趣味に人は多くの場合日常からの乖離を求める。それは退屈の対義としての刺激であり、ルーチンと化す日々への抵抗でもある。
その所為、と言えば勿論語弊があるが、趣味は非合法的な事もある。いや、正確にはまるで非合法であるかのような、だが。
それは例えば普段所持を許されないような器具を用いて生き物の命を摘むことであったり、定められたルールの範疇で他人と闘争の真似事をする事であったり。どれも普通に行えば非合法、勿論司法のやっかいになる事確実な行為だが、それにある程度の制約を設けることで云わば「合法化」している。
私の趣味もまた、そういうものの括りに入る。
そして、そのような趣味を持つもの同士は、往々にして同好の士を募り、集まる。私の趣味もまたそんな御他聞に漏れず、同好の士の集まりがあり、有形無形、連絡を取り合っている。私はそういった人々の中では割合閉鎖的な方で、あまり付き合いが無いが、勿論皆無というわけでもなく。
世間が季節の大型連休に沸き、行楽地が賑わう頃。私は知人に呼ばれ、知人の別宅へ招かれていた。用件については予め聞かされている。曰く「とっておき」だそうだ。
「よぉ、遠路遥々ようこそ。」
数時間に渡る移動の果てに訪れた来客を私の知人、イズライルはそう労った。
「いや、声を掛けてくれたことに感謝する。」
それにほぼ定型句と言っても過言ではない答えを返す。
「今日のは凄いぜぇ。」
何処と無く下卑た笑いを浮かべながら、イズライルが私を邸内へ招く。
彼の容姿は黙っていれば十分に整った部類に入るのだが、表情の作り方と話し方、そして何よりその性格がそれを台無しにしている。精巧な人形として飾っておく分には万人受けするのだろうが、どうにも人として付き合うには向かない人間だ。一言で言うなら遠くから見ている方が良い部類の人間、と言えるだろう。
「お前、人間の体で、食ったこと無い部位は?」
地上階は一般の人間を招くこともあるのだろう、地下階へと私を先導しながらイズライルが聞く。どうでも良いが、何故同好の士は作業と食事の為の部屋を地下に作りたがるのだろう。勿論私も人のことを言えないが、私の場合あの家に人を招く事が仕事上どうしてもあるからだ。もう少し裕福ならイズライルのように別宅を持ち、そこを趣味の為の家にしてしまうのだが。翻って、私にはイズライルの様に裕福な同好の士が地下に趣味の部屋を持つ理由を解さない。
「可食部位に限るなら、ほぼ無いな。一通り手を出してる筈だ。」
今までに行ってきた食事を思い返しながら、言う。
「あれか、脳みそとか、チンコとかも食べちゃってるクチ?」
「ああ。」
その言い方は何とかならないものかと思いつつ、肯定する。補足はしないが、睾丸も口にしたことがある。決して不味くは無い。ただ圧倒的に気色が悪いので二度と口にしたくは無いが。私が男性である事にも起因するだろうし、同種であることにも起因するのだろうその気色悪さは正直筆舌に尽くしがたかったが、食わず嫌いは我慢ならなかった。私が女性なら、ある程度はあの感覚も緩和されたのだろうか。
「ああ・・・だとすると今日の料理は一寸興ざめかもなぁ・・・」
私の答えを聞いたイズライルはあからさまに残念そうな雰囲気を漂わせる。
「なんだ、男性器でも出す心算だったのか?」
「いや、流石にそれは食べたくない。脳みそのほう。」
私の問に、イズライルが答える。あまりの消沈ぶりに、少々哀れになってきたので、少しフォローを入れてやることにする。
「私も口にしたことが有るというだけで、そこまで調理法に凝った覚えは無い。素材を食べたことがあるからと言って、その料理への驚きが薄れることにはならんだろう。」
我ながら取って着けた様な台詞だが、イズライルには効果があったらしい。
「そうか、そうだな。今回はコックにいろいろ注文を付けて、調理法にも凝らせたんだ。」
解り易く最初の元気を取り戻すイズライルを見ていると、少々微笑ましくもある。
元気になったイズライルが私を通した部屋の中央には、大きなテーブルが1つ置かれている。テーブルは円形で、中央には銀色の半球型をした盛り上がりがある。その頂点には取手の様な突起があり、恐らくは料理を盛った皿に蓋をしているのだろう。そのテーブルの傍らにはコックが待機していて、それが更に盛られた料理はまだ未完であることを示唆する。
「さぁ、座ってくれ。」
イズライルが、テーブルに付くよう進める。テーブルの中央を挟んで、向かいになるように置かれた椅子に座る。それとほぼタイミングを同じくして、音も無く部屋にメイドが入ってきた。メイドはカートを押していて、天板の上には金属製の水差しとミトン、その他食器が置かれている。メイドはそのカートをコックの脇まで押すと、そのまま退出していった。
コックはカートに乗せられたミトンを右手にはめ、水差しを持つと、左手でテーブルの中央にある銀の蓋を取る。
その下には薄い桃色をした脳がある。皿の上にそのまま置かれているのかと思いきや、テーブルとの境界線近くに人の皮膚が見える。良く目を凝らしてみれば、テーブルの中央には穴が開いていて、どうやら今回の食材はそこから頭を出すような形で固定されている様だった。
コックはそのむき出しになった脳へと、水差しの中身を注ぐ。瞬間、揚げ物をしたときのような軽やかな音が弾け、同時に香草の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。そして絶叫が耳朶を打った。どうやら死んでいなかったらしい。脳そのものには痛点が無い筈だが、あの注ぎ方だとどう考えても顔面を煮え油が撫ぜた筈だ。
2、3度に分けて煮え油を注ぎ、全体に火を通すとコックは脳を切り分け、皿に盛り、カートの2段目から取り出した付け合せのスライスされたバケットと共に私の前に置く。同様にイズライルの前にも料理が取り分けられた。
「さぁさぁ、喰ってくれ。」
進められるままに、フォークを刺し、ナイフで切り分け口に運ぶ。ふわふわとした食感と油の甘み、香草の爽やかさが渾然一体となって食欲を満たす。人肉にありがちな臭みと言うのは、脳に限って言うのであれば殆ど気にならない。元々この部位は、脂肪分が多く、くどくなってしまうのだが、この様に風味を変えると意外な程に軽く食せてしまう。この調理法は参考になりそうだ。
次に、ナイフをバターナイフ代わりにしてバケットに脳を塗り口に運ぶ。濃厚な味わいを、バケットが引き立てる。
と、ここまで来て全く感想を言わずに食べてしまっていることを思い出す。招いてもらった身で少々がっつきすぎだ。
「すまない、あまりにも美味かったものでつい我を忘れた。」
最も、この反応自体は嬉しかったのかイズライルは笑って。
「べつにかまわねぇって、そんなに上手かったか。」
笑いながら自分も料理を口に運んで目を見開いた。
「確かに美味い。」
「初めて喰ったのか?」
その反応が意外で、イズライルに問う。
「おう、驚きを共有したくて。」
笑顔でそのように返されると、聊か照れくさい。
「そうか。」
なんとも素っ気無い返事になってしまった。
昔から真っ直ぐな奴で、それが原因で首を吊りかけたことさえあった筈だが、それにもめげずこの性格を貫いている。それが私には眩しくもあり、同時に可愛そうでもあった。
最初の1口、という我々にとっては何よりも大事な瞬間を終えたのを見計らって、再びメイドが室内に入る。今度は2人。1人の手にはワインのボトル、もう1人は料理の載ったカートを押している。勿論その主材料が人間で無いなどと言う無作法はあるまい。
テーブルを埋める料理を見つつ、注がれたワインに口を付けながら、私はイズライルと他愛ない話をする為に口を開いた。
その後、出された酒を飲みつつ、諸々の情報交換もしながら行った食事は、久方ぶりに楽しいものだった。
先日の調理をしていたときにも少し感じたことだが、複数人で取る食事は1人で取るより味が良い。それは間違いなく精神に起因する印象だが、普通の食事に対してもある程度の効果が見込める。事実、後半は大分良かったのだ。自宅のコックにレシピの改良をしたかどうか尋ねるほどに。
「すまないな、香草の配合レシピまで教えてもらって。」
「いいって事よ、今度はお前の家で食わせろよ。」
いつも通りのやり取りをしつつ、私はある検討を始める。それは大分前に思いついた、しかし実行を躊躇った同種食いだった。