※この作品はR-18です。

陸仁王物語―異伝―   作:fire-cat

29 / 60
第20話

 2000年1月上旬。

 

「ご平癒、まことにおめでたく存じます」

 

 宮内省の担当官が深く頭を下げ、卓上に置かれた書類の束を正した。

 長らくの病床を克服し、公務への完全復帰を果たした香耶宮(かやのみや)当主、恒文(つねふみ)王。八十代後半という長老皇族のその眼光は、病苦を削ぎ落としたことでかえって研ぎ澄まされ、鋭い光を宿していた。

 

「うむ。苦労をかけたな」

 

 短く応じた恒文王は、手元に提出された宮内省からの定期報告に目を落とした。

 公務復帰に伴う雑多な慶事の予定表──その中に挟み込まれていたある一行を目にした瞬間、恒文王の眉間が深く寄せられた。

 

 自身の孫と、京極宮家の寛代子女王との納采の儀。

 日程は二ヶ月後。皇族会議開催まで、わずか一ヶ月半──。

 

「……これは。……なぜこのような愚かな真似を! これはいかん」

 

 静寂に満ちた執務室に、恒文王の低く鋭い声が響いた。

 手元にあるのは単なる慶事の予定表などではない。それは扱いを間違えれば、皇室と華族の均衡を内側から崩壊させかねない不発弾であった。

 

 担当官を下がらせ、一人執務室に残った恒文王は、重々しい溜息と共に文机の背もたれに体を預けた。

 かつて東伏水宮慈照王と共に慶仁の妃選定会議へ深く関わった経験から、恒文王は六条雅武が十代後半から二十代にかけて繰り広げてきた過酷な暗闘の歴史を熟知していた。

 

 冷徹な宮内官僚との度重なる折衝。隙あらば復権を図る旧華族と、それを良しとする華族、否とする華族の入り乱れる思惑の統制。そして「悲劇の宮」として祭り上げようとする世間の目から、他の宮家と協同して慶仁を守り抜いた陰の功績。京極宮家が六条家に負っている「莫大な恩義」は、到底一朝一夕に返せるものではない。

 

 その根底にあるのは、雅武が抱え続けてきた壮絶な原罪であった。

 伊勢湾台風の夜、東京の京極宮仮邸で宮号継承の儀の準備に追われていた雅武は、暖かく乾いた部屋で装束の寸法を合わせていた。桑名の濁流に寛子やその乳姉妹である千代が呑まれ、慶仁が自身の半身をもがれるような悲惨な喪失を味わっていたまさにその時、自分だけが無傷で、清潔な衣を纏っていた。

 戻って来た慶仁に「お帰りなさいませ」と頭を下げた時のあまりの不敬と、乾いた泥のついた袖のまま無言で横を通り過ぎられた記憶は、当時十二歳だった雅武の胸に深く刺さった。

 学校に戻った慶仁のノートには、どれほど洗っても落ちない桑名の泥がついていた。慶仁は「お前はいいな、まだあの日の前にいる」と言い、雅武を地獄へ引き込むまいと「泥を知らぬ、真っ白な手のままでいろ」と突き放した。

 それが慶仁の優しさであり拒絶であったからこそ、雅武は心に誓ったのだ。慶仁の泥を自分の「真っ白な手」で受け止め、宮家再興のためにすべてを捧げる影となると。慶仁が防災や治水という暗い泥に塗れて歩むなら、自分はその足元が汚れぬよう先回りし、政治の泥をすべて綺麗な手で片付ける影になろうと。

 

 恒文王は、雅武のその過酷な贖罪と、それに甘え続けてきた慶仁の脆弱性を見抜き、深い焦燥と懸念に苛まれていた。

 

(……愚かな。慶仁も澄子も、なぜこの功と報恩の歪さに気が付かぬのだ。慶仁の奴め、雅武が乳兄弟であること、そして互いの息子たちが共に育ってきたという情に甘え切っておる。乳兄弟に甘える彼奴の悪い面が、ここへ来て最悪の形で出おったな)

 

 恒文王は激しい頭痛を覚えるように目元を押さえた。

 

(……八歳から慶仁を支えるべく育てられていた松殿家の寛子であれば、慶仁の甘えを厳しく叩き潰し、もっと早く手を打てたであろうに。澄子は確かに聡明だ。九条家の出であるから宮中の政治もある程度心得ている。だが、あ奴の本質は地質学者だ。それに慶仁より四歳も年下だ。かつて心を閉ざしていた慶仁の姿を知っているからこそ、どうしても甘くなってしまう……)

 

 恒文王は卓上の資料をめくり、可視化されていく不均衡な貸し借りの糸に眉間を深く寄せた。

 

(……資料を検証したが、六条の長女を陸仁が娶るなどというのは、あやつがしでかした不始末の責任を取る『義務』に過ぎん。『報恩』などでは断じてないのだ。なぜ慶仁も澄子もそれが理解できておらぬのだ。六条の長女をどこぞの公爵か侯爵家の籍を借りて迎え入れても『報恩』にはならぬ。籍を借り受けた家への借りができるだけじゃ。まさかとは思うが、慶仁も澄子も我が子可愛さに目が曇り、それが分かっておらんのか……? 解っておるなら、借りを増やしてどうする気じゃ)

 

 恒文王の思考はさらに先へと向かう。

 

「六条への報恩というならば……六条の次男を娘しかおらぬ華族に婿入りさせ、次女も然るべき格上の家との良縁を斡旋し確かな利を与える。そして京極宮家の寛代子を六条家の長男のもとへ降嫁させ誉も与える。ここまでせねば報恩の清算とはならぬのだ」

 

 吐き捨てるように呟く声には、長老皇族としての厳格な響きが宿っていた。

 

(京極宮家が六条家に負っている莫大な恩義の清算は、もはや当代の慶仁の代では不可能な域に達しておる。慶仁と雅武、次の陸仁と雅忠の世代が生きている間は、互いの情や暗黙の了解で表面化はすまい。だが孫世代に至れば互いの絆は薄れる。そうなれば報恩の名の下に六条家が京極宮家という袞龍の袖に隠れ、宮中や華族界で権勢を振るう事態になりかねぬ。婚姻による報恩の清算を行う機会は今しかないのだ。寛代子を我が香耶宮家に迎えてしまえば、清算の道が永久に閉ざされる。これは京極宮家と六条家の二家だけで収まる問題ではない。将来的に皇室と華族の関係を根本から揺るがす危機になりかねんのだ)

 

 胸の奥から湧き上がる深い怒りと焦燥。

 

(息子は、なぜあの宮家の危険性に気が付かなんだのか。気づいておれば、寛代子との、このような婚姻などまとめようとはしなかったであろうに……)

 

 病み上がりの体に焦燥の熱が吹き荒れる。

 喉の奥から込み上げる乾いた咳を一つ吐き出すと、恒文王はかすむ目をこすり、卓上の黒電話へと衰えぬ眼光を向けた。受話器を持ち上げるその手指には、老齢ゆえの震えとは異なる、強い力が込められていた。

 先帝陛下を始めとする同世代の当主たちの多くが幽明境を異にした今、この事態を正しく理解し、動ける人間はもはや宮中に五人といない。京極宮家復興を陰から支え、皇室の実力者であり続けた東伏水宮慈照王──彼だけが、この危急の事態において唯一の同志であった。

 

「……納采の儀まで後二ヶ月。皇族会議までは一ヶ月半か。果たして解消手続きが間に合うか。いや、間に合わせねばならぬ」

 

 菊花の紋章が刻まれた専用回線のダイヤルを、記憶にしみついた番号の通りに回していく。重々しい金属音が室内にしみ渡り、やがて呼び出し音が鳴り響いた。

 二度目の呼び出し音が途切れ、受話器の向こうから独特の重厚な気配が伝わってくる。相手が出たことを確かめると、恒文王は一切の挨拶を省き、低く掠れた、しかし確信に満ちた声で受話器へと吹き込んだ。

 

「私です。慈照王」

 

 わずかな沈黙ののち、黒電話のスピーカー越しに、老友の低く太い声が返ってきた。

 

『……恒文王殿か。病み上がりと聞いておったが、声の張りを聞く限り、まだ黄泉の国へ赴く気はなさそうだな』

 

「……軽口をたたいている暇はないので単刀直入に申し上げます。京極宮家の寛代子と我が孫の件……大至急、白紙に戻さねばなりませぬ」

 

 受話器の向こうで、慈照王がわずかに息をのむ気配が漂った。だが、長年宮中の暗闘を生き抜いてきた最長老は、動揺を見せることなく静かに言葉を促した。

 

『……理由をお聞きしよう。香耶宮家にとっても、京極宮家にとっても申し分ない良縁のはず。なぜ今になってそれを覆す』

 

 黒電話の受話器越しに一瞬の沈黙が流れた後、地底から響くような低く深い声が返ってきた。

 

「慶仁と澄子の目が完全に曇っております。あの二人、六条への『報恩』と『義務』の区別すらつかなくなっておるようですな。慶仁は乳兄弟の情に甘え、あの宮家が抱える『貸し』の重さを完全に見誤っております。六条の長男へ寛代子の降嫁を成し、確かな利と誉を与えねば手遅れになりますぞ」

 

 恒文王の老声に、怒りと焦燥の熱がこもる。

 

『そこに気が付いておったか。東伏水宮家が香耶宮家と京極宮家の婚姻に口をはさむわけにはいかぬのでな、歯がゆい思いをしておった。これでようやく動ける』

 

 恒文王の脳裏に受話器越しに、慈照王がニヤリと笑みを浮かべる幻影が映った。

 

『六条の長女を陸仁が娶るのは、あやつがしでかした不始末の不始末たる責任を取る『義務』に過ぎん。それをどこぞの華族に養女として預けて格を上げ、陸仁の正室に据えることで『報恩を果たした』などと勘違いしておるのだ。……バカバカしい。どこに借りを作って借りを増やす報恩がある! 六条雅武がかつて十代後半から二十代にかけて、京極宮家と慶仁のためにどれほどの暗闘を繰り広げ、陰で血を流したか……お主もよく知っておろう』

「……ええ。あの若者の暗闘がなければ、今の京極宮家は影も形もなかった」

『そうだ! ……慶仁の奴め、雅武と乳兄弟であることに甘え、息子同士が共に育った絆に寄りかかっておる。絆が切れる孫世代の破滅に、なぜ思いが至らんのだ!』

「まことに。その莫大な恩義の清算を、慶仁の代でうやむやにし、我が香耶宮が寛代子を迎えてしまえばどうなることか。京極宮家が六条家に返すべき『功と恩』の清算の道が閉ざされてしまう。さすれば孫の代で、報恩の名のもとに六条家が袞龍の袖に隠れ、皇室と華族の関係を根本から揺るがす権力を振るうことになりかねません」

 

 受話器の奥で、慈照王が深く、重い溜息をついた。その溜息には、恒文王の指摘する「危機」への完全なる同意が含まれていた。

 

『……慶仁には寛子がついておれば違ったろうな。帝王学を叩き込まれた寛子であれば、慶仁の甘さを容赦なく突いていたはずだ。……澄子妃は聡明だが、本質は学者であり、慶仁より年下だ。どうしても夫に甘くなる』

 

「そうです。だからこそ、我らが動かねばならぬのです。寛代子を我が香耶宮に迎えるわけにはいかん。……寛代子は、六条雅忠に降嫁させる。それ以外に、京極宮家が六条家に報恩を果たす道はない」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 同じ頃、京極宮家では前年12月中旬に完了していた京極宮邸本館西翼の寛代子の部屋の改修工事を受け、誓子の移動と同室化が実施された。

 表向きの理由は「病後である誓子の静養」ならびに「寛代子の花嫁修業の伴として会話や作法の手伝いを行うこと」であった。春から夏にかけて香耶宮当主の孫との婚姻を控え、寛代子の前には伝統的な華道・茶道・皇室儀礼・古典歌学・フランス語といった本格的な「花嫁修業」の日程が過密に組み上げられていた。

 日差しが差し込む西翼の広い室内では、連日講師が招かれ、厳格な作法指導が行われていた。寛代子が畳の上で茶を点て、あるいは和歌を詠み上げる傍らには、常に誓子が静かに控えていた。道具を洗って手渡す、懐紙を整える、静かに控えながら一歩退いて会話を合わせる——その所作は洗練されており、表面上は穏やかで優美な「姉妹のような時間」が流れていた。

 その中に雅忠は内舎人として変わらずに控えていた。

 前年12月28日の夜、別館で寛代子の身体の温もりと深い想いをその胸に刻んだ雅忠は、自らの感情を殺し、完璧な「臣下」「将来の宮家令」として自らを固く再定義していた。

 寛代子の花嫁修業の警護や、宮内省との職務上の書類運搬などの用向きで部屋に姿を現す際、雅忠の表情には寸分の隙もなかった。完璧な一礼を捧げ、直立不動で常に寛代子の斜め後ろに控える。寛代子と直接目線を合わせることは最小限に抑えられ、以前のように雅忠から私的な会話を振ることは一切なくなった。

 

「雅忠、本日の書類はそちらでよろしいのですか」

 

 寛代子がふと問いかけても、雅忠は視線を低く保ったまま、完璧な臣下の礼をもって短く応じるのみであった。

 

「は。殿下のお言せの通りにございます。宮内省への提出書類は、すべて過不足なく調えられております」

「……そう。ご苦労様。私も一度休息します。其方もそちらで休みなさい」

「畏まりました」

 

 交わされる言葉は職務上のものに限られ、周囲には常に作法講師や女官たち、そして誓子が控えていたため、寛代子がそれ以上の私的な言葉を投げかけることは許されなかった。

 

 寛代子は、自らが雅忠と取り交わした「臣下と皇女としての別れ」を納得し、受け入れたつもりでいた。しかし、目の前で一切の感情を排し、冷徹なまでに完璧な臣下として振る舞う雅忠の姿を見るたび、胸の奥から切なさと重い寂寥感が込み上げてくるのを抑えられなかった。手に持つ扇を強く握り締め、ただ静かに視線を落とすことしかできない。

 

 一方の雅忠もまた、その胸中では狂おしいほどの相克と戦っていた。寛代子への断ち切れぬ愛しさを抱えながらも、臣下の身でありながら皇女である寛代子と身体を交えてしまったという取り返しのつかない罪悪感が、彼の胸を絶えず焼き尽くしそうになっていた。

 

 誓子が静かに茶器を下げ、寛代子が次の講義の準備を進める中、雅忠は一歩下がり、微動だにせず室内の壁際に佇んでいた。

 静まり返った部屋の中で、視線すら交わし合うことのない二人の間に、ただ冷たく重い臣下と皇女の境界線が横たわっていた。求め合いながらも固く閉ざされたその空気の陰で、大人たちの巨大な意図が動き出していることなど、まだ誰も知る由もなかった。
















  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。