとしていた俺は、ライオネルに首をキメられてようやく頭を冷やすことができた。
今のまま突撃したところで、勝てるはずがない。
実力が足りないのはもちろん、戦力も情報も決定的に欠けている。
街は倒壊した建物の復旧にてんやわんやで、聞き込みどころの状況ではない。というか、戦闘に巻き込んだ俺たちが真っ先に復興作業へ手を貸すべきなのだ。
だが、俺はその選択を捨てた。
どれだけ薄情者だと罵られようが、今はエラを救い出すことだけに全力を注ぎたい。
俺の独善的な焦りは、ライオネルに見抜かれていた。責められても文句は言えないはずなのに、彼は黙って動き出してくれた。
ライオネルはギルドを通し、地方一帯へ向けて一つの依頼を出した。
『ラアド砂漠の遺失品の捜索依頼』という、ありふれた名目。
限定条件として、嗅覚に優れた獣人であること、近接戦闘能力が高いこと、単独行動の心得があること。そして依頼書には、あの大男の血液を染み込ませた紙片を同封させた。提示した報酬は最低額。
こんな不審極まりない依頼に引っかかる奴なんて、一人しかいない。正直なところ賭けだったが、半ば罠に近い形で彼女を釣ったのだ。
「お前らふざけてんのか?」
「よく来てくれました、カルヴァ」
不満を隠そうともせず腕を組み、仁王立ちで俺たちを見下ろすのは、もちろんカルヴァである。
「依頼主名クライだし…完全に俺のこと呼ぼうとしてんじゃねぇか…だったら最初から名指しで依頼しろよ…」
「すみません、そもそもこの地方にまだいるのか分からなかったもので…」
カルヴァは深い溜息をつき、崩れた石材に腰を下ろした。
「で? ンだよ」
「……エラが攫われた。邪教関連だ」
「いねェと思ったら、あのやろ……ったく、わざわざあんな別れ方したってのによ……しょうがねェな」
「騙すようで悪いけど……助けてく──」
「あーあー! んな事で頭下げんな。手ぇ貸してやるよ……言っとくが、これは俺の選択だかんな?」
その言葉に、すごく安心した。まだ何一つ解決していないけれど、これほど頼もしいとは。
彼女は獣人特有の嗅覚でルルーの血の匂いを辿り、砂漠のど真ん中に隠されていた奴らの拠点を突き止めてくれた。
何もない熱砂を延々と歩かせる、骨の折れる仕事を頼んでしまったな……。
一方、マリアベルは邪教本拠地の情報を聖火教支部に渡し、邪教殲滅を掲げているらしい、『異端浄化騎士隊』の出撃を依頼した。
元聖火教のライオネルですら存在を知らなかった秘匿機関らしい。三十五人のメンバーで構成され、一人一人が英雄と呼ばれるほどの実力者なのだとか。
教会はこれに加え、中規模以上の正規部隊を編制して現地へ向かわせると決断した。
大規模な戦闘になりそうだ……死者も沢山出るかもしれない。
邪教を滅ぼすという大義ではなく、ただエラを助けたいという個人的な我が儘のために、これだけ多くの人間を巻き込んでしまった。
けれど──使えるものは何でも使ってやる。それだけの覚悟だった。
エラは仲間だ。絶対に死なせたくない。
この旅の本来の目的は親父を殺すことだ。けれど、それ以上に皆と旅をする時間がかけがえのないものになっていた。一人でも欠けていいはずがない。
俺は夜陰に紛れ、一人で街外れの路地裏へと向かった。
ここに来たのは、おそらく今も見ているであろう、あいつに会うためだった。
「いるか?」
静寂が広がっている。人の気配など一切ない。
「いますよ」
背後からの異様に穏やかな声。
俺に邪教の居場所を教えた張本人であり、奴らの主──イオラがそこに立っていた。
「初めて会ってから、何年経ちましたかね……これで二度目の邂逅ですか。まさか貴方の方から呼んでいただけるとは」
「ああ、頼みがある」
イオラは目を細めた。
「ほう…? 私に頼み、ですか。二度しか会ったことのない関係のはず、ですがね…?」
「俺はな。お前はそうじゃないだろ。ずっとではないにせよ……俺の事を見ていて、感情を啜ってた……違うか?」
「ええまあそうですが。啜ってたって…ちょっと表現きついですね……」
まあいいです……と、わざとらしく咳払いをひとつ挟み、イオラは俺と正面から向き合った。
「それで私に、何を?」
「一筆書いてほしい。本当は俺の力でどうにかしたかったんだけど…こんな方法しか思いつかなかった………」
「ええ、ええ…良いんですよ、それで。その顔が見たかった私としては大満足です。では何か書けるものを。早速書いて差し上げましょう」
悪魔は満足げな笑みを浮かべ、俺の差し出した羊皮紙を受け取った。
「ン…もういくノ?」
「ああ」
三ヶ月。ここまで準備を整えるのに、三ヶ月も費やしてしまった。
万全…とは言えないのかもしれない。でも、できることはやったはず…。
俺たちは夜明け前の闇に紛れ、街を発った。
聖火教の部隊およびマリアベルとは、現地合流の手筈になっている。
砂漠を進むうち、遠くから炸裂音が風に乗って届き始めた。
砂丘を駆け上がって見下ろすと──すでに戦闘は始まっていた。
カルヴァも予想外だったのか、呆れた声を漏らす。
「なんだありゃ、あいつらもうおっぱじめてんのかよ」
「み、みたいですね…」
えぇ…た、確かにどのタイミングで始めるとか、そんな話はしてなかったけどさぁ……行動が早すぎんだろ…。
「と、とにかく俺たちも急ごう…!」
足を取られないように砂を蹴り、砂塵の中へと駆け出していく。
現場へ辿り着くと、想像以上にドンパチやり合っていた。なんか空を飛びながら爆撃してる奴とかいるし…。
あまりの光景に口を開けたまま唖然としていると、白い全身鎧に身を固めた人物が声をかけてきた。
「よくぞ来られました。貴公がクライ殿ですね?」
「お、おう…そうっすけど…あんたは?」
「私は異端浄化騎士隊所属、
04…秘匿組織なだけあって、名前は名乗れないのだろうか。
「貴公には感謝せねばなりません。このような素晴らしい運命を運んできてくださった。最高です」
「はあ……」
「共に異端を浄化致しましょう」
悪いが、こちらの目的は彼らと同じではない。一刻も早くエラを見つけ出さなければならないのだ。
ちょうど俺の足元へ、音もなくシュエンが着地した。周囲の捜索を頼んでいたのだ。
「このあたリ、一通り見てきたヨ」
「それらしいのはあったか?」
「なかっタ。もっと深いとこいるかもネ。分かりやすい門番でもいたら良いんだケド」
「今異端って言いました?」
「言ってナイ」
やっぱ分かりやすいところにはいないか…カルヴァの方はどうだろう、何か嗅ぎ取れてないだろうか。
突然、地面を紫色の炎が這い熱風が吹き抜けた。俺は咄嗟に身を低くする。
「04、魔獣を喚ばれました。数にして五百程度かと」
「五百ですか…すこし少ないですね…報告感謝します、
「では、直ちに浄化へ向かってもよろしいでしょうか? 行っていいですか? 行きたいです。行きますね?」
「待ちなさい、私も行きます。ではクライ殿、私はこれで」
二人の騎士は鎧の背部から火を吹かし、どこか楽しそうに化け物どもの群れへと飛び込んで行ってしまった。
地上は彼らに任せておけば問題ないだろう。俺はシュエンと再び別れ、目につく建物を片っ端から調べ始めた。
しかし、どれだけ探してもそれらしい入口は見当たらない。それどころか異形頭たちの姿もない。本拠地というからには複数待ち構えていると警戒していたんだけどな……。
少し焦り始めた頃、魔獣を切裂きながらカルヴァが駆け寄ってきた。
「それっぽい所見つけたぜ、だが───」
「っ何処だ…!?」
「落ち着け! あっちの小せぇ石造りン中だ。だが入って探っても、どこかに続くような道は見当たらねェんだよな……」
匂いはしてんだが…とカルヴァは眉をひそめ唸る。
結界か何かで隠蔽されているのだろうか。
そう思考を巡らせた刹那、頭上から閃光のような速度で何かが垂直に降下してきた。
「おわっ!?」
巨大な象牙色の重装甲…? 鎧の隙間から光を放ち、地面から少し上を浮遊している。
鎧の頭部が開いたかと思えば。
「マリアベルかよ!」
「リアクションはそれだけで結構。これは教会製の聖鎧です。カルヴァ、あの建物で相違ありませんね?」
「おう」
「では、地下直通の侵入孔を穿ちます。私とカルヴァは地上に残りますので、クライは即座に突入してください。現戦況は拮抗していますが、かの大男が現れれば戦線は瓦解します」
「わ、わかった…!」
マリアベルは再び空へと浮き上がり、両腕を大きく広げた。
「ありゃやべぇぞ」
「ああ…! とんでもない魔力だ…!」
空間が軋む音。白と黒の稲妻が交差するように球形を描く。
次の瞬間、ごくりと呑み込むような音がして、建屋が地表ごと消失した。
後に残されたのは滑らかな半球状の窪みと、その中心に口を開けた底の見えない垂直の縦穴だった。
「ゴリ押し成功だなァ? ンじゃあ行ってこいや!」
「ちょっ…!? ぐ…い、行ってくる!!」
首根っこを掴まれ、俺は抗う間もなく穴の底へと放り込まれた。
暗く長い地下回廊を駆け抜ける。
自分でも驚くほど、頭の芯は冷静に冴え渡っていた。
暗闇の奥から、深淵の底にある泥濘のような、ドロドロとした魔力が漂ってくる。この感覚には覚えがあった。
歩幅を広げ、加速する。松明の淡い光が見えた。
響き渡る笑い声を耳にした瞬間、俺は足裏で砂を踏みしめ、彼女へ向けて声を張り上げた。
「ごめん! 待たせたっ…!」
「……!」
ようやく、エラのもとへ辿り着いた。
その顔は疲弊し、伸びた髪が頬にかかっている。何らかの術式に囚われているのか、十字架に磔にされたように宙へ固定されていた。
近くには二人の男──一人は性別不詳──が立っている。
「待ってたけどよお、ちょっとはやくねえか? 期待ハズレはごめんだぞ?」
ルルー。俺たちが大敗を喫した怪物。だが悪いな、今はお前とやり合うつもりはない。
「直接会うのはハジメテ…だね。
もう一人、頭部が巨大なサソリになった異形頭。回廊に満ちていた魔力の主はこいつだ。天球儀頭や、かつて俺の国に訪れた異形頭……奴は複数のカミソリで頭ができていたかな……何にせよ、あのサソリ頭は奴らと同じ邪教の魔導師なのだろう。
「まあいいや! さっそく始めよう!」
「ちょっと待ってくれ」
「なんじゃい?」
俺は懐から取り出した羊皮紙のスクロールを、ルルーに投げ渡した。
「んんん? こりゃあ…………ほほお」
「ナニそれ? ………………………アー…そー言うコト…」
「そのスクロールは、お前らのトップに書いてもらった物だ」
三カ月の準備期間での、イオラとの二度目の邂逅。
奴は密かにつきまとい、俺たちから溢れ落ちた感情を貪っていた。俺はその件をネタにして交渉を持ちかけたのだ。
当然ながら『エラを無条件で解放しろ』だとか『邪教からの攻撃を一切禁じる』といった都合のいい要求が通るはずも無かった。
だが──『異形頭とは必ず一対一で決着をつける』という制約だけは取り付けた。
本当なら『ルルーの手出しを禁じる』という契約を結びたかったが、ルルーはイオラの直属の部下ではない。イオラがルルーの行動を勝手に契約の枠組みに縛ることはできないだろう。そもそも“ルルー”という名がその場の思いつきである以上、契約自体が無効化される危険もあった。
だからこそ、ルルー自身の気質に賭けた。
街での戦いは多対一だったが、奴が自ら多人数側について獲物をなぶり殺すような真似を好むとは思えない……まぁ、そうであってくれという希望的観測も含めての賭けなんだけど…。
とにかく、ルルーにだけは邪魔させない。本当は自力で何とかできれば良かったんだけどな…。
「獣くん、助けテくれる?」
サソリ頭のすがるような問いに、ルルーは小指で耳をほじりながらあっけらかんと返した。
「悪いけどよ、それはできねえよ? こんなスクロール書いたってこたあよ、イオラの旦那は“そういうつもり”なんだろ?」
ルルーはやっぱりイオラの要望の方を優先する。
「ハァ………いつもこうだ。いつだって僕たちの計画を最後に壊すのは、イオラ様なんだ……千年の努力をツブされた僕らの方が、美味しそうってコト、だね」
だが、もしこいつが死に際に『自分が死んだらあいつらを皆殺しにしてくれ』とルルーに遺言を残せば、ルルーはその頼みを聞き入れてしまうかもしれない。
だから───。
「オット…!?」
「最速でくたばれッ!!」
余計な言葉を吐かせる前に、コイツの息の根を止める……!!
間髪容れずに双剣を振るい続ける。放った斬撃のほとんどが紙一重で躱される。これはあの天球儀頭との戦いと同じだ。
けどな…あの頃の俺とも、三ヶ月前の俺とも、今の俺は“ちょっと”違うんだよ…!
俺は俺のやり方で、限界を超えてやる…!!
筋繊維の一本一本に、魔力を流す。
「ッ……!!」
神経へ、血管へ、全身の臓器へ、全魔力を強引に巡らせる。
引き裂かれそうな激痛を無視し、跳ね上がった肉体の出力を刃先へ集束させ、振り下ろす瞬間一気に加速させた。
音すらなく腕は切断され、ぼたりと床へ落ちて泥のように崩れ去った。
「おおっ!? やるなあっ!!」
心臓が信じられないくらいばくばくしていて、血液がぎゅんぎゅん駆け巡っている。視界の縁が赤く染まる。
その端で、ルルーがあぐらをかいて面白そうに見物しているのが見えた。
隙を見せるな。
奴の残された掌がこちらへ向けられる。何か術式が発動するより早く、その前に腕を両断した。
もう一本の剣で、首をめがけて一閃。
研ぎ澄まされた視界の中、断ち切るべき線ははっきり見えている。
迫り来るサソリの尾の毒針。
だがこの勝負────。
「───貰った!!」
針をスレスレで回避し、奴の横を通り過ぎ、勢い余って石床を転がり、受身を取って跳ね起きた。
「アァ、ァ………コノ、距離で、キミレベ、ルの…ケンシと…ヤ、る、のは…無理、筋、か」
サソリのような頭部が滑り落ち、切断面から黒い泥が吹き出した。
同時に、宙に拘束されていたエラの身体が落下……するところ、何とかキャッチできた。
勝った…! 勝てた……!! 少し前まで格上だと思っていた、あの魔導師の一人に勝利した…!
いやっ…! それよりも…!
「大丈夫か…!? 死んでないか!? エラッ! エラーーッッ!!!?」
「み、耳元で声デカいよ……僕は大丈夫だから……」
腕の中のエラが、困ったように柔らかく微笑んだ。
その瞬間、張り詰めていた糸が切れ、全身から力が抜けた。
安堵からじゃないな、これ…。魔力を解いてしまったんだ。まだ何の影響もないが……やば、鼻血出てきた…肉体への負荷が半端じゃなかったんだ。頭も痛いし、目眩がする。明日は寝たきりコースかな…。
なんて、明日の心配をしている場合じゃない。
「あんたは…どうする」
「くく…かかかかっ……いや! 見事だった!」
結局、あのスクロールでルルーの手出しを封じられたのは、異形頭とのタイマンの間だけだ。この後奴がどう動くかは、本人の選択次第でしかない。
「だけどなあ…成長したお前を楽しむのも〜…万全の状態じゃねえなら面白くねえっ! 死合うのはお前が回復したらだ!」
……良かった、いやマジで…。
元々“殺して良い”と言われていた俺たちを、ビビッと来た、なんて理由で見逃すような奴だ。そのように言ってくれるとは予想していたけど、相手があまりに規格外なだけに、生きた心地がしなかった。
ボロボロのエラに肩を貸し、さっさとこの場から離脱しようと力を振り絞って立ち上がる。
「あ…ちょっと待って」
「どうした?」
「アレなんだけど」
エラが指差した先には、暗がりに佇む巨大な首なしの像があった。
暗くて気づかなかったが、こんなものがあったのか。よく見ると、何とも悍ましい意匠だ……。
「あの巨像を完成させるのが、邪教の目的らしいんだけどさ……
君のお父さん、アレの一部になってるかも…」
「は…?」
えっ…? え? ちょっと待ってくれ……いまいち言っている事が…。
あの巨像が、俺の親父だと言うのか?
「四人の…その、王の魂で作ったんだって…その中の一人が、えと…アンドヴァリ王って……」
「………は、はは……は………」
………………マ、ジか………そっか………。
立ち尽くしてしまった。
近づくべきなのか、それとも一刻も早くこの場を離れるべきなのか。どうすればいいんだ、コレ……。
まさか、こんな形で親父と再会するなんて考えていなかった。
衝撃…はあるんだろうが…。なんだろう、嬉、しくは無い…? 達成感とかも、あんまり……。
エラを助けるために、この三ヶ月余裕無くて、てんてこ舞いで…。
やっと助けたら、こんな情報が入ってきて、もう頭の中は大混乱である。
「破壊……した方がいいんじゃないかな…?」
「破壊……」
破壊…破壊…その言葉を何度も反芻する。
した方が良いよな…確実に。だって、この旅を始めた理由なんだぞ?
くそ……こんなに混乱するつもりなんて無かったのだ。
どんな状態になってようが、さっぱり終わらせる、終わらせられるって、そう思っていたのに……。
多分、迷ってこの場を立ち去ったとしても、すぐに聖火教の騎士たちが像を破壊するんだろう。
だったら……だったら、俺の手で破壊してやる。
エラは何も言わず、そっと俺の肩から自分の腕を外した。
俺は双剣を握り直し、一歩ずつ、不規則な足取りで巨像へと歩み寄る。
「おい、危ねえぞ?」
「え……」
ルルーの声。振り返ろうとした瞬間、背中を掌でトンと押された。それだけの力で今の俺の身体は、数メートル先へと弾かれ、尻餅をついて顔を上げた。
「キミさ、ドッチのミカタなの?」
「かかかっ! 儂の味方よ!!」
人の頭ほどの大きさがあるサソリが、その毒針をルルーの左腕へ深々と突き立てていた。
腑抜けた頭でも理解できる。
あのサソリはさっき倒した魔導師の頭部だ…!
まだ生きてたのかよ…!!
「お前しつこいなあ、負けたんだからおとなしくしときな」
「ギ…マダだよ……ギギ…」
ルルーのあの剛皮を貫通する針だ。もし今の俺が背後から刺されていたら、毒など関係なく即死していただろう。
「いつまでぶら下がってんだよ」
ルルーが腕を乱暴に振り抜くと、凄まじい速度で吹き飛んだサソリは岩壁へ激突し、その甲殻にピシリと亀裂を走らせた。
「アンドヴァリ王の息子にハ当たらナかったけど、キミにアタッタなら、ソレはソレで好都ゴウ」
「そーかいそーかい、じゃあお互いあんま好きじゃなかったってえ訳だな?」
空気が一瞬にして張り詰めた。
サソリ頭の言葉でルルーが動くかも、なんて最初は心配していたが……どうも奴ら、あまり仲は良くない…?
「ケモノくん、キミはチョット、アナーキーすぎ。むしろ計画の、ジャマダカラ、死んでモラウ、毒デ」
「ケッ! 毒なんざ、いけすかねえったらありゃしねえ! 知ってるか? イオラの旦那は爆発魔法とか使うんだぞ? だったら部下のお前ももっと堂々とした技を使えい!」
「『
腕の刺し傷から、緑色の禍々しい血管のような紋様が急速に広がっていく。
「ソレに、イチカバチカダケド『
首から下を失ったサソリ男の肉体が黒い泥となって溶け崩れ、そのヘドロが宙に巨大な魔法陣を描き出した。生臭い血の匂いと、饐えた腐敗臭を孕んだ暴風が回廊に吹き荒れる。
イセカイテンイ術式ってなんだよ…! 一体何をしようと…!!
「あ、あのサソリ野郎…! 別の世界から魂を喚ぶ気だよ…! それをあの器…巨像に入れて本物の魔神にするつもりだ…!」
は、はい!? 話のスケールがデカくてまるで頭が追いつかねぇ!!
「蓋…頭はナイケド……
「こんにゃろ〜! 儂がとっちめちゃるわ…っと、おお…?」
猛烈な暴風に煽られ、身動きすら取れない中で必死に目を開け続けていた俺の視界に、目を疑うような光景が飛び込んできた。
「ハ? ナニコレ?」
腕だ。
魔法陣から、腕が出てきた。
醜く脂肪にまみれた、巨大な腕。人程度ならば簡単に握りつぶせてしまいそうなほどの大きさである。あれが…別世界の魂…?
「──ッ!? イヤッ……コ、コレハッ!! 冥府の───」
サソリは絶叫を上げることすら許されなかった。
現れた巨大な腕が無造作に人差し指をサソリへと向けたかと思えば、その爪が雷光へと姿を変え、瞬きする間もなく甲殻を貫いていた。
「───冥府の…管理者…か……トッくに、権能ナンカ、失っているモノ、ト………」
呻き声とともに、サソリは黒い塵となってサラサラと崩れ落ち、跡形もなく消滅した。
巨大な腕も、魔法陣も、最初から何もなかったかのように霧散していく。
しんと静まり返った回廊に、砂が落ちる音だけが響く。
正直、何一つ状況についていけなかった。
何が起きて、どうしてこうなったんだ……? 一周回って頭の中が真っ白だ……。
「お~い? ぼーっとすんなあ?」
「ハッ…!!」
気がつくと目の前にルルーが立っていて、手をひらひらと振られていた。
緑色の血管のような紋様は、すでに首筋を伝って顔にまで広がっている。
「あんた、それ…大丈夫、じゃ無さそうだな…」
「かかかっ…!」
毒に侵されているとは思えないほど明るく奴は笑った。
庇ってもらったことへの感謝はある。だが、それをわざわざ口に出す気にはなれなかった。そもそも、この大男がエラを連れ去りさえしなければ、こんな事態に巻き込まれることもなかったのだから。
邪魔が入ったが、巨像は破壊する。
俺と同じように呆然としていたエラへ視線を送る。
彼女はハッと我に返ると、痛む身体をかばいながら、ぎこちなく立ち上がった。
「エラ、ごめん、もう少しだけ待っててくれ」
彼女は何も言わず、静かに頷いた。
鉛のように重くなった双剣を引きずりながら、俺は巨像へと向かって足を踏み出した。
が、背後に感じた殺気。
何とか回避することができた。半ば倒れただけだったが。
直前まで立っていた石床へ、網目状の亀裂が走る。
「………やめてくれ、ルルー」
「かかっ…! 気が変わっちまってよお……」
「頼む……せめて、その像を破壊した後にしてくれないか」
像を一瞥し、俺へ向き直ったルルーは赤銅色の髭を揺らし、牙を剥くように、にぃと笑った。
「じゃあこうしよう、儂を倒せなきゃあコイツは壊させねえ」
「ざけんな…」
乱暴に引き裂かれた外套の下、露わになった彼の肉体は、すでに全身のほとんどが毒に侵食されていた。
「追加で〜…そこの女も賭けよう」
「あ?」
「儂が勝ったら貰っちまうぞ?」
「ちょ…僕景品なの…!?」
…………この野郎…どんだけ気まぐれなんだ……。
いや、違うな…。
「あんた……もしかしてもう死にかけなのか?」
「おうよ! 後五分もたんだろうなあ」
飄々とした態度とは裏腹に、あの毒は確実に奴の肉体を蝕み、その生命を奪いかけているのだ。
死ぬ間際、最後に戦いたいのか。
深く息を吐き出し、鼻血を手の甲で拭った。
「今がチャンスだぜ坊主? 今なら勝てるかもしんねえよ」
「……おいそういう事言うなよな……勝てそうだから勝負受けるみてぇじゃん……受けるけどさ…」
「受けるのかい…!?」
エラの驚愕の声が背後から飛んでくる。
すまん、エラ。
ルルーの気持ちなんて分かりたくもないが、分かっちまったし、それに────。
「負けっぱなしの相手に、死なれて勝ち逃げされんのは俺も嫌なんだよ…!」
限界を越えた身体へ、再び魔力を回す。
ブチブチと筋繊維が千切れるが、その痛みなどどうでもよかった。
「かっはっはっ…!! 嬉しいぜえ…!!」
ルルーの両腕が、ぐにゃりと粘土のように形を崩した。
「折角ならよ、同じ闘り方でしようや」
蠢く肉が硬度を帯び、歪な刃へと姿を変える。
まるで双剣……俺と同じだ。
「どうなってんだ、それ」
「俺の身体はなあ、粘土でできてんのさ。まるっきり変身はできねえが…腕くらいはこんなふうにな?」
「マジか、衝撃の真実なんだが……あのサソリが言ってた泥人形ってのはそういう事か………つーか粘土でも毒は効くんだな」
「生命の原型なもんでよ」
軽口を交わし合いながら、互いに構えた。
「エラ」
「ぉっ…な、なんだい…?」
「俺とあいつに痛覚遮断を掛けてくれ」
エラが目を丸くして息を呑んだ。当然の反応だ。奴はエラを攫い、この場所に連れてきた張本人なのだから。
「頼む」
「………分かってるよ…まったく、君って奴は…」
呆れたように笑ったエラが、ぽつりぽつりと旋律を紡ぎ出した。
俺と奴の、全身の痛みが消える。
踏み込みの衝撃で、足元の石床が砕け散る。
満身創痍の俺たちは、互いの限界を超え、正面から激突した。
結論から言うと、俺は負けた。
三ヶ月前の圧倒的な奴と比べれば、今のルルーは目に見えて弱体化していた。あの毒がどれほど凶悪なものだったかが嫌でも知れる。
まさかボロボロの俺が全力を出して、奴の斬撃を受け止められるほどとは思っていなかったが。
それでも奴は強かった。
魔力を暴走させ、身体能力の差をいくら縮めようと、技量が追いつかない。
力押しの脳筋ではない。
千年以上の時間を生き、その魂に刻み込まれてきた技。そのすべてが、俺の肉体へと叩き込まれたのだ。
どうして自分がまだ生きているのか分からないほど叩きのめされ、それでも歯を食いしばり、立ち上がり続けた。
痛みはない。だが、終わりの時は訪れた。
俺は立てなかった。奴は立っていた、死毒に侵されながらも。
「はあ…はあ……ぁぐっ…くそっ…! 立てねぇっ…!!」
「かっはっはっ……坊主う……まだまだ儂に勝つにゃあ千年早えよ……!! 」
「俺の……負けだ………」
弱体化し、対等にやれているようで、一切歯が立たなかった。
負けを認めざるを得ない。
「クライっ…!!」
駆け寄ってきたエラが、倒れ込んだ俺の頭を抱え、自分の膝の上に乗せた。
彼女もふらふらなのに、さらに心配させてしまうとは、どれだけ未熟なのだろうか、俺は。
そんな俺たちの前へ、ルルーがゆっくりと歩み寄ってきた。
「これでお前は儂の、と言いてえトコだが…そういやもう振られてたっけか…それに、そもそもお前を抱く為のチンコも儂にはねえしな!」
「は、はい…!? いきなり何言ってんの!?」
あ、やっぱり無いんだ、チンコ。
前蹴り上げたときそんな気がしたんだよな。
「かかかかっ!!! 長い長い人生…女の一人でも抱いてみたかったが…そんなモンみせられたんじゃあ…なあ?」
ルルーは俺と、俺を抱き寄せているエラを見て、今まで見せたことのないほど穏やかに笑った。
「じゃあな坊主! 楽しかったぜ!」
満足そうにそう言い放つと──ルルーは静かに目を閉じ、微笑みを浮かべ、立ち姿のまま息を引き取った。
「……………行、こう…エラ……」
「っ…今の君に聞くのはどうかと思うけど……像は…良いのかい…?」
「良い…壊さなくても……」
壊さない、というより、彼女も察しているだろうが、今の俺にはもうあれを砕く魔力も体力も残っていない。
「ルルーとの勝負を受けたのは俺だし、負けたのも俺だ。あの像は約束通り、手を出さないでおくよ。……あとは、聖火教の騎士たちに委ねる……」
「この旅の目的…なんだろう? だったら話を通して、後日にでも……」
「確かに旅を始めた理由だけどさ、今はエラと生きて帰ることの方が大事だし…」
「そ……………そっか、うん、そっかそっか……わかった、うん………」
さっきとは完全に立場が逆転し、救出したはずのエラに肩を貸してもらいながら歩く羽目になるとは思わなかった。
潔く負けを認め、条件を呑む。
悔いはない、悔いは……ない…!!
とは、言えねぇ……!
「………やっぱ悔しいもんは悔しい…けど……今だけは悔しくないって言っとく……ぐ、ぐぅ…」
「な、何という強がり…」
悔しいのは負けたことだからな! 別に破壊できなかったことが理由じゃない。
そう心の中で自分に言い聞かせながら、俺とエラは肩を寄せ合い、地上を目指した。
地上は、想像していたよりもめちゃくちゃなことになっていた。
バカみたいな数の魔獣を、アホみたいな火力で一掃する騎士。
物量対火力のパワーバトルが繰り広げられていた。
俺たちが崩れた縦穴から這い出してきたのを見つけると、戦場を駆け抜けてきた騎士の一人が、元気よく近づいてきた。
「貴公! さてはクライ殿ですな!? 04から聞いておりますぞ! 私の名は
「ど、ども…えっと一応聞くんすけど、戦況は…?」
「はっはっはっはっ! まったくもって順調ですぞ! 現在1486体の魔獣、652人の異端者を浄化致しました! こちらの死者は一般兵含めてゼロ!! 全然問題は無いですな!! いやぁしかし! 彼奴らの総本山というのも頷ける!
いつの間にか魔獣も三倍近く召喚されてた!? そんでこっちの死人ゼロかよ……流石、と言うべきなのか…?
「見れば貴公、中々に満身創痍ではないですか! ささ、こちらへ!! 治療拠点に案内致しましょう!」
「あ~ありがたいんだけど、ちょっと待ってくれ……俺もまだ…」
「ちょちょちょ! まだ戦う気かい君!?」
「だって俺のせいでこうなって……」
「寝てて!!」
「彼女の言うとおりですぞ! それに、我らより先に殉教しようなどと、ずるいではないですか!!」
「君はちょっと黙ってて貰っていいかな?」
結局その後俺は戦わせてもらえなかった。
ベッドに横たえられた瞬間、糸が切れるように意識を失い、そのまま丸一日以上も泥のように眠り続けてしまった。
最終的に、こちらの死者は変わらずゼロのまま。
拠点にいた邪教徒は全員が浄化されたらしい。
現在は聖火教による調査と後片付けが進んでいると聞き、俺は包帯ぐるぐる巻きの身体を引きずりながらテントを出て、担当の騎士へあの巨像について尋ねてみた。
「巨大な像……ですか…? 見ていませんね……何かありましたか、
「地下も隅々まで探査しましたが、そのようなものは……それに、大男の遺体? …と言うのも確認できていません」
「像も…死体も……無い、だって…?」
まさか誰かが持ち去った……?
まだまだ旅は終わりそうに無いらしい。
◇◇(side:エラ)
僕が救出されてから一週間ほど経った。
邪教の本拠地は聖火教の調査団によって完全に解体され、怪しげな研究の痕跡は残らず焼き払われた。
異世界の魂に関する記録も一緒に灰になっていればいいのだけれど……どうにも嫌な胸騒ぎがする。
一週間前の本拠地戦では、クライがベッドへ運ばれて気を失った後、僕も休むよう促された。
二つ返事で従ったけれど、眠りに落ちる直前、味方全体へ速度と力の強化バフを重ねておいた。そのおかげで想定より大幅に早く掃討が完了したらしく、目を覚ました後に騎士たちからずいぶんと感謝された。
シュエンちゃんは平静を装っていたけれど、僕から抱きつくと、ツンとした顔のまま抱き締め返してくれた。かわいいね。
ライオネルさんも前線で暴れたらしく傷だらけだったが、手当てを受けながら僕の無事を喜んでくれた。
マリアちゃんは「良かったですね」と一言だけ告げると、足早に聖火教の騎士たちとの話し合いへ戻っていった。無駄口を好まない彼女らしいし、あの短い言葉だけでも十分嬉しい。
カルヴァには一通り怒鳴られた。けれど彼女も相手のたちの悪さを理解していたのか、必要以上に責め立てることはなかった。
口調こそ荒っぽかったけれど、本気で心配してくれていたのが伝わってきた。
そして今である。
三ヶ月間も囚われていたとはいえ、ルルーのおかげで最低限の食事は出来ていたし、痛めつけられたのは肉体というより魂だった事と、傷つけられたわけではなく、調査のために触れられていただけだったようで、僕の回復は思いのほか早かった。後遺症なんかもなさそうだ。
むしろヤバかったのはクライの方だ。
この三ヶ月でどんな無茶な修行を積んだのかは知らないけれど、あの全身にくまなく魔力を通し滾らせる技が、結構な自殺行為だったってことくらい僕にも分かる。
寝込んでいた期間は僕より長かったが、邪教の拠点を見つけ出した功労者として、聖火教の治癒班が総出で最高の治療を施してくれた。
その甲斐あって、割と早い段階で歩き回れるようになっていた。よかった……。
街の復興を手伝いつつ、少しばかり勝利の余韻に浸っても罰は当たらないはずだ。僕は助け出されただけなんだけどね。
「エラ、そっち持てるか?」
「あっ…ああ、じゃあいくよ…せーのっ…!」
倒壊した建物を修繕するため、長い木材を二人で両端から持ち上げる。
一人で出歩けると言っても、まだまだ完治していないクライの手元がおぼつかないせいか、どうにもバランスが悪い。なんとか運べてはいるけれど…。
しかし、バランスを保ててない理由はそれだけじゃなかった。
「お、おい…ちゃんと見て持たないと…!」
「わかってるさ、うん、わかってるわかってる」
「いやずっと横向いてんじゃねぇか」
だって、前を向いたら君の顔を直視することになるじゃないか。しょうがないだろう?
………………………まったくしょうがなくないね、うん。
牢屋の中、自分の気持ちに気がついてからだ。
クライの顔をまともに見れない………!!
なんて情けない。童貞か? 生娘か? 今までも目を見て話せていただろう…!?
この一週間、ずっとこれだ。
彼と話す時だけ、首の関節が勝手に動いて視線を明後日の方角へ逸らしてしまう。
木材を作業場へ下ろし、額の汗を拭う僕に、クライが気を遣うように声をかけてきた。
「エラ……なんか、その……悩みごとでもあるのか? 困ってるなら聞くけど……」
「へっ!? いや? 無いけど??? まったく、これっぽっちも無いよ!!???」
と言いつつ、顔は彼のいない方を向いている。
くそ…クライが僕の心配をしてくれている…好きだ……。
「……そっ…か、えと…あんまり無理はしないでくれよ…?」
「え!? 大丈夫大丈夫……」
クライ…僕が捕まっている間何かされたんだと思って、あんまり踏み込んでこない……デリカシー
いやそうじゃないでしょ。凌辱とかそう言うR-18な展開は無かったんだし、普通に心配かけてんだから訂正しろよ僕。
ふぉぉ…憂いを帯びた顔えっど………………………バカなのかな僕???
クライは次の木材を運ぶため、資材置き場へと戻っていった。
僕は陰に隠れ、両手で頭を抱え込んだ。
こんな調子で顔すら合わせられないままじゃ、この先一緒に旅なんて続けられない…! 件の巨像も姿を消してしまったと言うし、まだまだ冒険は終わりそうに無いというのに…!!
いっそ、気持ちを伝えてしまうか…??
いや落ち着け、そんな事して断られたらそれこそ気まずくなってしまうじゃないか…!
それにカルヴァにもなんか抜け駆けしてるみたいでちょっと申し訳な……あれ…? 彼女僕より先に好きって伝えてなかった…?? じゃカルヴァは気にしなくていっか……。
「あ~もう……どうすれば良いんだよ……胸が苦しい…」
この落ち着かないざわめき。本気で恋するってこんな感じなのか……恋は素晴らしい! なんてお伽話は山ほどあるけれど、僕はそうは思えないよ!! すんごい辛い!! ただひたすら心臓に悪い!!
「誰かに話せば…カルヴァとかに相談すべきなのかな……」
恋敵に相談って…どうなんだろこれ…真正面から喧嘩売ってるかな?
「………冷静に考えたら、僕好きな人と何度もエッチしてるってことだよね……」
「ほーん? そりゃあよかったじゃねえの?」
そうだよね…ふへへ……前は自覚なかったとはいえ、好きな人と……恋愛としては順序逆かもだけど……。
「ああなんか…思い出してきたらもんもんしてきた……だけどクライ……えっちに誘えない〜………」
「別に気にしねえと思うがなあ? 男ってそういうもんだろ?」
「ま、まぁたしかに……なんだかんだ言ってクライも毎度頼み聞いてくれたし……でも………」
「怪我人だから遠慮してんのかあ? 言うて坊主も頑丈だし、大丈夫じゃねえか?」
「怪我も気にしてるけど、そっちじゃないよ…! 僕が気にしてるのはぁ〜………」
……………………あれ???
これ誰と話してるんだ、僕。
ぎぎぎ、と恐る恐る声の主へ視線を向けた。
「おん? よう!!」
お転婆な笑みを浮かべながら、片手を快活に掲げた少女がそこに立っていた。
地面を引きずるほど長い、赤銅色のもさもさの乱れ髪。
小柄。子供体型ではないものの、うすくてほそい。
そして──その小さな身体にはまるで見合わない、水牛のように大きな二本の角。服の裾から伸びる、見覚えのありすぎる太い尾。
「か……ぁ………き、ききき…きみ………ま、まさか………」
嫌な汗が噴き出し、顎が外れたように口がパクパクと動く。
「ん?儂かあ? え~と、今は何て名乗ろうか…………思いつかねえから、前とおんなじで良いや」
後ずさりする僕の前で、その女の子はからっと笑った。
「儂ぁ『ルルー』だ! 久しぶりだなあ! あー…見た目じゃあ、わかんねえか?」
「どういう事!?!?!?」
「声でけえな! かかかっ!」
でかくなるわ!! 当たり前だろ!!
なんで!? どういう事!? どうしてここに!? 死んだんじゃないの!? 女の子の見た目してる!? まさかまた捕まえに!?
聞きたいことが多すぎて、脳味噌の処理が追いつかない。
「な………な………な、ないど死の子見まえに……!?」
「なんて????」
しまった…! 思わず聞きたいことを一気に聞こうとしてしまった…!
落ち着け…落ち着け……。
「ふ~~~…………」
「落ち着いたか」
「……………………生きて、いたんだね…」
「ううむ、生きていたか、と言われると〜…それはちと語弊があるなあ」
姿形が変わりすぎている。確かに、生き延びていた、と納得できる状態ではない。
「坊主と殺り合って死んだあと……イオラの旦那が現れてな?」
「え………」
「死んだ儂と、でけえ像を外に運んだらしいんだわ! んで、儂ぁまた産み直されてえ───」
「ちょっ、ちょっと待って!? 追いつけないよ!」
怒涛の情報。遺体と像を持ち去ったのは…イオラだって?
僕たちが地下を出てから完全制圧まで数時間しかなかったはずなのに、あの巨大な像を一人で運び出したというのか…。
「こっちのが面白れえからってよ、女にされたわ! しかもほれ、今度はチンコ…じゃねえやマンコもついてんぞ!」
「見せなくて良いからッ!!!!」
服…とも言えないようなボロ布をガバっとたくし上げ、下半身を露出するルルーと名乗る女の子。
この女の子が本当にあのルルーなのだとしたら。
わざわざ姿を変えてまで、僕の前に現れた目的は何だ?
「………また…連れて行くつもりかい…?」
そう問うと、目の前の少女は目を丸くして、ひどく間抜けな顔をした。
「いんや、違えが?」
「あれっ…??」
え違うの? じゃあなおさら何でここに来たんだ。
僕が怪訝な顔をしていると、少女は笑い、答えた。
「目的なんざねえさ! ただそうだなあ、あの坊主のことは気になるし、見に来たってとこだわな」
「え゙っ…」
気になっている…だと…!? と、いうことは…それはつまり……気になっているということ…???
「と言うことは…どういうこと…? 気になっているという……コト?????」
「お前なんか変じゃあないか?」
はっ…! まずいまずい…見た目が華奢な“女の子”が、“クライ”のことを“気になる”と言い出しただけで、この少女がおそらくルルーだと言うにも関わらず、冷静さを欠いてしまった…!!
少女は顎を人差し指でポリポリと掻き、髪を地面に引きずりながら、ふらふらと歩き出した。
「とりゃーず坊主に会ってくるかねえ…さっさと回復してくれてりゃ、また闘れるんだがなあ」
「あっ…ちょ……」
少女はどこか機嫌よさそうに鼻歌をうたいながら、資材置き場へと向かっていく。
ぁうああ…うううぅ…何だこの気持ちはァ…!
奴の中身は…と言うか前の身体? は髭面マッチョのおっさんだと分かっているのに……クライには近づいて欲しくない!!!
カルヴァの時とは明確に違う。獣人の本能じゃない…! これが女心なのかァ〜!? ……………………好きな人に馴れ馴れしく近づいて欲しくないのは男でも変わんないか。まあ良い…。
なんて、頭の中で一人問答を繰り広げている隙に、少女の背中はもう見えなくなっていた。
まだ色んな意味で感情の整理が追いついていなかったけれど、僕は全速力でルルーを追った。
彼、女の子になって少し足が短くなったくせに、歩く速度が異様に速い……!
「あっ…!! い、いた…!!」
って…ワーッッ!! クライどころかカルヴァ以外の皆集まってるとこにいるゥ!! しかももう声かけてるゥ!!
僕は息を切らしながら割り込んだ。
「み、みんなっ…はぁはぁ…」
「おお? どした?」
肩で息をする僕を、なんの悪気もない顔で見下ろしてくる少女。
「エ、エラ…この子は……」
困惑した表情のクライ。あのライオネルさんですら動揺している。マリアちゃんに至っては、無表情ながら空間支配を展開しようとしていた。何も分かってないのはシュエンちゃんだけだ。
「え~とその、なんて説明すればいいのか〜…」
「なあに変な顔してんだあ?」
「あ? 誰だそいつ」
アッ…カルヴァ……。
まずい。カルヴァはルルーの血の匂いを辿って僕を探してくれていたという話だ。すぐ正体に気づいてしまうかもしれない。そうなれば、彼女の好戦的な性格からしても戦闘待ったなしなのは目に見えている。
「お前なかなか強えなあ? わかるぜえ!」
「ほぉ…どこの誰だか知らねェが、見る目あんじゃねぇか!」
……あれ? もしかして気がついていない…?
あっ、そうか、ルルーが生まれ変わったからか。カルヴァは以前のルルーの姿を直接見ていないのだから、気づかないのも頷ける。
クライに話しかけに行ったはずの少女は、意気投合したのかそのままカルヴァと二人で話し始めてしまった。ヒ、ヒヤヒヤする……!
二人が盛り上がっている隙に、シュエンちゃん以外の三人が声をひそめて話しかけてきた。
「彼女は一体何者ですか? あの角、髪色、尾、どう見たって…」
「うん…想像してる通り、彼女が『ルルー』らしいよ……」
「嘘だろ…!? だってあのとき、あいつは毒で死んで…!」
「あ~…えっと…僕もよくわからないんだけど、なんか生まれ変わったみたいな?」
皆に『何言ってんだコイツ』みたいな顔されてる………僕もさらっと説明されただけで、それがなんなのかとか、なんの目的で〜とか詳しくわかってないんだ。あいつ本人は面白そうだからやられた、なんて言っていたけれど、本当かどうか…。
「隙をついて再度殺しましょう。今の体格ならば、空間支配で一気に削れる」
「待って待って! とりあえず様子見ようよ! 今はほら、カルヴァとああやって話してて落ち着いてそうだし…もし不意打ちで殺せなかったらまた街が…!」
慌てて制止すると、マリアちゃんは手に纏わせていた空間の歪みを静かに消した。っぶね〜…!
「そうですね…今攻撃を仕掛けるというのは早計すぎますよマリアベル…不意打ちであろうと当たる気もしませんし、せっかくここまで街を再生しているというのにまた破壊されてはたまったものではありません」
「ってか、あいつにも修復作業手伝わせるか……」
手伝わせるって……一緒にやるの?? 彼女と??
「い、いや~でもさ、彼…いや、彼女一応敵だったわけだし……」
「まぁそうだけど、なんて言うのかな…案外話しが分かるやつだと思うんだが」
う…それは、そうだけど……くっ…尻尾勝手に動くな…!
止めたい気持ちは山々だったけれど、結局言葉は出てこず、おずおずとルルーへ声をかけるクライを僕は止めることができなかった。
ルルーは二つ返事で手伝うことを了承し、そのパワーでもって、作業効率を何倍にも上げた。
カルヴァとは肩を組んでしまっているし、なんなら作業場の人たちともかなり仲良くなっている。その女の子が街を壊した直接の原因なんだけどね……。
流石にライオネルさんとマリアちゃんは遠巻きに眺めていたけれど、シュエンちゃんは物怖じせず角や尾をペタペタ触って遊んでいる。
夜になると、作業場の人たちが空き地で始めた酒盛りにまで平然と混ざり、輪の中心で酒をガブガブ飲んで大いに盛り上がっていた。
「坊主う! お前も飲んでるかあ!? かっはっはっはっ!!」
「ぐおっ!? パワー変わってねぇ…! おいやめっガボボ……」
……………クライにのしかかっている。距離近くない?
「いいぞいいぞ! 飲め飲め! 俺の酒も追加だァ!」
「こ、このバカルヴァがッ! ふざけガボボボ……」
カルヴァとの距離も近い。
「………………ハァ……」
僕はと言うと、広場の端っこ、薄暗い物陰でその様子を眺めながら酒をちびちびと飲んでいた。輪の中に入れよって? 今はそんな気分じゃないんだよ…。
今あそこへ入っていったら、自分でも引くくらいの気持ち悪い独占欲と嫉妬を露わにしてしまいそうだからね。え? えっちしてるときもだいたいそんな感じだった…? 知らんな……。
ずっと見ていると胸の奥がモヤモヤしてたまらなくなるから、僕は視線を逸らした。
恋心ってめちゃくちゃ複雑じゃない? 単にえっちを求めていたと思ってた頃とは、覚悟というか、気持ちを伝える難易度が段違いすぎる……。
「ハァ……」
だめだね、さっきからため息ばかり零してしまう。
カルヴァはあんなに距離が近くて、どうして平気な顔でいられるんだろうか。
お酒の味もあんまり分からない。疲れもあるかな、それは。
捕まって、拷問されて、気持ちに気づいて、助けられて、顔見られなくて、男だった敵が女の子になって現れて、その女の子が好きな人に興味あって…。
クライは僕のことをどう思っているんだろうか。交尾好きなアホ猫くらいだろうか。頼りになるバッファーくらいには思っていてほしいな。
夜空にぼんやりと浮かぶ半月を見上げて物思いに耽っていると、背後から不意に声をかけられて、ビクッと肩が跳ねた。
「や、やっと逃げられた…!」
思わず振り返る。
「クライ…!?」
声の主が誰かなんて聞く前から分かっていたはずなのに、振り返ってその姿を目にして、やっとクライだと実感した。
なんで……? さっきまで無理やり飲まされていたはずなのに。
「あ…えっ…と……す、座るかい…?」
「ああ、ようやく落ち着ける……」
ちらっと宴の中心に目をやると、カルヴァとルルーがジョッキ片手に飲み比べを繰り広げていた。なるほど、あの二人が盛り上がっている隙に抜け出してきたのか。
クライが、僕の座る木造の簡素なベンチの隣へと腰を下ろす。
ギシッと木がきしみ、彼の重みが隣から伝わってくる。たったそれだけで、僕の尻尾は本能的にピンと立ち上がりそうになってしまう。
「ルルーのやつ、何しに来たのか分かんないけど今んとこマジで無害っぽいな。ひとまず安心だ」
「そ、そうだね」
クライはいつも通りの口調で、他愛のない雑談を振ってくる。変なのは僕だけだ。耳まで熱くなっていく顔を隠すように俯き、木のジョッキを両手でぎゅっと握りしめている。
「街の復興もだいぶ進んできたし、本当に良かったよ」
「うん…」
とりとめのない会話だというのに、全然集中できていない。これじゃあまた変に心配をかけてしまう。余計な気遣いなんてさせるべきじゃないのに。
「こうやってゆっくり二人で話す機会、この一週間あんまり無かったからな……。でも、本当に良かった。無事に助け出せて」
僕だってものすごく感謝しているし、心の底から嬉しかったのだ。思えば、その気持ちをちゃんと言葉にして伝えていなかった。
「僕も…その、とても感謝してる」
蚊の鳴くような声でそう絞り出す。視線だけを彼へ向けると、クライは少し照れくさそうに、はにかんだ。あ〜…好き。
好きが溢れてきてしまう……駄目だ、我慢できない。
こんなにも身体が、心が、まるで宙に浮くような幸せを注ぎ込まれ続けて、前のように隣にいられるわけがない。
覚悟を……決めて、伝えるしかない、かな……。
ごくりと喉が鳴る。クライに悟られないよう、静かに息を整えた。
「あ、あのさ……」
「ん? なんだ?」
さ、さァ…言うぞ…言うんだ…!
「ぁっ…その……ぁあ、改めて………捕まってる間にね…ぇと……色々! …一人で考えてたん…だけどさ……」
「?」
「き、君と初めて…ぁ会ったときとか……今までの旅とか…ずっと、気がついて…な、なかったけれど……やっと、気がついたって言うか……」
汗が止まらないし、指も震える…。 目は見えているのに、どこも見えてない感じ。
「僕は!…き…き、君のことを……す…す………す!!」
「す?」
「す…………凄いと思っているんだよ!! うん!!!」
ひ………日和ったァ……!!
「そうでもないって。俺なんかより、みんなの方がずっと凄いよ。ライオネルも、シュエンも、マリアベルも、カルヴァも……エラだってそうだ」
その言葉はすごくぐっと来るんだけど〜…違うんだよぉ…。
情けなさと恥ずかしさで、僕はがっくりと項垂れてしまった。
本当になんてダメな奴なんだ、僕は……。
そんな僕の頭の上に、ふわりと温かい何かが乗った。
「……………ぇ……」
「あ……す、すまん…! 嫌だったか……?」
見上げると、クライが頬をほんのり赤らめていた。彼の手が、僕の頭を優しく撫でていたのだ。
クライの指先も少しだけ震えている。けれど、その触れ方はすごく繊細で……ごちゃごちゃだった心が、すっと静まっていくのが分かった。
頭の上の猫耳が、勝手にペタンと倒れる。まるで自分からおねだりしているみたいで小っ恥ずかしいけど、言葉は何も出てこなくて、ただ静かに撫でられていた。
温かい。
しばらくそうして、僕の呼吸が落ち着くのを見届け、ふっと彼の手が離れた。
名残惜しさに、尻尾が一回だけ揺れる。
「エラもさ、あっち行って一緒に飲もうぜ。ほら」
そう言って差し伸べられた手を、僕は握り返す。
けれど。
「んっ…あれ、どうした…?」
彼の手を掴んだまま、僕は歩みを進めることはなかった。
「クライ…もう少しだけ、話さない…?」
この時の僕、どんな顔してたんだろう。
◇
「………………」
「エラ…さん…? ………え、えーと…」
僕とクライは宴会の喧騒を抜け出し、二人きりで宿の部屋へと戻っていた。
「どうしたの? 座ろうよ」
「え、あ…お、おう…」
先にベッドの端へ腰を下ろし、隣をぽんぽんと叩いて促す。
クライはどこか恐る恐るといった様子で、ぎこちなく隣に腰掛けた。
別に取って食おうなんて思ってないよ。えっちをするのが目的で連れてきたわけでもないんだから。
僕は意を決して話し始めた。
「僕さ、君と初めて会ったとき、びっくりしたんだ」
「え? 初めてって…さっきの話の続きか?」
「ふふ……こんなにキラキラしてて、真っ直ぐな瞳をした人、現実では見たことなくて……正直に言うと、ずっと憧れてたかも」
「そんな…お、大袈裟だなあ…!」
一瞬目を丸くした後、彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「僕が捕まってから…君について色々考える時間があってね。そこで…気がついたんだ…………僕は………」
今度は引かない。
「君のことが…す、好き…なんだと思う……」
言った。言っちゃった。言ってしまった。
「い、今までえっちしまくってて、いまさら何言ってんだって思うよねっ!? じ、自分でもおかしいこと言ってるってわかってるからっ」
アーーッ!!! やばい! 顔見れない!! でもどんな顔してるか気になる!!!
「それって……」
クライの戸惑ったような声。次に何を言われるのか、怖くて聞けない。
「ぁぁあっ! へっ!返事とかは良いからっ!! と、とにかく僕はそういう気持ちっていうか!?」
まるで何か言われるのを遮るみたいに、声を張り上げてしまった。
い、一番だめな択を選んだか……!? これ言ったら、気まずくなるだけじゃん!!
「エラ」
「ほわっ…ななななんだい」
覚悟を決めて、恐る恐る彼を見上げる。
クライは顔を真っ赤に染めていたけれど、その瞳は真っ直ぐで真剣だった。
「これから俺、最低なこと言う……ごめん」
「っ……」
「あれだけシておいて、俺の方だっておかしいけど……俺はまだ、その…恋愛って言うのが良く分かってない、の…かもしれない……カルヴァの時も、俺は気持ちを受け止めきれてなかったと思うんだ」
「うん……」
「でも、エラの気持ちはお世辞でも何でもなく、すごく嬉しい……嬉しいってことは、俺もエラの事が好きなのかも、なんて思ったんだけど……そんな理屈で、返事していいものなのかもわからない……」
クライはクライなりに考えてくれている。それだけで僕は満足だ。
「っでも!! 絶対返事はするから……!」
「ふふ…ありがとう……」
なんだこれ、勝手に涙出てきてるんだけど。いやいやいや、失恋したわけじゃないんだよ、僕。おかしいだろう、こんなのって。
「エラ…」
「僕は大丈夫だよっ! むしろスッキリしたさ!」
強がって胸を張り、勢いよくベッドから立ち上がる。
「ごめんよ? わざわざこんな事言うために宿まで戻らせてしまって…すぐに戻ればまだ宴会してるかな?」
歩き出そうとした、その瞬間だった。
何か踏んで、すべっ
「はぇ…???」
「うわっ!?」
何故か座った状態の彼まで巻き込む形で、僕たちはベッドへ倒れ込んだ。
視界の端で、床に落ちていた何かが一瞬だけ見えた。
それは大きな、一枚の羽根だった。
何でこんなところに…??? 気のせいかもしれないけど、その羽根から一つ目が現れ、にやぁと笑みを浮かべていたような気がする。いや…まさかね……。
「ぁ……」
「暗いから…足元気をつけるんだぞ…今退く───」
目を開けると、仰向けになった僕の上に覆いかぶさるような体勢で、クライが倒れ込んでいた。
なんという都合の良すぎるハプニング。まるで誰かに仕組まれたかのようだ。
そんな事よりも、顔が…顔が近い……。
覆いかぶさられているこの状況、心臓が爆発しそうなくらいドキドキしてしまう。彼の顔、呼吸、匂い、重み、すべてが僕の判断を狂わせる。
起き上がろうとしていた彼も、至近距離で僕の顔を見つめたまま、赤い顔で硬直していた。
僕の手は勝手に動いて、彼の顔にそっと触れて───。
「んっ……♡」
キス、していた。
…………えっ? あれっ…おかしいな…。さっきまで純愛してた女どこに行っちゃった…?
「っぱ……♡ あ…ごめん……しちゃった…♡」
脳へと、甘く痺れるような幸福感がじわりと広がっていく。自分から勝手にしておいて、勝手に幸せを感じているなんて、我ながら呆れる。
クライは目まぐるしく表情を変えている。
ふふ……キスも今まで何度もしてきたはずなのに、この反応。それだけ、僕のことを異性として意識してくれている証拠だろうか。
いくら獣の本能としてではなく、一人の女として彼に恋をしたのだとしても、僕の身体が獣人であることに変わりはない。
好きな相手が僕に対し、こんな反応を見せてくれたのだ。メスが疼かないはずがなかった。
「返事は一旦保留で……一度スッキリするっていうのは…どうかな…?♡」
あ~あ…せっかくここまで普通の恋愛っぽく保っていたのに……まあ、いいや。
「んっ…♡ あっ…♡」
蝋燭の火が、暖色の光で静かな部屋を照らしている。
水音を含んだ控えめな破裂音がリズムを刻む。
たんっ…♡ たんっ…♡ たんっ…♡
ベッドの上に仰向けになったクライに僕が跨っている。所謂、騎乗位、さっきとは逆だね…♡
久しぶりのえっち……けれど、以前していた時とは違うものを感じる。
「はあっ…はあっ……エラ…」
「んぁっ…♡ ふふ…♡♡」
汗ばんで、少し苦しそうながらも蕩けかけているクライの表情。たまらなく愛おしくて、すごく可愛い……♡ 好き…好き好き…。
ただ快楽に流されているだけじゃない。もっと心の奥底から、じんわりと温かいものに満たされていくような感覚。
恋人どころか、まだ返事すらもらっていないと言うのに、えっちしているだけで頭の中は彼のことを恋人だと勘違いして、幸せな熱に浮かされている。
「んぇあ…♡ ん…♡
彼の唇を貪るみたいなキスをしながら、溢れ出す気持ちを言葉にする。
さっきまで…というか、ここ最近ずっとこの言葉を捻り出すのに苦労していたというのに、えっちしてるとまるで魔法か催眠術にかけられてるんじゃないかと思うくらい、言葉がすんなりと出てくる。
すんなりと言うより、どちらかと言うとねっとり出てきてるけども…。
「はっ、ぁん…♡ なんか…すっごい硬いね…♡♡ 君も待っててくれた…のかな?♡♡」
「そっ…そういうわけじゃ……!」
ほんとかな? 実は期待してたりして……なんて、だったら嬉しいからそう思うようにしておこう。
自分自身でも、子宮口が彼の亀頭に吸い付いているのがはっきりとわかる。
たんったんったんっ…♡♡
お酒が回っているせいか、触れ合う肌がやけに熱い。心地いい熱だ。
このまま、溶け合ってしまいそう…。
「あっ…♡ もうすぐ…かな?♡ じゃあ一回目…イっちゃおっか…♡♡」
クライはもう、途切れ途切れの呼吸をするだけで、言葉も出てきていない。少し間が空いたから、刺激に弱くなっちゃうのかな? でも、もうやめられないよ…♡♡
「ゔっ…! 出っ……るッ…!!」
「ッ…!!♡♡♡♡ あ゙っ…♡♡♡」
子宮の中へと勢いよく吐き出される精液。
数ヶ月ぶりの腟内射精…!♡♡ 重っ…♡ 量多すぎっ…♡♡
「はっ…♡ はっ…♡ あっつ…♡♡」
まだ…出てるし…♡♡
どぷどぷ出続けて、おなかの中がパンパンになってしまった。
「ふぅ……♡ んっ…♡ うわっ…すごい量だよ…?♡♡」
ぬぷ…と膣から引き抜くと、どろっ…と精液が垂れ始め、僕の愛液と彼の精液がぬらぬらと纏わりついたおちんぽに滴る。
「きれいにしちゃうね…?♡♡」
彼の上から退き、腰元まで顔を近づける。
「ぁむ…♡♡」
相変わらず大きい。喉の奥にまで届いている。
「んっぷ…んっぷ…♡♡ んふふ…♡♡」
口淫しながら、上目遣いで彼の顔を見て思わず笑みを浮かべてしまった。切なそうな、期待しているような、そんな眼差し。
「っぱ……♡ もうちょっとだけ…しよっか…♡♡」
綺麗になったおちんぽを顔の横に、僕はクライへそう言った。
今度は、ベッドに座ったクライと正面から向き合い、互いの身体を深く抱きしめ合う。対面座位の体勢だ。
「ふーっ…♡ んっ…ちゅっ…♡♡ ぇお…♡♡」
互いの肌と肌の間に隙間なんて見つからないほど、しっとりと汗ばんだ身体を密着させる。僕を離すまいとするように、クライの腕がぎゅうっと背中に回される。
唇も絡め続け、腰は動いてないというのに、ずっと下腹部は快楽を浴びせられ続けている。
はぁ~…幸せ…好き…大好き…愛してる…♡♡
心も身体もとろっとろになってる。
返事は保留でいい、なんて言ったけど、やっぱり絶対離したくない…♡♡
「っあ…♡ んぇあ…♡ しゅき…んちゅっ…♡♡ もっろぉ…♡ くっついてぇ…♡ ちゅぱっ…♡♡」
僕の…大好きな人…♡ いっぱい愛し合って…♡ 沢山子供作って…♡ ずっとずっと、ずっと一緒に、幸せな家庭を作るんだ…♡♡
「んんぅっ…!♡♡ っ……は…♡♡ れぇぁ〜…♡」
小さな絶頂を何度も何度も波のように打ち付けられて、まともな思考はできなくなっていく。
ぼくらけのっ…しゅじんこう…♡ ふ、ふふ…ふへへ…♡♡
誰にも渡したくない。僕だけに、甘々じゃなきゃ嫌だ。僕だけに、かっこいいところを見せてくれなきゃ嫌だ。
その後も長時間甘イキを繰り返し、結局朝が来るまで僕らは繋がりっぱなしだった。
◇
「いやあ! 僕は別に? ハーレムだろうがもはや構わないとさえ思っているけどねえ!」
「はい???」
食堂で朝食を摂りながら、僕は堂々とそんな台詞を言い放った。
今朝目が覚めた時、ベッドのシーツは凄まじい事になっていた。もうドロッドロのぐっちゃぐちゃ……覚えてないけど、多分全部僕の愛液とかだと思う………恥っず!!!
彼より先に起きた僕は、昨夜の告白を思い出して枕に顔を埋めて悶えたりもしたけれど……どうにかこうにか、以前の態度に戻れた……はず!
「ハーレムて…流石にそれはちょっと…」
「そもそもだよ? 君は王族なんだから、複数人妻がいようがおかしくないはずだろう?」
「元な? 今はもう違うし、そもそも俺そんな沢山は……と言うか、昨日だってお前あれだけ……」
「ヴッ!?」
汗が一気に噴き出し、僕は露骨に視線を外した。
朦朧とした頭で覚えている…。対面座位の後、幼児退行でもしたかのように独占欲剥き出しの言葉を連呼していたことを……
いきなり、ハーレムでも良いなんて、心変わりしたのかって? いや…心変わりというか…だってさ、独占欲ってなんかこう…なんか…なんかじゃない…?
………………重い女って思われそうでヤダ……。
それに、前世では恋愛モノなんてろくに読まなかったのに、今世になってからそこそこ読み始めたんだけど、負けヒロインってやつが嫌いなんだよね。可哀想じゃん。他人にさせたくもないし、自分がなりたくもない!!
…………ま、他の女が馴れ馴れしくしているのを見るとモヤつくのは変わんないんだけどね。
特にルルーとかね。だってあいつ、元男じゃん。僕と同じじゃん!!
カルヴァみたいな純・女の子ならともかく、同類だろう? 後から現れた同類に彼を取られるのは絶対嫌だ! !
当のルルー本人は恋愛感情なんて爪の先ほどもなく、ただクライを気に入っているだけなんだろうけれど……。
だけど、僕は寛大な心で全部を受け入れてみせよう。ふふ……僕にもようやく、大人の余裕が芽生えてきたってところかな……。
「少し前とテンション違いすぎるだろ…」
「はっはっはっ…! ストレスフリー!」
ついでに、クライが抱いていた誤解? 僕が囚われている間に酷い目に遭わされたんじゃないか、という心配からの深読みも、訂正しておいた。単に自分の気持ちに整理がつかなくて、テンパってただけだよってね。
いやはや、それにしても告白して本当に良かった! 返事は保留にさせたし、クライには余計な悩みの種を増やしてしまったかもしれないけれど、あの息が詰まるような苦しさはすっかり消え去った。
あと少しとはいえ、街の復興作業はまだ残っているし、もうしばらくはこの街に滞在することになりそうだ。
消え失せた巨像の行方や、生き残っている他の異形頭たち──邪教にまつわる問題は完全に振り出しへ戻ってしまった感があるけれど。
何はともあれ、今は腹ごしらえが先決だ。
向かいで深いため息をつくクライとは対照的に、僕は晴れやかな笑顔でパンを大きく頬張ったのだった。
ルルー→女の子と化した五千年ものの童貞。今だとケモオスにモテモテだろう。思わせぶりな事を言ってみたものの女は一人も抱いたことは無い。生命のプロトタイプとして作られたので、生殖機能が備わっていなかったが、今はある。元ネタでは性行為して獲得した知性だが、こちらでは最初から知能は持っていた。
サソリ→毒以外はパッとしない。魔導師メンバーでは結構真面目な方。魂を呼ぼうとしたらお叱りをくらった。
イオラ→美味い感情が食えるならば身内だとしても犠牲にしたい。今はTSルルーをエラの近くに差し向け、嫉妬するところを見たり、エッチな雰囲気にする介入したりしてニチャついている。