前略で始まり、草々で結ばれる手紙は、ある程度親しい間柄の間で行われるものらしい。
ヘルマンは私に対して、その程度の距離感をもって接そうとしているのだという事が、渡された手紙から伺えた。
内容は、届けた奴隷の値段が、本来の相場より高く、また年齢も高い事に対する侘びから始まり、その理由が書かれていた。まぁ概ね想像の通りだった。
驚いたのは、彼女の身の上について書かれた項の1文で、どうやら彼女は人肉食に抵抗が無いというより、既に人肉食を経験しているそうだ。
遠方の国家にあるスラムの出身で、その日の糧食にすら困るほど貧乏だったらしい。結局、の垂れ死んだ他の人間の死肉を文字通り漁る事で戸口をしのいでいたようだ。
だとすれば、彼女は人肉を食した、それも自分で捌いて食べていたという事になる。これ以上無いほどの条件といえた。
仕事終わりに読んだ手紙に書かれた内容に胸を躍らせつつ、外出の支度をする。
エリーの私室へ行き、扉を3回ノックする。
「はい」
室内からエリーの静かな返答が聞こえた。
「出かける。入っても大丈夫か?」
「勿論です。」
どうやら本を読んでいたらしく、私が扉を開けたときエリーは本棚の前にいた。
「どちらへお出かけするのですか?」
「服を買いに。あとは食事だ。」
私の返答に、エリーは目を輝かせ。
「お食事!何を食べに行くんですか?」
「それは付いてからの楽しみに取っておくと良い。」
自分の疑問にそう返され、エリーは心底楽しそうに笑う。スラム出身の子供が、よくここまで屈託無く育つものだ。
ヘルマンの施設で行われたであろう教育に小さな驚きを覚えつつ、エリーを引き連れて家を出る。
ガレージへ行き、運転手に自分がよく利用している服屋へ行くよう命じる。
自宅から、車を30分ほど走らせた距離にあるその服屋は、男女両方の衣服を、プライベートで着る物からフォーマルなシーンで着られるものまで幅広くそろえ、またオーダーメイドにまで対応すると言う洋服に関することであればほぼ「何でも屋」と形容できる品揃えを誇る、全国チェーン店だ。
気圧される程に大きい店舗の駐車場に降りたエリーは、暫く目を丸くしていた。
店内に入り、普段は足を踏み入れることの無い女性用の洋服を扱うフロアへ上がる。店内に設けられた見取り図を見ながら、目的のカテゴリーの衣服がある場所へエリーを伴って歩いた。
「適当に、好きなものを選びなさい。但し、地味になり過ぎないように。」
ここまで今ひとつ状況を理解できていなかったらしいエリーが、私の言葉に素っ頓狂な声をあげる。
「私が、選ぶのですか?」
そしてそのまま、私に妙な確認をとる。
「ああ、お前が選ぶんだ。」
女性のドレスなんて選んだ事もないし選ぼうと思った事も無い。高級娼婦として教育を受けているなら、自分に見合う衣装を選ぶ事も出来るだろうと勝手に踏んで命じてしまったが、もしかすると早計だったかもしれない。
「それとも、出来ないか?」
「いえ、出来ます。」
私の確認には強い否定を返し、エリーは意を決したように歩き出して服を選び始めた。不可能と言うわけでは無いようだが、まぁ戸惑う理由もわからないではない。
彼女ら奴隷はまず、自らが奴隷である事を受け入れることからその教育が始まる。主の命令に絶対服従し、虐げられる事をよしとする。必然的に、私が行うような待遇を期待する事は、真っ先に無くなる。
後ろを付いて歩くのも馬鹿らしいので、フロア内の所々に置かれたベンチに座る。辺りでは同じように、妻や娘、或いは愛玩用奴隷が服を選ぶ時間を潰す私のような男が所在無さげに腰掛けている。
どの程度の時間を掛けるのか想像も付かないが、長期戦になる事は覚悟していたので、予め胸ポケットに忍ばせておいた文庫本を取り出し、ページを開いた。
「あの、ご主人様?」
声を掛けられ、顔を本から上げると、ドレスを選び終わったらしいエリーが立っている。
その手には、胸元に白いワンポイントのある藍色のドレスと、靴が入っているのだろう箱がある。
ふと、予約の時刻が気になって時計を確認した。ギリギリだ。そういえば、エリーに時間の指示をするのを忘れていた。今日はやけに自分の行いの荒が目立つ。もしかすると柄にも無く浮かれているのかもしれない。
エリーの手からドレスと箱を貰い、会計のある1階へ降りる。代金を払う時に、タグを外してもらい、試着室を借りてエリーに着せる。本来なら買った洋服を入れるための袋に簡素な麻のワンピースを入れて、車へ戻った。
「店へ。」
待機していた運転手に命じ、車を走らせる。
車を1時間程走らせた郊外に、僅かばかり残された申し訳程度の森林の只中、およそ車通りと呼べるものが無いような場所に1箇所だけ灯る光がある。周囲に案内板の類も無く、集客する気もないように見える店だが、客の入りはそこそこで、駐車場には何台か車が止まっている。
駐車された車内で運転手に食事を取っておくよう命じてからエリーと共に車を降りる。
店内は土地が余っている所為か広く、その広いスペースに、十分すぎるほどの間隔を開けてテーブルがある。
受付の男に案内されてテーブルに着く。そのままメニューが出される。今日出せるコースは2種の様だ。
「どちらにいたしましょう?」
「ヒメザクロの掛爐焼きのコースを。2人分。」
注文を済ませると、男は厨房へ下がる。
「ここは何料理のお店なんですか?」
エリーが口を開く。
「色々、だな。」
答えになっていないが、しかし答えようが無い。提供される料理は全てコース料理だが、何料理のコースかは日によって異なる。
今日注文した料理は恐らく中華料理に分類されるのだろうが、それ以外の国籍の料理を出されたこともある。
ただ、無国籍料理というには、日ごとのメニューは統率が取れている。日よって出す料理のカテゴリを変えてくる店、と説明すればいいかもしれない。
「色々?」
勿論そんな機微がエリーに伝わるわけが無く、オウム返しに言葉が返ってくる。
「ああ、日によって変わる。以前はイタリアンのフルコースを出された。今日のは中華だ。」
「中華ですか。ヒメザクロって聞きなれない名前ですけど、なんですか?」
ヒメザクロ、という音では何のことか解らないエリーに教える。「柘榴だ。」
「果物の?中国では焼いて食べるんですか?」
ヒメザクロが一体何を指すのか理解したエリーはしかし次の疑問に当たる。尤も、そもそもの話をするならば姫柘榴は花柘榴で、実をつけないのだが。
しかし、柘榴は本来生食したり、絞った果汁をジュースとして飲んだり、或いは換装させてドライフルーツにする物で、調理過程で火が通る事はあれど、それそのものを焼いて食べる果物ではない。
尤もな疑問への答えを、口にするか、料理が出るまでの楽しみとするか少し迷った後。
「隠語だよ。」
もったいぶらずに教える事にする。
一体何のことか解らないという顔をして、エリーが首を傾げる。この店では殆ど必要ない措置だが、慣習に習っての呼び名だ。
「人肉のことを柘榴と呼ぶ国があるんだ。その国では獣の肉を植物の名前で呼ぶ習慣がかつてあったらしい。理由は知らないがね。」
その国では他の動物にも隠語があるらしいが、此方にまで伝来しているのは柘榴ぐらいのものだ。
「じゃぁ、ヒメザクロはなんですか?」
少し想像すればわかるかもしれないが、それは私がその意味を知っているからだろう。柘榴の矮性種だという事が解れば、そこから類推できるが、そもそもヒメザクロで成語だと思っているエリーには難しいかもしれない。
「それは、料理が来れば解る。」
私の返答に、エリーは解り易くむくれて見せ、直ぐに笑った。
暫し雑談をして待つと、ホールの奥、厨房へ続くスイングドアからウェイターが大きな銀色のドームを乗せたワゴンを押して出てくる。小さな音を立てながら私達の座るテーブルの脇まで来た後で、ウェイターがワゴンの上に乗せられたドームを外すと、その内側の皿には、飴色に光る赤子が蹲っている。
赤子の乗った皿の周囲には、薄餅と薬味の乗った皿が置かれている。
勿論、コースなので料理はそれだけではなく、肝臓の素揚げが、一緒に提供される。
ウェイターが慣れた手つきで皮を削ぎ、皿に盛ってゆく。一通り削ぎ終ると、それらの皿をテーブルの上に載せて、ワゴンごと下げていった。
下げられた肉は、また厨房で調理され、後で出てくることになる。
「ヒメザクロ、って赤ちゃんですか?」
出された料理を見、エリーが先程の隠語の答えを言う。
「ああ。」
私の返事に納得したように頷き。
「これ、北京ダックですよね?知ってはいますけど、どうやって食べるんですか?」
食べ方を尋ねる。
本を読む、と言っていたから、この料理の原型の存在は知っていたのだろう。
「私が食べるのを真似しなさい。」
いいながら、左手に薄餅を載せる。
皮を端で摘んでタレを付けてから薄餅の中央へ乗せ、薬味を同様に乗せる。左右から薄餅を3つ折にし、最後に手前側を折って底を閉じる。
そこまでやってからエリーの手の中を見てみると、概ね上手く出来ていた。自分のを口へ運ぶ。
甘めのタレの味と、こんがりと火の通った赤子の皮の食感。主張し過ぎない程度に添えられた薬味の香りが、元々強くない人肉のクセを完全に消し去る。
美味しい料理なのだが、私には少々物足りない。普通の食事と同じく、味気ない。
ふとエリーの方を見やると、文字通り顔を輝かせていた。どうやらお気に召したらしい。
元々この料理は人肉食の入門に当たる料理だ。
赤子の肉、それも赤子の内に食べることを目的として育てられた赤子の肉は、殆ど人肉とは信じられない程にクセが無い。その上、この調理法では甜麺醤と薬味代わりのネギと共に食べる為、残された僅かなクセさえ消える。
しかも赤子の肉は、そもそも単純に肉として美味い。またその皮は、成人のそれと比べて遥かに弾力に富む。火が通され、パリパリに焼きあがった皮の食感は、何とも心地良いものだ。
なによりこの料理が人肉食の入門として適するのは、その提供法にある。なにしろ目の前で赤子の皮を削いで出すのだ。
間違いなく人肉を食べていると言う確信を得られる美味い料理。これ以上に入門用として適した料理は無いだろう。
それはそれとして、だ。
「本当に抵抗なく食べるのだな。」
すでに2つ目を巻いて食べているエリーに声を掛ける。どうやら私に何かを言うよりも、食べることを優先していたらしい。まぁ私がとくにリアクションを求めなかったから、というのもあるだろうが。
「ヘルマン様からのお手紙に私の来歴は書いてなかったのですか?」
私の問に首をかしげ、少し思案してから返答する。手紙の内容に凡そのあたりは付いているのだろうか。
「いや、書いてあったがこうして自分の目で見るまで俄かには信じがたくてな。」
その言葉に納得したように頷いてから。
「私はスラムでは年長者でしたので、実は一通り料理も出来るんです。来て日が浅くて、まだ "お肉" に慣れていない子が抵抗無く食べられるようにするのも私の仕事だったので。」
「そうか。」
返事をしつつ、内心ではこの先何度かエリーに調理してもらうのも良いかもしれないと考えている。屋敷のコックは人肉の調理をしない。
「ただ、お屋敷にはコックさんがいらっしゃったので、私の出番は無さそうですけど。」
その思考を知ってか知らずか少し残念そうにそう続けるエリーに。
「いや、屋敷のコックは人肉の調理をしない。お前が腕を振るう機会も、あるだろう。」
フォローを入れると、嬉しそうにエリーは笑う。
これまでに作ったことのある料理をエリーから聞きつつ、食事を進める。
刺激の少ない料理が久方ぶりに美味しく感じられ、同時にこれまた久しぶりに、他人が作る料理に期待をした。