それは、ひどく甘く、熱い夢だった。
深い眠りの底で、私は何かに捕らわれていた。
けれどそれは恐ろしいものではなく、ただひたすらに心地よく、私の理性を微熱のように溶かしていく柔らかな檻だった。
(……あっ……ぁ……)
胸元を這う、信じられないほど滑らかで執拗な感触。
温かく湿ったそれは、まるで極上の果実の甘みを味わい尽くすかのように、私の柔らかなふくらみを丁寧に、そして熱を帯びた正確さで愛撫してくる。
チロリ、と芯を転がされるたびに、背筋を甘い痺れが駆け抜けた。抗うことなどできない。ただその優しくも強烈な快感の波に翻弄され、脳髄までもが蕩けていくのを感じていた。
「……んっ、あ……ぁっ……」
不意に、静寂の寝室に艶めかしい声が響いた。
他でもない、私自身の声だ。
その甘い喘ぎ声の余韻が鼓膜を打った瞬間、私は弾かれたように意識の深海から浮上した。
(……え?)
目を見開く。視界は暗く、見慣れた自室の天井がぼんやりと浮かんでいる。
夢、ではなかった。
意識が完全に覚醒したというのに、胸元を蹂躙する熱い感触は、いまだリアルな湿度を伴って私を攻め立てていた。
チュプ、という卑猥な水音が、すぐ耳元で生々しく響く。
(嘘、でしょ……?)
パジャマのボタンは外され、はだけた胸元には柔らかな頭が沈み込んでいた。
その頭は──隣で寝ていたはずの存在。
血の繋がった、まだあどけない弟。
「──っ!!?」
快感は一瞬にして凍りつき、凄まじい羞恥とパニックが全身の血の気を引かせた。
さくらんぼのヘタを器用に結んでのける、あの恐ろしく器用な舌先が、まさか私の身体を直接味わっている……?
「ひぁっ……!? な、舐めっ……あっ、あぁぁんっ……!」
自分が実の弟の舌遣いによって喘ぎ声を上げ、あまつさえその声で目を覚ましてしまったという事実。
「んむ……っ、ぁ……! や、待っ……ん……!」
倫理の崩壊。許されない状況。
弟の舌遣いに、湧き上がってくる熱い情熱。その恐怖に──
「ひっ! 嫌ぁっ! や、やめっ……法仁っ!!」
私は悲鳴にも似た声を上げ、無我夢中で目の前の小さな身体を力任せに突き飛ばした。
「わっ!?」
ドンッ、というくぐもった音と共に、布団ごと転がった法仁が目を覚ます。
暗闇の中、荒い息を吐きながら胸元をかき合わせ、私は真っ赤に染まった顔で弟を睨みつけた。
一体何を考えてこんな破廉恥な真似を……! どんな顔をして説教すればいいのか。心臓が早鐘のように打ち、頭の中がぐちゃぐちゃに沸騰している。
ところが。
叩き起こされ、ぼさぼさの髪を揺らして身を起こした弟は、私の怒りと羞恥など全く意に介さない様子で、きょとんとした顔で口元を拭った。
そして、不満げに首を傾げて、こう言い放ったのだ。
「……あれ? 姉様、僕のアイスは?」
「………………は?」
「すっごくおっきくて、甘いアイスキャンディー舐めてたのに……どこ行っちゃったの?」
ポカンと見つめてくる無邪気な瞳。
その声には一点の曇りも、悪びれた様子もなかった。
(アイス……キャンディー……?)
私は開いた口が塞がらなかった。
この子、寝ぼけて私の胸を特大のアイスキャンディーだと思い込んで、あんなに熱心にしゃぶりついていたというの!?
私が自分の喘ぎ声で飛び起きるほどの、あの絶妙で恐ろしい舌遣いで……ただ純粋に、夢の中でアイスを味わっていただけ!?
「────―っっ!! この、バカぁ!!」
安堵なのか、脱力なのか、それとも行き場のない怒りなのか。
私は真っ赤な顔で枕を掴むと、アイスを探してきょろきょろしている弟の頭に、渾身の力でそれを叩きつけた。
「……いてっ!」
枕がヒットした衝撃で、法仁は小さく頭を押さえてから、寝ぼけ眼をこすった。
「なにするの、姉様……。急に叩くなんてひどいよ」
不満そうにほっぺたを膨らませるその姿は、先ほどまでの「猛獣」の面影など微塵もない、ただの幼い弟そのものだった。しかし、当事者である私からすれば、未だに胸元に残る生々しい熱と湿り気が、現実の出来事であったことを容赦なく突きつけてくる。
(忘れてよ……今すぐ私の脳からあの記憶を消して……!)
バクバクと鳴り止まない心臓を押さえながら、私は震える声で言い放った。
「い、いいから寝るの! もうあなたの隣には絶対寝ないから、自分の布団に戻りなさい! 嵐も収まったでしょ!」
「えー? なんでさ、冷たいなぁ……」
文句を言いながらも、法仁はトボトボと自分の布団へと戻っていき、再びパタンと横になると、わずか数秒でスースーと寝息を立て始めた。あんな大騒ぎを繰り広げたというのに、まるで何事もなかったかのようなそのマイペースさに、私は床の上で頭を抱え込むしかなかった。
舐められただけで、齧られなくて本当に良かった。
けれど、あんな舌遣いを無意識にやってのけるこの弟が、将来どれほど恐ろしい「猛獣」に育つのか……。
燃えるような胸の熱と下半身の湿り気を無視しながら、私は二度とこの弟とは一緒に寝ないと、暗闇の中で固く誓った。
翌朝──。
朝日が差し込むリビングには、いつもと変わらない平和な朝の光景が広がっていた。
ダイニングテーブルにはトーストと目玉焼き、そして香ばしいコーヒーの匂い。
「……おはよう、姉様」
リビングに入ってきた法仁は、昨日の一件などすっかり忘れているのか、いつも通りのあどけない笑顔で席についた。ボサボサの髪も、すっきりと整えられている。
(昨日の夜のこと、もしかして本当に覚えてないの……?)
冷や汗を流しながら様子を窺う私に、法仁は首をかしげて尋ねてきた。
「ねえ、姉様。顔に何かついてる?」
「な、なんでもない! 何もついてない!」
慌てて視線を逸らし、トーストにかじりつく。
無自覚なあの舌遣いを思い出してしまい、パンの味など全くしなかった。
しかし、法仁はふと思い出したようにフォークを置いた。
「そういえばさ、姉様と寝ていた昨日の夜、変な夢を見たんだよね」
「っ……!」
その一言に、私の全身がピタリと硬直した。
心臓が再び早鐘のように鳴り響く。覚えているのか? やはり、あれは寝ぼけていただけではなく──。
「どんな夢?」
引きつった笑顔を貼り付けながら尋ねると、法仁は無邪気に笑った。
「なんかね、すっごく大きくて甘いアイスキャンディーにかぶりつく夢。でも、どれだけ舐めても全然なくならなくて、むしろどんどん美味しくなっていくの。夢の中ですごい大好物を食べられて、めちゃくちゃ幸せだったなー」
それだけ言うと、法仁はけろりとした顔でオレンジジュースを飲み干した。
(……本当の本当に、ただのアイスの夢だったんだ……)
安堵と脱力感で、私はテーブルに突っ伏しそうになった。
だが同時に、昨日私が味わったあの強烈な快感と羞恥は、すべて私一人が勝手に暴走して感じていただけなのだという冷徹な事実が、じわじわと胸の内に広がっていく。
「でもさ、あとちょっとだったのに姉様に起こされたんだよ? あのあともう一回同じ夢を見たのに、今度は僕のアイスキャンディーを勝手に奪った挙句、怒って大きくて硬い飴を投げてきて」
そんな無自覚な弟の頭を撫でてやりたいような、今すぐどこかに埋まりたいような複雑な心境を抱えながら、私は震える手でコーヒーカップを持ち上げた。このトラウマを忘れることなんてできそうにない。
──だが、本当の地獄はここからだった。
穏やかに光が差し込むダイニング。そこでくり広げられる何気ない日常の動作が、私の内面にさらなる精神的波乱を引き起こした。
法仁の手には銀のスプーン。その背を器用に使い、こんがりと焼き上げられたトーストの端から端まで、細かな凹凸を見逃さないように隙間なく、均一な厚みで濃密なイチゴジャムを押し広げていく。さらに、その鮮烈な赤いジャムの海の上に、白濁した練乳をゆっくりと螺旋状に垂らし、時間をかけて丹念に馴染ませていた。
その手元を見つめた瞬間、私の思考は完全に凍りついた。
無邪気な少年の表情とはあまりにも対照的な、「余すところなく舐め尽くすような」執拗で丁寧な手つき。そして、スプーンの背がジャムと練乳を捉えるたび、部屋の静寂の中に微かに響く「ペタペタ」という湿った塗布音。
その音と動作は、昨夜の暗闇の中で肌を這い回った生々しい感触と、耳元で響いた卑猥な水音を、あまりにも鮮烈に呼び覚ましてしまうのだった。
(──っ……!)
喉の奥から、か細い息が漏れそうになる。
法仁がトーストの表面を滑らかに整える仕草を目撃した刹那、昨夜の記憶の断片が逆流するように脳裏へ蘇った。胸元に残るリアルな湿度。そして、理性の防壁を内側から溶かしていくような、あの、『チロリと芯を転がされた』甘い痺れ。
深い眠りの底、意識の境界線上で、何かに捕らわれていたあの瞬間。恐怖どころか、ただひたすらに心地よく、自分の理性を微熱のようにトロトロと溶かしていく「柔らかな檻」の中に自ら囚われていた感覚が蘇ってくる。
抗うことなどできなかった。いや、抗う意思すらも奪われ、ただその優しくも強烈な快感の波に翻弄され、脳髄の奥深くが痺れるように蕩けていく。あのとき自らの口から漏れ出したのは、他でもない──あまりにも艶めかしい、自分自身の喘ぎ声だったのだ。
記憶が巡るにつれ、私の背筋を寒気と熱が同時に駆け抜ける。
目の前で、法仁は今、純粋に甘味を貪ろうとしている。朝食のトーストを美味しく食べるために、指先を器用に動かして最高の状態を作り上げている。その姿は、紛れもなくただの無邪気な少年だ。
しかし、その同じ「器用な指先」と「アイスを舐め取るための舌」が、昨夜は私の身体を直接味わい、実の姉の柔らかいふくらみを正確な熱を帯びて愛撫していたという事実。
純粋に甘味を愛する弟の姿と、その無自覚な舌によって肉体を暴かれ、快感を植え付けられたという消えない記憶。
二つの現実が頭の中で交錯するたび、私の中で底知れぬ倫理的恐怖が膨れ上がっていく。
(私は……何を考えているの……?)
血の繋がった弟だ。あどけない少年の顔をした、同じ屋根の下で暮らす家族。
それなのに、目の前でジャムと練乳を丁寧に馴染ませる彼の指の動きを見るたび、昨夜のあの背徳的な快感が呼び起こされ、拒絶すべきはずの身体の奥底が熱を帯びてしまう。倫理観が「異常だ」と警報を鳴らし続ける一方で、理性の溶かされた檻の中で味わった甘美な麻薬のような記憶が、静かにその警報をかき消そうとする。
その矛盾こそが、私にとって最大の恐怖だった。
この無自覚な「猛獣」が大人になり、本当の意味に気づいたとき──。
もしも、その恐ろしく器用な舌と手元が、夢ではなく明確な意志を持って自分に向けられたら、私は果たして「姉」としての威厳を保ち、拒絶することができるのだろうか。それとも、あの心地よい檻に再び自ら堕ちていってしまうのだろうか。
「……ねえ、姉様? このジャム、すごく綺麗に塗れたよ。食べる?」
ふと顔を上げた法仁が、あどけない笑顔で差し出してきたトースト。
均一に広げられた赤いジャムと、白濁した練乳が美しく絡み合い、その表面の艶めかしさが、昨夜の記憶と重なって生々しい熱を胸元に蘇らせる。
「っ……い、いらない! 私、もうお腹いっぱいだから……!」
慌てて席を立ち上がり、逃げるようにリビングから背を向けた。
私の心臓は恐怖と、決して認めたくない別の熱で、今もまだ激しく狂おしく鳴り響いていた。
歌乃
ちょっと……! 今回届いた『恵梨子の受難』、読んだ!? もう私、夜中にベッドの中で転がり回っちゃったわ! あの法仁様が……10歳の頃に、まさかそんな無自覚な『特大アイスキャンディー』事件を引き起こしていたなんて……!
香織
も、もう、歌乃ったら声が大きいわよ……! でも……本当によ、恵梨子様目線で読んでいると、もう冷や汗と赤面が交互に押し寄せてきて息が止まりそうだったわ。自分自身の艶めかしい声で目を覚ますだなんて……想像しただけで顔から火が出そうだわ。
霧葉
本当に……『柔らかな檻』や『理性を微熱のように溶かしていく』という描写てうっとりしてしまいましたわ。でも、夢から覚めた瞬間の倫理観の崩壊とパニック……あの恵梨子様が枕を投げつけて『この、バカぁ!!』とお叫びになるギャップがたまらなく愛らしかったですわね
貴美
ふふ、それにしても『アイスキャンディー』だと思い込んで夢中で……だなんて、幼い弟君の無邪気さは時にどんな計算された罠よりも恐ろしいわね。でも、この物語の本質的な凄みは、そこからの『翌朝のダイニング』の心理描写にあると思わない?
里緒
あ、貴美さんもそう思った? 私、あのトーストにジャムと練乳を塗るシーン……読んでいて思わず息を呑んでしまいました。スプーンの背でペタペタと均一に伸ばしていく音だけで、恵梨子様が昨夜の感触を思い出してしまうなんて……。
歌乃
そうなのよ! トーストにイチゴジャムと練乳を垂らすだけの何気ない朝食の風景なのに、恵梨子様にとっては恐怖のトラウマ再現なんですもの! 『余すところなく舐め尽くすような手つき』だなんて……描写が凄すぎて、私、しばらくイチゴジャムを普通に見られなくなりそうだわ!
香織
やだ、歌乃ったら……! でも、恵梨子様の内心の葛藤は本当に切実よね。血の繋がった弟への倫理観と、拒絶したいのに身体の奥底が熱を帯びてしまう矛盾……。『もしこの猛獣が大人になって、意志を持って私に向けられたら』という予感、今までの外伝の恐ろしい伏線になっていると思うと、ぞくぞくしちゃうわ
霧葉
ええ、まさに『予言された宿命』のような美しさと恐怖がありますわね。法仁様のあどけない『このジャム、すごく綺麗に塗れたよ。食べる?』という無自覚な笑顔と、逃げるように立ち去る恵梨子様の対比が……なんとも言えない余韻を残しますわ
貴美
ふふ、無自覚な弟君が、いずれ自分の仕掛けた『甘い記憶』に気づき、本物の捕食者へと成長していく……。恵梨子様という高嶺の花が、内側から少しずつ理性を切り崩されていく前奏曲として、完璧すぎる一編だったわね
里緒
恵梨子様、あんなに強がりで完璧なお姉様なのに、心の中では『忘れてよ……今すぐ私の脳からあの記憶を消して……!』なんて可憐に頭を抱えていらっしゃるのが、本当にお可愛らしいですわね
香織
本当ね……。でも、この過去があったからこそ、後のあの南園の茶室での出来事へと繋がっていくのよね……。そう思うと、法仁様という弟君の存在そのものが、恵梨子様にとっての一生の『甘い受難』なのかもしれないわね……ふふっ
歌乃
はぁ〜! 次のサロン集会までに、もう一回最初から読み返さなくっちゃ! 今度の専門学校のランチタイム、トーストが出たらみんなで真っ赤になっちゃいそうね!