山々に抱かれた京極宮邸所有の別荘はしんしんと降り積もる白雪に包まれていた。
幾重にも重なる松の枝葉は真っ白な装いを纏い、木造の風格ある庇からは透き通ったつららが垂れ下がり、その前に広がる見事な岩組で作られた露天風呂には、湯がかけ流され、冷ややかな冬空に向かって白い湯煙が立ち上り、冬の澄んだ空気に溶けていた。
夕去の茶席で見合いを兼ねた特別なひとときを過ごしてから、早いもので数か月が経っていた。
京極宮家からこの別荘に招待された十八歳という大人と少女の狭間の年齢を迎えた五人の親友は、普段の身分や立場に伴う重圧をしばし忘れ、この雪見風呂の温もりへと身を委ねていた。
岩肌を叩くお湯の心地よい音とともに、五人の乙女たちの華やかな姿が湯面に映し出されていた。
湯船の最も左側、ゴツゴツとした岩肌に身を委ね、肘をついて頬杖をついているのは公爵家の五女である香織だ。濡れた黒髪を肩に流し、どこか達観したような穏やかな微笑みを浮かべて湯煙の向こうを見つめている。そのすぐ隣、大きな岩の上に腰を掛け、すんと伸びた美しい脚だけを温かいお湯に浸しているのは霧葉である。背中まで届く艶やかな黒髪を垂らし、冷たい冬気と温かい湯の対比を楽しむかのように涼やかな佇まいを見せている。
中央では、貴美が豊かな髪を両手で持ち上げ、うなじを露わにしながら深く息を吐いていた。
「やっぱり、寒さのなかで浸かるお湯は格別ね」
小さくつぶやく姿には、どこか大人びた艶やかさが漂う。その右隣で、無邪気な笑い声を上げながら両手で湯をすくい、楽しそうに波紋を立てているのは侯爵家四女の歌乃だ。ショートボブの髪を揺らしながらパシャリと弾けさせた水滴が、冬の光を浴びてキラキラと輝く。そして一番右側では、頭の上に小さな模様入りの手ぬぐいをちょこんと乗せた里緒が、胸元まで深く湯に浸かりながら、至福の表情でそっと目を閉じている。
「それにしても……あの夕去の茶席からもう数か月も経つのね。なんだか随分と前のことみたい」
歌乃がパシャリと湯を弾きながら、どこか懐かしむような声を上げた。
「本当にね。あの時はみんな、それぞれの意中の相手とお茶会を楽しんで、胸を躍らせていたけれど……」
香織が頬づえをついたまま、クスッと可愛らしい笑い声を漏らす。その瞳には、当時の思い出と、どこか冷めて落ち着いたような聡明な光が宿っていた。
あの薄暮の灯籠が灯る風情ある茶席で、五人はそれぞれの想い人を相手にお茶を振る舞ったのだった。しかし、公爵家五女である香織と、侯爵家四女である歌乃の二人が選んだ相手は、他の三人とは少し趣が異なっていた。
二人は自らの「家格」という重い現実を幼い頃から深く理解していた。だからこそ、最初から婚姻に結びつくような相手ではなく、当時世間で絶大な人気を誇っていた劇団の看板俳優や、純粋に憧れていた有名俳優を茶会の相手として指名したのだ。手を出される危険もなく、後腐れのない当たり障りのない相手とのひととき──それは二人が打算抜きで純粋に楽しむために用意した、つかの間の夢の時間だった。
「私も後で恵梨子様がこっそり撮られていた映像を見せてもらったわよ。香織も歌乃も、あの時は本当に楽しそうだったわね。まさかあの憧れの俳優さんを相手に、あんなに堂々とお茶を点ててみせるなんて」
貴美が髪をかき上げながら、くすくすと悪戯っぽく笑う。
「仕方ないじゃない! だってずっと映像か劇場で遠目にしか見たことがなかったお方なんですもの。お話しできるなんて夢みたいだったわ」
歌乃は頬を染めながら反論したが、その表情には後悔の色など一切なかった。湯船の縁で頬杖をついていた香織も、ゆっくりと視線を歌乃へ向け、柔らかな笑みを深めた。
「私も、ずっとファンだった役者の方をお招きして、素晴らしい時間を過ごさせていただいたわ。婚姻には決して結びつかないけれど、だからこそ何の裏も下心もなく、純粋に憧れの方とお茶を楽しめた……あれは本当に夢のような一日だったわね」
二人の言葉に、岩の上で足を揺らしていた霧葉が静かにうなずく。
「あなたたち二人のお相手選びは、本当に潔くて見事だったわ。公爵家五女の香織と、侯爵家四女の歌乃……自分たちの家格や立場を完璧に理解しているからこその選択だったものね」
露天風呂に漂う湯気が、ふっと二人の表情を優しく包み込む。香織と歌乃が、夕去の茶席でわざわざ「婚姻には絶対に結びつかない、手を出される心配のない当たり障りのない相手」を選んだのには、明確な理由があった
茶会の直前、内々ではあるが京極宮家の照仁の弟であり、二人の4歳年下にあたる現在14歳である法仁の妃の最有力候補として、公爵家五女の香織と侯爵家四女の歌乃の二人に打診があり、両家は両手を挙げ歓迎していた。
寛奈の友人として長年京極宮家とも交流のあった二人は、家格も申し分なく、すでに容姿、人格共に京極宮家に法仁の妃として相応しいと、しっかりと「囲い込まれて」いたのである。
「あと三年……ね」
里緒が頭の上の手ぬぐいを落ちないように押さえながら、静かな声でつぶやいた。
「私たちが二十一歳になり、法仁様が十七歳の誕生日をお迎えになられたら……二人はいよいよ正式な『相性見定め準備期間』に入るのよね」
「ええ」
香織は静かに応じた。
「その後の三年間の準備期間を経て、私か歌乃のどちらかが法仁様のお妃として選ばれることになるわ」
高貴な宮家に嫁ぐという運命は、華やかであると同時に重い責任を伴う。しかし、二人の間に険悪なライバル関係や陰湿な争いは存在しなかった。幼い頃から互いを理解し合ってきた親友だからこそ、この特別な立場を分かち合い、受け入れているのだった。
香織はポニーテールを軽く揺らし、岩肌から顔を上げると、白く濁る湯気越しに歌乃を見つめた。
「歌乃。あなたは……怖くはないの? 自分がどんな運命を辿ることになるのか、まだ分からないなんて」
歌乃は一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐにいつものような健気なあたたかい笑顔を取り戻し、首を振った。
「怖いと言ったら嘘になるわ、香織ちゃん。でもね……私たちがどれほど運命に振り回されそうになっても、あの茶会で交わした言葉や、胸のときめきまで奪われたわけじゃないと思うの。それに、京極宮家が用意した道がどうあれ、私には香織ちゃんという『ライバル』であり『一番の親友』がいるもの」
「歌乃……」
「どちらが法仁様の妃に選ばれたとしても、恨みっこなしよ。選ばれなかった方は、京極宮家からあつらえられた最高の良縁で幸せになればいいんだから!」
歌乃が力強く宣言するように再び湯を弾かさせると、香織の表情からもすっと硬さが消え、やわらかな笑みがこぼれた。
「ええ、そうね。恨みっこなし……ふふ、歌乃らしいわ」
歌乃がお湯を優しくかき混ぜながら言った。
「京極宮家のお心遣いには、本当に感謝しているの。もし私か香織のどちらかが法仁様のお妃に選ばれた場合、選ばれなかった方には、京極宮家が責任を持って他の宮家や公爵家、侯爵家といった私たちの家格にふさわしい最高のご縁組みを斡旋してくださる約束になっているでしょう? 仮に二人とも選ばれなかったとしても、同じように最高の良縁を用意してくださる……」
「ええ、だからこそ私たちは、何の不安もなく未来に向き合えるのよ」
香織は頬杖をついていた手を外し、自分の肩を温かいお湯で満たした。
「夕去の茶席で、変に格の合う華族の男性とお茶をして、妙な期待を持たせたり騒ぎを起こしたりする必要もなかった。ただ純粋に、一生の思い出として憧れの人との時間を楽しむことができたのは、この定めと京極宮家の手配のおかげね」
「二人とも、本当にかっこいいわ」
貴美が二人を交互に見つめ、温かい眼差しを向けた。
「競い合うのではなく、お互いの未来と幸せを尊重し合っているんですもの。法仁様がどちらをお選びになったとしても、あるいは別の道を歩むことになったとしても、二人なら絶対に素晴らしい未来を掴めるわ」
「もちろんよ」
歌乃は胸を張り、眩しい笑顔を弾けさせた。
「どちらが妃になっても、もう一方は全力で祝福するし、応援するわ。だって私たち、ずっと大親友だもの!」
「ふふ、歌乃ったら。相変わらず声が大きいわ」
香織は胸元を押さえながら、しみじみと安堵の息を漏らした。
外は身を刺すような厳しい冬の寒さだが、こん々と湧き出る露天風呂の湯はどこまでも温かく、親友たちの肌を優しく包み込んでいる。
「ふふ……でも、こうして5人でゆっくり温泉に浸かれるのも、今のうちかもしれないわね」
霧葉が湯面を静かに撫でながらクスリと笑うと、すんなりと伸びた脚を揺らして小さな波を立てた。
「法仁様が17歳になられて『相性見定め期間』が始まったら、香織と歌乃ちゃんは宮家の行事や準備で大忙しになるでしょうし、その頃には私たちもそれぞれの嫁ぎ先や将来の準備が進んでいるわ」
「そうね……。少し寂しいけれど、みんながそれぞれの幸せに向かって進んでいる証拠だものね」
貴美が優しく微笑む。
里緒は頭の上の手ぬぐいを少し整え、静かに頷いた。
「本当にその通りね。今よりもずっと厳しいお稽古や立場上の制約が増えるでしょう。だからこそ、こうして気心の知れた五人で集まれる時間を、今は心から大切にしたいわ。それに……どの道へ進むことになっても、私たちが寄り添い続けることに変わりはないわ」
里緒の穏やかで凛とした声が、しんしんと降る雪の中に心地よく響く。
「法仁様が十七歳になられるまでのあと三年間のモラトリアム、そしてその後の三年間。計六年という長い月日が流れても、この露天風呂でこうして笑い合った時間は、決して消えないもの」
「里緒の言う通りよ」
霧葉が岩の上からしなやかに湯船へと降り、親友たちの輪の中へと加わった。
「どんな政治的意図や宮家の思惑が交錯しようと、私たちはただの十八歳の少女であり、かけがえのない親友同士。香織も歌乃も、一人で悩む必要なんてないのよ」
湯煙がゆらゆらと立ちのぼり、五人の乙女たちを温かく包み込んでいく。
香織はポニーテールを結び直し、深く息を吸い込んだ。胸の奥に渦巻いていた不安や迷いが、温泉の熱と親友たちの温かい言葉によって、少しずつ解きほぐされていくのを感じていた。
たとえ三年後に法仁が十七歳を迎え、三年の厳しい見定め期間が始まったとしても。自分か歌乃のどちらかが宮家に召され、どちらかが別の相手のもとへ送られる運命を辿るとしても。
いま、この雪降る露天風呂で分かち合った絆だけは、どんな強大な宮家の権力であっても引き裂くことはできない。
「みんな、ありがとう……」
香織が静かに呟くと、歌乃がにっこりと笑い、貴美と霧葉が頷き、里緒がやさしく微笑んだ。
「雪を見ながらこうして温泉に浸かって、何でも話し合えるお友達がいるなんて、私たちは本当に幸せ者よ」
歌乃が湯を手で掬い上げながら、少しだけ遠い目をした。
「法仁様が十七歳になられるまで、あと三年……。そこからさらに三年間の相性見定め期間だもんね。先は長いよ~」
法仁は現在十四歳で、彼女たちより四歳年下である。しかし、京極宮家の計画は極めて周到だった。今から三年後、義務教育を終えた法仁が十七歳の誕生日を迎えたその瞬間から、続く三年間──すなわち彼女たちが二十一歳から二十四歳に至るまでの間を相性を見定めて妃を選ぶ準備期間とすることが定められているのだ。
霧葉は組んでいた脚をそっと組み替え、腕を組んだまま美しい唇を小さくほころばせた。
「普通の縁談なら生殺しのような歳月にも思えるけれど、相手が京極宮家となれば話は別ね。その間に両家の絆は盤石なものとなり、社交界での地位も固められる」
「その後の取り決めも完璧でしょう?」
「ええ。京極宮家の心遣いには感謝しかありませんわ」
貴美が髪をまとめ終え、柔らかな声で言葉を添えると香織が頷いた。
貴美の言う通り、この取り決めには京極宮家からの非常に手厚く破格の保証が添えられていた。法仁が十七歳となる日からの三年間を経て、最終的にどちらかが法仁の妃として選ばれた場合、選ばれなかったもう一方の者には、京極宮家が責任を持って他の宮家や公爵家といった、彼女たちの家格に何一つ遜色のない最高の縁組相手を良縁として斡旋することになっている。さらに、万が一二人とも選ばれなかった場合であっても、同様に京極宮家の威信をかけた最高の良縁が約束されているのだ。
「ええ。だからこそ、あの夕去の茶席で変に勘違いされるような相手を選ぶ必要なんてなかったのよ。危険のない、素敵でかっこいい俳優さんとお茶を飲んで、ただ楽しい思い出を作れればそれで十分だったの」
香織は満足そうに目を細めた。
「ふふ、香織も歌乃も、あの若さで本当に抜け目がないわね」
岩の上に座る霧葉が、脚を湯に揺らしながらクスリと微笑んだ。
「でも、それが正解よ。無用な波風を立てず、約束された未来を静かに待つ。あなたたちの家格と立場を考えれば、最も賢明な選択だわ」
「そう言っていただけると安心しますわ」
歌乃がいたずらっぽく笑うと、頭の上に手ぬぐいを載せたまま目を閉じていた里緒が、ふっと口元を緩めた。
「歌乃さんたら、結局はおいしいものを食べたいだけでしょう? でも、本当にそうですね。これから先、どんなお立場になられたとしても、こうして五人で集まって温泉に浸かれる時間がずっと続けばいいのに……」
「まあ、法仁様が大人になられるまでの間は、こうしてみんなでゆっくり旅行を楽しんだり、美味しいものを食べたりして過ごすのが一番だもんね~」
里緒の穏やかな言葉と歌乃の言葉に、湯煙の中で全員が深く頷いた。将来の立場や政治的な取り決めは決まっていても、いま目の前にいる親友たちと分かち合う湯の温もりと友情だけは、何ものにも代えがたい真実であった。
「本当に香織さんも歌乃さんも、これ以上ないほど大切に扱われていますわね」
「そうね……」
香織は再び岩に身を預け、湯の温もりに包まれながらぽつりと呟いた。
「法仁様が義務教育を終えるまで三年間、そしてその後の三年間。気の遠くなるような時間に見えるけれど、自分がどう歩むべきか、じっくりと心を見つめ直す時間が与えられているのだと思うと、少し心が軽くなるわ」
「ふふ、歌乃ちゃんはどうなの?」
霧葉が涼やかな瞳でボブヘアの親友を見やった。
「元気いっぱいの歌乃ちゃんが、あと数年も静かに待っていられるかしら?」
「失礼ね、霧葉!」
歌乃はぷっと頬を膨らませ、楽しそうに抗議した。
「私だってじっくり自分を磨く期間だと思って楽しむわよ。それに選ばれなくても焦ることないからね」
「あら、余裕の表情ね。お相手が見つからなかったらどうするの?」
貴美がクスリと笑った。
「ちょっと貴美ちゃん、怖いこと言わないでよー!」
歌乃が湯を跳ね上げると、周囲にまばゆい水飛沫が舞い散り、どっと歓声と笑い声が弾けた。
香織がポニーテールを揺らし、親友たちの顔を順番に見渡した。
「見合いから数か月、色々なことがあったけれど、こうして五人で気兼ねなくお風呂に入って将来のことを語り合える時間が、私にとっては一番の宝物かもしれないわ」
「ええ、同感ですわ」
里緒がそっと目を開け、柔らかく微笑んだ。
「どんな未来が待っていようと、私たちの絆が変わることはありませんもの」
「決まっているでしょう」
霧葉も腕を組み直しながら、優しく目を細めた。
「うん! 来年も、その先も、ずっとずっと一緒よ!」
歌乃が満面の笑みで両手を広げた。
「この話をしたら、寛奈ちゃんなら『私も温泉行きたかった~!』って照仁様の胸の中で泣きつきそう!」
歌乃の明るい笑い声が、湯煙の立ち上る雪景色の中に高く響き渡った。
香織は湯から引き揚げて冷えた脚を再び温かい湯の中へと滑り込ませた。じんわりと広がる温もりに身をゆだねながら、積もる白雪を見つめる。
(三年後……十七歳になられた法仁様との『相性見定め準備期間』……)
頭の中でその未来を思い描くと、胸の奥がキュッと締め付けられるような、あやうい高揚感と緊張感が走る。
「香織ちゃん、また難しそうな顔してる~! せっかくの温泉なんだから、今は全部忘れて楽しもうよ!」
歌乃が湯をパシャリと香織の肩へと吹きかけ、無邪気に笑った。
「ちょっと、歌乃ちゃん! 濡れるじゃないの!」
「もう濡れてるでしょ~!」
無邪気にはしゃぐ歌乃と、それに文句を言いながらも笑みをこぼす香織。それを見守る霧葉、貴美、里緒の温かな視線。
冷たい冬の風がそっと吹き抜け、庭園の松の枝から重みに耐えかねた粉雪がハラハラと落ちて、露天風呂の湯面に溶けて消えていく。
しんしんと降り積もる純白の雪は、彼女たちの未来を覆い隠すかのようでもあり、同時にどんな色にも染まる真っ白な可能性を示しているかのようでもあった。湯煙の向こうで響く乙女たちの朗らかな笑い声は、冬の冷気の中へとどこまでも温かく溶けていた。
「さあ、しんみりしたお話はおしまい!」
歌乃が再び両手でお湯を大きくすくい、パシャリと弾けさせた。
「せっかくの京極宮邸の別荘なんですもの、今夜のお夕食も思いっきり楽しみましょうよ! 山海の珍味に、美味しい落雁もあるって聞いたわ!」
「まあ、歌乃ったら相変わらずお食事が一番の関心事なのね」
香織がくすくすと上品に笑い、湯船の中で姿勢を少し変えた。
「でも本当に楽しみね。今夜は部屋に戻っても、朝まで眠らずにたくさんお話ししましょう」
「賛成! 恋のお話も、未来のお話も、まだまだ話し足りないわ!」
貴美が髪を湯に浸さないよう器用にまとめ直しながら弾んだ声を上げ、霧葉と里緒も心地よさそうに笑みを交わし合った。
降り積もる白雪の中で立ち上る温かな湯煙は、彼女たちの未来を優しく包み込むかのように、いつまでも絶え間なく揺らめいていた。そんな湯煙の中に漂うのは、ほんのりと甘い温泉の香りと、大人への階段を登り始めた少女たちの柔らかな温もりだった。
家格や運命という重い枷を抱えながらも、揺るぎない絆で結ばれた五人の乙女たちの笑い声が雪の降る京極宮の別荘にどこまでも穏やかに響き渡る。
湯煙がゆらゆらと立ち上り、雪景色の中にたたずむ京極宮邸の露天風呂には、17歳の少女たちの未来への希望と、温かな友情の語らいがいつまでも優しく響き渡っていた。
後書き代わりの座談会
香織
ねえみんな! 第七話のテキストを読み返してみたけれど……あの『夕去の茶席』から数か月が経って、京極宮邸の雪深き別荘でみんなで露天風呂に入ったときのこと、すごく綺麗に描写されていたわね
歌乃
本当に! 温泉の湯煙とつらら、松の雪景色の中での女子会なんて最高にロマンチックだったわ! でも、読み返すと私たち……18歳にして、自分たちの『立場』と『打算』を完璧に理解しすぎていて笑っちゃったわよ!
里緒
ふふ、笑い事じゃないわよ。あの夕去の茶席で、香織さんと歌乃さんが世間で大人気の劇団の看板俳優さんや有名俳優さんを指名したシーン、客観的に見ても潔すぎて最高だったわ。お見合い相手に『手を出される危険もない当たり障りのない夢の時間』として憧れの俳優さんをお招きするなんて、抜け目なさすぎるでしょう!
貴美
あら、でも当然の選択ですわ。茶会の直前に、照仁様の弟君で14歳の法仁様の妃候補として、香織と歌乃の二人に打診があったのですもの。すでに京極宮家にしっかりと『囲い込まれて』いたわけですから、下手に格の合う華族の男性とお茶をして妙な期待を抱かせるわけにはいきませんものね。
霧葉
ええ。公爵家五女の香織と、侯爵家四女の歌乃……自分たちの家格と将来の立場を完璧に理解しているからこその賢明な選択よ。変に波風を立てず、純粋にファンとしての『一生の思い出』を作って楽しむ。宮家への配慮と自分たちの満足を両立させた見事な立ち回りだったわ。
香織
照仁様や恵梨子様のお手配と、京極宮家の計画には本当に感謝しかないわね。法仁様が義務教育を終えられて17歳になられる3年後から、私たちが21歳から24歳になるまでの3年間が、正式な『相性見定め準備期間』になるわけだけれど……。
歌乃
うん! 普通の縁談だったら『えっ、あと3年も待つの!? そこからさらに3年!?』って生殺し状態に思えるけど、相手が京極宮家となれば話は別だもんね! その間の3年間は自分磨きやモラトリアムとして自由に過ごせるし、その後の保障も完璧すぎるんだから!
里緒
そうそう! どちらか一方が法仁様のお妃に選ばれたら、選ばれなかったもう一方には、京極宮家が責任と威信を持って他の宮家や公爵家・侯爵家といった最高のご縁組みを斡旋してくれる約束になっているものね。万が一ふたりとも選ばれなかった場合でも最高の良縁が保証されているなんて、破格の手厚さだわ。
貴美
だからこそ、香織と歌乃の間に陰湿な争いや嫌なライバル関係が一切生まれないのね。『どちらが選ばれても恨みっこなし! 選ばれなかった方は最高の良縁で幸せになればいい』って笑い合える関係性は、本当に美しいと思いますわ。
霧葉
ふふ、ドロドロした宮中劇とは無縁の、清々しい友情ね。香織も歌乃も、互いを『一番のライバル』であり『一番の親友』と認め合っているからこそ、安心して未来に向き合えている。法仁様がどちらをお選びになっても、あるいは別の道を歩むことになっても、二人なら絶対に素晴らしい未来を掴めるわ
歌乃
えへへ、霧葉ちゃんにそう言われると照れるな~! でも本当にそう! 露天風呂で香織ちゃんに『怖くはないの?』って聞かれたとき、一瞬グラッとしたけど、みんながいてくれるから全然平気だなって思えたの! 私たちの胸のときめきや友情まで、運命に奪われるわけじゃないもんね!
香織
歌乃……あの時は本当に勇気をもらったわ。ポニーテールを濡らしながら湯船で『恨みっこなしよ!』って宣言されたとき、胸の中の不安や硬さがすっと消えていくのが分かったもの。運命や家格という重いものを背負わされていても、私は一人じゃないんだって実感できたわ。
里緒
それにしても……温泉に深く浸かりながら『あと6年という月日が流れても、この絆は消えない』って語り合ったのはしんみりして良かったけれど、歌乃さんったら最後の最後で『寛奈ちゃんなら温泉に行きたかった~!って照仁様の胸の中で泣きつきそう』なんて言うから爆笑しちゃったじゃない!
歌乃
だって本当にそうでしょ~っ! 寛奈ちゃん、照仁様と山小屋でお泊まりしたり納采の儀を終えたりしてラブラブなんだから、私たちが5人で雪見温泉を満喫してるって知ったら絶対地だんだ踏んで羨ましがるわよ!
貴美
うふふ、目に浮かぶようですわ。照仁様の膝の上で甘えながら『私もみんなと温泉に行きたかったのに~!』って頬を膨らませて、照仁様が『其方は私と温泉に入れば良かろう』なんて冷たくも濃厚な愛で抱きかかえる姿が……。
霧葉
……想像が容易すぎて言葉もないわね。でも、寛奈が照仁様との愛を深めている間に、私たちもそれぞれの未来へ向かって着実に進んでいる。法仁様が17歳になられるまでのあと3年のモラトリアム、そしてその後の3年……合計6年という歳月の中で、私たちの関係も、社交界での立場も少しずつ大人へと変わっていくのね。
香織
ええ。立場や環境が変わって、もっと厳しいお稽古や政治的思惑が交錯するようになったとしても……あの日、白雪が舞う露天風呂で湯煙に包まれながら誓い合ったこの5人の絆だけは、どんな強大な権力であっても引き裂けないわ。
里緒
ええ、その通りよ。とりあえず、3年後の『相性見定め期間』が始まるまでは、こうしてみんなで美味しい山海の珍味や落雁を食べたり、朝まで恋や未来の噂話に花を咲かせたりして、思いっきり18歳の青春を楽しみましょう!
歌乃
異議なしっ! 今夜の夕食の落雁も楽しみだし、来年もその先も、ずっとずっと5人で温泉に行ったり旅行したりしようね!
貴美
ええ、決まっていますわ。どんな未来が待っていようと、私たちは永遠に大親友ですもの。
香織
ふふ、さあ! それじゃあ第七話の温かな思い出を胸に刻んで、今夜もみんなで美味しいお茶をいただきながら、未来の計画を語り合いましょうか!
全員
「「「「賛成ーーーっ!!!!」」」」
(5人は顔を見合わせ、温かな笑顔を交わしながら、深まる友情と未来への決意を込めて高らかにティーカップを重ね合わせた)