※この作品はR-18です。

敵亡き世界   作:山崎 響

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 一応、宮藤芳佳が主役です。なんとなく第二次世界大戦をトレースしています。本当になんとなくなので事実とはほとんど異なります。
 極力オリジナルキャラと男は出さないようにしましたが、しかたなく何名か出ています。名前は付けないようにしました。
 残酷描写、性的描写、鬱展開があります。
 三話か四話くらいで完結する予定です。書きあがり次第投稿します。
 誤字脱字、稚拙な文章はご容赦ください。


第1話

 爽やかな光が優しく降り注いでいた。木々は色付き始め、稲穂は頭を垂れている。どこまでも続く青い空は穏やかな風と光に包まれ秋の訪れを囁いていた。

 

 世界中のネウロイが完全に駆逐されました。

 

 傷ついて、家を失い、家族を失い、絶望に明け暮れていた時代は終わった。

 これからは幸せに向かって世界は進んで行くだろう。

 

 私は自宅の裏庭でお茶を飲んでいた。ふと空を見上げると雲ひとつ無い青い空に小さな影をひとつ見つけた。

 

 ネウロイ? いや違う… あれは…

 

 その影がどんどんこちらへ近づいてきた。

 

 キーーーーーーン ドーーーーーーーーン

 

 その物体はくるくる回転しながら裏庭の茂みに落ちた。

 

 そこには諏訪天姫さんが転がっていた。彼女の仕事は郵便屋さん? 諏訪さんはお尻の辺りをさすりながら、少し涙目だ。

「大丈夫ですか?」と私はそこへ駆け寄った。

 諏訪さんはなんとか立ち上がり、か弱い笑顔を見せて懐から手紙を取り出して私に差し出した。

「リネット・ビショップ様よりお手紙です。」

 私はおもわず「リーネちゃんから?」と聞き返した。

 だってまたお父さんからかと思ったから。

「ありがとうございます。」私は腰を直角に曲げて言うと

「確かにお渡し致しましたよ」そう言って諏訪さんは空へ飛び立った。

 

 私は彼女が小さくなっていくのを眺めながら、さっき渡された手紙を空に透かして見ていた。

 

「芳佳~朝御飯できたわよ~」母の優しい声が聞こえてきた。

 

「手伝わなくてごめんなさい。お母さん。」

 私は手紙を懐に入れ、家の中に入りお茶の間の障子を開けた。

 母は坂本さんと土方さんの朝食を並べていた。

「遅いぞ宮藤。先に呼ばれてたぞ。あ、奥方、ご飯おかわり。」

「坂本少佐…。なんで毎日毎日、普通に宮藤宅でご飯を食べているんですか?いい加減私は申し訳なくて申し訳なくて。」

「土方、おまえも食え、腹が減っては戦が出来んというではないか。」

「土方さんもいっぱい食べてくださいね。」母はにっこり笑って御飯をよそった。

「奥方、この漬物は自家製か?うますぎる。ジューシーな胡瓜と絶妙な塩加減。そして鯵の干物と豆腐と油揚げの味噌汁。これはもう芸術ですな。あっはっは。」

「坂本少佐、何言ってるのかわかりませんよ。モグモグ。美味しい…美味しいです。こんな美味しい朝飯は初めてです!」土方さん、それ毎日言ってますよ……

「いっただきまーす。」私は手を合わせた。母の作る御飯はいつも美味しい。

 

 朝食が済み、母と祖母は用事があると言って出かけていった。私も学校に行こうと思い「坂本さん、私もそろそろ出かけますけど……」と言うと坂本さんは「時に宮藤、私の所にリーネからこんな物が届いたのだが。」坂本さんは胸のポケットから白い封筒を取り出して私に見せた。

 その封筒を見てみると、諏訪さんが届けてくれたのと同じ、かわいいリボンが印刷された封筒だった。

「私のところにもさっき同じ封筒が届きましたよ。」

「手紙は呼んだか?」

「いえ、まだです。」

「そうか。それでは我々は仕事に戻る。手紙を読んだら、私の所へ来てくれ。土方、行くぞ」

 

 行ってしまった…。なんだろう?そんなに大事な手紙?学校行かなきゃならないけど、ちょっと読んでみようか……

 

 親愛なる芳佳ちゃんへ

 久しぶりだね。元気にしてましたか。お医者様になるお勉強頑張ってる?

 ブリタニアは短い夏も終わり、涼しくなって、そろそろ秋が来たかなぁって思う今日この頃です。

 ブリタニアは復興が進んでネウロイに受けた傷も幾分癒えてきたように思います。私も子供たちに勉強を教えたり、遊んだりしながら、少しでも復興のお手伝いが出来たらなぁって思ってます。でも、子供たちの遊んでる姿を見ていると私と芳佳ちゃんの姿がだぶって見えたりして、隣に芳佳ちゃんがいないことがすごく寂しくて泣いてしまいそうです。私は芳佳ちゃんと一緒に居ることが当たり前だと思ってたみたい。そんな訳ないのにね。

 五〇一のみんなはそれぞれの国へ帰って頑張ってるみたい。私も寂しいとか言っていられないね。お互いがんばろうね。

 そういえば、この前ミーナ中佐が私の家に来たの。ネウロイがいなくなったことだし、五〇一のメンバーで集まって同窓会しましょうって。私それを聞いてすっごく嬉しくなっちゃって。だって芳佳ちゃんに会えるんだもん。それでね、私が五○一のみんなに招待状を出すことになったの。手紙と一緒に招待状を入れておいたので、よかったら来てくださいね。待ってます。

リネット・ビショップ

 

 リーネちゃんに会いたいなぁ。そっかぁ、同窓会かぁ。行きたいなぁ。でも、ブリタニアは遠すぎる。お母さんに旅費出してなんて言えないよ。

 私はちらりと柱時計を見て完全に遅刻だと気づいた。もう急いでもしかたない。そういえば坂本さんが手紙を読んだら来てくれって言ってたな。行ってみようか。

 

 私は小川沿いの道を歩き始めた。収穫した作物をいっぱいに積んだ軽トラックがのんびりと走っている。平和な光景。もう戦争なんてする必要もない、ストライカーユニットを履くこともないだろう。私は額に手をかざして、もう真上に近い太陽を見上げた。少し行くと小さな神社の脇で神主さんが落ち葉の掃除をしていた。私は神主さんに会釈をした。神主さんは私の顔を見てにこやかだった顔が一瞬硬直したかに見えた。でもすぐ元の人の良さそうな顔に戻り、私にお守りをひとつくれた。

 

 ありがとう。でも安産祈願って、まだ早いと思いますけど……

 

 坂本さんは現在、師範学校の教官をしている。今は学校にいるだろう。私は師範学校の校門の前まで来ていた。校門から校庭を除くと、ウィッチ候補生たちが校庭を走っていた。

「遅い遅いー、もっと気合入れて走らんかー」坂本さんの怒声が飛ぶ。

 それを見ていて、私は五〇一にいた頃を懐かしく思った。

 

 お昼の鐘が鳴った。「よーし、今日はここまで。解散。」坂本さんがそう言うと、若きウィッチたちはその場に倒れこんだ。一体どのくらい走ったんだろう。

 

「坂本さーん」私は手を振りながら、坂本さんのそばへかけよった。 

「おう、来たか宮藤。手紙は読んだか?」

「読みました。リーネちゃんが元気そうで嬉しかったです。あと同窓会の招待状が入ってました。……でも私、同窓会には行けそうにないです。」私は唇を尖らせながら、下を向いていった。

「ん?どうしてだ?」

「私、えっと学校があるし、それに、ブリタニアまで行くお金もウチには……」私がごにょごにょと両手の指を絡ませながら言うと、坂本さんは豪快に笑って「あっはっは。お前はそんなことを気にしなくていい。私が連れて行ってやる。」

 私は両手を胸の前で振りながら、「でもでも、そんなことだめですよ。そんなに坂本さんに甘えられませんよ。」

 坂本さんはにやりと笑って「実は公用でブリタニアに行くことになった。つまり!どういうことだ?」坂本さんは右手の人差し指をつき立てた。

 私は目を輝かせて「旅費がタダ!」と叫んだ。でも私はちょっと考えて上目遣いで「でも……私は関係者じゃないからダメですよね?」と言うと坂本さんは「お前は予備役だろう?十分関係者だ。問題ない。」

「でも学校が……」私がモジモジしていると

「数日休んだくらいで駄目になるような学校などやめてしまえ。」坂本さんは私の目をまっすぐに見て、言いきった。

 むちゃくちゃ言いますね。坂本さん。でも、リーネちゃんに会える。みんなも元気かな。なんか楽しみ。ちょっとどきどきしてきた。

 

 坂本さんと私は次の日の夜、ブリタニアに飛び立った。飛行機は軍のだけどシートが結構ちゃんとしてて、乗り心地は悪くなかった。坂本さんは小さな窓から外を眺めながら、何か考え事をしているようだった。私は話しかけるのをやめて、リーネちゃんのことを考えることにした。そしていつの間にか寝てしまったようだ。飛行機は夜の空をブリタニアに向けて飛び続けた。

 

「起きろ、宮藤。ついたぞ。」

「そんな……だめ……おっきい……」

「何、寝ぼけとるか!どこをさわっとるか!やめんか!私の乳を揉むな!」

「ん……? あれ? 坂本さん? ウチで何してるんですか?」

 

 ゴン!

 

 いたい……。目が覚めたら飛行機の中。エンジンは止まっている。坂本さんがなんか赤い顔で怒ってる。どうしたんだろう? あれ? なんか頭痛いな。風邪かな?

「まったく、お前は……。あっはっは。仕方のないやつだ。」

 坂本さんが笑ってる。怒ってんのかと思ったら、笑ってる? どこよ、ここ……ここは……ブリタニア!

「ブリタニアについたんですね。坂本さん。」

「ああ。そうだ。私はこれからブリタニア軍司令部に行かなくてはならんのだが…。お前はどうする?同窓会は夜からだろう。」

「んーと、考えてなかったですね。」

 

 私と坂本さんは飛行機を降りて歩きながら話していた。

 久しぶりのブリタニア。空港はネウロイの攻撃などなかったかのようにきれいに整備されていた。

 

「芳佳ちゃーーーーーん!」

 私の所へ手を振りながら走って来る懐かしいその声。

「リーネちゃん!」

 私はリーネちゃんの所へ駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。そしてリーネちゃんの首筋に鼻を押し当て深呼吸。あーいい匂い。また胸がおっきくなった気がするなぁ。私の胸に当たる柔らくて大きな二つの塊が私の心をかき乱した。ちょっと強くリーネちゃんの首筋を吸ってみた。

「くすぐったいよ。芳佳ちゃん。」

 顔を真っ赤にしてリーネちゃんが言う。嬉しすぎてちょっと調子に乗りすぎた。

 リーネちゃんは気を取り直し、「お久しぶりです。坂本少佐。」とぺこりと頭を下げ、坂本さんに挨拶をした。

「おう。久しぶりだな。リーネ。元気そうで何よりだ。」

「はい。坂本少佐もお元気そうでなによりです。」

「あっはっは。まぁ、堅苦しい挨拶はいい。同窓会は夜からだろう?まだ時間もあるし宮藤とロンドンの街でも行って来たらどうだ?」

 リーネちゃんと私は顔を見合わせ、「はいっ」と同時に返事をした。

 

 霧の都ロンドン。今日は青空が広がっていた。扶桑で見た空と同じ雲ひとつない青い空。秋の心地よい風が私達を包む。ブリタニアの復興は大きく進んでいて、ネウロイの爪跡を見つけることは出来なかった。まるで戦いなんて無かったかのように、穏やかな街がここにあった。私とリーネちゃんはロンドンの街を歩いている。振り返ると落ち葉の絨毯の上を木の葉が静かに舞っていた。

 

「あ……このお店……」私は以前に来た覚えのあるカフェを指差した。

 レンガ作りのモダンな外観。店内からは楽しそうな笑い声。広い入り口は行き交う人を誘う。

 

「ちょっと休んで行こうか。お茶にしましょう。」リーネちゃんが私の手を引いた。

 

 カランコロン

 カフェのドアを開けると心地よい鐘の音が響く。以前に来た時と変わらない店内。髭のマスターがグラスを拭きながら「いらっしゃい。」と声を掛ける。店内はそれほど広くは無く、カウンターが八席とテーブルが四つ。ちらほらとお客さんがいた。

 

「窓側の席が空いてるよ。」リーネちゃんはにっこり笑って席を指差す。

 私達は窓側の席に向かい合わせに座り、リーネちゃんはダージリンティー、私はホットチョコレートを注文した。

 リーネちゃんと目が合った。大きな瞳と長い睫毛。唇がぷるんとしてむちゃくちゃ可愛い。私の鼻息は少し荒くなっていった。まずい。このままでは襲い掛かってしまいそうだ。

 

「ココアを注文するなんて、宮藤はおこちゃまだなぁー」

 私の後ろから声がした。振り返ると、懐かしい人が私の後ろの席の椅子に逆に座りこちらを向いてにやにや笑ってる。

 

「ハルトマンさん!」私は思わず叫んだ。

 

「トゥルーデもいるよー」ハルトマンさんが振り返る。その先を見るとハルトマンさんの向かいにバルクホルンさん座っていた。バルクホルンさんは以前より優しい目をしていた。

「ハルトマン、行儀が悪いぞ。それでもカールスラント軍人か。」

「もう、トゥルーデったらー。今日くらいいいじゃん。」

「お前はいつもだろうが。まったくここにくる船の中で菓子は食い散らかすわ、そこらで寝るわ、どれだけ私が大変だったと……」

 ハルトマンさんは耳をふさいでいる。聞く気はないようだ。

「ミーナ中佐は一緒じゃなかったんですか?」リーネちゃんが不思議そうに尋ねた。

「ああ。ミーナはさっきまで一緒だったんだが、坂本少佐と用事があるとかでな、別行動だ。」バルクホルンさんが腕を前に組みながら言った。

 

 そういえば軍司令部に用があるって坂本さんが言ってたな。何かな?こんな時にも仕事かぁ。でも軍隊なんて必要なのかな。もうネウロイはいないんだし。

 

「まったくあたなたちは本当に騒がしいですわね。」カウンターに座っていた女性がこちらへ来た。

 

「ペリーヌさん!」私は驚いて叫んだ。

 

「うるさくて、ゆっくりお茶も飲んでいられませんわ。あなたたちは昔から全然変わらないんですのね。」

 ペリーヌさんは少し大人っぽくなっていた。少し胸もおっきくなったような。

「あら、なんの音かしら?」

 どこからかキーンと音がした。音はどんどん大きくなっていく。

「え?何、なに?」私はうろたえた。

 

 ドーン

 

 上の方から耳を劈く音がした。カフェの天井には大きな穴が開き、そこにはかなり旧式のプロペラ機が突き刺さっていた。

 

「いっててて。」

 頭を抑えながら、見覚えのある胸…。違った、女性がコックピットから出てきた。

「おーい。ルッキーニ、生きてるかぁ」

「しゃーりぃー。頭痛いよ。ひりひりするぅ」

「どれどれ。見せてみろ。うわぁ。でっかいタンコブができてるぞぅ」

 私達が呆然とする中、空から落ちてきた二人は淡々と話続ける。

「おい!リベリアン。何やっとるかー。」気を取り直したバルクホルンさんがやっと口を開いた。

「いやぁー。ルッキーニが寝坊しちゃってさぁー。吹っ飛ばして来たよー。魔改造したこのプロペラ機の性能も試したかったし。でも旧式はこれが限界かなぁ」

 悪びれずにシャーリーさんが言い訳?をした。

「でもー。ジェットコースターみたいで楽しかったよー」

 ルッキーニちゃんが満面の笑顔で言った。変わらない笑顔に私はほっこりした。

「お店の中の人たち大丈夫かしら。」ペリーヌさんが辺りを見回す。

「お客さんたちはみんな避難したみたいです。よかった。怪我した人いなくて」リーネちゃんが胸をなでおろした。

 ハルトマンさんが半壊したカウンターの方に行って、

「うーん。そうでもないみたいだよ。ヒゲのマスターが泡吹いて倒れてるもん」

 バルクホルンさんも駆け寄って、

「これは墜落の怪我というより、せっかく直した店をまた壊されたショックで倒れたんだな。」と冷静に言った。

 

「こらこら、おまえら何をやっとるか」

「これはひどいわね。」

 坂本さんとミーナ中佐が半壊したカフェに入ってきた。

 

「坂本さん! ミーナ中佐!」みんなはびっくりして叫んだ。

 

「あぁ、ミーナはもう中佐じゃないぞ」坂本さんが冷静に話す。

 バルクホルンさんが「ミーナは先日、カールスラントの総統になった」と誇らしげに言った。

 

 カールスラントでは、ネウロイを殲滅するのに功績のあった第五〇一統合戦闘航空団の司令官である、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケはカールスラントでは英雄視されており、国民の人気も高い。これからのカールスラントを背負ってたつ人物は彼女の他はないと、誰もが考えていた。カールスラントの総統を選ぶ選挙でミーナは圧倒的な勝利で総統に就任した。

 

「ネウロイがいなくなったから、私は普通に暮らしていきたいと思っていたのだけれど」ミーナ中佐じゃなかった総統は頬に手を当て、困った顔をしていた。

「それよりも、この店とマスターをどうするか」坂本さんがため息をついた。

 ハルトマンさんがにやにや笑いながら

「ルッキーニとシャーリーが、ここで働いて弁償だなぁ」と言うと、「おいおい、何年働かなきゃなんないんだよ、アタシたちは」シャーリーさんが首をすくめる。

「あたしー、シャーリーとだったらここでずっと働いてもいいよー。」とルッキーニちゃんが嬉しそうだ。

「まさか、こんなに早く使うことになろうとは。」ミーナ総統が金貨の入った袋をどこからか取り出して、「ロマーニャ女王からお金を預かってます。絶対にルッキーニさんはなんか仕出かすからそのときに使ってくれって。」

「ルッキーニは女王のお気に入りだからなぁ。」シャーリーさんが嬉しそうに話す。

「うじゅぅ。信用されてないよ。あたし。」ルッキーニちゃんが泣きそうだ。

 

「む。マスターが目を覚ましたようだ。」マスターの様子を見に行っていたバルクホルンさんが言った。

 気づいたマスターが店の惨状を見て頭をかかえながら叫ぶ。

「私の店がぁー。せっかく直した私の店がぁー。」ああ、かわいそうなマスター。しかし続けて「かっこよくなってる!」ってガッツポーズをした。え? マスター?

 ひげのマスターは嬉しそうに天井に突き刺さったプロペラ機を見て「これは、最高のオブジェだ。しかも大ファンのシャーロットさんの飛行機だ。素晴らしい!素晴らしいよ!最高だ!」嬉しそうに叫んだ。ヒゲのマスター、大丈夫かな。あたま。

 そんな私の心配をよそに、ミーナ総統と坂本さんがマスターに金貨袋を渡して謝っていた。ヒゲのマスターも嬉しそうだし、怪我人もいなかったし、まぁ、いいか。

「あと、エイラとサーニャがくれば全員揃っちゃうねー。」ハルトマンさんが両腕を頭の後ろで組んで突き刺さったプロペラ機に寄りかかりながら言った。

「別にここは集合場所じゃありませんことよ。ここまで揃ってしまうのがおかしいの。ほんとにあなたたちは……」ペリーヌさんがちょっと嬉しそうにはなす。

「エイラとサーニャか……。あいつらもこれるといいんだがな」

 坂本さんがカフェの天井にぽっかりと開いた穴から覗く空を見上げながらつぶやいた。

 

 

 時は一年ほど遡る。エイラとサーニャはサーニャの生き別れの両親を探す為、オラーシャに来ていた。

 既にオラーシャのネウロイは完全に駆逐されており、オラーシャ皇帝の善政もあってネウロイに破壊されたオラーシャも元の姿にもどりつつあった。

 

「サーニャ、雪が降ってきたよ。寒くないカ?」

「平気よ。エイラ。でも本当にエイラはいいの?わたしのためにオラーシャまで来てしまって。」

「戦争が終わったら、一緒にサーニャの両親を探すって約束したじゃないカ。もうそのことは言うなよナ。アタシがそうしたいからやってるんダ。」

「うん……。ありがとう。エイラ。」

 

 二人は雪のちらつくオラーシャの小さな町についた。寒さのためか、人の通りは多くはない。数件の雑貨屋などもあって、町に多少の活気はあった。

 

 陽は傾き、空は薄暗くなっていた。

「どこか泊まれる所を探さないとナ。野宿じゃ確実に凍え死んじゃうナ。」

「あそこの建物、小さいけどホテルみたい……」

「そうだナ。あそこにしようカ。」

 

 二人は小さなホテルに宿をとることにした。

 小さなドアを開けると人のよさそうな宿の主人が迎えてくれた。この辺りは物騒なのか、主人の後ろの壁には猟銃がかけられていた。

 

「いらっしゃい。ずいぶんと可愛いお客さんだな。寒かっただろう。」

「二人で泊まりたいんだけド、大丈夫カナ?」

「あぁ、大丈夫だよ。今日はさっぱり客がこなくて困ってたところだ。あとで部屋にあったかいスープでも持っていくよ。」

「ありがとう。」サーニャが軽くお辞儀をした。

 

 二階の部屋に通された二人は、わずかな荷物をクローゼットに入れ、かなり年季の入った三人がけのソファに寄り添って座った。

「疲れてないカ?サーニャ。」

「エイラこそ。ここ数日、ずっと歩きずめだったもの。大丈夫?」

「アタシは平気サ。早く両親が見つかるといいナ。」

「オラーシャは広いから……。この旅もいつまでかかるのかわからないのよ。」

「サーニャと一緒ならいつまででもかまわないヨ。」

 エイラはそういいながら、何気に窓の外に目をやった。外が何か騒がしい。エイラは窓を開けて下の通りを見た。そこには軍人らしき数名があわてながらこの宿に入っていくところが見えた。

「何かしら……」いつのまにかサーニャがエイラの隣にいた。少し震えている。

「尋常じゃないナ。何があった?」

 

 バン!

 勢いよくエイラとサーニャが泊まっていた部屋の古びたドアが開いた。四人の男が銃をかまえ、部屋に入ってきた。軍服をみる限りオラーシャ兵のようだ。エイラは反射的にサーニャの前に立ち、身構えた。いつも懐に忍ばせてある拳銃に指をかけて。

 

「なんなんだよ、おまえら。サーニャになんかしたら許さないからナ!」

 拳銃を構え、エイラが叫ぶ。

 軍服の男達は少し驚いて

「あれ?サーニャ?もしかして後ろに居るのはリトヴャク中尉か?」男が銃を下ろし、敬礼した。

「お前らも、銃を下ろせ。彼女は我が軍の英雄、アレクサンドラ・リトヴャク中尉だ。」男達は全員銃を下ろし、サーニャに敬礼した。

「我々はオラーシャ皇帝直属の兵だ。無礼を許してくれ。」隊長らしき男がそう言った。

 呆然とするエイラと恥ずかしそうにエイラの後ろに隠れるサーニャ。しかし、意を決したように、サーニャはエイラの後ろから出てきた。

「何かあったのですか?」サーニャが恐る恐る尋ねる。

 近衛兵たちは顔を見合わせ、隊長らしき男がうなずき、話し始めた。

「陛下はオラーシャの復興のため、各町や村をお忍びで回っているのだが……」

「お忍びってなんだヨ。堂々と回ればいいじゃないかヨ」エイラは不機嫌だ。

「いや、堂々と回っていたのでは、民衆の本当の生活はわからないとのお考えだ。」

「陛下に何かあったのですか?」サーニャが尋ねる。

「我々が一瞬目を離した隙に消えてしまったのだ。」

「その辺で買い食いでもしてるんじゃないのカ?」エイラはまだ不機嫌だ。

 近衛兵の隊長らしき男はエイラを無視してサーニャに向かい話し続ける。

「しらみつぶしに陛下を探していたのだが。見つからない。今陛下を失っては、オラーシャの未来はない」そう言ったときだった。

「ん……。誰だ?」隊長らしき男がドアの方を睨む。

 そこには、青ざめた顔でこのホテルの主人が立っていた。手には熱々のスープを持っている。

「聞かれたか?」近衛兵達が主人に向かって銃を構えた。

 次の瞬間、ホテルの主人は口からどす黒い血を吐き、その場に膝から崩れ落ち、熱々のスープは床にぶちまけられた。主人の背中にはこぶし大の黒いものが突き刺さっていた。

「な、なに!」近衛兵たちは後ずさる。背中の黒いものはぼんやりと光を放っていた。エイラがサーニャの方を見るとサーニャのアンテナが光っている。

「サ、サーニャのアンテナが……な、なんで?ネウロイはもういないはずだロ!」エイラがサーニャのアンテナを指差す。その時、ホテルの主人の背中に突き刺さった黒い物体は細くて鋭い光線を放った。エイラが振り向いた時には、四つの死体が転がっていた。そしてその黒い物体は力なくふらふらとこの部屋の入り口から這うように外へ出て行く。

「追いましょう。」サーニャが真剣なまなざしでエイラに言った。

 サーニャが黒い物体を追ってホテルの外へ飛び出した。

 エイラはあまりのことに呆然としていたが「サ、サーニャ、待ってくれ」エイラはサーニャを追いかけた。

 

 陽は完全に暮れ、夕方に降っていた雪は地面にうっすらと積もっていた。

「……サーニャ……どこだ?」エイラが辺りを見回すがサーニャの姿がない。嫌な予感がエイラの脳裏に浮かび、エイラの背筋に悪寒が走った。

「ヤ・バ・イ……」そう感じたエイラだったが、予知が一瞬遅れてしまった。

 ガン!

 何か硬いものがエイラの後頭部を襲った。エイラはその場に崩れ落ち、暗くて白い道に赤い血が広がった。

 

「……ここは……どこダ?……サムイ……」

 真っ暗な闇の中にエイラはいた。辺りを見回すが何も見えない。夜の冷気が肌に突き刺さる。

「イテテテ……」後頭部に手をやるとヌメっとした感触がエイラの手に伝わる。手にはべっとりとしたものがついていた。

「チキショー、なんだってんダ。アタシがウィッチじゃなかったら死んでるゾ。」

 ボゥ

 エイラの体が青白く光る。魔法の膜がエイラを包んだ。魔法の膜はエイラに暖とほのかな明かりをもたらす。エイラは周りを見渡した。そして一瞬青ざめた後、声にならない悲鳴を上げた。

 コンクリートで囲われた暗い室内。吐き気のする異臭。無造作に置かれた死体。壁に窓は無く、入り口は一箇所、鉄製の重そうなドアがあるのみだった。

「おぇぇえ」嘔吐した。頭の中で恐ろしい映像がぐるぐると回る。口をぬぐいながらエイラは頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。

「ナンダヨこれ……イヤダ…イヤダヨ……助けて……助けて……サーニャ……」エイラは恐ろしさのあまり動けなかった。エイラの顔は涙と嘔吐物でぐしゃぐしゃになっていた。

「ここから出なきゃ……」エイラはふらふらと鉄製の扉を押した。ドアはびくともしない。「引っ張るのカ?」しかしドアはのっぺりとしていてつかむ所はない。

 ダーンダーン

 エイラは何度も鉄の扉に体当たりするが、扉が開くことは無かった。「このままじゃ、アタシも……」エイラの顔が恐怖で歪む。

 その時、ドシーンドシーンとエイラの耳に重い足音が聞こえてきた。足音は鉄の扉の前で止まりボウっと光が鉄の扉の隙間から差し込んだ。

 その光が一瞬エイラの心に希望をもたらした。だが次の瞬間、予知能力がエイラの頭をかけめぐる……希望と……恐怖と……絶望……そしてサーニャが……エイラの頭をかけめぐる……

「アタシは……アタシには、死ぬよりも怖いことがあっタ。」

 エイラは恐怖を噛み殺し、しっかりとした足取りで立ち上がった。

 

 ギギギギ……。ゆっくりと鉄の扉が開く。エイラは身構えた。

 

 二メートルを越す大男が両脇に人を抱えて立っていた。抱えられた人からぽたぽたと血がしたたり落ちている。大男の目は赤くぎらつき、口から腐臭を放っていた。胸には赤い光が見えた。

 大男は無造作にその二人をエイラのいる部屋の中に投げ入れた。

「ここは死体置き場だったのカ……」

 大男はエイラのことは見てもいないようだ。大男はそのまま部屋を出ようと振り返った。「イマダ!」エイラは大男に向かって駆け出した。

「ウリャアアアアアアアア」

 エイラの飛び蹴りが大男の背中に炸裂する。大男はくの字に折れ曲がり、エイラのいた部屋の外へ飛んでいった。それを追ってエイラも部屋の外へ飛び出した。

 

 そこは薄暗い廊下だった。大男はゆっくりと起き上がりエイラに向かう。

「こ、こいつは……」エイラが一瞬後ずさった。ぼろを身にまとった大男の目は腐り落ちていて口は歪み、どす黒い顔。継ぎ接ぎだらけの体。

「死体ダ。死体が動いてイル。」だがエイラはまた湧き上がって来てしまいそうな恐怖を心の奥へ押し込めた。

「ダカラ何だって言うんダ。アタシはお前なんかと遊んでるヒマはねーんだヨ!」

 エイラは右手の拳に魔法力を集めた。エイラの右手が熱く燃え上がる。

「ネウロイの残党!その胸の赤いコアを砕く!」

 エイラは大男の胸の赤い光にその燃える拳を叩き込んだ。

 パーーーン

 大男の胸の赤いものは砕け散り、大男の胸に大きな穴が開いた。大男はその場に倒れた。

「体の全てがネウロイ化していたわけではなかったんだナ」

 エイラは倒れた大男を横目で見て、すぐに駆け出した。

 

「サーニャ……サーニャ……無事でイテクレ……無事でイテクレ」

 エイラは祈りながら窓の無い廊下を走る。廊下の端に昇りの階段を見つけ、駆け上がった。

 

「え、ここは……」

 階段を駆け上がってきたエイラが見たものは、さっきサーニャと一緒に入ってきた小さなホテルのロビーだった。

「どうなってるんダ?このホテル……。アタシは地下室にいたのカ……」

 

 エイラは考えた。一見、どこにでもありそうな小さなホテル。人の良さそうな主人。壁にかけられた猟銃。そして地下室には死体置き場。死体の腐臭と血の臭い。近衛兵たちはしらみつぶしに皇帝を探していたと言った。だが本当にそうなのだろうか。彼らはこのホテルに何か禍々しいものを感じていたのではないだろうか。宿の主人の背中に黒いものが突き刺さって死んだように見えたが、背中から黒いものが出てきたのではないだろうか。攻撃のために。死体を収集するために。あの継ぎ接ぎだらけの大男のように忠実な下僕を増やすために。

 エイラの頭に恐ろしい想像が駆け巡っていた。

 

「ずいぶんと可愛いお客さんだな。寒かっただろうぅぅぅぁあああぁ?」

 エイラの背後から声がした。エイラが振り向く。人の良さそうな宿の主人がにこにこ笑いながら、壁に掛かっていた猟銃をつかみ、エイラに銃口を向けた。宿の主人の顔は崩れ、目が片方飛び出ていた。

「やっぱりナ。もう読めてるんだヨ。生き残りのネウロイ……。今までもこうやって仲間を増やしていたのカ?」

 銃口が火を吹く。だが、冷静さを取り戻したエイラの敵ではなかった。エイラは素早く銃弾を避けると、すべるように宿の主人に近づき、胸の辺りを魔法力をこめた拳で貫いた。パーン! コアの砕ける音がした。宿の主人も完全にはネウロイ化はしていない。胸に大きな穴が開いただけだった。

「サーニャを探すんダ」エイラが予知魔法に神経を集中させる。

 ギシ……ギシ……。何かが軋む音がする。エイラは耳を澄ませる。

「二階カ……」

 エイラは猟銃を宿屋の主人の死体から奪い取り、慎重に二階へ向かう。

 ギシ……ギシ……あぐっ……かはっ……

 軋む音と一緒に女のあえぐ声が聞こえてきた。そのおぞましさと恐ろしさでエイラの全身が総毛立つ。集中力は乱れ、予知がぼやけて霞む。

「この部屋からダ。」エイラはその音のする部屋のドアの前で猟銃を構えた。

「あぐっ…や、やめて……たすっ助けて……エイラ……」

 部屋の中から聞き覚えのある声。愛しい声。だけどエイラは初めて聞く声。知ってるけど知らない声。部屋の中で何が起きているかエイラはすぐに理解した。

 全身から汗が吹き出す。手は汗ばみ、猟銃がすべり落ちそうだ。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 エイラは叫びながらドアを蹴破り部屋の中へと入った。そこはさっきサーニャと一緒にいた部屋だった。

 

 ベッドの上で人の形をした黒い塊がサーニャの上で蠢いていた。サーニャの顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。黒い塊はエイラに気づかないのか、腰を振ることをやめようとしない。

 

 エイラの中で何かが切れる音がした。

 

「ぶっ殺してヤル!ぶっ殺してヤル!細切れにしてヤル!」

 エイラは自分の持てるだけの魔法力を猟銃の弾丸に込めて撃った。弾丸がなくなるまで、魔法力が完全になくなるまで。

 黒い塊が弾けとび、エイラの言葉通り黒い塊は細切れになった。だが……。

「こいつコアがない……どういうことダ?」エイラは少し驚いた。が、「サーニャが先ダ……」エイラはサーニャに駆け寄った。

 茫然自失とするサーニャ。その目はエイラを捉えてはいなかった。エイラはサーニャの両肩をつかみ、ゆさぶる。

「サーニャ、しっかりシテクレ、サーニャ……」

 呆然と天井を向いていたサーニャの左の瞳が突然<グルン>と回ってエイラを見た。その瞳は赤く光っていた。

「サ、サーニャ……、まさか……」エイラがうろたえて後ろへ下がろうとすると、サーニャは不自然に手を使わず起き上がりエイラをつかんで引き寄せ抱きしめた。強い力だった。サーニャとは思えないほど。

 動けなかった。異質さを感じ取ったエイラだったが、動けなかった。

 

 サーニャ…。柔らかい……。いい匂いがする。サーニャ……。許してクレ。もっと早くアタシが来ていればこんなことには……。サーニャ……。ごめん…ごめんよ……。サーニャ……。

 

 サーニャはエイラから優しく離れると、あちこちに散らばっている黒い破片を一瞥し、「エイラ……。あなたが殺したのは、オラーシャ皇帝よ。完全にネウロイ化していたけどね。この体は魔力が邪魔している為か、ネウロイ化できない。残念だ。」と左の口元を上げながら不自然に笑った。

 サーニャらしくもない言葉と態度。そして赤い左の瞳……。

 エイラは背筋に冷たいものを感じた。今までのサーニャには感じたことのない感情がエイラの心を駆け巡る。

「な、何を言っているんダ?サーニャ……。」うろたえるエイラ。

「いいの……何でもないわ……来てくれて嬉しかった……」サーニャは裸のままエイラに歩み寄り、優しく抱きしめてキスをした。長いキスだった。サーニャの舌がエイラの中に滑り込み、エイラは全身が溶けるような感覚を味わった。

 エイラの体が木製の古いベッドに沈みこむ。サーニャはエイラの服を脱がし、エイラの体にこびりついた血を舌でなめとった。

「そんな……そんなとこ……だめだヨ……サーニャがそんなことしちゃダメダ……」エイラはちいさく抵抗したが、抗えない。

「エイラ……犯される私を見て興奮した?」サーニャはエイラの耳元でささやいた。その声は麻薬。そして甘美。エイラの思考はどんどん鈍っていった。

 サーニャはエイラの乳房を舌で弄びながら、その細くて白い指をエイラの体の中に滑り込ませる。「あ……あぅ……」エイラは苦痛とも快楽とも呼べぬ声を漏らして体をくねらせた。エイラの目には快楽と悲しみが入り混じった涙が浮かぶ。

「サ、サーニャ……お願い……指……動かさないデ……」哀願するエイラの唇を塞ぐ。次第に激しくなるサーニャの指先。「あ…あ…あ…」エイラの体が痙攣してくる。

「エイラ……愛しい人……あなたは私のモノ。あなたは私の為に生きるの……私の為に……」サーニャの赤い左の瞳が妖しく揺れる。

「あっあっ……あぁぁぁ……」エイラは硬直した後、少しだけ震えて静かになった。古いベッドのシーツはぐっしょりと濡れていた。

「夜が明けるのはまだよ。私にとっても、あなたにとっても……」

 そんなふたりを取り囲むように死んだはずの四人の近衛兵が直立不動で立っている。サーニャの左の瞳は満足気な光を放ち、悲しげな右の目からは涙があふれていた。

 人間が二人しかいなくなった町の夜は静かにそして激しくふけていった。

 

 

 再びブリタニア 半壊したカフェ

 

  坂本さんがカフェの天井に開いた穴から覗く空を見上げていた。魔眼の使えなくなった瞳は黒くてきれいだ。

 

「えーっ。少佐ぁー。さーにゃんこないのぅ?」ハルトマンさんが口を尖らせて言う。

 坂本さんがちょっと困った顔をすると、リーネちゃんが「実はエイラさんは今、スオムスにはいないらしくて、手紙が返送されてきたんです。サーニャさんはあて先が分からなかったので、エイラさんに渡してもらおうと思ってサーニャさんの分の招待状も一緒に同封して送ったんですけど……」と答えた。

 

 そっか……二人でサーニャさんのご両親を探す旅をしてるんだったな。

 

「サーニャとエイラにも会いたかったなぁ」ルッキーニちゃんが悲しそう。

「まぁ、そういうな。あいつらにも事情ってもんがあるんだろ?な?ほら、鼻かんで。」シャーリーさんがちり紙を取り出しルッキーニちゃんの鼻にあてる。

「チーン。ぶびっ」涙目のルッキーニちゃんが鼻をかんだ。ちょっときちゃない。

「そうよ。ルッキーニさん。私たちだけでも、今日の同窓会楽しみましょう。」ミーナ総統が優しくルッキーニちゃんの頭を撫でた。

 

「ハァ、ハァ……そ、総統……外電です。」肩で息をしながら、少女が外電をミーナ総統に渡した。少女は黒い軍服を着ている。ミーナ総統の親衛隊かな。なんか、こう、かっこいい。私も一回着てみたい。

 ミーナ総統の手が震えていた。ミーナ総統の目はとまどいの色を見せていたけど、すぐに私達と一緒に戦っていた時の目のようにするどくなった。怖かった。

 ミーナ総統はリーネちゃんに軽く頭を下げて、

「ごめんなさい。リーネさん。私……。同窓会に参加できなくなったわ……。発起人なのに……ごめんなさいね。」

「ど、どうしたんですか?ミーナ総統。」突然のミーナ総統の言葉にリーネちゃんは驚きの色を隠せないようだった。

「スオムスにオラーシャ軍が侵攻を始めたわ。」ミーナ総統が言った。

 五〇一のみんなが息を呑む。この中で私だけがこの事態を理解していなかった。

「侵攻って、どういうことですか?ネウロイはもういないんですよ?」

 そんな私に坂本さんは小さくため息をついて、「宮藤、侵略はネウロイだけがするものではないぞ?ネウロイが現れる前は人間同士で殺し合いをしていたんだ。何千年もな」

 

 私は坂本さんを見つめたまま固まった。人間同士の戦争の歴史は学校で習った。私が物心ついた時にはすでにネウロイが世界を侵略していた。お父さんだってそのために幼い私をおいて出て行ってしまった。私は戦争が嫌い。嫌いだ。大事な人達が傷つき、いなくなってしまう。私は戦争が嫌いだ。

 

「去年あたりから、オラーシャの情報が全く入ってこなくなったの。カールスラントも、扶桑も偵察隊を送り込んでいたのだけれど、誰一人帰ってはこなかった。」

 そう話すミーナ総統は少し怖かった。

「カールスラントも、我が扶桑もオラーシャとは国境を接しているからな。まだ海がある分、扶桑の方が守りやすいんだが。」坂本さんが戦う時の目になっている。

「エイラとサーニャ、大丈夫なのかなぁ……」ルッキーニちゃんが心配そうに言った。

「あいつらのことだから、心配ないと思うけど……。心配だな」シャーリーさんがルッキーニちゃんの頭をなでながら言った。

「私達はカールスラントに戻ります。バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、すぐにカールスラントに帰還し、スオムス救援の準備を。」ミーナ総統が言うと「了解!」「りょーかーい!」バルクホルンさんとハルトマンさんが立ち上がった。

「宮藤、すまないな。今日はお前と語り明かしたかった。」

 バルクホルンさんがさみしそうに私をみつめた。

「ごめんねーみんな。行こう、トゥルーデ。」

 

「宮藤、すまんが私も扶桑へ戻る。オラーシャが侵略を始めたとなれば、次は扶桑かもしれんからな。」

「坂本さんもですか?坂本さんも戦争するんですか?人間同士で?私は戦争なんかしたくありません。」

「お前は戦う必要はない。だが覚えておけ。相手がネウロイだろうが人間だろうが、扶桑の平和を脅かす奴は容赦はしない。平和を守るとはそういうことだ。」

「坂本さん……」

 私は言葉に詰まった。私はどうしたらいいのだろう。誰傷つけたくない。私の考えは甘いのだろうか。ネウロイがいなくなって平和な世界が訪れたと思ったのも束の間、こんなことになるなんて。

 

 私はどうしたらいいのだろう。

 

「ルッキーニさん。」ミーナ総統は振り向いてルッキーニちゃんに言った。

「ロマーニャの海軍がスオムス救援に向かったそうよ。」

「うじゅ?」

「ロマーニャもカールスラントと同じくオラーシャに宣戦布告するということ。」

「うじゅ?わかんない。どういうこと?」

「カールスラントとロマーニャそして扶桑は、この一年、オラーシャの不穏な動きに対して警戒を強めていました。もちろんスオムスも。私達は連携してオラーシャ包囲網を作ることを約束していました。本当はブリタニアにも加わって欲しかったのだけれど。」ミーナ総統がため息をつく。

「ブリタニアには断られたんですか?」私がそう言うと、ミーナ総統はうなずいた。

「ミーナはずっとオラーシャを警戒していた。一年前からオラーシャには黒い霧が立ちこめ、オラーシャ全体がネウロイの巣のようになっている。私もミーナに協力してオラーシャの周辺諸国へ呼びかけていた。だが、ブリタニアは断った。」坂本さんが目を伏せながら言った。

「どうしてですか?」

「カールラントはオラーシャを理由に、周りの国を巻き込んでまた世界を戦争に巻き込むのか?侵略者はお前らだろう……って。ブリタニア軍指令に言われたわ。」ミーナ総統の顔が険しくなった。

「ガリアもリベリオンも似たようなもんだった。」バルクホルンさんが厳しい顔で言った。

「後はシャーリーさんにお聞きなさい。」

 ミーナ総統はそう言うとバルクホルンさんとハルトマンさん、黒い軍服の少女と共にカフェを出ていった。

 

「しゃーりぃ?どゆこと?」ルッキーニちゃんがシャーリーさんに首をかしげながらたずねた。

「んー、わからん。しかし、女王陛下は今すっごく不安な気持ちでいっぱいだろうな。」シャーリーさんが首をひねりながら答える。

「たいへんじゃん。女王ちゃんたいへんじゃん。」ルッキーニちゃんが慌てた。

「あたし、ロマーニャに帰る。」ルッキーニちゃんが立ち上がった。

「そうだなぁ。それがいいな。きっと心細い思いをしているぞ。あたしが送っていってやるよ。」シャーリーさんも立ち上がって、「さて、どうやってロマーニャに行くか……だ。」そういうと、カフェの天井を見上げた。「やるか。」シャーリーさんはにやっと笑って、天井に突き刺さったプロペラ機のコックピットにまるでうさぎのように跳ねて飛び乗った。

「ルッキーニも乗れぇー。」シャーリーさんが叫ぶ。

「あーい」

 ルッキーニちゃんがかろやかに、シャーリーさんの後ろに乗り込んだ。

「よしかー。またあそぼーねー」ルッキーニちゃんが手を振った。

 二人の魔法力がプロペラ機の前方に注がれる。プロペラ機は浮かび上がった。

「じゃぁぁぁぁなぁぁぁぁぁ」プロペラ機はロマーニャに向けて飛び立っていった。

 

 行ってしまった。振り向くと、ヒゲのマスターがまた泡をふいて倒れていた。そっとしておこう。

 

「宮藤、お前はどうする?しばらく事が落ち着くまでブリタニアにいるか?」坂本さんが言った。

「そうだよ、それがいいよ。芳佳ちゃん。私の家へおいでよ。芳佳ちゃんだったらずっといたっていいんだよ。」リーネちゃんが私の服の袖をつかんだ。

「私…私は誰も傷つかないでほしい。」私は坂本さんを真剣なまなざしで見つめて、「私、スオムスに行きます。きっと怪我をした人がたくさんいると思うんです。」

 私がそう言うと、坂本さんは一瞬戸惑って、

「宮藤、わかっているのか?スオムスは今戦場だ。お前が思っているより何倍もひどいことになっているはず。」

「だからこそです。私だって怪我した人の治療ならできます。」

 坂本さんは驚いた表情を見せたが、すぐに深くうなずいた。

「ふ……あっはっは。さすが宮藤。ならば行け。まだミーナに追いつける。あいつらと共にスオムスを救え!」坂本さんが言った。

 私はミーナ総統を追おうと、席を立つ。でもリーネちゃんは私の手を離さなかった。

「いかないで。芳佳ちゃん。スオムスは戦場なんだよ。芳佳ちゃんに何かあったら、私……」リーネちゃんは目にいっぱい涙をためて懇願する。 

「ごめん……リーネちゃん。」

 私はリーネちゃんの震える手を振り切り、ミーナ総統たちを追った。リーネちゃんはその場にしゃがみこみ、泣いていた。

 

 私は走った。ミーナ総統たちは……飛行場か……

「ハァ……ハァ……」息が切れる。しばらく訓練なんてしなかったから。ちょっと鍛えないとな……

 

 飛行場に着くと、ミーナ総統たちが総統専用機に乗り込むところだった。

「まってくださーい。」私は飛行機に駆け寄る。

「み、宮藤、どうして?」最後に乗り込もうとしていたバルクホルンさんが驚いた表情を見せた。

「わ、私もつれていってください」私は息を切らしたまま、ペコリと頭を下げた。

 ひょこっとハルトマンさんが出てきた。

「宮藤も来てくれるのー? 宮藤が来てくれるとすっごい助かるぅ」ハルトマンさんがうれしそうに手をたたく。

 でも、バルクホルンさんは厳しい顔になって

「だめだ。宮藤。お前をつれていくことはできない。」

「どうしてですか。」私は身を乗り出してバルクホルンさんに詰め寄った。

「今回のオラーシャの行動はスオムスだけではないんだ。オラーシャとヴェネツィアやカールスラントの国境付近にもオラーシャの大軍が集まっているという情報が入っている。当然海を挟んでオラーシャの南に位置する扶桑だって危険な状態なんだ。お前は扶桑に戻り、自分の国の為に戦え。」

 バルクホルンさんは厳しい表情のまま、腰に手を当て、仁王立ちで私を拒絶した。

「かまわないわ。宮藤さん。乗って。」すでに乗り込んでいたミーナ総統が飛行機の入り口に現れた。ミーナ総統も厳しい顔だったけど、すこし表情をなごませて、「どうせ、美緒のことだから、扶桑は私にまかせて、おまえはスオムスを救えとか言ったんでしょ。」ミーナ総統は少し呆れ顔だ。大体あたりです。

「しかし、ミーナ……」バルクホルンさんはまだ納得できないという顔でミーナ総統に言いかけると「総統の命令ですよ。トゥルーデ。」いたずらっぽくミーナ総統は笑った。

 

「あっはっは。そうだ。上官の命令には従わなくてはならん。」

 

「え?」みんなが振り返った。いつのまにか坂本さんが高笑いしていた。

「私の乗る軍用機もこっちなんだ。」坂本さんが扶桑の軍用機を指差す。そりゃそうですよね。坂本さん。

 

 それから坂本さんはじっとミーナ総統の目を見て、

「私達十一人は仲間だ。かけがえの無い仲間だ。ひとりも欠けずにもう一度同窓会を開こう。エイラとサーニャも一緒にだ。」真剣な顔で坂本さんは言った。

「美緒……あなたまさか……」ミーナ総統はとまどいを隠せない。

「扶桑は大丈夫だ。世界最強の海軍がある。オラーシャなど一歩も近づけんさ。私がいなくてもな。」

「美緒……ひとりで行くつもり?あなたは魔法が使えないのよ。」

「達者でな。」坂本さんは小さく敬礼をして軍用機に乗り込んだ。あれ?扶桑のパイロットたちが、坂本さんに外にけりだされているよ。

「待って、美緒。無茶よ。」ミーナ総統があわてて飛行機を降りて、坂本さんの乗った軍用機を追いかける。だけど轟音と共に坂本さんが乗った軍用機は空へと飛び立っていった。

 

「どういうこと?」ハルトマンさんがミーナ総統に尋ねる。

「美緒は、オラーシャで行方不明になっているエイラさんとサーニャさんを助けにいくつもりだわ」ミーナ総統は声を震わせて言った。

「坂本さんは扶桑に戻るって言ってましたよ。」私がそういうと、

「扶桑に戻るなら、パイロットを蹴りだす必要はないだろう。坂本少佐らしいといえばらしいな。」バルクホルンさんが腕を組んで言った。

 

 坂本さんはひとりで行ってしまった。二人を助けに。オラーシャは広いのにどこを探すというの?

 

「美緒を追うわ。」ミーナ総統はそう言って、飛行機に戻ろうとした。

「だめだ。ミーナ。お前はカールスラントの総統なんだ。私情より、カールスラントを優先すべきだ。」バルクホルンさんミーナ総統の手を強くつかんでミーナ総統を抱きしめた。ミーナ総統の目に涙が浮かんでいた。バルクホルンさんも泣いていた。

 私とハルトマンさんさんは二人をなだめながら、飛行機に乗り込んだ。目指すはカールスラント。一度カールスラント指令本部へ戻り、一軍を編成。スオムスへ援軍を送る。それと同時にカールスラントとヴェネツィアの国境付近の警備のための人員の調整と編成。カールスラント国内の不安や混乱を払拭するために、ミーナ総統のラジオでの演説の予定もある。総統は忙しいのだ。

 

 いろいろな思いを乗せた飛行機は、カールスラントへ向けて飛び立っていった。

 

 

  ウィッチたちはそれぞれの思う場所へ向かっていった。残されたのは半壊したカフェと二人のウィッチ、そして気絶したヒゲのマスターだけだった。

「芳佳ちゃん、芳佳ちゃーん……」リーネは顔を涙でくしゃくしゃにしてその場にしゃがみこんだ。後ろからペリーヌが優しくリーネの肩に手をかけた。

「まったく、いつまでも泣かないの。あなたはほんとに泣き虫ですのね。」

「ペ、ペリーヌさぁーん。だって、だって……」

「さて、ふたりだけでここにいても仕方ありませんわ。ほら、リーネさん立って。」

「ぐすっ」リーネはペリーヌに後ろから抱きかかえられ、なんとか立ち上がった。

「ほら、涙をふいて。」ペリーヌは美しい薔薇の刺繍が施されたハンカチでリーネの頬を優しく拭いた。

「リーネさん。私の屋敷に招待いたしますわ。」

「ぼえ?」リーネがペリーヌを見つめる。

「私の屋敷で同窓会をしましょう。あなたが来てくれると子供たちも喜びますわ。」

「ペリーヌさぁん……」リーネが泣き崩れた。

「でも料理はあなたがつくるんですのよ。」

 ペリーヌはいたずらっぽく笑ってリーネの手を握った。

 

 リーネとペリーヌはガリアのペリーヌの屋敷へと向かった。

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