※この作品はR-18です。

陸仁王物語―異伝―   作:fire-cat

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第19話(挿絵付)

 12月28日夜。

 

「六条様」

 

 静まり返った宮内の回廊で、呼び止められ立ち止まった雅忠は怪訝な面持ちで女官に向き直った。

 

「何用でしょうか」

「寛代子殿下から荷物の運び出しを手伝って頂きたいとのことです」

「承知しました。どちらに伺えばよろしいのですか」

「寛代子殿下の自室になります」

「そ、それは……」

 

 幼少時より気心が知れている姫宮ではあるが、夜分に内舎人とはいえ男性である自分がその私室へ足を踏み迎えるなど到底許されぬ非礼。雅忠の顔に逡巡の色が走ったが、女官は穏やかな表情を崩さずに首を振った。

 

「六条様の御懸念も存じておりますが、寛代子殿下たっての願いにございます。余人はいざ知らず、幼き頃より殿下と共に過ごされ、碧血丹心と名高い雅忠様であれば。と、私どもも安心しております。……詳しくは寛代子殿下の自室にてご確認を」

「承知しました」

 

 臣下としての忠義を問われれば、それ以上拒む理由はなかった。雅忠は深く一礼すると、女官と同行し重厚な木製の扉の前で軽く叩き、静かに寛代子の自室へと足を踏み入れた。

 室内には木飾りの壁面に取り付けられた燭台が柔らかな光を投げかけ、静寂が満ちていた。足元の滑らかな木目調の床には陰影が静かに落ち、壁面に沿って垂れる重厚なカーテンと木パネルが、重々しくも気品ある雰囲気を醸し出している。

 寛代子は部屋の中央、クラシックな装飾椅子の背もたれに右手を添えて佇んでいた。夜の闇を溶かし込んだような濃紺のイブニングドレスに身を包み、深く開いた胸元と露わになった白皙の肩が、暖色の明かりに浮き上がっている。豊かに波打つ黒髪が両肩から胸元へと垂れ、ドレスの補正とあわさって引き締められた腰との対比で、無駄のない優美な身体のラインを際立たせていた。左手を腰の前で優しく重ね、雅忠の入室に気づくと、彼女は添えていた手にわずかに力を込め、微かな笑みを湛えながら静かに彼を迎え入れた。

 

【挿絵表示】

 

「来てくださいましたのね、雅忠」

「お呼びとあらば、まかり越します。して、御用の趣は?」

「申し訳ないのだけれど、この荷物の運び出しを手伝って下さらないかしら。女手だけでは持てない物もあるから大変なの。私の部屋にこの時間でも入れる男性は、あなたしか思いつかなかったのよ」

「そういうお話であれば」

 

 雅忠は目線を低く保ちつつ、指示されるままに重い荷を一つずつ抱え上げ、隣室の保管庫へと運び出していった。箱の角を壁にぶつけぬよう慎重に歩を進める雅忠の背中を、寛代子はずっと優雅に見つめていた。

 あの嵐の夜、素顔の自分を晒し、互いにむさぼり合った圧倒的な熱量。その後も雅忠に愚痴をこぼし、悩みを打ち明け、その度に身体を触れ合わせても来た。だが、あの嵐の夜以来、雅忠は口腔を貪り、或いは肌を合わせても最後の一線だけは決して越えようとはしなかった。

 婚姻の話が持ち上がってからの雅忠は、あの嵐の夜より前の『完璧な臣下』へと逆戻りしてしまっていた。優しく話を聞きつつも明確に一歩を引き、決して内側へ踏み込もうとしない。

 

(本当にあの夜の私との事を、なかったことにしたいの? もう一度だけ……私を見てほしいのに)

 

 来年には互いに別の相手との縁組が正式に決定する。手遅れになる前に、あの嵐の夜に自分を貪り尽くした「一人の男としての雅忠」の熱情をもう一度だけ確かめたい。

 だが、もし拒まれたら立ち直れない。そんな恐怖を隠すため、寛代子は必死に「気高く余裕のある姫宮」の仮面を被り続けていた。

 

 最後の箱を運び終え、雅忠が額の汗を拭いながら自室へと戻り、姿勢を正した。作業がひと段落した頃、寛代子が手元を止め、控えていた女官たちへ向けて静かに声をかけた。

 

「ご苦労様でした。あなたたちはもう下がって結構です。雅忠は少し残りなさい、確認したいことがあります」

「かしこまりました。では私どもは休暇に入ります」

「……姫様、年明けまで常に控える者が不在となります。ご容赦ください」

「解っています。あなたたちもゆっくり体を休めなさい」

「六条様、姫様を宜しくお願い致します」

 

 寛代子の言葉に女官たちが深々と礼をし扉の向こうへと姿を消す。重い木扉が静かに閉まり、カチリとラッチの落ちる音が部屋に響いた。侍女たちの足音が回廊の遠くへ消えていくにつれ、室内の静寂はいっそう深まっていく。広い部屋には、寛代子と雅忠の二人だけが残された。

 寛代子は椅子から立ち上がると、サイドボードへ歩み寄った。ガラス製のデキャンタを取り出し、手際よくグラスに氷を浮かべると、琥珀色の液体を満たして雅忠へと差し出した。氷がカラリと涼しげな音を立てる。

 

「殿下。確認したいこととは?」

「ごめんなさい。嘘です。あなたへのお礼をしたかったのです。女官たちの前であなたへ個人的にお礼をするなどとは言えませんから」

「はぁ」

 

 返事に困る雅忠を見て微笑む寛代子。

 

「雅忠、荷物を運んでいただいて助かりましたわ。お礼に、冷たいものでもいかがかしら?」

 

 ずっしりと重みのあるグラスを差し出され、雅忠は一瞬受取りを躊躇いながらも、両手で謹んでそれを受けた。立ち上る柑橘系の香りの奥に、かすかな熱気を孕んだ独特の香気を感じ取り、眉をひそめる。

 

「これ、は……お酒でございますか?」

「ええ。『ロングアイランド・アイスティー』というの。紅茶を一滴も使っていないのに、レモンティーのような味がする不思議なカクテルなのよ。海外のパーティーで教わったのだけれど、とても甘くて飲みやすいの」

 

 寛代子のどこか可憐でいたずらっぽい余裕を含んだ笑みと、カクテルの爽やかな見た目に、雅忠は「少々なら」とグラスに口をつけた。

 

(……本当に、甘い紅茶のようだ。……口当たりもいい)

 

 喉の渇きもあり、その爽快感とレモンの酸味に誘われ、深い疑問も抱かずに喉を鳴らして飲み干す雅忠。

 寛代子は満足そうに目を細めると、自分のグラスを優雅に傾けた。氷がカラリと涼しげな音を立てる。

 だが、同じものを口にしているように見せてはいるが、寛代子が口にしているのは、酒など一滴も入っていないただの冷えたレモンティーだった。

 

「こうして二人でお茶をいただくのも、少し懐かしい心地がしますわね。ここ最近は一緒に飲んでいただく機会もありませんでしたし」

 

 寛代子の穏やかな声音に、雅忠は背筋を伸ばした。

 

「それは……」

「雅忠……。楽にしなさい。ここには私とあなたの二人しかおりません」

 

 寛代子の窘める声に今更ながら部屋の状況に気が付く雅忠。

 

(いかんな。確かにこの部屋には私と殿下の二人きりしか居らぬ。折を見て早々に辞去しなければ) 

 

「ずいぶん重い鞄もありましたが……ご移動に向けたご準備ですか?」

 

 雅忠はグラスを手に持ったまま、視線を少し外し、壁際に積み上げられた荷に目をやった。

 

 12月中旬、宮邸内において進められていた耐震化工事のうち、寛代子の居室部分に関わる改修作業が完了していた。雅忠も室内の見聞に立ち会い、室内が整然と整理され、室内空間が過不足なく整えられた状態となっていたことを覚えている。

 

 寛代子はソファーに浅く腰掛け、自身のグラスをゆるやかに傾ける。

 

「ええ。香耶宮家との縁談のお話も、年が明ければいよいよ本格的に進むようですし……。少しの間とは言え、誓子とまた一緒の部屋で過ごすことは楽しみです」

 

 優美に微笑む寛代子が口にした「縁談」という言葉に、雅忠の胸の奥がわずかに痛んだ。その痛みにわずかに戸惑いを覚えつつ、すぐに表情を締め直し、臣下としての礼を保った。

 

「左様でございますか。誓子がご迷惑をおかけせねば良いと、それだけが気がかりでございます」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 寛代子の居室部分に関わる改修作業が完了すると同時に澄子は寛代子と誓子を慶仁の執務室に陸仁共々呼び出し、年明けの1月から寛代子の部屋へ寝室を移動し同室で生活する旨を伝達した。澄子は誓子に対し、この措置が誓子の静養と精神の安定のためではあるが、同時に寛代子の花嫁修業の供を務めるための特例であるというを説明した。

 

「誓子。工事が終わりましたので、寛代子の部屋を移動します。花嫁修業も本格的に行わねばなりません。あなたも寛代子の花嫁修業の供を務めるため1月から寛代子と同室に戻します。あの子も貴女が側にいてくれれば喜ぶでしょう。ただ、この措置は寛代子が嫁ぐまでです。その時までに回復の兆しが無ければ女官達との共同部屋に移動することになります」

 

 誓子は、静かにその指示を仰ぎ、「畏れ多いことでございます」と深々と頭を下げてこれを受け入れた。

 また、澄子は息子である陸仁に対してもこの決定について言及し、「陸仁、何か異議はありますか?」と問いただした。陸仁は品行方正な態度を崩すことなく、「いいえ、母上のお取り計らい、実に見事なご配慮にございます。誓子も、寛代子の側であれば、より早く心身の平穏を取り戻せましょう」と返答し、表面上は異議なく承諾の意を示した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……それにいたしましても、殿下を娶られる香耶宮家の王殿下は、真に果報者にございますね」

「お上手ね、雅忠。あなただって人事ではないでしょう? 木幡伯爵家次女の彩子様とのご縁談、順調に進んでいると耳にしているわ」

 

 言えば言うほど、自分の言葉が刃となって胸に突き刺さる。彩子の名を出す声が僅かに震えそうになるのを、彼女は必死で抑え込んだ。雅忠はなぜこんなに他人事のように臣下の顔を決め込めるのか。あの夜の熱はすべて嘘だったというのか。焦燥と切なさが混ざり合い、彼女の胸を締め付ける。

 

「はい。私のような不肖の者の何処を気に入られたのやら……理解に苦しみます」

「雅忠、先方に失礼よ。そういうことを言うものではありません。彩子様は性根も容姿もお綺麗な方です。……あなたなら、きっと素晴らしい家庭を築けるわ」

 

 その内心を押し殺した寛代子の声には、冷やかしとも寂しさとも取れない不思議な響きがあった。

 雅忠は小さく頷き、カクテルを一口含んだ。レモンの爽やかな酸味と甘みの後ろから、ずしりと重いアルコールの熱が喉の奥へと落ちていく。

 

「覚えていますか、雅忠。昔、私たちがまだ小さかった頃、庭園の池で舟を浮かべて遊んで、あなたが誤って落ちてしまった時のこと」

「……滅多なことをお思い出しにならないでください。あの時はお召し物を濡らしてしまい……酷く叱られました」

「ふふ、あの時のあなたの顔、とても可笑しかったのよ。今のように堅い顔ばかりしていなかったわ」

 

 懐かしむような寛代子の目元に、柔らかな灯りが映っていた。年末の公務の忙しなさや、いずれ訪れる互いの将来といった現実を束の間忘れさせるように、他愛もない昔語りが静かに部屋を満たしていた。

 だが、思い出を語りながらも、寛代子の心は酒の回りをじっと待ち続けていた。他愛もない昔語りの裏で、彼女の手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。

 やがて会話の合間に言葉を返そうとした瞬間、胸の奥に不自然な重みを感じた雅忠の表情が微かに歪んだ。

 

(……胃のあたりが、妙に熱い……?)

 

 じわじわと、胃の腑の底から込み上げてくる苛烈な熱気。甘い香りと口当たりの良さの裏に隠されていたウォッカやジン、ラムといった20度を超えるアルコールの塊が、時間をかけて血中へと吸収され始めていた。

 最初は単なる部屋の暖房のせいかと思った熱気は、数分の会話を経るうちに、喉から胸元をじわじわと焼き尽くすような違和感へと変わる。徐々に脈拍が早まり、耳の奥でドクドクと血流の音が主張し始めた。

 

「……雅忠? どうかして?」

 

 寛代子の問いかけに答えようと唇を開いたが、ろれつがうまく回らない。

 視界の端が歪み部屋の明かりが妙に眩しく感じられる。

 

(な……ぜだ……急に、頭が……)

 

 立ち上がって不敬を詫びようとした雅忠だったが、膝に力を込めた瞬間、足元の感覚が消え失せたように大きく体勢を崩し絨毯へ膝をついた。

 寛代子は氷の浮かぶ自分のグラスをそっとテーブルに置くと、膝をついた雅忠を静かに見下ろした。その瞳には、ずっと張り詰めていた緊張が解けた安堵と、ここから先へ踏み出すことへの強がり混じりの決意が宿っていた。

 

「ふふ、急に立ち上がっては駄目よ。このお酒、とても回りが早いの」

 

 寛代子の声が、酔いで混濁し始めた雅忠の耳に届く。

 その静かな鈴の鳴るような声音が、雅忠の狂った聴覚の中では、あの夜、岩陰の闇の奥で耳の最奥へと吹き付けられた熱い吐息と、岩肌を打つ凄まじい嵐の音に変換されて鼓膜を揺らす。

 

(だめだ……お側に、いては……離れなければ……!)

 

 臣下としての「倫理」と「自制心」が、激しい警鐘を鳴らす。だが、酒精によって麻痺していく脳は、抗おうとすればするほど、かつてあの岩陰で身分を捨てて貪り合った罪悪感と快楽の記憶を増幅させていく。

 胃の底から広がる灼熱感と、脳を麻痺させていく激しい眩暈。その肉体的な感覚の狂いが引き金となり、雅忠の脳裏で固く封印されていたあの嵐の夜──「冷え切った濡れた服」と「苛烈なまでの素肌の熱」のフラッシュバックが、抗いようのない波となって押し寄せ始めていた。

 

 カチリ、と静かな音が響いた。

 寛代子が緊張で指先を微かに震わせながらも優雅に部屋の鍵を閉めた音だった。施錠されたことで外の世界との繋がりが断ち切られ、その「密室の完成」が、雅忠の混濁した意識を、あの嵐の中で外界から遮断されていた「暗く狭い岩陰の最奥」という閉鎖空間の記憶へと誘った。

 

「年末だから、もう誰もこの部屋には来ないわ。雅忠……あなたが口を閉ざしていれば、この後の秘密は永遠に私たちのものよ」

 

 寛代子がゆっくりと膝を折り、崩れ落ちた雅忠の目の前へと視線を下げてくる。彼女の指先が雅忠のボタンを丁寧に外した。雅忠の逞しい胸元が露わになると、強がりの裏で鼓膜を叩く激しい心拍数を押し隠すように、彼女は息を呑んだ。

 

「雅忠……私も見て」

 

 寛代子が胸元の生地をそっと引き下げると、鎖骨から肩にかけて滑らかな素肌が露わになっていく。

 その擦れる布地の音が、雅忠の網膜の裏で、かつて岩陰の泥の上に衣服を敷き、その上で手荒に解き放った最高級のレース地と、フロントホックの留め具が爆ぜた瞬間の記憶を強烈に呼び覚ました。

 

「動けないわよね、雅忠。当然よ。このお酒は、私の情熱。……私の想いだもの」

 

 指先一つ動かせなくなった雅忠の問いかけに、寛代子は可憐でいて、どこか狂おしい笑みを深める。

 

「で、殿下……私をどうなさるおつもりか」

「あなたを逃したりはしないわ。貴方はここで私のものになるの。身体は彩子様のもの。でも貴方の心は私が貰っていくの。良いわよね。代わりに私の心はあなたの中に置いていくわ。あの方に私の心は渡さない。これで心はいつまでも一緒よ、雅忠」

 

「なぜ……このような真似を……」

「婚約の話が出てから……いいえ、あの嵐の夜からずっと、あの感覚が忘れられなかったの」

 

 目の前の寛代子から立ち上る、かすかな香水の匂い。それが、あの暗い岩陰で互いの汗と熱情が混ざり合った「生々しい残り香」と重なり、雅忠の鼻腔を支配する。

 

(寛代子様……寛代子……)

 

 胸の奥で、かつて臣下としての清廉さを捨て、彼女をただの女として貪り尽くした「獣」が、酒の熱に背中を押されて目を覚ます。「殿下」と呼んで距離を保とうとする舌が痺れ、脳裏で「寛代子」という呼び名の響きが熱く脈打ち始めた。

 

「殿下……あの出来事は幻と、貴女ご自身が仰っていたはず。それを……」

「ええ。あの時、私は幻にすると言ったわ。でも……私から離れていこうとするあなたを見ていると、もう我慢できなかったの。あなたの『臣下』の仮面を剥ぎ取りたかった……身体が覚えているのよ、あなたが私を蹂躙したあの熱さを」

「そ、れは……」

「そう、あなたとのあの夜が忘れられないの。臣下としてではなく……一人の男として、私を見て」

 

 寛代子の白く細い指先が、雅忠の荒い息を吐き出す胸元へとそっと伸ばされる。

 冷えた指先が肌に触れた瞬間、雅忠の身体がピクりと大きく跳ね上がった。胃の中の灼熱と、触れられた肌の冷たさ。その圧倒的な寒暖差が最後の引き金となり、雅忠の自制心を繋ぎ止めていた鉄の鎖は、音を立てて決定的に断ち切られた。

 ボタンの隙間から覗く雅忠の肌に、彼女の冷え切った指先が触れ、滑らかに撫で下ろされた──その瞬間だった。

 

(──ッ……!)

 

 雅忠の全身を、雷撃のような狂暴な衝撃が貫いた。

 

 胸元を撫でる冷ややかな感触。それが引き金となり、雅忠の熱した唇の表面に、あの風雨の岩陰で刻み込まれた「生々しい記憶」が強烈な質量をもって蘇る。

 己を呪い、消えてしまいたいと血を吐くように叫んでいた寛代子。その呪詛を断ち切るために、衝動のままに自らの唇で乱暴に押し潰した、あの激しく震える彼女の小さな唇の触感と、互いの息が途絶えるほどの狂おしい熱量──。

 酒の熱で混濁した脳裏に、当時の熱い息遣いが、脈打つ動悸とともに鮮烈に蘇る。

 言葉で制止しようと開いたはずの雅忠の唇が、その幻影の熱さに灼かれて震えた。

 

「殿、下……っ」

 

 かすれ切った声で紡ごうとした臣下としての言葉は、喉の奥で虚しく潰れ去った。

 膝をついたまま、雅忠の大きな手が弾かれたように動く。無骨な掌が、胸元を撫でていた寛代子の細い手首を、逃がさぬように強く、力任せに掴み捕らえていた。

 それは、臣下としての制止の挙動ではなかった。

 掴んだ手首から伝わる華奢な骨の輪郭、微かな脈動。その触覚が、雅忠の奥底に固く封印されていた「あの夜の自分」──身分を捨て、飢えた獣となって主君を貪り尽くした一人の男としての記憶を、完全に覚醒させた。

 

(ああ……そうだ。私は、この方を……)

 

 掴んだ手首を拒むためではなく、引き寄せるために。

 口元に残るあの日の感触を確かめるように、雅忠の指先が手首から滑り、寛代子の掌を、指を、力強く絡め取るように締め上げる。

 その瞬間、雅忠の双眸から「臣下」としての清廉で控えめな光が消え去り、凶気すら孕んだ眼光が宿る。

 理性を繋ぎ止めていた最後の鉄の鎖が音を立てて千切れ飛び、一人の男としての獰猛な飢えが、泥のように露わになる。

 

「……雅忠?」

 

 寛代子が微かに息を呑む暇すら与えなかった。雅忠はそのまま掴んだ腕を引き寄せると同時に、空いたもう一方の腕を、寛代子の華奢な腰のくびれへと強引に回した。

 そのまま力を込め、彼女の身体を自らの熱い胸板へと一気に抱き寄せ直す。

 細身でしなやかな身体が、ピタリと隙間なく雅忠の身体へ押し付けられた。服越しに伝わる寛代子の肌の柔らかさと、彼女の髪から立ち上る香りの熱。過去の記憶と現在の肉体が完全に重なり合った瞬間、雅忠は低く掠れた息を吐き出しながら、彼女の背中と腰を砕かんばかりの猛烈な力で抱きすくめた。

 

「……ふふ。ようやく、私を見てくれたのね、雅忠」

 

 雅忠の逞しい腕に腰を強く抱きすくめられ、胸板へと力任せに押し付けられながら、寛代子は満足そうに、どこか切なく目を細めた。その瞳には、かつて嵐の岩陰で己を呪い、怯えていた少女の面影はない。雅忠を自らの欲望と熱量で引きずり降ろし、屈服させようとする「主君」であり、一人の「女」としての気高く妖艶な輝きが宿っていた。

 雅忠の胸元に回された彼女の細い指先が、彼のシャツの衿元を掴み、さらに自らの顔へと引き寄せる。

 

「殿下、だなんて……二度と、その言葉で誤魔化させないわ。今夜のあなたは、私を壊したあの夜のあなたよ……」

 

 耳元で囁かれる寛代子の吐息。それが、雅忠の脳裏に残る最後の「理性の楔」を完璧に焼き払った。

 

「……寛代子……様……っ」

 

 雅忠が掠れた声でその名を呼んだ瞬間、その大きな手が、彼女の背中から腰、そしてその豊かな身体の輪郭をなぞるように滑り上がる。

 かつて嵐の夜、濡れて重くなったベンタイルのアウターを割り開いた手触りが、いま、彼女の白皙の肩を露わにしている上質な濃紺の生地の感触と重なり合った。

 雅忠の指先が、オフショルダーの深く開いた胸元から、滑らかな肌へとなぞり下りていく。重厚なドレスの背のファスナーに手がかけられ、引き下げられると同時に、滑らかな生地がはらりと白皙の肌から滑り落ちた。下着の線を極力出さないための繊細なレースのビスチェが、柔らかな双丘の丸みを気高く押し上げている。

 

「あ……っ、雅忠……」

 

 露出された柔らかな首筋、そして豊かに垂れる黒髪の隙間から覗く羞恥に赤く染まる耳たぶへと、雅忠は吸い寄せられるように熱い唇を押し当てた。

 かつて岩陰の闇の中で、身分を捨ててその最奥まで穿ち、独占の烙印を刻んだあの夜の記憶──。

 雅忠の前歯が、彼女の小ぶりな耳たぶをきゅうと甘噛みし、熱い舌先で濡らしていく。

 

「──んっ……は、あ……っ!」

 

 脳髄を直接揺さぶるような快感の電撃に、寛代子は気高くあり込もうとしながらも雅忠の背中に爪を立て、身体を弓なりに強張らせた。波打つ黒髪が雅忠の腕に絡みつき、耳元で鳴り響くのは外界の静寂を切り裂くような臣下の荒く獰猛な呼吸と、互いの肌が擦れ合う生々しい音。

 あの嵐の夜、二人を外界から遮断していた「岩壁」は、いまや固く閉ざされた部屋の扉へと姿を変え、二人だけの密室を完璧なものとしていた。

 

「もう……逃がしません。あなたが……私を狂わせたのですから……」

 

 凶暴な情動を湛えた低く濁った声音でありながら、丁寧な言葉遣いを崩さぬまま呟く雅忠の手に力がこもる。

 片手で自身の衣服を荒々しく解き捨て、露出した猛りを寛代子の最奥の熱へと押し当てた。

 自分を縛り付けていた一切の身分と倫理を脱ぎ捨て、雅忠は自らの上に寛代子の華奢な身体を抱え直すと、過去の情熱の記憶を上書きするように、彼女の素肌へと熱い情熱を叩きつけていった。

 膝をついた体勢のまま寛代子を抱き寄せ、その華奢な身体を背後から力強く拘束し、逃げ場を塞ぐように腰を抱きすくめ、彼女の身体を深く貫くと、寛代子の喉から弾けたような甘い悲鳴が漏れた。

 

「あ……っ、雅、忠……っ!」

 

 だが、雅忠の侵蝕はそこでは終わらない。

 結合の熱を維持したまま、雅忠は自らの上半身を後ろへと倒し込み、絨毯の上へ仰向けに身体を沈めた。引きずり込まれる形で、寛代子は背向きのまま雅忠の体躯の上に跨がる姿勢へと移行させられた。

 両脚をM字状に大きく開かされ、逃げ場を失う寛代子。

 そこから雅忠は、自らの両足をまっすぐ伸ばすと同時に、大きな腕を前方に回して寛代子の華奢な肩と胸を強く上から抱き寄せた。

 

「……あ……っ?」

 

 雅忠の胸元へ倒し込まれるようにして、寛代子が両肘を雅忠の脇につくと、その上体は雅忠の逞しい胸の上にあり、雅忠の両手がすかさず彼女の背中と肩を完全に固定し──男が下、女が上、背後からの屈曲結合という『撞木ぞり』の体勢が完成した。

 背中から直に伝わる雅忠の肉体の熱と、M字に開かされたまま逃げ場のない角度で最奥を穿たれる圧倒的な圧迫感。

 体位が完全に固定されると、雅忠の無骨な手が動き出した。

 身につけられていたビスチェのホックを手探りで外し、最高級のレース地を左右へと割り、瑞々しい双丘の重みを、形が変わるほどの強固で荒々しい愛撫で蹂躙する。

 

「寛代子様。あの時を思い出しますね」

「あ、ぁっ……! 雅忠、駄目……っ、身体が……っ!」

 

 寛代子は身悶えるように喘いだ。

 

「お諦めください……寛代子様。あなたが望まれたことです……」

 

 凶暴な熱を注ぎ込む雅忠。彼女の白い首筋、そして羞恥に震える耳たぶへと、雅忠は下から吸い寄せられるように熱い口づけを落とす。

 前歯で耳たぶを甘噛みし、熱い舌先で耳の最奥を穿つ愛撫。波打つ黒髪が雅忠の腕に絡みつき、重力と抱擁によって完全に拘束されながら、寛代子は気高さを剥ぎ取られ、雅忠の胸元でただ激しく果てさせられた。

 

「あ……っ、は、ぁ……っ!」

 

 雅忠の胸元で激しく果て、荒い吐息を漏らしていた寛代子だったが、その瞳から優雅な力は失われていなかった。

 全身を襲う強い余韻に震えながらも、雅忠の胸板からゆっくりと身体を起こした。肩から滑り落ちたドレスとビスチェの胸元から、可憐な双丘が激しい息遣いに合わせて上下している。

 

「……いつまでも、あなたの思い通りにはさせないわ、雅忠」

 

 寛代子は胸元に垂れる乱れた黒髪をかき上げると、どこか甘く、しかし決定的な主導権を告げる気高き笑みを浮かべた。

 自らの手で雅忠の肩を強引に押し引き、壁際に置かれた大きな姿見の前へと腰掛けさせた。

 

「殿下……何を……っ」

「黙って、私を見なさい。……今夜の主導権は、私にあるのよ」

 

 雅忠を胡坐をかかせるように座らせると、寛代子は背を向けたまま、彼の太腿を跨ぐようにして膝をついた。

 燭台の光を映す姿見の鏡面には、臣下に覆いかぶさる自分の姿と、酒と情熱で瞳を濡らし、息を荒らげている雅忠の顔、そして互いの露わになった肌が鮮明に映り込んでいる。

 寛代子は迷うことなく自らの細い指先を伸ばし、雅忠の猛り狂う剛直をその手で直接掴み取った。

 

「あ……っ」

 

 男の熱い硬さを手掌で感じながら、寛代子はすぐには全容を呑み込もうとはしなかった。

 自らの手で剛直の先端を誘導し、濡れそぼった膣口へ、精神を狂わせるような熱気とともに執拗に、ゆっくりと擦り付け始める。

 

「くっ……寛代子様……っ、何を……!」

 

 痺れるような焦らしに、雅忠の腰が思わず突き上がろうとする。だが、寛代子は空いた手で彼の太腿を強く押し抑え、気品ある低い吐息でそれを制した。

 

(焦っては駄目……。私が、私のペースで雅忠を味わうの……)

 

 擦り付けられる先端の凶暴な熱感と、自分の手で臣下の肉体を支配しているという背徳感。

 寛代子は己の秘所を焦らすように何度も擦り合わせた後、満足したように細い腰をゆっくりと落とし込み、吸い込むようにその剛直を深く深く呑み込んでいった。

 背を向けたまま、寛代子は自らの意志で腰を旋回させ、締め付けの強弱を自在に操りながら、じわじわと雅忠の理性を締め上げていく。長髪が背中で揺れ、白皙の肌とビスチェの繊細な刺繍が妖しく鏡に揺れていた。

 

「んぁ……っ! あ、っ、凄い……っ、雅忠……っ!」

 

 本能のままに腰を揺すり、自ら快楽の頂点へと駆け上がろうとする寛代子。

 だがその最中、ふと目の前の鏡に視線の向きを変えた瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。

 鏡に映っていたのは──高貴であるはずの自分が、ビスチェを乱し、淫らな顔で臣下の男の上に跨がり、自ら腰を振り乱して快楽を貪っている衝撃的な姿だった。

 

(私……こんな……こんな顔をして……っ)

 

 一瞬、強い恥じらいと羞恥が彼女の胸を突き抜け、身体がキュッと強張る。

 

「……あ、っ。雅忠……見ては……っ」

 

 顔を赤く染め、寛代子が両手で顔を覆おうと身をすくませる。その動きに合わせて秘所が強く締め付けられ、雅忠の剛直が内部で一層跳ね上がった。

 寛代子は背中に触れる彼の体温が急速に熱を帯びていくことに気づき、動揺を隠すように小さく喘ぎながら振り返った。

 

「……お酒が回って、身動きが取れないはずの臣下が……案外しぶといですわね……?」

 

 その瞬間、雅忠の瞳の奥に狂暴な熱が宿っていたことに。寛代子は気が付かなかった。雅忠は彼女の細い腰を逃がさぬよう両手で強く抑え込み、掠れた、しかし色気を感じさせる低音で耳元へ低く獰猛に囁き返した。

 

「……酒のまどろみなど、殿下に触れられた熱に比べれば、あまりに生温い……」

 

 その声に寛代子の秘所が雅忠を一段と締めつけてくる。その締め付けに限界を覚えた雅忠の「男としての本能」が弾け飛んだ。

 

「……あっ!?」

「──逃がしません。私を酔わせ、愚弄されたお仕置きです!」

 

 雅忠は座った姿勢のまま、寛代子の細い腰と太腿の付け根を両手で力任せに掴むと、彼女の身体ごと宙へと持ち上げた。

 そのまま、重力を無視するかのように、猛烈な勢いと圧倒的な腕力で彼女の身体を落とし込み、最奥へと突き上げる──力強く素早い『本駒駆け』の連続打撃。

 

「あッ! あぁッ! 雅忠、雅忠ぁッ!!」

 

 肉と肉が激しくぶつかる高烈な音が、密室の鏡の前に響き渡る。

 寛代子の気高さや恥じらいなど一瞬で吹き飛ばすほどの、本能的な突き上げの暴力。持ち上げられ、叩き落とされるたびに、脳髄を直接揺さぶる快楽の波が彼女を襲い、屈服させられていく。

 

「相変わらず、お身体は羽のように軽いですね」

「あ、あの、と、きと変わって、いないわっ」

「と、仰られると」

「52kgよっ」

「軽いわけです」

 

 寛代子の柔らかな身体は、雅忠の鍛え上げられた腕力の前では何の負荷にもならなかった。容易く抱え上げられた寛代子は、逃げ場を完全に失ったまま、下から突き上げる衝撃を受け止めるしかない。

 鏡の前で、持ち上げられた寛代子の身体が激しく上下に弾む。

 雅忠の荒い咆哮と、寛代子の狂ったような悲鳴が重なり合い、二人は互いの存在を完全に溶かし合うように、同時に激しい絶頂の深淵へと叩き落されていった。

 

 鏡の前での興奮も冷めやらぬまま、雅忠は寛代子の身体を抱え上げ、窓際へと連れて行く。冬の夜気を吸った冷たい窓ガラスに、寛代子の白皙の両手が押し付けられた。

 

「あ……っ、雅忠……ここは……っ」

 

 背後から覆いかぶさるように深く貫かれ、寛代子の喉から甘い悲鳴が漏れ出る。重厚なドレープカーテンの隙間越しに広がる静まり返った夜の庭園。いつ誰が通りかかるか分からない恐怖が、二人の皮膚を粟立たせ、結合の熱をさらに激しいものへと変えていく。

 雅忠は彼女の腰を掴んだまま持ち上げ、低めの窓枠の上へと寛代子を座らせた。

 カーテンの隙間から差し込む月の光と庭灯が、ビスチェを露わにし、腰元までドレスが滑り落ちた寛代子の美しい体の輪郭と、両肩に散らばる黒髪を妖しく浮かび上がらせる。雅忠は彼女のM字に開かれた太腿の間に踏み込み、外の夜気を受け止める彼女の背中を見つめながら、静かに、しかし逃げ場のない深さで腰を叩きつけていった。

 身体の芯を穿たれながら、寛代子は自ら細い指先でカーテンをすっと大きく開いた。

 

「……ここからは外がよく見えるわ、雅忠。当然その逆もね。……もし、誰かが通りかかったらどうなさるの?」

 

 彼女は冷えた窓ガラスに細身に映える可憐な胸元と太腿を押し付け、スリルを楽しむように雅忠の反応を試す。その言葉に触発され、雅忠の剛直が内部でいっそ凶暴に脈打ったその時──庭園の暗闇の向こうから、一筋の懐中電灯の光が滑り込んできた。

 

「──ッ!?」

 

 危機を察した雅忠は、限界まで張り詰めていた腰を弾かれるように引き延ばし、間一髪のところで寛代子の最奥から自らを荒々しく引き抜いた。引き抜かれた衝撃とともに、解き放たれた肉の隙間から熱い体液が溢れ出し、寛代子の内腿を伝って落ちていく。

 直前に絶頂の淵まで追い込まれていた雅忠は、床へ低く身を伏せながら激しい射精感に襲われたが、奥歯が割れんばかりに噛み締め、必死の自制心で男の限界を耐え抜いた。ここで果ててしまえば、白濁の匂いや気配で外の接近者に察知されかねない。

 雅忠は荒い吐息を喉の奥で殺し、厚手のドレープカーテンの裾と、室内の暗がりの中へと、完全にその姿を潜ませた。

 寛代子も、引き寄せた厚手のカーテンと胸元に残るビスチェの生地を自らの首元で重ねるように強く抱え込み、自身の足元やカーテンの陰に潜む雅忠の存在を、厚手の生地と室内の暗がりへと完全に隠し通す。

 

 敷地の砂利を踏みしめる、規律正しい足音が静寂を破って近づいてきた。深夜の見回りを担当する宿直の警衛員だった。

 ガラス越しに懐中電灯の光が向けられ、カーテンの隙間から顔を覗かせた寛代子の姿を照らした。庭に立つ警衛員は即座に直立不動になり、敬礼を捧げた。

 

「これは寛代子殿下! 夜分遅くに不躾を失礼いたします。お部屋の明かりが漏れておりましたので、念のため回ってまいりました」

「……ご苦労様。年末の警備、感謝しますわ。少し、頭を冷やそうと夜風にあたっていただけです」

 

 カーテンの隙間から顔を出した寛代子は、完璧な「主君」としての凛とした声音と表情で答礼を返す。

 寛代子の足元で伏せる雅忠が、カーテンの裾の暗がりから、むき出しになった彼女の脚へ慎重に手を伸ばした。

 雅忠は引き抜かれた秘所から溢れ出る蜜が床へと滴るのを防ぐため、下から掌を添えて優しく押し塞ぐつもりだった。

 

(! 雅忠! 何を……!)

 

 しかし、寛代子はその意図に気が付かず、咄嗟に息を詰め動揺を押し隠した。

 

(動かないで……お願いだから、指を動かさないで……っ)

 

 雅忠の指先が息を詰める寛代子の過敏な突起に触れ、繊細な熱が寛代子に伝わる。

 外からの光と視線に晒されながら、下半身は足元に潜む臣下の手に完全に弄ばれているという極限の緊張感。寛代子は上体を一切揺らさぬよう、窓枠の縁を指先が白くなるほど強く握りしめて耐えていた。

 

「……寛代子殿下? 少々お顔色が白く見えますが……」

「……なんでも、ありませんわ。寒さで……少々冷えてしまったようです。……異常はありませんから、見張りを続けなさい。私ももう休みます」

「はっ! 大変失礼いたしました。どうかお風邪など召されませぬよう」

 

 警衛員はカーテンの下で起きている「完全な不敬」に気づくことなく、再び敬礼を返すと、砂利を踏みしめて闇の奥へと去っていった。

 懐中電灯の光が去り、狂乱のような絶頂が収まった後も、雅忠は腰掛けた寛代子の体を力強く抱きとめたままだった。

 ようやく外の恐怖から解放された寛代子は、上気した顔を上げると、胸元を押さえつつ、自分の体を乱暴に弄んだ臣下へ仕返しをしようと拳を振り上げた。

 

「……よくも、あんな真似を……! 警衛に見つかったらどうするつもりでしたの!?」

「……殿下が蜜をお漏らしにならぬよう、指で塞ぎ止めたまでにございます」

「それを……なぜ声で伝えないのですか!」

「警衛の目の前で声を張れとおっしゃるのですか。……滅多なことをおっしゃるものではありません」

「っ……! 屁理屈を……!」

 

 ぽかぽかと雅忠の逞しい胸板を叩き、仕返しとばかりに胸元の肌へ爪を立てる。だが、その弱々しい抵抗は、かえって雅忠の熱した血を再び昂ぶらせるだけだった。

 

「──殿下。私の言葉をご理解いただきながら、この態度。私から今一度お仕置きさせていただきます」

「っ……!?」

 

 雅忠は無言で彼女の両手首を片手で掴み上げ、頭上へ押し留めた。逃げ場を失った寛代子の細い腰を引き寄せると、熱い息を吐きながら、無防備に晒された彼女の首筋と耳たぶへ激しく噛みつくような口づけを叩きつける。

 

「あっ。んっ……っ……いや……っ」

 

 懲らしめるはずが、あっけなく捕らえられ、過敏になった肌を容赦なく責め立てられる。身体の芯を貫くような快感の波が再び押し寄せ、寛代子の喉から甘い悲鳴が零れ落ちた。

 首筋からデコルテへと落ちていく熱い唇の感触に、寛代子は背中を弓なりにしならせ、抵抗する気力を完全に削ぎ落とされた。降伏を示すように雅忠の肩へすがりつく。

 

「は……っ、雅忠、もう、ゆ……っ」

「……寛代子様。謝罪のお言葉を頂けておりませぬ。許すわけには参りませぬ」

 

 そう囁く雅忠。

 

「待って……ご」

 

 謝罪の言葉を口にしかけた寛代子の唇を雅忠が塞ぐ。

 

「!! ──!!」

 

 涙の浮かぶ瞳で雅忠を見つめる寛代子。

 その唇が一度離れる。

 

「雅忠、ごめ」

 

 即座に塞がれる寛代子の唇。

 

「!! ──!!」

 

 寛代子の口腔を舌で蹂躙しながら背後から太腿を割り、過敏に熱を帯びた秘所へ容赦なく指先を沈める雅忠。

 

「!! ──!!」

 

 雅忠の指先が内壁を擦り上げるたび、寛代子の腰がびくりと痙攣した。

 寛代子は身体を跳ねさせ、逞しい胸板を叩いたが、雅忠の瞳には臣下としての恭順ではなく、男としての暗い執着が渦巻いていた。

 寛代子は気が付いた。雅忠は自分に謝罪の言葉を言わせるつもりが無いのだと。

 

「一度、湯あみをさせて。お願い……もう、身体が……っ」

 

 雅忠を押し剥がし、声を上げる寛代子。

 

「なりませぬ」

「あんっ。ま、って。本当に待って、お願い。壊れてしまうわ」

「手加減いたします故、今しばらくご辛抱を」

 

 雅忠はそのまま寛代子の細い腰を抱え直すと、自らの上体を引き寄せ、再び熱く硬く沸き立った猛りの先端を、滑らかな雫に濡れた入口へと容赦なく押し当てた。

 

「い、嫌……んっ」

 

 拒絶の言葉とは裏腹に、寛代子の秘所は吸い寄せるように雅忠の猛りを受け入れていく。背中を強く抱きすくめられ、完全に密着した体温の中で、寛代子は甘い痺れに捉われながら、臣下の腕の中へとしなだれかかっていった。

 寛代子の身体を自らの腕の中へと引き寄せた雅忠は、彼女の言葉を遮るようにその濡れた唇を再び力任せに塞いだ。

 一度は拒絶しようとあがいた寛代子だったが、秘所を満たす熱い感触と、首筋や耳たぶを這う雅忠の苛烈な愛撫に、やがてその指先を彼の首元へと絡め、甘い吐息を漏らしながら自ら体を委ねていく。

 

「ん……ッ……あ、雅忠……っ!」

 

 先ほど警衛員に悟られぬよう必死で息を殺していた反動もあり、密室の静寂を破る二人の交歓の音と喘ぎ声は、いっそ濃密に部屋の空気を満たしていった。

 雅忠はそのまま寛代子の細い腰をしっかりと両手で固定すると、彼女の身体を自分の胸元へと強く抱き寄せ直し、深く、そして逃げ場のない角度で激しく突き上げていく。

 

「あぁッ……! だめ……そんな、深……ッ!」

 

 最奥を容赦なく穿たれるたびに、寛代子の背中が弓なりにしなる。高貴な佇まいも淑女としての矜持もすべて灼き尽くされ、臣下に貪り尽くされる快楽の深淵へと、彼女はただひたすらに落ちていった。

 夜が更けていくにつれ、燭台の灯りが穏やかに揺れる中で、二人は互いの体温と情熱を貪り合い、夜明けの刻が訪れるまで、決して解けぬ絆のように深く交わり続けるのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 白々と東の空が明けていく頃。二人は寛代子の自室奥にある専用の浴室へと姿を消した。

 雅忠に湯を準備させ、桶と手ぬぐいを持たせて入室させた直後──カチリと、寛代子は自ら内鍵を降ろした。万が一誰かが外から入っても、「寛代子が一人で朝の入浴中」としか見えない、完璧な聖域の完成だった。

 

「……雅忠、そこに座りなさい」

 

 湯舟の縁を指差し、寛代子が静かに命じる。

 雅忠は主君の命に従い湯舟の縁へと腰を下ろした。

 寛代子は濡れた手ぬぐいを手に取り、どこか妖艶な笑みを浮かべた。

 

「で、殿下……? 何をなさるのでございますか……」

「黙っていなさい」

 

 濡らした温かい手ぬぐいで、彼の首筋や胸元に残る昨夜の自分の爪痕や汗を、ゆっくりと、撫でるように拭い始める寛代子。

 

「……昨夜は、私に随分とひどいことをしてくださったわね。……私の身体を持ち上げて好き放題した挙句、あの窓際で……」

 

 寛代子の昨夜の汗や愛液を拭う手つきはどこか愛おしげでありながらも、過敏になった首筋や胸元は容赦なく力強くなぞり上げた。

 その度にビクりと小さく跳ね上がる雅忠の身体。

 

「雅忠……。鏡を見てごらんなさい。あなた、すごい表情をしているわ」

「で、殿下……」

 

 寛代子は鏡に映る自分たちの姿を見させながら、正気を取り戻しかけていた雅忠を再び逃げ場のない愛執の檻へと引きずり戻した。

 手ぬぐいはやがて、胸元から腹部、そして昨夜何度も彼女の最奥を貫いた雅忠の猛りへと滑り落ちる。

 

「……あっ」

 

 雅忠の剛直は、寛代子の白く細い指先と温かい手ぬぐいが触れると再び熱を帯び、力強くその存在感を主張し始めた。

 

「あらあら……まだこんなに元気ですの?」

 

 楽し気に目を細め、可笑しそうにクスリと微笑む寛代子。

 雅忠は耳まで赤く染め上げ、「……申し訳、ございません……っ」と身を縮こまらせて固く目を閉じ、臣下としての不甲斐なさにただただ恐縮するばかりだった。

 

「殿方のこうなったこれを見るのは雅忠のものが初めてですけれど、皆、このようになりますの?」

「で、殿下……それを私から申し上げろとおっしゃるのですか……?」

「あら。ずいぶん苦しそうですわね。……これは撫でたら鎮まるのかしら」

 

 寛代子は指先でその剛直を包み込み、優しく、ゆっくりと、撫でるように拭い始めた。

 寛代子の白く細い指先が触れる度に剛直は熱を帯び、力強くその存在感を主張し続ける。

 

「で、殿下……お止めくださいませ」

 

 焦燥の声を上げて制止する雅忠を無視する寛代子。

 

「なかなか鎮まりませんわね。もう少し力を入れて撫でれば鎮まるのかしら」

 

 そう呟くと、寛代子は優しく、しかし確実な圧力で指先に力を込め滑らせた。

 ──だが、鎮めようとしたその撫で上げこそが、極限まで高ぶっていた雅忠の肉体にとどめを刺してしまった。

 

「っ……あ、殿下……いけません、お止めください……ッ!」

「え──」

 

 雅忠の制止の声も虚しく、次の瞬間、雅忠の剛直から勢いよく白濁が弾け飛んだ。

 放たれた白濁は、正面で膝をつき、下から覗き込んでいた寛代子の髪、白い頬、そして胸元へと容赦なく降り注いだ。

 

「つ……っ!?」

 

 顔や髪に温かい熱と匂いを受け、寛代子は思わず目を見開いて息を呑む。

 

「寛代子様、申し訳ございませんっ!!」

 

 血の気が完全に引き、パニックに陥った雅忠は、自分に持たされていた手ぬぐいで慌てて彼女の顔や髪を拭おうと手を伸ばした。

 だが、寛代子は自らの頬に散った白濁を細い指先でそっと拭い取ると、慌てふためく雅忠をすっと制し、指先についたそれを自らの唇でそっと舐めとり、妖艶な笑みを浮かべて見せる。

 

「……ふふ、鎮めるどころか、溢れさせてしまったわね。……でも、いいわ。これで理由ができたでしょう?」

 

 寛代子は乱れた髪をそのままに、湯気の中に素肌を晒しながら雅忠の目の前で背を向けた。

 

「さあ、髪も顔もこんなに汚されてしまったのだから……あなたの手で、私を綺麗に洗って下さいませ」

 

 雅忠は震える手で桶の湯を汲み、彼女の白く美しい髪と背中へとお湯を滑らせていく。

 しかし、お湯で髪をすすぎ、首筋からデコルテへと手ぬぐいを運んだ瞬間、雅忠の指先が再び凍りついた。

 白濁が洗い流された素肌の上に、昨夜の狂乱の中で自分が刻みつけた生々しい赤紫色の爪痕と、深く色づいた歯型がはっきりと浮かび上がっていたのだ。

 

「……っ! これは……」

 

 あまりの惨状に息を呑み、固まる雅忠。

 その動揺を感じ取った寛代子は、ゆっくりと振り返ると、雅忠の手首をそっと自分の手で捕らえた。

 指先で自らの首筋の噛み痕をなぞらせながら、寛代子は静かな、しかし逃げ場のない声音で雅忠をじっと見つめ返す。

 

「……こんなに私に痕を残して……。普段なら、襟元を正せばなんとか隠せる位置ですけれど……」

 

 寛代子は鏡に映る己の首筋とデコルテを雅忠の指先でなぞりながら、どこか愉しげに、けれど逃げ場を塞ぐような声で呟いた。

 

「ねえ、雅忠。この痕が女官たちに見つかったら大変ですわね」

「殿下……何もお詫びのしようもないほどのこの大罪。私の一身のみでお腹立ちをお納めくださいますよう、伏してお願い奉ります」

 

 寛代子の前で平伏する雅忠。

 

「どうしようかしら……?」

「なにとぞ……何卒ご容赦を……」

「殿下ではなく寛代子と呼びなさい。そうすれば考えますわ」

「で……寛代子、様」

「よくできました」

 

 土気色になる雅忠の姿を見つめ、寛代子はくすくすとおかしそうな笑い声をあげた。

 

「大丈夫、何もしませんわ。この痕が見つかっては、私まで大変なことになってしまいますもの。……とは言え、どういたしましょうか」

 

 頬に手を当て考え込む寛代子。

 

「そうですわね、年末年始のご挨拶だけなら体調不良を口実に面会を避けることもできますから……避けることのできない問題は宮中行事ですね。……残念ですが、1月5日の新年祝賀の儀は『体調不良』で欠席するしかありませんわ」

 

 浴室の鏡の前で、寛代子は己の首筋に残る生々しい赤紫の痕を指先でなぞりながら、冷徹な計算を口にした。

 

「1月5日まで……。冷え込みによる風邪を理由に自室へ引き籠もれば、侍女たちの着付けの目を避け、痕跡が薄れるまでの時間を稼げますわね。……ただ、医官の診察をどういたしましょうか」

「……殿下」

「雅忠が気にすることではありませんわ。そこは私がうまく計らいますから。……でもあなただけが私に痕を残すなんて不公平ですわね。……雅忠、あなたのその逞しい身体にも、私という存在を刻み込んであげますわ」

 

 寛代子は雅忠の首筋にしがみつくと、白い歯を立てて、彼の首筋と肩口へ深く、深く噛みついた。

 

「あぐ……っ、ん、あ……ッ!」

 

 雅忠の喉から漏れる耐えるような喘ぎ。寛代子は彼の皮膚に自分の歯型と血豆のような赤紫の痕を刻みつけ、唇を離すと満足そうに呼吸を乱した。

 

「ふふ……これであなたも、私以外に肌を見せられなくなりましたわね。……さあ、雅忠。どちらがより深く、消えない痕を相手に刻み込めるか……試してみましょうか」

「寛代子様……?」

「……ふふ、冗談ですよ。本当にそんなことをしたら、侍女たちにすぐに怪しまれてしまいますものね」

 

 寛代子は雅忠の首筋からそっと唇を離すと、くすりと可笑しそうに微笑んだ。雅忠も安堵の息を吐きながら、己の浅はかな動揺を恥じるように苦笑いを浮かべる。

 ふと気が付けば雅忠の剛直が再び熱を取り戻しつつあった。

 

「あら、また元気になりましたのね」

 

 その様子を見た寛代子が、考え込むように雅忠を見つめた。

 

「……雅忠。聞いてもいいかしら」

 

 寛代子は秘めやかな胸の内を明かすように、そっと声を落とした。

 

「はい。何なりとお尋ねくださいませ」

「その、殿方は……」

 

 口ごもる寛代子。朝の光が差し込む浴室で、彼女の白皙の肌にふわりと赤みが差し込んでいく。

 

「何かございましたか?」

 

 首を傾げる雅忠の疑問に、彼女は意を決したように、上目遣いに言葉を発した。

 

「殿方は、こういう時、その……女性の口で滾りを鎮ませるのがお好きなのでしょう?」

 

 顔を朱に染める寛代子。

 

「な……っ!? か、寛代子様……? それをどなたから……?」

「……あの嵐の夜、あなたに良いようにされましたから。今後、そうならない様に人目を忍んで様々な書物を読みました。……知識だけは詰め込んできたつもりですわ」

「自らお調べになったとおっしゃるのですか……!?」

 

 雅忠は顔を覆いたくなるほどの驚愕と激しい恐縮に苛まれた。宮家の高貴な姫君が密かに性的な図録や古書を漁っていたという事実に、目眩を覚えていたのだ。

 

「で、ですが、実践する機会がありませんでした。……知識だけではなく、本で学んだことが正しいのか実践して確かめてみたいのです」

 

 強がりながらも、俯き加減に呟く寛代子。学んだ知識通りに手を動かそうと試み、震えるしなやかな指先で雅忠の過敏な先端をそっと包み込んだ。

 

「やはり書物に書かれていた通り、あなたのここは、こうして熱く震えているのですね……」

「ち、違います、寛代子様……おやめください!」

「でも、あなたのここは震えていますわ」

 

 寛代子は朱に染まった顔を隠しようともせず、しかしその瞳には主君たる毅然とした光を宿して雅忠を見つめ返した。指先に包み込まれた剛直は、彼女の言葉を裏付けるように、熱く、硬く、ひくひくと歓喜に震えている。

 

「か、寛代子様……そのようなことは、高貴な御身分であられる貴女様がなさるべきことではございません。ましてや、私のような臣下に対して……」

「……一生懸命勉強しましたのよ……あなたを悦ばせてみたくて」

 

 漏らされた本音に、雅忠の胸が強く締め付けられた。

 しかし寛代子の真意はそれだけに留まらなかった。目の前で脈打つ雅忠の肉体への、純粋な好奇心。男を蕩けさせるという行為を自らの手と唇で確かめてみたいという衝動が、彼女の頬を熱く火照らせていた。

 寛代子は膝立ちのまま一歩歩み寄り、雅忠の太腿の間に収まった。

 

「さあ、教えなさい、雅忠。……殿方は、どのようにされるのが一番心地よいの? 本には『女性の口で包み、吸い上げるのが至上の喜び』とありましたわ。……これ、本当に効果がありますの?」

 

 知識を口にしながらも、目の前で脈打つ剛直の生々しさに寛代子の胸は早鳴りし、視線が泳いでいる。

 

「っ……寛代子様……それを私に口にせよとおっしゃるのですか……!」

「ええ。指導者になりなさい、雅忠。私に隠さず、すべてを教え込むのよ。……さもないと、このまま間違っているらしいやり方であなたを苛み続けて差し上げますわ」

 

 寛代子は脅すように、わざと先端の過敏な割れ目を指先で強く圧迫してみせた。

 

「っ……! か、寛代子様……っ!」

 

 腰を跳ねさせ、吐息を漏らす雅忠。彼の理性の堤防が崩れ落ちていく。もはや拒絶は不可能だった。主君にそのような猥雑な指導をする畏れと、目の前の姫宮が自分の言葉に従って肉体を奉仕しようとしている背徳感が、雅忠の意識を痺れさせていく。

 

「……唇、です……っ」

 

 雅忠は絞り出すような声で固く目を閉じながら白状し始めた。

 

「歯を……歯を絶対に立ててはなりませぬ……。唇を裏側に巻き込み、柔らかい肉だけで包み込むように……そして、舌を……」

「まあ……歯を立てては駄目なのね。唇を、こうかしら……?」

 

 寛代子は頭の中の知識と雅忠の教えを照らし合わせるように、おずおずと顔を近づけた。だが、先端から放たれる熱い吐息と独特の匂いが鼻腔を突いた瞬間、「ひ……」と小さな悲鳴を上げて顔を真っ赤にし、一瞬身を引いてしまった。

 

「……っ、生々しすぎて、こんな……っ」

「か、寛代子様、ですからおやめくださいと……」

「い、いいえ! やめませんわ! 私だって、覚悟を決めて調べたのですから……っ」

 

 寛代子は真っ赤な顔で涙目になりながらも、意地になって再び顔を寄せ、教えられた通り唇を丸めて先端を包み込んだ。

 

「────ッ!?」

 

 雅忠の全身に衝撃が走った。つたなさと、寛代子の猛烈な恥じらいが伝わってくる愛撫。彼女は雅忠の表情を上目遣いで観察し、雅忠が息を呑むと、即座に「あ、これで良いのですね……?」と照れと動揺の入り混じった瞳で懸命に角度を変え始めた。

 

 温かい息が敏感な先端を吹き抜けるだけで、雅忠の腰がびくりと浮き上がる。

 

「あ……左様でございます……。ですが、ただ包むだけでなく……吸い上げるような……圧迫感を……っ」

「あっひゃくひゃん……しゅうにょにぇ(圧迫感……吸うのね?)」

 

 小さな音が密室に響いた。寛代子は先端を舌先で転がしながら、教えられた通りに唇で包み込み、ゆっくりと息を吸い寄せる。

 

「ん……む、ちゅ……っ、ふ……ひょうひゃひら?(こうかしら?) ……雅忠……さっきより、硬くなっているわ……」

「あ、あぁ……っ! 殿下、もう……お止めくださいませ、これ以上は……っ!」

「寛代子です。……やっぱり駄目です。あなたが私を寛代子と呼び、これを『完璧だ』と認めるまで、私はやめませんわ……んっ……っ」

 

 本を読み、今教えられた使い方を健気に実践しようとして、伝わる生の肉体の圧倒的な熱に動揺し、赤面を深める寛代子。その白皙の顔が吐息で乱れていく様は、恐ろしいほどに艶やかだった。寛代子のつたないながらも一生懸命な追及と、喉奥から伝わる温かな圧迫感。その圧倒的な快感に煽られ、雅忠の頭底で、獣のような本能が鎌首をもたげた。

 

 ──このまま彼女の頭を押さえつけ、欲望のままに喉の奥深くへと押し込みたい。

 

 暗い衝動が突き上げ、雅忠の手が寛代子の髪へと伸びかけた。しかし、土壇場で臣下としての理性がそれを押し留める。必死に己を制し、拳を握りしめて耐えたが、男としての限界はあっけなく訪れた。

 

「あ……ッ、寛代子様、いけません……出ますっ……ッ!!」

「んんっ!?」

 

 抑えきれなかった脈動とともに、雅忠の剛直から熱い白濁が勢いよく噴き出した。驚きに目を丸くする寛代子の口内を濃厚な熱が満たした。

 

「……ッ、はあ、はあっ……! 寛代子様……っ! お吐き出しくださいませ、すぐに……っ!」

 

 正気に戻った雅忠は血の気を引き、慌てて彼女の身体を支えようと手を伸ばした。だが──寛代子は溢れそうになるそれを口に含んだまま、喉を小さく鳴らして、ゴクリと呑み込んでしまった。

 

「……んぐっ、……ふぅ、……っ、あ……っ」

 

 呑み込んだ直後、口内に残る独特の味と粘り気、そして生の体液を呑み干したという生々しい事実に我に返り、寛代子は急激に顔を真っ赤にして口元を両手で覆った。

 

「私……本当に……呑み込めたのですね……」

「────っ!?」

 

 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤にして身を縮こまらせる寛代子を見て、雅忠はあまりの衝撃に絶句し、膝から崩れ落ちた。

 しかし、一度火がついた寛代子の学びと実践、好奇心と主君としての追及は、恥じらいつつも止まらなかった。

 一度目の果てを迎えたばかりの雅忠に対し、寛代子は自らの指先で優しく撫でさすり、再びその剛直に熱を帯びさせていく。寛代子の命により、再び湯船の縁に腰掛けさせられた雅忠の前に、彼女は静かに膝をついた。

 83㎝の可憐な胸元に手入れされた豊かな髪が濡れた肩から落ちていた。そして58㎝の程よく引き締まった腰、87㎝という女性らしい丸みを帯びた臀部。艶やかな無駄のない、163センチのしなやかな女性らしい姿が雅忠の目の前で惜しげもなく披露されている。

 寛代子は朱に染まった顔を隠そうともせず、再び脈打ち始めた剛直を見つめると、静かに声を落とした。

 

「本には……口だけではなく、『胸元で包み込む愛撫も男を狂わせる』とありましたわ……」

「寛代子様、まさかそれまで独学で……っ!?」

「雅忠。これは主君としての命です。……じっとしていらっしゃい」

 

 寛代子は迷うことなく、自らの可憐で柔らかな胸元へと雅忠の剛直を引き寄せた。両手で自らの胸を寄せ、可憐でありながら張りのある胸元を左右からそっと寄せ、その柔らかな谷間に熱い高まりを優しく挟み込んだ。湯に濡れた肌の滑らかさと、柔らかな肉圧が伝わり、雅忠の口から「っ……あ」と掠れた息が漏れる。

 

「ふふ……私の慎ましやかな胸では足りないかと思いましたが……こんなに太くなって……。本当に心地よくていらっしゃいますの?」

 

 寛代子は雅忠の顔を見上げながら、腰を軽く揺すり、胸元を上下に滑らせ始めた。密着する肌の熱気と、しなやかな腰から臀部にかけての美しいラインが目前で躍動する。

 

「寛代子様……っ、そのように慎ましやかなどと仰いますなっ」

「あら。雅忠は私の胸は慎ましやかでないと? 雅忠は他の方の胸もよくご存じなのですね。木幡伯爵家の彩子様とは、もう、そのような、間柄なの、ですか?」

 

 寛代子が一段と勢いを増して胸元を上下に滑らせる。

 

「ですが、彩子様の身体付きは、誓子と似ていると聞き及んで、おります。どなたと比べられているのですか?」

「だ、誰とも比べてなどおりません! ただ、寛代子様の温もりが、あまりに……っ」

 

 不意を突かれた尋問に雅忠の動揺は深まり、目線を泳がせながらも必死に否定の言葉を紡ぐ。だが、胸元で擦れ合う肌の柔らかさと熱気は容赦なく彼の理性を削り取っていく。

 

「お答えになってくださいませ。……それとも、声も出ないほどお気に召しましたの?」

 

 雅忠の耳元へ吐息を吹きかけ、寛代子はクスクスと喉を鳴らした。

 

「こ、このような破廉恥なご奉仕など……っ」

 

 雅忠の振り絞るような声に寛代子はさらに力を込め、滑らかな胸元を深く押し当て、肌を擦り合わせるようにゆっくりと揺すった。

 

「破廉恥とおっしゃるわりには、ここが、はち切れんばかりに膨らんでおりますわよ。……雅忠、何か仰りたいことがあれば、どうぞ仰って?」

 

 答えに窮して顔を赤らめる彼の様子に、彼女の瞳には悪戯っぽい愉悦の光が宿る。

 

「……んっ。……もっと挟んだ方がよろしいのかしら?」

 

 雅忠の表情を楽しむ寛代子だったが、自身もまた胸元での擦れ合いが生み出す熱感にその身体を熱く火照らせていた。

 

「あら? 雅忠、先端から雫が……」

 

 谷間の先端からにじみ出た熱い感触を確かめるように、彼女は動きを止めた。本で得た知識では「快楽の証」と知っていたものの、それが自分の胸元で繰り広げられている生々しさに、寛代子は心臓を激しく脈打たせた。

 

「……胸だけでは、足りませんのね。先端が、このように熱い雫を零して……」

 

 寛代子はそっと胸を開くと、そこから覗く脈打つ先端へと顔を近づけた。

 

「口で含み、胸で包む……。雅忠、どちらがより、あなたを蕩けさせられますの? ……すべて、私に教え込みなさい」

 

 柔らかな胸元が密着する感触と、過敏な先端を湿った唇で吸い上げられる熱い圧迫感。二重の攻勢に雅忠の全身が硬直し、湯船の縁を握りしめる指先の爪が真っ白に変わった。

 

「あ……くっ、寛代子様……っ! いけません、これ以上は……っ!」

 

 寛代子は一度唇を離すと、瞳を潤ませながらも毅然とした眼差しで雅忠を見つめ返した。

 

「おだまりなさい。……まだあなたは、どちらが良いか答えておりません。答えるまで続けますわ」

 

 そう言い放つと、寛代子はさらに胸を寄せて雅忠の先端を再び口に含み、激しく舌を絡めていった。真面目ゆえの容赦のない追及が、雅忠の理性を根底から焼き切っていく。

 

「あ、あぁ……ッ!!」

 

 限界を迎えた剛直が大きく跳ね、熱い白濁が激しい脈動とともに再び寛代子の口内へと乱れ飛ぶ。寛代子は逃げることなくその熱を受け止め、喉を鳴らしてすべてを呑み干した。

 荒い吐息だけが湯気の中に響き渡る。雅忠は全身の力を失い、虚ろな目で天を仰いだ。

 

「あらあら。どうなさいましたの、雅忠」

 

 その様子にくすくすと笑い声をあげる寛代子。

 

「仕方ありませんわね」

 

 手ぬぐいを湯に浸すと、自身の胸元や口元に散った痕跡を丁寧に拭い、それから深くうなだれる雅忠の肩へと温かい布を当てた。

 

「雅忠。大儀でした。……実に教わりがいのある教師でしたわ」

 

 どこかすっきりと満足げに呟く寛代子に対し、雅忠は蒼白な顔のまま身を縮こまらせた。

 

「……身の置き所もございません……。殿下に対し、二度までもこのような暴挙を重ねるなど……」

「咎めているわけではありませんよ。私が命じたのですから」

 

 寛代子は濡れた髪をかき上げ、手ぬぐいを絞ると、ふと思い出したように雅忠の顔を覗き込んだ。

 

「ところで、雅忠。……口の中に注がれたものは、そのまま呑み込むのが正しいと本に書かれていましたわ。……本当かしら?」

「───────っ!?」

 

 その一言が出た瞬間、雅忠の顔から完全に血の気が失せた。あまりの衝撃に言葉を失い、土気色の顔で絶句する。

 

「何という出鱈目を書いておるのだ、その本は……っ!」

「え……? 違うのですか……?」

 

 まあ、と小さく口元を抑える寛代子。

 

「違います! 断じて違います!! あれは……あれは呑み込むようなものではございません!! お身体に害はございませんが、高貴なお方が口にされるようなものでは……っ! 何ということだ……私は何という罪を……っ」

 

 頭を抱えて本気で絶望し、世の終わりのような顔で震える雅忠。その過剰なうろたえぶりに、寛代子は一瞬ぽかんとした後、楽し気に肩を揺らした。

 

「ふふ、まあ良いではありませんか。……美味しくはなかったけれど、あなたのすべてをいただいたようで、悪くはなかったわ」

「か、寛代子様……っ!!」

「その本にはすべてを受け止めるのが最高の奉仕であると書かれておりましたが、それは正しいのでしょうか……?」

「そ、それは……」

 

 絶句する雅忠にむかって寛代子は濡れた手を差し伸べると、静かに微笑んだ。

 

「さあ、お立ちなさい。雅忠、一緒に湯あみをしましょう」

「……滅相もございません。私が寛代子様と同じ湯に浸かるなど、あまりに畏れ多く……」

「よいと言っているのです。……さあ」

 

 寛代子は雅忠の手を引っ張ると、湯を揺らして彼を浴槽へと招き入れた。雅忠が戸惑いながらも湯中に腰を下ろすと、寛代子は躊躇うことなくその足の間へと収まり、背中を寄せて彼の胸元へとしなやかに身を預けた。細身で華奢な肩の線と、温かな肌の滑らかさが伝わり、雅忠は息を呑む。寛代子が後ろを振り返り、甘えるように上目遣いで見つめると、雅忠は覚悟を決めたようにそっと両手を伸ばした。しなやかな腰に回された長い腕が、彼女の細身な体を背後から優しく抱え込む。

 寛代子は雅忠の足の間に深く収まると、その背中を彼の胸元へと預けた。しかし、湯の中で体の位置を微調整するように腰を僅かに揺らした瞬間、寛代子の臀部の中心あたりに、なおも熱と硬さを失いきっていない雅忠の剛直が押し当てられた。

 

「あら……」

 

 寛代子は不思議そうに首を傾げ、臀部に当たる硬質な感触と、それがかすかに脈動を取り戻しつつあることに気づいた。そのまま腰を後ろへと軽く押しつけ、当たる位置を確かめるように滑らせる。

 

「……雅忠。ここに熱いものが当たっていますわ。殿方は、こちらも使われるのかしら? 使われるのならどのようにお使いになるの? 前と同じように、ここでも殿方を受け入れることができるのですか?」

 

 純粋な疑問として発せられたその問いと、臀部から伝わる感触に、雅忠の背筋に冷や汗が走った。先ほどのような派手な動揺こそ見せないものの、顔を硬直させ、喉を鳴らして唾を呑み込む。

 

「っ……か、寛代子様。それは……そこは、そのように使うものではございません。お戯れはお控えくださいませ……っ」

「戯れではありませんわ。ただの問いです。……なぜそんなに顔を強張らせていらっしゃるの?」

 

 どう答えるべきかと言葉に詰まる雅忠。

 

「……あ、思い出しましたわ。本に書かれておりました。殿方の中には、前ではなく後ろを愛でる癖をお持ちの方もいらっしゃる。と」

 

 寛代子の言葉に顔を引きつらせる雅忠。

 

「……雅忠、あなたもこちらをお望みなの? だから、このように再び硬くなっていらっしゃるのかしら。そうであれば、どのように愛でるのかご教授いただけませんこと? 本にはあまり詳しいやり方は載っていなかったのです」

「あれは一部の奇特な者たちの破廉恥な悪癖に過ぎず、断じて寛代子様のようなお方が言の葉に乗せる行為でも、試されるべき行為でもございませんっ……!!」

 

 雅忠は必死の形相で否定するが、寛代子は「まあ」と可愛らしく首を傾げるだけで、一向に退く気配がない。それどころか、当たる感触を確かめるように、臀部をさらに深く雅忠の股間へと押し付けてきた。

 

「ですが、雅忠。私が経験したことのある殿方はあなただけですのよ? あなたが教えてくださらなければ、私は本に書かれていた事をそのまま信じるしかありませんわ。……それとも、本当に雅忠はそこを愛でたいわけではないのですか? ここまで熱くしておいて?」

「あ……くっ……! それは……その、身体が勝手に……っ」

 

 寛代子の細身で滑らかな臀部が動くたび、雅忠の剛直は自身の意志に反してさらに硬度を増し、寛代子の臀部の谷間にぴったりと挟み込まれていく。

 

「あっ……っ、寛代子様、動かれては……動かれてはいけませんっ……!」

 

 寛代子は後ろ手で雅忠の太腿をそっと撫でながら、悪戯っぽく、しかしどこまでも真剣な瞳で振り返った。

 

「ねえ、雅忠。……前と後ろ、何がどう違うのか、すべて私に教え込みなさい。教えて頂けるまではこうしています。……こうしていれば自然に雅忠のこれが私の後ろに収まるかもしれませんね」

「────────っ!? それだけはご勘弁くださいませ……っ!!」

 

 忠義と理性、そして逃げ場のない性的な包囲網に挟まれ、雅忠は蒼白な顔のまま、もはや天を仰ぐことしかできなかった。

 

「……前と後ろの違いを、言葉でお教え申し上げますゆえ、どうか……どうかそれにてご容赦ください」

 

 雅忠は深呼吸を挟み、耳まで真っ赤に染めながらも、決死の覚悟で目を開いた。真面目すぎるがゆえに、誤魔化すのではなく「理屈」で主君を納得させる道を選んだのだ。

 

「まず……『前』は、子孫を懐妊し、男女が心身を分かち合うために創られた尊い器官にございます。滑らかな蜜を生み出し、肉を受け入れる準備を自ら整えることができます。……ですが『後ろ』は、体内の不要なものを出すための場所に過ぎず、受胎もできねば、受け入れるための潤いも一切生じませぬ」

 

 寛代子は首を傾げ、臀部に当たる感触を確かめるように体を動かしつつも静かに耳を傾けている。雅忠は額に大量の冷や汗を浮かべながら、さらに言葉を続けた。

 

「潤いのない狭窄な場所に無理に太い肉を刺し通せば、滑らかに滑る『前』とは異なり、肌は引き裂かれ、激痛と血の海と化します。……殿下のご健康を損ない、そのお体に傷を負わせるなど、臣としては万死に値する大罪。たとえ命を命じられようとも、決して行うことは叶いません」

 

 言い切り、雅忠は肩で息をついた。一切の誤魔化しを排した、解剖学的かつ臣下としての誠実な説明である。

 

「まあ……それほどに痛く、恐ろしいものなのですか?」

「痛いどころではございません! 殿方の癖でそこを穿たれ、床に伏すこととなった姫君の噂も……」

 

 寛代子はしばらくの間、雅忠の胸元に背中を預けたまま思案するように黙っていたが、やがて「……なるほど」と深く頷いた。

 寛代子は当てるように押し付けていた腰の力を抜くと、ふっと可憐に微笑み、後ろ手で雅忠の頬を優しく撫でた。

 

「よく解りましたわ、雅忠。あなたがそこまで必死に教えてくださるのですもの。……無知な私を怪我から守ろうとしてくださったのですね」

「さようにございます……っ!」

 

 危機を完全に脱したことを悟り、雅忠の全身から一気に緊張が抜け落ちた。

 

「安心いたしました。……私、本で読んだ時、雅忠もそのようなことをなさるのかと……」

「後ろなどという歪んだ愛で方ではなく……寛代子様のその瑞々しく美しいお身体、私をお受け入れくださる『前』の深さこそが、私にとって至高にございます」

「まぁ。……私を、それほど愛でたいの?」

「……っ!!」

 

 危機を脱した安堵感から放った自らの言葉の意味に気づき、雅忠は再び顔を猛烈に赤く染めて絶句した。口をパクパクと開閉させる雅忠の動揺を、寛代子は愛おしそうに見つめる。

 

「後ろの痛みは嫌ですけれど……雅忠がそこまで私の『前』を愛おしいとおっしゃるのなら、応えて差し上げなければいけませんわね」

 

 寛代子は背中を預けたまま、そっと雅忠の腕を引き寄せ、己のしなやかな腰から胸元へと導いた。細身で華奢な体にぴったりと沿う雅忠の大きな手が、柔らかな温もりを確かめるように包み込む。

 

「あ……寛代子様……」

「雅忠。この先は言葉だけでなく、あなたの身体で語り、教えなさい。……私をどれほど愛でたいのかを」

 

 雅忠は深々とうなずくと、今度は恐怖や焦燥からではなく、深く清らかな情愛を込めて寛代子の細身な体を背後から抱きしめ、湯の中で優しく肌を擦り合わせていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 身体を包む湯が静かに揺れ、熱を帯びた皮膚を優しく冷ましていく。

 

「ふふ……温かいですわ、雅忠」

 

 雅忠は腕の中にある小さな温もりに戸惑いつつも、寛代子の細身な体に湯冷めをさせぬよう、湯を両手ですくって優しく肩にかけ続けていた。

 

「……寛代子様。二度と出所が怪しい事柄が書かれている書物に踊らされてはなりませぬ」

「はい。これからは雅忠に教わることにいたしますわ」

「か、寛代子様。それはなりませぬ」

「解っております。ほんの戯れです」

 

 寛代子が胸元でクスクスと体を揺らすたび、密着した背中越しにその振動が雅忠へ伝わる。その微かな揺らぎに応えるように、湯の熱と彼女の温もりに包まれた真面目すぎる彼の強張りが湯の熱とともに少しずつ解けていく感覚を、寛代子は心地よさそうに受け止めていた。

 

「……雅忠。私を愛でている時と比べて胸の鼓動が、ずいぶん静かになりましたわね」

「……は。寛代子様のお側におりながら、不調法にも寛いでしまいましたこと、平にご容赦を……」

「良いと言ったでしょう。今は私の素直な臣下として……いいえ、ひとりの男として、私を抱きしめていれば良いのです」

 

 寛代子は湯の中からそっと手を伸ばし、自らの細身な腰に回された雅忠の大きな手に、己の華奢な指をそっと重ねた。湯に濡れた滑らかな肌と肌が触れ合い、心地よい温もりが伝わっていく。雅忠は深く息を吐き出すと、彼女の身体に負担をかけぬよう、優しく、だがしっかりと背後から抱きすくめた。

 

「……雅忠。私と居ると寛げるのですか?」

「はい。寛代子様の温もりが……あまりに温かく、温容に満ちておられますゆえ……」

「ふふ、素直でよろしいですわ。……ですがお湯も温くなってきました」

 

 寛代子は両手ですくった湯を自分の肩から滑らかな胸元へと静かに流すと、ふうと甘い吐息を漏らし、ゆっくりと雅忠の腕の中から身を起こした。湯気がゆらりと揺れ、彼女の美しいシルエットが湯面から現れる。

 

「このままでは冷えてしまいますわね。寝台へ戻りましょう」

 

 寛代子は手早く身体を拭き、羽織を羽織って乱れた髪をかき上げると、雅忠の手を優しく取り、再び寝台へと戻っていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「雅忠。この後、どう過ごしましょうか」

「はっ。……そうですね……本日の昼までには退室させていただきます。これ以上は怪しまれてしまいますので」

「まぁ。ではそれまでどう過ごしましょうか」

 

 考え込む雅忠に対し、寛代子は口元に密やかな笑みを浮かべ、彼の胸元へとそっと手のひらを添えた。

 

「思いつかないのでしたら……残り少ない時間を、もっと私に下さらない?」

 

 寛代子は自ら羽織を滑り落とし、雅忠を押し倒すようにしてその胸の上に覆いかぶさった。主導権を握るように彼の唇へ小さく口づけを落とし、細い指先で彼の腹筋をそっと撫で上げる。

 

「寛代子様……っ」

 

 その妖艶で可憐な誘いは、雅忠の内に燻っていた男としての本能を決定的に呼び覚ました。先ほどまでの恐縮は消え去り、雅忠の瞳に深い情熱の火が灯る。

 

「……寛代子様。これ以上は、手加減など出来かねます」

「ええ……手加減など、望んでおりませんわ」

 

 雅忠は寛代子の細い腰をしっかりと抱き寄せると、そのまま上下を入れ替え、彼女をベッドの柔らかい海へと沈め込んだ。これ以上、目立つ場所に痕を残すわけにはいかない。互いにその冷徹な理性を保ちながらも、二人の交わりは過熱していった。雅忠は寛代子の首筋やデコルテを避け、衣服で完全に隠れる脇腹や太腿の内側、背中へと深く熱い吐息を吹き込み、指先を食い込ませ、剛直を深く沈めた。

 

「ん……っ、あ……雅忠……っ」

 

 皮膚に痕をつけられない分、雅忠は彼女の口内を貪るような激しいディープキスでその欲望を満たした。舌を絡め合い、互いの唾液と吐息を混ぜ合わせる。唇が離れるたび、銀の糸が朝の光に映え、寛代子は甘い悲鳴を喉の奥で押し殺した。

 

 雅忠の力強い突き上げと、寛代子の締めつけるような愛撫。目立たぬ陰の部分で互いの肉体を貪り合い、二人は昼までの限られた刻限を、狂おしくも静かな熱情の中で重ね合っていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ──やがて、熱狂が去り。

 

 柔らかな光がレースのカーテン越しに差し込む部屋で、穏やかな結合の余韻に包まれながら、ふたりは密やかな睦言に耳を傾ける。

 

「1月5日は……前日からの『急な発熱』ということで届けを出すことにいたしましょう。それまでの間、医官への伝達は私がうまく調整します」

「……申し訳ございません、寛代子様。私の不徳の致すところで、そのような偽装までお約束させてしまい……」

「よいのです。……この痕は、あなたが私の中に残してくれた証なのだから。消えるまでの間、私だけの秘密にしておきますわ」

 

 寛代子は雅忠の逞しい胸元に顔を埋め、彼の心音に耳をすませる。雅忠もまた、愛おしさと罪悪感の混ざり合った手つきで、彼女の背中をそっと撫で続けた。

 

 昼過ぎ、雅忠が気配を消して部屋を辞する刻限が近づく。

 二人はお互いに整えられた衣服を時に戯れながら着せ合い、首筋の痕が完全に隠れていることを姿見の前で何度も確認し合った。

 襟元を正し、一寸の乱れもない「宮家の姫宮」と「内舎人」の姿へと戻っていく。その丁寧な手つきの裏側で、二人の胸には静かな諦解と切なさが満ちていた。

 互いにしかるべき家から定められた婚約者が存在する身。一度目は一年前のあの嵐の夜、そしてこの二度目の交わり──これ以上の一線を越えることは、お互いにとっても完全な破滅を意味していた。

 一線を越えて交わるのは二度目にして、これが最後。

 もう二度と、こうして互いの肌を抱きしめ、お互いだけのものとして貪り合う夜も昼も訪れることはない。二人は言葉にせずとも、その事実を深く理解し、受け入れていた。

 

「……それでは私はこれで失礼いたします。寛代子様、よいお年をお迎えくださいませ」

「ええ。……ご苦労様でした、雅忠」

 

 最後に深く息の続く限り口づけを交わし、互いに銀の橋をかけると雅忠は静かに身を引いた。

 

「雅忠。……私は、本当はあなたと添い遂げたかったのです。昔から私を皇族の姫としてではなく一人の女性として見てくれていたあなたと」

「寛代子様……不敬を承知で申し上げますなら、私も貴女様をどこか遠くへ連れ去り、皇族の重みから解き放ち暮らしたかった。私も……私めもずっと、あなた様をお慕いしておりました」

 

 互いに想いを乗せた言葉と視線を交わす。

 

「……寛代子様。貴女様が傷つくことなく心健やかに暮らせますように、今後もご祈念申し上げます」

 

 雅忠が一礼し、扉を開けて素早く立ち去った。

 遠ざかる雅忠の足音を聞きながら、寛代子は自らの胸元を抱きしめ、静かに温かな涙を流し続けていた。

 

 

 年始が明けると、二人には再び「宮家の姫宮」と「内舎人」としての日常が待っていた。

 だが、衣服の陰に隠され、暫く残された痕跡と年末の甘い体温の記憶は、二人の間に確固たる共犯の絆として残り続けるのだった。

 

 

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