※この作品はR-18です。

陸仁王物語―異伝―   作:fire-cat

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全てぶち壊しのあとがき① 鉄黒編 舞台裏

「ん? これは……? 寛代子殿下のバックではないか。なんだ、この本は? 製本されていないな。題名は……!?」

 

 雅忠が拾った一つのバッグとその傍らに落ちていた製本前の原稿。それがすべての始まりだった

 

「サスペンス、ものか……?」

 

 部屋に戻り読み進めていく雅忠。

 

「なんだ! これは! 殿下! 殿下はどこにおわす!」

 

 駆け出す雅忠。

 

「騒がしいぞ、雅忠。何だというのだ」

「若宮! ちょうどよいところに。これを! 寛代子殿下のバッグの傍に落ちておりました」

「……? 寛代子のものか?」

「判りませぬが、内容からすると違うと思われます、絶対に」

「何が書かれているのだ?」

「私の口からは申し上げられませぬ、絶対に」

「まあ良い。これは私が預かろう」

「そ。それは!」

「? 何かまずいのか?」

「お読みになりませぬよう、くれぐれも」

「わかった」

 

 足早に立ち去る雅忠を見送り不審げに呟く陸仁

 

「雅忠め、いったいなんだというのだ?」

 

 題名を見る陸仁

 

「……私の名ではないか」

 

 ページをめくってしまった陸仁。ページをめくるにつれ、顔に朱が差してくる

 

「第3話 深淵の檻だと……」

 

 読み終えた陸仁が顔を赤らめていた。

 

「なるほど……。雅忠、其方の言うことが正しかった」

 

 額に青筋を浮かべる陸仁。

 

「誰かある! 父上と家令はいずこに!」

 

 駆け出す陸仁。

 

「これは……」

「おのれ、なんという不敬!」

「直ちに犯人を」

「いや、よい。騒ぐな。心当たりがある故、私が対処する。雅武以外は皆下がれ」

 

 皆を下がらせた慶仁。

 

「雅武、鷹司夫人をお呼びしてくれ。丁重に、かつ内密にな」

「まさか……」

「どうやら我が娘たちも毒牙にかかったらしい」

「なんと!」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ないわね」

「ここにもありません。……どうしましょう」

 

「探し物はこれか?」

「あっ。お兄様……そ、その原稿は」

「……殿下。誓子、お前も関わっていたのか……」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「待って、待って。お兄様」

「うるさい! あのようなものを書きおって。許さん」

「誓子。お前にあんな願望があったとはな……」

「ち、違います。嘘です。私はあんなこと考えてません!」

「「……まあ良い。父上と母上がお待ちかねだ」」

「「嘘……。終わった……」」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「鷹司夫人。お呼びだてして申し訳ない

「何かございましたか? 殿下」

「……何も言わずにこれをご覧ください」

「? ……まぁ」

「お心当たりがありますな?」

「さて、何のことでしょう」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……」

 

 沈黙が部屋を覆いつくした。

 

「……寛代子、なぜこのようなものを書いた」

 

 父である慶仁が瞼を揉みつつ愛娘に問いかけた。

 周囲では自らの妃である澄子、家令の妻である聡子が顔を赤らめて「まぁ」「あらあら」などと声を漏らしつつ本を読み進めていた。

 

「……誓子、答えなさい」

 

 家令である父の雅武が娘を問い詰める。

 

「……巷で今流行していると聞いて」

 

 その言葉に陸仁と雅忠を見やる慶仁と雅武。

 

「そうなのか?」

 

 陸仁と雅忠は「聞いたことも読んだこともない」と激しく首を横に振った。

 

「それに……」

 

 控えていた一人の女性を見やる慶仁。

 

「……鷹司夫人。いや、この場ではあえて昔のように呼ばせていただく。真理子殿、なぜ我が娘たちがこのようなものを書く事に?」

 

 慶仁の低く厳かな声が響く中、部屋の視線が一斉に「黒幕」である鷹司真理子夫人へと集まった。

 だが、当の本人は、手にした扇で上品に口元を隠しながら、困ったように眉を下げるだけである。だがその瞳の奥には、かつて慶仁の婚約者候補として、また澄子への背を押した風として宮廷を感心させた当時とは異なる、どこかいたずらっぽい光が爛々と輝いていた。

 

「あら、殿下。私がお嬢様方に教えましたのは、あくまで『殿方という生き物の、表には出さない情熱の傾け方』の文学的表現に過ぎませんわ」

「文学的表現だと? 我が息子を『異性の衣服を剥ぎ、その身体を捩じ伏せる獣』のように書くことのどこが文学的表現か」

 

 慶仁が眉間を押さえるが、真理子夫人は悪びれる風もなく、むしろ楽しげに澄子妃と聡子へ視線を向けた。

 

「ですが殿下、澄子妃殿下も聡子夫人も、お顔を真っ赤になさいながらも……ページをめくる手が止まっておられませんでしょう? 宮中の退屈な日々に、これほどの極上のロマンス、しかも実録風の作品はございませんもの。私的に作られた物故、外に持ち出さなければ咎め立てなどされませんわ。それにしても寛代子様も誓子様も、実に瑞々しい感性で、若宮様達の本質を捉えていらっしゃいますわね」

「本質だと!?」

 

 陸仁と雅忠が同時に驚愕の声を裏返したが、真理子夫人は優雅に笑い飛ばし、

 

「男たるもの、一皮剥けば……。覚えがございましょう、殿下」

 

 慶仁と陸仁を見やる真理子。

 

「私にはない」

 

 慶仁が、憮然として否定するが真理子の言葉は完全にその場の空気を支配してしまった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ──その頃、主犯の一人である誓子は、あまりの恥ずかしさに、まるで全身を羞恥の業火で焼き尽くされるかのような錯覚に陥っていた。

 確かにあのピクニックの日の嵐の夜、孤立した巡視小屋の暗闇の中で、冷え切った己の身体を陸仁に一度だけ抱きしめられたのは事実である。

 だがあれは救援を求めに下山した家従たちが戻るまで待っていたのでは手遅れになると若宮が下した、極めて紳士的かつ冷徹な救護活動に過ぎなかった。そもそもあの場には寛代子も兄である雅忠も共にいたのである。

 あの清廉なる一夜をベースに、よもや寛代子が作中で自分(誓子)の3サイズを暴露し、ここまで破廉恥で、政治的な泥沼に満ちた暗黒のシンデレラストーリーを書き上げてしまうなど、誰が予想できただろうか。あまつさえ、それが兄の雅忠に最悪のタイミングで発見され、いまや両親たちの手で残酷なまでに回し読みされているのだ。

 

(消えたい……。いっそこのまま、あの巡視小屋の地下深くへ埋められてしまいたい……!)  

 

 真っ赤に染まった顔を伏せ、涙目で身を震わせる誓子は、完全にその尊厳を奪われたかのように小さく身を縮めていた。

 そんな彼女の視界に、すっと仕立ての良いスラックスの脚が映った。

 視界を上に向ければ陸仁の姿があった。

 先ほどまで読んでいた小説の中では「お前は私の所有物だ」などと傲然と言い放っていた二十一歳の若宮は、現実のこの場においては、深く重いため息をひとつついた。そして、あろうことか誓子の前に片膝を突き、その視線を真っ直ぐに合わせたのである。手袋を外した陸仁の大きな指先が、熱を帯びた誓子の頬にそっと触れた。

 

「……誓子」

「は、はい……っ! 若宮様、あの、これは、本当にただの、その、巷の流行りで……!」

「あんなに手荒な真似をするわけがないだろう」

 

 陸仁の声は、小説の中に描かれた氷のような冷徹さとは似ても似つかない、低く、鼓膜を心地よく揺らすスマートな優しさに満ちていた。誓子が驚きに目を丸くして見つめ返すと、陸仁はさらに彼女の耳元へと顔を寄せた。周囲の大人たちの喧騒を遮断するような、密やかな、しかし狂おしいほど確かな熱を孕んだ声が鼓膜へと注がれる。

 

「私はあんな乱暴なやり方で、お前を傷つけたりはしない。……だが、一つだけお前たちの妄想が真実を射抜いているとするならば」

 

 陸仁は誓子の細い薬指をそっと包み込み、自らの引き寄せるようにして、その指先に唇を寄せた。

 

「これだ。……お前を誰にも渡す気がないのも、私の完璧な額縁で飾って、世界で一番甘やかしてやるつもりなのも……すべて本当だ。覚悟しておけ、私の妃。──そなたたちは、実に良い考えを出してくれた」

「っ……!!」

 

 小説の中に描かれた偽りの獣など足元にも及ばない、現実の陸仁が放つ圧倒的な独占欲と熱量。その直撃を受け、誓子の顔は今度こそこれ以上ないほどに紅潮した。

 あまりの甘美な支配に気絶しそうな誓子を、陸仁は満足そうな笑みを浮かべて、その腕の中にそっと抱きとめる。

 その光景を間近の特等席から見つめていた寛代子女王は、手に持っていたメモ帳を狂ったように握りしめ、顔を真っ赤に上気させて悶え苦しんでいた。

 

(──ああ、何ということ。現実のお兄様は、私たちが創造した虚構を遥かに凌駕する破壊力を秘めていらっしゃる……! 『覚悟しておけ、私の妃』……!? 書くわ、この至高のセリフ、高潔なる独占欲のすべてを、必ずや次なる章の血肉として書き連ねてみせる……!)

 

 悶絶の海に溺れる寛代子の傍らで、ただ一人、雅忠だけがその光景に全身の血を沸騰させていた。

 先ほどまで読んでいた小説の中の、あの悪夢のような光景が、いま目の前で現実の形となって妹を侵食していく。

 

「陸仁様……ッ!!」

 

 雅忠の拳が、白くなるほどに固く握りしめられる。その目は怒りと、そして主君の底知れぬ苛烈さへの戦慄に血走っていた。

 小説に書かれた不名誉な記述を否定し、身の潔白を証明するはずだった当初の目的など、すでに忘却の彼方だった。いまや完全に若宮の腕の中に囚われようとしている妹の現実の姿に、兄としての、そして側近としての激昂に震える声だけが、重苦しく沈黙した室内へと鋭く響き渡るのだった。 

 

 だが。

 その激動の最中、陸仁の腕の中に引き寄せられていた誓子の脳内で、羞恥の限界を超えた何かの回路が、音を立てて冷徹に焼き切れた。

 

(……っ、寛代子様がここまでなさるのなら、私にだって、もう覚悟があります……!)

 

 真っ赤に染まった顔を不意に上げた誓子の瞳には、先ほどまでの怯えは微塵もなかった。ただ、隣でなおも「至高の素材」を前に悶えている親友への、冷徹極まりない復讐の光だけが宿っていた。

 誓子は陸仁の腕からそっと身を引き、澄子妃殿下、そして自らの母である聡子へと、毅然たる、しかし酷く静かな声を向けた。

 

「……澄子妃殿下。そして、聡子お母様」

「あら、誓子さん?」

 

 陸仁の腕からそっと身を引いた誓子は、涙目で、しかし冷徹極まりない光を瞳に宿して寛代子を見据えた。

 

「寛代子様が、作中で『私の実名』と、あろうことか『私の現実のスリーサイズ』をそのまま白日の下に晒し、殿方を狂わせるいかがわしいヒロインとしておもちゃにしてくださいましたこと……到底、許しがたき仕打ちにございます。ですから──」

 

 その言葉の空恐ろしい気配に、悶えていた寛代子の動きがピタリと止まる。

 

「目には目を、現実に現実を。……私がここで、寛代子様がご自身の作中では決して書かなかった、気高き女王殿下の『真実の』数値を申し上げます」

「あ、ちょっと待って、誓子……? 何を──」

「──身長163センチ。バスト83、ウエスト58、ヒップ87。体重52kg」

「あ────ーっ!!! 待って、誓子、ストップ!!! それだけはダメ、それだけは絶対に口にしないで──ーっっっ!!! それに体重は書いてなかったでしょ──っ!!!」

 

 寛代子が悲鳴を上げ、持っていたメモ帳を放り出して誓子の口を塞ぎに飛びかかった。だが、無慈悲にも誓子の唇からは、冷徹な響きを伴った明確な現実が紡ぎだされ、室内へと響き渡る。

 

「澄子妃殿下の麗しき御体型を引き継がれ、私より5センチも身長がありながら……私よりもウエストが1センチ太いことを常々悔しがり、『背は私のほうが高いのに、なんでバストも負けてるのよ!』と、夜な夜な更衣室で血涙を流していらした、女王殿下の偽らざる数値にございます」

 

「ああああんまりだわ誓子──ー!! 私があなたのサイズをそのまま使ったのは、あなたのその身体が『狂わされヒロイン』としてあまりにも完璧すぎる神素材だったからじゃないの!! なんで自分の数字だけ完璧だからって、私の生々しい現実をここで突きつけるのよ──ーっ!! あなたの体重が47kgってことは書かなかったのに──っ!!!」

 

 顔を血の海のように真っ赤に染め、涙目で誓子の肩を激しく揺さぶる寛代子。

 その横で、手にした扇を小さく動かしながら、澄子妃殿下が「あら……」と、どこか懐かしむような、そして確かな大人の余裕を孕んだ視線を我が娘へと向けた。

 

「まぁ、寛代子。私の若い頃のサイズにそっくりではありませんか。18歳としては大変均整の取れた美しいサイズですのに、何をそんなに恥ずかしがることがありますの。……まぁ、誓子さんのあの驚異的な細さと肉感、聡子夫人譲りの『出るところは出る』奇跡的な血統を前にして、意地悪をしたくなった気持ちは、分からなくもありませんけれど」

 

「お母様まで意地悪言わないで──ーっ!!」

 

 娘たちのあまりに生々しく世俗的な3サイズの暴露合戦と、妻たちの優雅な応酬を目の当たりにし、慶仁はついに限界を迎えたように、深く、深く瞼を揉みしだきながら天を仰ぐのだった。

 



















 
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