私は公共交通機関でこれを書いていますが。
隣は居眠りしていた御老人だったはずが、いつの間にか沿線の学生さん。
顔を真っ赤にして降りていった……。
プレビュー画面のぞき見られてたか?
寛代子が雨の中へ飛び出し雅忠と山に慣れた家従達が、彼女の後を追いかけた後、激しい嵐の中の避難小屋に残されたのは陸仁と誓子、陸仁の身辺を守る数名の護衛のみとなった。
「殿下。我々は入り口に控えております。何かございましたら直ちにお呼びください。六条殿、殿下をお頼みします」
そう言い残し護衛たちが壁向こうの入り口を固める中、薪ストーブの火だけが、パチパチと二人の輪郭を浮かび上がらせていた。
「若宮様、お召し替えを。このままではお風邪を召してしまいます」
「そういう其方も震えているではないか」
陸仁が羽織っていた上着を脱ぎ、誓子の肩に掛けた。
「これは……?」
「其方に風邪をひかせては、私が家令と雅忠に殺されてしまうからな。……お、これならよいな」
陸仁は自らの着替えを手にすると、室内を振り返った。
「そこの隅で着替える。幸い私の体に合う物があった。乾くまではこれでいよう」
「お召し替えのお手伝いを……」
「こらこら。妙齢の娘がそのようなことを言い出すな。私が本気にしたらどうする気だ」
「そ、それは」
顔を赤らめ返事に困る誓子に、
「そこまでいうなら手伝って貰おうか。誓子、傍に参れ」
と、隅に移動した陸仁が誓子を呼びつつ、自身のシャツに手をかけた。
同時に、誓子が慌てて身体を反対に向けた。
「お、お許しを」
「そら。やはり其方には無理であろう」
笑いながら着替える陸仁。
「お、お許しを」
「そら。やはり其方には無理であろう」
(初いな。あの様子ではまだ生娘だな。……さて誓子にも合う服があればよいが)
着替えを終えた陸仁が、誓子に手頃な大きさの上下を探し始めた。
(ああ、これなら良いな。少し大きいだろうが小さいよりはましだ)
物置の隅に埋もれていた一着を見つけると、鼻を近づけ臭いが酷くないか確認する陸仁。
(問題ないな。これなら良かろう)
「やれやれ。やはり濡れたままの服では冷えるな。其方も着替えたらどうだ。そこで見つけた服だ。誰が着たかはわからぬが臭いはない。服が乾くまで少しの間我慢しろ。この大きさなら十分だろう」
濡れた身体を震わせている誓子に、陸仁は自らの懐から取り出した仕立ての良いハンカチを差し出し、声をかけた。
「はい。ですが……」
視界を遮るものが無い部屋を見回し、誓子が躊躇いがちな声を上げた。
「ああ、そうだな。其方は乙女だ。私の様に其処らで着替えるという訳にはいかぬな」
「はい……」
顔を赤らめ、恥ずかしげな声を上げる誓子。受け取ったハンカチで首筋や顔の水滴を手早く拭うと、名残惜しそうにそのハンカチを陸仁に手渡した。
「ならば……。おお、そこの物置で着替えればよいではないか。少々手狭だがそこの荷物を出せば幾分かは広くなろう。出した箱は目隠し代わりの壁にしてしまおう。他の荷物は上に積み上げてしまえ」
陸仁は護衛を呼び、ともに素早く物置の雑多な荷物を運び出すと、誓子が着替えを行える僅かな空間を作った。
「これで如何だ」
護衛と共に重い木箱や荷物を動かした陸仁は、わずかに上気した己の額の汗を拭うため、誓子から受け取ったばかりのハンカチで無造作に顔や手を拭うと、そのまま無造作に懐のポケットへと滑り込ませた。
「……では。我らはこれで」
「ありがとうございます、若宮様、皆様」
「早く着替えろ。私も離れる」
護衛が一礼して立ち去るのを見届け、陸仁は少し離れた薪ストーブの傍らへと歩みを進めた。
薄暗い物置に入り、立て付けの悪い木扉を閉めた誓子は、小さく息を吐く。手渡された着替えは、どこかの登山者が残していった実用本位の乾いた衣服だったが、それを身に纏うだけで、じわじわと体温が戻ってくるのを感じた。
しかし、着替えを終えて出てきた誓子の姿を見た瞬間、陸仁の目がわずかに細められた。
成人男性用の無骨な衣服は、158センチの誓子の体躯には十分な大きさだった。だが、あまりにも大きすぎた。
ぶかぶかに余った襟元は、濡れて肌に張り付いた黒髪とともに、かえって彼女の白く華奢な鎖骨を露わに引き立てている。
なにより、厚手の生地越しでも隠しきれない、間も無く十八歳を迎える瑞々しい肉体の輪郭──引き締まった細いウエストと、そこから豊かに張り出す胸元の膨らみが、男物の無機質な衣服の歪みとなって生々しく浮かび上がっていた。
普段の端正な「宮家の女官」としての装いからは想像もつかない、無防備で扇情的な姿がそこにあった。
「……若宮様?」
陸仁の視線に気づき、誓子は本能的な危うさを察知して一歩後退りする。だが、そこは彼女が先ほど着替えに入った狭い物置だった。
背中が、冷たい板壁と──陸仁が先ほど親切心から並べた、重い木箱の壁に当たって止まる。
ガタ、と鈍い音が響いた。
その瞬間、正面に立つ陸仁の双眸に、電撃のような戦慄が走るのを誓子は見た。
雑多な荷物を退かして少しでも広く、そして安心して着替えられるようにと作ってくれた、あの優しい目隠しの壁。それが今や、己の退路をミリ単位で塞ぐ「檻」へと変貌してしまったことに、目の前の若き主君もまた、同時に気づいたのだ。
彼が自らの手で完成させてしまった、逃げ場のない完璧な密室。
主君としての合理的な配慮が、最悪の形で男の欲望のお膳立てになってしまった──それを悟った陸仁の漆黒の瞳から、一瞬にして「若宮」としての怜悧な光が消え失せる。代わりにギラリと剥き出しになった、飢えた男の熱い影が、誓子の視界を完全に覆い尽くした。
「誓子。やはり、まだ震えている」
「いえ、これは……寒さのせいでございます」
嘘だった。彼女を震わせているのは、寒さではなく、すぐ目の前にある陸仁の熱い呼気と、その漆黒の瞳に宿る、隠そうともしない情熱だった。
陸仁は黙って、小屋の隅に畳まれていた分厚い毛布を取り上げると、それを誓子の頭からそっと被せた。それはまるですべての身分や、彼女が頑なに守ろうとする「礼儀」という名の鎧を、力ずくで覆い隠してしまうかのような挙動だった。
その瞬間、彼の指先が、毛布越しに誓子の肩のラインに触れる。衣服の下の彼女の確かな温もりと、震える呼吸の音が、陸仁の理性を激しく揺さぶった。
二人の間に、言葉にならない重苦しい、そして濃密な沈黙が流れる。外の雨音だけが、二人の境界線を狂わせるように鳴り響いていた。
──ガタ、と立て付けの悪い木扉が、陸仁の頑強な体躯に押されて微かに鳴った。
「若宮、様……っ」
頭から毛布を被せられ、視界を奪われた暗闇の中で、誓子は引き絞るような声を漏らす。それが限界だった。
宮家の女官としての気高さも、家令の娘としての分を弁えた諦念も、全てを置き去りにするような強い力が、毛布ごと彼女の身体を壁際へと縫い止める。
カサリ、と登山着の無機質な生地が擦れ合う音が、やけに大きく二人の鼓膜を打った。
「……声を立てるな」
耳元で、低く掠れた陸仁の地声が響く。
誓子がいつも宮邸で拝聴する、怜悧で毅然とした「若宮様」の声音ではなかった。理性を焼き切られ、ただ目の前の獲物を欲する、一人の飢えた男の息遣いだった。
陸仁の大きな、熱い手のひらが、衣服の隙間から滑り込み、誓子の細い腰を強引に引き寄せる。
「細い腰だな。57センチだったか」
「わ、若宮様。なぜそれを」
他人に話した事がない情報を陸仁に知られていることに衝撃を覚える誓子。
「手に入れたい女のことを調べるのは当たり前であろう? この豊かな胸が85センチであるということも、臀部が86センチあるということも知っている」
双丘に手を伸ばしながら耳元で誓子の秘密を赤裸々に囁く陸仁の声は、酷く濁っていた。
誓子が陸仁の底知れない独占欲に身をすくめた瞬間には、もう遅かった。陸仁の大きな手が、彼女の両手首を容赦なく一掴みにする。二十一歳の男の膂力は、未だ十八歳に届かない少女の抵抗など最初から計算に入れていない。パニックで逃れようともがく誓子の両腕は、容易く頭上の板壁へと押し上げられ、一本の鎖のように強固に固定された。
「あ……お放、しを……若宮、様、お許し……っ」
身動きの取れない暗闇の中、自由なもう片方の陸仁の手が、誓子の男物の衣服の襟元へと伸びた。その手指は驚くほど冷静に、しかし有無を言わさぬ確実さで、一番上のボタンから順に、一つずつ、ゆっくりと外していった。
パチン、と小さな衣服の爆ぜる音が暗闇に響くたびに、誓子の肌に冷たい夜気が触れる。
陸仁の手指が、誓子の胸元を覆うベージュのキャミソールの滑らかな布地を捉えた。襟元から覗かぬよう深くV字に開かれたそれは、淑女の慎み深い嗜みを示す上品なレースがあしらわれた実用的な品であった。陸仁はその布地に指をかけると、有無を言わさぬ手つきで、滑らかな肌着の裾を胸元から上へと一気に捲り上げた。
「ん、むぅっ……!」
頭上へ引き上げられた薄いシルク調の生地は、固定された誓子の両腕の内側を滑り、そのまま彼女の鼻から目元までをすっぽりと覆い隠した。
視界を半分奪われた恐怖に誓子が喘ぎ、悲鳴を上げようと口を開いたその瞬間──陸仁は空いた片手で自身の懐からハンカチを引き抜くと、その布地を誓子の小さな唇の間へと強引に押し込んだ。
「声を出すなと言ったはずだ。漏れ出た声を外の奴らに聞かれたくなければ、それを噛んで耐えろ」
低く掠れた男の命令が響く。
視界を自身の肌着で濁らされ、口元を陸仁のハンカチで塞がれた暗闇の中、捲り上げられた肌着の奥から現れたのは、カップの上辺やアンダーバストに繊細な花をあしらったケミカルレースでその美しい輪郭を気高く縁取った純白のブラジャーだった。
抜けるように白い肌の上に、くっきりと立体的な白い花の彫刻を浮かび上がらせ、背中の開いたドレスや薄手のトップスを美しく着こなすための、華族の娘らしい至高の美意識が詰まったその純白は、しかしこの逃げ場のない暗闇の中では、かえって陸仁の征服欲を狂わせるだけの歪な果実でしかなかった。
陸仁はその布地の中心に、冷たい指を触れた。
指先が捉えたのは、生真面目な彼女の衣服の奥に隠されていた、白いブラジャーの──左右のカップを正面で繋ぐ、中央の小さな留め具だった。
陸仁の強い指先は、暗闇の中で寸分の迷いもなくその中心を捉え、パチン、と冷酷な音を響かせて、彼女の最後の施錠を正面から無慈悲に弾き開けた。
前面の施錠を外された布地は、有無を言わさぬ力で左右へと一気に割り開かれ、木漏れ日の下で焦がれ続けた白皙の双丘と桜桃が、何一つ遮るもののない無防備さで暗闇の中に完全解放された。
ひやりとした夜気が、初めて男の目に晒された最も敏感なふくらみの頂点を打つ。
「若宮、様……見ないで。お願い、いたします……っ!」
誓子は恥辱のあまり顔を背け、涙の浮かんだ目で懇願した。女官として、宮家の誰よりも厳格に身を律してきた彼女にとって、最も秘められるべき頂点を一瞬で白日の下に晒されることは、魂の防壁を根こそぎ解体されるに等しい。
だが、陸仁の漆黒の瞳は、その逃げ場のない白い果実を逃さず捉えていた。
陸仁は低く唸るような息を漏らすと、その大きな掌で、零れんばかりの肉の重みを下から煽るように包み込んだ。
「──っ! ん、あ、……ダメ、です……っ!」
「静かにしろ、誓子。声を立てれば、外の護衛たちが中を覗くことになる。お前はこのような無防備な姿を男たちの目に晒してもいいのか?」
その冷徹な脅しは、誓子の喉元へ刃以上の鋭利さで突き刺さった。
宮家に仕える家令の娘としての誇りと女官としての矜持──そのすべてを、そして一人の女としての尊厳すらも最悪の形で人質に取られ、誓子は悲鳴をあげる喉を自ら塞がれた。
逃げられない。叫んでも外の暴風雨に消される。聞こえたとしても外の護衛たちに自らの痴態を晒すことになる。華族令嬢の誇りにかけ、それだけは絶対に許されなかった。
片手で完全に自由を奪われたまま、衣服が静かに割り開かれ、その奥にある豊潤な双丘へと男の荒い掌が容赦なく侵入してくるのを、誓子はただ震えながら受け入れるしかなかった。
陸仁は、羞恥と恐怖に強張る胸元の、その甘く熟れたふくらみの頂点へと、容赦なく熱い唇を押し当てた。
吸い上げられる強烈な刺激に、誓子の背中が弓なりに跳ねた。
陸仁は、逃げようとする彼女の腰をさらに強く壁へと縫い止め、ふくらみの頂点とその周囲の柔らかい肌を、狂ったように何度も、深く口づけ、その鋭い舌先で執拗に弄んだ。
容赦のない男の愛撫が、最も敏感な先端へと直撃するたびに、誓子の脳内は真っ白に塗りつぶされていく。これまで一度も他人に触れさせたことのない聖域が、主君の荒い息と唾液で汚されていく感覚。
恥ずかしい。誰かに聞かれてしまう。
そう思うのに、陸仁の舌が尖りを強く弾くたび、喉の奥から、自分のものではないような、甘く切ない、耐えきれない悲鳴のような喘ぎ声が、溢れそうになる。
「あ、……っ」
誓子の口から出かかった悲鳴は、即座に、乱暴に重ねられた陸仁の唇によって喉の奥へと押し戻された。
声を殺して震える誓子の、細い首筋、胸元、驚くほど柔らかく熱い腹部の曲線に、貪るように何度も熱い口づけが落とされ、激しく吸い上げられていく。それだけでは、二十一歳の男の、理性を狂わせるほどの渇きは到底収まらなかった。陸仁の大きな手が、誓子が穿く男物のズボンの合わせ目を容赦なく割り、その下にある、彼女が頑なに守っていた境界線の内側へと滑り込む。
肉が最も柔らかく熟れた太腿の付け根の白皙の素肌に、貪るように何度も熱い口づけが落とされ、激しく吸い上げられていく。
「う……あ……っ」
(だめ、誰かに聞こえてしまう──!)
両手首を頭上の板壁へとみしりと軋むほどの力で完全に縫い止められ、身動きすらままならない誓子は、極限の恐怖と恥辱の中に突き落とされていた。最も声が出てしまいそうな場所を容赦なく攻め立てられながら、自らの意思だけで声を殺し続けることなど、未だ十八歳に届かない未成熟な肉体には到底不可能だった。
口に深く噛まされているハンカチの布地を突き破るかのように、耐えきれない最大の悲鳴が喉の奥からせり上がってくる。
その瞬間だった。陸仁のもう片方の大きな手が、有無を言わさぬ手つきで誓子の口元──彼女が必死に前歯で噛みしめているハンカチの上から、その小さな唇ごと肉厚な掌で完全に覆い尽くした。
むぐ、と布地ごと上から強く圧迫され、誓子の悲鳴はハンカチの繊維と陸仁の皮膚の内側へと完全に堰き止められた。陸仁は彼女の涙に濡れた頬を掌で強く固定し、そのまま彼女の額に己の額をぴったりと押し付けた。
「声を出すなと言っておる。外に聞こえてもよいなら構わぬが。……耐えきれないなら、俺の、ここを噛め」
低く掠れた男の命令とともに、陸仁は口元を覆っていた掌をずらし、誓子の唇の端からハンカチの布地ごと、自らの分厚い親指をその小さな歯列の間に強引に割り込ませた。
逃げ場を失った誓子の鋭い前歯が、口の中のハンカチを巻き込む形で、今度は陸仁の親指の付け根に深く、深く食い込む。薄い布地を介しているがゆえに、かえって逃げ場を失った少女の歯の硬質さが、陸仁の親指の皮膚を強烈に圧迫し、肉の奥深くまでみしりと刻み込まれていった。
「──っ、ん、……う」
男の頑丈な皮膚を、布ごと千切れんばかりに噛みしめることで、誓子は辛うじて最大の歓声を喉の奥へと押し戻した。薄いハンカチを挟んでなお、翌朝にはくっきりと赤紫の生々しい歯型と鬱血が残るであろうその疼痛に、陸仁は顔を顰めながらも、自らの親指に残る痛みを極上の快楽であるかのように受け止めた。
やがて限界を迎えて息をつき、陸仁の親指から口を離した誓子を、陸仁は片手で強く抱き寄せ、その唇を塞いだ。
自らの親指に残る疼痛に顔を顰めながらも、陸仁はその痛みを極上の快楽であるかのように受け止め、ともすれば誓子の服を下着もろとも引き裂きそうになる本能の衝動を押さえつけ、残る片手で届く限り、誓子の身体に愛撫を繰り返した。
時はさかのぼり、陸仁の情熱が荒れ狂っている頃。
──小屋の入り口近く。
吹き付ける風雨を遮るため、重い木扉を内側から支えながら、数名の護衛たちが低い声で言葉を交わしていた。外は未だ激しい嵐が猛威を振るい、視界を奪っている。
「……おい。随分と静かだが、殿下はどちらにいらっしゃる」
「さっき荷物を引き出した奥の物置じゃないか? 六条の嬢ちゃんに奥の着替えの場所を譲って、ご自身は手前で休まれているのだろう」
「六条の嬢ちゃんは?」
「そういえば……物置から出てきた気配がないな。中で疲れ果てて眠ってしまったか?」
「そうかもな。夜学と女官の二足の草鞋はきついだろうからな」
「中に入って様子を見るか?」
「馬鹿を言え。着替えていたり、お休みになられていたら最悪だろ。俺たちがのぞき見した犯罪者になっちまう。何より、殿下が同じ空間にいらっしゃるんだ、万が一の不調があればすぐに我々に声をかけられる。殿下がいらっしゃるから大丈夫だ」
「それもそうだな。我々は外の警戒と、寛代子殿下の救助を待つことに集中しよう」
彼らは忠実に宮家の盾として入り口を固め続けた。
その背後、ほんの数メートル先の薄暗い物置の奥で自分たちが「絶対に大丈夫だ」と信じて疑わない若き主君が、頭から毛布を被せた少女を壁際に縫い留め、その細い腰を強引に抱きすくめて、激しい情熱を注ぎ込んでいるなどとは──露ほども知らずに。
真夜中、時針の針が午前一時を回った頃。一度は小康状態を保ちかけていた大自然の牙が、さらに禍々しい狂気を伴って、小屋へと襲いかかった。
ピシャァァァン!! と、鼓膜を直接引き裂くような落雷の轟音が炸裂し、古びた小屋の床板が激しく震動する。
「おいっ。今のは大きかったぞ。殿下たちの様子が気になる」
「ああ。何事もなければよいが」
「殿下!」
その嵐の狂気の中でも物置の奥の蹂躙は一度、頂点を迎えていた。
誓子の身体から完全に力が抜けると、陸仁は彼女を横たえた。
すでに前を開かれ、用をなしていない上着の袖を腕から滑り落とし、衣服のすべてを、まるで玉ねぎの皮を剥くように一枚、また一枚と容赦なく剥ぎ去っていく。
やがて、何一つ遮るもののなくなった白皙の柔肌が暗闇の中に横たわると、露わになったその全身の無防備な柔肌へ、陸仁は何度も熱い口づけを落とし、激しく吸い上げていった。
陸仁は、誓子の全身に己の痕跡を残すと、唯一残されていた最後まで彼女の最奥を護る薄い布地へと指をかけた。あえて誓子の視線を捉え、見せつけるようにゆっくりと、しかし決してその生地を損なわぬよう冷酷に滑り落とそうとし──。
その時、壁の向こうから護衛の鋭い誰何の声が耳を打った。
「殿下、ご無事ですか!」
「……ちっ、いいところで邪魔を」
忌々しげに舌打ちをした陸仁は、涙の滲んだ瞳で自身を見上げる少女を冷たく見下ろした。
「誓子、大人しくしておれ。その姿を他者に晒したくないならな」
とはいうものの、大人しく言うことを聞くような娘ではない。陸仁は先手を打つように、今しがた脱がせたばかりの彼女の衣類をすべて掻き集めると、物置のさらに奥の暗がりへとバラバラに放り投げた。
着るものを奪われ、完全な無防備のまま闇に取り残された誓子が、絶望の表情を浮かべる。
それを背に、陸仁は自らの上着を乱暴に脱ぎ捨てると、何事かと声をかけてきた護衛達の元へと、悠然たる足取りで歩み出た。
「何事か。あまり大声を出すな」
「はっ。この急な雷雨、殿下と六条様はいかがお過ごしかと……」
「誓子が嵐に怯えておってな……ようやく先程、寝付いたのだ」
「六条様が、でございますか?」
「幾ら普段は気丈とはいえ、誓子はまだ十八にもならぬ少女だぞ」
「左様でございました。六条様はこの冬で十八を迎えるのでありましたな」
「忘れておりました。この雷鳴、怯えるのも無理はありませぬな……」
「──っ、殿下、その指の痕は……!」
稲光の明滅の中、護衛の一人が陸仁の親指の生々しい赤紫の痕跡に気づき息を呑んだ。
陸仁はいつもの不遜な薄笑いを浮かべ、事も無げに己の指をなぞった。
「ああ、これか。誓子に喰われた」
「そ、それは……まさか、男女の、まぐわい、という……?」
「ふん、そんな色気のある話ではないわ。先ほどの雷鳴で起きだして私を母の六条夫人と間違えおったのよ。そのまま寝ぼけて抱き着いて激しく震えるものだから、背を叩いて宥めていたのだ。そこへあの落雷だ」
「ああ……余程恐ろしかったのでございますな」
「あまりに強くしがみついて離さぬゆえ、これ以上はいかんと力づくで剥がそうとしたのだがな、却って錯乱させてしまった。舌を噛みそうになったので咄嗟に指を挟んだ、その時の痕よ。無理に剥がすのは諦めて、誓子が寝るまで待ってから掴まれている上着を脱いで今しがたようやく逃げ出せたのだ」
「それはそれは……殿下もお優しいことで。しかし、生真面目な六条様のこと、主君への無体を気に病まれるのでは」
「だから誓子には決して言うなよ。全てはこの雷雨と寝ぼけたゆえの余興だ。……それとな。外に桶があったであろう。あれに雨水を汲んで参れ」
「かしこまりました。ですが、何故に……?」
「誓子の香が移った。このまま放っておけば雅忠に嗅ぎつけられ、何を言われるか分からん。下手をすれば我が父と家令に殺されてしまうではないか」
若宮の、いかにももっともらしいボヤキに、護衛は同情を禁じ得ず苦笑した。
「誓子にも私の匂いがついているだろうが、そちらは私ではどうにもならん。これ以上誓子に触れるわけにもいかん。どうしたものか……」
「寛代子殿下をお頼りになられては如何でしょうか。何かいいお考えを頂けるのでは」
「そうするか」
「殿下、水をお持ちいたしました。これでよろしいでしょうか」
主君の身辺の潔白を疑わぬまま、護衛は外の激しい雨の中から、桶いっぱいの冷たい水を汲んできた。
「おお、大儀であったな。……ん? 蚊がおるな。後で蚊よけをしておく。匂いが強くなるが心得ておけ」
「承知いたしました。では我々は引き続き入り口にて警戒いたします。何かあれば直ちに」
「うむ、ご苦労。──ああ、そうだ」
引き返そうとする護衛の背に、陸仁は極めて淡々と、冷たい声を掛けた。
「二人が戻って来たら、必ず小屋に入れる前に今の事情を説明するのだ。其方らもまぐわいと間違えかけたのだ。外にいた二人に見られれば、間違いなく誤解されようからな」
「……! はっ、確かに左様でございますね。心得ました。若宮様の名誉のためにも、我々から六条殿と寛代子殿下にはしっかりと申し伝えます」
護衛の姿が壁の向こうへ完全に消えたことを確認し、陸仁は手に入れた水を物置の傍らに置くと、再び薄暗い最奥の檻へと戻った。
だが、扉を開けた陸仁の目が、不快げに細められる。
暗闇の中、誓子は先ほど放り出された中からどうにか手探りで、ブラジャーとキャミソールを身に着け、必死に着替え直している最中だった。
「やはり着替えておったか。……勝手な真似をするでない」
冷たく言い放つ陸仁の声に、誓子の身体が弾かれたように強張る。
「我が命を聞けぬ悪い奴には、相応の罰を与えねばな」
陸仁は静かに歩み寄ると、まるで逃げ場を塞ぐ蛇のようにその影で誓子を覆い尽くした。力なく抵抗する両手足を冷酷に押さえ込み、せめてもの盾として彼女が必死に掻き集めていた衣服を、今度こそ容赦なく、一枚ずつ剥ぎ取り、自身のスラックスを下着もろとも荒々しく解き捨て、露出した猛りをむき出しにした。
逃げようとする誓子の華奢な身体を捕らえ、陸仁はみずから床に仰向けになると、その上に彼女を同じく仰向けに重ねるようにして組み敷いた。
男が下、女が上となり、互いに天を仰ぐ『撞木反り』の体勢。
腰の抜けた誓子は、背中から直に伝わる主君の逞しい肉体の熱と、完全に自由を奪われた絶望感に身を震わせる。陸仁は下から彼女の身体を強固に抱きすくめ、剥き出しになった白皙の鎖骨から、豊かな胸元の膨らみへと両手を滑らせ、手荒に、しかし確実な独占欲をもってその実りを蹂躙していく。
撞木反りに誓子を抱いた陸仁が誓子の胸をまさぐりながら耳たぶを甘噛みしたその時
「ひ、っ……あ、あ、若宮、様……っ」
誓子の口から、自分でも予期しなかったほど、甘やかに蕩けた声が漏れ出た。
自身から漏れ出たその声の淫らさに、信じられぬ思いと羞恥を覚え、誓子は顔を林檎のように赤く染める。
「ほう。そなたもここが弱いと見える」
すべてを察した陸仁の唇に、酷薄な、しかし酷く愉しげな笑みが浮かんだ。ここからは、もう誰の邪魔も入らない。
陸仁は逃げようと身をよじる彼女の細い首筋を容赦なく抑えつけると、羞恥に激しく脈打つ小ぶりな耳たぶへと唇を寄せ、逃がさぬように前歯で深く、きゅうと肉を割り込むように甘噛みした。
「う、あ……っ!?」
それは脳髄を直接灼くかのような、あまりにも鮮烈な快感の電撃だった。背後から容赦なく与えられる愛撫に、誓子の頭の中は一瞬で真っ白に弾け飛ぶ。
だが、陸仁の強欲はそれだけでは収まらない。甘噛みの痛みに身悶えする彼女の耳の輪郭を熱い舌先でねっとりと濡らし、そのまま、無防備に晒された耳穴の奥へと、濡れた舌を深く、深く、蹂躙するように突き入れた。
「──ッ、は、ぁ、んく、っ……!」
物理的に声を出す手段を常に奪われたわけではない。
だからこそ誓子には恐ろしかった。
鼓膜のすぐ傍で鳴り響く男の低い喘ぎと、脳の髄まで直接掻き回されるような淫らな水音に、誓子は最大の悲鳴を喉の奥で押し潰す。
胸を荒々しく揉みしだかれ、耳の最奥を濡れた舌で執拗に穿たれる二重の拷問。極限の背徳感と、生まれて初めて知る強烈すぎる快楽の波が、未だ処女である誓子の身体を容赦なく狂わせていく。
耐えかねた悲鳴がその唇から零れそうになるたび、背後から伸びた陸仁の冷たい手のひらが、彼女の口元を優しく、しかし強固に覆い塞いだ。
唇を傷つけぬよう細心の注意を払われたその愛撫の拘束は、彼女に自身の歯で唇を噛みしめる自傷の抵抗すら許さない。
「ん、う……く、つ……」
だが、男の執着が限界を超えた瞬間、その冷たい手のひらが不意に外される。
ようやく息がつけると誓子が微かに口を開いたその隙を、陸仁は逃さなかった。今度は男の熱い唇そのものが、滑るように彼女の頬を這って、開かれたばかりの小さな口元を強引に吸い塞いだのだ。
時には冷徹な手のひらで、時には狂おしい唇で。
交互に訪れる容赦のない閉塞に、悲鳴はすべて熱い呼気となって肉の内側へと力ずくで押し戻される。ただ耳の奥で鳴り響く男の低い喘ぎと、自身の口元を塞ぐ肉の隙間から、情けないほど甘やかに蕩けた鼻息が漏れ出すばかり。
五感のすべてを陸仁の質量で蹂躙され、下腹部から突き上げる熱い衝動に誓子は、もう抗えなかった。
「あ、だめ、頭が、おかしく、なっ……ぅ、あ!!」
身体を弓なりに強張らせ、誓子は暗闇の中で一度目の絶頂へと強制的に叩き落とされた。ビクビクと小さく痙攣し、熱い吐息を漏らす彼女の身体を、しかし陸仁は解放しなかった。
一度の絶頂でさらに感度が跳ね上がり、狂ったように熱を帯びた耳穴へ、二度、三度と容赦なく追撃の舌が突き入れられ、胸元を蹂躙する手のひらの圧迫が強まる。
「いや、もう、お許し……っ、あ、ん、あぁっ!」
波が引く間もなく襲いかかる快楽の暴力に、誓子は声を殺すことすら忘れ、ただ主君の腕の中で何度も、何度も、壊れた人形のように激しく果てさせられていった。
波が引く間もなく襲いかかる快楽の暴力に、誓子は声を殺ことすら忘れ、ただ主君の腕の中で何度も、何度も、壊れた人形のように激しく果てさせられていった。
誓子を果てさせるたびに陸仁は、柔肌に何度も熱い口づけを落とし、激しく吸い上げ誓子の全身に跡を残すとともに意識を戻させた。
やがて陸仁の執着が、ついに限界を迎える。彼は、唯一残されていた最後まで彼女の最奥を護る薄い布地へと指を伸ばした。
「──ほう、ずいぶんと湿っているな。雨漏りでもしたか?」
暗闇の中、指先が触れた薄いシルクの重みに、陸仁の唇が酷薄に釣り上がる。
恐怖のせいか、それとも己の身体が刻んだ快楽の証拠か。容赦なく剥ぎ取られるその最後の防壁は、すでに主君の熱い愛撫によって、言い逃れのできないほどぐっしょりと濡れそぼっている。
「若宮、様……っ、それ、は……っ!」
恥辱に顔を焼き尽くされ、声を詰まらせる誓子の拒絶など、男は最初から聞き入れるつもりなどない。
その濡れた布地を冷酷に、しかし決して損なわぬよう指先で引きずり下ろすと、熱い夜気の中に、彼女の最も秘められた最奥が完全な無防備さで晒される。
「黙れと言ったはずだ。お前のすべては、最初から私がこうする予定だったのだからな」
逃げ場のない檻の奥、最後の慎みを奪われた少女の悲鳴を吸い尽くすように、陸仁は暴れ狂う自らの肉体を、容赦なくその未開の深淵へと突き立てていった。
壁向こうの護衛たちの存在など、もはや陸仁の意識から外れていた。二十一歳の男の、これまで理性という名の鎖で縛り付けてきた狂おしいほどの執着と欲望のすべてが、逃げ場のない檻の奥で、哀れなほどに震える少女の聖域へと、容赦なく、そして執拗に突き立てられていった。
それはロマンスなどという生ぬるいものではなかった。
暗闇の中で完全に身動きを封じられ、圧倒的な質量と暴力的な熱量にただただ蹂躙される、終わりなき時間。男の重みに圧し潰されながら、誓子はただ、自分の身体が自分のものでなくなっていく恐怖の深淵を見つめていた。衣服を汚さないという陸仁の冷徹な配慮そのものが、彼女にとっては逃げ場のない檻の冷酷さを際立たせ、肉体と心に、消えない傷を刻みつけていく。
うつ伏せに組み敷かれ、顔を毛布に押し付けられたまま背後から深く貫かれたかと思えば、次は強引に仰向けへと引っ繰り返され、その細い両足を陸仁の逞しい肩へと無慈悲に押し上げられる。
それだけでは飽き足らず、陸仁は自らの上に誓子の身体を力任せに引きずり上げ、その細い腰を大きな両手で掴んで、狂ったように上下に激しく打ち付けた。重力から解き放たれたように、陸仁の剛腕の中でただ上下に弾み、翻弄されるたびに、誓子は生まれて初めて知る快楽の深淵へと引きずり込まれていく。
互いの肉体が激しく擦れ合い、肉がぶつかる鈍い音が、そして主君であったはずの男の、獣じみた低い喘ぎだけが、雨音の隙間を埋めていた。
やがて、陸仁は暴れ狂う自らの肉体を彼女の最深部へと深く深く沈め、激しく情熱をぶつけ、誓子の中に何度も何度もその想いを迸りさせた。
時が過ぎ、すべてが終わった時、陸仁の胸を満たしたのは念願叶って、この頑なで清らかな少女を完全に蹂躙し、自らの「所有物」へと変えおおせたという、底知れない、暗い満足感だった。
誰の目にも触れぬ最深部に、自分が紛れもない最初の男であるという決定的な烙印を刻みつけた。その事実だけが、飢えていた二十一歳の男の五感を、極上の歓喜で満たしていた。
陸仁が暫くけだるい時を過ごすと、荒い呼吸が静かな重なりへと変わる。
陸仁がその身体を離したとき、物置の奥には、ただ冷え切った硝子のような沈黙が残るだけだった。
古びたウールの毛布に包まれた誓子は、完全に茫然自失の闇の中にいた。
肌に残る生々しい熱と、手首を圧し潰された痛みの余韻。心と身体の許容範囲を完全に超えた蹂躙の前に、彼女の精神は防衛本能として感情を完全に遮断していた。涙の乾いた瞳は虚空を捉えたまま動かず、ただ、男の圧倒的な質量への恐怖から、その華奢な肩だけがシーツのように白く、ガタガタと絶え間なく震え続けていた。
夜明けが、刻一刻と近づいていた。
ストーブの側では、前日濡れて干しておいた二人の本来の登山着が、微かな余熱によってすっかり乾き、静かに闇に浮かんでいた。
陸仁は自分の乾いた登山着へと、満ち足りた余韻の中で着替え終えたが、横たわる誓子に目を落とした瞬間、その冷徹な双眸が微かに細められた。
「誓子。元の服に着替えろ。もうすぐ夜が明ける、救助が来るぞ」
低い声で促すが、誓子からは何の反応もない。彼女はただ、怯えた獣のように自らの身体を抱きすくめ、今しがた陸仁に弄ばれた仮の男物の上着を、のろのろと手繰り寄せるのが精一杯だった。指先が激しく震え、立ち上がることすらおぼつかない。乾いた自分の登山着に手を伸ばす余裕など、今の彼女の精神には一欠片も残っていなかった。
このままでは、せっかく完全に己のものにした「極上の果実」を、明日の朝、誰もが見る場所に無様な姿で曝け出すことになる。
夜が明けて扉が開いた瞬間、仮の男物を着崩したまま、物言わぬ人形のようになった誓子の姿を見れば、誰もが全てを察知するだろう。それは即ち、宮家の決定的な破滅を意味していた。皇室を揺るがす大醜聞、自らの地位の失墜、そして何より、この至高の戦利品を永久に手放さねばならなくなるという最悪の結末。
宮家の破滅を絶対に回避するという冷徹な皇族としての生存戦略と、「俺の獲物は、指一本、誰の疑惑の目にも触れさせない」という傲慢なまでの支配欲。
その二つが陸仁の脳内で完全に噛み合った瞬間、彼の焦燥は、恐ろしいほどに冷え切った「完璧主義」へと変貌した。
「……どけ。私がやる」
陸仁は、誓子の震える身体から仮の男物を強引に剥ぎ取ると、傍らに置かれていた水桶へと手を伸ばした。
護衛が汲んできてから、すでに数時間が経過している。初秋の夜の凍えるような冷たさは消え、ストーブの余熱によって、水はどこか生温い温度へと変わっていた。
陸仁はその水に、手持ちの「ハッカ油」を数滴垂らした。水面にサッと広がる、鼻を突くような鋭いハッカの香気。
陸仁は己のハンカチをそのハッカ水に浸して固く絞ると、抵抗する力すら失った誓子の白皙の柔肌──昨夜、自らが欲望のままに貪り尽くし、熱い唾液と情熱の匂いを刻みつけた胸元や下腹部、太腿の付け根を、容赦なくその布で拭い始めた。
「っ、ふ、……ぅ……っ」
ハッカ特有の、じわじわと肌を刺すような強烈な清涼感。それが、行為の熱が残る誓子の肉体を内側から冷やすように襲う。
陸仁は手先だけは極限の冷静さを保ち、彼女の身体から「男の残り香」を、ハッカの強烈な揮発臭によって物理的に、完全に塗りつぶしていった。これなら、麓に降りて雅忠や家令がどれほど目を光らせようとも、「虫除けのためにハッカ水を浴びた」と言い逃れができる。
さらに陸仁は、小屋の棚に転がっていた古びた蚊取り線香に火をつけた。
湿気たマッチを擦り、立ち上らせた青白い煙。まだ執拗に生き残る吸血虫を退治するため──という、護衛に告げた完璧な大義名分。鼻を突くあの独特で強烈な煙の匂いが、物置の奥に充満し、二人の衣服の隙間を容赦なく満たしていく。
完璧な消臭を施した上で、陸仁はストーブの側にある誓子のリュックサックの中から、真新しいショーツを取りだすと、陸仁のリュックサックの奥底に誓子が昨晩身に着けていたショーツを隠した。
真新しいショーツを履かせ、ブラジャーのフロントホックを手早く留め、キャミソールを整える手つきは一寸の歪みもなく、誓子の肌着や下着をその身体へ正確に着せ直していった。続いて、彼女自身の登山着のボタンを、一番下から上へと、一つずつ、正確に、固く留めていく。
それは慈しみなどではなかった。
ハッカの匂いという完璧な大義名分で己の所業を覆い隠し、手に入れたばかりの至高の戦利品を、未来永劫、自分だけのものとするための、冷酷極まる「隠蔽」の作業だった。
誓子はただ、されるがままになっていた。自分を完全に貪り尽くした男の手によって、ハッカ水で清められ、完璧な「元の姿」へと仕立て上げられていく恐怖。
衣服が完璧に戻され、見た目だけが「清らかな主従」へと偽装されていくその冷酷な手つきが、彼女の心に、決定的な異性への恐怖と不信と絶望を植え付けていった。
早朝の濃い霧に覆われた避難小屋に、ようやく一行が到着した。
真っ先に駆け寄った護衛のひとりが、雅忠の広く逞しい背に背負われ、痛む足首をかばうようにしている寛代子の姿に気づき、ハッと息を呑んだ。
「──寛代子殿下! 御足を痛められたのですか!?」
「ええ、大したことはないわ。少し挫いたの。それより、お兄様と誓子は?」
「はっ、お二人ともご無事で中にいらっしゃいます。……ただ」
護衛は声を潜め、恐縮の極みといった面持ちで、寛代子を背負う雅忠を見上げた。
「六条様、大変申し上げにくい不始末がございまして……。実は若宮様から、二人が戻られたら事前に事情を説明しておくようにと厳命されておりましてな。夕べの激しい落雷の際、誓子様が激しく錯乱され、殿下をお母上である夫人と見間違えてしがみつかれたのです。殿下は暴れる誓子様を宥めようとされたのですが、その際、首元を深く噛まれたとか。仮にも主君に無体を働いたとあっては生真面目な誓子様が気に病むゆえ、他言無用にと若宮様は仰せでしたが……」
「……妹が、若宮様に、そのような不敬を……」
雅忠の顔が、驚愕と困惑で強張る。あの気丈な妹がそれほど錯乱し、主君に怪我を負わせるような真似をしたという事実に衝撃を受けつつも、雅忠は主君のあまりにも寛大な配慮に、深い感謝を覚えた。
しかし、護衛の報告はそれだけでは終わらなかった。
「若宮様は『外にいた二人に見られれば、衣服の乱れから要らぬ誤解を招きかねん』と、我々へ事前に説明を回すよう直々に仰せられたのです。……ああ、それと、夜明けごろから蚊が多くなりましたゆえ、小屋の中はかなり蚊よけの香を焚き染めております。匂いがきつくなっておりますが、ご承知ください」
「……心得た。伝えてくれて感謝する」
雅忠は重々しく頷き、背中の寛代子の重みを捉え直しながら、小屋の重い扉を押し開けた。
扉を開くと同時に、寛代子は緊張の面持ちで真っ先に二人に声をかけた。
「お兄様、誓子!」
その声に、二人が木箱の陰から顔をのぞかせ、姿を現した。
「そこにいたのね。本当に申し訳なかったわ、私の我が儘のせいで……!」
「……いや、気にするな。其方も無事で何よりだ。と言いたいが、足をどうかしたのか?」
陸仁は、いつもの精悍で冷徹な、しかしどこか物憂げな表情のまま、妹の足元へ視線を落とした。雅忠の広く逞しい背から降ろされ、痛む足首をかばうように立っている寛代子を純粋に案じる兄の目がそこにある。
「ええ、山道を降りているときに暗闇の中で転んで挫いてしまったの。でも、救助隊の方に固定していただいたから大丈夫よ」
「若宮様。寛代子殿下に御怪我を負わせてしまいました。その上、我が妹の昨夜の不敬……兄として、お詫びの言葉もございません。いかなる処分もお受けいたします」
雅忠は陸仁の前に進み出ると、直立不動のまま、硬く絞り出すような声音で深く頭を下げた。それは、妹の失態への純粋な恐縮であると同時に、自らが犯した「本当の大不敬」をこの謝罪の影に滑り込ませ、必死に隠蔽しようとする、張り詰めた防衛本能の表れでもあった。
陸仁は、深く頭を垂れる忠臣の姿を、感情の読めない瞳で見下ろした。
「顔を上げよ、雅忠。天災の最中だ、誰を責めることもせぬ。誓子のことも、あれは不可抗力。其方も寛代子を無事に連れ帰った。それで十分だ」
護衛の言葉とは裏腹に見たところ二人の衣服に乱れもなければ、肌の露出もない。ストーブの熱で朝までにはすっかり乾いたのであろう、昨日着ていた登山着をそれぞれ端正に着こなしている。見た目も、立ち振る舞いも、何一つとしておかしなところはない。──だが、だからこそおかしいのだ。
ほんの数時間前、自らの泥にまみれた衣服と下着のホックを、極限の執念で『元通り』に隠蔽したばかりの寛代子だからこそ、その二人の間に漂う、奇妙に重苦しい匂いを、鋭い直感で敏感に捉えていた。
(……おかしいわ。完璧にいつも通りに『取り繕って』いるけれど、何かが、決定的に変わっている……?)
先程の護衛の言葉が寛代子の脳裏をよぎる。
『夕べの激しい落雷の際、誓子様が激しく錯乱され、殿下をお母上である夫人と見間違えてしがみつかれたのです。殿下は暴れる誓子様を宥めようとされたのですが、その際、指を深く噛まれたとか』
『若宮様は『外にいた二人に見られれば、衣服の乱れから要らぬ誤解を招きかねん』と、我々へ事前に説明を回すよう直々に仰せられたのです。……ああ、それと、夜明けごろから蚊が多くなりましたゆえ、小屋の中はかなり蚊よけの香を焚き染めております。匂いがきつくなっておりますが、ご承知ください』
(まさか――! 衣服の乱れを「錯乱した誓子の介護」と言い訳し、情事の残り香を「蚊よけの香」で完全に塗りつぶしたとでもいうの?)
その徹底された『隠蔽の儀式』の気配に、寛代子は心の中で激しく息を呑んだ。自分たちが岩陰で行ってきた必死の隠蔽のさらに上を行く、兄の冷徹なまでの完全犯罪の仕掛け。
寛代子は、深く頭を垂れたまま微動だにしない誓子の様子を凝視した。いつもなら、寛代子の負傷を知れば真っ先に駆け寄って気遣うはずの生真面目な彼女が、頑なに視線を床に落としたまま動こうとしない。その耳たぶが、心なしか林檎のように微かに赤んでいる。
「若宮。衣服に煤が」
雅忠が、主君への恐縮さを隠すように陸仁の服についたストーブの煤を払った。見ると、妹の誓子の服にも煤がついている。
「誓子、お前にも付いているぞ」
雅忠が妹の肩へ手を伸ばした、その瞬間だった。
「っ……!」
誓子は弾かれたように、激しくその手を振り払い、雅忠の手をはねのけた。
あまりにも過剰な拒絶。雅忠と寛代子の目が一瞬にして凍りつく。
(……まさか……嘘よね?)
寛代子が不穏な空気を察知し、問い詰めようとしたが、二人の口は重かった。
「お兄様……よもやとは思いますが、誓子に不埒な真似など」
「何を言っているのだ、お前は。何もない。ただ一晩雨を凌いだだけだ。そうであろう? 誓子」
妹からの問いかけに、陸仁は冷たく言い放ち、誓子もまた消え入るような声で答えるのみだった。
「はい。若宮様をお守りし、何事もなく無事に夜を明かしたまでにございます」