ロマーニャ王宮内の会議室前
シャーリーとルッキーニは会議室前で異様な光景を目にする。銃を構えた兵士が会議室を取り囲んでいたのだ。その緊張した空気にシャーリーは思わず唾を飲んだ。だが気を取り直し兵士達を睨み付けシャーリーは叫ぶ。
「貴様ら王宮内で何をしている!」
取り囲んでいた兵士達がシャーリーを睨む。今にも銃口は火を吹きそうだ。その中から一人の男がスタスタとシャーリーの前へ歩いて来て言った。
「あんたがリベリオンのイェーガーか?こっちのちっこいのがルッキーニ少尉だな」
「何してんのさ。ここで武器を持っちゃダメなんだかんね!」ルッキーニが叫ぶ。
だがその男はそれを無視し話続けた。
「既にこの王宮は我らロマーニャ軍が占拠した。無能な王にはこの国は任せられない。こいつのせいでロマーニャ艦隊は壊滅し、兵士は無駄に命を落としたんだからな」
「クーデターってわけか」シャーリーはギリッと奥歯を噛む。確かに陛下がロマーニャに与えた損害は大きい。だがそれですぐにクーデターとは。
「準備が良すぎるな」シャーリーは大きな瞳でその男を睨んだ。
「なんだと?」その男は銃をシャーリーに向けてつかつかと近づいてきた。
「大体、同盟国を助けに行くことは当然のことだろう。ブリタニアの攻撃は予想できることではない。全ての責任を陛下にかぶせるのは間違っている」
シャーリーは仁王立ちでその男に叫ぶ。
「丸腰でいい度胸だな。ウィッチといっても武器がなければただの女だ」
男はシャーリーの胸に銃口を当て少しづつめりこませていく。いやらしい笑みを浮かべて。だがシャーリーは微動だにしない。鋭い眼光で男を睨み続ける。
「やめて!シャーリーに酷いことしないで!」ルッキーニは男の前へ飛び出した。
「まて、ルッキーニやめろ!」シャーリーが叫ぶ。
硝煙の匂いがした。細長く煙が揺れる。ルッキーニは声も無くその場に倒れた。
「何してんだよ。オマエ……」赤いオーラがシャーリーを包む。
「動くな。お前もこうなりたいのか?それに……」男が話し終わる前にシャーリーの蹴りが男の顎を捕らえていた。男は数メートル吹っ飛ばされた。
「ルッキーニ!」シャーリーはルッキーニを抱きかかえる。
「しっかりしろ、ルッキーニ。目を、目を開けてくれ。ルッキーニ」
シャーリーは叫び続ける。だがルッキーニの瞳は閉じたままだった。銃弾はルッキーニの胸を貫いていた。ルッキーニの口元から細長い血が流れる。
「ルッキーニ……嘘だろ。こんな簡単に。こんな簡単に死んじまうのかよ。こんなことってあるか。こいつはこれからだってのに。せっかくネウロイもいなくなったのに。これから平和に暮らして、普通に学校いってさ。普通に恋したりしてさ。これからだったのに。なんで、なんでこんな簡単に奪っちまうの?こいつは世界の為に戦ったじゃないか。自分のためじゃなく人の為に戦ったじゃないか。こんなことってあるのか……こんなことって」
シャーリーの周りを幾重にも兵士が取り囲んでいた。銃口は全てシャーリーに向いている。その中から軍の幹部らしき男がシャーリーの前に出てきた。
「シャーリー君。君もロマーニャ軍の兵士になったんだってね。かつての君の活躍は聞き及んでいるよ。どうだね?私たちと共にロマーニャを繁栄させていかないか?君なら高い地位につけてあげられると思うよ。悪い話じゃないと思うがね」
「大体分かったよ」シャーリーはルッキーニを抱きかかえて言った。
「何がだね?」
「全ては筋書き通りに事が動いてたってことだ。あんたの筋書きじゃなくリベリオンのな」
「何を言っているのかさっぱり分からないね」
「ロマーニャ艦隊がブリタニア軍だけであそこまで破壊できるとは思えない。あの破壊の状況を見れば敵の艦隊だけじゃなく空からの攻撃の跡もあったことはすぐ分かった。つまり近くに空母がいたってことだ。数百機の爆撃機がなければあそこまでロマーニャ艦隊を破壊はできないだろう。あれだけ大規模に空母を展開できる国は世界にひとつしかない。」
「ふむ。それで?」
「リベリオンは恐怖していた。カールスラントの科学力と扶桑の軍事力に。ネウロイを破ったこの二国に。やつらは軍事力をその豊富な資源と人材で増強していった。そして原子力爆弾の開発に成功する。だが本当に恐ろしいのは原爆じゃない。」
兵士たちは銃口を向けたまま動かない。幹部の男の額に汗が流れる。
「何が恐ろしいというんだね?」
「そんなことはもう、どうでもいいんだよ……」
ゆらりとシャーリーはルッキーニを抱きかかえたまま立ち上がった。
「何をする気だね?この状況で君は何が出来るというのだね」
次の瞬間、落ち着き払った幹部の男が後ろに吹き飛んだ。シャーリーを取り囲んだ兵士達は銃の引き金を引こうとする。だがその指が引き金を引くよりも速くシャーリーは兵士達をなぎ倒していた。
「あんまりウィッチをなめんなよ。お前らにあたしのスピードが見切れるかよ」
シャーリーはつかつかと幹部の男に向かって行く。その胸倉をつかんで持ち上げる。
「すぐルッキーニを治せる医者を呼べ。それとこんなばかげたことをやめるよう部下に伝えるんだ。死にたくなかったらな」
幹部の男は失禁していた。それでも虚勢を張り涙声で叫ぶ。
「もう遅いんだよ。このクーデターを止めることはできない。あんたの言うとおり、全部リベリオンの策略さ。それに……」
「それに?」
「もう、女王の処刑は終わっている」
「なるほど」
ブチンといやな音がした。シャーリーは片手で幹部の男の喉を握りつぶしていた。男を放り投げるとルッキーニを抱きかかえストライカーの置いてあるガレージへ向かった。
「早くルッキーニを医者に……。ちきしょう、こんなとき宮藤がいてくれたら……」
シャーリーは王宮の外へ出てガレージへ向かう。だが驚くべき光景を目にする。
囲まれていた。手にはスコップや棒切れ鉄パイプ。こいつらは兵士じゃない。民衆。国民。ロマーニャの。王が守るべき国民が王宮を取り囲んでいた。何万人いるのだろう。途方も無い数の人間が怒声を上げていた。今にも王宮へなだれ込んできそうだ。
「これじゃ、ガレージまで行けない。ルッキーニ……」
シャーリーの心を絶望が支配する。目の前が真っ暗になりシャーリーはその場にしゃがみこんでしまった。そんなシャーリーの耳に、か細い声が聞こえた。
「しゃーりぃ……しゃーりぃ……。大丈夫だよ。あたしがいるよ。シャーリーにはあたしがついてるよ。あたしがシャーリーを守ってあげる。あたしが……」
「ルッキーニ!気がついたのか、ルッキーニ!」
シャーリーは涙を流して叫ぶ。
「絶対生きてここを出よう。宮藤に会えればお前を治すことだってできる。絶対死ぬなよ、ルッキーニ……ルッキーニ?」
角が生えていた。ルッキーニの額に鉄の角が生えていた。
「え?なにそれ……」
ルッキーニの額から伸びた角はシャーリーの胸を貫いていた。いや、シャーリーの背中に突き刺された鉄の棒がルッキーニの額ごと貫いていたのだ。王宮内になだれ込んだ民衆は暴徒と化し、見境無く王宮にいる人間を殺してまわっていた。何が起こったのか。ここまでやる必要があったのか。すでに正気を保った人間はこの王宮内にはいなかった。
「あ……れ?ルッキーニ?……そうだ、ルッキーニを医者に……宮藤に……」
ロマーニャの王宮は一週間燃え続けた。
カールスラント帝国病院手術室前
「ミーナ、あんたは執務室に戻りなよ。総統が不在じゃ話にならないよ」
ハルトマンさんがミーナ総統の肩に手をやり話しかける。ミーナ総統は目にいっぱいの涙を溜めている。「それがなんだっていうの?フラウ。トゥルーデが、トゥルーデが……こんなことになって、総統なんてやってられる訳ないでしょ!」
ぱぁん。ハルトマンさんがミーナ総統の頬を打った。
「ミーナの肩にはカールスラント国民の命がかかっている。ミーナは私情で動いちゃいけない人なんだよ」
「私は、総統なんてやりたくなかった。総統なんて。大事な家族を傷つけてまでやる意味なんてない!」
「それでもあんたは総統になることを引き受けた。だったら何が起ころうとも全うしろ。そうだろ?ミーナ」
「フラウ……」
ミーナ総統は頬に手を当てその場にへたり込んだ。
私は今、手術室前のソファに横になっている。既に魔法力が切れていて起き上がることも出来ない。ただ二人のやりとりを悲しい気持ちで見ているだけだ。
「それにミーナ。ガリアがカールスラントに攻め込んできたらしいんだ。あんたはあたしに命令を出してくれなきゃ」
「命令?」
「ガリアを殲滅してこいってさ、命令を出してよ」
「フラウ?」
「カールスラントが占領されたらトゥルーデの治療だって出来ないだろ?」
「あなたの好きにしたらいいわ……私はもう何も考えられない……」
「了解。そうさせてもらうよ」
そう言ってハルトマンさんは病院を出て行った。私はそれを目で追うことしか出来なかった。
ガリア ペリーヌの屋敷
「それじゃ、この問題の分かる人、手をあげてー」
「はいはいはい」「はーい」
「なんか、リーネさんって教師の才能がありますわね。子供達も懐いていますし」
ペリーヌは感心してリーネの授業を見ていた。
「あら?何かしら?」
遠くの空から何か音がする。飛行機の飛ぶ音。一機……二機……。いや、これは編隊……。数十機はいる。ペリーヌは慌てて窓へ駆け寄る。リーネと子供達も一緒に窓の方へ行った。
「ペリーヌさん……。これって……」
「軍隊ですわね。ガリアのじゃないわ。これは……」
窓から見た空には一糸乱れずに飛ぶ黒い飛行機が数十機。その前を一人のウィッチが飛んでいるのが見えた。
「え?」
その飛行機から無数の黒い塊が投下された。塊は地面に到着すると激しく爆発を起こした。
「爆撃機!」リーネは口元を押さえて息を呑んだ。
「こちらに迫って来ていますわ。リーネさん、早く子供達を……」
「は、はい。ペリーヌさんも早く逃げましょう」
二人は子供達の手を引き屋敷の外へ飛び出した。
「なんてこと……」ペリーヌは外の惨状を見て両手を握り締めた。
修理したばかりの街から炎が上がっていた。道はめくれ上がり、昨日手入れした畑も硝煙が立ち上っていた。そして子供達を学校までつなぐ橋が破壊されていた。ペリーヌが立ち尽くしている間にも爆撃は続いていた。
ワナワナと震えるペリーヌの肩をリーネが強くつかんだ。
「ペリーヌさん、逃げなきゃダメです。ストライカーの無い私たちはどうしようもないです。この子たちを逃がさないと……」
「ストライカーならありますわ。」
そう言ってペリーヌは屋敷に引き返えそうとする。振り返ってペリーヌはリーネに言った。
「リーネさん、この先に小さな村があります。そこなら安全だと思います。やつらはきっと大きな街を狙うでしょうから」
「何をする気ですか。ペリーヌさん。危険です。一緒に逃げましょう」
子供達も不安な目でペリーヌを見つめる。ペリーヌは小さな女の子の前に歩み寄り頭を撫でた。
「リーネさん、頼みましたわよ。これ以上ガリアを、この子たちの美しい祖国を壊される訳にはいきませんの」
ペリーヌはまっすぐにリーネを見つめた。リーネはペリーヌの静かに燃える瞳を見て止められないことを悟った。
「分かりました。子供達は私が必ず守ります。だからペリーヌさんも絶対その村へ来てください。絶対無事で帰って来てください」
「当然ですわ」
ペリーヌはストライカーユニットを隠してある物置まで走った。
ガリア上空
ガリア軍はオラーシャ軍と違って普通の人間だった。普通の軍隊だった。だがハルトマンの部隊は容赦はなかった。次々とガリア兵が打ち倒されていく。何度もガリア兵は白旗を挙げた。だがハルトマンは許さなかった。一人の降伏も許さなかった。カールスラント軍の通った跡には生きたガリア兵は一兵もいなかった。
「一人も生かして帰すな。我等に弓引く奴らを許すな。ガリアを焦土と化せ」
ハルトマンの声が飛ぶ。カールスラント兵達も怒りに身を震わせていた。スオムス救援の失敗。オラーシャでの敗退。バルクホルンの負傷。誇り高き帝政カールスラントは負け続けていた。そこへガリアが攻め込んできた。火事場泥棒的に。弱っていたカールスラントを更に追い込むように。カールスラント兵の怒りは全てガリアへ注がれた。もちろんハルトマンの怒りも。
理不尽な怒りかもしれない。だがもう止められなかった。そして止める者もいなかった。
再びカールスラントの病院
「ミーナ……総統……」
私はよろよろと起き上がりミーナ総統を呼んだ。
「宮藤さん……。まだ起きちゃだめよ。あなたはトゥルーデの為に限界まで魔法力を使ってしまったのだから」
「どうしてですか?ミーナ総統。あなたはもっと強い人だと思ってました」
「み、宮藤さん……」
「ミーナ総統は強くてみんなの憧れで。ウィッチ達がみんなあなたのことを尊敬してました。ミーナ総統を尊敬していました。」
ふぅっとミーナ総統は息を吐いた。私がすごく生意気なことを言ったことは分かってる。でも見ていられなかった。
「あなたまでそんなことを言うのね。宮藤さん」
さみしそうに目を伏せながらミーナ総統は言った。
「その通りだぞ。ミーナ総統」スタスタと一人のウィッチが歩いてくる。
「マルセイユ大尉」私は驚いた。だって彼女は今アフリカにいたはずだから。
「祖国の危機だ。もどらないわけにはいかないだろう?それに……」
「それに?」ミーナ総統は青ざめて聞き返す。
「どっちにしろカールスラントはアフリカから撤退を余技なくされた」
マルセイユさんはくやしそうに言った。
「そんなバカな……」ミーナ総統は振り向き立ち上がった。
マルセイユさん「ふうっ」軽く息を吐いて、
「オマエがオラーシャばかりに気をとられている間も世界の情勢は動いている」
マルセイユさんはキッとミーナ総統を睨みつける。
「何でオマエが知らないんだ?」
「!」
ミーナ総統は口元を手で押さえた。その目には動揺の色は隠し切れない。
「す、すぐに司令室に戻るわ。ハンナ……」
「もう遅いよ、ミーナ。今、司令本部には誰もいない。いたのはウルスラだけだ。」
ウルスラ・ハルトマンさんが部屋の隅に立っていた。
「ミーナ総統、ガリアはカールスラントに侵攻なんてしていません。国境に防衛ラインを築いていただけ……。姉さまはもう正常な判断ができなくなっています。何度も説明したのに姉さまは飛び出して行ってしまいました」
「そ、そんな……。」ミーナ総統は震えている。
「それと、バッドニュースがもうひとつ」
マルセイユさんは右手の人差し指を立てて話す。その目は冷たかった。
「ノルマンディにリベリオンとブリタニアの軍が上陸した」
「な……」
「ガリア侵攻はリベリオンがカールスラントに攻め込むいい口実を与えたな。リベリオンのやつらが何て言っているか知ってるか?悪の帝国カールスラントが世界を征服しようとしている。リベリオンは正義の為にカールスラントを征伐するってよ」
マルセイユさんは淡々と話していた。
「カールスラント兵は精鋭揃いだがそれほど兵は多くない。オラーシャへの侵攻で無駄に兵を殺しすぎたな。残った兵もハルトマンが持っていってしまった」
「もう、カールスラントはリベリオンに蹂躙されるしかないっていうの?」
ミーナ総統は震えながら言った。
「そうだな。ノルマンディに上陸されてしまったら、もう我々に戦う術はない。リベリオンの爆撃機が飛び交い、次々と街が落とされていくだろう。」
そう眉をひそめてマルセイユさんは言った。
「今、戦えるのは訓練中の未熟なウィッチや少年兵だけです。彼らはカールスラントを守ろうと懸命に戦っています。ですが……」ウルスラ・ハルトマンさんが目を伏せる。
「もう、私に出来ることは何もないの?」ミーナ総統の両手が顔を覆う。
「ひとつだけある」マルセイユさんが言った。
「そこにいるウィッチはバルクホルンを助けてくれた恩人。我々と共に戦っていたことはリベリオンもわかっているだろう。我々と共に死なせる訳にはいかない。こいつだけでも生かして扶桑に送り届けるべきだ」
ハッとしたようにミーナ総統が私の方に振り返る。
「そう……ね。宮藤さんに何かあったら、美緒におこられちゃうわね」
私は何とか立ち上がり、ミーナ総統の目を真っ直ぐに見て言った。
「私……は、皆さんと運命を共にする覚悟は出来ています。私だけ逃げ出すなんて、そんなことしたくはありません」
マルセイユさんがヒュウっと口笛を吹いた。
「変わったやつだな。扶桑の魔女はみんなそうなのか?」
「この子は特別よ。まぁ美緒もそう言いそうだけど」
ミーナ総統はくすっと笑った。
「とにかく、宮藤さん。これは命令よ。最後くらい上官の命令を聞きなさい」
ミーナ総統の目に力が戻っていた。かつてネウロイと戦っていた頃のように。
「問題は、どうやって逃がすかだな。すでに制空権はリベリオンに握られているだろうし、もっとも今のこいつじゃ飛べやしないだろうが。海上も陸上も当然無理だろうしな。」マルセイユさんは顎に指を当て考える。
「ひとつだけルートがあるわ」ミーナ総統が言った。
「ウルスラ、あなたの研究が役立つ時が来たわよ」ミーナ総統はウルスラさんの方を見て頷く。
「確かにあれなら敵に見つからず扶桑まで行けるかもしれませんが……。まだ研究段階で、命の保障はできません」ウルスラさんは無表情で淡々と話す。
「ここにいても生存の確率はゼロよ。やるだけやってみましょう」
「わかりました」
二人のやり取りにマルセイユさんは
「おいおい、なんの話だよ?」と聞いた。
ミーナ総統はマルセイユさんの方を見て
「Uボートよ」
「Uボート?それって……」マルセイユさんが聞き返す。
ウルスラさんが初めて感情を込めて言う。
「潜水艦です。まだ武装はされてはいませんがプロトタイプが一隻完成しています。あの潜水艦の強度だったら扶桑までならなんとか行けると思います」
「そういうことよ。ハンナ」ミーナ総統はなぜか嬉しそうだった。
マルセイユさんは深く頷いた。
「では、ウルスラ・ハルトマンに命じます。宮藤少尉を必ず生きて扶桑まで送り届けなさい」ミーナ総統はウルスラさんに言った。
「わかりました。あれを操縦できる人間はここには私しかいないようですし」
「頼んだわよ。」ミーナ総統はウルスラさんに近づきウルスラさんの肩をぎゅっとつかんで抱き寄せた。
「ウルスラ……ごめんね。あなたにもつらい思いさせちゃったわね」
「ミーナ総統。私はあなたの部下であることを誇りに思っています。本当はあなたと共に果てることが望みでしたが……。ごめんなさい。これ以上は何も言いません」
「ウルスラ……」ミーナ総統の目に涙が光ったように見えた。
私はウルスラさんと共にUボートで扶桑に向かうことになった。魔力を消耗した私はもう逆らうことは出来なかった。半ば強制的にUボートに乗せられた。Uボートは海底に沈み北極回りで扶桑を目指す。
病院にはミーナとマルセイユ、そして両足を失ったバルクホルンが残された。病院には次々と負傷した兵士が運び込まれていた。医者も看護婦もその対応に追われている。バルクホルンは両足に包帯が巻かれ、病室に横たわっていた。まもなくここもリベリオン兵に占拠されるだろう。病院を戦場にするわけにもいくまい。ミーナとマルセイユに残された選択肢はあまりにも少なかった。
「せっかくカールスラントに戻って来てくれたのに、悪かったわね。ハンナ」
「気にしないでくれ。総統。しかし我々に残された道は二つしかないぞ」
「ええ。死ぬか、逃げるかの二つね」
「逃げてリベリオンの影におびえながら暮らすのは私の趣味じゃないな」
「じゃ、病院でやるのもなんだから、指令本部へ行きましょうか。まだあそこまではリベリオンも来てないでしょう」
「あんたと逝けるのならそれも悪くない」
そうマルセイユが言った時だった。病室の扉がバンと開く。そこには車椅子に乗ったバルクホルンがいた。ぜえぜえと肩で息をしている。車椅子を押していたのはバルクホルンの妹のクリスだった。
「トゥルーデ!」ミーナが振り向いた。
「死ぬ相談なんかやめろ。おまえらそれでもカールスラント軍人か。私はあきらめないぞ。最後までカールスラントを守る。私たちの故郷を守る」
バルクホルンの後ろでクリスが泣きそうな顔で車椅子を押している。
「バルクホルン……動けるのか。」マルセイユが言った。
「お姉ちゃんを連れて行かないで……」クリスは泣きじゃくる。
小さいクリスには車椅子は大きすぎて背伸びして押しているのが痛々しかった。
ミーナは優しくクリスの頭をなでた。
「ごめんね。クリス。大丈夫よ。トゥルーデは連れていかないわ」
「そうだな」マルセイユはにやっと笑ってバルクホルンに向かって歩く。
「包帯で顔をぐるぐる巻きにしたらリベリオン兵だってただの怪我人と思うだろ。」そう言ってバルクホルンの顔に包帯を巻きつけた。
「や、やめろ、私に生き恥をかかせるというのか。ハンナ。お前はいつだってそうだ。いつだって私を馬鹿にしやがって」バルクホルンがそう言うと、マルセイユは手を止めてバルクホルンの顔に自分の顔を近づけ、頬にキスをした。
「なっ」バルクホルンが驚いて半分包帯の巻かれた顔でマルセイユを見た。
マルセイユは真剣な顔でバルクホルンを見つめた。
「今だから言うが、私はお前を馬鹿だと思ったことなど一度もない。妹馬鹿だと思ったことはあるが。ふふっ。私はお前のことは一番尊敬していたよ。技術もパワーもそして人間としても尊敬していた。大空を羽ばたくお前が好きだった。本当に大好きだった」バルクホルンの目を真っ直ぐに見つめマルセイユは言った。
「や、やめろ、ハンナ。そんなのはこれから死にゆく奴の言う台詞だ」バルクホルンが青ざめて言った。
「それに、お前はクリスの為に生きなくちゃならない。それがどんなにつらいことでもな」マルセイユはバルクホルンの顔に包帯を巻きながら言った。
ミーナがバルクホルンを横から軽く抱きしめる。
「トゥルーデ。今までありがとう。私の大切な友人で家族でそして……」
ミーナは何か言いかけてやめた。そしてミーナとマルセイユの二人は静かに病院を去っていった。ミーナが一度だけ振り返った。
「待ってくれ、ミーナ、ハンナ。私を置いていかないでくれ。こんなのないだろ。こんなことって……」
バルクホルンの叫びはもう二人の耳には届いてはいなかった。
ガリア上空
「トネール!」
ペリーヌの雷撃がカールスラントの爆撃機を襲う。一機、二機と爆撃機は墜落していった。
「ちっ。ペリーヌか……面倒な奴が出てきた」ハルトマンは舌打ちをする。
「お前らは爆撃を続けろ。私はあいつを片付ける」
そう言ってハルトマンはペリーヌの近くへ急旋回した。
「ハルトマン……やっぱりあなたですの?あなたがなぜこんな酷いことを……」
「トゥルーデが両足を失った」
「え?」
「トゥルーデは大切な友人で家族で憧れで……」
「ハルトマン……何を言っていますの?」
「そしてその原因を作ったエイラを殺した」
「ハルトマン……」
「お前も死ね……トゥルーデを傷つける奴はみんな死んでしまえ」
「!」
ガリアの空に風が巻き起こる。それは嵐となりペリーヌを取り囲んだ。
「あなたはもう以前のハルトマンじゃない。仲間思いで、五○一のエースで、わたくしはあなたに憧れの気持ちを持っていた。だけどその殺気に満ちた修羅のような顔。ガリアを殲滅しようとする悪鬼の所業。許しません。許せませんわ。もう手加減はいたしません。墜ちなさい!ハルトマン!」
雷鳴が轟く。巨大な雷が幾重にも折り重なり爆撃機をも巻き込みハルトマンを襲った。雷に撃たれた爆撃機は次々と赤い炎を上げ墜落していった。
風の中からハルトマンが姿を現す。その体は雷に焼かれ煙が上がっていた。
「シュトルム!」
風の中にハルトマンが消えた。鋭い風の刃は再びペリーヌを襲う。
「何度やっても同じことですわ。あなたがどんなに速く動こうとも空全体に張り巡らせた雷を全て避ける事など出来ませんわ」
何度もハルトマンは攻撃を繰り返した。その度にペリーヌの雷撃がハルトマンを襲った。五度目の風が吹いた後、ハルトマンは再び現れた。何度も雷に打たれた体からは黒煙が立ち込めていた。
「ハァハァ……もう、観念なさい。何度やっても同じことですわ。あなたは私に近づくことさえ出来はしないのですわ」
「あははっ」
「何がおかしいんですの?」
「ペリーヌ、あと何回雷撃を撃てる?肩で息をしているじゃないか。だんだん雷撃が弱くなってきているぞ」
「くっ」
ペリーヌの顔は汗でびっしょりだった。息も荒い。
「一撃で落とせないような中途半端な魔法であたしを墜とせるかよ!」
「がっ」
一陣の風がペリーヌの胸を貫いた。空に一筋の血しぶきが虹のように舞い上がりペリーヌは地面に叩きつけられた。
「さすがに強かったよ。ペリーヌ。」ハルトマンは小さく敬礼をした。
轟音が鳴った。
「何の音だ?」
太鼓を撃ったような音だ。ハルトマンはその音の方を見た。地面の方からだ。
「リーネ?」
ロケットランチャーを構えたリーネがいた。
「へ?」
次の瞬間、ハルトマンは気づいた。自分の下半身が無いことに。リーネの砲弾は正確にそして残酷にハルトマンの体を貫いていた。
「あは、トゥルーデとお揃いじゃん」
ハルトマンは口元に笑みを浮かべならガリアの大地に墜ちていった。
オラーシャの王宮最上階
「まさか戻ってくるとは思ってなかった。あなたどうかしてるわ」
オラーシャに降り積もる雪は赤黒い大地を白く染め上げていた。まるで何も無かったかのように。
「オマエは一体何なんだダ?何がしたいんダ?」
「わたしはあなたと一緒にいたいだけよ。あなたを愛している。あなたを私だけのものにしたい」
「だったら、アタシにとりつけばいいダロ。頼むヨ。サーニャを解放してくれヨ」
「あなたにとりついたら、こんなこと出来ないじゃない」
ぱしっと鞭がエイラの背中に食い込む。
「あぐっ」
ロープで手首を縛られエイラは天井から吊るされていた。冷たいロープは容赦なくエイラの手首に食い込む。背中の治りかけの傷がまたひらいた。床にエイラの血がぽたぽたと滴り落ちる。
エイラは何も身に着けてはいなかった。一糸まとわぬ姿で苦痛に耐えている。
「こんなことも出来ないわ」
そういってサーニャはエイラの内腿に指を這わせる。何度も何度もエイラの中をサーニャの指が往復する。
「あぐっ」
「くすっ。もう溢れてきてる。それとこんなことも出来ないわね」
エイラを天井から下ろし床に転がす。そしてサーニャから生えた太い棒状の物がエイラを後ろから貫く。何度も擦られ血といっしょにエイラの液体が床に落ちた。
「もう少し啼いて欲しいわね」
サーニャの親指がエイラのもうひとつの穴へ滑り込んでいった。
「や、ヤメロ。そこは……あ、あぅ……」
「気持ちいいくせに……エイラ……。もっと、もっと啼いて」
「あっあっあぁ」
エイラの中にサーニャの体から放出された液体が大量に注がれた。
「ふふっ。あははっ」サーニャは笑いながらエイラから棒状のものを抜き、傷だらけのエイラの腹を蹴飛ばした。エイラは気を失いそのまま床に転がった。
ぐいっとエイラの髪をつかみ乱暴に起こす。気を失ったエイラの唇にサーニャは自分の舌を強引に滑り込ませた。
気を失って動かなくなっているエイラに容赦なくサーニャの黒い棒が突き刺さった。何度も何度も。エイラは目覚めては絶叫をあげ、気を失うことを繰り返していた。サーニャの欲望がエイラを蹂躙する宴はいつ果てることもなく続いた。
サンクトペテルブルク市街
「なんだこりゃぁ」
美緒は破壊された街と所々に溜まったどろどろの液体を見て思わず声をあげた。
「あ、隻眼の姉ちゃん。その液体に素手で触らないでくれよ。しばらくすると肌がとけちまうからな」猟師風の男が注意する。
「ああ。わかってる。しかし一体どれだけの死体が溶けたらこの量になるんだろうな。」
「さぁ。十万か百万か。俺には検討もつかねえな」
「しかし、お前。何故付いてきた? 私はお前を守る余裕などないかもしれないぞ」
「そんなこと期待しちゃいねえよ。俺は女房を殺した奴の親玉の最後を見たいだけだ」
「そうか。わかった。骨は私が拾ってやろう」
「ははっ。ありがてぇな。それより本当にここなのか?」
「間違いない。この街の中央にある城に死者の親玉がいる」
美緒と猟師風の男はずんずんと歩いていく。サンクトペテルブルクの王宮へ向かって。迷い無く、一直線に。
「お、おい、隻眼の姉ちゃん。あれ……」男が指差す。崩れた建物の隙間から動く死者がふらふらと現れた。数十人はいるだろうか。美緒は烈風丸を構える。
武器も無く、体も半分溶けた、もはや人間だった頃の面影の無い肉の塊が美緒と男に襲い掛かる。だが十秒と持たずに美緒に切り刻まれた。
「魔法を使うまでもない」
肉の塊は刻まれびちゃっと地面に落ちた。そしてずぶずぶと溶けていく。
「もはや、人間の形すらしていないな」美緒は烈風丸についた肉片を払い落としなら言った。
その肉片の後ろを低空飛行しながら近づいてくる者がいた。
「まぁ、元になる死体のストックがもうなくてナ」
その者は首をコキコキと鳴らしながら美緒を見ていた。
「エイラ!」
黒いストライカーを履いたエイラが自動小銃の銃口を美緒に向けた。
「この前のお嬢ちゃんじゃねぇか……でもなんか……」
「ダレダ?オマエ」エイラは首をひねった。
「俺だよ。お前が倒れた時に……。って気失ってたからわかんねえか」
次の瞬間エイラは銃の照準を男に合わせた。
「危ない!」
美緒が男を突き飛ばそうとするが、その前に容赦なくエイラの弾丸は男の体を貫く。
「うるせーヨ。オマエ」
「がっ」
男の体に無数の穴が開き、溶けた死体が溜まった池へ落ちた。
「今、助け……」美緒が男に駆け寄る。
「おいおい、来るんじゃねぇよ。あんたまで溶けちまうぜ」男はずぶずぶと池に沈んでいく。
「くっ。」
美緒は手を差し伸べるが、男はその手をはねのけた。
「奴らの親玉が死ぬとこ見たかったなぁ。まぁ隻眼の姉ちゃんなら軽く殺ってくれるだろ。頼むわ……」男はにやりと笑った。そして徐々に形が無くなっていった。
「ナンダヨ。少佐の情夫カ?あんまり趣味がよくないナ」ニヤニヤ笑いながらエイラは美緒を見下ろしていた。
「違う。お前はエイラじゃない……」
魔眼を開き美緒はエイラを見ていた。死者ではない。ネウロイでもない。
「何をぶつぶつ言ってんダ? 少佐」そう言いながらエイラが近づいてきた。
「エイラ、何故だ?何故私を攻撃する? 答えろ!」美緒が叫ぶ。
「ウルサイなぁ。少佐ぁ」
ゆらりとエイラは自動小銃を構えた。
「エイラ……私はお前を……」
「あー、もうウルサイ。ウルサイ。ウルサーイ!」
エイラは狂ったように自動小銃の弾丸を美緒に放った。
しかし、美緒のシールドの前には全くの無力。ただむなしく弾丸は弾かれる。
だが次の瞬間、後ろから美緒の肩を弾丸がかすめた。
「何っ」美緒が振り向く。
「しゅぅ……ぐじゅるら……がしゅぅ」
エイラがいた。もう一人エイラがいた。だがこのエイラは顔が半分崩れていた。
なにかうなり声をあげている。
「一体……これは……」美緒は烈風丸を握り締める。
王宮の扉が開いた。
「最初に作ったエイラが一番出来が良かった。ハルトマンにあっさりやられたが。あとは劣化していく一方だ」
美緒の魔眼が扉から出てきた者を捉える。
「お前なのか? まさかお前だったのか?」
「坂本美緒か。うむ。記憶にある。かなりの難敵だ。このポンコツエイラだけじゃ勝てそうもないな」
「サーニャ……。なのか? お前は……」
赤い左の瞳と唇がぎらつく。黒いローブを身にまとい、一人の少女が美緒の前に歩いてきた。
「私の邪魔をするな。坂本美緒」
サーニャの後ろには何百という数のエイラがいた。溶けた顔、内臓のはみ出た者、腕が何本も生えた者。そのどれもがまともな形をしてはいなかった。
「エイラを複製したのか? 悪魔の技術だな。」
「オリジナルが脱走してね。仕方なく作ったけど。でもダメね。複製したエイラじゃ全然シたくならないわ」
「エイラはどこにいる?」
「ふふっ。いるじゃない。こんなにたくさん」
サーニャは妖しく笑いながら両手を広げた。
「エイラ……。私のエイラ。私たちの愛を邪魔する奴がいるの。殺して。坂本美緒を殺して」
サーニャがそう言うと、エイラの形をした化け物たちは一斉に美緒へ向かい迫ってくる。
「お前はサーニャではない。」美緒は烈風丸を握り締めた。
空からエイラの一斉射撃。地上からは血に飢えたエイラの大軍が美緒へと襲い掛かる。
「坂本美緒……いくら異形の姿をしているからって元部下を斬れるのかしら?」
「元部下ではない……。仲間だ!」
美緒は烈風丸を水平に構えた。
「真烈風斬は烈風斬を超える技。それは威力だけではない。斬らねばならぬものだけを斬る。それが……」
美緒はサーニャに向かって突進する。空から降り注ぐ弾丸。すれすれのところで見切り美緒は避ける。エイラの地上からの攻撃も当たらない。まるで美緒の体をすり抜けていくようだった。そして遂に美緒はサーニャの前まで辿りつく。
「恐ろしいほどの動きね。坂本美緒……。でもやっぱりエイラを斬ることは出来ないみたいね。私を斬ることもできないでしょう? その剣をどうするつもり?」
「斬るんだよ……お前をな!」
「なっ」
「真烈風斬」
水平に突き出された烈風丸はサーニャの左目を貫く。
「がふっ」
サーニャの左目から鮮血が噴き出した。サーニャは左目を両手で押さえその場に膝をつく。
「ば、ばかな……。サーニャの記憶ではお前はそんなことの出来る人間ではない。大事な仲間を攻撃できるような人間ではない」
「当たり前だ。そんなことを私がする訳がなかろう」
そう美緒が言った時、コロリとサーニャから石のようなものが転がり落ちた。禍々しく赤く光るその石にはひびが入っていた。
「キュワ……キュゥ……」
その石はそんな小動物のような鳴き声を放ち、力なく三十センチほど浮かんだ。
「おい、逃げるなよ」
美緒はその赤い石を烈風丸で地面にたたき落とし、ぐいっと刀の先で押さえつけた。
「お前を殺しただけじゃ私の気は収まらんな。次に地獄で出会った時にもう一度お前を殺してやろう」冷たい瞳で美緒はその赤い石を見下ろし烈風丸に力を込めた。
パキッと音が響き赤い石は砕け散った。その瞬間異形のエイラ達も動きを止め、ずぶずぶと崩れて地面にその赤黒い液体を染み込ませていった。
「サーニャ、大丈夫か?」美緒は左目に大きな穴を開けられたサーニャを抱き起こした。持っていたてぬぐいでサーニャの左目の血溜まりをぬぐった。
「しょ、少佐……」
「サーニャ、私が見えるか?」
「は…い、見え……ます」
「両目とも見えるか?」
「はい」
サーニャの美しい瞳が戻っていた。美緒はサーニャを傷つけることなく、サーニャに巣食う悪魔だけを斬ったのだ。
サーニャは少し両目を擦り、一瞬呆けた後、突然立ち上がった。
「エイラ!そうよ。エイラを助けなきゃ……」そう叫び王宮に向かって走り出した。美緒もサーニャの後を追った。
「サーニャ、やはりエイラはこの王宮にいるのか?」
「はい。エイラはボロボロになって、私を……私を助ける為に……」
サーニャの目から涙がこぼれ落ちた。サーニャはそれをぬぐいもせず一心不乱に走る。エイラの元へ。
「エイラは一番上の階にいます」サーニャと美緒は階段を駆け上がる。
「エイラ……エイラ……エイラ……」サーニャは叫び続けた。
「待て、サーニャ。何か臭わないか?火薬のような……」
美緒がそう言いかけた時だった。王宮のあちこちで爆発が起こった。ぱらぱらと上から天井や壁のかけらが落ちる。
「対カールスラント用の罠がまだ残ってたなんて……」
階段はぐらぐらと揺れ、美緒とサーニャはその場にしゃがみこむ。
「だめだ。ここにいてもガレキに巻き込まれるだけだ」
美緒はサーニャを小脇に抱えた。
「キャッ」
「いくぞ。サーニャ。」
美緒は爆発で揺れる階段をサーニャを抱え走った。
「エイラ……」サーニャが祈るようにエイラの名前をつぶやく。
「サーニャ、ここを脱出したら扶桑にこないか? 旨い魚と温泉もあるんだ。宮藤も誘って、エイラと私と四人で行こう」二カッと美緒は笑って言った。
「だからそんな顔するな。エイラは必ず助ける」
「はい……。ぐすっ。ありがとうございます少佐」
二人は最上階にたどりついた。
「はぁはぁ。この部屋か?サーニャ」
「はい。ここです」
美緒はぎぃっと重いドアを開ける。
「エイラ、どこだ……どこにいる」美緒は部屋の中を見回す。
エイラは部屋の隅に全裸で膝をかかえ壁際に横に転がっていた。両手を縄で縛られ、猿轡をつけられている。首には犬のように首輪がはめられ鎖で繋がれ、体中に生々しい傷が刻まれていた。
「エイラぁー」サーニャがエイラに駆け寄る。猿轡を外し、両手の縄を解こうとする。しかし縄は硬く結ばれておりなかなか解くことは出来なかった。
「サーニャ、ちょっとどいてくれ」美緒が烈風丸で首に繋がれた鎖と両手を縛っていた縄を切った。
エイラは動かなかった。ぴくりとも動かなかった。美緒がエイラに触れるとエイラは氷のように冷たかった。乾いた唇に黒く固まった血がこびりついていた。
「エ…イラ……」サーニャは冷たくなったエイラを抱きしめた。
「とにかく……。ここを出よう。サーニャ……」美緒がサーニャの肩に手を置いた。
サーニャは振り向きもせずに言った。
「少佐……。私がエイラを殺したんです。私を助けようとしたエイラを……私が殺したんです」
「お前はあの悪魔に操られていたのだ。お前のせいじゃない」
「いえ、あの赤い石は何もしていません。ただ私の理性を少し壊しただけ。エイラを陵辱することは私の望みだったのです」
「サーニャ、何を言っている?」
「赤く目が光っている間は、何でも出来ると思いました。どんな望みも叶うと思いました。私の望みは両親を見つけることじゃなかった。ただエイラに私を愛して欲しかっただけ」
「サーニャ……」
サーニャは振り返り大粒の涙を流した。
「少佐……。エイラは私の全てでした。エイラがいない世界なんて何の興味もありません」サーニャはそう言うとエイラを抱きかかえ最上階の部屋の窓に向かった。
「待て、サーニャ」美緒がサーニャを掴もうとするが、サーニャのシールドに弾かれ、美緒は後ろに弾かれて尻餅をついた。
「少佐。ありがとう。赤い目の私だったら、きっとこんな気持ちにはなれなかった。エイラの亡骸を足蹴にしていたかもしれない」
サーニャは愛おしそうにエイラの頬をなでた。
「エイラ……。また一緒に飛ぼう……。二人で飛ぼう……。昔のように夜の空を二人で……いつまでも一緒……だよ」
「サーニャぁぁぁぁ」
王宮の最上階から二人は飛び降りた。そして闇の中に墜ちていった。
王宮はガラガラと音を立てて崩れていく。美緒は最上階の部屋で呆然とたたずんでいた。
カールスラント指令本部
「さてと、武装はこんなもんか」
マルセイユは体に弾薬を巻きつけていた。
「そうね。本当はこんな勝ち目のない戦いはしたくはないけど」
「最後にリベリオンの奴らに一泡吹かせてやろうぜ。ミーナ」
「ええ」
二人は装備を整え、ストライカーユニットを装着した。指令本部から空に舞い上がるミーナとマルセイユ。目指すはベルリンに迫り来るリベリオン軍。もはや正確な情報は伝わってはこないが、数万規模の軍隊がいるだろう。ノルマンディには空母が横付けされ戦闘機はカールスラント上空を駆け巡る。制空権を完全に失ったカールスラントになす術はなかった。
「まってくださーい」
ミーナとマルセイユの背後から声が聞こえた。
「やっと、戻ってこれました。」
「ハイデマリー!」マルセイユが驚き声を上げた。
「戻って来てくれたのね」ミーナがハイデマリーの手を握った。少し汗ばんでいて温かかった。
「もはや、ベネツィアにいても仕方ありませんから」ハイデマリーが少しだけ微笑んだ。
「一万の兵士も無傷です。なんせ戦ってませんから」ハイデマリーが後方を指差す。
「おお」マルセイユが感嘆の声を上げた。
後方から砂煙を上げて一万のハイデマリー隊が雄たけびを挙げながらミーナの元に駆けつけた。祖国の危機を救わんとハイデマリー隊の士気は異常なほどまでに高かった。
「ミーナ」マルセイユは振り返った。
「ええ」
「勝てるかもしれない。まだこれだけの精鋭が残っているんだ。リベリオンのやつらをカールスラントから追い出せるかもしれない」マルセイユは力強く拳を握った。
マルセイユはミーナの顔が少しほころんだことに気づいた。
「ミーナ何見て……。あ……」
マルセイユもミーナの見ている方向を見てニヤリと笑う。
「待て待てまてーい。おまえら私を置いていくなぁ」
叫びながら飛んでくるウィッチがいた。
「トゥルーデ」ミーナが口を両手で覆う。
バルクホルンは二人の前に完全武装で現れた。
「私は歩くことは出来ないが、飛ぶことはできる。足手まといにはならん。私も連れて行け」
「クリスはいいのか?バルクホルン」マルセイユがたずねる。
「祖国無くして私たちは存在など出来ないんだ。クリスはきっと分かってくれる」
「黙って出てきたな……」
「う、うるさいな。ハンナ。お前があんなことするから……。その、なんだ……」
「生きて帰れたらもっとすごいことしてやるよ」
「ば、ばか。誰がそんなこと頼んだかぁ」バルクホルンは真っ赤になっていた。
「勝てる……勝てるわ。あなたたちが揃ったらどんな相手だって負ける気はしない」
ミーナが三人を見つめる。
「ところで、ハルトマンはどうした?」バルクホルンがミーナに尋ねる。
ミーナはバルクホルンからそっと目を逸らした。
「ばっかだな。ハルトマンまで来ちまったらアタシら世界を征服しちゃうぜ?」
マルセイユが横からそういった。ミーナは何も言わなかった。
「ふふっ。違いない」バルクホルンはカチャリと両脇に抱えた武器を鳴らした。
「我がカールスラントの栄光の為に」ミーナが銃を天にかざす。
「民の平和の為に」ハイデマリーが続く。
「私の誇りの為に」マルセイユも続いた。
「えっ、えっと、可愛いクリスの……あ、いや、あの……」
「考えとけよ……。バルクホルン……」マルセイユが笑った。
「出撃!」
ミーナの合図で飛び立つカールスラントのウィッチ達。その後方を一万の部隊が追う。戦車が力強く走り、歩兵が規律正しく行進する。カールスラントを侵略しようとする敵めがけて。
北極の海底 Uボート内
「ふぁっくしょん。むちゃくちゃ寒いですね。ウルスラさん……」
「そりゃぁ、北極の氷の下ですから」
「寒くないんですかぁ?」
「慣れてますから……」
私とウルスラさんはUボートで扶桑へ向かっていた。Uボートといってもかなり小型の潜水艦で、たぶん五、六人乗るのが精一杯じゃないかなぁと思う。
私は毛布を頭からかぶり狭い船室の中でがたがた震えていた。
「もう少しで、氷の下を抜けられますよ。でも問題はここからです」
「問題って何ですか?」
「オラーシャとリベリオンの間の海域を通るんです。敵の真っ只中ですね。ここからはかなり慎重に行く必要があります」
「海の中ならばれないんじゃない?」
「オラーシャはともかく、リベリオンにはかなり高性能な探知機があるらしいので、油断は出来ません」
「海上からでもわかっちゃうんだ……」
「なので、出来るだけオラーシャの海岸沿いを進みたいと思います」
「ひゃっくしょん」
「大丈夫ですか?」
「らいじょうぶれす……」
私たちは海底を進む。扶桑へ向かって。
ミシッミシッ
「ウルスラさん……。なんか揺れてませんか?」
「そうですねぇ……」
ズガァァァン
「ウルスラさん……。なんかすごい音がしませんでしたか?」
「そうですねぇ……」
「あの……ウルスラさん?」
「見つかっちゃいました」
「えええええええ」
海底へ降り注ぐ魚雷。私たちを乗せたUボートは雷撃の渦に巻き込まれていった。尚も攻撃は続く。ウルスラさんは必死に逃げようとUボートを操縦するが……。
「ウルスラさん……。逃げ切れそうですか?」
「宮藤さん、私最後にお肉が食べたかったです」
「ダメなんですかぁ。ホントにダメな感じになってるじゃないですかぁ」
「あぁ。お魚でもいいなぁ。てか何でもいいや。おなかすいたなぁ」
「ウルスラさん、戻って来てくださいよぅ。別の世界に行かないでくださいよぅ。扶桑に着いたらいくらでもごちそうしますからぁ」
私は涙目になりながら、ウルスラさんの肩を後ろから掴みぶんぶんと揺すった。
「あれ? 静かになった」ウルスラさんが上を向いてつぶやいた。
「ホントだ……」
「かなりUボートの損傷が激しいです。扶桑にも近い海域ですし、一か八か海面へ出ます。もしかしたら、扶桑海軍が敵を追っ払ってくれたのかもしれません」
「わかりました」私はうなずいた。
私とウルスラさんを乗せたUボートは海面へ上昇していった。
サンクトペテルブルク王宮最上階
ガラガラと音を立てて王宮は崩れていた。美緒は崩れる最上階の間に立ち尽くしていた。
「私もここまでか……。助けることは出来なかった。エイラも……サーニャも」
美緒はその場に静かに座った。そして目を閉じた。
「このオラーシャの惨状。スオムスはどうなっている?カールスラントは?扶桑は?」
美緒はカッと目を見開く。
「宮藤は無事なのか?」
そう考えるといてもたってもいられなかった。美緒はエイラが倒れていた部屋の隅へ目をやった。
「黒いストライカーユニット」
エイラの履いていた黒いストライカーユニットが無造作に転がっていた。美緒はその黒いストライカーを手にとる。エイラの血と汗の匂いがした。
「エイラ……」美緒はぎゅっと黒いストライカーを抱きしめた。
「感じる……宮藤は今……。スオムスじゃない。扶桑だ。扶桑の近くにいる。リベリオンの攻撃を受けて……いる……え?」
美緒は振りむいた。見えたのは崩れていく壁と舞う埃だけだった。
「ありがとう。エイラ。サーニャ」
王宮の最上階から美緒が飛び立つ。薄暗い空へ。美緒の後ろでは粉塵を撒き散らし、王宮はガラガラと崩れていった。
美緒は飛ぶ。扶桑へ向かって。ただひたすら飛ぶ。
「宮藤……。おまえだけは……おまえだけは……」美緒は迷い無く飛んだ。宮藤芳佳を助ける為に。