いつもの通り、インターフォンが鳴る。液晶の向こうに映る人影は2人。1人は運び屋で、もう一人は奴隷だ。ドアを開ける。
「ご注文の品をお届けにあがりました。」
運び屋の男が、私に告げる。いつもの通り、代金は既に口座から引き落とされており、後は品物を受け取れば良い。
私が無言で手を差し出すと、傍らの奴隷はその手を取り、私の隣へ移動する。その奴隷の持っている封筒がふと目に留まった。
「ご苦労。」
それには言及せず、運び屋の男に労いの言葉を掛ける。
「では、今後ともご贔屓に。」
運び屋の男はそれだけ言うと、私の家を後にした。
扉を閉めて、傍らの奴隷に向き直る。
予想より早い到着だった。私がヘルマンに無茶な注文をしてからまだ1週間経っていない。あの男が私を失望させるような真似をする事は無いと考えているので、かなりのハイペースでテストを行ったか、若しくは思いのほか早く適合するものが見つかったか。
「本日からお屋敷でお世話になります、エリーと申します。」
奴隷はそう言い、スカートの裾を摘みながら深く一礼する。
年のころは10代後半。奴隷としては割合年長だ。基本的に10歳前後の奴隷が好んで取引される。理由は様々だが、最も大きな理由は奴隷でいる期間が長ければ長いほど奴隷でいることに不満を覚え難いから、だろう。
腰まで届くロングストレートの頭髪と、白い肌、整った容姿に振る舞い。見たところ娼婦か何かにする心算の教育を受けているように見える。
「ヘルマン様から、お手紙をお預かりしています。」
そして奴隷、エリーは手に持った封筒を私に差し出した。それを受け取り、エリーの手を引く。
「グレゴリーだ。」
名乗っていなかったのを思い出し、名乗る。
エントランスから、屋内の階段を上がって2階へ。廊下を進んだ左手3番目の部屋にエリーを通した。
先日臨時のメイドを雇って清掃をさせた室内はまだ綺麗だ。
元々客間だったこの部屋には、シングルサイズのベッドが1つ、衣服を保存する為のクローゼット、本棚がそれぞれ1つと、宗教上の理由で1階の浴場が使えない客の為の簡易シャワールームとトイレが備え付けられている。
本棚には他種多様な本が詰まっている。これまでの住人達が好んできたものだ。尤も本を読まない者も多かったが。
室内へエリーの手を引いて歩き、ベッドの足に繋げられた鎖の先端を首錠へ繋ぐ。
「室内をうろつくには十分な長さの筈だ。但し窓から飛ぶと首を吊る羽目になる。馬鹿な真似はしないように。」
私の言葉を聞いたエリーは。
「解りました。」
静かに頷きながら言う。
「随分と多様な本ですね。」
そして室内の本棚へ目をむけ、その雑多なラインナップへの感想を漏らした。
「客間なのでな。誰が泊まってもいいようにしてある。まぁ、私自身の趣向でもあるが。」
自分が誰かの家や宿泊施設を利用した際の暇つぶしは専ら読書である。また、本は大抵の人間が読むことの出来るものだ。そんな少し独善的な考え方をもって、客室の本は多少充実している。勿論それは児童文学まで置いてある理由にはならないが。
「ご主人様は読書家なのですか。」
エリーはそのような些事には拘らず、私との会話を続ける道を選んだ。
「ああ。」
肯定の返事を返す。
「そうなのですか、私も施設でよく本を読みました。『ある程度の教養は身につけておくべきだ。』と教えられて。ご主人様はどんな御本を読まれるのですか?」
滑らかな敬語と、話し手の権限を常に主に渡す喋り方。それは同時に会話の主導権を此方に渡すと言う意味であり、序でに言えば会話の終了も此方しだいと言う訳だ。よく出来た従者だろう。
私はそのエリーからされた質問に丁寧に答え、暫し雑談を行う。
どうやらエリーはミステリを好むようだ。それは私が好きなジャンルの一つでもあった。驚いたのはその読書量で、古典と言われるものから最近の小説家が書いた作品に至るまで、メジャーマイナーを問わずかなりの量を読んでいる。勿論、楽しみの為に読まれた本であり、それがエリー自身のスキルに繋がっているかと言われれば否だろうが。
施設、つまり奴隷の調教を主な業務とするアレが、よくここまで奔放な読書を許したものだ。
まぁ語彙力はそのまま会話の豊かさに繋がり、本を読む事は確実に語彙を増やす。と考えれば彼女の場合あながち無駄では無いのかもしれない。雑談は、高級娼婦の仕事の1つとも言えるだろう。
「では、そろそろ仕事があるので失礼するよ。夕食まで本でも読んで待っていてくれ。」
いつの間にか彼女への物腰が客人に対するそれになっていることに気付く。勿論不都合は無いが。
部屋を出、後ろ手に扉を閉める。しかし、弱った。
まさかこんなに早く手に入るとは思っていなかったので、彼女をもてなす為の料理の、正確にはその素材の調達が終っていない。適当な奴隷商に渡りをつけて、と言うかヘルマンの商会から1人入れても良いのだが、自分の口へ入れる事を考えると、ある程度吟味しておきたい。ああ、こんなことなら仕入れの目処が立ったら私とその奴隷で食べる為の奴隷をもう1人見繕ってつけるように注文しておくべきだった。自分の迂闊さと言うより見通しの甘さを呪う。
勿論悔やんでいても仕方が無い。執務室の机に座り、その上に乗せてある固定電話の受話器を取る。引き出しから手帳を取り出して、そこに記載されたある料理店の番号をコールする。
『お電話有難うございます、ラヴェールでございます。』
3コール経たずに電話が取られる。
「今晩の予約をしたい。席はあるか?」
簡潔に用件を述べる。
『はい、ございます。失礼ですが、お名前を伺っても宜しいですか?』
どうやら予約は取れるようだ。安心して名乗る。
その後、予約の人数や時間などを聞き出して、ラヴェールの電話番は予約の内容を確認した。それに了承の返事を伝え、電話を切る。
と、この段になって漸くエリーに着せる服がないことに気付いた。本当に迂闊だ。
その辺を歩き回る分には、今着せられている簡素な麻のワンピースで十分だろうが、あの店に入るには少々みっともない。そして、この家に女性用の衣服など置いていない。
壁に掛けられた時計を見遣る。時刻は午後2時過ぎ。予約した時刻は午後8時前なので十分に余裕はあるが、しかし仕事の終る時間を考えるとその余裕はたちまち消し飛ぶ。
今日片付ける予定であった仕事に頭の中で優先順位を付けてみる。基本的に仕事は出来るほうなので、刺しあたって片付けなければならない急務と呼ぶような仕事は殆ど無い。それは、こういったとき自身の楽しみを優先できるようにでもある。
数少ない急務を片付けてから買い物へエリーを連れ出すことを決意し、頭を切り替えて仕事に取り掛かった。