護衛との合流は御用林を過ぎたところからと押し切った照仁。寛奈にも、お忍びの私的旅行だから、とか、護衛の代わりにお前がいれば大丈夫だろう? と口八丁手八丁で納得させた。
親世代は、照仁の考えは読んでいるが、寛奈は逃げられないだろうし、逃げる気もなさそうだ。と半ば以上諦めている。
寛奈が照仁の子を孕んでも遺伝的疾患や先天異常の危険性が他人との子の場合と変わらないことは検査結果で判っているのがせめてもの救い。
尚、滞在する御用林内の別荘の敷地・建物、その付近は皇宮警察局により完璧に清掃済。公安当局の清掃とは不審者や盗聴器、隠しマイクなどの排除・無効化を意味する。
激しい雷雨が山肌を叩きつける中、二人は逃げ込むようにして京極宮家所有の山小屋へ駆け込んだ。
入り口の重い木製ドアを閉めると、豪雨の音が一気に遠のき、湿り気と静寂が室内に満ちた。
「うわ。下着までぐっちょり、最悪」
寛奈は張り付いた前髪を払いながら、自身の濡れた服を忌々しそうに見下ろした。
照仁は慣れた手つきでランタンに火を灯し、収納室を確認し始めた。
ランタンが室内をほの暗い橙色の光で満たしていく。
「食料は揃っているな。着替えもあるようだ……が?」
「そう、良かったわ。先に体を温めてくるわね。……覗かないでよ?」
寛奈はそう言い捨てて浴室へ向かったが──十数分後、全身を湯気に包ませ、顔を林檎のように真っ赤に染めながら戻ってきた。その手は大きすぎる室内着の衿元を必死に固く押さえている。
「なんで食料はあるのに着替えが用意されていないのよ」
「ん? 何を言っているのだ? 着替えているではないか」
照仁が首を傾げると、寛奈は溢れ出そうな恥辱と怒りを込めて叫んだ。
「浴室に用意されていなかったのよ、下着。それにこの服もサイズが合わないの。大きすぎてこの手を離したら、見えちゃうのよ……って言わせないでよ」
「……いや、勝手に話したのは其方だ。それに、下着の類は自身で用意する物ではないのか?」
「それはそうだけど」
「それから、其方が着ているそれは、恐らく私のサイズだな」
「なんで私のサイズが無いのよ!」
寛奈が羽織っているのは、身長が180㎝の照仁のサイズの室内着だった。
157cmの細身な身体にはあまりにも大きく、ボタンを留めても肩の位置が完全に落ち、手首は袖の中にすっぽりと埋まっている。裾は太腿の半ばまで覆っているものの、少し動くだけで首元や裾の隙間から、湯上がりで桜色に染まった素肌が覗いていた。
濡れた下着は脱衣所に干してあるため、生地の下は文字通りの全裸。手を離せば重みで襟ぐりが大きく開き、胸元のふくらみがそのまま露出してしまう状態だった。
照仁は腕を組み、そのアンバランスで無防備な姿を静かに見つめた。
引き締まったウエスト、そして意外なほど豊かな胸元。だぶついた室内着の生地のたるみ具合が、逆にその下の身体のメリハリを露骨に浮き彫りにさせている。
「……何よ。そうジロジロ見ないでちょうだい」
照仁の視線に耐えかねた寛奈が、手を離せないまま身体を捻って身構える。照仁は表情ひとつ変えず、淡々と言い放った。
「別に見てはおらん。ただ、そのあっていない服の上からでもいろいろとわかるのだなと思っただけだ」
「っ! この変態! 見てないで向こう向きなさいよ!」
言葉では威勢よく言い返すものの、照仁の冷ややかでありながらどこか熱を孕んだ視線に晒され、寛奈の華奢な肩は微かに震えていた。照仁の目は、ぶかぶかの生地越しであっても、彼女の細いウエストや隠しきれない胸のボリューム、そして無防備な素肌の存在感を正確に捉えている。
「寒かろう。暖炉のそばへ来い」
「……結構よ。あなたの隣なんて余計に寒気がするわ」
意地を張って壁際に身を寄せる寛奈だったが、外の雷鳴が一段と大きく響くと、思わず「きゃっ」と小さく声を上げて体をすくませた。
照仁はそれ以上何も言わず、ただ静かに彼女の逃げ場を塞ぐように、暖炉の前のソファを示して座るよう促した。
照仁が暖炉の前のソファを示して座るよう促したものの、寛奈は意地を張り、照仁からできるだけ距離を置くようにして部屋の隅に置かれた自身の旅行鞄へと向かった。
180cm用のぶかぶかな室内着の襟元を片手で固く押さえたまま、もう片方の手でなんとか鞄のジッパーを開ける。中から予備の下着を取り出すと、照仁に背を向けるようにして素早く服の中に手を差し入れ、手探りでそれを身に着けた。
これで全裸という最悪の無防備さは免れたものの、だぶついた室内着とサイズの合わない服のせいで、心細さと恥ずかしさが消えるわけではない。寛奈は小さく息を吐くと、下着を着けた上から再び襟元をぎゅっと固く握りしめた。
夜が深まるにつれ、山を叩く雨音は激しさを増し、外の冷気が木造の山小屋の隙間から忍び込んできていた。暖炉の火も小さくなり、室内はランタンの残り火が揺れる暗がりへと沈んでいる。
カウチソファの端で、大きすぎる室内着の裾を必死に巻き込み、膝を抱えて丸くなっていた寛奈の肩が、寒さで微かに震えていた。
「……寒そうだな。ベッドで寝ろ」
「嫌よ。ベッドは一つだけしかないじゃない。そこで休んだらあなたに襲われるわ」
くしゅん、と小さなくしゃみが響く。
「そのままでは体調を崩すぞ。風邪でも引かれたら叔父上に申し訳が立たん」
「べ、別に。寒くなんて……っ」
その言葉を聞き、照仁がキッチンで暖かい紅茶を二人分用意した。
「……仕方のない奴だ。ほら、これを飲め」
湯気の立つカップをテーブルに置くと、自らも寛奈の隣へと腰を下ろした。
「……何よ。そっちには一人掛けの椅子もあるでしょう」
「火に近いのはここだ」
照仁は平然とした顔で言い放つと、カップを手に取り一口含んだ。その冷徹とも取れる視線が、室内着の上からでもはっきりと分かる彼女の体のライン──程よく引き締まった57cmのウエストと、その上に位置する84cmのふくらみの輪郭を静かに捉えている。
「言っておくけど、変な気を起こしたら蹴り飛ばすわよ」
「足元がおぼつかない状態で繰り出す蹴りなど、脅しにもならんな。……それに、冷えた体で意地を張るものではない」
照仁はそう言うと、収納棚から予備の毛布を引き出し、寛奈の細い肩の上からふわりと掛けた。その際、照仁の指先がほんのわずかに寛奈の首筋に触れる。
「ひやっ……!」
「ほう……随分と敏感になっているな。濡れて冷えたせいか、それとも──」
「ち、違うわよ! あなたの手が冷たいのよ!」
真っ赤になって身を引く寛奈だが、毛布の温もりと照仁の存在感から逃げ出すことはできない。照仁は彼女の反応を楽しむように、かすかに目元を和ませるだけだった。
深夜。一人掛けのソファに移動し、手元の書物に目を通していた照仁がふと視線を上げると、カウチで毛布にくるまった寛奈が寒さか緊張からか、小さく肩を震わせているのが目に入った。毛布を被っているとはいえ大きすぎる室内着一枚を羽織っただけの彼女は、暖炉の火を背にしながらも、冷え込む山気と自身の無防備さに落ち着かない様子だった。
「……寒いのか」
「……別に。寒くなんてないわよ」
膝を抱え込んだまま膝元に顔を埋め、強気な口調で突っぱねる寛奈。だが、その言葉とは裏腹に、羽織っている毛布の隙間から覗く唇は微かに蒼白く震えている。照仁は書物を静かに卓上に置くと、傍の毛布を掴みつつ無言で立ち上がり、寛奈の座るソファへと歩み寄った。
「な、何よ……」
身構える間もなく、照仁は寛奈の背後に回り込むと、手にした毛布を自らの肩から羽織り、冷気を遮るように寛奈の背後を覆った。
「なに?」
照仁は、無言のまま、すでに毛布を纏っている寛奈の華奢な身体を、さらに己の腕と羽織った毛布ごと背後から包み込むように引き寄せる。
「ちょっと! 離しなさい!」
抗議の声も虚しく、寛奈は背後からすっぽりと抱きすくめられた。
「静かにしろ。山中の冷え込みを舐めるな、馬鹿者が。こんなに体を冷やしおって」
「嫌っ。嫌だってば、離してよ、離しなさいよ」
逃げ出そうと身体を捩る寛奈だったが、動けば動くほど室内着の衿ぐりが大きく乱れ、予備の下着を着けたとはいえそこ以外の素肌が照仁の服に擦れる。
「おい、暴れるな。これ以上動けば、服が完全に脱げるぞ」
照仁の低く冷静な声が、耳元で直に鼓膜を揺らす。耳元に注がれた吐息と低音の振動に、寛奈の背筋をゾクリとした甘い戦慄が駆け抜けた。
「……離してってば……寒くなったら自分で暖まるから……っ」
「断る。お前は昔から体調を崩しても強がりを言うのだ。何度騙されたことか。……もういい、お前が悪いのだ」
「な、なにを!」
強がりの言葉が最後まで続かない。照仁は寛奈の言い分を最初から聞き入れる気などないように、寛奈が纏っている毛布ごとそのまま抱き上げた。立ち上がった瞬間、照仁の肩から羽織られていた毛布が滑り落ち、足元の床へ広がった。
照仁は寛奈が纏っている毛布ごとその身体をしっかりと腕の中に固定したまま、奥の寝室へと足を進める。
寝室の扉を開き、寛奈をベッドに横たえると、寛奈をくるんでいた毛布を広げ、自分もその隣に潜り込みくるまった。
「ちょっと! 何勝手に一緒に寝ているのよ!」
「うるさい。ベッドは一つだけなのだ。それとも、従妹とは言え家令の娘が皇族の若宮をソファに寝かせるつもりか?」
寛奈の背中には、照仁の厚い胸板と強い体温がぴったりと密着する。合わない室内着を身に纏っている寛奈にとって、背中越しに伝わる照仁の鼓動と熱気は、寒さを吹き飛ばすと同時に、耐えがたい羞恥を全身に走らせた。
「な、何するのよ……! 離しなさいよ、この変態!」
暴れようと腕を動かそうとするが、照仁の太い腕が室内着の上から身体と腕を丸ごと固定しており、指一本動かすことすら難しい。
「動くな。冷えは体に良くない。……それに、暴れると服がはだけるぞ」
「くっ……っ!」
事実を突きつけられ、寛奈は動きを止めるしかなかった。胸元を押さえていた手が緩めば、室内着の襟ぐりが開いて下着姿が露わになってしまう。
照仁は拘束した腕の力を緩めぬまま、寛奈の耳元へとゆっくり顔を近づけた。冷たい外気とは対照的な、甘く温かい吐息が寛奈の耳たぶをかすめる。
「……しかし、相も変わらぬ引き締まったウエストだな。やはり60cmには届いておらんな」
照仁の大きな手が、毛布越しに彼女のウエストのくびれをしっかりと掴み、正確な数値までは知る由もないものの、手応えだけでその60cmにも満たない細さを確かめるようにじっくりとなぞる。
「っっ! 触らないで……っ、この変態!」
「触れてはおらん。服の上から測っているだけだ」
照仁が低い声を耳元で直に響かせ、その吐息が直接耳朶を撫でた瞬間、寛奈の身体が跳ねるように強張った。
耳元は寛奈が自身でも意識していなかった最大の性感帯だった。照仁は一度の反応で見抜き、薄く冷酷な笑みを浮かべる。
「ほう……なるほど。ここは弱いのだな」
「っっ! 触らないで! 嫌、囁かないで……っ!」
照仁の唇が耳たぶのすぐ近くで動き、息が吹きかけられるたび、寛奈の背筋に稲妻のような痺れが走り、「んっ……っ」と甘い吐息が零れ落ちる。
「……声が出ているぞ」
「っ……! 息……吹きかけないでよ……っ!」
「吹きかけてなどいない。普通に話しているだけだ」
照仁は彼女が耳に弱いことを完全に理解した上で、あえて耳たぶすれすれの距離まで顔を近づけ、低い声を注ぎ込み続ける。
寛奈は顔を林檎のように真っ赤にし、照仁の胸元に頭を預けたまま、涙目で耳を塞ごうと首を捻る。
サイズが合わない今にもはだけそうな室内着と、背後からの照仁の体温と容赦ない耳元への刺激。しかし照仁はそれ以上踏み込むことはしなかった。
「……手は出さんと言ったろう。最後の一線まではな。だから大人しく寝ろ」
「最後まで手を出していないだけで……これ、普通に、考えて、ぁん、手を出して、んっ。いるのと同じでしょうが……っ!」
照仁は約束通り最後の一線どころか衣服を剥ぎ取ることすらしなかった。だが寛奈は上半身を服の上から弄られ、耳元から首筋にかけて痕を付けられ、耳たぶを唇で優しく食まれ甘く息を吹きかけられるたび、その「圧倒的な拘束」と「身体への生殺し」によって、理性がじわじわと焼き切られていった。
手は出さない。だが、逃がしもしない。
寛奈は羞恥と過剰な緊張、そして身体の奥から湧き上がる熱に苛まれながら、屈辱と快感の狭間で一晩中背中を震わせ続けた。
朝の光が木造の隙間から静かに差し込み、山小屋の室内を優しく照らし出していた。
背後からは照仁の微かな寝息が聞こえ、その容赦なかった手は動きを止め、全身を縛り付けていた激しい密着も幾分か和らいでいる。だが、目が覚めてもなお、寛奈は照仁の太い腕にしっかりと抱きすくめられたままだった。
一晩中、耳元に熱い吐息と冷徹な低音を注ぎ込まれ、頭が狂うほど身体を弄られ続けた感触は、未だ皮膚の表面に生々しく残っている。身体は極度の過敏状態に陥っており、照仁が睡眠の中でほんのわずかに腕を動かしただけでも、背筋を電撃が走り、小さく身体を震わせてしまう。
これ以上ないほど生殺しにされ、プライドを打ち砕くように身悶えさせられた寛奈だったが──しかし、最後の一線だけは絶対に超えさせず、自らの手で守り抜いたという事実が、彼女の中に微かな、しかし揺るぎない確信をもたらしていた。
(……勝った。私は、最後まで屈しなかった……)
過敏になった肌を擦り寄せる照仁の腕の中で、寛奈は静かにまぶたを開く。
一晩中、激しい愛撫と熱量に晒され、何度も泣き叫びそうになりながら耐え抜いた末に訪れた、静寂と朝の光。極限の苦痛と快楽の狭間で磨り減った精神の奥底から、彼女の内に秘められた芯の強さと、華族令嬢としての強烈なプライドが再び静かに目を覚まし始めていた。
目覚めてなお自分を離そうとしない照仁の横顔を、寛奈は腕の中でそっと見つめる。
一瞬、この男の完璧な自制心をさらに揺さぶり、自尊心を粉々に打ち砕いてやるべく、甘い煽りの言葉を耳元で囁いてやろうかという強い誘惑が脳裏をよぎった。
(これだけ私を追い詰めておいて、結局、最後まで奪えなかったのですね、若宮様……って、言って差し上げましょうか)
自らの勝利を確信した寛奈の唇が、優越感を含んだ小さな微笑の形を作りかけた──その、直前だった。
(……っ、ダメ。嫌な予感がするわ……)
背中越しに伝わる照仁の鼓動と、今はまだ静かに眠る猛獣の圧倒的な気圧。もし今、一線を越えた軽率な煽りを口にすれば、目覚めたこの男の理性を完全に吹き飛ばし、今度こそ逃げ場のない惨劇を招く──そんな直感が、彼女の全身の毛穴を逆立たせた。
それに、と寛奈は心の中で小さく自分に言い聞かせる。
(……そもそも、私の方から少し煽ってしまったのが引き金だったわけだし……多少は、私にも悪いところがあったかもしれないわ……)
自らの至らなさと軽率さを内心で静かに認めつつも、照仁に対するプライドと意地だけは決して捨てない。
寛奈は開しかけた唇をそっと閉じ、煽りの言葉を自らの胸の奥深くにぐっと押し殺した。そして、なおも自分を離さない太い腕の中で、照仁が完全に目を覚ますその時を、静かに、しかし覚悟を込めた瞳で待つのだった。
外は相変わらず激しい雨が降り続いており、山小屋の屋根や窓を叩く不協和音が途切れる気配は一切なかった。閉ざされた空間には、木造独特の甘い香りと、冷えた空気が足元から這い上がってくるような特有の寂寥感が漂っている。
昼食の準備のため、二人は狭いキッチンに並んで立つことになった。
照仁が手際よくフライパンを火にかけ、油を馴染ませながら、どこか冷ややかな視線を横に立つ寛奈へと向けた。
「……其方、包丁や火の扱いなどできるのか?」
その問いかけに、寛奈は勝ち誇ったように胸を張った。大きすぎる照仁の室内着の袖口を少し捲り上げ、鼻で笑ってみせる。
「なによ。今どきは華族令嬢と言えども基本的な調理くらいできないと笑われるのよ。それより若宮様こそ、料理の経験なんてあるのかしら? せいぜい包丁で指をお切りにならないよう、お気をつけあそばせ」
朝の敗北と屈辱を少しでも帳消しにしようと、寛奈は勢いよく卵をボウルのフチに打ち付けた。しかし、思いのほか殻が固かったのか、一度目では割れず、二度目で強めに叩きつけると、殻の破片がボウルの中にぽとりと落ちる。寛奈は一瞬だけ焦ったように目を見開いたが、照仁に見咎められまいと素早く指先で破片を拾い上げ、何事もなかったかのように菜箸を握りしめた。
「ふふん、見ていらっしゃい……」
自信満々にフライパンへ卵液を流し込む。じゅっ、というけたたましい音とともに香ばしい匂いが立ち上った。
だが、山小屋のガスコンロの強力な火加減は、彼女が事前に本で読んで頭の中に叩き込んでいた「理想のイメージ」を遥かに凌駕していた。卵液は流し込んだ瞬間にフチからぐんぐんと黄色く固まり始める。
「あ、あら……? ちょっと待って……」
寛奈は慌てて菜箸を動かしたが、手際よくかき混ぜて半熟の層を作るどころか、焦りに任せて箸を細かく動かしすぎた結果、フライパンの中で細かく砕けた黄色い「卵そぼろ」のような物体が完成してしまった。
一方の照仁は、無駄のない洗練された動きで静かにフライパンを煽っていた。火から適度に遠ざけ、余熱を計算しながら滑らかに角を巻き込んでいく。数秒後には、皿の上へ美しく黄色く輝く、トロトロのスクランブルエッグが盛り付けられていた。
「……できたわ。どうぞ」
寛奈は強がりながら、そぼろ状になった皿を照仁の前に押し出すように差し出す。
「ほう。有難く頂こう。では、其方にはこれをやろう」
照仁も自身の皿を差し出し、二人は互いの料理を交換した。
寛奈が差し出された照仁のスクランブルエッグにフォークを伸びすと、それは絶妙な半熟加減で持ち上がり、まさに彼女が昔から最も好む「フワフワとトロトロの中間」の固さに仕上げられていた。一口口に含むと、隠し味に注がれた出汁と上質なバターの風味が、完璧なバランスで口いっぱいに広がる。
「……っ」
「……美味いな。味付けだけは悪くない」
照仁は寛奈の作った「卵そぼろ」を一口食すと、特に顔色を変えることもなく、静かにフォークを卓上に置いた。そして、自分の差し出した完璧な料理を口に含んだまま、衝撃で固まっている寛奈を、どこか呆れたような目で見下ろす。
「……無理をするな。調理など一度もしたことがないのだろう」
「っ! し、したことくらい、あるわよ! たまたま山小屋の火力が強かっただけで……っ!」
「嘘をつくな。卵の割り方からしてぎこちなかったぞ。ボウルの中で殻を拾う仕草も丸見えだった。それに、火が通るのを恐れてかき混ぜ過ぎていた……本で読んだ知識だけで挑んだのだろう」
完璧に手順と失敗の理由を言い当てられ、寛奈は言葉を詰まらせた。一歩下がって照仁の視線から逃れようとするが、照仁は逃がさない。
すっと距離を詰めると、長い指を伸ばし、寛奈の華奢な顎を包み込むように持ち上げ、強制的にその顔を覗き込んだ。
「それに……其方がどの程度の焼き加減を好むかなど、私が良く知っている。その固さで合っているだろう? 昔から其方が好きな焼き加減だ」
「っっっ!!!」
自分の好みを完璧に把握されていたこと、手元のぎこちなさを全て観察されていたこと、そして料理が全くできない嘘を見破られた恥ずかしさで、寛奈の顔は耳の先から首筋にかけて、一瞬でリンゴのように真っ赤に染まり上がった。
「……無茶をするな。慣れぬ料理で怪我などされたら堪らぬ。美味い料理が食べたいなら、私がいくらでも其方に作って食わせてやる」
照仁の手から顔を背けようと首を振るが、昨夜から朝にかけて徹底的に開拓され、過敏になった身体は、照仁の指先が顎の皮膚に触れているだけでじんわりと熱を帯びてしまう。身体の奥から湧き上がる甘い痺れと屈辱感に勝てず、寛奈はそれ以上強く反論することもできずに、涙目でただ深く俯くのだった。
午後になり、長く山小屋を叩き続けていた雨がようやく上がった。
昨日干していた登山着も乾き、山頂へと散策の足を伸ばす二人。
雨上がりの林は湿った木々の葉から静かに雫が落ち、雲の切れ間から差し込む光が、ぬかるんだ山道をうっすらと照らし出していた。
山小屋の閉塞感から逃れるように、寛奈は照仁から距離を置こうと少し先を急ぎ足で歩いていた。しかし、雨を含んで滑りやすくなった土と落ち葉に足を取られ、体制を崩しそうになる。
「きゃっ……!」
悲鳴を上げる間もなく、背後から伸ばされた照仁の太く大きな手が、彼女の細いウエストを完璧な確実さでしっかりと抱き留めた。浮きかけた身体が照仁の厚い胸板へと引き寄せられ、ぴったりと背中が密着する。
「……触らないでって言ってるでしょう!」
「転んで怪我をされては困る。それに……昨夜あれほど確かめさせておいて、今更拒むのか?」
「ッ……!」
照仁の大きな手が、服越しに彼女のくびれを絶妙な力加減で圧迫する。指先が腰骨のラインをなぞるように滑り、耳元で低く囁かれるたび、朝からの過敏な状態が残る寛奈の身体は固まってしまっていた。
照仁の手はなお腰から離れず、まるで自分の所有物であることを確かめるかのように、そのラインを指先でなぞり続けていた。
「其方は強いな。だが、私から逃げ切れるほど賢くはない」
反論の言葉すら喉に引っかかったまま、引きずられるようにして辿り着いたのは、山頂近くにある古びた木造の展望台だった。
眼下には雨上がりの深い霧が静かに澄み渡り、遠くの街並みや連なる山々が一望できる。しかし、寛奈にその景色を鑑賞する自由は与えられなかった。照仁は彼女の背後にぴったりと寄り添い、両腕を彼女の脇から伸ばして手すりを掴み、完璧に彼女をその体躯で包み込んだ。
逃げ場を完全に塞がれた状態で、照仁の長い指先が眼下に広がる世界を静かに指差す。
「この山を下りても、其方の行き着く先は私の元だ。誰も其方を助けはせん。叔父上や叔母上にもここに来る前に、すでにご納得いただいている。やはり逃げられなかったのかと半ば諦めておられた声だったが」
照仁の冷ややかな声が、耳元で直に鼓膜を揺らす。彼から放たれる熱と、耳たぶを掠める温かい吐息。山を下りれば助かると思っていた寛奈にとって、実の両親すらもすでに外堀を埋められ、自分が完全に照仁に手渡されているという事実は、背筋を凍らせるのに十分だった。
「……ふん、そんな脅しに屈すると思う……?」
寛奈は強がりを捨てきれず、せめてもの抵抗として唇を噛み締め、背後の照仁を見上げようとした。
だが、視線が交差した瞬間、言葉が途切れた。
照仁の見下ろす瞳の奥に宿っていたのは、いつもの冷徹な仮面の裏に隠された、暗くドロリとした熱を帯びた執着と、絶対に逃がさないという絶対的な意志の表れだった。
その圧倒的な視線に射抜かれ、寛奈は喉の奥がカラカラに乾いていくのを感じながら、ただ息を飲んで立ち尽くすことしかできなかった。
(嘘……なに、この目は。私が知っている【若宮様】の目じゃない)
今まで見せていた冷ややかな嘲笑も、計算尽くの余裕も、そこには無かった。
あるのは、獲物を完璧に追い詰め、骨の髄まで噛み砕いて所有しようとする一筋縄ではいかない男の生の執着。
「……帰りましょう」
寛奈は脳裏に激しく警報が鳴り響く中、掠れた声でそれだけ呟くのが精一杯だった。
照仁は何も答えず、ただ彼女の華奢な肩をその大きな手で抱き寄せるようにして、静かに翻した。
山小屋へ戻る道のり、二人の間に会話はなかった。
ぬかるむ足場を踏みしめる音と、二人分の呼吸音だけが静まり返った森に響く。
滑りそうになるたび、照仁の手が容赦なく腰や腕を掴んで支えてくるが、その度に寛奈の身体は跳ね上がり、昨日や今朝のような威勢の良い抗議は口から飛び出さなかった。照仁の掌から伝わる温度が、先ほど見た瞳の暗い熱と重なり、ただただ皮膚を焼き焦がすように熱かった。
日が落ちた山小屋で寛奈は暖炉に一番近いソファの端で、膝を抱え込むようにして小さく身を縮こませていた。
大きすぎる照仁の室内着にすっぽりと包まれ、膝下に顔を埋めるような姿勢をとっているものの、その視線は片時も照仁から離れない。
(……油断したらダメよ。今夜は昨日のようにはいかないんだから……)
昨夜の激しい愛撫と過敏になった身体の記憶、そして昼食での「料理対決完敗」という大屈辱。いつまた猛獣の如き支配欲を剥き出しに迫られるか分からず、寛奈は全身の神経を尖らせて警戒していた。
そんな寛奈のピリピリとした殺気とも言える視線を感じ取りながら、照仁は無言のままキッチンスペースへと向かった。
腕を静かに捲り上げ、手際よく薪ストーブの上の鍋やフライパンを扱い始める。薪の火加減という、現代のガスコンロ以上に難しい熱量調整すら、照仁の手にかかれば完璧にコントロールされていく。
トントン、とリズム良く刻まれる包丁の澄んだ音。
やがて、じっくりと炒められたニンニクと香草の香ばしい風味が立ち上り、続いて濃厚な出汁と肉のコクが混ざり合った、たまらなく甘やかで奥深い香りが暖炉の周りまで漂ってきた。
「……っ」
あまりにも食欲を直接刺激する香りに、寛奈の小さなお腹が「ぐぅ」と情けない音を立てて鳴った。
寛奈は必死に膝に顔を押し付け、自分の腹部を恨めしそうに抱え込む。
(……な、なんでこんな時に鳴るのよ、私のバカ……! 負けないわ、食べ物で誤魔化されたりなんて……っ)
だが、その微かなお腹の音は、静かな山小屋の中で耳ざとく照仁の耳へと届いていた。
照仁は鍋をかき混ぜる手を止めると、肩を微かに揺らし、「フッ」と低く鼻で笑った。
「……何をそう警戒している。取って食おうというわけではない。腹が減っているのだろう」
照仁は完成した料理を木製のトレーに載せ、暖炉前のローテーブルへと静かに運んできた。
テーブルの上に並べられたのは、じっくり煮込まれた鹿肉と根菜の温かなシチュー、そして表面がカリッと香ばしく焼かれた自家製パン。深みのある香りが部屋いっぱいに広がり、寛奈の鼻腔を容赦なくくすぐる。
「冷めぬうちに食え。……昼の『卵そぼろ』よりは美味いぞ」
「っ! 昼のことはもう言わないでくださると嬉しいわ……!」
嫌味混じりの言葉に寛奈はカッと顔を赤くして睨みつけたが、目の前に出されたシチューのあまりの完成度に、ごくりと唾を呑み込んだ。
昼間の敗北で「この男の料理の腕が本物である」ことは身にしみて分かっている。
「……頂きますわ」
寛奈は警戒の姿勢を崩さないまま、おずおずとスプーンを手に取り、熱々のシチューを一口すくって口へと運んだ。
その瞬間──。
「……っ!?」
口の中に広がったのは、ホロホロと解ける柔らかい肉の旨味と、野菜の甘みが凝縮された濃厚なスープの味わいだった。隠し味の赤ワインとスパイスの風味が絶妙なアクセントになっており、一口食べただけで全身の力が抜けていくような幸福感が脳を駆け巡る。
(な、なにこれ……! ホテルのシェフが作ったものより美味しいじゃない……!)
悔しい。悔しいのに、手が止まらない。
寛奈は無意識のうちに二口目、三口目と素早くスプーンを動かし、香ばしいパンをシチューに浸して口に放り込んだ。カリッとした食感のあとにじゅわっと染み出すスープの旨味に、思わず「ん……」と甘い吐息漏れ、その瞳が美味さのあまり蕩けるように潤んでいく。
警戒して身を強張らせていた肩の力が完全に抜け、まるで美味しい餌を与えられた小動物のように、夢中でシチューを頬張る寛奈。
そんな彼女の素直すぎる反応を、照仁は暖炉の炎に照らされながら、心底愉しそうに見下ろしていた。
「……美味いか」
「っ、ふ、普通よ! お腹が空いていたから、たまたまそう感じるだけで……っ」
口の端に少しだけソースをつけながら必死に強がる寛奈だったが、器は既に半分以上が空になっていた。
「嘘をつくのが下手だな、其方は。……口元についているぞ」
照仁がすっと長身をかがめ、長い指先で寛奈の唇の端についたソースを優しく拭う。
昨夜から過敏になっている肌に照仁の温かな指が触れた瞬間、寛奈の身体に甘い痺れが走り、びくっと肩が跳ねた。
「あ……」
「そうやって素直に私に養われていれば良いのだ。……言っただろう、美味いものが食べたいなら、私がいくらでも作ってやると」
低い声音で耳元に囁かれ、寛奈は顔を真っ赤に染めながら、残りのシチューの中に視線を逃がすことしかできなかった。敗北感と満腹感、そして照仁の手のひらの上で転がされている甘い屈辱に包まれながら、寛奈の警戒心は、暖炉の熱と温かなスープによってじわじわと溶かされていくのだった。
食後の温かな余韻が漂う山小屋の中、暖炉の薪がパチッと爆ぜる音だけが静かに響いていた。
器を片付け終えた照仁が寛奈の前に腰を下ろし、静かな眼差しを向けた。
「昨夜は其方を怯えさせてしまったな。今夜はあのような真似はせぬ」
昼間の冷徹な態度とは打って変わり、声音には誠実な響きが籠もっていた。
だが、その不器用な謝罪は、かえって寛奈の胸の奥に燻っていた複雑な感情にくべられた薪となった。寛奈は膝の上で固く握りしめていた手を少しだけ緩め、伏せていた視線をゆっくりと上げた。
「……気にしないで良いわ。貴方は若宮様だから、思うままにふるまえばいいのよ……。私のことも好きにしなさいよ」
やけくそのような、けれどどこか自暴自棄な響きを孕んだ寛奈の言葉に、照仁は困ったように眉をひそめ、そっと息を吐いた。
「またそのようなことを言う。其方は大切な従妹だ。叔父上や伯母上を悲しませるような真似はせぬ」
そう言って、照仁は宥めるように、幼子に言い聞かせるような優しさで手を伸ばし、寛奈の頭を撫でようとした。
──その瞬間。
バシッ、と小さな音が静かな室内に弾けた。
寛奈が思い切り手を伸ばし、自分の髪に触れる直前で照仁の手を強く振り払ったのだ。
「っ……!」
不意を突かれた照仁の手が空中で止まる。
振り払った寛奈の肩は激しく上下しており、その瞳には溢れんばかりの感情と、凛とした真剣な光が宿っていた。照仁から一切視線を逸らさず、まっすぐに向き合う。
「あなたにとって私は何? 数年前に言ったわよね、あなたに子供扱いされたくないって」
照仁は息を呑み、伸ばした手をゆっくりと引き戻した。
暖炉の火に照らされた彼の横顔が、影を落として重い沈黙を守る。その沈黙を破るように、寛奈は畳みかける言葉を紡いだ。言葉の一つひとつに、ずっと胸の奥に閉じ込めてきた熱い想いが滲み出ていく。
「私、ね。……あの頃は少し背伸びしてたかもしれないけど、あの時の言葉は本心だったんだ。でもあなたは変わらなかった。ダメなの? 貴方から見たら私は子供なのかな?」
一瞬前までの意地っぱりで強がりな姿は消え去り、そこにあったのは、一人の女性として照仁の前に立つ寛奈の切実な素顔だった。
返答を求めるまっすぐな視線を前に、照仁は固く口を結んだまま、深い闇のような瞳で彼女を見つめ返すのだった。
照仁の沈黙は、拒絶ではなく、限界を迎えた自制の崩壊を意味していた。
言葉による誤魔化しがこれ以上利かないところまで彼女の本音を暴くべく、その大きな手で少しずつ、だが確実に衣服を剥ぎ取り始めた。
照仁の手が、寛奈の身体に合わないだぶついている衣服の襟元へと伸びる。その手指が一番上のボタンから順に、一つずつ、ゆっくりと外していった。
照仁の指先は、細心の注意を払っていた。彼女を愛おしむあまり、その繊細な肌を傷つけぬよう、また、彼女が照仁の従妹として、家令の娘として、一人の女として、頑なに守ってきた最後の理性を、優しく融かすように。
ボタンがすべて外され、開かれた生地の隙間から、寛奈が先ほど旅行鞄から取り出して身に着けたばかりの下着が露わになる。照仁は躊躇うことなくその滑らかな指先を寛奈の胸元へと滑らせると、彼女が好むフロントホックの留め具を指先ひとつで易々と解除した。
カチリと小さな金属音が響き、固定を失ったブラジャーが左右へと滑り落ちる。さらに照仁は寛奈の細い腰を支えながら、ショーツのゴムのフチに指を掛け、彼女の滑らかな太腿に沿ってゆっくりと引き下ろした。身に着けていた下着がすべて取り払われ、寛奈の身体からは完全に遮るものが失われる。
衣服と下着が左右へと肌を滑り落ち、暖炉の甘い熱気と山小屋の冷ややかな空気が、同時に寛奈の剥き出しにされた肩や胸元、そして全身の素肌を包み込む。
その直後、寛奈の瞳に飛び込んできたのは、自身の理性を限界まで削り削られ、荒い熱を孕んでそそり立つ照仁の雄々しい剛直だった。その暴力的なまでの質量と存在感に、寛奈の喉から引きつった息が漏れる。
「ひっ……!」
怯えて逃げ惑う彼女の華奢な腰を、照仁の太い腕が容赦なく捕らえ、強引に自らの胸元へと引き寄せた。暴れる身体を力任せに抱きすくめ、逃げ場を完全に塞ぐと、照仁は彼女の耳元に熱い吐息を吹きかけ、低く甘やかに囁いた。
「其方が暴れるのであれば、私のこの杭で其方と私を繋ぎ止めるぞ」
「──っ!?」
耳元で囁かれた冷徹な一言が、寛奈の身体を石のように強張らせた。一線を越えさせるという宣告に近い脅迫に、喉の奥で呼吸が詰まる。
言葉通り、最後の一線だけは跨がぬまま、照仁による容赦のない「蹂躙」が始まった。
うつ伏せに組み敷かれ、寝台に顔を押し付けられたまま、剥き出しのうなじや背筋の窪みを深く、深く貪るように吸い上げられたかと思えば、次は強引に仰向けへと引っ繰り返され、その華奢な身体を照仁の逞しい胸板に無慈悲なほどに圧し潰される。
それだけでは飽き足らず、照仁は自らの上に寛奈の身体を力任せに引きずり上げ、その細い腰を大きな両手でガッチリと掴んで、まるで己の肉体と同化させるかのように激しく抱きすくめ、その唇を幾度も、幾度も狂ったように奪った。
「ん、むっ……っ! あ、んく……っ!」
逃げ場のない漆黒の闇の中、重力から解き放たれたように、照仁の逞しい腕で上下に、前後にと自在に抱き寄せられ、翻弄されるたびに、寛奈は生まれて初めて知る快楽の深淵へと引きずり込まれていく。
日頃は自分を軽くいなしている照仁の、獣じみた低い喘ぎ。
そして、自分の骨が軋むほどに自らを縛り上げる強固な圧迫感と圧倒的な体温。
「は……っ、あ……ぁっ……!」
身体の最奥を一線で留められ、焦燥と快楽で脳髄を焼かれながら、照仁の逞しい身体の質量に圧し潰され、その強烈な口づけと抱擁に翻弄される。
引き裂かれるような快楽と屈辱の中で、寛奈はただの子供扱いではない、一人の女として照仁の執着のすべてを叩きつけられているという、強烈な生の実感を全身で味わっていた。
照仁の熱い唇と舌が、寛奈の最も敏感な耳朶を容赦なく食み、甘く強い圧迫で攻め立てる。その刺激が頭頂部まで突き抜け、寛奈の口から甲高い悲鳴が洩れ出た。
「あ、ぁあっ……っ、ダメ……っ、そこ、は……ッ!」
極度の過敏状態に置かれた耳への直接的な攻め立ては、全身の神経を痺れさせた。
日頃の理知的な佇まいからは想像もつかない男の猛獣じみた荒い息遣い。そして、骨が軋むほどの圧倒的な力で抱きすくめられている圧迫感。生殺しの愛撫がもたらす極限の熱に、焦らされ、過敏の極みに達していた彼女の肉体は、すでに自制の利かない境地へと陥っていた。
無自覚な抗拒とは裏腹に、寛奈の足の付け根は溢れ出た愛液で滑らかに濡れそぼり、密やかな熱を放っていた。
「あっ……ん、ぁ……っ!」
もはや理性の制約など吹き飛んでいた。寛奈の腰が、自身の意志とは無関係に跳ね上がる。
己の肉体がさらなる深みを求め、目の前にそそり立つ照仁の剛直をその身に飲み込もうと貪欲に蠢いたのだ。身内に渦巻く狂おしいまでの空腹感を満たしてもらうため、寛奈は無意識のうちに爪先をピンと立て、自ら太腿を大きく開いて彼の剛直を迎え入れようとしていた。
密着するふたつの肉体。
「──っく!?」
ぬめり気を帯びた最奥の入口が、自身の剛直を呑み込みかけた感触に、照仁の眉が跳ね上がった。
(いかん……!)
照仁の脳裏に電撃のような理性の警告が走り抜けた。
このまま一線を越えれば、すべてが取り返しのつかない決壊を迎える。照仁は強烈な自制心で全身の筋肉を強張らせ、剛直を飲み込みかけている寛奈の身体から、弾かれたように慌てて腰を引いた。
──だが、一足遅かった。
寸前でのあまりにも過激な引き抜きと、寛奈が示した無意識の貪欲な受容。その二つの刺激が重なり合い、引き抜かれた直後の照仁の剛直から、熱い白濁が勢いよく迸り出た。
熱い液体の飛沫が、空を切って寛奈の露わになった腹部から豊かな胸元、そして引き締まった太ももの肌へと散らばり、生々しい痕跡となって降り注ぐ。
「……っは、ぁ、はぁ……っ」
荒い息を吐きながら、間一髪で一線を超えなかったことに胸を撫で下ろす照仁。
しかし、冷たい夜気の中で身体にかかった熱い感触と、いま自分が仕犯した「自ら腰を跳ね上げて求めにいってしまった」という恥辱の事実に、寛奈の意識が覚醒した。
白濁で汚された自分の胸元を見つめ、寛奈の顔が耳の先、首筋、そして全身に至るまで真っ赤に煮え滾った。
身体の奥に残る痺れるような疼きと、完敗以上の辱めに対する怒りが、彼女の瞳に激しい炎を燃え上がらせる。
「この獣!! 変態!! 最低!!」
寛奈は震える手で乱れたシーツを引っ掴み、胸元を隠すように抱きかかえると、照仁を射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけた。
「……ッっつ、若宮様の……バカ!!!!」
寛奈は絶叫すると同時に、涙目で枕を掴み、固まっている照仁の顔面に向かって思い切り投げつけた。
「最低! 最低よ!! 『あのような真似はせぬ』とか『最後の一線は超えない』とか言っておいて……! 結局こんな、こんな汚いやり方で私を弄ぶなんてっ!!」
涙目で照仁を睨みつけ、近くにあった枕を力任せに抱えて照仁の胸元へと叩きつける。
「『一線を越えない』のが聞いて呆れるわ! こんな辱め方をして……! 本当に、大っ嫌い!!」
過敏になった身体を震わせ、胸元を必死に隠しながら、寛奈は乱れた髪を振り乱して照仁を睨みつける。
日頃の気品も淑女の矜持も吹き飛び、ただの激怒した一人の少女となって、目の前の男へ容赦ない怒声を浴びせる。自ら腰を上げて受け入れようとしてしまった己の無意識への恥辱を照仁への怒りへと変えて、寛奈は激しく肩を上下させながら、暖炉の炎よりも赤く顔を沸騰させて怒鳴り散らした。
枕を叩きつけられ、胸元に悲鳴のような罵声を浴びせられながらも、照仁の表情にはすでに冷静さが戻っていた。自分自身が土壇場でしでかした失態と、その結果として寛奈の白皙の肌に散ってしまった自らの熱の痕跡。照仁は飛んできた二つ目の枕を片手で受け止めると、静かにベッドの脇へと置いた。
「怒るのも無理はない。……だが、このままにしておくわけにもいかんだろう」
「近寄らないで! 触らないでっていってるでしょ!!」
涙目で睨みつけ、シーツを胸元まで引き上げて身をすくめる寛奈に対し、照仁は言い訳ひとつせず、静かに長身をかがめた。そして、抵抗する寛奈の細い身体を、シーツごと力任せに抱え上げた。
「なっ……何するのよ! 放しなさいよ、この変態!!」
「暴れるな。湯を張ってある。身体を流すぞ」
「自分で洗えるわよ! 離してッ!」
暴れる寛奈の細い身体をしっかりと腕の中に固定し、照仁は迷いのない足取りで山小屋の奥にある浴室へと向かう。
脱衣所に足を踏み入れると、シーツを滑り落とさせ、抵抗する寛奈をそのまま湯気の立ち込める洗い場へと連れ込んだ。
照仁は寛奈を湯船のフチに腰掛けさせると、自分も膝をつき、湯桶から温かい湯を汲んで彼女の身体に優しく回しかけた。
寒さと興奮で強張っていた寛奈の肌に、じんわりと温もりが広がっていく。
「自分で洗うから、あっちに行って!」
寛奈が両手で胸元を隠し、顔を背けようとしたが、照仁は構わずその小さな顎を優しく、しかし強引に指先で捉えて正面を向かせた。浴室の温かな灯りの下で露わになった寛奈の肌には、先ほどの白濁の痕や、昨夜刻まれた愛撫の赤い痣が、陶器のような白さに痛々しくも美しく浮かび上がっていた。
照仁は丁寧に泡立てた石鹸を手に取ると、寛奈の滑らかな背中にそっと手を添えた。
「自分でできるって言っているでしょう……っ」
「いいからじっとしていろ。冷えて風邪でも引かれたら困る」
照仁は手元にあった石鹸を自分の大きな手のひらでしっかりと泡立てると、寛奈の滑らかな肌へと直接、その手を滑らせた。
首筋から鎖骨、そして豊かな膨らみを描く胸元へ。
照仁の手が豊かな乳房の膨らみへと回ると、寛奈は「あ……っ」と掠れた声を漏らし、恥ずかしさから照仁の腕をぽかぽかと小さく叩いた。
「もう……嫌らしい手つきで洗わないでよ……っ」
「嫌らしさなどない。ただ綺麗にしているだけだ。……だが、其方がそうやって身をよじるから、また手が滑る」
細心の注意を払いながらも、容赦なく全身にくまなく伸ばされる照仁の大きな手のひら。泡の滑らかさと、男の体温が直に肌を撫で上げていく感覚に、寛奈の肩が小さく跳ねた。
「ん……っ、そこ……手、止めなさいよ……っ」
口では抗議し、腕を払おうとする寛奈だったが、その抵抗は先ほどの暴力的な怒りとは打って変わり、どこか甘えたような、戯れの範疇を出ない弱々しいものだった。
胸の尖りを大きな手で包み込まれ、指先で優しく円を描くように洗われるたび、先ほどまで怒りに打ち震えていたはずの身体が、再び甘い熱を帯びて反応してしまう。寛奈は羞恥に顔を染め直し、照仁の手首を掴んで押し返そうとした。
「……嫌なら力任せに振り払えば良い。其方ならできるだろう?」
耳元で低く囁く照仁の声には、どこか意地悪な響きが混ざっていた。
そう言われ、寛奈の動きがピタリと止まる。本気で拒絶して暴れれば逃げ出せるかもしれないのに、自分の手が照仁の手首を固く掴んだまま、ただ弱々しく引き止める程度の力しか込めていないことに気づいてしまったからだ。
照仁の手はそのまま、滑らかな腰のラインを辿り、くびれからお尻、そして先ほどまで自ら開いてしまった太腿の内側へと滑り落ちていく。
「あ……ん、ぁっ……そこは、いい……自分で、できるから……っ」
最奥の近く、滑らかな愛液とシャワーの湯が混ざり合う敏感な付け根を、照仁の太い指先が泡で撫で上げる。
指先が微かに秘められた場所に触れるたび、寛奈は身悶えし、照仁の肩に頭を預けるようにして腰をゆだねてしまった。嫌がる素振りを見せ、文句を口にしながらも、その身体は照仁の大きな手に委ねられる快感と心地よさを拒みきれていない。
「っ……! ちょっと、そこは……!」
過敏になりきった皮膚を温かな指先でなぞられ、寛奈はビクッと身体を跳ねさせ、反射的に照仁の肩を両手で軽く押し返した。
だが、その抵抗はかつてのような拒絶の力ではなく、ただ恥ずかしさを紛らわすための、言わば恋人同士の戯れのような甘い拒絶に過ぎない。
照仁はふっと小さく息を漏らし、抵抗する寛奈の腰をさらに引き寄せると、その敏感な脇腹を軽くくすぐるように指先を滑らせた。
「嫌か?」
「っ……嫌よ! 当たり前でしょ、そんな……変なところ触らないでよ……っ!」
「しかし、先ほどは自分から私の剛直を迎え入れようと腰を跳ね上げていたが……あれも嫌だったのか?」
「なっ……! なに言ってるのよ、あれは、その、勝手に身体が……!」
図星を突かれた寛奈は、顔だけでなく耳たぶまで真っ赤に染め上げ、照仁の胸元をぽかぽかと両手で叩いた。
「もう最低! そんなこと言わないでよ、意地悪っ……!」
照仁は甘えるようなその抗議を静かに受け止めながら、乱れた髪を優しく耳に掛け、潤んだ瞳を真っ直ぐに見据えた。
「暴れぬなら、もう少し丁寧に洗ってやろう」
「……勝手にして!」
指先が優しく肌をなぞるたび、寛奈の足先がキュッと丸まり、嫌がるように小さな拳で照仁の肩をぽかぽかと力なく叩いた。
「ん……も、もういいでしょ……早く流してよ……」
「まだだ。背中も、足の先まで綺麗にしてやる」
丁寧に脚の付け根や太ももの内側まで洗われ、最後にお湯で綺麗に泡を流し切られる頃には、小さく「変態……」「意地悪……」と毒づきながらも、寛奈はすっかり上気した顔で、照仁の胸元にぽんと頭を預けてしまっていた。
「……勝手なことばかりして……」
「怒りは収まったか?」
「……収まるわけないでしょ。一生忘れてあげないんだから」
小さな口を尖らせて強がる寛奈の頭を、照仁は今度こそ優しく、包み込むように撫で下ろした。
湯気の中で重なり合う二人の体温は、穏やかで甘い絆の深まりを静かに物語っていた。
湯船からは、上質な木の香りと共に豊かな白い湯気が立ち上り、狭い室内を満たしている。浴槽のフチからは、二人の体が沈み込むことによって押し出された湯が、なみなみと溢れ出し、清らかな静けさを伴った音を立てて洗い場の床へと滑らかに流れ落ちていた。
その温かな湯の中で、寛奈は照仁の太い太腿の間にすっぽりと抱え込まれる形で座らされていた。
照仁は背もたれに身を預けるようにしてどっしりと腰を下ろし、己の膝の間に寛奈の小柄な身体をすっかり収めている。寛奈の後頭部は照仁の幅広く逞しい胸元に預けられ、その背中からは湯のぬくもりを遥かに上回る、男特有の力強く灼熱のような体温が直に伝わっていた。
湯気によって白く霞む視界の中、寛奈の肌はすっかり熱を帯びていた。もともと陶器のように白く滑らかなその皮膚は、顔やすみれ色の瞳の周囲だけでなく、華奢な首筋、耳たぶ、そして豊かな胸元にかけてまで、鮮やかな桜色に染め上げられている。
「……ちょっと、離れなさいよ。狭いじゃない……」
寛奈は真っ赤になった顔をそっぽに向けたまま、蚊の泣くような掠れた声で呟いた。湯に濡れた前髪が額に一筋張り付いており、それが彼女の可憐さをいっそう引き立てている。だが、そう抗議したところで、照仁の太くしなやかな両腕は彼女の細いお腹のあたりをしっかりと回って固定しており、お湯の中で逃げ場などどこにも存在しなかった。
「狭くなどない。これが一番温まるのだ」
照仁は一切の動揺も見せず、極めて平然とした口調で答えた。そうして、ゆらゆらと波打つお湯の表面に浮かぶ寛奈の滑らかな肩や華奢な鎖骨へ、大きな手をゆっくりと滑らせていく。濡れた肌の上を滑る無骨な手のひらの感触と、指先が描くゆるやかな軌跡に、寛奈の可愛らしい足先がキュッと丸まった。
「ん……っ、洗うのはもう終わったでしょう……」
「洗っているのではない。なだめているのだ」
耳元で直に響く低い声音に、寛奈は背筋をゾクリとした痺れに貫かれながら、抵抗する力も無く照仁の胸元へとそっと頭を傾けた。先ほどまでの激怒の熱は、湯の優しさと照仁の手つきによってすでに退いていた。今、彼女の胸の奥を満たしているのは、逃れようのない強烈な羞恥と、己を抱きすくめるこの男に対する、悔しいほどの甘く深い依存心だった。
照仁の手は、お湯の浮力を借りてさらに下へと滑り、寛奈の豊かな胸元へと伸びていった。
湯の中で揺れる柔らかく瑞々しい双丘を、大きな手のひらで下から包み込むようにして優しく掬い上げる。指先が秘められた尖りをそっと撫でるたび、寛奈は「あ……っ」と小さく甘い吐息を漏らし、反射的に照仁の太い手首を小さな両手で掴んだ。
「ダメ……、また変な触り方をして……っ」
「変な触り方とは何だ。美しく育っていると愛でているだけだ」
「なっ……! 意地悪……!」
寛奈が顔を林檎のように赤く染めて抗議し、湯の中で小さな身体を暴れさせるように捩った──まさに、その瞬間だった。
(……っ!?)
寛奈の腰の落ち窪み、ちょうどお尻の割れ目のあたりに、急激に固く、熱く脈打ち始めた狂暴なまでの「質量」がゴツリと押し当てられた。
先ほど絶頂の果てに白濁を放出し、落ち着いたはずの照仁の剛直が、湯の熱と、腕の中に抱えた寛奈の柔らかい肉感、そして身をよじる甘い反抗に触発され、再び牙を剥くように完全な怒張を取り戻したのだ。
「あ……嘘……、あなた……っ」
驚愕のあまり目を見開く寛奈の腰に、硬質化した熱塊が容赦なく押し付けられ、太腿の隙間をなぞるように擦り上がる。過敏になりきった粘膜のすぐ近くを直に刺激され、寛奈の口から切ない悲鳴が零れ出た。
「……すまん。其方があまりにも無防備な声を出し、目の前で身を捩るからだ」
「無防備って……っ、触ってきたのはあなたでしょう! もう、離しなさいよ、この変態……っ!」
硬度を増した剛直が、太腿の隙間やお尻の肉を擦り上げるたび、極度の過敏状態にある寛奈の身体は跳ねるように震えた。湯の中でどうにか逃げ出そうと身を捩るが、照仁の太い腕がその細い腰をしっかりと固定しており、皮肉にも寛奈が動けば動くほど、その滑らかな肌が照仁の剛直を余計に刺激する結果にしかならなかった。
「暴れるなと言ったろう。……湯の中は滑りやすいのだ。其方がそうして暴れれば、私のこれがすっぽりそなたの中に入ってしまうかも知れぬぞ」
「っっ……!!」
耳元に注ぎ込まれた低く冷徹な脅迫に、寛奈は息を呑んでピタリと動きを止めた。お尻に押し当てられた猛烈な熱気と脈打つ存在感が、決して単なる言葉だけの脅しではないことを残酷なまでに物語っていた。
「……もう、十分温まったでしょう。そろそろ上がりたいわ……」
寛奈は上気した吐息を交えながら、もう一度背後の照仁を上目遣いに睨みつけた。しかし、その瞳は涙むき、抗議の声は甘く震えている。
「まだだ。其方の足先はまだ冷えている。もう少し入っていろ」
照仁は静かな声で言い放つと、湯の中で寛奈のくびれたウエストに回した腕にぐっと力を込め、さらに自分の方へと引き寄せた。二人の密着度は極限に達し、寛奈のお尻の肉が照仁の太腿と剛直の間に潰されるように挟み込まれる。
ゆらゆらと揺れる湯面の下で、照仁の大きな手が再び寛奈の滑らかなお腹から、ゆっくりと胸元へと這い上がってきた。
「つ、ちょっと……何しているのよ……っ」
「身体を温めているのだ。湯気で過敏になっているか確かめているわけではない」
「嘘おっしゃい……っ、嫌らしい手つきで撫で回さないで……んあっ」
照仁の太い指先が、湯の浮力を利用して豊かに揺れる寛奈の胸の尖りを優しく、丁寧に捏ねるように弄り始めた。水圧の心地よい負荷と湯の温もり、そして直に肌を擦る照仁の手のひらの雄々しい感触に、寛奈は背中を反らせて甲高い吐息を漏らしてしまう。
戯れるように指先を滑らせ、ときに軽く胸の肉を揉みしだく照仁。その愛撫が深まるにつれ、背後の男の息遣いも徐々に荒く、熱を帯びていくのを寛奈は肌で感じていた。
「ひぁっ……! ダメ、お風呂でそんな……っ、離して……っ!」
「離さん。濡れた体で寒気に晒すわけにはいかんからな」
口実を交えながらも、照仁の手つきと下半身の動きは一層強さを増していく。
湯船の中で、硬化しきった熱塊が寛奈の太腿の付け根を、そして蜜を滲ませる最奥の入口を、ぬめり気を帯びた湯を介してゴツゴツと擦り上げる。直に挿入されているわけではないにもかかわらず、その圧迫感と摩擦だけで、寛奈の頭脳は甘い痺れによって白く塗りつぶされそうになっていた。
「んっ……あぁっ……! 照仁……様、だめ……入っちゃう……っ!」
「入らんように、其方がじっとしていれば良い。……私に身を委ねろ」
照仁は寛奈の耳たぶを唇で優しく食み、甘く温かな息を吹きかけた。最大級の性感帯を直に責め立てられ、寛奈の背筋に稲妻のような強い衝撃が奔る。
「あぁっ……! ん、ふ……っ!」
絶頂の波が、湯の波紋と共に寛奈の身体を襲った。一線は超えていないはずなのに、全身の神経が過敏になりきった彼女は、照仁の胸の中で小さく背中を丸め、痙攣するように身悶えた。
やがて、狂おしい愛撫の時間が一段落し、照仁の激しい荒息も少しずつ落ち着きを取り戻していった。湯船に漂う二人の呼吸が重なり合い、静けさが再び浴室を包み込む。
湯上がりの火照った肌を大判のタオルで丁寧に拭き取られ、脱衣所からベッドルームへと連れ戻された時には、寛奈の理性はすでに半分以上吹き飛んでいた。
照仁の洗練された、しかしどこか容赦のない手つきで全身の水分を拭い去られたものの、再び間近で昂ぶり始めた彼の禍々しい気配に、寛奈の全身の毛穴が一斉に逆立つ。足元は綿のように崩れ、自分ひとりの力で一歩を踏み出すことすらおぼつかない。
「……一人で歩けると言ったな。試してみるか?」
「っ……あ……」
低く愉しげな問いかけに、寛奈は虚勢を張る余裕すらなく唇を震わせる。ベッドの脇に力なく立たされた寛奈だったが、膝が笑ってガクガクと小刻みに震え、そのまま床へ崩れ落ちそうになった。
それをあらかじめ予期していたかのように、照仁の太い腕がすっと横から腰に回り、軽々と彼女の体を掬い上げてベッドへと押し倒した。
「なっ……! 部屋に戻ったら、もう寝るって……っ!」
「一度火がついたものを、そう簡単に消せると思うか? ……安心しろ、一線は越えんと言った約束は守ってやる」
「一線は越えない」──その言葉が、かえって容赦のない生殺しの免罪符となっていることを、寛奈はこの時改めて思い知らされた。
ベッドの上に組み敷かれ、素肌のまま横たわる寛奈の上へ、照仁が逃げ場を塞ぐように重く覆いかぶさる。
湿り気を帯びた乱れ髪を優しく払ったかと思うと、照仁の熱い唇は容赦なく寛奈の首筋、鎖骨、そしてまだ湯上がりの熱を残す豊かな胸元へと落ちていった。
「ん……っ、あぁっ……! だ、ダメ……っ、そこ……吸わないで……っ!」
湿った皮膚を強烈に吸い上げられ、甘い痛みが走るたび、寛奈の爪先がピンと跳ね上がる。
照仁の手は、彼女の引き締まったウエストを強く掴み、その指先をくびれのラインに食い込ませながら、ゆっくりとお腹から太腿の内側へと滑り落ちていった。
「……っは、ぁっ……! 触ら、ないで……っ!」
「触れるなと言いながら、身体はこうも熱く濡れているぞ」
「それは……っ、さっきまでお風呂に入っていたからで……っ!」
「嘘をつくな」
照仁の太い指先が、愛液で滑らかに濡れそぼる最奥の入口を、ゆっくりと、撫で回すように圧迫する。
決して「中」へは侵入してこない。だが、最も焦れったいフチを、容赦ない確実さで押し潰し、円を描くように捏ねくり回される。
「あっ……! んくっ、あぁぁつ……っ!!」
身体の奥から突き上げるような狂おしい渇きと、与えられる過剰な快楽。
寛奈の頭脳は激しい熱に侵され、自尊心も恥辱もすべてがドロドロに溶けていく。一線を越えてしまえば、どれほど楽になれるだろうか──そんな恐ろしい思考が一瞬脳裏をよぎるほど、照仁の殺生与奪を握る愛撫は苛烈を極めていた。
「どうした。私を突き飛ばしてみろ。嫌ならば逃げてみろ」
「っ……く……無理……言わないでよ……っ、この……鬼……っ!」
照仁は冷ややかな笑みを浮かべつつ、自身の復活した剛直を、寛奈の太腿の間に強く挟み込んだ。
直接入ることは決してない。だが、滑らかな太腿の肉と愛液を潤滑油にして、粘り気のある摩擦が寛奈の敏感な部位を直に擦り上げていく。
「あ……っ! ひぁ……っ! それ……ダメ……ッッ!!」
疑似的な結合のような強い圧迫と、太腿を突き上げる力強いストローク。
寛奈は照仁の背中に必死で腕を回し、その引き締まった肉体に爪を立てた。逃げたいのに、自分から抱きついてしまう。押し返したいのに、腰が勝手に浮き上がり、彼の体温を求めてしまう。
「……素晴らしい締め付けだ、寛奈。一線を越えずとも、其方が私に屈していることが良く分かる」
「ちが……っ、屈して……なんて……ぁんっ!!」
耳元に低く注ぎ込まれる甘い吐息と、太腿を擦り上げる激しい熱。
最後の一線という「境界線」の手前で、何度も、何度も絶頂の波へと押し上げられ、寛奈は声を掠れさせながら泣き叫ぶように身悶え続けた。
「あぁっ……! もう……っ、許して……っ、照仁様……あぁっ!!」
生まれて初めて口にした「おねだり」のような懇願に、照仁の動きが一瞬強まり、そのまま太腿の間で激しい果てる瞬間を迎えた。
白濁の熱い飛沫が寛奈の太腿やお腹に飛び散り、生々しい感触が肌を伝う。
「……はぁ、はぁ……っ」
荒い息を吐きながら、寛奈はベッドの上にぐったりと横たわっていた。しかし、照仁の執着と欲望は、一度や二度の放出で収まるようなものではなかった。
「言ったでしょう……! 『あのような真似はせぬ』って……! 嘘つき……っ!」
湿り気の残る肌をシーツに押し付けられ、寛奈は涙目で上体を引き起こそうと抵抗した。しかし、その声にはすでに力が入っておらず、過敏になった全身は照仁の手が触れるだけで「ひやっ」と甘く震えてしまう。
「嘘はついておらん。最後の一線は越えぬと言ったのだ」
照仁はうつ伏せに倒した寛奈の細い腰を掴み、その滑らかな背筋の窪みから、お尻の豊かな丸みにかけて、容赦なく自身の熱い剛直を再び擦り付けた。
「くっ……ぁんっ……! これの……どこが、一線を……越えてないのよ……ッ!」
素肌と素肌が直に擦れ合い、照仁の強大な質量が割れ目や太腿の間に強引に割り込んでくる。
照仁は寛奈の華奢な背中に覆いかぶさり、うなじから耳たぶへと唇を這わせた。甘い吐息を注ぎ込み、濡れた耳朶を小さく食み千切るように吸い上げる。
「あ、ぁぁつ……っ! 耳は……ダメって……言ってるでしょ……っ!」
最大の弱点を容赦なく攻め立てられ、寛奈の理性がカラカラと音を立てて崩れ落ちていく。
照仁の手は寛奈の体に合わない大きすぎる室内着を完全に押し開き、裸にされた胸元へと回って、豊かな乳房を強烈に揉みしだいた。指先で尖りをキュッと抓り上げられるたび、寛奈の腰が浮き上がり、自ら背後の照仁の剛直へとお尻を擦り寄せてしまう。
「ほう……口では嫌がりながら、身体はこれほど私を求めているのではないか」
「ち……違う……っ! あなたが、変な……っ、あんっ……!」
照仁は寛奈の抗議を強引な口づけで塞ぎ込んだ。
舌を深く突き入れ、唾液を撒き散らしながら彼女の口内を貪り尽くす。寛奈の足先がキュッと立ち上がり、爪先がベッドのマットを強く引っ掻いた。
身体の奥底から湧き上がる狂おしいほどの空腹感。
一線を越えさせないという照仁の強烈な自制心が、逆に寛奈の身体を極限の生殺し状態へと追い込んでいく。
太腿の間に力任せに挟み込まれた剛直が、擦れ合うたびに激しい摩擦熱を生み出し、寛奈の秘所に溢れ出た愛液が二人の結合部をドロドロに濡らしていった。
「あ……っ、ぁっ……! お願い……もう、なにか……っ!」
「何だ? 突き入れてほしいのか?」
「っっ……! 言うわけないでしょ、この悪魔……っ!」
図星を突かれ、屈辱に顔を歪ませる寛奈。
照仁はその頑ななプライドを愛おしむように目を細めると、寛奈の体を強引に仰向けへと引っ繰り返した。
無防備に晒された寛奈の全身。引き締まったウエストと、荒い呼吸で上下する豊かな胸元。
照仁はその上に覆いかぶさると、彼女の太腿を大きく開かせ、己の腰を深く叩きつけた。
──ズ、と秘所の入口に硬質な先端が強く押し当てられる。
「ひっ……!?」
寛奈の体が緊張でカチコチに固まった。あと数ミリ踏み込めば、処女の膜を突き破って完全に一つになってしまう絶壁のフチ。
しかし、照仁はそこから絶対に先へは進まない。
ギリギリの境界線で腰の動きを止め、先端を滑らかな愛液の中で蠢かせながら、外側の過敏な部分だけを圧倒的な質量と速度で擦り上げ始めた。
「んぁぁっ……! あ、ダメ……っ! 壊れる……っ、私、壊れちゃう……っ!」
一線を越えないからこそ味わわされる、永遠に満たされない極限の快楽。
寛奈は照仁の逞しい肩に爪を立て、背中を大きく反らせながら絶叫した。
耳元で囁かれる男の荒い吐息、全身を押し潰す圧倒的な体温と質量、そして二人の境界線を何度も、何度も激しく擦り上げる灼熱の感触。
「……寛奈。お前は一生、私のものだ」
「っ……あ……ぁあーっ!!」
照仁の冷徹で絶対的な所有宣言が耳腔に叩き込まれた瞬間、寛奈の頭の中の糸がぷつりと切れた。
一線を越えることのないまま、過敏の極みに達していた彼女の肉体は、強烈な快楽の波に呑まれ、背中を大きく跳ねさせて激しく絶頂へと弾け飛んだ。
絶頂の余波でひくひくと震える寛奈の太腿の間で、照仁もまた強い吐息を漏らし、間一髪のところで腰を引くと、溢れ出た熱い白濁を彼女の引き締まった腹部へと勢いよくぶちまけた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
山小屋の静寂の中に、二人の荒い呼吸音だけが虚しく響く。
お腹の上に散らばった熱い感触と、一線を超えなかったという事実、そして身体の奥に残る狂おしいほどの疼きに、寛奈は力なくシーツに顔を埋め、涙をぽろぽろと零した。
勝ったはずなのに、何も奪われていないはずなのに。
自分の身体も、精神も、完全にこの男の手に堕ちているという圧倒的な敗北感だけが、彼女の全身を甘く、深く浸食していた。
そうして涙を流し、身体の奥に燻る熱に苛まれていた寛奈の呼吸が、ようやく少し落ち着いてきた頃のことだった。自分の腹部を汚す白濁の熱さを感じながら、寛奈は身を縮こませ、潤んだ瞳で照仁を見上げた。
「ねえ……そこ、つらそうね。男の人って、こういうことが好きなんでしょ? いいわよ、使っても」
絶頂を迎えたとはいえ、依然として圧倒的な存在感を誇り、怒張を維持したままの照仁の剛直を目にし、寛奈は自暴自棄とも取れる強がりと、わずかな挑発を込めて胸元を自ら開いてみせた。豊かに波打つ双丘を露わにし、上気した肌を提示する。
しかし、照仁はその申し出に直接乗ることはしなかった。
彼の冷徹なまでに研ぎ澄まされた瞳が、寛奈の投げやりな態度と、その奥に隠された過敏な身体の揺らぎを静かに見抜いていたからだ。
「さて、寛奈」
その低く落ち着いた声に、ベッドの上で身を竦めながら大人しくしていた寛奈の身体に、再び鋭い震えが走った。
「こちらに参れ」
照仁は答えを拒むことを許さぬ絶対的な威厳をもって寛奈を抱き寄せると、みずから床に仰向けになった。
そして、その上に彼女を同じく仰向けに重ねるようにして抱えあげた。男が下、女が上となり、互いに天を仰ぐ『撞木反り(しゅもくぞり)』の体勢。
すでに腰の抜けている寛奈は、背中から直に伝わる主君の逞しい肉体の圧倒的な熱と、完全に自由を奪われた背徳感に全身を激しく身震いさせる。
照仁は下から彼女の身体を強固に抱きすくめると、逃げ場を失い剥き出しになった白皙の鎖骨から、豊かな胸元の膨らみへと大きな両手を滑らせた。手荒に、しかし確実な独占欲をもって、その柔らかな実りを容赦なく蹂躙していく。
撞木反りに寛奈を抱いた照仁が、彼女の胸を激しくまさぐりながら、その耳たぶへと唇を寄せ、甘噛みしたその時──。
「ひ、っ……あ、あ、若宮、様……っ」
寛奈の口から、自分でも予期しなかったほど、甘やかに蕩けた情けない声が漏れ出た。
自身から漏れ出たその声の淫らさと惨めさに、信じられぬ思いと強烈な羞恥を覚え、寛奈は顔を林檎のように赤く染め上げる。
「やはりそなたはここが弱いのだな。昨夜と同じくいい声で啼く」
すべてを察した照仁の薄い唇に、愉しげな笑みが浮かんだ。
照仁は驚愕と恥辱で逃げようと身をよじる寛奈の細い首筋を容赦なく抑えつけると、羞恥に激しく脈打つ小ぶりな耳たぶへと唇を寄せ、逃がさぬように前歯で深く、きゅうと肉を割り込むように甘噛みした。
「う、あ……っ!?」
それは脳髄を直接灼くかのような、あまりにも鮮烈な快感の電撃だった。背後から容赦なく与えられる愛撫と、直接耳孔を揺らす刺激に、寛奈の頭の中は一瞬で真っ白に弾け飛ぶ。
だが、照仁の強欲はそれだけでは収まらない。甘噛みの痛みに身悶えする彼女の耳の輪郭を熱い舌先でねっとりと濡らし、そのまま、無防備に晒された耳穴の奥へと、濡れた舌を深く、深く、蹂躙するように突き入れた。
「──ッ、は、ぁ、んく、っ……!」
物理的に声を出す手段を常に奪われたわけではない。
だからこそ寛奈には恐ろしかった。声を上げれば、自分がどれほど淫らに乱れているかを山小屋の静寂に晒してしまう。
鼓膜のすぐ傍で鳴り響く男の低い喘ぎと、脳の髄まで直接掻き回されるような淫らな水音に、寛奈は最大の悲鳴を喉の奥で押し潰す。
胸を強烈に揉みしだかれ、耳の最奥を濡れた舌で執拗に穿たれる二重の拷問。極限の背徳感と、生まれて初めて知る強烈すぎる快楽の波が、未だ処女である寛奈の身体を容赦なく狂わせていく。
耐えかねた悲鳴がその唇から零れそうになるたび、背後から伸びた照仁の冷たい手のひらが、彼女の口元を優しく、しかし強固に覆い塞いだ。
「ん、う……く、つ……」
だが、男の執着が限界を超えた瞬間、その冷たい手のひらが不意に外される。
ようやく息がつけると寛奈が微かに口を開いたその隙を、照仁は逃さなかった。今度は男の熱い唇そのものが、滑るように彼女の頬を這って、開かれたばかりの小さな口元を強引に吸い塞ぐ。
時には冷徹な手のひらで、時には狂おしい唇で。
交互に訪れる容赦のない閉塞に、悲鳴はすべて熱い呼気となって肉の内側へと力ずくで押し戻される。ただ耳の奥で鳴り響く男の低い喘ぎと、自身の口元を塞ぐ肉の隙間から、情けないほど甘やかに蕩けた鼻息が漏れ出すばかりであった。
五感のすべてを照仁の圧倒的な質量と熱で蹂躙され、下腹部から突き上げる熱い衝動に寛奈は、もう抗えなかった。
「あ、だめ、頭が、おかしく、なっ……ぅ、あ!!」
身体を弓なりに強張らせ、寛奈は暗闇の中で一度目の絶頂へと強制的に叩き落とされた。ビクビクと小さく痙攣し、熱い吐息を漏らす彼女の身体を、しかし照仁は解放しなかった。
一度の絶頂でさらに感度が跳ね上がり、狂ったように熱を帯びた耳穴へ、二度、三度と容赦なく追撃の舌が突き入れられ、胸元を蹂躙する手のひらの圧迫が強まる。
「いや、もう、許し……っ、あ、ん、あぁっ!」
波が引く間もなく襲いかかる快楽の暴力に、寛奈は声を殺すことすら忘れ、ただ主君の腕の中で何度も、何度も、壊れた人形のように激しく果てさせられていった。
寛奈を果てさせるたびに照仁は、柔肌に何度も熱い口づけを落とし、激しく吸い上げ寛奈の全身に跡を残すとともに、霞んでいく彼女の意識を力ずくで引き戻した。全身を照仁の痕跡と執着で塗り込められ、過敏になりきった皮膚に刻まれる熱い感触のなかで、寛奈はただ男の圧倒的な支配に身を沈めていくのだった。
「……目を覚ましたか」
枕元から落ちてくる照仁の静かな声に、寛奈は身動ぎしようとした。
(……っ!?)
指先ひとつ、力が入らない。
脳が「動け」と命令を出しているのに、首筋から背筋、そして腰にかけて、痺れのような強い脱力感と過敏な麻痺が走り、身体が鉛のようにベッドに張り付いている。一度開発されきった神経が、昨夜の快楽の余韻を記憶しすぎて、自分の意思に従おうとしないのだ。
「……あ……っ」
かすれた声しか出ない。
勝ち誇っていた昨夜までの度胸も、煽り立てた強がりも、今の彼女には一切残っていなかった。一人では身体を起こすことすら叶わないという恐怖と屈辱に、涙が滲む。
「いつまでそうしている。そろそろ出発の準備をせねばならんぞ」
「……もう……動けないのよっ」
ベッドの上でシーツにくるまり、真っ赤な顔のまま指一本動かせずにぐったりと横たわる寛奈。最後の一線こそ越えなかったものの身体の隅々まで照仁の手で開拓され、昨夜からの強がりも朝の抵抗も、すべては甘い狂乱の中で徹底的に打ち砕かれていた。
照仁はそんな彼女を冷ややかな、だが底知れぬ愛着を孕んだ目で見下ろすと、静かにシーツを捲り上げた。
「……自業自得だな。あれほど煽っておいてこの様か」
「……誰のせいだと思ってるのよ、この変態……っ」
「そうか。では、私が準備を手伝ってやってやろう」
素裸のまま恥辱に震える寛奈の身体を軽々と抱き上げた。さらに予備のバッグから、冷却効果のあるボディシートを取り出す。
「ひ……冷た……っ! なに、何するのよ……っ」
「清拭だ。このまま服を着ては不快だろう」
照仁は平然とした顔で、ひんやりとしたシートを彼女の首筋から胸元、引き締まったウエストへと滑らせていく。過敏になった肌にはその冷たさと摩擦すら過剰な刺激であり、寛奈は「ひやっ……んっ……!」と身を捩らせた。
照仁はその反応を冷ややかに見下ろしながら、シート越しに彼女のふくらみを戯れにキュッと軽く揉みしだく。
「……っっ! 触らないで……っ、揉まないでこの変態!!」
「声が出るうちはまだ元気だな。……よし、綺麗になった」
耐えかねて涙目になる寛奈を完全にあしらうと、照仁は彼女の旅行鞄から本人の下着を取り出した。手にしたのは、前留め──フロントホック型のブラジャーだ。
「ほう。これもフロントホックか。……なるほど、其方も妹と同じようにフロントホックを好むのだな。それとも私が外しやすいように誂えてくれたのか」
「あなたに外させるためじゃないわ! 自分で着けやすいからよ……っ!」
真っ赤になって抗議する寛奈をあしらいつつ自分の膝の上に座らせると、照仁は手慣れた手つきでショーツを穿かせ、続いてフロントホックのブラジャーを胸元にあてがう。正面でパチンと金具が噛み合う音とともに、彼女の美しい胸元がぴったりと収まった。
「ふむ。留め具が前にあろうと関係ないな。外すのも付けるのも、私にとっては造作もないことだ」
引き締まったウエストのくびれを慈しむようになぞる照仁。
抵抗する気力も体力も残されていない寛奈は、ただ照仁に手なずけられるままに身を委ねるしかない。
照仁の手つきは、酷いほど手慣れていた。
若草色のブラウスに袖を通させ、一つずつ丁寧にボタンを留めていく。スラックスを穿かせ、ベルトを締める。
照仁の指先が肌に触れるたび、寛奈の身体は「ひやっ」と小さな悲鳴を上げて小刻みに跳ねた。服を着せられているだけなのに、過敏になりすぎた皮膚が過剰に反応してしまうのだ。
最後に乱れた髪を丁寧にブラッシングし、完璧な「お嬢様」の姿に誂え直す。
「……自分で、立つわ……っ」
かすかな抵抗の言葉を口にする寛奈を、照仁は黙って抱き上げ、姿見の鏡の前へと運んだ。
床に足を着かされる。だが──。
ガクン、と膝の力が完全に抜け、寛奈の身体は支えを失って崩れ落ちそうになった。
「あっ……!?」
崩れかける身体を、背後から照仁の太い腕がしっかりと受け止める。
「……立つことすら叶わんようだな」
鏡の中に映し出されたのは、仕立て直された美しい服を纏いながらも、照仁の胸元にすがらなければ立っていることすらできない、惨めな自分の姿だった。
凛としていた目元は潤み、髪は乱れ、服の下の身体は一歩も歩めないほどに壊されている。
「見ろ。お前の今の姿だ」
照仁の低い声が、耳元で静かに響く。
「一人では立つことも、歩くこともできん。服を着せてもらい、鏡の前で支えてもらわねば、崩れ落ちるだけだ。……昨夜も言ったはずだぞ。『60cmにも届いておらん細さだ』とな。私に支えられねば折れてしまいそうな体で、何ができるというのだ」
「っ……あ、あなたが……変態みたいに……っ……」
「……お前が望んだことだ。私を試した代償を、身体に刻み込まれた気分はどうだ?」
「っ……く……っ」
鏡越しに視線が交差する。
誰にも依存しなかった自分が、いまやこの男の体温と腕の力なしでは存在することすらできない。照仁が、彼女の「精神」と「存在そのもの」を完全に支配していた。
寛奈は鏡の中の照仁を睨みつけようとしたが、彼の耳元への視線に気づいて肩をすくめ、最終的には諦めたように小さな吐息を漏らした。
完全な敗北感が、寛奈の胸を締め付ける。
彼女は屈屈に唇を噛み締めながらも、膝の笑う足をどうすることもできず、ただ照仁の胸板に顔を埋めてその衣服をギュッと掴むことしかできなかった。
悔しそうに睨みつける寛奈の表情に照仁は「やれやれ」と小さく息を吐き、彼女に背中を向けた。
「一人で動けぬのであれば、私の所有物らしくおとなしく背中に乗れ」
「え……?」
「その足では麓まで歩けまい。叔父上に『娘を歩けなくした』と咎められるのも面倒だからな」
冷たい言い草だが、差し出された背中は大きくてどこか頼もしい。
寛奈は屈辱に唇を噛み締めつつも、照仁の太い首に回した両腕にぎゅっと力を込め、その広大な背中に柔らかで瑞々しい双丘と身体を照仁に意識させる様にすっぽりと身を預けた。悔しさと恥辱で顔は熟した林檎のように真っ赤に染まっていたが、膝が笑って一歩も踏み出せない以上、この男の体温に縋りつく以外に山を下りる術はなかった。
照仁が彼女の太腿をしっかりとお尻の下から支え、軽々と立ち上がる。
照仁は背中を向けると、拒む気力すら残っていない寛奈の太腿をお尻の下からしっかりと支え、軽々と背負い上げた。
照仁の背中に押し付けられる、柔らかで瑞々しい双丘の感触。
「……麓まで、おぶってやる。せいぜい私の背中にしがみついているんだな」
寛奈は照仁の首元に両腕を回し、顔を深く埋めた。彼女の柔らかい体が、照仁の背中にすっぽりと収まる。
「……重くない?」
「軽いな。もう少し肉を付けさせねばならんか……」
「これでも47kgあるんだけど」
「やはり軽いではないか。其方の年齢なら美容体重は49か50kgだったか? 標準体重は54kgだったはずだ」
「なんでそんなことまで知って……もういいわ」
赤く染まった顔を肩に埋めた寛奈を優しくおぶりながら、照仁が靴を履かせ、最後の戸締りを確認する。
「よし、天候も問題ない。端末の通信状況も良好だ」
山小屋の重いドアが開かれ、朝の爽やかな光と澄んだ空気が二人を包み込んだ。
カチリ、と錠が下ろされる金属音が静かな山中に響き渡った。
「……二度と、こんなところ……来ないわ……」
照仁の耳元で、かすれきった声で弱々しく呟く寛奈。照仁は満足げに目を細めると、彼女の体を背中でしっかりと背負い直し、歩みを進めた。
「そう怒るな。……次の機会には、もっと快適な場所を用意してやる」
完璧に外堀を埋められ、身体の隅々まで開発され、一人では歩くことすらできなくなった身。寛奈は照仁の背中の熱を感じながら、己の身体も精神も、二度とこの男の手から逃れられないのだという事実を、痺れる身体でただ受け入れるしかなかった。
照仁の背中から伝わる温かい体温と、歩調に合わせた心地よい揺れにいつしか寛奈は眠りについていた。
数日後。日常へと戻った寛奈を待ち受けていたのは、いつもの優雅なサロンに集まる華族仲間たちの賑やかな声だった。
しかし、いつもなら涼しげな笑顔でクラスの話題をリードしているはずの寛奈は、どこか様子がおかしい。ソファに深く腰掛けた彼女は、制服の襟元を必要以上にきっちりと整え、顔を少し赤らめながらカップを揺らしていた。
寛奈を囲む友人たちは、いずれも名門の息女として洗練されたプロポーションと気品を備えている。
正統派グラマラス体型の香織(158cm/46kg)、モデルのようにスタイリッシュな霧葉(164cm/48kg)、大人びた色気を漂わせる貴美(165cm/49kg)、小柄ながら柔らかな魅力を持つ歌乃(156cm/47kg)、そしてコンパクトでメリハリのある里緒(154cm/45kg)。
それぞれに魅力的で美しい彼女たちの中でも、寛奈(157cm/47kg)のプロポーションは常に一目を置かれていた。しかし今日の寛奈は、その完璧な立ち居振る舞いにどこか「隙」が見え隠れしていた。
「ねえ、寛奈? なんか最近……雰囲気変わった?」
鋭い観察眼を持つ親友の香織が、ティーカップを置いて声を上げた。
「そんなことないわよ。気のせいよ、きっと」
「ううん、絶対おかしい! だって、あの京極宮の若宮様──照仁様が、山から戻られた後、すぐ向かいにあるお宅までわざわざご自分であなたに付き添って送り届けて、さらに『今後は寛奈の体調管理を私が直接引き受ける』って、お父様に挨拶していったって噂を聞いたわよ! 一体何があったの!?」
その言葉に、周囲にいた霧葉や貴美たちが一斉にざわめいた。
「えっ、あの冷徹で近寄りがたい照仁様が!?」
「山小屋に一泊したんでしょう? 雷雨で足止めされたって聞いたけど……まさか、ねえ?」
友人たちの好奇心の籠もった視線が一斉に集中する。寛奈は顔の温度が一気に沸点まで達するのを感じた。あの山小屋での出来事──体力を奪われ、耳元で囁かれ、全身を愛撫し尽くされて「一人で歩くこともできなかった」なんて、口が裂けても言えるわけがない。
「べ、別に何もないわよ! ただ、その、少し風邪気味だったから……」
「嘘だぁ! 首筋に、それ……ファンデーションで隠してるけど、何かあるよね?」
貴美の鋭いツッコミに、寛奈は思わず自分の首元を押さえた。照仁の執着と、自分自身が彼の背中で眠りにつくほど完全に屈してしまった記憶が蘇り、背中に甘い汗が流れる。
「……もう! 本当に何もないってば!」
机を軽く叩いて強がる寛奈だったが、その頬はリンゴのように真っ赤に染まっており、友人たちには「何かがあった」という確信を深めさせるだけの説得力しかなかった。
「ふーん……。まあ、あんなに完璧で冷徹な照仁様をそこまで狂わせるなんて、さすが寛奈ね」
「違うわよ! 私はただ、あの人にいいように……っ」
そこまで言って、寛奈はハッと口を噤んだ。これ以上喋れば、自分の敗北宣言になる。
悔しさに唇を噛み締めながらカップの紅茶を飲み干す寛奈の姿を見て、友人たちは「恋を知ったお嬢様の秘密」と勘違いし、楽しげにクスクスと笑い声を上げた。
外の世界では「完璧な皇族の若宮と、気高いお嬢様」として通っている二人。
しかしその裏で、寛奈の心も体も、すでに照仁という名の圧倒的な熱量によって完全に塗り替えられていることなど、友人たちが知る由もなかった。
後書き代わりの座談会
香織
「……えーっと、ちょっと待って。一言だけ言わせて。『最後の一線は超えてないからセーフ』って顔してるけど、やってること完全にアウトだからね!? もうさぁ……寛奈も寛奈よ! なんであんなぶかぶかの服着て『見えちゃうのよ』とか言っちゃうの!? 煽ってるようにしか見えないでしょ! あと『勝った、私は最後まで屈しなかった』じゃないのよ! お腹鳴らしてシチュー美味しく食べてる時点で完全に胃袋から攻略されてるじゃない!
……でもさ、最後の最後で照仁様の手を寛奈が自分の意志で求めちゃって、その結果があの惨劇でしょ? で、激怒して枕投げつけた後に、結局大人しくお風呂で洗われて甘えてるって……何この二人。バカップルを通り越してただの超高級なコント見せられてる気分なんだけど。とりあえず寛奈、帰ってきたらお説教ね。耳が弱いことバレてるんだから、今後はもっと対策しなさい!」
霧葉
「……なるほど。構造としては実に興味深い極限状態の心理劇ね。環境的要因(孤立した山小屋・暴風雨・冷え込み)が双方の理性を削る中で、照仁様の『支配と執着』、寛奈の『自尊心と拒絶』が拮抗しているわ。照仁様は『従妹・家令の娘』という枠組みを利用して無意識に彼女を追い詰めているけれど、実際には寛奈の『子供扱いされたくない』という一言で完全に理性のタガが外れている。
ただ……客観的に見て、寛奈の敗因は明らかな『準備不足』と『自己評価の甘さ』ね。料理の火加減を把握していない点、自分の体が受動的な愛撫にどこまで耐えられるか理解していない点。……まあ、土壇場で照仁様が理性を持ち直したのか、あるいは結果的にあのような形で惨劇を迎えたのかは別として、最後の浴室でのやり取りを見る限り、寛奈の精神的主導権は完全に奪われているわ。……ふふ、帰ってきたら少し弄ってあげましょう」
貴美
「ちょっと……! なにこれ、私まで顔が熱くなってきたじゃない……っ! 寛奈ちゃん……大丈夫だったのかな……。照仁様って、普段はあんなに冷静で完璧な方なのに、寛奈ちゃんの前だとあんな風に意地悪で……ううん、すごく必死になっちゃうんだね……。
でもっ! ぶかぶかの服から素肌が見えちゃいそうになるところとか、耳元で囁かれて声が出ちゃうところとか、寛奈ちゃんが可哀想だけど……すごく、その……可愛く思えちゃって……! 最後の『一生忘れてあげないんだから』って強がるところなんて、照仁様じゃなくても甘やかしたくなっちゃうよ。ふたりとも、ちゃんと仲直りできて良かった……のかな? うう、次に寛奈ちゃんに会ったとき、どんな顔して話せばいいかわからないよ~!」
歌乃
「あははは! なにこれ、めちゃくちゃ面白ーい! 寛奈ったら相変わらず大惨事になってるじゃん! 最初の『下着までぐっちょり、最悪』の時点で寛奈らしさ全開だけど、卵そぼろ作ったシーンは最高ね! 自信満々にコンロ向かって撃沈して、照仁様にトロトロのスクランブルエッグ出されて顔真っ赤にするとか、目に浮かぶようだよ!
でもさー、後半の展開はちょっとドキドキしちゃったな。照仁様、あんな顔するんだ。『逃げ切れるほど賢くはない』とか言っちゃってさ、完全に猛獣モードじゃん。最後、寛奈が自分から腰上げちゃって大変なことになって枕投げつける流れ、もう最高にコントだよ! 怒りながらもお風呂で『変態……』『意地悪……』って言いつつ頭預けてる寛奈、完全にノックアウトされてんじゃん。今度会ったら『若宮様の特製シチュー美味しかった?』って絶対に煽ってやろーっと!」
里緒
「………………。……寛奈は、ずっと照仁様の前では背伸びをして、子供扱いされないように必死でしたから……。あの嵐の夜に、お互いの本当の気持ちや強がりが全部剥き出しになってしまったのですね。
照仁様の手厳しさや意地悪さは少しやりすぎな気もしますけれど……最後のお風呂のシーンを見る限り、照仁様にとっても寛奈はかけがえのない大切な存在なのだと伝わってきます。寛奈も、散々怒って文句を言いながらも、最後は照仁様の優しさに体を委ねて……二人だけの特別な絆が、また一つ深まったのなら、親友として見守ってあげるのが一番なのかもしれませんね。……でも、寛奈の体のあちこちに痕が残っていないかだけは、後でこっそり心配してあげないとですね」