木製のテーブルに座ったレアが、一心不乱に食事を腹に詰める。首錠から伸びる鎖は、今椅子の足に繋がっている。
テーブルマナーも何も無い、所謂『庶民』の食事だ。別に私はマナーを期待していないので、気にもならない。
「美味いか?」
ふと気になって質問を投げた。それ程の速度で食べ物を掻き込んで、果たして味はわかるのだろうか。
質問と同時に、料理に行っていた視線がこちらを向き、口の中の物を飲み込むのに一拍の間を要した後。
「はい!!今まで食べた全部の食べ物の中で、一番美味しいです!」
今日一番の大声で返事をした。
「そうか。」
一応味の判別は出来ているらしい。もちろんその正確さなど、全く信用ならないが。
元々心配はしていなかったものの、味の好み等で食事を満足に取らなくなると困るのは私の方なので、その返答には素直に安心した。
これまでの者は単純にその食べっぷりで判断していたが、あれらもここで食べた料理を『美味しい』と感じていたのだろうか。いや、いたのだろう。不味いものを進んで食べる人間などいないと信じたい。
「あの、グレゴリーさんは食べないのですか?」
少なくとも私は、不味い物を食べたく無い。
「ああ、食べるよ。」
目の前に並べられた料理は、今も部屋の隅で所在無さげにたっているこの家のコックが作ったもので、見た目は非常によい。勿論、味だってレアの様子を見ていれば十二分によいものであることが伺える。
にも関わらず、なぜこんなにも不味いのか。
いや、厳密には不味いわけではない。不味いと言うのはつまり、顔を顰めたくなるような、或いは吐き出してしまいたくなるような、極端に特定の味に偏っていたり、味同士が互いの長所を潰しあった結果として生まれる感覚だ。
皿に盛られた、腹に香草を詰めて焼いた魚の切り身にシンプルなソースをかけた料理を、ナイフで切り口へ運ぶ。
口に入れた瞬間、油の甘みと、香草のさわやかな香りが口腔と鼻腔を満たす。ともすれば脂っこくなってしまいそうなこの料理をかけられたソースが程よく締め、この料理を完成させていた。
が、圧倒的に味気ない。いや違う。舌は、あるいは私の理性は、この料理を絶賛していた。が、本能が、魂がこの料理に物足りなさを覚える。あの刺激に、背徳感に、自身の存在を揺るがすようなあの甘美な味に、どうしても届かない。
「美味いよ。」
コックに伝える意味をこめて、少し大きめの声で呟いた。今日はマシな方だ。目の前に同じ料理を一心不乱に食べているレアがいるからだろうか。
私が漸く料理を半分ほど片付ける頃には、スープからメイン、パンとデザート、テーブルに出されていた料理の殆どを彼女はその胃袋の中に納めてしまっていた。
「足りたか?」
確認の意味をこめて聞く。
「はい、もう食べられないです。」
顔に笑みを浮かべ、満足げにお腹をさすりつつレアは答えた。
軽々と食べたように見えたが、腹は満たされたらしい。単に早食いなのだろうか。
私の前にはまだ料理が残っている。これを食べ終えるにはそれなりの時間が掛かるだろう。その間レアを待たせてもいいが、人の食事など見ていて楽しいものではない。待たせることはストレスになるだろう。
「レア、先に部屋へ戻るか?」
もちろん、部屋に戻ることを強要するのも良くない。今回は極力ストレスを与えない方針でいきたい。
が、その言葉にレアは戸惑っている様だった。
当然だろう。主である私に伺いを立てられるなど奴隷としては想定されてない事態だ。
レアは返事に迷い、不明瞭な言葉を2,3度発した。仕方が無いか。
レアにそこで待っているよう言い残し、私は席を立ち、書斎へ歩く。食事が冷めようが知ったことではない。元から美味くも無いのだ。冷めたところで変わりはしない。
こういう時のために用意しておいた児童文学を2,3冊見繕い手に取り、食卓へ戻る。
本をレアに手渡して、椅子に繋がれた鎖を外し手に持ち、鎖を引いてレアの自室として宛がった部屋へ歩く。室内へ入り、レアの首錠から伸びる鎖をベッドの足へと繋ぎ直しながら。
「それでも呼んでいなさい。」
言いつける。多少命令の形をとっておく必要があるだろう。恐らくまだこの少女に自己判断を行わせるのは得策ではない。そもそも奴隷に自己判断能力など必要ないとして機能を凍結されるのだ。
去り際に、一度断りを入れてから、レアの体のあちこちに触れる。2次成長が始まったばかりの肉体は、程よい弾力を手のひらに返した。レアは何度かくすぐったそうに体を捩ったりしていたが、概ねされるがままになっている。
「どうかしましたか?」
一通り確かめ終え、想定の範囲内に収まっていることを確認した後離れると、レアは心底不思議そうに尋ねた。
「ああ、随分細く見えたのでな。変に痩せていないか確かめただけだ。」
何のために確かめたかは言わないし、また聞かれない。概ね彼女の中で体を触られる事の意味が確定しているのだろう。愛玩奴隷の購入理由として最も多い理由。
理由を勘違いしてくれていたほうが都合が良いので、彼女の理解を補佐するような真似はしない。
「屋敷にいる間、腹が減ったらコックを呼ぶといい。」
良いながら、部屋の隅にある紐を指す。
「あれを引けば厨房からこの部屋に来るようになっているから。あとは希望するメニューを言えば、大体は作ってくれるだろう。」
使い方を説明する。あまり太られても困るが、今のままでは少々肉が少ない。
「はい・・わかりました。」
若干釈然としない表情で、レアが頷いた。彼女の想像する奴隷像と、現実に降りかかる奴隷像が上手く噛み合わないのだろう。
首を傾げるレアを部屋に残して廊下に出、後ろ手で扉を閉めた。
食べなければ身が持たないと解っていても尚、あれを飲み下す事を考えると心が沈む。