宮邸の北翼最奥に位置する御連枝資料室。本館の喧騒から隔離され、家従や女官たちの巡回ルートからも外された静寂の空間で、誓子はリハビリを兼ねた静養勤務を続けていた。熟練の女官が影のように付き従っていることだけが以前と異なっていた。
だが、異なることは他にもあった。
「誓子。貴女の静養のため、特例ではありますが今日から寛代子の部屋に寝室を移します。あの子も、妹同然の貴女が側にいてくれれば喜ぶでしょう」
澄子は、誓子の精神の安定に良いという名目で、特例ではあるが、誓子の寝室を「寛代子と同室」とするよう命じ、同時に手狭になっていた寛代子の居室も移動することとなった。
「寛代子、貴女の部屋も手狭になってきました。花嫁修業もそろそろ力を入れねばなりません。これを機に部屋を移します」
その言葉を誰よりも喜んだのが寛代子であった。
「これからは一緒の部屋ね、誓子」
「畏れ多いことでございます」
「気にしなくていいわ」
喜ぶ二人を見やり、息子を見つめなおす澄子。
「陸仁、何か異議はありますか?」
「いいえ、母上のお取り計らい、実に見事なご配慮にございます。誓子も、寛代子の側であれば、より早く心身の平穏を取り戻せましょう」
陸仁はこの決定に対し、一切の異を唱えなかった。
(この隔離でうまくいけば、誓子の病が治るかもしれない。治るものなら、本来の姿を取り戻してほしいものだ。そしてその暁には……)
それが、彼の内にある本心であったからだ。
陸仁は昼間の廊下や資料室で誓子とすれ違う際も、ただの「若宮」として、極めて公的で、淡々とした態度を崩さなかった。
宮邸の広大な敷地の一角。昼下がりの柔らかな光が差し込む一室で、誓子と寛代子は並んで座っていた。
「ねえ、誓子。この図案、どちらの刺繍糸が良いと思う?」
寛代子が、色とりどりの絹糸を机の上に広げながら、小首を傾げて誓子に微笑みかけた。
宮家の姫宮である寛代子は、誓子よりも半年ほど年上にあたる。しかし、幼い頃から宮邸で常に衣を接するようにして共に育ち、同じ家庭教師のもとで学び育ってきた二人の間には、身分の壁を超えた、実の姉妹のような温かな空気が通い合っていた。
「寛代子様でしたら、こちらの淡い藤色が良いかと存じます。お肌の白さが、より引き立ちますわ」
「まあ、お上手ね。でも、誓子がそう言ってくれるなら、これにするわ」
嬉しそうに針を進め始める寛代子の横顔を、誓子はふっと表情を和らげて見つめていた。
家令の娘である誓子にとって、寛代子は忠誠を捧げるべき尊い主君の姫君である。言葉遣いや礼儀作法において、一線の弁えを崩すことは決してない。だが、同時に、寛代子は誓子にとって世界で最も心を許せる、かけがえのない存在でもあった。
幼い頃から共に明朗快活で、テニスコートを快音を響かせて駆け回り、馬上で風を切り、水を得た魚のように泳ぎ、バレエで鍛えたしなやかな体幹を持つ二人。皇族・華族の姫君としての伝統的な三道を完璧に嗜む一方で、驚くほど活動的で凛とした姿も併せ持っていた。
宮邸の庭を縦横無尽に駆け回って遊んだ少女時代から、少しずつ大人の女性としての美しさと嗜みを身につけていく今日に至るまで、二人は常に喜びも、競い合う楽しさも、すべてを共有してきた。
試合や稽古で寛代子が悔し涙を流せば、誓子は何も言わずにそっと冷たい飲み物を差し出して寄り添い、逆に誓子が怪我や熱で床に伏せった時には、寛代子が誰よりも心配そうに、毎日その手を握りにやってきた。
「誓子。大人になって、もし私たちが別々のところに嫁ぐことになっても……私たちは、ずっとこうして一番の仲良しでいられるかしら」
ふと手を止めた寛代子が、少しだけ不安そうな、しかし甘えるような瞳で誓子を見つめる。
「ええ、もちろんでございます、寛代子様。どのようなことがあろうと、私の心は常に寛代子様のお側にございますわ」
誓子は静かに微笑み、迷いのない、澄んだ声で答えた。
そこには、家臣としての義務だけではない、幼い頃から育んできた本物の情愛が存在していた。この穏やかで、何の汚れもない二人の絆と日常生活こそが、誓子にとって失いたくない、命を賭してでも守るべき、たった一つの光だった。
夜、寛代子と同じ部屋で眠ることは、誓子にとって何よりの救いであり、強力な「防壁」であった。夜陰に乗じて陸仁が忍び込んでくるのではないかという毎夜の恐怖から、この防壁だけが彼女を守っていた。寛代子の穏やかな寝息を聞きながら、誓子はようやく心から眠りにつくことができた。
十二月、誓子は十八歳の誕生日を迎えた。
師走の冷たい風が京極宮邸の庭を吹き抜ける午後、おっとりとした陽光が差し込む一室で、静かな茶会が開かれていた。
主賓の席に座る誓子の前に、澄子妃が漆塗りの小箱をそっと差し出す。
「誓子、十八歳の誕生日おめでとう。これは私からの贈り物です」
箱が開けられると、中から、冬の淡い光を反射してきらめく美しい髪飾りが現れた。澄子妃は目を細め、愛おしそうに誓子の頭を優しく撫でる。
「ありがとう、ございます……澄子妃殿下。大切にいたします」
誓子は胸が詰まる思いで、深く頭を下げた。
その隣では、寛代子が「とてもよく似合っているわ、誓子。さあ、私からも……」と、嬉しそうに自作の刺繍が入った手巾を差し出している。
温かい祝いの言葉が交わされる中、誓子の母である聡子もまた、澄子妃の隣で控えめに、しかし深く安堵したような笑みを浮かべていた。
穏やかで、何の淀みもないはずの誕生日。
だが、誓子は、澄子妃と聡子の間に言葉にせず通い合っている、無言の「視線」を確かに感じ取っていた。
『いずれ誓子をしかるべき上位華族の養女に出し、宮家に迎える』
二人の母親たちが、誓子の将来に向けて静かに合意している既定路線の重み。それは、家臣の娘という身分を超え、京極宮家という巨大な存在に、自らの人生が温かくも逃れられない網のように取り込まれていく、無言の圧迫感そのものだった。
優しく頭を撫でる澄子妃の手の温もりさえも、誓子にとっては、逆らうことの許されない巨大な慈悲の鎖のように感じられ、彼女はただ、美しい髪飾りを見つめたまま、静かに呼吸を整えていた。
そして夜、慶仁の私室において、もう一つの宴──狂乱の酒盛りが幕を開けた。
出席者は、慶仁、雅武、陸仁、および雅忠。
陸仁を誓子に近づけさせないため──陸仁自身は「今私が近づけば治るものも治らぬであろう」と、近づく気はなかったが──雅武は主君である慶仁の意図を完全に汲み、息子の雅忠と陸仁に対し、並々ならぬ執拗さで強い酒を勧め、煽り立てた。
何も知らない雅忠が無邪気に酌をし、陸仁もまた父である慶仁、そして従順な家臣である六条親子の前で、出された酒を拒み続けることはできなかった。
深夜、陸仁と雅忠は徹底的に酔い潰され、意識を失うようにその場に泥酔していた。
眠りこける二人を冷徹に見下ろす慶仁と雅武の目は、暗闇の中で鋭く光っていた。
春を迎えるまでの半年間、宮邸の北翼は表面上、絵に描いたような平穏に包まれていた。
昼間、誓子は「御連枝資料室」での静養勤務を実直にこなしていた。
古い書物を整理し、目録を作る日々。そこへ時折、寛代子が「誓子、少しお休みしましょう」と、自ら淹れた紅茶や焼き菓子を携えてふらりと遊びにやってくる。
「誓子、この古文書には何が書いてあるの? 私には読めなくて」
「これは、かつて伏水宮家が執り行った儀式の記録でございます。寛代子様、こちらに書かれているのは……」
身分を超えた、幼い頃からのままの、他愛のないおしゃべり。
寛代子の無邪気な笑顔と、その変わらない温かさに触れている時間だけが、誓子の傷ついた心を静かに繋ぎ止めていた。誓子は半年年下の妹のように、あるいは一人の実直な家臣の娘として、寛代子の細やかな日常を支えることに、自らの存在意義を見出していた。
大人たちの徹底した防壁に守られながら、誓子は心のどこかで、あの恐ろしい夜はただの悪夢となり、いつか自分の心も本当に回復するのではないか、という甘い希望を抱き始めていた。
四月下旬。
慶仁夫妻が、1月25日にコロンビアで発生したキンディオ地震に対応するために派遣された支援部隊への慰労と5月下旬からジュネーブで開催される国際会議出席のために、長期間の海外訪問へと出発することとなった。雅武も当然のように慶仁達と行動を共にしようとしていた。
出発直前、宮邸の裏手にある慶仁の書斎において、主従の密談が行われた。
「雅武。今回の公務、お前は残って誓子の側にいてもよいのだぞ。宮邸の改修が予定されている。寛代子の部屋の改修前に戻る予定だったが計画が変わり、改修工事が早まってしまった。このままでは間違いなく陸仁が誓子を襲う」
これからの長旅を前に、慶仁は苦渋に満ちた表情で忠臣を見つめた。主君としての立場を離れ、一人の人間として、また雅武の苦しみを知る者としての深い懸念がその声には滲んでいた。
しかし、慶仁の懸念に対し、雅武は硬い表情のまま首を振った。
「……いえ。現地では治安も未だ回復しているとは申せません。殿下の安全を優先し、私も同行いたします。それに私が残れば、若宮様は今の様に警戒して尻尾を出さないでしょう。私が不在なれば本性を現すはずです」
「其方が不在なれば家扶の白元が家政を動かす。あれは引退した白石と違って陸仁に甘すぎる」
主人が留守の間、北翼を預かることになる年老いた家扶の名を挙げ、慶仁王は眉根を寄せる。宮邸の規律を厳格に保とうとする雅武とは対照的に、白元が若宮の狂奔に目をつむり、あるいは手を貸すのではないかという懸念はあまりに現実的だった。
「私が厳しく接した分、白元が若宮様をお慰めする。そして折を見て雅忠が私と白元の双方を窘めつつ若宮様のお考えを聞き出し家臣との間をつなぐ。昨年まではこれでよかったのです。白元は今でも若宮様のご様子を、自身が知っている限り、確と伝えてきているのですから」
かつては機能していたはずの、宮邸内の絶妙な均衡。だが、その信頼の輪はすでに足元から崩れ去っている。雅武は拳を握りしめ、視線を落とした。
「雅忠が若宮様を盲信せず、今までと同様であればこうはならなかったのですが……」
雅武は苦渋をにじませた声で、我が子のふがいなさを吐き捨てるように言った。
「そうだな。そなたに言っても詮無きことだが、雅忠には陸仁の友として、叱るところは叱って欲しかった……」
「殿下と私の様にですかな?」
「そうだ。そなたは私が道を誤りかけたときは寛子や千代の分まで容赦なく叱り飛ばしてくれた」
慶仁は静かに目を伏せ、かつての懊悩に満ちた日々を、あるいは共に駆け抜けた若き日を思い返すように呟いた。
「あの日までは、たしかに陸仁と雅忠の関係も、私とそなたのようであったな。しかし……」
「はい。あの日を境に、全てが変わってしまいました」
雅武の声音が、ふっと冷徹な温度を帯びる。その眼光は、感傷を振り払うかのように鋭かった。
「だが、陸仁が荒ぶれば誓子が持たぬぞ」
出立を前にして、どうしても拭い去れない最悪の事態。主君の悲痛な問いかけに対して、雅武は一切の感情を排した、しかし冷酷な現実を淡々と口にした。
「……誓子は、あの夜に既に壊されております」
その言葉は、父親としての情を押し殺した、悲痛な宣告でもあった。これ以上の甘い猶予も、奇跡的な回復も望めぬほどに、娘の精神は蹂躙され尽くしている。だからこそ、今さら生半可な庇護など意味をなさないのだと、己の行動の冷徹な動機を明かす。
「昔から宮邸の家丁には私の部下が数名忍んでおります。あれらには『絶対に手出しはせず、気配を悟られることなく記録に徹せよ』と厳命してあります」
両親の留守という最大の隙に乗じて、陸仁が隠された牙を剥くその瞬間、そのすべてを、一分の狂いもなく闇の中から炙り出すための布石は、すでに完璧に打たれていた。
大人たちが日本を離れ、宮邸の管理が陸仁に委ねられた瞬間、構築されていた防壁は容易に崩壊した。
かねてから計画されていた宮邸の耐震化。
計画通りであればとうの昔に行われていた事だ。だが,ここ最近諸外国では災害が相次ぎ,慶仁の願いもあって京極宮家の予算から耐震化工事に充てる費用を罹災国への寄付としていた。
ようやくひと段落つき、安堵した所へのコロンビアの地震。また遅れるかと思いきや国民は座視していなかった。
『宮様の邸を強化せよ。これ以上工事を遅らせるな』
その強い世論に押される形で、政府が宮家が出す予定だった援助費用を特別会計とて計上し、宮家の邸宅は予定通り改装が本格的に開始されることが決定したのである。
本格的な改装工事に伴い、当初予定されていた寛代子の部屋の改装時期が早まり、部屋の改装が終わるまで元の場所へと戻されることになった。部屋の広さの都合上、誓子もまた、元の自室へと戻される。
その知らせを聞いた瞬間、誓子の頭は真っ白になり、全身の血の気が一気に引いた。
「そんな……! では、寛代子様とご一緒のお部屋には、もう……」
「ええ、とても残念だけれど。工事の間は仕方がないわ。でも、終わったらまた一緒になりましょうね、誓子」
寛代子の無邪気な慰めの言葉も、誓子の耳には酷く遠く響いていた。
元の部屋に戻るということは、あの男の侵入を完璧に防いでくれていた、もっとも堅牢な「防壁」が跡形もなく消え去ることを意味する。再び、あの薄暗い奈落の底へ、誰の目も届かない暗闇の中へと突き落とされる。全身を蝕むような冷たい戦慄と絶望に襲われ、誓子はただ、震える呼吸を必死に押し殺して立ち尽くすしかなかった。
誓子は再び、完璧な孤立の中に置かれた。
最初の夜。誓子は、いつ開くとも知れぬ重い扉を凝視したまま、布団の中でただ凍りついていた。暗闇の奥から、彼が音もなく近づいてくる幻聴に幾度も心臓を跳ね上げ、一睡もできぬままに白々と明けていく夜を見届けた。だが、陸仁はついに姿を現さなかった。
続く二日目の夜も、三日目の夜も逃れようのない恐怖は彼女の全身を縛り続けた。今日こそは、今度こそはと神経を研ぎ澄まし、深夜の静寂に沈む足音を待ち受ける。しかし、張り詰めすぎた緊張は、やがて彼女の体力と精神を底から削り取っていった。極限の疲弊の果て、誓子は抗うこともできず、泥のような深い眠りへと引きずり込まれた。そして、何事も起こらぬままに、ただ冷たい朝の光だけが部屋を満たした。
──だが、四日目の夜。連日の緊迫に耐えかね、早い時間から深い眠りに落ちていた誓子は息苦しさと下半身の違和感に襲われ、目を覚ました。
気が付けば、すでに身に纏うものはなく、暗闇の中、彼女の身体は陸仁によって蹂躙されていた。
「あ……っ、は、はな、して……!」
闇の中で突然現れた圧倒的な質量と、肌を這う容赦のない愛撫の熱に、誓子は悲鳴を上げようとしてその口を手で塞がれた。
自由を奪われたまま、彼女は狂ったように頭を振り、シーツを掴む指先に力を込めて、己を組み伏せる強靭な肉体を押し返そうと必死にもがいた。細い腕を突っ張り、腰をよじって彼の手から逃れようとする。
しかし、そのすべての抵抗を、陸仁は一切の容赦なく無言で封じ込めていった。
抗えば抗うほどに、彼女の手首を掴んで寝台へ縫い留める彼の指の力は増し、その重圧は増していく。誓子のささやかな抵抗は、まるで大きな渦に巻き込まれる木の葉のように、容易く、かつ冷酷に圧殺されていった。
陸仁が身を離し、誓子の身体をうつ伏せにすると改めて背後から誓子を貫いた。そのまま誓子を抱え寝台の上で仰向けへと体勢を変える。
陸仁が下、誓子が上となり、互いに天を仰ぐ撞木反りの姿勢に固定され、容赦のない凌辱が始まった。山小屋の夜が鮮明に蘇り、誓子は激しく震え、やがて抵抗する力を失っていった。
熱い吐息で耳を攻めていた陸仁だったが、そのあまりの震えに気が付き、動きを止めて誓子の身体から己を抜くと、誓子の身体を横たえ、包み込むように抱え直した。
「え?」
呆然と戸惑う誓子の耳元で、陸仁が囁いた。
「すまぬ。そなたを壊したいわけではないのだ。其方が正気に戻った故、こうする訳を話す」
幼い頃、素直に自分の後ろをついて回っていた誓子。それが、長ずるにつれて完璧な「女官の仮面」を貼り付け、自分を阻むようになったことが、どうしても気に入らなかったのだと陸仁は告げた。誓子が自分に対して抱き始めた、隠しきれない小さな想いを、その仮面の裏から吐き出させたかったのだ、と。
「とはいうものの、其方を思いのままに抱きたいという欲望も確とあるのだ。あの時は欲望に負けて手荒に扱ってしまった。許せとは言わぬが、詫びだけはさせてくれ。済まなかったな。誓子」
陸仁は誓子の頭をひと撫でし、寝台から出るとその額に静かに口付けを残して、闇の中に去っていった。
残された誓子の心には、「嘘だ、信じられない、信じない」という強い拒絶と、それでもその腕の温もりにすがり、すべてを委ねてしまいたくなるような、破滅的でかすかな依存の念が同時に浮かび上がり、彼女の精神を激しく引き裂いていた。
それから三日間、陸仁の訪れはなかった。
陸仁が訪れてから三日目の夜。誓子が自室に備え付けられた浴室にいる最中のことだった。
シャンプーで視界が閉ざされる中、リンスを探す誓子の頭上に、不意にリンスがかけられた。
(何!? 何が起きたの!?)
戸惑う誓子の髪を、手櫛が優しく梳いた。
(えっ? 誰、誰の手?)
その手の主は見えなかったが、髪を優しく梳き洗う手の感触に、誓子はふと遠い昔の記憶を呼び起こされた。
(……この優しい手つき。誰だっけ。……お兄様ではない、懐かしい手。……思い出せない。でも安心できる……)
だが、温和な時間は続かなかった。
髪に付着したリンスが洗い流される気配は一向になく、突然、泡に塗れた掌が、濡れた彼女の肌に容赦なく這い滑ってきた。首筋から肩、そして胸元へと這い回り、腹部から臀部を弄り、足先まで全身をくまなく、執拗に撫でさする。泡により視界を閉ざされたまま、全身を愛撫のような手つきで洗われ続ける中、誓子は次第に息も絶え絶えになっていった。
(まさか……)
ようやく頭上からシャワーが注がれ、全身の泡が洗い流された。
誓子が濡れた目を開けると、予期した通りそこには湯気の中に全裸で佇む陸仁が立っていた。
「確と洗えたな、誓子。さて、私も洗ってもらおうか。其方の素手でな」
陸仁の低く、逃れられない声音に、誓子は拒絶の言葉を喉に詰まらせた。震える手でボディソープを伸ばし、恐る恐る彼の肌に触れざるを得ない。誓子の手を、陸仁は自らの手のひらで強く上から抑え込み、自らの体へと押し付けた。
誓子の掌は、陸仁の強靭な胸元から割れた腹筋が浮き出ている腹へと滑らされ、引き締まった脚から、幾度も自分を貫いた剛直に至るまで容赦なく接触させられる。さらに再び陸仁の手で全身を泡まみれにされた誓子は、そのまま、陸仁の強靭な肉体と密着させられた。逃げ場のない浴室の壁に誓子の身体が強引に押し当てられた。
激しく降り注ぐシャワーの湯煙が、狭い浴室を満たしていく。
逃げ場のない濡れた壁際、立ち上る熱気の中で、陸仁は誓子のしなやかな片脚を強引に引き上げ、自身の腰へと回させた。不安定に固定された誓子の体躯が、ただ彼の強靭な質量だけによって壁へと縫い留められる。激しい水圧と、それ以上の暴力的な熱量に呼吸を奪われる中、容赦のない熱が彼女の奥深くへと、無慈悲に、そして深く深く貫き通された。
その凄絶な密着、肌を裂くような生々しい結合の最中、陸仁の脳裏を一人の別の女の姿が過った。
それは義務教育を終えた陸仁に、醜聞を避けるための一環としてあてがわれた最初の相手──宮家の血統と尊厳を守るため、夫婦の尊厳すら差し出す覚悟を決めてその役目を引き受けた家令の妻、聡子。当時三十七歳だった、誓子の母の姿だった。
三十七歳という年齢を感じさせなかった瑞々しくも濃厚な色香を放っていた聡子の肉体と、初めて他人の肌に触れ、その秘められた熱の中に己を沈めたあの日。
陸仁にとって、それは己の中に眠る獣のような衝動をいかに御するかという、一種の焦燥に近い儀式であった。手探りの拙さのなかで、大人の女の確かな厚みを持った腰を掴み、ただただ肉の温もりに導かれるままに果てることだけを求めて突き進んだ、初めての性交渉であった。
そして――指導者としての厳格な仮面を猛烈な突進と容赦のない愛撫で叩き割り、ただの淫らな雌として泣き叫ばせたあの日の狂おしい記憶が、鮮烈に蘇っていた。
(──違う。だが、あまりにも似ている)
水飛沫と狂おしい摩擦の熱の中で、陸仁の腰の動きは次第に熱を帯び、その引き締まった肉体が激しくうねる。
揺れる水滴と湯煙の向こうで、翻弄される誓子の表情が、一瞬だけ、あの夜の浴室で白く曇った鏡の湯気を手で拭い去り、見せつけられた己の淫らな姿に絶望していた聡子の顔と完全に重なった。
あの夜、かつて自らを導いた大人の女を冷たい壁に押し付け、その自尊心と仮面を粉砕した成功体験。その時に刻み込まれた「大人の女を屈服させる解体手順」の記憶が、今、目の前で抗うその娘・誓子の身体を通じて陸仁の脳髄を激しく揺さぶる。
初めて誓子を女として強く意識した数年前のあの日──仄かに色づいた頬、閉じていた瞼がゆっくりと開いていくその所作、そして視線が絡んだ瞬間に見せた小さな驚き。あのとき感じた、乾いた喉が警鐘を鳴らすような衝撃の正体を、陸仁は今、この最悪の結合の最中に理解した。
幼い頃は素直に自分の後ろをついて回っていた誓子が、長ずるにつれて貼り付けるようになった、完璧な女官の仮面。自分を阻むその冷徹な仮面を剥ぎ取り、裏に隠された小さな想いを吐き出させたいという激しい歪んだ執着──その仮面の下にある誓子の生身の「女」の片鱗が、かつてこの北翼の朝光のなかで、フィルムの入っていないカメラのレンズを向けられ、夫や息子への罪悪感と恐怖で顔を歪ませたあの母親の血筋と、狂おしいほどに完全に重なり合う。
かつて己に性を教え込んだ完璧な指導者から一夜にして己の性奴隷へと叩き落とされた女。いま何事もなかったかのように家令の妻として夫の影に控える聡子の、あの激しい屈辱と怯えの記憶が、いま腕の中で仮面を砕かれ、泣き叫ぶ誓子の肢体を通じて、陸仁の脳髄を激しく蹂躙する。
かつて母を屈服させ、その尊厳を解体した快感が、今度はその娘の肉体と精神を絶望で満たすことで、完全な「所有」へと昇華されていく。
陸仁は誓子の細い首筋に顔を寄せ、その髪を強引にかき分けると、露わになった小さな耳朶へと熱い舌先を絡め甘噛みした。
「──っ、ぁ……っ!?」
誓子の小柄な身体が、まるで電流が走ったかのように跳ね上がる。かつて母である聡子の理性を粉砕し、最奥の『壺』を狂おしく締め付けさせたあの血筋ゆえの弱点。
母性の象徴であった聡子の弱点を突いてその尊厳を解体したあの「手ほどき」の成果を、今度はその血を引く誓子の肉体へと容赦なく適用していく。耳朶を責め立てながら、誓子のしなやかな胸元を強く掴み寄せ、指先で深く沈めると、誓子の膣内は抗う意思とは裏腹に、かつての聡子とまったく同じ狂乱のうねりをもって陸仁の剛直をギチギチと締め付け始めた。
母を屈服させた時に得た知識が、今、目の前の娘を完璧に壊し、自らの所有物へと書き換えていく。母娘ともに自らの手の中で仮面を砕かれ、雌として蹂躙されていくという背徳的な狂喜が、陸仁の全身を駆け抜ける。
その背徳的な確信と、全身を駆け抜ける猛烈な熱のうねりに衝き動かされるようにして、陸仁は誓子の腰を掴み、最後の一撃を最も深く、容赦なく突き入れた。
「──っ、あ、あぁ……っ!」
誓子の喉の奥から絞り出された短い悲鳴と同時に、陸仁は彼女の奥深くへと、熱い劣情を堰を切ったように射出した。
大きく肩を上下させ、荒い呼吸を整えながら、陸仁がゆっくりと視線をもとに戻す。
湯気と容赦なく降り注ぐシャワーの水滴に混じり、誓子の目からは、ただただ絶望に満ちた涙がとめどなく溢れ、濡れた頬を伝い落ちていた。陸仁が何を思い、誰を重ねていたのかなど、彼女は知る由もない。ただ、己のすべてを、その秘められた欲望によって無惨に暴かれ、凌辱されたという屈辱と悲嘆だけが、その涙に濡れた美しい美貌に刻まれていた。
陸仁はその歪む顔を満足げに見つめる。彼が見つめていたのは、単に今犯した誓子の屈辱の表情ではない。かつてあの朝日の中で、フィルムの入っていないカメラを向けられ、夫と息子達への裏切りの恐怖と絶望に顔を歪ませて涙を流した聡子の「降伏の涙」──その涙が今、目の前の誓子の瞳から溢れる絶望の涙によって、二代にわたる完全な完成形として補完されたのだ。
母を屈服させ、その娘をも同じ手口と熱量で解体し、自らの支配下に収めたという歪んだ達成感。濡れた髪をかき上げながら、陸仁は己の内に満ちる暗い占有欲と、二代の血を統べたという絶対的な全能感を、さらに深く脳髄の奥底へと沈めていくのだった。
二ヶ月の間、蹂躙は執拗に繰り返された。週に一、二回、そして土日の休日は丸一日。陸仁は資料室や、鍵をかけた誓子の部屋に躊躇なく踏み込み、彼女の尊厳を削り取っていった。
ある平日の深夜のこと。
陸仁は一切の容赦なく、その重い体躯で誓子を寝台へ組み伏せ、抵抗する両腕を強靭な片手で頭上へ縫い留めた。激しい恐怖に喘ぐ誓子の耳元で、荒い呼吸を響かせながら、陸仁は自らの劣情を力任せに注ぎ込み続けた。逃げようとする腰を大きな掌で掴んで固定し、狂おしい抜き差しが執拗に繰り返される。
果てのない蹂躙の末、自らの熱い欲望を全て吐き出した陸仁は、ぐったりと力なく横たわる誓子の上に覆い被さったまま、しばらく動かなかった。
やがて、誓子の首筋に冷たい雫がぽつりと落ちた。
驚きに目を見開く誓子の視界の先、暗闇の中で、陸仁は半ば泣きそうな、酷く歪んだ表情で彼女を見下ろしていた。その切れ長の瞳からは、言葉にならない苦悶の涙が零れ落ちていた。
「すまぬ……すまぬ、誓子……」
若宮としての傲慢さは消え失せ、まるで迷子の子供のように、陸仁は半泣きになりながら誓子の鎖骨に額を押し当て、何度も謝罪の言葉を口にした。
「そなたを壊したいわけではないのだ……。だが、其方が心を見せずに私の前から消えてしまうのではないかと思うと、手段を問わずそなたを繋ぎとめようと身体が動いてしまう。私を見てくれ、私をその瞳に映してくれ……」
徹底的な蹂躙の後に訪れる、泣き濡れた男の懇願。そのあまりの身勝手さと、自分に向けられる歪んだ執着の深さに、誓子は恐怖と同時に、脳が痺れるような昏い目眩を覚えるのだった。
かと思えば、一転して、ある種の「平穏」を装った形で行われる蹂躙もあった。
ある日の午後、誰も近づかない誓子の部屋で、陸仁は誓子を静かに寝台へと誘った。
行為そのものは、誓子の身体の受け入れを確かめるように、丁寧で、執拗な愛撫を交えながら行われた。激しい痛みや、窒息しそうな苦しさはない。しかし、それゆえに、自らの身体が陸仁の動かすままに熱を帯び、快楽に甘えてしまいそうになるという、恐ろしい屈辱が誓子を苛んだ。
事が終わり、重なり合ったままの静寂の中で、陸仁は誓子の豊かな胸にそっと手を添え、髪を優しく梳きながら、その耳元に優しく囁いた。
「私はそなたを手放す気はない。いずれ、誰もが認めざるを得ない形でそなたを私のものにする。それまで、誰にもその体を触れさせるな」
肌に伝わる陸仁の心音と、その穏やかでいて逃れられない、執着に満ちた言葉。逃げ道のすべてを温かい鎖で塞がれていくような息苦しさに、誓子はただ無言で目を閉じるしかなかった。
しかし、誓子の危険期が訪れると、その様相は一変した。
かつての「懐妊の恐怖」による過呼吸とパニックが蘇り、誓子は狂乱に近いほどに激しく泣き叫び、陸仁の身体を拒絶した。
「嫌……嫌ッ! 今日は、今日だけは駄目……! お願い、陸仁様、お願いします……!」
排卵期を迎えた誓子は、懐妊の恐怖によるパニックから、寝台の上で半狂乱になって泣き叫んだ。普段はいかなる時でも、若宮様と呼ぶ声が陸仁様と呼ぶ。そのことに気が付かないまま、誓子は一糸まとわぬ姿となっても涙と過呼吸で顔を濡らし、必死に自らの体を縮めて陸仁の侵入を拒もうとする。
「お願い……もう、止めて、何でも言うことを聞きますから……!」
その狂乱と懇願を前に、陸仁は強引に本番を強要することはしなかった。
しかし、だからといって彼が引き下がるわけではなかった。
「……ならば、他で済ませるか」
陸仁の冷徹な声音とともに、誓子の細い手首が掴まれ、容赦なく寝台へと組み伏せられた。抵抗する力をもぎ取るように、その重い体躯で彼女を圧迫し、逃げ場を完全に塞ぐ。
「嫌、離して……何を! 止めて……っ!」
陸仁は無言のまま、誓子の肌──衣服を身につければ決して他人からは見えない首の付け根、脇の下、太腿の内側に、強引に吸い付くような口付けを落とす。
うつ伏せに組み敷き直すと、誓子の顔を押し付けたまま背中や臀部の柔肌に何度も熱い口づけを落とし、激しく吸い上げ痕を残す。
再び強引に仰向けへと引っ繰り返すと豊かな双丘の間を強く吸い上げ痕を残したかと思えば、双丘の山腹に深い紫色の痕と明瞭な歯形を刻み込む。
その頂点を強く吸われ激しい痛みに誓子が身悶えるたび、その皮膚には彼の一方的な所有の印が、逃れようのない烙印のように焼き付けられていく。
しかし、その程度の痕跡づけでは、陸仁の旺盛な欲求は到底満足しなかった。
「……鎮まらぬな。……仕方ない。誓子、そなたが『何でも言うことを聞く』と言ったのだ。そなたの愛らしい口でこれの相手をせよ」
陸仁は立ち上がると自らの熱く膨張した劣情を、半身を起こしていた誓子の顔の手前に突きつけた。
華族令嬢として、清廉たる教育を受けて育ってきた誓子にとって、それは視覚的にも倫理的にも到底受け入れがたい、悍ましき異形のものであった。
「動くな。口を開けろ、誓子」
「ん……っ、いや、いやぁ……っ!」
拒絶して固く結ばれた誓子の唇を、陸仁は容赦のない指先で無理やり抉るようにこじ開けた。
強引に口内へと侵入してくる、異質な肉の質量と熱。特有の、生々しく鼻を突く匂いが喉の奥を直撃し、誓子は生理的な嫌悪感から激しく嘔吐き、涙を零した。
「ふ、ぐ……っ、う、ぅう……!」
「そうだ。そのように、これを咥え込んでおればよい。歯を立てるなよ」
喉の奥を容赦なく突かれるたび、誓子の目からは涙が溢れ、零れ落ちた唾液が彼女の顎を濡らしていく。だが、陸仁は彼女の頭を後ろから掴み、その苦痛を顧みることなく自らの腰を揺らし続けた。
口内が蹂躙され、熱い劣情を放たれた誓子が窒息寸前に陥ったところで、陸仁はようやくそこから引き抜いた。
むせる誓子を一顧だにせず、陸仁は彼女の豊かな胸を容赦なく弄びながら、逃げ場のない鎖骨や耳元に、噛み付くような貪欲な愛撫を繰り返した。
「……まだ鎮まらぬか。……ならば、次はここだ」
陸仁は、誓子を仰向けに押し倒すと、その57㎝という細く引き締まったウエストに対して、驚くほど豊かに波打つ85cmの美しい両胸の溢れんばかりの柔肉の間に自らの劣情を深く挟み込んだ。
視覚的に、己の豊かな胸元で男の欲望が蠢いている光景が、誓子の瞳に嫌でも焼き付けられる。
「誓子……目をそらすな」
「あ……う、嫌……!」
頭を動かし視線を己の胸元からそらそうとする誓子。その頭を陸仁が押さえつけ、その視線を完全に胸元へと固定した。自身の白い肌が、男の熱い欲望に塗れていく感触が、触覚を通じて誓子の脳に屈辱となって刻まれていく。
「目を背けるな。よく見ておれ。そなたの体で、私が今どのようにして果てようとしているのかを」
圧迫を逃れて溢れ出る豊かな肉が、陸仁の熱を逃がさぬようきつく、吸い付くように包み込み、引き摺り合わされる摩擦の熱が容赦なく誓子の肌を炙る。
自らの胸を、陸仁の熱を帯びた瞳に間近で凝視され、さらに自分自身にもそれを凝視するよう強要される。その逃げ場のない視線の牢獄の中で、誓子はただ屈辱に身を震わせるしかなかった。
やがて、陸仁が喉の奥で短い喘ぎを漏らし、誓子の胸元に白濁した熱い劣情を吐き散らした。どろりと濡れた熱が、彼女の肌を汚していく。
息を切らし、力なく横たわる誓子。その胸元に散った劣情を、陸仁は自身の指でなぞり、それを誓子の唇に押し当てて舐めとらせるように擦り付けた。
「……ようやく鎮まったか。よくできたな、誓子。……次は、もっと上手くやれるはずだ」
淑女として控えめであることを叩き込まれ、男性の視線を集めてしまうその豊かな肉体を、自らの秘められたコンプレックスとして、ずっと衣服の下に隠し、忌避するように生きてきた。その、誰にも見せたくなかったはずの秘部が、ただ男の卑俗な劣情を処理するための都合のよい道具として暴かれ、弄ばれ、白濁した熱に汚されていく。
自らが、ただ男の情欲を煽るためだけの、呪わしい「女の身体」でしかないのだという現実を、これ以上ない生々しさで突きつけられる屈辱。
行為の後の重苦しい静寂の中、誓子はただ震える手で自らの胸元を覆い、あふれる涙を拭うことすらできずに絶望に沈んでいた。陸仁は自らの支配下に置かれた哀れな獲物の凌辱に濡れて歪む美貌とその肢体を、じっと見下ろし続けていた。
繰り返される蹂躙と日々の緊迫により、誓子の精神はすでに摩耗しきっていた。
深夜、宮邸を激しく叩く雨音が、北翼の静寂を塗り潰していた。
自室の寝台で、雨音に混じる気配を察知した瞬間には、すでに遅かった。音もなく滑り込んできた陸仁の強靭な質量が、誓子の身体を上から完全に組み伏せていた。
恐怖に息を詰まらせ、身をよじってシーツの上を逃れようとする誓子の腰を、陸仁は大きな掌で無言のまま引き戻す。衣服を乱暴に引きちぎるようなことは決してしない。ただ、彼の放つ逃れられない威圧感と、抵抗する手首を容赦なく寝台に縫い留める万力のような指の力が、誓子の自由を完全に奪い去っていった。
「嫌……っ、若宮、様……お放し、ください……」
「動くな、誓子」
低く、地を這うような声音。
暗闇の中、遮るもののない陸仁の熱が、躊躇なく彼女の奥深くへと突き立てられた。しなやかな体躯を寝台の上で激しく揺さぶられ、あまりの衝撃に誓子の背が弓なりに反る。
雨音にかき消される、掠れた苦悶の喘ぎ。陸仁は彼女の腰をがっしりと掴んだまま、自らの飢えを満たすように、執拗に、かつ狂おしい深度で抜き差しを繰り返した。
激しい蹂躙の果てに、すべての熱を注ぎ込んだ陸仁は、そのまま誓子の胸元に深く顔を埋めた。
ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す彼の肩が、微かに震えている。やがて、誓子の鎖骨のあたりに、熱い雨垂れのような涙がぽつぽつと零れ落ちた。
「すまぬ……すまぬ、誓子……」
陸仁は半ば泣きじゃくるような、掠れた声で、彼女の首筋に何度も額を擦りつけた。
「そなたを傷つけたいわけではない。だが、そなたの、私を拒む冷たい目が、私の心を狂わせるのだ。私を拒むな。私だけを、その心の奥底に刻みつけてくれ……」
激しい蹂躙の後に訪れる、泣き濡れた主君の、身勝手極まりない懇願と吐露。その独占欲の重苦しさに、誓子は涙を流しながら、自らの心が泥を吸い込むように磨り減っていくのを感じていた。
あるいは平穏な週末の午後。重いカーテンが引かれ、薄暗い静寂に満ちた資料室の隣室で、その蹂躙は行われた。
資料室で整理していた古書を机に置いた瞬間、背後から伸びてきた陸仁の腕に、誓子は文字通り包み込まれるように抱きすくめられた。
「若宮様、ここは、誰かが……」
「誰も来ぬ。次の巡回までは二時間ある」
抗う言葉を奪うように、陸仁は誓子を静かにその居室へと連れ出し、寝台に横たえた。衣服を丁寧に、しかし淀みのない所作で外していくその手つきは、恐ろしいほどに穏やかだった。
そこに暴力的な威圧感や痛みはない。陸仁は誓子の震える四肢を優しくなぞり、その滑らかな肌を慈しむように、ゆっくりと、かつ執拗に愛撫を施していった。
結合の瞬間さえも、彼女の受け入れを確かめるように、静かで、滑らかだった。
激しい息苦しさはない。しかし、それゆえに、自身の身体が彼の与える熱に抗えず、無意識のうちに快楽に順応しようとしてしまう。その生理的な裏切りが、誓子にとっては何よりも恐ろしく、屈辱的だった。
行為が終わり、汗ばんだ肌を重ね合わせたままの静寂の中で、陸仁は誓子の豊かな胸を大きな掌でそっと覆い、包み込むように撫でながら、その耳元に優しく囁きかけた。
「私はそなたを手放す気はない。いずれ、誰もが認めざるを得ない形でそなたを私のものにする。それまで、誰にもその体を触れさせるな」
陸仁の胸から響く、規則正しい心音。そして、静かに、しかし決定的な所有を告げる言葉。
逃げ道のすべてを温かく、しかし決して切れない鎖で縛り付けられていくような感覚に、誓子はただ、声を上げて泣くこともできず、絶望の海へ深く沈み込んでいくのだった。
そんなある深夜、誓子の自室に陸仁が音もなく現れた。
だが、怯える誓子を組み伏せることはせず、陸仁は静かに布団の中に滑り込み彼女の華奢な身体を包み込むように抱き寄せた。
「怯えるでない。今日は何もせぬ。其方とこうしていたいのだ」
陸仁は大きな掌で、彼女の背中を、かつて幼い頃にそうしたように、静かなリズムでゆっくりと撫で続けた。
その体温と背中の広さに、誓子の乱れていた呼吸は、皮肉にも次第に落ち着きを取り戻していった。蹂躙の元凶であるはずの男に、世界のあらゆる恐怖から自分を遮断してくれる「防壁」を見出してしまうという、矛盾に満ちた安堵。
陸仁は誓子の耳たぶを優しく食み、首筋に甘い口付けを何度も落とした。
「あ……んッ。若、宮様っ。んっ」
「そなたを脅かすものは、私がすべて排除してやる。私の腕の中だけが、そなたの唯一の安全な場所だ……」
肉体を貫かれる痛みも、尊厳を泥に塗まみれにされる代替の屈辱もない、限りない優しさと甘やかな愛撫。誓子は自らを蹂躙する男の腕の中に、最も安全な居場所を見出してしまった己の歪んだ安堵を自覚し、静かに涙を流しながらその胸に顔を埋めた。
とある休日の朝。
前夜から誓子を蹂躙していた陸仁が誓子を抱えあげた。
寝台から連れ出された先はシャワー室の中だった。狭く白い空間に、容赦なく注がれるシャワーの水音が激しく響き渡る。壁の鏡は二人の体温と湯気で瞬く間に白く曇り、視界を遮っていった。
陸仁は誓子の小柄な身体を鏡に寄りかからせ、背後からその腰を強く固定した。
「若宮様、このような場所で……」
「ふん。昨夜からの運動で汗をかいた。気持ちよく汗を流そうではないか、二人でな」
陸仁の声はどこまでも穏やかだったが、その行為は容赦がなかった。誓子は的確に弱点を突かれ、逃げ場のない密室で声を押し殺して震えるしかなかった。湯水が激しく二人を濡らし、誓子のせき込んだ息が、壁に虚しく吸い込まれていった。
シャワー室から出ると、陸仁は誓子を抱えあげ部屋の窓際へと移動した。遮光カーテンは陸仁の手によって完全に引き開けられ、午前中の眩しい陽光が、一糸まとわぬ二人の姿を残酷なほど鮮明に照らし出す。
「い、嫌っ! そ、外。外から、誰かに見られてしまいます……!」
「大丈夫だ、誓子。ここは北翼の最奥だ。休日の北翼に人はめったに立ち入らん。それよりも、この陽光の下で其方の身体がどうなっているか、よく見せよ」
陸仁は誓子を窓ガラスに向かわせ、両手をガラスにつかせた。冷徹な硝子の感触が誓子の手のひらを冷やす一方で、背後から結合する陸仁の身体は恐ろしいほどに熱かった。陽光に晒される羞恥心と、窓の向こうに広がる静まり返った宮邸の風景が、誓子の理性を狂わせていく。陸仁は彼女の腰を掴み、ガラスが小さく鳴るほどの強さで、何度もその肢体を揺さぶった。誓子はかつて自らの母が陸仁に教えた「視覚による興奮の促し」を、今まさに最悪の形で体感させられていた。
夜が訪れても、陸仁の探求は終わらなかった。二人の行為の舞台は、寝室に隣接する御連枝資料室へと移った。
月明かりに照らされ、古書の匂いが漂う薄暗い空間。陸仁は重厚な木製の大型机の上に聡子を仰向けに横たえ、その上に覆いかぶさった。
陸仁は聡子の片脚を大きく持ち上げ、深い角度から彼女を貫いた。机の上に並べられていた古い資料やペンが、二人の激しい動きによって床へ滑り落ち、乾いた音を立てる。
その最中だった。資料室の頑丈な扉の向こう、遠い廊下から、微かな話し声が近づいてきた。休日であっても、見回りの女官たちが最低限の職務をこなしているのだ。
「──ねえ、さっき何か音がしなかった?」
「誓子様がおいでだからその物音ではないの?」
「そうですわね。今は休日の夜ですもの、他にどなたもおいでになるはずがないわ」
「……明かりが零れていないからお休みの様ね。何か落とされたのかしら」
「ねえ。誓子様の病、前より落ち着いてきたのかしら」
「早く良くなって頂きたいわ。弟も前のような笑顔を見せてほしいって」
「それ、若宮様に聞こえたら大変よ。若宮様は誓子様がお気に入りだから」
「弟にそんな気持ちないわよ。平民には手の届かない観賞用の花だって言ってたから」
「それもひどい話ね」
扉一枚を隔てた向こう側で繰り広げられる、女官たちの他愛のない会話。
その声が聞こえた陸仁が誓子の胸を弄っていた片方の手に力を込めていた。
「ん、ぁ……!」
恐怖のあまり声を漏らしそうになった誓子の唇を、陸仁が残された片手の指で優しく塞いだ。
「声を出したら、すぐにあ奴らが部屋に入ってくるぞ。それとも、其方がどのような姿になっているか、見せつけたいのか」
陸仁はそう囁きながら、むしろ動きのピッチを速め、執拗に誓子の内側を抉った。見つかれば破滅するという極限の恐怖と、声を出してはならないという制約が、誓子の身体の感度を異常なまでに高めていた。女官たちの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、誓子は涙目で首を振り、陸仁の与える快楽の深みに溺れていった。
深夜、月明かりだけが差し込む寝室に戻ったときには、誓子はすでに息も絶え絶えだった。何度も絶頂を迎えさせられ、指先一つ動かす気力も残っていない。しかし、陸仁の身体はなおも強靭な生命力を維持していた。
うつ伏せに倒れ込む誓子の背中に、陸仁は容赦なく自らの胸を押し当て、再びその肢体を割り開いた。
「若宮様、もう、本当にお許しを……後生です。このままでは、私、壊れてしまいます……」
かすれた声で懇願する誓子の髪を、陸仁は愛おしそうに撫でた。
「壊れたりはせぬ。安心して私のすべてを受け止めるが良い」
「あ、は、あぐ……っ!」
陸仁は獣のような執拗さで誓子を蹂躙し続けた。
いつしか誓子は、陸仁がそのすべてを「自分を愛欲で満たすこと」に向けてきている事実に、深い絶望と同時に、抗えない悦びを感じていた。
「……若宮様、もう、夜が……」
窓の隙間から差し込む朝の光が、重い遮光カーテンの端をうっすらと白く染め始める。
「若宮、様……もう、お止めに……。夜が、明けてしまいます……」
誓子は、胸を大きく波打つように上下させながら、必死に陸仁の理性を取り戻そうと懇願する。だが、陸仁はその声を遮るように、彼女の耳元へと顔を寄せた。
「誓子。本当に、もう終わりにしてもよいのか?」
低く掠れた声で囁きながら、形の良い耳輪を熱い舌先でそっと不意打ちするように、濡れた愛撫でなぞり上げる。その瞬間、誓子の小柄な身体が、まるで電流が走ったかのように寝台の上で大きく跳ね上がった。
「──あっ!? 若っ、宮様……っ。そこ、は……ッ!」
「誓子。其方の耳が弱いことは疾うに承知しておる」
陸仁が耳朶を優しく噛み、そこへ熱い息を吹き込む。陸仁の容赦のない舌先で深く、執拗に攻め立てられた誓子は頭の芯が真っ白になるほどの快楽の激流に押し流された。
「はぅっ! あっ。う、そ……」
甘い悲鳴を漏らす誓子。自然と、耳への刺激と完全に連動するように、彼女の身体の奥深く、陸仁を迎え入れている『壺』が、恐ろしいほどの力で、ギチギチと陸仁の熱を締め付け始めた。
「……っ、誓子、相も変わらず、すごい、締め付けよな。それに……」
「ちが、違います、若宮、様……っ、あ、あ、だめ、そんな風に……っ!」
誓子の意思とは無関係に、肉体が、陸仁の生命力を一滴残らず搾り取ろうとするかのように、うねり、収縮を繰り返す。いつも冷静だった誓子が、自らの指先と唇によって、ただの淫らな雌として悶え狂っている。陸仁のなかに、男としての凄まじい昂揚感と、誓子の身体を完全に掌握しているという全能感が宿っていった。
すでに夜が明けてから大分時間が経過していた。遮光カーテンの隙間から差し込む光は完全に白く、平日の午前中の陽光へと変わっている。遠い廊下からは、すでに勤務についている家従や女官たちの微かな足音や、慌ただしく行き交う気配が響き始めていた。
人の出入りが少ない宮邸の北翼、その最奥に位置する一室とは言え、いつ誰が隣の御連枝資料室の扉を叩くかも分からない、あるいは退出の瞬間に誰の目に留まるかも分からないという極限の緊張感が、誓子の肌を粟立たせた。
丸二日間にわたり、陸仁に翻弄され、蹂躙され続けた誓子の身体は、指先一つ動かすことすら拒むほどに疲弊しきっていた。衣服でかろうじて隠れる肌のあちこちには、陸仁が執拗に刻みつけた微かな赤みが残り、容易には消えそうにない。
「……誓子、急げ。女官たちが動き始めているぞ」
「は、はい……」
誓子は震える手で散乱した衣服を拾い集めようとしたが、丸二日間にわたる過酷な蹂躙を経た身体は、指先一つ動かすことすら拒むほどに疲弊しきっていた。膝が笑い、床に落ちた布地を掴むことすらおぼつかないその姿を見かねたように、陸仁が静かに歩み寄ってきた。
「仕方がない。私が着替えさせてやろう、あの時のようにな」
陸仁は床から誓子の下着を拾い上げると、確実な所作で彼女の身体へと滑らせていった。丸二日間にわたって極限まで開発され、過敏になりきっている誓子の肉体は、陸仁の骨張った指先が下着を整える名目で胸や臀部にわざと触れるたび、電気に打たれたように跳ね上がる。
「あ、っ……! ん、ダメ、で、ございます……若宮、様……っ」
擦れる布地と男の愛撫がもたらす刺激に、誓子はたまらず甘い悲鳴を上げた。だが、その声が部屋の外へ漏れ出すより早く、陸仁は彼女の顎を掴み、自らの舌でその口を深く塞ぎ込んだ。
「んむ……っ、ん……」
密着した唇の奥で、誓子の反論も、漏れ出る喘ぎもすべてが陸仁の熱に溶かされていく。完全に主導権を握った若宮の容赦のない口づけに翻弄されながら、誓子は下着から上衣に至るまで、順番に衣服を着せ替えられる人形のようにただ身を委ねるしかなかった。
衣服の皺が伸ばされ、何事もなかったかのように形が整えられていく。
整然とした所作で寝台を整え、己の立場という名の鎧を完璧に構築していく。
陸仁の手により、重い遮光カーテンが静かに開け放たれ、朝の光が部屋を隅々まで照らしだした。だが、この部屋で行われた儀式の痕跡は、何一つとして残されていなかった。
それを確認すると重い扉の向こうから聞こえる日常の足音に紛れるようにして、陸仁が静かに部屋を辞した。
そして、二回目の危険期が訪れた。
誓子は今度は何をされるのかと恐怖に怯えながら、寝台の上でその身を縮めて待っていた。
部屋の扉が静かに開き、陸仁が訪れる。誓子は青ざめ身を竦ませた。陸仁は静かに近づき、その衣服を一枚一枚、静かに剥ぎ取っていく。
抵抗すらできずにされるがままになっていた誓子だったが、陸仁はそれ以上の性的行為に及ぶことはなく、ふと、机の上に置かれていた古文書の資料に目を留めた。
「この部分の解読に、手こずっているのか。……ふん。其方ほどの者がこれしきの文書の何処に手間取っておる。この文は──」
防災心理学を学ぶ陸仁は、過去の防災資料に記載されている庶民の様子を解読するために崩し字などの解読方法を学んでおり、極めて優秀な成績を修めていた。
その古文書を手に取り、なめらかに読み上げ、何が分かりにくいのかを優しく問いかけた。
誓子は突然の展開に激しく混乱し、戸惑いながらも、蚊の鳴くような細い声で疑問点を答えた。
「そうか」
一言呟くと、陸仁は無言のまま、枕元に置かれていた伸縮性のある淡い生地を両手で広げた。誓子の背をそっと支えて前傾させると、頭から滑り込ませ、柔らかな布地を彼女の引き締まった上半身へと這わせていく。バレエで鍛えられたしなやかな背中を包み込み、豊かな胸を支えるその位置を、陸仁は自らの大きな掌で撫でるようにして整えた。
続いて、畳まれていたもう一つの布地を手に取る。陸仁は寝台の上の誓子の細い足首を片方ずつ持ち上げ、左右の足先を通していった。そのまま膝、太腿、そして細い腰元へと、吸い付くような生地を滑らかに引き上げていく。誓子が恥ずかしさに身を強張らせるのを意に介さず、腰のラインにぴったりと添うまで、指先で丁寧に位置を整えた。
そこへ、厚みのある純白の木綿の寝衣を重ねる。陸仁はそれを両手で広げ、誓子の細い肩へと羽織らせた。
左右の袖口へと彼女の腕を通していく。陸仁の大きな掌が手首を軽く支え、生地を整えるたびに、木綿のざらりとした、しかし清潔な擦れ音が静まり返った寝室に微かに響いた。
肌を覆う生地が誓子の首元まで引き上げられると、陸仁の細長い指先が、最も下にあるボタンへと掛けられた。
一つ、また一つと、木綿の合わせに並んだ丸い平ボタンが、男の手によって丁寧に留められていく。下腹部から胸元へ、そして鎖骨へと、指先が淀みなく昇る。彼の指先が、整えられた豊かな胸の起伏をかすめ、あるいは喉元に触れるたび、誓子はびくりと肩を揺らしたが、陸仁はただ事務的に、しかし極めて慈しむような手つきで、一分の隙間もなく生地の合わせを閉じていった。
最後に一番上の小さなボタンを留め終えると、陸仁は襟元を両手で軽く左右に引き、皺を伸ばして整えた。
「これで良し。誓子、ここにこい」
近づく誓子を後ろから包み込み膝の上に乗せると、古文書の行間を指し示しながら静かに論理的で、普段の彼らしい優しい声で解読の講義を始める。
「よいか。この記録の主である常盤宮というお方の文字の特徴は──」
普段の、誰もが憧れる完璧な「若宮殿下」としての知性を感じさせる声が誓子の耳を穿ち続けた。
「夜も遅い。そなたも明日に備えよ」
講義を終えると、陸仁はそれ以上の手出しをすることなく、去ろうとした。
その背中が扉へと向かい、去ろうとしたその瞬間──。
誓子は自ら、その腕を強く掴んでいた。
振り返り、驚いたように誓子を見下ろす陸仁。
「其方も……そのような目をすることがあるのだな」
誓子自身も気づかないうちに、その瞳には、何かを期待する熱と甘やかさを帯びた眼差しが浮かんでいた。
陸仁は立ち去るのをやめて引き返し、誓子の身体をそっと抱きしめた。怯えを抱えながらも、その胸の中で期待の表情を浮かべる誓子。
陸仁はその額に静かに口づけを落とし、囁いた。
「其方に無理をさせるわけにはいかぬ。今日はこれだけだ」
陸仁はそのまま部屋を立ち去った。
肌に残る熱を感じながら、誓子は未練がましい表情を浮かべていた。
鏡を見てその表情に気が付いた誓子は、愕然とし、自らの心が陸仁に囚われ、依存し始めているという逃れられない事実を深く自覚するのだった。
因みに、誓子がいる資料室の隣室、前話で聡子が陸仁に筆おろしを行っていた部屋です。