自宅の書斎で、持ち帰った仕事の処理をしていると後方の扉がノックされたので、書斎のドアを開けると想定していた高さに頭が無い。視線を下へ動かすと私の胸の辺りにレアの頭があった。
「借りていた本を返しに来ました。」
言いながら手に持っていた本を私へと差し出した。
彼女がこの家に来て既に3週間少々の時間が経過している。初日から脱走や反抗の意思を全く見せなかったので、1週間たった辺りから首錠の鎖を外した。
屋敷の中を自由に歩きまわれるようになったレアは、私が趣味で保有している本を集めた2つ目の書斎に入り浸っているようで、初日に私が本を貸して以降順調に読書家への道を歩んでいる。
今日、私が立ち入りを許可していないこの部屋の本をレアが返しに来たのは、普段レアが呼んでいる本の内容から類推して好きだろうと考えたこの部屋の本を貸していたからで、記憶が正しければ私が本を貸したのは昨日の夜だったはずだ。
「随分読むのが早いんだな。面白かったか?」
「はい、夢中で読みました。」
いい笑顔で答える。
そういえば、最後に連れ出してから今日で3日目だ。
家から出ずに豪勢な食事をしていれば人間が太るのは当然だが、だからといって肥満体になられても困るので、1週目を過ぎたあたりから2,3日に一度程度の頻度で運動に連れ出すようにしている。
読書が好きな様に振る舞いながらも、やはり子供。さまざまな遊具のある運動公園に連れ出すと、平気で数時間動き回っている。
帰りの車中では燃料切れでも起こしたかのように眠っている事が殆どだが、それにしてもその体力には驚嘆する。
おかげで予定よりも時間が掛かっているものの、これもまた必要な時間だと考えることにした。
背後を一瞥しながら持ち帰った仕事を今日1日でどの程度処理出来たかを概算する。結果、少々余裕があるだろうという結論を得た。
「出かけるか。」
正面に向き直ってレアに声をかける。瞬間、表情が一段明るくなった。
「はい!」
当然のように手を繋いで屋敷を出る。正面玄関から見て屋敷の左手にある車庫へ歩き、その傍らの待機室にいる運転手に声をかけた。
「いつもの公園まで。頼む。」
それに了承の返事を返すと、運転手は車へ乗り込み、エンジンをかけた。
後部座席の扉を開けてやり、先にレアを乗せる。続いて車に乗り込んだ。
私が扉を閉めたことを確認すると車は音も無く走り出し、目的地へ走る。
「ずっとお仕事をされていたみたいですけど、今日はもう大丈夫のなのですか?」
車中で、レアが私に聞いた。
「ああ。今日はもう問題ない。」
私の返事を聞くと、レアはほっとしたような表情をしてから。
「そうですか。ご無理はなさらないでくださいね。」
心の底から私を心配しているような声音で言った。
その後は、レアが読んだ本の感想を私に言い、また解釈に詰まる部分を私に質問し、それに私が答えてみたりと所謂『とりとめも無い話』で移動時間が潰れた。
開発が進む中心地から少し外れた郊外の運動公園は、都市に住む富裕層の親たちの子供が十分に体を動かすことの出来る施設で、若干危険のある遊具でさえ怪我もまた運動のうちとする大勢の市民の意見を受け設置されている。
到着するやいなや、お気に入りのアスレチックのある区画へと私を引いて歩き、私が遊具のある区画全体を見渡せるベンチに腰掛、レアに許可を出すのを待ってから遊具へと走っていった。
無数の子供に混じって、レアが遊具の上を駆けずり回っている。
この国では奴隷が何種類か存在するため、ただ奴隷であるというだけで差別の対象には当たらない。
寧ろ、愛玩用奴隷などは養子と性格を選ぶことが人道的に忌避されている養子と比べ、自分の趣味を反映した子供を育てるという一種のホビーとしての側面を持つ分、こういった施設を積極的に利用させる。
結果、遊具の上を遊びまわる子供を見れば、その3分の1以上の子供は首錠をしていた。
「お子さんですか?」
不意に、隣から声がかけられた。見れば初老の女性がこちらに話しかけつつ、ベンチに腰掛けている。
「まぁ、そんなところです。」
当たり障りの無い返答を返す。
愛玩奴隷を子供として育てるという行為は当然だが養子をとるという選択をせず自身の趣味を優先させたという側面を持つので、人によっては嫌う。その対策としてか、1人目は正式な養子、2人目は愛玩奴隷、等という風に趣味と倫理を分けて事実上2人の養子を持つ人も多い。
「随分お若いのに、子育てに熱心なんですね。」
「ええ、子の未来はそれに左右されますから。」
当たり障り無く、しかし本心に近い答え。彼女には正しく育ってもらわねば。
「そちらも、お子さんですか?」
これ以上追求されると面倒なので、さり気なく話し手の権限を譲渡する。
「いえ、孫なの。」
「そうですか。」
だとするとこの女性自身とその子供は、それなりの若さで子を産んでいる計算になる。
「娘夫婦が共働きでねぇ、時々遊びにこさせるのよ。娘は『危ないからやめろ~』なんて言うのだけど。」
適当に相槌を打つ。別に興味があるわけではないが、どんな話であれ聞いていれば多少の暇つぶしになる。
その後、適当に初老の女性の話を聞き、時々自分も話しながら2時間ほど経っただろうか?
街中に午後5時を知らせる音楽が鳴り響いた。
それを合図に、正に蜘蛛の子を散らす様に子供が三々五々それぞれの親の元へと走っていった。一瞬でそれまでたかられていたアスレチックが無人になる。まるで落葉した広葉樹のようだ。
私と、それから隣の女性の下へと2人の子供が走ってくる。片方はレア、もう片方は彼女の孫だろう、7、8歳の男の子だった。
「それでは、またどこかで。」
「ええ。」
お決まりの挨拶を交わして、私と女性が別れる。いつものようにレアの手を引いた。
そのまま車へとレアを連れ、車に乗り込んでから待っていた運転手に家へ戻るよう告げる。
帰りの車中、眠ってしまったレアの腹や太もも、二の腕に何となく起こさないよう気をつけながら触れる。
そろそろだな。