※この作品はR-18です。

【調理】   作:MONO_

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 自宅から郊外へ車を小1時間程走らせた所にあるコンクリート製の箱型をした建築物群は、その並びと無機質なほどに鮮やかな白い塗装の所為で病院を想起させる。実際にはある意味真逆の機能を持った施設なのだが。

 敷地の中と外を区切る塀の切れ目、大きな門のある入り口の脇にある小さな事務所へ車を降りて歩き、用件を伝える。

 守衛は、内線を使用して、内側の人とやり取りを始める。程無くして、許可が出た。

 私が車へ戻る間に、門扉が開いて行く。

 内部への不法侵入と、外部への不法外出を防ぐ両方の意味を持たされたそれは、数メートルの高さと、数10センチの厚さを持った鉄板だ。

 私が乗り込んだのを確認してから、運転手がアクセルを踏む。音も無く走り出した車両は開いた門を通り敷地の中へと入った。

 内側から見れば、門の両脇にはライフル銃を持った守衛が控えているのが見える。この中は殆ど治外法権状態であり、基本的に我が国の法による束縛を受けない。それは、実際には超法規的な制度だが、国家のインフラ整備を含む単純作業労働者の大半をこの施設から産出される労働用奴隷によって賄っている現状が、それを許している。

 運転手が所定の駐車スペースへと車を止める。シートベルトを外して車外へ出た。

 駐車場には殆ど人がいない。それもそのはずで、そもそもここに一般人が入る事は許されていない。第1、公的な奴隷売買には今だに根強い反対があり、このような施設は真っ先に襲撃の対象になる。門扉の厚さは、それに対する防御もかねていた。

 受付と呼べるスペースは無く、指定された建物の入り口に、直接迎えが来ていた。

「珍しいですね、グレゴリーさんが直接此方にいらっしゃるなんて。」

 上等なスーツに身を包んだ、小太りの中年男性が私に声をかける。

「すこし特殊な品物の用立てを頼みたくてな。」

「はぁ、電話口では言いかねる品物、と言うのは興味をそそられますなぁ。」

 そう言いながら笑うこの男は、この施設の長であり、我が国の奴隷産業の長でもある。名はヘルマン・・・、ヘルマン・ゲルトナーだった筈だ。

 私はこの男がまだ駆け出しの奴隷商だった頃、何度か金を貸したことがある。それは私にとって職務の一環だったのだが、彼はそれに個人的な恩義を感じていたらしく、現在ではこうして私の趣味の手伝いをしてもらっている。

「早い話、精神が強い個体を探している。」

 応接室へと案内される途中で、話を始める。

「精神、ですか?虐待用の奴隷でしたら直ぐにでも10ダースほど用意できますが。」

 凄まじい数字が帰ってくる。恐らく、その程度であれば今ここで買われてしまっても問題ない、と言う事だろう。

「いや、肉体的苦痛と言うよりは恐らく精神に掛かる苦痛だ。」

「はぁ。」

 言いながら、ヘルマンは1枚の扉を開ける。中にはテーブルとソファのセットが1つ。隅に置かれた観葉植物といい、落ち着いた内装といい、壁に掛けられた今1つ捉え所の無い抽象画といい、絵に書いたような応接室だが、唯一標準的でないところと言えば、室内に奴隷が立っている事か。最も、その奴隷さえ身奇麗で、首錠が無ければメイドといわれても信じられそうだ。

「お客様、コーヒーと紅茶、どちらが宜しいでしょうか?」

 私達が向かい合って座ったのを確認すると、奴隷が問いかけてくる。

「コーヒーを。」

 私がそう答えると、奴隷はコーヒーと紅茶、両方の準備を始めた。恐らくヘルマンは紅茶を飲むのだろう。

「精神的苦痛とは、一体どんなものを掛けるお心算で?」

 それを待つ事無く、ヘルマンは話を続きを求める。

「食人をさせたい。」

「奴隷にですか?」

 私の返答に、ヘルマンは少々驚いた様子で答えた。無理も無い。

「同好の士をお探しでしたら、当たるのは家ではなく結婚相談所では無いかと思いますがねぇ。」

 どうやら私の探し物を、彼は嫁か何かだと勘違いしているようだ。

「いや、勿論最後は食べる。いつも通りだ。」

 続けた私の答えに、いよいよヘルマンは絶句した。

「食人を行った人間を、召し上がってみたい、と。」

 そして今私が言った言葉の意味を、繰り返す。肯定しておいた。

「成程、それで心が丈夫な奴隷をお探しですか。」

 一般的に、食人は異常な嗜好として認識されている。同好の士は決して少なくは無いが、勿論多くも無い。また、違法ではないが、倫理的には殆どクロであり、場合によっては糾弾の対象にすらなる。

 そもそも、違法でないと言うのも食する人間が奴隷だからで、詰まるところ奴隷を殺し、その遺体を損壊することが合法であるから、と言うだけに過ぎない。法的根拠すら割合薄い行為なのだ。

 その中でさえタブー視されるのは、同好の士を食べることである。最早暗黙の了解と言っても良い。勿論、法的責任を問われるから、と言うのもあるが、何よりそれを食材と見なすと言う事は、そのまま自身を食材と見なすことに等しい。そして食人を趣味とする人たちが同好の士を好意的に受け取る為の最低条件である自身の安全すら危うくなるわけなのだから。

「普通の食材では物足りなくなりましたか?」

 ヘルマンは私にそう尋ねる。

「いや。」

 それを先ず否定した。さて、どう説明したものか。

 丁度そのタイミングで、奴隷が私達の前にカップを置いた。それを口に運び、暫しの時間的猶予を得る。久しぶりに飲んだコーヒーは、美味くも不味くも無かった。

「私はね、ヘルマン。これでも人の食べ方を探求してきたほうであると言う自負がある。肉そのものの調理法は言わずもがな、生前の育成方を調整することで味に様々な変化をもたらせても来た。そして、何時だったか私は食人の楽しみの根幹を見出したのだよ。なんだと思う?」

 突然行われた私の長広舌に面食らったヘルマンは、しかし一拍の間を持って考えたうえでの発言であることを担保してから。

「私にわかるはずも無いですよ、そもそも食人を嗜みませんので。」

 その実、何も考えなくとも寄越せる答えを寄越した。勿論初めから期待していないので何の感慨も沸かない。

「自分と同じものを食べると言う背徳感だよ。」

 その着想から、私はここ数年離れる事が出来なかった。それは最早天啓、と言っても良かったのかもしれない。

「それで、奴隷に食人を。」

 自分と同じ、人の肉を自発的に喰らう人間の肉を、食べてみたい。私の天啓はその様な形を伴って、私を苛んだ。思えば普通の食事が普通以下になっていったのも、この天啓を得てからのような気さえする。普通の食事が持つ、いや持っていた楽しみがその段階で完全に失われてしまったことに起因するその味気なさは、私の健康を実際に害して見せる程深刻に成りつつあった。不味い、それは本能に刻まれた摂食を忌避するための感覚だ。痛みや、恐怖と同じく、不利益を回避する為のプログラム。

 形を持った天啓を合法的に実現する為の手段として、私が考えられた最後の方法は、そもそも食人を行う人間の育成だった。

「ああ、頼めるか?」

 ヘルマンは珍しく考え込んだ。彼にしては珍しく、逡巡しているらしい。

「二つ返事でお受けするのは簡単なのですが、正直調達できる自身がありません。そもそも方法が思いつきませんから。」

 それはそうだろう。何をもって食人への適正を図る、そんなおぞましいパッチテストをこれまで人類が思い立たなかったのは当然だ。

「実際にさせてみてくれ。奴隷に、人を食わせてくれ。その上で、その肉に興味を持ち、且つ真実を告げられても動揺しないものを寄越せば良い。肉の美味さの問題があるから若い女性の方が良いが、この際性別は問わん。」

 この施設で扱っている人間であれば、概ね年を取りすぎているという事はあるまい。

「勿論、その際の経費は全てこちら持ちで構わない。」

 この計画を遂行するのに必要な金額の概算など到底出来なかったが、今の貯蓄額なら問題ないだろう。そもそも、今私が就いている職業でのキャリアは、全てこの時の為に積まれたと言っても過言では無い。第1、この男を助けたことでさえ、私の趣味の助けとする為という極めて個人的な理由があったのだから。尤も、その段階ではここまでのことを要求する心算は無かったが。

「そこまで、ですか。」

 私が提示した条件に、ヘルマンは言葉を詰まらせた。

「良いでしょう、その注文、賜りましょう。経費もある程度はこちらで持たせていただきます。その代わり、と言ってはなんですがこのノウハウ、商売にさせて頂いても良いでしょうかね?」

 想像の倍、強かな男だ。

「構わん。私には無用の長物だ。」

 その言葉を聞くとヘルマンは大きく頷き、私に右手を差し出した。私はそれを握り返した。

「交渉成立、ですな。」

 彼の眼には、かつて私に融資を決意させた光が湛えられている。

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