幸せをかみしめつつ思い出した、あの報告と友人達への処遇。
「そうだ。あの事件で寛奈を護ってくれた5人には、決まった相手はいるのか? まだであれば何か良縁を探してやらねばならぬな」
(また始まった……)
「恵梨子、あの5人にそれとなく聞いておいてくれ。意中の者もまだいないのであればこちらで見合い相手を探しておこう」
(もう……急いでメッセージ送らなくちゃ)
『兄さまが、あの事件で寛奈を護ったあなた達5人の将来についても何か良縁を探してやらねばって言ってたけど……想い人がいるなら今のうちに伝えて。兄さま、勝手に進めかねないから』
「そ、それ本当ですか!?」
恵梨子からの連絡を受けてサロンに悲鳴があがった。
「ちょっと! 冗談じゃないわよ! 意中の人がいるなら今すぐ紙に書いて照仁様に提出しないと、来週には『君の見合い相手に彼はどうか』なんて宮家から身上書が届いちゃうわ。宮家からのお見合いなんて断れないわよ」
「今すぐみんなで緊急作戦会議よ! 意中の人がいる人は今すぐ白状しなさい! 照仁様の手回しが発動する前に、恵梨子様経由で手を打っておかないと」
「寛奈ちゃんのポンコツ自爆を笑っている場合じゃなかったわ! 私たちの将来を守るために、今すぐ宣言しましょう」
「よいか、寛奈。この書類は――」
書類をめくる照仁の膝の上で、寛奈は顔を真っ赤にしながら小さく縮こまっていた。
宮邸の静寂に包まれた私室の中、書類をめくる照仁の長くてしなやかな指先が、時々、まるで自分の所有物であることを確かめるように、寛奈の細い腰や太ももを撫で回している。
そこへ、音もなく扉が開いた。
「兄さま。膝の上から義姉様を下ろしてあげてください、まだ夕方です。義姉様もお気づきになられておられないようですが、その外されているボタンと捲り上げられたスカートを整えてください」
どこか呆れたような、だが愛しむ様な恵梨子の声が室内に響く。
「わっ。いつのまにかボタン全部外されているし、スカートもギリギリまて捲りあげられている!!」
寛奈は弾かれたように跳び起きると、慌ててブラウスのボタンに手をかけ、めくれ上がっていたスカートの裾を必死に引っ張り下ろした。そのあまりの狼狽ぶりに、照仁の薄い唇が楽しげに歪む。
「兄さま。あの5人の意中の方についてですが」
恵梨子が静かに差し出した上質な紙を前に、寛奈が身を乗り出した。
「え? 香織たちの話? 意中の人がいたの? ね、誰、誰?」
しかし、恵梨子は冷酷なほど洗練された動作でその紙をすっと胸元へ引き寄せた。
「駄目です。義姉様にはお見せ出来ません」
「ケチ。じゃあ、私は部屋に戻っているね」
寛奈はぷっくりと頬を膨らませると、照仁に一瞬だけ恥ずかしそうな視線を投げかけてから、逃げるように私室を辞していった。
寛奈の足音が遠ざかり、重厚な扉が完全に閉まったことを確認すると、部屋の空気は一瞬にして「京極宮家の支配者たち」による冷徹な作戦会議の場へと変貌した。
「兄さま、こちらの方々になります。私が知っている限りでは未婚ですし品行方正で人格的な問題は無いと聞いております」
「そうか。こちらでも調査しよう。身元に問題なければ……わかっているな?」
照仁の瞳に、社交界の捕食者たる冷ややかな光が宿る。恵梨子は深く、不敵に頷いた。
「はい。全力でお相手にたかる虫を排し成婚させます。仮にお相手がそちらを向かれていても、婚約されていたり、同棲されていたりして内縁関係になっていなければ問題ありません。私には義姉様の親友で恩人である方達のほうが大切ですから」
「よろしい。だが、婚姻を急がせるな。出会いの切っ掛けをしっかり作ってやれ。恋愛の過程も楽しませるようにな」
妹の容赦のない手腕を認めつつも、照仁が制するようにそう告げると、恵梨子は意外そうに片眉を跳ね上げた。
「兄さま……? 何か変な恋愛小説でも読まれましたか?」
「いや……そんなものを読んだ覚えはない。ただ、我が身を振り返ってみれば、互いの心を重ねていくあの不器用で愛おしい時間こそが、後々になってかけがえのない絆になるのだと実感しただけのことだ。多少の波乱は必要だが、本格的に壊れたり邪魔が入らぬようにしてやってくれ。お前もその方が、イベントのネタとやらができるのであろう?」
「ええ、まぁ……そちらも有り難く受け取らせていただきますわ。出会いの場はどうされますか?」
その問いに暫く考え込む照仁。
「ふむ……。北翼の庭園ならどうだ?」
「あそこなら外部からの目も届きませんし、秘密保持には万全かと思いますわ。北翼の御連枝資料室あたりに父と母が居なければ其処が良いのではないかと。いた場合、十中八九盛っていますから別の場所に変えませんと」
「それは承知している。その場合は中庭しかあるまい」
「なるべく北翼の庭園を使用するように計らいますわ」
恵梨子は整った口元に扇子をあて、冷徹な計算と悪戯心に満ちた笑みを浮かべた。その頭の中では、すでに恐ろしいほどの精度で「筋書き」が組み立てられていく。
(……北翼の庭園であれば普通にその場に案内してお見合い形式か、道に迷わせて偶然の出会いをよそわせて庭園に誘導するか。ああ、散歩中に噴水に落ちるか上から降って来た水で、体の線がくっきり浮き出るか、薄着ならお互いの下着まで透け透けの嬉し恥ずかしハプニングなんていいわね……。夏だし、風邪もひかないでしょう。殿方がいきなり狼になっても北翼の庭園なら秘密は守れますし……あの5人も意中の相手と結ばれるなら、本気で抵抗なんてしないでしょうから。ツタの絡まるガセポでの初体験なんていいわよね)
そこまで考え、ふと我に返る恵梨子。
(あ、でも初回でそれはやり過ぎかしら? 初体験はムードがあったほうが良いものね……。見合いの時間、満月の夜にしようかしら。駄目よね、御両親が許さないわ……それは2回目以降よね、こちらからカップルを自然な形で呼び出さないといけないし)
「では、兄さま。まずはあの方々の想い人の裏の裏まで完璧に洗った上で、最高の舞台を用意させていただきますわ」
「頼む。寛奈を護ってくれた優秀な『防衛隊』には、相応の幸福と……相応の刺激的な劇的な時間をプレゼントせねばな」
兄妹の交わす麗しくも恐ろしい笑顔が、沈みゆく夕日に照らされていた。
「え~だめなんですか?」
「当たり前だ、馬鹿者」
| ごめんなさい。 ハプニングを楽しみにしていたら申し訳ないけど、普通に、南園の離れの茶亭でのお見合いになってしまいそうなの。 私の計画(二人纏めて噴水に落として透け透け姿を見せ合ってそのまま嬉し恥ずかしお見合いハプニング)話したら、うちの両親はノリノリだったのにお祖父さまやお祖母さまが宮家令の六条の祖父と祖母と一緒になって止めるんだもの。それならと提案した、「みんな一緒に茶亭で自己紹介しながら他の家とも縁結びしよう」計画も潰されちゃったし。あなた方の御両親ともお話させてもらったのだけど、普通に茶亭でのお見合いで構わないだって。
詰まんないわ。
でも当初の予定は【正午の茶事】だったのを私が【夕去の茶事】に変更を提案して、そっちにしたからね。皆、まあそれならお互いの話も進むだろうと納得したの。 最初は意中の方と誰の目も届かない茶亭で二人だけでイチャイチャできるほうがあなた達には良かったのよね。 大丈夫、茶事が終わったらすぐに媒酌人たちも遠ざけておくから。 あそこの茶亭、南園の外れにあるし、植栽で外から見えないから安心よ。 着つけ直し用に口の堅い女官を置こうとも思ったけど、皆に「そこまで煽るな」と怒られたから着物を乱されても手直しは自分でやってね。 着物を直す自信がなければ着物じゃなければいいじゃない。夕去は正式茶事だけと洋装セットアップは準礼装として許容範囲よ? 白・ベージュ・グレー・紺の膝下丈の無地ワンピースとか控えめなブラウス+ミディ丈スカートとかは、準礼装扱いよ。ただ、黒とか丈の短いスカートとか薄着は厳禁。正座したら中が見えちゃうからね。それと、タイトスカートは、正座ができないからやめた方がいいわよ。スカートを捲られることを警戒するならせめてパンツスタイルにしなさい。 あと、髪飾りは金属・大きな装飾を避けて。 アクセサリーは道具や掛け軸とかを傷つけない様にイヤリングや、ネックレス、指輪とかも全て禁止。 もちろん、香りの強い香水やヘアスプレー、ハンドクリームも禁止よ?
じゃあ、がんばってね。 |
後書き代わりの座談会
香織
ねえ、みんな……恵梨子ちゃんからの新しい報告、読んだかしら? 『ごめんなさい。普通に、南園の離れの茶亭でのお見合いになってしまいそうなの』って……!
(恵梨子から届いた報告メッセージをサロンのテーブルに置き、脱力したように大きな溜息をつく)
歌乃
読んだ読んだーっ! 恵梨子ちゃんの『詰まんないわ』っていうテンションの低さに思わず笑っちゃったわよ! 自分の立てた『二人纏めて噴水に落として透け透けハプニング』作戦、陸仁王殿下と誓子妃殿下には大ウケでノリノリだったのに、慶仁王殿下や澄子妃殿下、宮家令の六条夫妻総出で全力阻止されたんですってね!
貴美
ふふっ、さすがに宮家や六条家の重鎮の大人たちが総出で歯止めをかけてくださったのね。恵梨子様が次に提案した『みんな一緒に茶亭で自己紹介しながら他の家とも縁結びしよう』という大グループお見合い計画まで潰されたみたいで、私たちの御両親とも話し合って『普通に茶亭でのお見合いで構わない』という着地点になったのは、本当に一安心だわ。
霧葉
ええ、大惨事は回避されたわね。でも恵梨子様、ただじゃ引き下がらないのが本当に恐ろしいところよ。当初予定されていた【正午の茶事】を、わざわざ【夕去(ゆうざり)の茶事】に変更することを提案して、大人たちを納得させたんですって。
里緒
夕去の茶事って……夕刻の薄暗くなる時間帯から夜にかけて行われる茶事ですね。恵梨子様ったら『茶事が終わったらすぐに媒酌人たちも遠ざけておくから。あそこの茶亭、南園の外れにあるし植栽で外から見えないから安心よ』なんておっしゃって……! 結局、二人きりでイチャイチャできるお膳立てを裏でしっかりセッティングしているじゃないですかーっ!
香織
そうなのよ! しかも『着つけ直し用に口の堅い女官を置こうと思ったら「そこまで煽るな」と怒られたから、着物を乱されても手直しは自分でやってね』って! 乱される前提で話を進めないでほしいわよ! 『着物を直す自信がなければ準礼装の洋装セットアップでも構わない』ってアドバイスまで添えてくださっているけれど……ドレスコードの指定が細かすぎて、今度は衣装選びでパニックになりそうわよ!
歌乃
本当よーっ! 白・ベージュ・グレー・紺の膝下丈の無地ワンピースや、控えめなブラウス+ミディ丈スカートなら準礼装として許容範囲なんですってね! でも『黒とか丈の短いスカートとか薄着は厳禁。正座したら中が見えちゃうから。タイトスカートは正座ができないからダメ。スカートを捲られることを警戒するならせめてパンツスタイルにしなさい』って……! アドバイスが現実的かつ生々しすぎるってば!
貴美
お茶席の基本ルールもバッチリ釘を刺されていますわね。髪飾りは金属や大きな装飾を避けること。お道具や掛け軸を傷つけないように、イヤリング、ネックレス、指輪などのアクセサリー類は一切禁止。もちろん香水やヘアスプレー、ハンドクリームなどの強い香りも厳禁……。一見すると完璧なマナーの指導ですけれど、裏を返せば『素のままのあなたたちで、夕闇の茶亭で彼と向き合いなさい』という恵梨子様からの挑戦状のようだわ。
霧葉
そうね。お茶事の礼儀作法を口実にアクセサリーや余計な装飾をすべて削ぎ落とさせ、さらに薄暗い夕去りの茶亭という最高のムードの中で二人きりにさせる……。大人たちのおかげで『水に濡れて透け透けになるハプニング』は免れたけれど、恵梨子様の用意した舞台は、ある意味でそれ以上に情緒的で逃げ場がないわよ。
里緒
ひぃ……っ! でも、意中の人と南園の外れの離れで、夕闇に包まれながら二人きりになれるなんて……想像しただけで胸がバクバクしちゃうわ! 媒酌人たちも遠ざけられるとなると、本当に彼とじっくりお話しできるし、若宮様が仰っていた『互いの心を重ねていく愛おしい時間』を過ごせるのかもしれませんけれど……っ!
香織
そうね。最初は『勝手に進められたらどうしよう』って大焦りで意中の相手を紙に書いて提出したけれど、慶仁王殿下たちがブレーキをかけてくださったおかげで、一番上品で、でも最高にドラマティックなお見合いの場が整ったわけだものね。
歌乃
うんうん! 恵梨子ちゃんは『詰まんないわ』って愚痴ってるけど、私たちからしたら『恵梨子ちゃん、本当にありがとうーーーっ!!』って感謝しかないわよーっ! 噴水に落ちて下着透け透けになるより、夕去の茶亭で控えめな無地ワンピースを着てお茶をいただく方が何千倍も素敵だわ!
貴美
ええ。スカートを捲られたり着物を乱されたりしないように、私たちはしっかり膝下丈の清楚な準礼装を選んで、正座のマナーも完璧におさらいしておきましょうね。アクセサリーは外して、香水もつけずに、素顔の自分で勝負ですわ!
霧葉
ふふ、着物じゃなくてパンツスタイルやミディ丈スカートなら、万が一彼の手が伸びてきても毅然とガードできるしね。……まあ、恵梨子様の手回しで雰囲気に呑まれた私たちが、自分からガードを解いてしまわないかが一番の懸念材料だけれど。
里緒
やだ、霧葉ちゃんったら! でも本当に、寛奈さんを護ったご褒美として、こんなに素敵な『夕去の茶事お見合い』を用意してもらえるなんて夢みたいですわ。恵梨子様には『最高のセッティングをありがとうございます!』ってお礼を言っておかなきゃ!
香織
よーし! それじゃあみんな、今からさっそく『膝下丈・無地の準礼装ワンピース』の品評会を始めましょう! 金属飾りのない髪留めも選ばなきゃね! 寛奈防衛隊の5人、夕去の南園の茶亭へ向かって、完璧な準備で挑むわよーっ!