午後四時、皇宮内の奥まった一角にある静謐な書斎。窓の外では秋の夕暮れが茜色のグラデーションを広げ、磨き上げられた大理石の床に柔らかな光を落としている。
「里緒、ここは合っているのか? 文字のハネが少し甘いように見えるのだけど」
低く落ち着いた、しかし確かな少年らしさを残す声が響いた。
黒檀の執務机の向こう側に座るのは、齢十五歳にして凛とした気品と威厳をまとう皇族・普仁である。その隣、わずかに引いた位置に控え、背筋を真っ直ぐに伸ばして立っているのが専属女官となった里緒(22歳)だ。
里緒は手元に置かれた教本と、普仁が書き進める答案用紙に目を走らせる。
「失礼いたしました、殿下。……ですが、ここの文脈であれば、この文字の止めよりも流れを重視したほうが七言絶句として流麗にみられますが」
里緒が理路整然と指摘すると、普仁は筆を止め、ふっと表情を和らげて彼女を振り返った。178センチの長身となった普仁が椅子からわずかに身を乗り出すと、まだあどけなさを残す端正な顔立ちが至近距離に迫る。その圧倒的なプレッシャーと、皇族特有の淀みのない眼差しのせいで、里緒は心臓が小さく跳ねるのを必死に抑え込む。
「君がそう言うなら、そう直そうか。……それにしても、里緒の教え方は分かりやすい。学校の退屈な講義よりもずっと頭に入るよ」
「……お褒めいただき光栄です。ですが、学習に私情を挟まないようにお願いいたします、殿下」
澄ました声で返す里緒だが、内心では冷や汗を流していた。
監視カメラの設置がセキュリティ上の理由で一切許されていないこの部屋で、二人は完全に密室状態にある。さらに、あの水着写真の一件以来、普仁の自分に対する執着が時折まっすぐな瞳の奥から溢れ出ていることを、里緒は肌で感じ取っていた。
「私情か。……僕にとって、君がこうして毎日隣にいてくれること自体が、何よりも代えがたい時間なんだけどね」
悪びれもせず、しかしどこまでも真摯にそう囁く普仁に、里緒はわずかに頬を赤らめつつも、女官としてのプライドでぐっと堪えた。
「……礼儀指導の時間にそのようなお言葉は不要でございます。それでは、次に立腰および挨拶の作法を確認いたしますので、一度お立ちいただけますか」
里緒が姿勢を正して促すと、普仁は素直に椅子から立ち上がった。
身長差があるため、普仁が目の前に立つと自然と見上げる形になる。15歳とはいえ、鍛え上げられた体躯と皇族としての重圧をまとったその姿は、すでに一人の頼もしい青年そのものだった。
「このように、背筋を伸ばし、相手の眉間ではなく鼻筋を見据えて一礼を」
里緒が手本を示すべく一歩前に出ようとした瞬間、普仁はスッとその距離を詰めた。逃げ場を塞ぐようにわずかに体を傾け、彼女の耳元へと顔を寄せる。
「……こうかい? 里緒の教えに間違いはないか、しっかり確認してほしいんだ」
熱を帯びた低い声が耳朶を打つ。ふと香る凛とした香水の香りと、至近距離から注がれるまっすぐな視線に、里緒の思考がほんのひととき停止した。
(──やっぱりこの子、年齢の割に距離感が近すぎるし、ずるい……!)
心の中で盛大にツッコミを入れながらも、里緒は震えそうになる膝を必死に踏ん張り、冷徹な女官の仮面を貼り直す。
「……殿下、少し、距離が近すぎます」
「そうかな。これくらい近ければ、君の指導の隅々まで聞き逃さずに済むからちょうどいいと思うけれど」
普仁は満足げに微塵の隙もない爽やかな笑みを浮かべ、あえてこれ以上は踏み込まない絶妙な距離で姿勢を正した。その様子は、完璧な皇族の礼儀そのものでありながら、里緒の心を確実に翻弄している。
外の夕闇が深く沈み、静寂に包まれた書斎の中で、二人の特別な家庭教師兼任生活は、今日も絶妙な緊張感と甘やかな熱を孕みながら、静かに夜の帳へと溶けていくのだった。
夕食の時間が終わり、再び静けさを取り戻した書斎。
大理石の壁に掛けられた古風な置時計が、夜の八時を告げる重厚な音を響かせる。
昼間とは打って変わって、室内には心地よい静寂が満ちていたが、それは同時に「二人が完全に二人きりである」という事実を浮き彫りにしていた。
「さて、殿下。今夜の最後の課題ですが……こちらの歴史に関する論考、指定された文字数までもう少し膨らませる必要があります」
里緒は机の上に置かれた原稿用紙を指し示しながら、冷徹な女官としてのトーンを崩さずに告げた。
しかし、その隣に座る普仁は、ペンを握る代わりに頬杖をつき、じっと里緒の横顔を見つめている。
「……殿下、聞いていらっしゃいますか?」
「聞いてるよ。歴史の論考だろ? でも、里緒。さっきからずっと難しい顔をしてばかりじゃないか。少し休憩にしよう」
普仁はそう言うと、里緒が手にしていた資料をそっと取り上げ、自分の手元へと引き寄せた。
178センチの長身がわずかに傾くことで、彼の体温と微かな甘い香りが里緒のパーソナルスペースへとスッと入り込んでくる。
「っ……! 休憩などまだ早い時間でございます。それに、私的な雑談をしている暇があれば、一文字でも多く──」
「私的な雑談なんかじゃないよ」
普仁は遮るように低く、しかしどこまでも真摯な声で呟いた。
その瞳には、15歳という年齢に見合わない、底知れない熱と独占欲が静かに宿っている。
「僕がこうして君と過ごしている時間は、僕にとって唯一の息抜きなんだ。……学校では常に『皇族としての模範』を求められ、周囲は気を遣うばかり。でも、君だけは違う。僕をただの『一人の人間』として、こうして真っ直ぐに向き合ってくれる」
普仁がスッと立ち上がり、里緒の座る椅子の背もたれに手を添えて、逃げ場を塞ぐように身体をかがめた。
圧倒的な体格差と、至近距離から注がれる真剣な眼差しに、里緒は背筋が凍るような緊張と、胸の奥が締め付けられるような動揺を同時に覚える。
(ずるい……。こんな真っ直ぐな目で、そんな真面目なことを言われたら、女官として突っ放すに突っ放せないじゃない……っ!)
「……殿下は、ご自分がどのようなお立場か、分かっていらっしゃるのですか」
里緒は震える声を必死に抑え込み、努めて冷たく言い放った。
「監視カメラも置けないこの部屋で、私のような年上の女官にそんな至近距離で言い寄るのが、どれほど危険なことか……」
「危険?」
普仁はふっと柔らかく、しかしどこか含みのある笑みを浮かべた。
「危険なのは、君の方だとは思わないかい? ……あの水着写真の件以来、僕の頭の中から君の姿が一日たりとも消えたことはないんだからね」
「っ……!!」
図星を突かれた里緒の顔から一気に血の気が引く。
あの日、不手際で流出してしまった写真の一件。それをきっかけに、この一見おとなしく見えて中身は猛獣のような年下皇族に完全に目をつけられてしまったのだ。
「あの時は、本当に驚いたんだ。あんなにも凛としている君が、あんなにも愛らしい姿を……いや、これ以上言うのはやめておこうか。君がまた顔を真っ赤にして怒ってしまうからね」
普仁は悪戯っぽく微笑みながら、さらにほんの数ミリ、顔を近づけた。
吐息がかかるほどの距離。彼の整った端正な顔立ちが目の前に迫り、里緒は思わず目を伏せそうになる。しかし、女官としての意地がそれを許さない。
「……これ以上無駄な口を利かれるのであれば、明日の課題を倍に増量いたします、殿下」
「はは、それは手厳しい。じゃあ、これ以上困らせない代わりに、一つだけ約束してほしい」
「……何でございますか」
「これからもずっと、僕の隣にいて、僕を導いてくれること。……たとえどんなに僕が大人になって、君の背を追い抜いたとしても、僕の専属女官は君だけが良い」
それは、ただの主従の誓いではない。
少年から青年へと移り変わる途上の、確かな独占欲と純粋な求愛の言葉だった。
里緒は胸を突かれ、言葉を失う。
逃げ場のない密室の書斎。夜の闇が深まる中、二人の間に流れる空気は、もはや単なる「家庭教師と生徒」のそれではなく、お互いの距離を測りかねる甘やかな熱に支配されていた。
「……っ、それは、私個人の意志ではなく、皇室に対する忠義の範疇でございましたら、喜んでお支えいたします……!」
やっとの思いで捻り出した里緒の強がりな返答に、普仁は満足げに目を細め、優しく微笑んだ。
「うん、それでいいよ。……少しずつ、君のその硬い殻を剥がしていくのを楽しみにしているからね、里緒」
そう囁く普仁の声は、夜の静寂の中に溶けていき、二人の特別な夜の時間は、さらに深く、甘美な密度を増していくのだった。
それから月日が流れ、春の足音が聞こえ始めた三月。
義務教育最後の年である「中6」の課程修了を目前に控えた普仁(16歳)の書斎は、どこかピンと張り詰めた、しかし甘やかな緊張感に包まれていた。
大理石の床に落ちる夕陽の影が長くなる。
黒檀の執務机の向こう側で、普仁は最後の中等教育修了論文を書き上げて万年筆を置いた。
16歳を迎えた彼は、身長もさらに伸び、肩幅も男らしくがっしりとしていた。その佇まいはすでに一人の若き皇族として申し分のない風格と、思わず息を呑むような洗練された色気を漂わせている。
「……終わったよ、里緒。これで僕の義務教育課程はすべて修了だ」
普仁はそう言うと、椅子から立ち上がった。
その視線には、かつて15歳の頃に見せていた「背伸び」の面影はない。義務教育を終え、数ヶ月後には17歳の社交界デビュー、そして独立した一人の「男」として認められるという確信に満ちた、力強い光が宿っていた。
「お見事でございます、普仁殿下。素晴らしい出来栄えでございますわ」
机の脇で控えていた里緒(23歳)は、優美にお辞儀をした。
相変わらず隙のない完璧な専属女官の佇まいだが、その内心では(いよいよ、この時が来てしまったわね……)と、静かに胸の高鳴りを覚えている。
卒業を間近に控えたこのタイミングで、宮廷の裏方から里緒へ極秘の命令が下っていた。
『17歳での社交界デビューを控え、貴婦人や令嬢による色仕掛け・籠絡から殿下をお守りするため、秘密裏に男女の秘め事に関する「耐性指導」を行え』──という、建前と大義名分に満ちた命令である。
歩み寄ってくる普仁の足取りには、迷いがない。
彼はそのまま里緒の目前で立ち止まると、逃げ場を塞ぐように彼女の腰の後ろの机に両手をついた。
「もう、僕は子供じゃない。……明日で中等教育を完全に終えれば、僕と君を隔てる制度上の壁はなくなる」
低く、耳朶を震わせるような男らしい声。
普仁は里緒の頬にそっと手を添え、至近距離から熱を帯びた瞳で見つめ返した。
「宮廷の者たちから『社交界へ向けての耐性指導』について、君に指示がいっていることは知っている。だが……僕にとってそれは義務や訓練なんかじゃない。僕がずっと、この手で君を抱きたかったからだ」
普仁の表情には、完全な自信と勝利の確信が満ちていた。
(今日までずっと待った。……僕が主導権を握り、この凛とした年上の女官を大人の男として色で染め上げてみせる)
彼は自分が優位に立ち、里緒を完全に翻弄していると信じて疑っていなかった。
──しかし。
頬に触れられる温もりに微かに瞳を揺らし、健気に唇を噛み締める「可憐な女官」の演技をしながら、里緒の脳内では真逆の全能感が湧き上がっていた。
(ふふっ……本当に、表情に出やすくてお可愛らしいこと。自分が主導権を握って、私をメロメロにする気満々じゃない……)
別の世界で、冷徹非情な照仁によって徹底的に開発され、男を骨抜きにするあらゆる手練手管を肉体に刻み込まれた里緒。
5年の歳月を経て過剰な過敏さは落ち着き、今の彼女は「知識と経験の密度」において完璧な冷徹さを保てる領域に達していた。
(『耐性をつけるための指導』……ねぇ? 普仁殿下。貴方が意気揚々と私を押し倒そうとしたその瞬間、あっちの世界で叩き込まれた本物の『実地教育』がどんなものか、思い知ることになりますわ)
男の力を一瞬で抜く指使い。思考を奪う吐息の吹きかけ方。自分以外の女性など二度と目に入らなくなるほどの、甘美な快楽の檻──。
(社交界の女狐たちに騙されない耐性をつけるどころか……私なしではいられない身体にして差し上げますから、覚悟なさってくださいね)
里緒は伏せられていた睫毛をそっと上げると、伏線を含んだ妖艶な笑みを一瞬だけその瞳に宿し、すぐに楚々とした女官の顔に戻して見つめ返した。
「……殿下。そのようなお言葉は、明日の卒業の儀を無事に終えられてからにしてくださいませ」
「フッ、つれないな。……まあいい、あと一日の辛慢だ。楽しみにしているよ、僕の専属女官さん」
普仁は満足げに微笑むと、完全に「勝者の余裕」を浮かべて彼女の頬から手を離した。自分の背後に迫る、巨大な逆転劇の存在にすら気づかずに。
暮れゆく春の夕闇の中、明日に迫る「解禁」の瞬間を前に、二人の特別な密室は、嵐の前の静けさと密やかな熱を孕んで静かに深まっていった。
翌日の夜。
重い遮光カーテンに閉ざされたその仮眠室で、その儀式は執り行われた。
部屋の灯りは極限まで落とされ、枕元のスタンドが、琥珀色の柔らかな光で寝台の周囲だけを仄かに照らしている。
普仁は、寝衣のまま寝台の端に腰掛け、緊張に肩を強張らせていた。普仁は、これから自らに課される「教育」の意味を頭では理解しつつも、高鳴る鼓動を抑えきれず、視線をどこへ向けるべきか分からず静かに俯いていた。
やがて、静かに扉が開閉する音と、わずかな衣擦れの音がして、俯いたままの彼の視線の先に上品な人影が映った。
「里緒」
「はい。今夜から一月の間、平日の夜はこの里緒が褥を共にし、性の手ほどきを致します」
「そうか。ではよろしく頼むよ、僕の専属女官さん」
年上の女官を前にしての動揺を隠す様に、普仁はいつもの、どこか大人びた声を装って見せた。
「若宮様、確とご覧くださいませ」
里緒は慈愛に満ちた、しかし大人の女としての厳かな微笑みを浮かべ、その指先で上衣のボタンを一つ一つ躊躇なく外し、そのまま脱ぎ去った。露わになっていく胸元から視線を逃がす様に普仁が慌てて顔を伏せても、衣擦れの音はその耳に届き続けた。
「若宮様。顔をお上げください」
その声に促されるまま普仁が顔を上げると、薄暗がりのなかに、細やかに手入れされた彼女の肉体が露わになっていた。
あっちの世界で数々の修羅場をくぐり抜け、男を骨抜きにする術を叩き込まれてきた彼女の身体は、どこまでも艶やかで、少年である普仁を圧倒するには十分すぎる成熟した色気を放っている。
「存分にご覧下さい」
(……あらあら、さっきまでの威勢はどこへ行かれたのかしら? 手が震えていらっしゃいますよ、普仁殿下……)
表面上の涼しげな微笑みとは裏腹に、内心でくすくす笑う里緒。その余裕が、皮肉にも普仁の焦燥をさらに煽り立てる。
「それでは若宮様も衣服をお脱ぎくださいませ」
「殿下……どうなさいましたか? 私がお手伝いいたしましょうか?」
「普仁様。何も怖れることはございません。里緒にすべてをお委ねください」
里緒は静かに寝台へと膝をつき、強張る普仁の震える手を優しく取って、自らの豊かな胸へと導いた。
掌に伝わる、吸い付くような柔肌の弾力と、ドクドクと脈打つ大人の女の心音。
普仁が抱いていた葛藤や見栄は、その掌から伝わる圧倒的な肉の熱によって、一瞬にして濃厚な悦楽へと反転した。
「……里緒」
掠れた声でその名を呼んだ瞬間、普仁のなかで何かが完全に弾けた。
普仁の差し出した手が、里緒の豊かな胸に触れた瞬間、彼の指先は弾かれたように強張った。罪悪感と猛烈な独占欲、そして初めて触れる本物の女体に気圧された焦りが入り混じり、彼は荒い呼吸を繰り返す。
性に未熟な若者を、里緒は24歳の完成された大人の包容力で静かに見つめ返した。
「普仁様、力を抜きなさいませ」
「……こう、か?」
「……左様でございます」
里緒は普仁の強張った手首を自らの柔らかな掌で包み込むと、戸惑うその指を自らの胸の起伏へと滑らせるようにして導いた。
指先が吸い付くような柔肌を沈ませ、その奥にある確かな熱と、ドクドクと刻まれる一定の心音を捉える。普仁がそのあまりの心地よさに息を呑むと、里緒は彼の耳元へ唇を寄せ、囁くような、しかし極めて明瞭な声で最初の教えを授けようとした。
だが、掌に伝わる未体験の弾力と、耳元に吹きかけられる吐息の甘さに、普仁の理性の箍は完全に外れ去った。
「里緒……!」
抑えきれない感情と荒々しい性衝動が混ざり合い、彼は力任せに里緒の白い肩を寝台へ押し倒した。
里緒の小柄な身体が、寝具の海に深く沈み込む。普仁は己を誘う豊かな胸を両手で手荒に鷲掴みにし、強引にその指を彼女の引き締まった腰、さらにその奥へと這わせようとした。焦りと昂りから、その指先は鋭く、容赦なく里緒の柔肌に突き立てられる。
「痛っ……」
里緒の薄い唇から、短く、しかし明らかな苦痛の呻きが漏れた。
その細い肩が僅かに逃げるように強張る。その拒絶の反応に、普仁は冷水を浴びせられたようにハッと我に返った。
「す、すまないっ、私は、そのっ……」
一転して、子供のように慌てふためき、顔を真っ赤にして手を引っ込めようとする普仁。大人の体格を持ちながら、その中身はまだ女性の身体の繊細さを何一つ知らない「未熟な若者」でしかない彼は、里緒を傷つけてしまったという計り知れない罪悪感でその手を細かく震わせていた。
しかし、里緒は寝台の上で小さくなっている普仁を、どこまでも慈愛に満ちた、静かな眼差しで見つめ返した。
彼女は痛むはずの胸元を気にする素振りすら見せず、そっと手を伸ばして、普仁の震える指先を自身の掌で包み込む。
「普仁様。宜しいですか。女性の身体を扱うときは、決して焦ってはなりませぬ。絹織物を指先で確かめるように、どこまでも優しく、しかし確信を持って触れるのです」
荒い息を吐きながら硬直する普仁の耳に、里緒の落ち着いた声が届く。痛みの中であっても、彼女の瞳には微塵の動揺もなく、ただ未熟な若者を導く「教師」としての光が宿っていた。
その声は、かつて宮邸の広間で、彼に宮廷の礼儀作法を叩き込んだ時の女官として、家庭教師としての、凛とした調子のままだった。その「教育者」としての理知的な態度が、普仁に冷静さを取り戻させ、その心に住まう焦燥の獣を鎮めていく。
「普仁様。男性が最初に焦るのは仕方のないことでございます。ですが、力任せに奪うだけでは、お互いの本当の悦楽には届きませぬ」」
里緒は自ら寝台に横たわると、その小柄な身体に寄り添うように普仁の身体を横からそっと抱き寄せた。
「さあ。若宮様」
普仁が促されるままに彼女の身体を覆うと、引き締まりつつも肉感的な重みが寝台に沈む。
里緒は普仁の未だ細い、だが将来の逞しさを予感させる腰に、自らのしなやかな脚を自然に絡めた。細い腰が弓なりに煽られ、端正な臀部が普仁の未熟な熱を迎え入れるようにして滑らかに位置を整える。
「っ、里緒、私は……」
「お声を堪えてはなりませぬ。ですが、お相手の耳元では、今よりもずっと甘く囁くのです」
里緒は普仁の戸惑いをすべて見透かしたように微笑み、彼の首筋に手を回して自らの胸の谷間へとその顔を深く埋め込ませた。
里緒は、普仁の拙くも烈しい衝動が自らの身体を割り進む痛みを、微かな吐息だけで受け止め、逆に彼の腰の動きを自らの太腿の進退で巧みに、そして優しく導いていった。
どこを愛撫すれば女が震えるのか。どのように腰を動かせば、互いの熱が最も深く交わるのか。
里緒の粘りつくような肉体の機微は、普仁の荒々しい本能を受け流しながら、それを男としての「洗練された技術」へと、その肌と肉の記憶を通じて、一寸の妥協もなく叩き込んでいく。
「──んっ、若宮様。そのように手荒く扱ってはなりませぬ。もっと力を抜いて……。そう、そこはもっと深く……」
普仁が歓喜の絶頂のなかで彼女の身体に果てるその瞬間まで、里緒は「完璧な指導者」であり、同時に「極上の雌」であり続けた。
それから数カ月の時が過ぎた。
これまでの夜は常に里緒が主導権を握り、普仁の拙い動きを時に優しく、時に厳しく導いてきた。
だが、この夜の佳境──深く重なり合った瞬間に、里緒はかつて経験したことのない衝撃に襲われた。芯が痺れ、理性の輪郭が溶けていくような過剰な快楽に、一瞬意識を暗転させた。
里緒の肉体の奥底に眠るあの世界で照仁により身体に刻み込まれた狂おしい程に男を求める身体と、この一ヶ月で覚醒した普仁の容赦ない躍動は、指導者としての里緒の仮面を完全に叩き割っていた。
乱れた呼吸とともに意識を戻すと、自分を見下ろす普仁の顔があった。そこには、かつての「素直な生徒」の面影はない。幾度も里緒を組み敷いて得た経験が、普仁を「精力漲る若い雄」へと変貌させていた。
「里緒。気を遣(や)ってしまったようだけど……大丈夫かい?」
あまりにも率直に、そして残酷に突きつけられた言葉。 指導者であったはずの自分が、普仁の猛りの前に理性を吹き飛ばされ、完全に「果てさせられた」という事実。
里緒は内面に走った激しい動揺を、年長者としての意地と微笑みで必死に覆い隠した。
「……お見事でございました、普仁様。これで、ご卒業にございます」
里緒の確信に満ちた言葉に、普仁の唇に小さく笑みが浮かぶ。
それは、教え子としての顔を完全に脱ぎ捨てた、一人の「男」としての冷ややかで甘美な笑みであった。
「……卒業、か」
普仁は低く呟くと、未だに荒い吐息を繰り返し、ベッドの上で崩れ落ちている里緒の手首をそっと掴んだ。そのまま、彼女の指先を一つ一つ愛おしむように滑らせ、己の胸元──ドクドクと力強く打つ心臓の上へと導く。
「君はそう言って僕を終わらせようとするけれど……僕をここまで『覚醒』させたのは、他でもない君だろう、里緒?」
その声には、里緒が守り続けてきた「指導者としてのプライド」を跡形もなく打ち砕く、圧倒的な熱量と征服欲が宿っていた。
里緒は必死に息を整え、冷徹な女官の表情を取り戻そうとする。だが、芯から痺れきった肉体と、全身を駆け巡る甘い余韻のせいで、指先一つまともに動かすことができない。あっちの世界で照仁に叩き込まれた手練手管も、その経験値ゆえの余裕も、若さという圧倒的な生の躍動と学習能力の前に、完全に呑み込まれてしまったのだ。
「……殿下、これ以上は……私の任務の範疇を、超えております……っ」
「任務?」
普仁はくすりと可笑しそうに笑うと、里緒の耳元に唇を寄せ、かつて彼女が自分に授けた「完璧な睦言」の通りに甘く、低く囁いた。
「『女性の身体を扱うときは、絹織物を指先で確かめるように、どこまでも優しく』──だろ? 君の教え通りに愛しただけだよ。それとも……僕の『技術』は、まだ君を満足させられないのかな?」
「っ……!!」
自分が教え込んだ言葉をそのまま返され、里緒の顔が一気に朱に染まる。
かつては余裕たっぷりに「あら、お可愛らしいこと」と脳内で見下ろしていた15歳の少年が、今や自分を簡単に啼かせ、翻弄し、完全に支配している。主導権は、もう二度と彼女の手には戻らない。
「社交界の女たちに騙されないための耐性なんて、もう要らない。……僕をこんな身体にした責任は、最後まで取ってもらうよ。僕の、唯一の先生」
そう言って満足げに目を細めた普仁の瞳には、これから始まる社交界デビューへの自信と、それ以上に一人の女を完全に屈服させた「若い雄」の狂おしいまでの独占欲が、深く静かに佇んでいた。
それから数カ月。里緒と普仁の関係は完全に逆転していた。
うつ伏せに倒れ込む里緒の背中に、普仁は容赦なく自らの胸を押し当て、再びその肢体を割り開いた。
かすれた声で懇願する里緒の髪を、普仁は愛おしそうに撫でた。
「普仁様、もう、本当にお許しを……後生です。このままでは、私、壊れてしまいます……」
「壊れたりはしませんよ。安心して私のすべてを受け止めなさい」
「い、嫌……」
普仁は獣のような執拗さで里緒を蹂躙し続けた。
いつしか里緒は、普仁がそのすべてを「自分を愛欲で満たすこと」に向けてきている事実に、深い絶望と同時に、抗えない悦びを感じていた。
「だめ……こんな……私は、若宮様の……ああっ! 私が、若宮様を導かなくてはっ!」
里緒の拒絶の言葉が艶っぽい悲鳴へと姿を変えた。
「ええ、里緒はしっかりと私を導いてくれていますよ。これは里緒が私に教えてくださった通りの愛撫の仕方です」
耳元で囁く普仁の掠れた声には、かつての素直さは微塵もなく、獲物を完膚なきまでに追い詰めた狩人の歓喜が満ちていた。
内壁を削り取るような挿入が繰り返されるたび、里緒の脳髄は甘い恐怖で白く染まっていった。
だ、だめ。こんなことは許されない、私はまだ普仁様より年長の、経験豊かな女官なのだから──そう言い聞かせる理性の声は、奥底を貫かれるたびに響く水音にかき消されていく。
そして、普仁の腰が深く沈み込んだ瞬間、里緒の腰が勝手に跳ね上がった。あろうことか、己の肉体がさらなる深みを求め、男の剛直を最奥まで飲み込もうと貪欲に蠢いたのだ。深く己の深部を満たしてもらうために、無意識のうちに爪先を立て、自ら太腿を開いて彼の突き上げを迎え入れている──その恐ろしい事実に思い至った瞬間、里緒の脳内で理性を繋ぎ止めていた最後の糸がぶつりと途切れた。
涙で濡れた瞳で普仁を見上げ、家庭教師として、年長者として、女官として必死に保ってきた最後の『理性の防波堤』を思考の彼方へと投げ捨てていく。自ら普仁の首に細い腕を巻き付け、腰を突き上げてその激しい侵入を貪欲に迎え入れ始めたのは、もはや彼女自身の意思を超えた肉体の本能であった。
「あ、ぁ……っ! 若宮様……っ、もっと……もっと私を壊してくださいませ……っ!」
女官としての規範も、家庭教師としての矜持も完全に崩れ去り、里緒はただの貪欲な一匹の牝として、普仁の与える激しい快楽の渦へと身を投げ出し恍惚の狭間へ沈んでいった。
さらに月日は流れ里緒は27歳になっていた。
既に他の宮家に嫁いでいた普仁の姉である26歳の恵梨子が里緒に苦情を述べていた。
「子供は普仁の成年式が終わるまでダメだってあれほど言ったじゃない。今4ヶ月じゃ普仁の成年式をした後で納采の儀を、それから結婚の儀なんてのんびりしていたらドレスでごまかせなくなっちゃうわ。成年式と同時に結婚の儀を行う手続きするわよ」
里緒VS.普仁の記録
普仁15歳(里緒22歳):里緒の完全勝利
普仁16~17歳(筆おろし時):里緒の圧勝
普仁17歳(社交界デビュー):里緒辛勝
普仁18歳(デビューから数か月後):里緒完敗
普仁19歳11か月(前よりさらに数か月後):里緒は妊娠4カ月目
香織
「ちょっとみんな……! 恵梨子ちゃんから届いた『外伝 恵梨子のとある世界の観察日記⑨ 暴走エンド』、読み終わったかしら!? 私、今回はもう読み進めるたびに悲鳴とツッコミが止まらなくて、サロンの床に崩れ落ちそうになったわよ……っ!」
歌乃
「あはははは! ほんとそれ! ちょっと、作中の年月の経過速度と理緒ちゃんの立場の転落ぶりが壮絶すぎるでしょ! 作中の最終年齢が27歳って、時間を怒涛の勢いで駆け抜けてるんだもん!」
里緒
「笑い事じゃないわよ歌乃ちゃん……っ! 私、私ね、最初は『15歳の普仁殿下に凛とした冷徹な女官としてお勉強を教えてあげる余裕なお姉様』だったのよ!? 監視カメラが置けない密室で距離を詰められても、『殿下、距離が近すぎます』って冷たく突っぱねていたはずなのよ!?」
貴美
「ええ……15歳で178センチの長身になった普仁殿下のプレッシャーに必死で耐える作中の22歳の里緒ちゃん、最初はまだ女官としてのプライドが勝っていたわね。16歳で中等教育を終える直前なんて、あっちの世界で叩き込まれた手練手管で『私なしではいられない身体にして差し上げますわ』なんて脳内で全能感に浸っていたのに……」
霧葉
「論理的に分析すると、そこからの『対戦記録』の推移が実に興味深く、かつ悲惨ね。
普仁15歳(里緒22歳):里緒の完全勝利
普仁16~17歳(筆おろし時):里緒の圧勝
普仁17歳(社交界デビュー):里緒辛勝
普仁18歳(デビューから数ヶ月後):里緒完敗
普仁19歳11ヶ月:理緒は妊娠4ヶ月目
……という、見事なまでの逆転右肩下がりロードだわ」
香織
「ちょっと霧葉ちゃん、淡々とグラフみたいに分析しないでちょうだい! 18歳になった普仁殿下の覚醒ぶりが怖すぎるのよ! 『僕をここまで覚醒させたのは、他でもない君だろう?』『君の教え通りに愛しただけだよ』って、自分が叩き込んだ睦言をそのまま倍返しで返されて顔を真っ赤にする作中の里緒ちゃん……もう完全に主導権を握られちゃってるじゃない!」
歌乃
「ほんとそれ! 『社交界の女たちに騙されない耐性なんて要らない。僕をこんな身体にした責任は最後まで取ってもらうよ、僕の唯一の先生』って甘く囁かれて、あっちの世界の経験値も余裕も完全に吹き飛ばされてるんだもん! 15歳の頃は『あらお可愛らしいこと』なんて見下ろしていたのに、完全に立場が逆転して『狩人と獲物』になっちゃってるのが最高に可笑しいわ!」
里緒
「可笑しくないわよぉぉぉ! 終盤の描写なんて『だめ……こんな……私は、若宮様を導かなくてはっ!』って必死に抗おうとしているのに、身体が勝手に深みを求めて、最終的には『もっと私を壊してくださいませ』なんて言わされてるのよ!? どこが指導者よ! どこが専属女官よ! ただのメロメロな牝に落とされてるじゃないのよ〜っ!」
貴美
「でも里緒ちゃん、一番のオチは最後に出てきた恵梨子様からの苦情よね。『子供は普仁の成年式が終わるまでダメだって言ったじゃない。今4ヶ月じゃ普仁の成年式をした後で納采の儀を、それから結婚の儀なんてのんびりしていたらドレスでごまかせなくなっちゃうわ。成年式と同時に結婚の儀を行う手続きするわよ』って呆れられているシーン……」
香織
「それよ!! 結局、普仁殿下のあまりの猛進と情熱を抑えきれなくて、普仁殿下の成人前の19歳11ヶ月でしっかりお腹に命を授かっちゃってるんだもの! しかも4カ月! 27歳になった作中の里緒ちゃん、あれほど『体面があるから成年まで待って』と言われていた約束を破っちゃって、式と同時にドタバタで結婚確定なんて、もう抱腹絶倒よ!」
霧葉
「ふふ、恵梨子ちゃんの描くすれ違いと愛憎のドラマは、毎回本当に情熱的ね。あっちの世界で過酷な調教を受けたはずの作中の里緒が、現実の年齢を重ねていく中で、若い普仁殿下の生の躍動と愛執に完全に屈服させられていく構造……物語の起承転結としても実に美しく(?)完成されているわ」
歌乃
「ねえねえ里緒ちゃん、現実の17歳の里緒ちゃんは、15歳で178センチある男の子に壁ドンされたらどうするの? やっぱり作中みたいに『距離が近すぎます』って言いつつドキドキしちゃうの?」
里緒
「するわけないでしょ!! 私は現実世界の、心身ともに至って健常で純粋な17歳なんだからねっ! 2歳下でも178センチもある男の子にそんな至近距離で迫られたら、即座に防犯ブザーを鳴らしてしかるべき機関に通報するわよ!」
香織
「あはは! 防犯ブザーは生々しすぎるわ! でも本当に、作中の私たちがどれだけ怒涛の運命に巻き込まれて、最終的に皇族の情熱に屈服させられていようと、現実の私たちが平和なお茶会を楽しめて心底良かったわね」
貴美
「ええ。作中の貴美や歌乃、霧葉の最終年齢も27歳になっていて、みんなそれぞれの嫁ぎ先でどんな激動の日々を送っているのか想像すると少し恐ろしいけれど……、今日のところはこの美味しいスコーンを食べて、平穏な17〜18歳の日常を満喫しましょう」
里緒
「そうよ! 私は絶対に15歳の男の子の家庭教師なんてやらないし、筆おろしの指導なんてしないんだからね!……もう、恵梨子ちゃんの次回作で私がこれ以上イジられないことを切に祈るわ……っ!」
霧葉
「ふふ、どうでしょうね? 次は他のメンバーの27歳時点での『完全降伏劇』が描かれるかもしれないわよ? 楽しみに待つことにいたしましょう」
(楽しそうに顔を見合わせ、温かい紅茶で優雅に乾杯する)