しんしんと降り積もる雪が、静寂に包まれた山間の別邸を白く染め上げていた。
あのお茶会から二ヶ月が経過していた。
恵梨子から「十八歳までのタイムリミット」を告げられた五人は、それぞれ自家の父母や長老たちに将来の縁談について打診を試みたものの、返ってきたのは華族としての冷徹な現実であった。
「自由恋愛など認めるわけがなかろう、我が家の格に見合う相手はいるのか? いない? なら京極宮家との繋がりがあるのだから、迷わずその縁を頼りなさい」
──そうして実家からも背中を押される形となった彼女たちに届いたのが、京極宮家が所有する山荘の露天温泉への招待状であった。
湯気に煙る岩風呂からは、雪化粧を施した松の枝振りと静謐な雪景色が一望できる。湯船に浸かった五人は、身体を芯から温めながら、言葉少なに白い吐息をこぼしていた。
湯船の左端、岩肌に顎を乗せて頬を真っ赤に染めているのは香織であった。公爵家の五女という高い家格ゆえに、京極宮家からの囲い込みの最筆頭として名が挙がっている彼女は、湯の温もりに身を委ねながらも深い溜め息をついた。
「……はぁ。まさか実家から『京極宮家のお誘いなら喜んでお受けしなさい』って、二つ返事で送り出されるとは思わなかったわ……」
その隣で、岩の上に腰掛け、黒髪を流しながら冷ややかな眼差しで雪景色を眺めているのは霧葉であった。
「当然の帰結ね、香織。我が家の長兄が公安のエリートであるように、華族の婚姻は家同士の繋がりそのもの。実家にしてみれば、京極宮家からの打診を断る理由などどこにもないわ」
湯船の中央で髪を優しくかき上げながら、豊かな胸元を湯に浮かべている貴美が苦笑いを浮かべた。
「でも、こうして宮家の露天温泉に招待していただくなんて、半分は『下見』のようなものかしらね。恵梨子ちゃんや照仁様のお考え通りに、事態が着々と進んでいるのを感じるわ」
「ちょっと貴美ちゃん、優雅に温泉を満喫している場合じゃないわよ〜っ!」
湯をパシャパシャと手で弾かせるようにして叫んだのは歌乃であった。侯爵家の四女である歌乃もまた、香織と共に法仁の妃候補、あるいは他の宮家や公・侯爵家への推薦枠として囲い込みの渦中にいる。
「私なんて、母様から『法仁様がお育ちになるまでのお行儀をしっかり磨きなさい』なんて言われちゃったのよ!? まだ十三歳の法仁様を相手に、あと三年でお嫁入りの準備なんて、早すぎるにも程があるわーっ!」
湯船の右端で、頭にたたんだ手ぬぐいを乗せ、静かに目を閉じているのは理緒であった。
「……歌乃ちゃん、大きな声を出したら湯あたりしますわよ……」
「理緒ちゃんはなんでそんなに落ち着いていられるのよっ!?」
「落ち着いているわけではありませんわ……。私だって、実家から『六条雅彰様か、あるいは宮家からのご推薦の方との縁談を進める』と言われて、覚悟を決めつつあるだけですもの。あの恵梨子様のお書きになった異世界の観察日記のように、十五歳の若宮様の専属女官になって過酷な密室で主導権を奪い合うようなことにはならない……それだけでも感謝しなければ……」
理緒の言葉に、四人は一瞬だけ遠い目になった。あっちの世界の妄想日記で描かれた、年下の普仁との濃厚すぎる主従逆転の記憶が頭をよぎったからである。
「……そうね。現実の私たちは、まだ十七歳。変なトラウマも変な経験もない、至って健常で清らかな令嬢なのだものね……」
香織が自分に言い聞かせるように呟くと、霧葉が静かに頷いた。
「ええ。十八歳になる来年には、照仁様の手によって厳選された身上書が並ぶか、あるいは法仁様との相性見極めが始まる。私たちはもう、京極宮家という巨大で温かい檻の中に足を踏み入れているのよ」
「檻って言い方はアレだけど……でも、寛奈ちゃんも照仁様との婚約が決まって幸せそうだし、私たちにとっても一番安全で確実な道なのかもしれないわね」
貴美が穏やかに微笑むと、歌乃も力を抜いて湯船に沈み込んだ。
「うう……確かに、変な野心家に捕まるよりは、照仁様や恵梨子ちゃんが守ってくれる京極宮家の庇護下に入ったほうが何倍もマシなのかも……」
「そういうことですわ。だからこそ今は……この温かい湯に浸かって、嵐の前の静けさを堪能しておきましょう」
理緒が静かに目を閉じ、湯の熱を肌で感じ取る。
降りしきる雪の中、ゆったりと立ち上る湯煙。
十七歳の冬、露天温泉の温もりに包まれながら、五人の少女たちは自らの逃れられぬ運命と、その先にある確かな未来の予感に、静かに思いを馳せるのだった。
香織
「はぁ……! 宮家の山荘の露天温泉、お湯は最高だったけれど、状況を改めて噛み締めると『いよいよ退路が断たれた』って実感が湧いて溜め息が出ちゃうわよ……っ!」
歌乃
「あはは! ほんとそれ! 香織ちゃんたら湯船の左端で岩に顎乗せて頬を真っ赤にしながら『実家から二つ返事で送り出されるとは思わなかった』って項垂れてたもんね! でも侯爵家の私だって、母様から『法仁様がお育ちになるまでのお行儀を磨きなさい』なんて満面のみの笑みで言われちゃったんだから笑うに笑えないわよ〜!」
霧葉
「ふふ、実に整然とした運命の帰結ね。我が家の長兄が公安のエリートであるように、華族の婚姻は個人ではなく家同士の繋がりそのもの。実家にしてみれば、京極宮家からの打診を断る理由などどこにも存在しないわ。18歳になる来年には、照仁様の手によって厳選された身上書が整然と並ぶか、あるいは法仁様との相性見極めが始まる……。私たちはもう、京極宮家という巨大で温かい檻の中に足を踏み入れているのよ」
貴美
「霧葉ちゃん、『檻』なんて言い方は少し物騒ですわ。でも確かに、こうして宮家の露天温泉に招待していただいたのも半分は『下見』のようなものだったのでしょうね。恵梨子ちゃんや照仁様のお考え通りに、事態が着々と進んでいるのを感じるわ。寛奈ちゃんも照仁様との婚約が決まって幸せそうだし、変な野心家に捕まるよりは、京極宮家の庇護下に入るほうがずっと安全で確実な道なのかもしれないわね」
里緒
「そうですわね……。私だって実家から『六条雅彰様か、宮家からのご推薦の方との縁談を進める』と言われて、ようやく腹をくくりつつありますもの。あの恵梨子様がお書きになった妄想の日記のように、15歳の若宮様の専属女官にされて密室で主導権を奪い合うような怒涛の展開にならない……それだけでも心から感謝しなければなりませんわ」
香織
「……本当よ。あっちの妄想日記のトラウマに比べたら、現実の私たちはまだ17歳。変なトラウマも変な経験もない、至って健常で清らかな令嬢なんだもの! 18歳までのタイムリミットを突きつけられて、実家からも背中を押されて『詰み』の状態ではあるけれど……」
歌乃
「あはは! でも温泉で雪景色を眺めながら『嵐の前の静けさを堪能しておきましょう』って腹をくくったんだから、もう腹を括ってこの豪華な運命を楽しんじゃいましょうよ! 京極宮家の推しで宮家や公爵家・侯爵家にお嫁入りできるなら、華族としてこれ以上の勝ち組ルートはないんだし!」
貴美
「ええ。宮家と実家の外堀埋め立てスピードには驚かされたけれど、照仁様や恵梨子ちゃんが親身に守ってくださる未来なら、何の心配もいらないわね」
霧葉
「ふふ、次に恵梨子ちゃんがどんな観察日記やメモを届けてくれるのか……今度は当事者としての心のゆとりを持って、楽しみに待つことにいたしましょう」
(温泉の余韻とこれからの未来に思いを馳せながら、穏やかに微笑み合う)